連載小説
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中II〜転〜
「なんじゃこりゃ…」

城についた俺は思わずそう呟いた。
目の前には半壊した領主の城。

俺たちがついた時には既にこうなっていて、辺りには打ちのめされた教団員らしきやつらが地面に倒れ呻き声を上げていた。
城のあちこちから悲鳴と喝采が交互に聞こえてくる。

正直、何が起こっているのか全くわからない。

「あ、ケイン!!」

突然、遠くの方から俺を呼ぶ声が聞こえた。

「バ、バッツ?!」

城壁の上から俺を見下ろし笑顔で手を振っていたのは俺の元同僚たる遠征軍の仲間だった。

バッツは城壁から飛び降り一気に地上まで降りてきた。彼も俺同様に並外れた力を持つ人物なのである。彼の場合は『異常な脚力』だ。

「よぉ!無事だったんだな!」

困惑する俺にバッツは「よかったよかった!」と気楽にも肩を叩いてきた。そしてー

「待て待て、これは一体どうなってんだ?」

「ん?知らないのか?てっきりお前が寄越してくれたんだとばかり…」

と意味不明なことを言っている。

「ケイン様、この方は?」

カミラさんも突然現れた俺に馴れ馴れしい相手に少し警戒気味だ。

「こいつは俺の元同僚でバッツと言います。敵ではありません、多分。」

「ああ、ケインさんの同僚ということは貴方も人質を取られて?」

「おう、だけどそれもつい先日助けられたけどな。」

「なに…?」

驚く俺たちにバッツはこれまでの経緯を語った。


俺たちが逃亡したのが先日。その日のうちに怒り狂ったクソ隊長とクソ貴族の命で俺たちの捜索部隊が編成された。皆、不本意だったがまさか逆らうことは出来ないためしぶしぶそれに加わり、いざ出発と迫った頃、突然、森の中から黒装束の集団が現れて襲撃してきた。
敵襲と思い構えたバッツたちだったが、黒装束たちは彼らに見向きもせずに軍中の教団員だけを狙って攻撃していった。
バッツたちが呆気に取られているうちに教団員は皆殺しにされ、クソ隊長やクソ貴族共は捕らえられた。

驚くバッツたちに黒装束たちのリーダーと思しき人物がこう語りかけてきた。

「我々は『教団狩り』。腐敗した教団を排斥するために活動する武装組織です。…あなた方の大切な方達は我らが救出致しました。これ以上、教団に従う必要はありません。」

いきなりそんなことを言われても信じられない、とバッチたちは答えるがそれを予期していたかのようにリーダーの男は近くの仲間に合図を出して1人の少女を連れてきた。

その少女はバッツたちの仲間の肉親だったらしく両者は感動の再会を果たした。そうして何人かの人質を連れてきた彼らは自分たちの言葉が嘘ではないと改めて言った後、力のこもった声でこう宣言した。

「楔は打ち砕かれた!さあ、今こそ巨悪たる教団を滅ぼし、世界の膿を取り除こうではありませんか!!」

人質に関しては一応、信用したバッツたちだが彼らの扇動じみた発言には賛同しかねた。しかし、実際に人質との対面を果たした仲間の何人かは彼らについて行くと言い出した。
リーダーの男はその後も教団の悪事についてや自分たちの正当性を熱弁した。次第にバッツたちもその考えに賛同するようになって、遂には共に教団を滅ぼそうという話になったそうだ。

「では手始めに城に囚われた魔物たちを救出致しましょう。…もちろん、皆様もご理解いただけますよね?」

それは無意味な問いだった。元々、教団に反発したがゆえに人質を取られた彼らはその殆どが魔物と友好的に接してきた地域の出身だ。だから男の言葉に全員が力強く頷いた。
後顧の憂いを絶たれ、強力な援軍をも味方にした彼らは意気揚々と城へと攻め入ったという。




そして今に至る。現在、城の大半はバッツたち元遠征軍と『教団狩り』の同盟軍によって占領され残すは上階と地下の牢獄のみとなっていた。
ちなみに城の兵士たちは皆、襲撃と共に抵抗することなく降伏し、一部の者は同盟軍に加わって共に戦っているらしい。つまり敵は生粋の教団員のみというわけだ。

「なんというか…すごいな。」

「ああ、教団狩りの奴らには本当に感謝している。奴らが居なけりゃあのまま俺たちは魔物を殺しにいくしかなかった。…だからその詫びも含めて魔物たちを解放してやりたい。ケイン、お前も力を貸してくれ!」

深々と頭を下げるバッツ。カミラさんとミルラは困惑しているが、普通はここで快く了承するのだろう。しかし、俺には懸念がある。それは教団狩りという組織に対する疑念だ。
そもそもあの教団狩りとかいう組織、一体なにを目的にしているんだ?
世界に絶大な影響力を持つ教団に対して与するどころか敵対するなどただの自殺行為だ。もし敵対などすればその国は干されるか直接教団に滅ぼされる。だから皆、教団に従っているんだ。
あの教団狩りとかいう組織は話を聞く限りでもかなり大きな組織であると判断できる。そうすると当然、資金繰りやら何やらで背後にはスポンサーとなる国が付いていると見るのが当然だが。それをする意味が分からない。
先に述べたように教団の権力は絶大だ。それに真っ向から敵対するような組織を運営して何になるのだろうか?
今、世界は魔物と教団の戦いによって人間同士の争いが少なくなっている。もし、ここで教団が倒れれば世界はまた群雄割拠の戦国時代になってしまうだろう。
それをする意味は?わからない。仮に、滅ぼすというのがただのデマカセだったとしてもそれに何の意味があるんだ?考えられるのは教団内部の勢力争いとかだが…

長々と思考を巡らせたが結局答えは出なかった。さてどうしたものか…

考え込んでいると、ちょいちょいと袖を引っ張られた。見るとカミラさんが手招きしている。しゃがみ込むと口に手を添えてこそこそと話しかけてきた。

「ここは頷いておきましょうケイン様。」

「…一応理由を聞いても?」

「確かにあの教団狩りというのは得体が知れません。やり方も過激だし、民を扇動するような言動も危険な香りがします。ですが、ここに囚われた子たちを救出する上では心強い味方です。ひとまずは共闘するのが得策かと。」

実に冷静だ。さすが、魔王軍にツテを持ってるだけのことはある。伊達に棍棒振り回していない。いや、実際には見たことないが。

バッツに向き直った俺はカミラさんの言葉通りに彼に頷いた。

「わかった。魔物たちを助けるために俺も力を貸そう。」

決して教団を滅ぼすのに手を貸すとかは口にしない。俺はあくまで魔物たちを助けるために戦うのだ。

「ありがとう!…よぉ〜し、俺も燃えてきたぞ!」

そんなことは毛ほども考えないのかバッツは1人で盛り上がっている。…まあ、こいつは少々戦闘バカなところがあるからあまり深く物事を考えることには向かない。それに今はそういう奴の方が助かる。

「俺たちは地下の方へ向かおう。…カミラさん、構いませんか。」

「ええ、それで構いませんよ。」

「よし、なら俺は上だな。…お互い、派手にぶっ放してやろうぜ!!」

なにをぶっ放すんだ?相変わらず無駄にハイテンションでバッツは走り去っていった。

「さて、じゃあ俺たちも行きますか。」

「ええ。」

「はい!」

俺たち3人もまた魔物救出のため地下牢獄に向かった。









城内を駆けていると、そこかしこから怒号や剣戟が聞こえてくる。中は至る所に血や肉が広がり真っ赤になっていた。転がる死体も殆どが教団員のもので実力の差が如実に現れている戦いと言える。

「さながら地獄絵図だな…」

教団のクソ共の死体が大半とはいえ中にはかつて仲間だった奴らも少数見受けられるため俺の気持ちはただ下がりだった。バッツや他の奴らのように素直には喜べない。結局、俺も田舎出のひよっこに過ぎないんだ。人の生き死にをこんなにも目の当たりにして穏やかでいられるはずがない。

「そうですわね…こんな戦い、早急終わって欲しいと願うばかりです。」

カミラさんも難しい顔で頷く。彼女もきっと俺と同じ気持ちなんだろう。魔物というのは人をこよなく愛する存在だと聞いている。そんな彼女たちがこの光景を見るのは苦痛以外の何者でもないのだろう。
ミルラに至っては嗚咽交じりに泣きじゃくっている。

「…外で待っててもいいんだぞ?」

堪らず声をかけるがミルラは激しく首を振って拒否する。

「いいえ、私がもっと上手くやってればこんなことにはならなかったはずなんです。だからこの光景からは目を背けられません。…大丈夫です。」

大丈夫にはとても見えない。それにお前が上手くやってればって…とても1人でどうにか出来るような状況ではなかった気がする。いや、絶対に不可能だ。もし1人で彼女たちを守りながら、戦うとしたら人質をとられている俺たち遠征軍とも戦わなきゃいけなくなる。さすがにそれは無茶だ。悔しいが教団狩りのおかげで俺たちは優位に立てた。奴らが居なければミルラは死に、俺も教団の下僕として戦い続けていたかもしれない。
…そう、妹だ。あいつの無事を確かめるというのも俺の最大の目的だ。教団狩りの話を鵜呑みにするなら、人質が収容されていた施設は壊滅し全員が解放されたとのことだったが。奴らはいまいち信用できない。
城の中でも何人か見かけたが、その誰もが元遠征軍の奴らよりもさらに桁外れだ実力を持っていた。一騎当千を一人一人が可能としているようにも思える。

それだけの組織がなぜこんなことを?黒装束というのもなんだか怪しく見えてくる。
一度、怪しむと全てが怪しく見えてしまうから困りものだ。

「…だが、今は目の前のことを一つ一つ片付けていこう。」




門の先にあるホールを抜けて、東の棟へと侵入する。その端の階段から地下へ向かうことが可能だ。
道中、襲ってくる敵は皆無で殆どが掃討された後と思われる。

しかし、この先は分からない。未だ制圧しきれていない地下にどれだけ敵が残っているんだろう。

「…ここから先は気を引き締めていこう。」

階段を前にして俺は2人にそう告げた。カミラさんの方はなんとなく大丈夫そうだからこれはミルラに言っているともとれる。

「お姉さんは平気よ〜。」

案の定カミラさんはおっとり具合も変わらず、しかし無駄に威圧感のあるオーラを漂わせながら手を振ってきた。…こりゃ大丈夫だな。

「は、はい!」

一方ミルラは緊張した面持ちで頷いた。…こっちは心配だな。ちゃんと見といてやろう。いざとなれば担いでいく所存だ。

「うふふ、ミルラちゃんの方は心配なさそうね〜。」

そんな決意を悟ったのかカミラさんが俺の方を見ながらニコニコしている。

「…よ、よし、行くぞ。」

こうして地下への階段を歩みだした。








地下は真っ暗だった。
ところどころに松明があって明かりはあるのだが、その間隔が広すぎて途中で光がなくなることもある。

「暗いな。」

「あら、じゃあお姉さんの魔法で明るくしちゃいましょう。」

そう言うとカミラさんは短く何かを唱えて、手のひらに薄ぼんやりと光る光球を作り出した。

「お願いね〜。」

それをぽいっと投げると光球は宙にふわふわと浮いて辺りを照らし出した。

「おお。便利なの使えますね。」

「あら、ケイン様は使えないの〜?」

…お恥ずかしながら補助魔法は初級の一つも習得できなかったんです。代わりに攻撃系は土なら色々使える。でも土壁とかは脆くて突いただけで壊れる。

「攻撃特化なもんで。」

「じゃあ戦いになったらいっぱい頼っちゃうわ。」

俺よりあんたの方が強そうだけどな。

そうこう言ううちに地下の牢獄エリアへと到達した。

「明かりは…無いのか。」

なぜかここには松明はおろか一切の明かりが無かった。頼れるのはカミラさんの生み出した光球だけだ。

周りが見えないということはないが、本当に周りだけしか見えない。それはつまり闇に紛れて襲撃される恐れがあるわけでー

「ケイン様危ない!」

なんて考えていた矢先、ミルラの叫び声と共に甲高い金属音が鳴り響いた。

「…ちぃ!」

見ると黒い軽鎧を身につけた男が俺に向かって剣を振り下ろしていた。それをミルラの棍棒が遮っている。しかし無理な体勢から抑えているので長くは保たない。

「くっ!!」

俺は咄嗟に槍を振るって軽鎧の襲撃者を突いた。

「がっは…!」

心臓を一突きされた敵は静かに地に伏した。

「ふぅ、すまないミルラ、助かった。」

槍についた血を布で拭いながら礼を述べる。
すると、ミルラは強張った顔で

「い、いえ。当然のことをしたまでです。ですが旦那様…」

「ん?」

何か言いたげに俯きながらしかしその先を言わない。

「…ケインちゃん、ミルラちゃんは人死にを見るのは慣れてないの。だからなるべく、殺さないであげて。」

ああ、そういうことか。ミルラはこういうのに慣れていない。だから、俺みたいな知り合いが平然と人を殺すところを見て萎縮してしまったのだ。
俺もなかなか配慮が足りていない。

「ごめんなミルラ。怖かった、だろ?」

頭を撫でてやろうとしたが「ひっ!」と怖がられてしまった。
結構ショックだ。ミルラとは1日かそこらの仲だがこれでもそれなりには仲良くなれたと思っていた。だから、こうもあからさまに否定的な態度をとられると心に来るものがある。

「ご、ごめんなさい旦那様!…でも私、やっぱり、怖くて。」

申し訳なさそうに謝ってくるミルラに俺もどう言っていいやら分からない。

「いや、俺の方こそ…」

気まずい雰囲気が2人の中を漂うが、それをカミラさんが一声で断ち切った。

「はぁい、辛気臭いのはここまでよぉ〜。ちゃっちゃとあの子達助けてウェーストに逃げましょう?」

もっともな発言に俺とミルラは揃って頷いた。
そして、暗がりの中を目を凝らすと通路の左右が牢になっていてその中には衰弱しきった魔物たちが倒れ込んでいた。

「…まずいな、急いで助けないと。」

俺の言葉に2人も頷いて、みんなで急いで魔物たちを助け出していく。魔物たちはやっぱり皆、幼く無害な種ばかりで殆どが栄養失調からぐったりとしていた。

「思ったより広いな…。」

ここまで結構な数を救出したが、それでも通路はまだ奥の方まで続いているようで予想以上に囚われている魔物が多い。3人ではとても運びきれない。

牢から出す時も警戒をといてはならない。思わぬところからあの黒い軽鎧の兵が襲ってくるからだ。既に4度、襲撃された。

「いったいあとどれだけ潜んでいるやら。」

「それも一つ一つ、叩いていかないとね〜。」

返り討ちにした敵は一応、皆、殺していない。適度に痛めつけてから縛っている。ミルラの様子も段々といつもの調子に戻ってきている。

「ここまで順調なんだ、この調子でー」

そこまで言いかけて、急に頭上から降り注いだ殺意に気が付き背後に飛びのいた。

直後、目の前に短剣が振り下ろされ石の床へと突き刺さった。

「ケイン様!」

「旦那様!」

「敵だ!」

2人も即座に構えて目の前で依然蹲る影に目を向けている。それはゆらりと立ち上がって暗闇に光る目をこちらに向けた。

「いけませんねぇ、こうもホイホイ実験動物たちを逃してもらっちゃぁ。」

影は暗がりの中でも分かるくらいに口を裂いてニヤリと笑った。
それを目にしてゾクリと背筋を悪寒が走る。こいつは危険だ。そう直感で悟った。
カミラさんに感じたのと同じような潜在的な力を感じる。
影は俺の背後の2人に目を向けると殊更に楽しそうに笑い出した。

「おやおやおやおや、ちょうど良さそうなのが2匹もいるじゃぁありませんか。くくく、良いですねぇ、新鮮ですねぇ。とても柔らかそうなお肌してますよ〜、特にそこのぺったんこな方!」

「だれがぺったんこですか!!」

…緊張感のない返事をしたミルラの方を見て影は笑っている。たぶん、貧乳なことを笑ってるんじゃないと思うけど、言われると俺もそっちに目がいってしまう。

「ちょっと旦那様、何見てるんですか?」

ミルラが胸のあたりを隠しながら睨んでくる。

「私はですね、小さいけど乳首は凄いんですよ?きれーなピンク色で大っきいです!それに感度も良くて、ちょっと触れるともうビンビン!ビンッビンですよ!!」

「やめろミルラ、それ以上、痴態を晒すんじゃない。」

結構、プライベートというかエチケットに関わるところまで赤裸々にし過ぎだ。ここには俺たち以外にもあいつがー

そこまで考えてハッと影の方を振り向く。それと同時に金属のぶつかり合う音が響いた。
見れば問答無用で斬りかかる影にカミラさんが棍棒で対抗している。
短剣と棍棒を重ね合いながら硬直している。

「おや〜?貴女はどこかで見た覚えがありますねぇ。」

「あらあらそうなの?私は貴方のような掃溜の汚れカスみたいな方は知り合いにいないのだけど。」

どちらも独特の喋りをしながら武器を交えている。やがて鍔迫り合いを止めた両者は互いに武器を振るい激しい戦闘を始めた。
圧倒的な重量の棍棒を自在に操るカミラさんに、それを壁に天井にと避けて変幻自在に躱す影。影はやっと光球の下まで出てきたのでその姿を確認することができた。だが正直言って確認したくはなかった。
骨ばった顔は光の加減に関係なく真っ白で血液の一滴も通っているように見えなく、纏う黒い鎧は返り血で真っ赤に染まっていた。ところどころに肉片のようなものも付いている。
そしてその双眼は猫のように鋭く金色に輝いていた。

人間どころかこの世のものに思えない。そんな感想を抱いた。


「ちょろちょろと…鬱陶しいわねぇ。」

穏やかな声はそのままにカミラさんが呟く。あれ絶対イラついてる。額に僅かに血管が滲み出ているような気がする。

「こちらとて、こうもブンブンと鉄の塊を振り回されては迂闊に近づくことすらできませんよ。」

影、或いは死神とでも呼ぼうか?…まあ、とりあえず影でいいや。
その影の方も破壊的なまでの鉄塊の殴打の応酬に手をこまねいていた。

どちらも決定打に欠ける戦い。だが、ここには俺とミルラがいる。

膠着状態の戦いにケリをつけるべく俺は小声でミルラに耳打ちした。

「ミルラ、俺は次に奴が仕掛けて来た時に奇襲をかける。お前は俺の後から来い。」

「え?!ちょっと旦那様!?」

返事を待つ前に影が動いた。カミラさんは余裕で防ぐ。俺は咄嗟に動いて影の横腹から槍を突き入れる。

だが、それを予想していたように影はひらりと身を翻して突きを躱した。

「なに!?」

「甘いですねぇ。」

影はそのままカミラさんの棍棒を踏み台にして俺に突撃してきた。

「私を踏み台にしたぁ!?」

「冗談言ってないで…!くっ!」

昔、とある異界からの勇者が広めたギャグをかましたカミラさんを窘めながら影の短剣を受け止める。

「甘ぇのはそっちだ、死神!」

「ほっ!死神とはこれまたー」

悠長に語る影に問答無用でなぎ払いをかける。…それも躱されるが、そんなのは予想の範囲内だ。俺はすぐさま追撃をかける。

「おっと!なかなかやりますね〜貴方!」

「言ってろ、ボケが!!」

続いて二撃三撃と繰り返すが全て躱すかいなされるかされてしまう。その合間に相手もカウンターを仕掛けてくるから大変だ。俺から言わせりゃお前の方が化け物だよ。

その後も一進一退を続けながら、やはりカミラさんの時と同じように膠着状態になる。
戦っていて気付いたが、こいつは攻撃よりも防御に念頭を置いた戦い方をしている。
防ぐ以外にも、躱すいなすという極力自分の命を守る戦い方だ。こういう手合いは消耗戦にこそ特化し、本人もそれを分かってやっているのだろう。
正直苦手だ。

「くそが…!」

ここで一気呵成に攻め立てても恐らく防ぎきられてしまうだろう。たぶん、それこそ奴の狙いだ。ならば、取るべき手段は一つだ。

「ぬっ!?」

俺はピタリと攻撃を止めて奴の攻撃へのカウンターへと移行する。
短剣をいなし、即座に突きを入れた俺を見て奴も俺の狙いに気付いたようだ。すぐさま攻撃の手を止めてジッとこちらの動きを観察してくる。

「ちっ…気づくのが早いな。」

「あんなあからさまにやられたら誰だって気付きますよ。」

皮肉を言われた。むかつくが奴の言う通りあれは正直過ぎた。だが、俺はもともと不器用だから搦め手はそもそも得意でない。ならどうしてそれをしたかと言われればー

「っ!ぬぉ!?」

「…ちっ、外した。」

奴に隙を生み出す為であって、必ずしも当てる必要はない。こちらに目を向けさせればいいだけの話だ。重い武器を持つカミラさんは力持ちとはいえそれなりに動きが遅くなるため奴みたいな回避特化型とは相性が悪い。だから、それを補うために俺が囮になるのだ。

だが、それも失敗してしまった。空振った棍棒は石床を破壊しながら辺りに煙を撒き散らす。
これではこちらは視界を塞がれてしまう。奴はどうかと言えば、暗がりから攻撃してきたことを考えると目がきく方だと思うのであまり意味はない。そもそも、目を使わないで何らかの方法でこちらを見つけている可能性もある。

どちらにしろこれで手は尽きた。

…かと思われた。

「てやぁぁぁぁぁ!!」

「なにぃ!?」

奴が飛びのいた方向から迫るミルラを見るまでは。

奴はカミラさんの攻撃で不安定になった床から離れ壁へと足をつけようとして斜め上方へと飛んだ。まさにその方向からミルラが接近していたのだ。
奴は逃れる間も無く振り下ろされた棍棒を頭に受け床へと激突した。

「はぁ…はぁ…。」

「…。」

床にめり込んだ奴がピクリとも動かないのを見てミルラはほっと胸を撫で下ろした。
一応言っておくと彼女の棍棒は魔界銀なので打撃に関しては命に関わる傷はできない。…床に激突した衝撃はどうなるかわからんが。

とにかく、ミルラの奇襲によってなんとかこの正体不明の強敵を倒すことができた。これは間違いなくミルラのおかげだ。

「やったな、ミルラ!」

「は、はい!やりました!」

ミルラも満足そうに答えた。まだ息が荒いのは俺たちのスピードに必死に合わせて動いたせいだろう。後でちゃんと休ませてやらないと。

「ミルラちゃんすごぉい!」

カミラさんも嬉しそうに手を叩いている。

なにはともあれこれで一安心だ。奴が倒れたことで辺りに充満していた殺気が完全に無くなった。まだ残党がいるかもしれないから気は抜けないが奴以上の使い手が現れることはまずないだろう。

「さあ、早く残りの子たちを助けよう。」






残りの魔物の救出は実にスムーズだった。
黒鎧の襲撃もなく皆一様に衰弱はしているが命に関わるほどではないのが殆どだ。ただ何人かは危険な状態だったため治療魔法をかけておいた。
他の子にも状態異常回復の魔法を念のためかけておいた。


危険な状態の子たちを先に運ぶため急いで階段を登ったところで同盟軍の部隊に出会った。彼らはこの周辺の敵の掃討にあたっていたらしく制圧はすでに完了しているとのことだった。
彼らに俺たちの目的を話すと快く手伝うと言ってくれた。

そんな彼らの協力のもと俺たちは捕らえられた子たち全員を救出することに成功した。

「よし、これで全員だな。…みんな!手伝ってくれてありがとう。心から感謝する。」

「そう大したことはしてねぇよ。それに魔王軍とはやり方こそ違えど目的は同じだ。無理に敵視する必要がないんだよ。」

礼を述べた俺に同盟軍のみんなは笑顔で返してくれた。
本当に気持ちのいい奴らだと思う。
遠征軍にいた時もみんながみんな知り合いだったわけではないので何人かは知らない奴もいたが、そいつらも含めて二つ返事で協力してくれた。

…こいつらと短い間でも同僚でいれたことに感謝したい。もちろん主神などではなく運命というやつにだ。

「上階のほうもそろそろ終わると思うぜ。」

「じゃあ、そいつらが来るまで待機しといた方がいいな。」

安全という面もそうだが、これ以上の移動は彼女らの負担になる。それに俺たちだけでは全員は運べない。戦いが終わってからどうするか決めよう。できれば輸送用の馬車とか貸してもらえないだろうか。

「玉座の間を制圧!これにより城の全地域を制圧完了!総員戦闘行動を停止せよ!」

ちょうどいい頃合いで戦勝報告の伝令が現れた。
どうやら城は完全に制圧したらしい。思ったより時間がかかったと思うがそんなことはどうでもいい。
こっちは早くズラかりたいのだが。

伝令が届いてから暫くして、黒装束の集団が奥の通路から現れた。先頭に立つ1人だけフードを外しており彼がリーダー格と思われる。オールバックの金髪と二重の切れ長な目元が妙にキザったらしい。ああいうのは苦手だ。

「諸君、よく戦ってくれた。心強く頼もしい我らが同胞の諸君らの活躍のおかげで我々はここに勝利の勝鬨をあげることができる。
…しかしながらこれは大いなる道のりの一歩に過ぎない。主神教団に唆され崩壊の道を歩む世界を救うには奴等の打倒以外に手はない。それが果たされた日こそ我々の真の勝利となるのだ。だが、それもこの一歩無しには実現し得ない。実に重要な一歩だ。だから今は真なる正義の勝利を喜ぼう!」

バッとキザ男が拳を振り上げるとその場の同盟軍全員が声の限りに喝采をあげる。勝利の勝鬨をあげる彼らの姿は一見、喜ばしくも見えるがその実、眼は血走り憎しみに燃えた瞳がその奥にはあった。ゆえに狂気を孕んでいるようにも思えた。


「…それで、貴方がケイン殿ですね?部下から話は聞いています。なんでも土魔法の使い手にして槍の名手だとか。」

勝利に浮かれ騒ぐ同盟軍の面々の中を抜けてキザ男が声をかけてきた。咄嗟に逃げようとするがカミラさんに腕を掴まれ阻止された。いたいいたい!腕がちぎれるわ!

「ええ、確かに俺はケインですが。貴方は?」

渋々、俺はキザ男に返事を返す。

「これは失礼、私は『教団狩り』の“崇拝する者(エクイコリンツ)”が1人。フォーリス・エクイティスと申します。長より『教団狩り』アジェント隊を預からせていただいております。」

何者か聞いただけなのにキザ男はご丁寧にも優雅に一礼してから名乗った。…これだけで俺はもう帰りたくなった。
かける言葉が見つからず黙り込んでいると、キザ男の方から話をしてきた。

「なんでも貴方は、慰み者にされようとしていた魔物を救い教団から脱したとか。この度の戦いでも地下エリアの制圧にご助力いただいたとも聞いております。度重なるご助成に私も感謝のことばが…」

「世辞は結構です。…それよりも要件をどうぞ?」

肌が粟立つ台詞を長々と語りだしたので早急に止めさせて話を進めさせた。
キザ男・フォーリスは一瞬、こちらを見て止まったがすぐに人の良さそうな笑みを浮かべて語り出した。

「…そうですね、では端的に述べましょう。我々は貴方の力を高く評価しています。さしあたっては我が組織に参入してもらいたいのです。」

だと思った。話の流れからなんとなく予想はついていたけど改めて言われるとびっくりする。
いや、驚いたというよりかは俺のような厄介そうな奴をわざわざ仲間に引き入れようとするその真意が気になったのだ。
こういう組織ほど裏切りを最も警戒しているはずだ。規則もそれに準じたものを用意してあるだろうし場合によっては魔法具による絶対契約も結ばせるだろう。
なら、一度教団を裏切っている俺を勧誘する理由はなんだ?
相手の目的が分からない以上はこちらも慎重に対応した方がいいな。

「私程度の男を…あなた方のような高尚な大義を掲げる組織が欲しがるなんて。仇敵とはいえ所属していた軍を裏切ったことはご存知でしょう?そんな不義理な輩をわざわざ身中に招くのは…。」

「いえいえ、私どもはあなたのその勇気ある正義をこそ評価しているのですよ。…唯一の肉親たる妹君・セシリア様を人質にとられていても尚、貴方を突き動かしたその魂をね。」

「!!」

こいつ、なんでそれを知ってる?人質を解放した時に調べた?それとも妹が喋ったのか?いやそれはありえない。あいつがそういうことをベラベラと喋る奴じゃないことは俺が一番よく知っている。そもそも膨大な数の人質の素性をいちいち覚えてられるはずがない。なら俺をピンポイントで調べてきたと見るのがいいか。そうすると同盟軍の奴等に聞いたとか。
でも俺は名前まで教えていない。

思考を巡らす俺を、実に楽しそうに笑みながら見つめるフォーリス。…内心、絶対「ざまぁ!」とか思ってるよこいつ。

「あまりこういう手段は好きではないのですがね。」

「嘘言え、最初からそのつもりだったくせに。」

俺の言葉にフォーリスはフッと笑った。その笑みは先ほどまでの柔和なものではなく酷く冷徹で蔑むような残酷な眼光を秘めた笑みだった。

「この先をお話するには少し場所を変えた方が良さそうですね。」

周りで騒ぐ同盟軍をチラリと見ながらフォーリスが告げた。

「そちらのお嬢さん方は共にきてもらって構いませんよ。…ゴブリン種程度では私を害することなど出来はしませんから。」

さっきから静かだった傍の両名から明確な敵意がブワッと湧き上がるのを感じた。…おいおい、無駄に挑発するなよ。後で宥めるの俺なんだぞ。ていうかゴブリンだったのねこの子たち。カミラさんはゴブリンにしては強すぎると思うけど。
ともあれ、ここは奴の言葉通り場を変えたほうが良さそうだ。

「…わかった。」

俺が頷くのを見て、奴はまたニヤリと笑った。














フォーリスに連れられて城の裏手にある庭園までやってきた俺たちはその中ほどにあるテーブルと椅子が用意された場所にいた。

真ん中の席に俺が座って左右にゴブリン姉妹が座る形だ。対面にはフォーリスが微笑みながら座っている。

「さあ、事情を話してもらおうか?なんでお前は俺の家庭事情を知ってんだよ。」

「まあまあ、とりあえず話を聞いてください。」

ひらひらと手を振って流す奴の態度に俺は苛立ちを募らせる。妹の身に何かあったのかもしれないというのに平常心でいられる筈がない。

「ダメだな。さっさと吐け、妹はどこだ?無事なんだろうな?」

怒気を込めた声に隣のミルラが少し不安そうに見つめてきた。…すまんな、怖いかもしれないが今は我慢してほしい。俺は妹を助けるためならなんだってする男だからな。

「ふぅ、思った以上に妹さんにご執心なのですね。彼女は無事ですよ?今は我々の本部で保護しています。ああ、もちろん手はつけてませんよ?指一本触れてませんからね。」

当たり前だ。触れていたら今頃お前の首は飛んでいる。

だが、それだけ聞けば奴の言いたいことは大体わかった。要は人質だ。またもや人質だ。教団クソとか言っときながら結局、奴らと同じことを繰り返すつもりなのだ、こいつらは。

「…そうか。で?俺は何をすればいい?」

「おやおや、変わり身早いですね。いいんですか?」

「構わん。今、貴様らの手にあいつが囚われているのだとしたら現状従わざるを得ないだろうよ。」

隙をついて助けるけどな。一度でもその本部とやらにいく機会があればすぐにでも救出する。当然、こいつらは皆殺しだ。

「理解が早くて助かりますよ、まああなたに頼みたいことはごくごく簡単なお仕事です。…あなたの故国ベネジアに渡り、その王城を襲ってください。」

なにが簡単だ。大仕事というかこれ死ぬやつじゃん。

「できるだけ派手に暴れてくださいね、その隙に我々は城内からある品を奪還致しますから。可能なら城内の兵を全て引きつけてもらいたいものです。」

捨て駒じゃねぇか。最初から妹を返す気なんかさらさらなかったわけだな貴様ら。これでは妹が本当に無事かも怪しい。

「…一つだけ条件がある。」

「おや?あなたにそんな権利があるとでも?ご自身の立場をよく考えてものを言ってくださいね。」

いちいち腹立つヤローだなこいつ。

「妹に会わせろ。一度で構わない。この目であいつの無事を確認するまでは俺は動かない。」

奴の目を見て告げる。はっきりと。
フォーリスは一度苦い顔をしたがすぐに余裕の笑みを戻して頷いた。

「良いでしょう。あなたが城を攻撃するその前にでも会わせてあげますよ?それならいいでしょう?」

何か企んでそうな顔だが、ひとまずは了承しておくか。ぶっちゃけこの場では圧倒的に俺に不利だ。出せる手は無きに等しい。おとなしくしているのが精々だ。

「ああ、それでいい。」

その時、くいっと袖を引かれるのを感じた。見るとミルラが「これでいいの?」というような視線を送っていた。俺は彼女に無言で頷き返して、反対のカミラさんの方を見た。…すっごい怖い顔でフォーリスを睨んでいる。

「ふふ、言質は取りましたよ?ではこの場はここまでにしておきましょうかね。そろそろそこの小さな戦士さんに叩き潰されかねませんので。」

立ち上がったフォーリスはカミラさんの方を見て一度見下した笑みを浮かべてから俺らに背を向けた。

「連絡は後日、配下の者を遣わせます。場所はこちらで探しますのでご自由に。ではでは束の間の平穏を楽しんでいてくださいなケイン殿。」

それを最後にフォーリスは去っていった。












フォーリスとの話を終えて城へと戻った俺たちは元遠征軍のみんなにお願いして救い出した魔物たちをウェーストとの国境まで運んでくれないかと頼んでみた。無茶で図々しい願いだとは思ってはいるが、こればかりは俺たち3人では無理なことなので彼らに頼むしかない。他に頼れるものはいないのだから。

「わかったぜ、任せときな!」

…と、俺の懸念など投げすてる勢いでまたも承諾してくれた。本当にもう彼らには頭が上がらない思いだ。彼らだって本当は救われたとされる大切な人たちのもとへいち早く戻りたいだろうに。

「気にすんな。無事だって分かってんならそれで十分だよ。…元はといえば俺の所為で捕まっちまったようなもんだ。今更、呑気に帰れやしねぇよ。それよりも俺は、あいつの命の恩人である『教団狩り』の奴らを手助けしてやりてぇ。そして、そのきっかけを作ってくれたお前への恩返しもな。」

とはバッツの談だ。

「ん?きっかけだと?」

「おう、フォーリスの旦那から聞いたぜ?やっぱりお前が『教団狩り』の奴らに協力を要請してくれたらしいじゃねぇか。水臭ぇぜ、黙ってんのはよ。」

なんだなんだ?どうしてそんなことになってる?どうしてフォーリスが俺の株を上げるような真似を?
意味はわからないがとりあえず合わせておくことにする。

「ま、まあな、気にすんな。」

「三流以下の芝居ですね、旦那様。」

ばかやろー、俺に演劇の真似ごとが出来るように見えるか?敵を騙す策ならいざ知らず味方を欺くのは苦手なんだよ。
そんな俺らのやり取りをきょとんとした顔で見ているのはバッツ。こいつがバカで本当によかった。



なんて道中を楽しく過ごした俺たちは、1日かけて国境付近まで到達した。丸一日かかってしまった訳としては、衰弱した彼女らに要らぬ負担をかけないために安全運転で馬車を進ませたからと明記しておく。ちなみに、元遠征軍の彼らを借受ける過程で仕方なくフォーリスの許可を取りに赴いたのだが、奴はいつもの笑顔で「構いませんよ。」と呆気なく了承してくれた。意外だ。何か企んでるに違いない。

「お、なんか見えてきたな……え、あれなに?」

国境にある関所が見えた。そこまではいい。ただ、その建物を中心にして左右にズラリと人影のようなものが広がっている。すごい数が並んでいる。多すぎて軽く地平線みたいになってる。

「ま、まさか教団軍?」

もしそうなら厄介だ。こちらには病人扱いの魔物が十数人はいる。そして相手は目算でもこちらの倍以上の兵力だ。元遠征軍のみんなには無理言ってここまで付いてきてもらってる立場ゆえに彼らにこんな負け戦をさせ?わけにもいかない。
さてどうしたものかー

「カミラーーー!!ようやく到着したか!!!!」

とかなんとか考えてると、関所の方からバカでかい声でカミラさんの名を呼ぶ声が聞こえてきた。あれ?てかこの声ってどこかで。

「あら!エルナルドちゃん!やっほー!!」

俺が思い出す前にカミラさんが馬車から身を乗り出して、声の主に手を振り返していた。
思い出した。洞窟で通信魔法具越しに見えたあの魔物だ。あの女性が関所にいる。それが意味することはつまりー

「ウェーストの魔王軍か!」

「そのようですね、旦那様!」

ということはこの前の宣言通りに国境守備隊は殲滅したのか。…自分で言ってて恐ろしいな。約1日で一国の軍を一つ滅ぼすとかどんだけ。

乗ってる馬車が国境に近づくにつれて地平線のように見えた人影の正体が見えてきた。よく見れば人型以外にも鳥羽の生えたハーピー種や大斧担いだがっしりとした肉体のミノタウロス種。竜の鱗を持つリザードマンにモノホンのドラゴンの姿も見える。めっちゃでかい。
このメンツならこの結果も合点がいく。

錚々たる顔ぶれを従えて先頭に仁王立ちするのは美しい鎧に身を包んだ女騎士だ。
艶やかな金髪靡かせて凛々しい顔立ちで静かに佇んでいる。いやさっきでかい声出してたけどね。
それと耳が長いことから推測するに多分、デュラハン種と思われる。これだけ部隊を率いているのだから相当強いんだろう。俺よりも上だと思う。

そして俺の予想は良い意味?で裏切られることになった。



「お久しぶり、エルちゃん!」

「久しいな、10年ぶりか?」

関所に到着し、とりあえず顔合わせのためにデュラハンのもとへやってきた俺たち。そこでようやく彼女の放つとてつもなく膨大な魔力に気がついた。

おいおいおいおい、これこいつ1人から出てるのか?ふざけている。前言撤回だ、こいつは俺なんか小指で殺せる力を持っている。土魔法が使えてちょっと槍さばきが上手いくらいでちょっぴり自信を持っていた俺の心を粉々に打ち砕いてくれる。

「おや、なんか連れの男がひどく落ち込んでいるぞ?何かあったのか?」

「あらー…ちょっとショックが大きかったのねぇ。」

カミラさんに思っきし悟られてるし。当の本人はまったく気づいてないからいいけどね。はぁ。

「あれか?EDか?不能で悩んでいるのか?」

なんでそうなる!?この淫魔どもめ!なんでも下ネタに持って行きやがって!!誰もがお前らみたいに不埒だと思うなよぉぉぉぉ!?

「うーん、だいたいエルちゃんの所為だと思うよぉ?」

「なに!?わたしか!?私が何かしてしまったのか!?…ぬぅ、何が何だか分からんがすまん、少年。」

「ぐはぁ!?」

こ、こいつ。俺を子供呼ばわりだと!?どこまで…どこまで俺の心を折る気だ。

「少年!?」

「ぐほぉ!?」

だ、だめだ。ダメージが大きすぎてもう立ってらんない。

度重なる精神攻撃の末に俺は地に伏した。あれだ、敵は味方にいたってわけだな。孔明の罠だよ、これ。

そんな俺にエルナルドがさらなる追撃をかけてくるとは思わなかった。
倒れた俺に駆け寄って急いで抱き上げた彼女はー

「少年!?しっかりするんだ少年ーーーー!!!!」

で、でかい声で言うな…ばか。ガクッ。













「…起きたら俺の目に飛び込んできたのは知らない天井だった。」

「ここ外ですけど…。」

ふ、一度、やってみたかったんだ。昔、村に来た勇者が同じような台詞を言っていたから訳を聞いてみた時に「これを言うのが俺の夢だったんだ…。」と言ってたからな。俺も実践してみたんだ。ちなみにそいつは村に居着いて、今じゃ3人の娘の父親だ。

「おぉ!起きたか少年!心配したぞ!!もしや私の所為で死んでしまったかと。」

「ぐふっ!だ、大丈夫だ。だからその呼び方やめてくれ。」

せっかく忘れそうだったのに、ご丁寧に呼んでくれやがって。

「いや、寝てないですよね?寝たふりしてましたよね?」

「黙るんだミルラ。それ以上は俺の今後の心のケアに響く。」

割と自分の実力を過信していた過去の俺を殴ってやりたい。人生初の挫折だよ。

「エルちゃん、この子はこう見えても23歳の大人なのよ?少年は失礼だと思うわ。」

「ぬ、そうなのか。それはすまなかった。だが、私も100歳を超えたあたりからどうも見た目で年齢を計るのができなくなってしまってな、君くらいの見た目のやつは私にとってはだいたい子供くらいにしか見えないんだ。」

そんなとこだろうと思った。…さて、そろそろふざけるのも止めようかな。ミルラの膝枕からも脱出しないと、こっちも我慢できずに襲ってしまいそうだ。名残惜しいが身を起こす。

「いいよ、別に。だが俺にはケインという名がある。できればそっちで呼んでほしいな。」

「ああ、もちろん!私はエルナルド・シュライン・グロリアーノだ。」

歯を見せながら快活に微笑みながらエルナルドは手を差し出してきた。その手を握るとぐいっと起こしてもらった。

「ありがとう、と言っておくよ。亡命の件とか国境守備の件とか諸々な。」

「礼には及ばん。騎士として当然の行いだ。…では、皆、一旦我が主人の下までお連れしよう。もちろん、君らが助けてくれた魔物たちも一緒にだ。」

パチンと指を鳴らすと彼女の下にどこからともなくメイド服の女性たちが現れた。皆、面倒見の良さそうな優しい慈母のような顔立ちをしている。

「頼む。」

「了解致しました。」

短いやり取りの後、メイドたちは素早く魔物たちを乗せた馬車まで移動すると1人ずつ抱きかかえて運び始めた。
あちらは任せて大丈夫そうだな。

「ところであそこで待ち惚けの男どもはどうする?行き場がないなら夫を求める魔物のところに放り込んでおくが。」

「いや、あいつらは他所から借り受けただけだからここでお別れだ。…ちょっと挨拶してきていいか?」

「構わん。」

エルちゃ…じゃなくてエルナルドが頷くのを確認して退屈そうにしている元遠征軍のもとまで駆け寄る。

「ケイン、話はついたか?」

「ああ、このまま魔物たちは預かってもらうことになった。だからお前らの仕事もここまでだ。…何度も助けてもらって悪いな。」

「気にすんなって。俺たちとお前の仲だろ?…正直に言って俺はな、あの夜お前がゴブリンの子を連れて逃げた時、すげぇ感動したんだぜ?教団を恐れずに真っ向から刃向かった奴見んのは初めてだったからな。あの姿に俺たちは勇気をもらったんだ。」

柄にもなくバッツはしみじみと語った。そんな言われ方するとこっちも照れくさくなってしまう。べ、別にお前らのためにやったんじゃないんだからね!いやまじで。

「だからよ、お前はお前で達者でやれや!俺らは俺らでやりたいことを精一杯やってくからよ。」

「ありがとう。」

その言葉しか出てこない。
感謝の思いが溢れて止まない。

「だぁから!気にすんなって!…短い間だったけど、楽しかったぜ戦友。」

「ああ、俺も…俺も楽しかった。元気でな戦友。」

差し出された拳に自分の拳を当てる。


コツンと当てた拳を握りしめたまま、俺は去りゆく友たちの後ろ姿を眺めていた。

「あばよ!俺らの英雄!!」

バッツは最後に、俺と同じように握ったままだった拳を振り上げて俺に別れを告げた。

それに対して俺も握った拳を天高く振り上げて応えた。
















エルナルドの案内のもと、俺たちは馬車に揺られてウェースト首都まで向かっていた。

同情しているのはミルラ、カミラさん、エルナルドに俺だ。運んできた魔物たちはメイドの人が転移符を使っていち早く首都まで戻ったらしい。俺たちにも転移符使ってほしかった。それをエルナルドに伝えてみるとー

「転移符は非常に貴重で高価なのだ。おいそれと使うわけにはいかん。それにお前も戦士ならこのくらいは我慢しろ。」

とエルナルドに怒られてしまった。尤もなこと言われては俺も黙らざるを得ない。

仕方ないので話題を変える。

「そういえば、エルナルドとカミラさんてどんな関係なんだ?」

魔王軍の知り合いがいるとは聞いたが、まさかこんな大軍を指揮するような身分の知り合いとは思わなかった。
カミラさんの謎が増える。今更思い出したが、カミラさんはおそらくホブゴブリンだ。乳でかいゴブリンとかそれしかいない。でも、彼女らは総じて頭が弱いはずだ。多くの場合が通常のゴブリン種が摂政を勤めてグループを形成してる。だが、彼女はその生態と矛盾している。細かな気遣いもそうだが、勘の鋭いとことか戦闘のセンスや駆け引きも上手そうだ。そんなホブゴブリンなど聞いたことがない。

「彼女とは昔、とある戦で出会ってな。それからの付き合いだ。」

「…もう少し詳しく。」

「あらぁ、ケインちゃんったら私の魅力に惹かれちゃったのかしらぁ?ダメよ〜、ミルラちゃんがいるんだから。」

めっ、と人差し指を額に押し当てられた。
完全にはぐらかされたな。いや、まあ、聞かれたくない過去なのかもしれないしこれ以上は藪蛇なのは分かったけどな。っていうか今、ケインちゃんって言った?なんかカミラさんの中で俺のランクがじわじわと下げられている気がする。昨日今日と素を出し過ぎたかな?

「私のことよりも〜…お姉さんはミルラちゃんとの仲がどうなってるのか気になっちゃうな〜。」

仕返しとばかりにカミラさんがいやらしい笑みで問い詰めてきた。なんだなんだ、そんなに聞かれたくないことだったのか?

しかし、どうかと聞かれても特に進展とかはない。昨日は戦勝会で馬鹿騒ぎして、途中から酔って、ミルラのいるテントまで行ったのは覚えているがそこからの記憶がない。起きたら朝でミルラに膝枕されてたのは覚えてる。それからはミルラと楽しく談笑して気付いたら国境に来ていた。そういえば今日はなんか事あるごとにミルラが頬を赤らめていたような…


「ちょっと待て!!ミルラ!俺昨日、お前になにをしてしまったんだ!?」

「あぅ!?旦那様…そ、それは……言えません。」

じ、事案だ。事案が発生してしまった。事もあろうに我がパーティー内でだ。しかも犯人は俺。相手は年端もいかぬ少女だぞ!?トチ狂ったか、俺!!

最悪だ…酔った勢いで関係を持つなんて。せめてムードが整ったところで及ぶべきだろうに…いやいや待て!そういう問題では!!

「な、なんかケインのやつが頭から湯気出してるぞ?」

「うふふふ…本当のこと言うと、普通にミルラちゃんが介抱してただけなんだけどね〜。おもしろいからこのままにしときましょうか。」

「お、お姉ちゃん性格悪い…。」

「あら、元はと言えばミルラちゃんがはっきりと言わないからこうなったんでしょう?」

「う…。」


魔物勢が何か話し合ってる。きっとあの晩のことを根掘り葉掘りミルラに問い詰めてるんだ!くそぅ!きっと俺は初めてだからテンパっていたに違いない!クソクソクソ!バカにしやがって!!淫魔どもがぁぁぁ!!





後になってミルラから何もなかったということを聞かされた俺は己の醜態を嘆くばかりだった。
16/08/16 10:48更新 / King Arthur
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■作者メッセージ
3話で収めようとした俺がバカでした…。


この後二、三話続きます!

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