連載小説
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それからしばらく走って、町から十分に離れたと判断した俺は森の中で魔物の少女を降ろした。

「よっと…大丈夫か?」

「うぐ…!」

おっと、まだ腹の傷治してなかったのかよ!?幸い、それほど時間は経っていなかったから良かったがもう少し遅れていたら死んでたかもしれん。

「ご、ごめんな!今治す!」

俺は慌てて治療魔法をかけて傷を修復する。

「あ…す、すごい。」

見る見るうちに塞がっていく自分の傷を見て驚く少女。このくらいなら誰でもできると思うのだが。

「お前のとこには治療魔法使える奴いなかったのか?」

俺の問いにコクリと頷き返した少女。

どんだけの田舎だよそれ。
だが、これでこの娘が魔王軍でないことがほぼ確定となった。
一応、彼女に確認してみたがやはりこの周辺に住む野良の魔物らしい。

つまり城に囚われているのは一般市民ということだ。

「まあ、戦争してんだから普通っちゃ普通なのか。」

考えてみれば人間同士の争いでもこういうことはよくある。遠くの国に遠征に行ったりすると食糧とかいろいろ足りなくなるから現地の村とか街から略奪するのだ。騎行戦術とかそういうやつだ。

「普通だとしても、俺は許せないけどな。」

そもそも遠い国まで遠征させるなよ、って話だ。そこまでして戦争がしたいやつらの考えが分からない。所詮は俺も庶民だ、お偉方のお考えは理解できないよ。

「さて、無駄な考えはやめにしてこれからを考えないとな。」

ぶっちゃけバカなことをしたと後悔している俺だが、自然と嫌な気分にはならなかった。…まあ、ただの自己満足に過ぎない行いなんだろうけど。
それでも、嫌じゃない。寧ろ清々しい。

「あ、あの…!」

「ん?」

1人ごちていると少女が緊張した面持ちで声をかけてきた。

「た、助けてくれて…どうもありがとうございます!」

ぺこりと頭を下げる魔物の少女。その姿が妙に可愛らしい。いや、美少女なのは知ってたが、こんなに魅力的だったか?
どうにも魔物のフェロモンにやられかけている自分がいる。

「あー…礼はいい。これもきっと俺の自尊心を満たすためにやったことだから。」

「?」

いきなり何言ってんだこいつ、的な感じに小首を傾げる少女。まあそうなるよな。もし俺が同じようなことを言われたら引く。

「すまん、ちょっと俺の中でも整理ができてないんだ。…それよりも、一応自己紹介とかしておくか。」

今更だが、聞いておきたい。いつまでも少女ではなんか扱いづらい。

「あ、私はミルラって言います。ブルジョワーズの近くの森でお姉ちゃんと一緒に暮らしてました。」

「俺はケイン・ミルゲル、元・教団兵だ。」

教団と聞いてびくりと肩を震わせるミルラ。ああ、迂闊だったな。おそらく彼女の中で教団というのはトラウマにでもなっているんだろう。

「生まれは西の大陸の神聖帝国だ。…と言っても田舎だけどな。」

「私と同じ、ですね。ふふ。」

「違いねぇ。」

似たような生まれと知って2人して笑みをこぼす。
ついさっき戦った相手なのになんだか親近感が湧いてくるから不思議だ。田舎もん同士は仲良くなれちゃうのだろうか。

「…まあ、ここで立ち話もなんだ。ひとまずは隠れる場所を探そう。」

「それならいいとこがあります、付いてきて!」

と、ミルラは森の中を走り出してしまった。慌てて後を追いかける。
意外に足の速いミルラは短い足を小刻みに動かしながらスルスルと木々の間を抜けていく。

そうして辿り着いたのは洞窟だ。森の奥にあって、入り口も蔦で覆われているから一目見ただけでは気づかない。周りの崖はもれなく蔦だらけでピンポイントで洞窟の入り口を見つけるのは実質不可能だ。

「なかなかいい場所だな。」

「はい、ここでならしばらくは保ちます。」

「そうだな、とりあえず入るか。」

そう言ってミルラに案内してもらって中に入る。

おお、洞窟内とは思えない内装だなおい。壁掛けとかカーテンとか椅子とか机とか…いろいろコーディネートされてて住みやすそうだ。

「ベッドは一つしかないのでケイン様がお使いください。」

「いや、それはダメだろ。ミルラが使え。」

「いえいえ、ここはケイン様が。」

「いやいやミルラが。」

かれこれ10回近くこの問答を繰り返してなんとかミルラに譲る。彼女は不服そうだったがまさか女の子を地面に寝かせて自分だけベッドというわけにもいくまい。まあ、絨毯が敷かれているからモフモフしてるけど、やっぱり床ということに変わりない。

「今、お茶淹れますね。」

お茶とかあるのかよ…家だなこれ。

ミルラが淹れてくれた紅茶をいただき一息ついてから今後について話し合いを始めた。

「さて、じゃあ今後の予定を決めようか。」

「はい、ケイン様。」

俺は今、ミルラに勧められたティータイム用の椅子に腰掛けている。机を挟んだ対面にはちょこんとミルラが座っている。
俺の前には彼女が淹れた紅茶が湯気を立てており時折、その香りが鼻先を掠めるから緊張感が保てない。ついついリラックスしてしまう。こんな危機的状況にもかかわらずだ。

なんとか理性で保っているが、話でもしてないてうっかりうたた寝してしまいそうだ。

「…この紅茶、いい香りだよな。」

「これ、私のお姉ちゃんが栽培してる茶葉を使ってるんですよ。魔界に樹勢している『魔界茶』という一般的な種類なんですけどね。お姉ちゃんが作ってるのはとびきり美味しいんです。」

一言褒めたら凄い勢いで説明されてしまった。よほど嬉しかったのかいくらか表情を綻ばせているように見える。

「あ、ごめんなさい。いきなり困っちゃいますよね?」

「いいや?確かにそれなら納得だよ。魔界の特産物はどれも美味だからなぁ。」

昔、故郷の村に来た魔物の行商人から仕入れた魔界豚とかいうやつの肉はそれはそれは美味かった。
おっと、話題が逸れているな。

「話を戻そう。」

「は、はい。」

さて、何から話したものか。

いざ、切り出してみたもののこれといって案もないし策もない。俺だけの状況で言えば既に詰んでいる。
あれだけ脅されといて教団を裏切ってしまったのだから、人質の妹はそれはもう惨たらしく犯し尽くされてしまうことだろう。

だから、個人的な今後の予定は妹が囚われているあそこまで戻って特攻を仕掛けるくらいだ。

でも、それだと早急にこの子の避難先を見つけなきゃいけない。モタモタしてたら妹が危ない。
これで監視の教団兵どもが通信魔法を使えたら一貫の終わりだが、幸いにしてそこまでの使い手はいなかった。皆、初級から中級程度の魔法しか使えない奴ばかりだ。通信魔法具の類も見当たらなかったし。
急げば間に合う可能性があるのだ。

…というのをミルラに伝えてみた。

「そうなのですか…妹様を。」

「そうだ。だから俺は早急に本国に戻り、あいつを取り戻さなきゃいけない。…だが、お前のこと放って行ったりはしない。最後までちゃんと面倒見るつもりだ。」

これは絶対だ。今更放り出しても寝覚めが悪くなるだけでメリットはない。それならもういっそ全部面倒見てやったほうが後味はいい。

「ケイン様…。」

「あのーミルラ?さっきから言おうと思ってたんだが…そのケイン様ってなんだ?」

気になってはいたがタイミングが掴めなかったのだ。でも気になってしょうがないので思い切って聞いてみる。

「ケイン様はケイン様ですよ。…自らを顧みず、私を救ってくれた貴方は…私の主様なのです。」

…何言ってるか分からん。乙女チックなことは分かったけど正直、その呼び方はむず痒くて仕方ない。

「ケインとかで構わないのだけど…」

「いけません、命の恩人を呼び捨てになど。」

「ケイン様はちょっとな。」

「ならば旦那様と。」

「なお悪い。…いや、もういいや。話を進めよう。」

「はい旦那様。」

…なんか凄い懐かれてる気がする。でも、一度は刃を向けているわけだし罪悪感の方が断然強い。

気になるけど事は一刻を争うため話を進める。

「…そんで、とりあえず魔王軍と連絡が取りたいのだけど、この近くにいたりする?」

期待はしていないが、一応聞いてみる。

「ああ、それなら隣国のウェーストが親魔物国家ですから一定数は滞在してますね。今の時期だと、リリム様もちょうどいらっしゃいます。」

おお、なんだいるじゃん。聞いてみるもんだな。
最悪、近くの野良魔物に預けることも考えたが余計な心配だったようだ。

「なら当面はそこに向かうことにしよう。…あ、それとお前の姉は今どこにいるんだ?分かるなら一緒に連れて行きたいのだが。」

「お姉ちゃんですか?…多分、今頃はもう一つの避難場所に到着してると思います。」

「お?なんだ、姉の方も避難してたのか。」

「はい、さっきちゃんと逃しましたから。」

ん?あれ?じゃあこいつの姉って…

「あの乳がでかいやつか?」

「は、はい…やっぱり旦那様もお乳が大きい方がお好きですか?」

あれか!あれだったのか!そうかそうか、姉妹揃ってクソに気に入られてしまったんだな。まあ、こんだけ美貌持っててしかもロリならあのクソにとってはどストライクなんだろうけど。

「むぅ…。」

「ん?どうしたミルラ。」

なんかミルラが拗ねている。出会って間もない女の子に拗ねられるとか初めての経験なんすけど。
何かしたかな?まったく覚えがないのでスルーする。

「で?連絡は取れそうか?」

「うーん、ここから少し離れてますからね。どうにも…。」

難しいか。たぶん、あの騒ぎで捜索隊とか出てそうだし、下手に動き回れば見つかるか。
教団兵が相手なら問答無用で斬り殺すが、同僚たちが出てこられると困る。できれば彼奴らは殺したくない。でも、あいつらも人質がいるわけで多分、会ったら本気で殺しにくるだろう。

「…しょうがないな。その時はその時だ。…よし!ミルラ、多少危険だが、お前の姉のとこまで行くことにしよう。」

「ええ!?危ないですよ?」

それは十分承知だ。だけど急がないと妹が。できれば素早く回収してウェーストとやらに向かいたい。ならちょっとの危険は目を瞑ろう。

「なに、お前は絶対に守りきるさ。安心しろ。」

「!!旦那様ぁ…。」

なにやらまずい事を言ってしまっただろうか?ミルラが頬を紅潮させてうっとりしている。…俺は唯一、魔物の性欲に関しては危険視しているからな、この状況は非常に危ないと判断できる。

「一言だけ断っておくが、俺は今のところ所帯を持つ気はないからな。」

「な、なんでですかぁ!?私、尽くしますよ!?」

いや、そうじゃないだろ。お前は今、吊り橋効果というやつで俺がカッコよく見えてるだけだ。冷静になって見ればただの冴えないおっさんだと理解できるだろう。おっさんは言い過ぎか、これでもまだ23だ。

「…ほんとは今頃、結婚して田舎でのんびり暮らしてるはずなんだけどなぁ。」

無駄に土魔法と槍さばきだけは上手いからこんなことになってしまってるのだ。俺の才能を呪いたい。
贅沢だとみんなは言うだろうが、知ったことか。俺は田舎で平凡に暮らしていたかったんだよ!

もうそれも終わりだけどな。教団敵に回したらこの世界で普通に生きることは叶わない。妹を助けたら2人であてのない旅に出るのだ、悔いはない。

「うっし!じゃあ、移動は明日ということでお前は寝とけ。」

「旦那様は?」

「見張りしとくよ。大丈夫だ、気配くらいは探れるから。」

ほんと、なんで唯の農民のはずなのにこんなことできるんだよ。全ては元軍人の養父の所為だと思う。

「それなら私も見張りします。」

「だめだ、子供は寝てろ。」

「子供じゃありません!もう13歳です!」

俺にとってはまだまだ子供の部類だよ。

「いいから寝なさい、明日は忙しいぞ?」

「逃亡してるんだから忙しくて当たり前です!それに私は魔物だから1日寝なくても大丈夫です。」

そういう問題じゃないだろ。

「…あーもう、いいよ好きにしろ。」

「はい!」

嬉しそうに返事しやがって。…ったく、なんでこんなに懐いてんだよ。子供の面倒見るのは好きだが、この状況下では嬉しくない。いや嬉しいけど好ましくない。

結局、この晩はミルラと共に見張りをすることにした。…要は徹夜でおしゃべりしてたのだ。まったく、なにやってんだろうな俺。






朝早く、俺らは洞窟を出た。寝てないので支度もスムーズだ。
出るときは一応周りに誰かいないか確認してから出た。誰もいなかった。
昨晩も人っ子ひとり近寄らずに暇だった。見張りしなくてもよかったかなぁ。


今は森の反対側にある洞窟に身を隠しているミルラの姉のもとへと向かっている最中だ。

「…気味悪いくらいに誰もいないな。」

拍子抜けにも森の中には捜索隊はいなかった。派遣すらされていないのではないかと思いたくなるくらい誰とも会わない。もし、追っ手がいないならそれほど嬉しいことはない。でも多分会ってないだけだ、この森のどこかにいるはずだ、と緩みそうになる警戒心を引き締めて俺は進む。先頭を歩くミルラのちっちゃなおケツを見ながらだから楽しい。
…あれ?俺今何考えてたんだ?なんか気持ち悪いこと妄想してた気がする。

「…フェロモンだな、これ。」

すっかり魔物の毒に侵されてしまっていたようだ。もうミルラのことが可愛くて可愛くて仕方ない。

なるべく視線を逸らして気持ちを落ち着かせる。

「目的地まではあとどのくらいだ?」

「もうすぐですよ。あと半刻もかかりません。」

「随分と近く感じるな。」

「早めに出ましたからね、これでも結構歩いたと思いますよ?」

そんなもんか。確かに夜明け前には出立したが、今はまだ日も登りきっていない。昼前だ。
この調子なら予定を前倒しにしても大丈夫そうだ。

「…だがまあ、もう少しだけ面倒見てやるつもりだが。」

「ん?なんですか?」

先頭を歩くミルラがこちらに向けて首を傾げている。思わず声に出してしまったようだ。

「なんでもない。…先を急ごう。」

後戻りはできないんだ、こいつを亡命させて、何が何でも妹を取り返してやる。





それからまたしばらく森を進むと、開けた場所に出た。どうやら森を抜けたようだ。

「お前の姉がいるというのはあの崖のどこかか?」

森から少し歩いたところには行く手を阻むように岩肌が横に広がっていた。例によって蔦が絡みついてその隙間から覗くように岩肌が見える。あの蔦を辿って崖上まで登れてしまいそうだ。

ふと今来た森の方へと目を向ける。
手入れのされていない自然の木々が生い茂って鬱蒼とした雰囲気を放っている。

どうやらこの森は左右を崖に挟まれた立地になっているようだ。崖はどちらも高く、蔦を登っていくにしてもかなり時間がかかりそうだ。

「ん?そういえば森では他の魔物に会わなかったな?」

「そりゃそうですよ、近くに教団軍がいるんですよ?とっくにみんな避難してます。」

「なんだ、お前は逃げなかったのか?」

「私たちは、まだ旦那様たちが来る前に王国軍に襲われたんです。突然のことだったから碌な対処も出来ずに…お恥ずかしながら捕まってしまいました。」

本当に恥ずかしそうにミルラは俯いてしまった。それならどうしようもないんじゃないかと思うが、彼女は姉妹も捕まっている。少なからず責任も感じているんだろう。だから下手に慰めることはしなかった。

ただ、何もしないというのも居心地が悪いのでとりあえず頭を撫でてやる。

「えへへ…」

なんか嬉しそうにしている。あまりそういう態度を取らないで欲しい。これでも結構、抑えている方なのだ。そのうち暴走して襲ってしまいそうになる。ただ、そんなことをしたらあのクソ貴族どもと大差無くなってしまうのでしない。鋼鉄の理性で堪えている。

とかなんとか心の内で葛藤を繰り広げていると不意に声をかけられた。

「あれぇ?ミルラちゃん?」

ゆったりとした、なんとも呑気な口調だがその音はあどけなさの残る少女のように可憐で儚い。

目を向ければそこにはミルラと同じ茶色の髪をした同じくらいの背丈の少女が立っていた。ミルラをそのまんまロングヘアにしたような容姿をしている…しかし、その胸部には恐ろしいほどの凶器ならぬ兵器が備えつけられているわけで。

「お姉ちゃん!!良かった、無事だったんだね!」

…やはりか。彼女の姿を視界に捉えるなり飛びついて喜ぶミルラ。その顔は豊かな双丘に埋もれてしまって表情を窺い知ることはできない。

「あらあら、ミルラちゃんこそ無事に逃げ出せたのね。…もう、今日にでも助けに行っちゃうとこだったわ。」

そう言ってミルラの姉は背後からどデカイ棍棒のようなものをゆらりと取り出した。彼女の体躯を遥かに上回る巨大さを誇る棍棒を担ぐその姿は見た目にそぐわない威圧感と恐怖を感じる。
俺は直感で「この人だけは怒らせてはならない」と確信した。

「うん!この人が助けてくれたの!」

ミルラが誇らしげに俺を紹介する。姉の方は「まあまあ、そうだったの。」と口に手を当てて微笑んでいる。彼女もミルラに負けず劣らず美少女なので思わず照れてしまいそうになるが、未だ手にしている棍棒を目にするとその気も失せた。とりあえずその恐ろしいものを仕舞ってほしい。

「結構ギリギリになってから助けてしまったんですが。」

正直に言うと最後まで迷っていた。だから感謝されるような立場にいないのだ。ミルラはしきりに礼を述べてくれたが俺としては複雑な気分だ。

苦笑いを浮かべる俺にミルラの姉がしずしずと歩み寄ってきた。

「先ずは妹を助けてくれたことに心からの感謝を。私はミルラの姉でカミラと申します。」

深々とお辞儀をして彼女はカミラと名乗った。動きがいちいち綺麗でなんだか恐縮してしまう。些細な動きの一つ一つが流れる川のように滑らかで魅入ってしまう。

「自分はケイン・ミルゲルと言います。元は教団に籍を置いていましたがつい先日、放棄しました。」

「あらぁ?それはどういう…」

教団に籍を置いていたと聞いたカミラさんの眉がピクリと動き怪訝な表情でこちらを見てきた。

「あー、お姉ちゃん、詳しくは中に入ってからにしない?」

不穏な空気を感じ取ったのかミルラがひとまず洞窟内へと入ることを促してきた。

「そうね、ここだといつ教団の奴らに見つかってしまうか分からないものね。」

奴らって言ったよ、おっとりとした様子だったが確かに奴らと言った。しかもそこだけ声のトーンが異常に下がっていた気がする。やっぱり教団を快くは思っていないようだ。そらそうだ、自分や妹が一度は囚われ酷い目に合わされそうになったんだから、嫌いで当然だ。

ミルラの進言の通りに洞窟内へと入った俺は中の様子を見て思わず息を呑んだ。

ミルラ同様に洞窟内だというのにまるでお城の中のような装飾が施されている。姉妹揃って変なところで才能を発揮してる気がする。

「さあ、こちらにお掛けになって。」

促されるままに妙に凝った装飾の椅子に座る。これ本国の王城で見たやつ以上に豪華な気がする。座るのが躊躇われるところだが俺は容赦なく座る。今はできるだけ早く事を進めたい。

ミルラは何故か俺の隣に座らせられている。先の警戒具合からてっきりあちら側に座らせると思っていたのだが。

「では、詳しいお話を聞かせてもらいましょうか。」

ブワッとカミラさんの背後から強烈なオーラが発せられた。明らかに敵意の篭った威圧感だ。ここからは真面目なお話というわけか。
元とはいえ昨日まで教団兵だったのだから当然の警戒と言えるが、なにも実の妹まで威圧することはないんじゃないか?隣で冷や汗を流しながら必死に平静を装っているミルラが不憫でしかたない。

「…じゃあ、私から話すね。」

先の宣言通りミルラがここまでのあらすじを事細かに語った。

最初、警戒の色を抜かなかったカミラさんだったが、話を聞くうちに段々と纏うオーラから棘が抜けていき、今日半日のことを話す頃にはニコニコと微笑ましそうにミルラを見つめていた。

ミルラも本当に細かに話していた。
昨日は寝ずの見張りだったことやその時に何回か猫が通ったとか、今日の道中で見つけた花のこととか。
正直、馬鹿丁寧過ぎて途中で話半分に聞いていた。


「…ってな感じでお姉ちゃんのとこまで来たってわけ。」

「そう…。」

話を聞き終えたカミラさんは静かに目を閉じてしばし黙った後、ゆっくりとこちらに向き直った。

「ケインさん、妹を助けてくれたこと改めてお礼を申し上げます。ありがとうございました。」

「い、いえ。俺はただ…」

「それと、先ほどまでのご無礼をお許しください。言い訳になりますが、私も1人の姉として妹のミルラのことを大切に思っています。その妹が突然、男を連れてきたことを少なからず心配してしまったのです。それも昨日まで教団にいたと知っては…」

言葉を濁しながらもカミラさんは自身の懸念を語ってくれた。
俺もその意見に同意だ。もし俺の妹が俺みたいなやつを突然連れてきたら先ず警戒する。もしかしたら問答無用で叩き斬ってしまうかもしれない。
だから彼女の判断は正しいと思う。

それを伝えるとカミラさんはニッコリと笑って

「妹が惚れるだけのことはありますね。」

と言った。








その後の話し合いはスムーズだった。
カミラさんは隣国ウェーストにいる魔王軍にツテがあるらしく、ウェーストへと渡る術はその知り合いに一任して問題ないとのことだった。

「しかし、その人に連絡をとる手段はあるんですか?」

「うちにある通信魔法具を使えば簡単よ〜。」

カミラさんは奥の部屋へと入るとごそごそと何か手鏡のようなもの、というより手鏡を取り出してきた。

「それが?」

「ええ、これに魔力を込めれば…ほら、つながった。」

ボワっと一瞬光った後鏡面に何やら城の中のような風景が映し出される。この洞窟の内装とは逆に禍々しいというかおどろおどろしい雰囲気の、ありていに言えば陰鬱なデザインの場所だ。
そこに1人の女性が写り込んだ。

『…あ?なんだ、カミラか。』

女性は椅子に腰掛けカップを傾けていた。なんかティータイム中だったっぽい。

「あ、ちょうどよかったー。あのね、これからそっちの国に亡命するから助けにきてほしいのー。」

『え?なに?亡命!?な、何があったんだ?!とりあえず説明してくれ!』

いきなり突拍子もないこと言われりゃそうなるわな。
慌てる女性にカミラさんが事の経緯を説明する。

『…なるほど。あい分かった。すぐにでも救援の部隊を送ろう。』

これまでの事のあらましを聞いて女性は二つ返事で頷いた。

『そちらの詳しい座標を教えてくれれば迎えに行くことも可能だが。』

「あ、それはいいわぁ。今、近くには私たちを捕まえるために教団軍が展開してるはずだから、国境付近まではこちらから出向くわ。」

『いや、しかしだな。それなら国境にこそ厳重な警備があると思うのだが…』

「いいのよ。この国には結構お世話になってるしね。これ以上迷惑は掛けられないわ。それにあんな低劣な愚物共に遅れは取らないわ。」

サラッと凄いことを言っていた気がするが、気にしたらいろいろダメになると思うからスルーする。

女性は少し考えたあと『了承した。』と頷いた。

「明日には着くと思うから、時間になったら待っててちょうだい。」

『うむ。一応、時間前には警備兵は殲滅しておくよ。』

こちらの女性もサラッと怖いことを述べてから通信を切ってしまった。
魔王軍というのは案外恐ろしい集団なのかもしれない。

何はともあれこれで手はずは整った。懸念はあるが、それはカミラさんがいればだいたい問題なさそうに思える。
というかなんで捕まってたのこの人?

「さあて、じゃあ囚われのあの子達を助けに行くわよぉ〜。」

あの凶悪な形の棍棒を担いでカミラさんは事もあろうに領主の館へと出向こうとしていた。

「ちょ、ちょっと待ってください!国境に行くんじゃないんですか?」

「えー?あの子達も連れて行かなきゃだめじゃなーい?」

それはそうだが、この人数であそこを襲撃するのは骨が折れる。城の兵だけならなんとかなるが、近くの町には俺の元同僚…精鋭の大部隊が控えているんだぞ?

「大丈夫大丈夫、私、これでも結構強いのよ〜?」

そりゃあその巨大な棍棒を軽々担いでるくらいだから相当強いんだろうよ。…だがこちらにはミルラもいるんだ。彼女だけを国境に向かわせるのは危険だしここに置いて行っても危険だ。自然、連れて行くしかなくなるわけだが…

「私は平気ですよ、旦那様。」

俺の懸念を察知したのかミルラが傍で呟いた。

「だが…」

「旦那様。」

ミルラが強い意志を込めて見つめてくる。…うぅ、なんでかこの目をされると頷かざるを得なくなってしまう。

「分かった。」

「はーい、じゃあ出発するわよー。」

話がついたと判断したカミラさんはまるでピクニックの引率のように声を上げた後、俺たちを引き連れて城へと向かった。
16/08/16 01:02更新 / King Arthur
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