連載小説
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中V〜布石と恋の行方〜
ブルジョワーズの南にある小国ウェースト。王国とは長年、同盟関係と共に盛んな貿易が行われ良好な国交関係を結んでいた。
内陸に湖を多く有するウェーストからは魚介類の数々と特産品である、ウンディーネが作った魔法の込められた芸術品を。農牧業の盛んな王国からは食肉や乳製品、野菜等を送り合い互いに補い合う、持ちつ持たれつの関係を築いていた。

その平和を破ったのは他ならぬ教団の侵攻だった。

彼らは、ウンディーネの他にも多くの野生の魔物と共生するウェースト異端国家とし、隣国である王国に討伐命令を出した。当初は要求を断った王国だが、再三に渡る脅しに屈し遂に隣国への宣戦布告をした。しかし、その文の中に魔王軍へと協力を求めよとのメッセージを込めていた。
そのため、ウェーストは早急に魔王軍へと連絡を取り彼女らに統治を任せる代わりに教団の侵攻を食い止めてもらえるように取計らった。
魔王軍は即座に対応し、ウェーストと王国の国境には3万を超える魔物の大軍が配置された。王国にこれを打ち破る力などあるはずもなく、教団にしても辺境の地にそこまで戦力を割くわけにもいかず、両国間での戦争はひとまず回避された。

しかし、ことをしくじった王国に対して教団は制裁と称して植民地化を進めた。
当然のことながら王家はこれに反発、早々に教団への批判を行った。しかしこれを受けた教団上層部は王家を異端と糾弾し、民衆の面前で処刑を行った。こうして王家の中で唯一の生き残りとなったナヴィル王子を新たな王に据えて新国家ナヴィル王国を立ち上げた教団は同国の実質的な支配を敢行、民衆は搾取される日々を送ることになった。

一方、親魔物国家となったウェーストは教団に踏みにじられた隣国の惨状に大いに怒り、ウェーストの駐留指揮官であり総督であるリリムに懇願しかの国を救う術を模索していた。


そんな時に起こったのが、教団が派遣した遠征軍による魔物掃討作戦。急遽決まったこと作戦は一説によれば教団内において一勢力を築く大司教ゲロン・バルハザークによる独断であるとのことだ。
いずれにせよ、この事態を重く見たリリムは早急にナヴィル王国侵攻軍を編成、すぐにでも遠征軍と戦う準備を整えていた。

しかし、そのあとに入ったのは遠征軍による反乱で落城したブルジョワーズの情報だった。その陰には『教団狩り』なる謎の組織があり彼らの手引きにより遠征軍は彼らとの同盟軍を結成、教団へ反旗を翻したとのことだった。

完全に出鼻を挫かれ、複雑な相関図を形成した王国内部の状況を鑑みてリリムは侵攻作戦を中止。情報収集に勤めていた。
そこに来た俺たちの亡命の話だ。
リリムは事態の中心を動き回っていた俺たちとの会談を決意、俺たちを王城跡である総督府に招いた。これが道中にエルナルドから聞き出した情報の全てだ。
会談とか初耳なんすけど。


「おお、それでどうなったのだ!?」

「うふふ〜、もうダメと思ったその時にね?なんと私の可愛い妹ミルラちゃんが奇襲を仕掛けて見事忌々しいあの掃溜クソ野郎をぶちのめしたの!」

「おぉ!!」

「お、お姉ちゃん!私、ぶちのめしてないよ!?一回だけこつん、てやっただけだよ!?」

頭を抱える俺をよそに、3人娘は先日の強敵の戦いの話で盛り上がっていた。

おい、エルナルド!お前の主人の話だぞ!リリムだぞ!?そんなのと会談しなきゃなんない俺の身になれよ!

それとミルラ!あの一撃は決して「こつん。」て感じじゃなかったからな!ガツン!とかドカン!!て感じだったからな!無理に可愛い話にしようとするな!!

あぁ…こんな面子を引き連れて、あの魔王の娘に会わなきゃならんのか。前途多難だな、おい!


嘆き虚しく、馬車は首都郊外まで到達していた。窓の外に目をやれば遠くに細長く先の尖った高い塔が見える。その周りにはやや背の低い塔が点在していた。
やがて、その下に美しい街並みが見えてくる。
首都ウェーストウェーブだ。街の外が湖になっていてそれを波をイメージした独特の城壁が阻んでいる。
実に美しい情景だ。こんな状況じゃなきゃ俺もはしゃいでたろうなぁ。

「お姉ちゃん!すごいよ!水がいっぱいある!」

「あらそうねぇ、やっぱり何度見ても美しい場所だわ〜。」

年相応にはしゃぐミルラを見て、エルナルドが誇らしげに胸を張っている。それらを眺めてカミラさんが微笑ましそうにー

「いやお前ら!俺たちはこれからリリムに会いに行くんだぞ!?なんでそんな呑気なんだよ!」

緊張感の欠片も感じられん!こんなに俺が悩んでいるのにぃ…けしからん!

「でも旦那様、すっごい綺麗ですよ!」

「そうだぞ。偶には芸術を眺めて心を休めるのも騎士たる者の…いや、戦士の勤めだ。」

「ちょっと待て!なんでちゃっかり馴染んでんだよエルナルド!お前はリリム側だろ!」

「なにをわけのわからんことを…我らは志し同じくする同志だろ。」

「もう、カリカリし過ぎると早死にするわよ〜。」

「う!」

カミラさんの言葉が地味に心に刺さった。じわじわと精神削るの好きだよねカミラさん。

「ほら、もうすぐ首都に入るぞ。検問は私の顔パスだが城に入ったら大人しくしてろよ。」

く、くそー。子供扱いしやがってぇ…。ちょっと、かなり、だいぶ…いや圧倒的に俺より強いからって調子乗りやがって。…普通だな。

はぁ、諦めて静かにしてよう。もうそれしかない。


改めて間近から見た城壁はでかかった。そして城門が左右を波のようなデザインとなっており上部にウンディーネらしき像が飾られている。綺麗だ。

その門をくぐると現れたのは水の都の名に相応しい街並みだった。

内部の至る所が湖に浸食されていてその上に街が形成されている。橋で繋がれた通路を人が往来して、水上に孤立している建物には小舟を漕いで向かっている。
そして、街の中には水棲系の魔物が多数見受けられた。多くが独り身らしくたまにイチャラブカップルが通りかかる度に羨ましそうに指を咥えている。…まさに親魔物国家に相応しい光景だな。

俺たちを乗せた馬車は門から続く大通りを一直線に走っている。この道の先には首都中央に聳え立つ一番高い塔・ウェーストタワーがある。名前はエルナルドから聞いた。すごいそのまんまな名前だと思う。決してセンスが悪いとか言わない。だって付けたのがリリムだから。
ビクビクする俺を乗せて馬車は走る。

無情にもその速度は速く、あっという間に塔に辿り着いてしまった。

はしゃいで降りて行ったミルラとそれを見守り降りたカミラさん、だが俺はいじいじと馬車の隅で蹲っていた。しかしエルナルドに急かされて仕方なく外に出る。
先に降りたミルラはカミラさんに付き添われて道の端まで行って湖の中に手を突っ込んだりして、やっぱりはしゃいでいた。稀に見るミルラの子供っぽい行動にほっこりしながら俺は決戦場への門の前にいた。

そこではエルナルドが門番に話を通している。

「いいぞ、さあ来い。」

微動だにしない俺をエルナルドが無理やり引っ張っていく。

「や、やめろ!俺は今、精神統一をしているだ!来るべき決戦に備えて心の準備というやつをだなー」

「見苦しいぞ。戦士なら堂々としていろ。」

無茶言うなよ。あのリリム相手だぞ?あいつだけはダメなんだよ、昔、レスカティエに行った時に丁度、デリエラの侵攻があってその時に見た酒池肉林の光景がトラウマになって…うわ!やめろ!押すな押すな!!振りじゃねぇよバカ!!

「うるさいやつだな…そら!」

「えっ?うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」

エルナルドの野郎…よりによって魔法で俺を上階まで飛ばしやがった。たぶん風魔法だと思うけど、なんて精度だよ…。てっぺんに着いてからも右に左にと飛ばされていく。せめて自分で歩かせて…。

「ぶげっ!?」

一番大きな扉がひとりでに開いてその中へとぶっ飛ばされる。情け容赦なく俺は投げ出され無様にも顔から落下した。

「いてて…あれ?ここは…」

ヒリヒリする鼻を摩りながら立ち上がると、目の前に執務用と見られる立派な椅子に腰掛け、机に肘をついて手を組んだ美女が。

「!!…り、リリム?」

頭に引っ付いた黒いツノ、白い髪、白い羽。そして真っ赤な瞳の女性…あ、これリリムだ。

「はい、第47王女セルディアと申します。此度は遥々、我が水の都ウェーストまでよく起こしくださいました。楽しいお話をたくさん聞かせてくださいね。」

にっこりとリリムが笑う。セルディアとか名乗ってたけど俺にとってリリムはリリムだ。そこに個体差はない。あいつらみんな色狂いだ、気を許せるとか美しいとか以前に身の危険を感じる。
笑ってるけど、あの瞳の奥に確かに色欲の匂いがする。

「どどど、どうも!こ、此度、は、お、お、お招きいたただき。あり、あ、あ、ありが、ありがががが!!」

「落ち着けバカモン。」

「いで!」

緊張で全く舌の回らない俺の後頭部を誰かが叩いた。エルナルドだ。こんなことするのはあいつしかいない。
後ろを見ればエルナルドどころかミルラとカミラさんもいた。どうやら風魔法ですいすい上がってきたらしい。

「お、落ち着いとるわバカモン!」

「いや、絶対嘘だろ…。」

エルナルドが可哀想な目で見てくる。くそ、よりによってこいつに哀れまれるとは…!く、屈辱だ!脳筋なくせに!

「…えー、私がケイン・ミルゲルです。今回は殿下自ら私をご指名したとか?一体どのような御用向きでしょうか?」

エルナルドの一撃のおかげでひとまず冷静さを取り戻した俺は今度こそ挨拶をする。

「なんだ、やればできるじゃないか。文句無しで合格点だぞ。」

「うるさい!」

「うふふ、なんか楽しそうな肩ですね。エルナルドもなんだか嬉しそう。そんな顔初めて見ましたよ?」

ほら、殿下に笑われてんぞ。
ていうか、うふふ、とか。まんまお姫様やん。お淑やかの塊が喋ってるようだ。これならリリム拒否反応も発症しないはずだ。

「で、殿下!そ、そのようなことは!」

「はいはい。…じゃあ、ケイン様。こちらの要件ですが。」

「はい。」

「あなた方が遭遇した『教団狩り』という組織について、お話いただきたいのです。」

「はい。私が知っている範囲でなら全てお伝えいたします。」

よし、これは事前に知っていることだ。情報共有は戦う上で非常に重要な事柄だ。上手く運べばセシリアを取り戻す協力も取り付けられそうだ。

「…と言ってもこれはエルナルドから聞いてたことでしょう?」

「え。あ、はい。まあ…。」

なんだ?まだ何か用があるのか?生憎、俺はこいつら届けたら『教団狩り』から妹を取り戻す策を考えなきゃなんないんだが。

「では、どうぞ。」

セルディアに急かされ、俺はこれまでのことを洗いざらい吐いた。リリム様の前で小細工は無駄だからな。従順な犬のごとく従いますよ。



遠征軍にいた時からミルラとの逃亡、領主の城の制圧から『教団狩り』に妹を人質にされて脅されていることも。フォーリスざまぁ。

「なるほど。そんなことが…。」

「城が落ちた件はご存知かと思いますが、その際に同盟軍は現地の兵を1人も殺しませんでした。それどころか彼らと協力して教団を打ち破ったのです。…ただ、やはり教団には容赦しなかったのか貴族クラスを除き全員殺されました。」

「そう…」

セルディアは声を落として呟いた。やはり魔物は皆、人殺しは苦手らしい。そもそも彼女らは人が殺せないようだし。

「ですが、元遠征軍のやつらに関してはどうか寛大な処置を願います。あいつらは大切な人を人質に取られて無理やり戦わされていたんです。教団に恨みを持つことも致し方ないかと。…されど、魔王軍の掟が不殺であることも承知しています。その点を含めた判断は殿下の判断に従います。」

魔物には魔物のルールが、人間には人間のルールがある。その一線を超えることは出来ない。それこそがルールの存在意義だからだ。

「心配はいりませんよ。元遠征軍の方達に関してはきちんと対応させてもらいます。ですから問題は教団狩りということです。」

「ですね。…私はミルラたち姉妹をそちらに預けたのちに教団狩りと合流します。…なんの為かわかりませんがフォーリスは俺がミルラたちを亡命させることに協力的なようですからね。」

それまでは連絡を寄越さない筈だ。あくまで予測にすぎないが。

「その点が気がかりです。考えられるのはケイン様を守る者を厄介払いするという事くらいですが。」

確かにそれが大きいだろう。他に何か目的があるかもしれないけど、大半はその意味合いが強いと思う。奴等に必要なのはベネジア王城にいる兵力を引きつけてなお時間を稼げる人材だ。勝つ必要はない。その条件なら俺はぴったりだ。セシリアさえ人質にとればおもしろいように操られてくれる人形、それが、俺。
かつ、万が一勝つような事態になってこちらを妨害してくるような心配もない。ちょうどよく時間を稼いでくれてちゃんと死んでくれる捨て駒。

「よくよく考えると腹立たしいな。この役回り。」

「当たり前です!私、あの時思わず襲いかかっちゃいそうでしたよ!」

ミルラがぷんぷんと怒っている。俺のために怒ってくれている。なんでこんなに俺に尽くしてくれるのか不明だがたぶん吊り橋効果の所為だ。吊り橋効果バンザイ。

「そうなるともう一つ気になるのは、そうまでして手に入れたい物とは一体なんなのか?ということですね。」

「ええ、奴の言葉を鵜呑みにすると教団狩りはベネジア王城内にある何かをなんとしてでも手に入れたいようです。それさえ掴めれば奴らの目的も分かってくると思うのですが。」

あいにく、そんなものは知らん。ベネジア王家に伝わる宝とか聞いたことない。あの国は古くから教団の犬として働いてきた。そこに何か意味があると思うが、明確な正体までは掴めない。

「手詰まりだな。」

「ええ。ですからとりあえずケイン様には護衛を付けます。」

「え?でも、それだと一向に奴らから接触してこないんじゃ。」

「ご心配には及びません。我が配下の中でも特に隠密に優れたクノイチをつけます。彼女を護衛兼連絡員として使うのです。そうして作戦の実行日をリークしてもらい当日現地に我が軍が赴く…というのはどうでしょう?」

驚いた。このお姫様、思ったより頭いい。てっきりお嬢様系の箱入り娘かと思ってたがここまで話についてきてそれに対する案まで即座に提示してきた。やはり血は争えないということだと思う。

「良案だと思います。私は構いません。」

「ふふ、名案とは言ってくれないのですね。」

「あ、いえ!め、名案です!」

いきなりそんなこと言われるとヒヤリとする。リリム相手には油断できないのだ。下手すればこちらが取り込まれる。まあ、協力してもらう時点でその結末に片足突っ込んでるが。

「それで、その…妹については。」

「そちらもお任せください。こちらで監禁場所の特定を行いますので。」

セルディアはにっこりと微笑んだ。…本当に任せて大丈夫なんだろうか?俺への援軍などいいからそっちを優先していただきたい。

「大丈夫です。我々の力を侮らないでくださいな。」

顔に出ていただろうか?俺の懸念を察知してセルディアは念を押してきた。ぶっちゃけ魔物の実力など知らないのでなんとも言えない。ただ、俺は今、彼女らに任せる以外に道はない。セシリアの無事を祈るばかりだ。

「わかりました。こちらも極力、情報を聞き出してみます。」

まあ、期待はしないでほしい。一度会っただけだが、フォーリスという男の底知れぬ悪意というか信念というか、なんかそういう類の強い力は十二分に理解している。あの男相手に舌戦は不利だ。

あらかたの事を話し終えて俺はこの場を後にしようと告げようとして、止められた。

「あと一点、気になることがあるのですが…。」

「何でしょう?」

「あなた方が救い出してくれた魔物たち、報告の数よりだいぶ少ないのです。どういうことでしょう?」

「な!?」

そんな馬鹿な。俺は確かに全員馬車に運ばれるとこを見たぞ!?あの場で攫うことができるのは元遠征軍の面々だけだ。奴らがそういうことをするとは思えないがみんながみんないい奴とは限らない。完全に俺の落ち度だ。彼らを信頼しすぎた。

「あ〜、それなら平気。あの子達はケインちゃんのお友達の人たちと仲良くなってそのまま付いてったから。たぶん今頃はあま〜い生活を送ってるんじゃないかなぁ?」

真相はあっけなかった。なんでもない、ただのコイバナだ。やつらめ、あの短期間で相当数の娘を手篭めにしたらしい。
カミラさんの話によれば馬車移動の中で、魔物たちの世話係をしていた奴らはだいたい魔物と仲良くなってハネムーンしちゃったらしい。
ヒヤヒヤさせんな!と言いたいが、無事だったことにとりあえず一安心だな。

「あらそうでしたか。それなら安心ですね。私たち魔物娘の愛は深いですから、伴侶となった方たちも道を踏み外すことはないでしょう。」

「そういうもんですかね。」

「ええ、貴方もミルラさんと関係を持てば分かると思いますよ。」

にっこり顏でとんでもないことを言う。ほら、ミルラが頭から湯気出してるよ。こんな小さな子に性事情はまだ早い!

「…考えときます。」

「うふふ、お願いしますね。…彼女、あなたの思ってる以上に貴方を愛していますよ?」

「…。」

わかってる。…つもりだ。それに関しても追々考えていかねばならないだろう。だが、今はセシリアが優先だ。俺にとってあいつこそが生き甲斐であり、俺の人生に意味を与えてくれる存在なのだから。

俺はセルディアに深々と礼をして静かに退室した。








「おい、ケイン。」

「なんだ?」

階段を降る途中、エルナルドが声をかけてきた。

「外に出たら少し、時間を取れないか?2人で話したいことがある。」

真剣な顔でそう告げるエルナルド。十中八九ミルラ絡みの話だ。

「…ああ。」

このタイミングでとは随分、早急だなとは思ったがいずれ明確な答えを出さねばならないなら早めに結論付けておいた方がいいか。
そう思い俺は頷いた。

「ええ!?エルナルドさん、まさか旦那様のこと狙ってたんですかぁ!?ひどいですよー!」

ミルラが見当違いなことを言い出した。俺らはお前の話をするんだぞ、とは流石に言えないので黙って見てるしかない。

「ば、バカモン!そんなわけあるまい!わ、私がこんなのを好きになるはずないだろう!!」

エルナルドのやつ結構ひどい言い草だな。だが、まあ同意見ではある。

「うそです!ぜったい旦那様といやらしいことする気ですよ!ね、お姉ちゃん!」

「そうねぇ、エルちゃんもそろそろ結婚しないと。行き遅れになっちゃうわよぉ〜。」

100歳超えてる時点で十分行き遅れてると思うけどな。

「なぁ!?か、カミラまで…。くそ!貴様の所為だぞケイン!」

なんでやねん。お前が紛らわしい言い方するからだ。自分でなんとかしろ。

俺はエルナルドの声を無視して先を急ぐ。

「あ、こら!」

「行かせませんよ、エルナルドさん!!」

「うふふふ…。」

エルナルドはミルラに捕まってすごい言葉責めされてる。それを見てカミラさんは面白そうに笑ってる。


そんなこんなでエルナルドが俺の元まで来たのは、俺が塔を出てから暫くしてだった。








「まったく…貴様から説明してやれば早めに誤解を解けたものを。」

「結局、わかってもらったんだろ?じゃ、いいじゃん。結果オーライってやつだ。」

ミルラとカミラさんはまだちょっと離れたところの道端で水遊びしている。

「あの2人はどうなるんだ?」

「我が都市に設けられた難民用の住居に住んでもらう。職を見つけるまではこちらで面倒を見るので心配はいらん。」

そうか、ここは都市だから何か仕事を見つけないと家賃とか掛かるのか。他にも税金とか色々面倒そうだ。
だが、そこは魔物娘。言うほど心配はない。彼女たちの福利厚生には俺も一目置いてるからな。溢れんばかりの母性で目をかけてくれるに違いない。

「安心したよ。」

「…そうか?私にはイマイチ、そう見えないのだがな。」

そりゃそうだろうよ。こっちはまた妹を人質に取られてんだ。真の意味で心から休まることなどできやしない。それはこの世から妹を害する存在が全て消え失せた時だ。
つまりは生きてる限りは俺が不安を捨て去ることはない。警戒も怠らない。セシリアが幸せに生きて、死ぬまで俺は死なないし死ねない。
あいつが生きる世界を守るのが俺の役目だ。

「どうでもいいだろ。…で、話ってのはそれだけか?」

「いや、お前も気づいてるだろうがミルラについてだ。」

やっぱりか。なんども言うようでこちらも面倒臭いが、何回でも言ってやる。

「俺は所帯を持つ気はない。俺の全ては妹のためにあるからだ。命も力も心も人生も、あいつのためにあってそれ以外には必要ない。」

「ふ、思ってたよりもシスコン癖が強いみたいだな。」

同じようなことをフォーリスにも言われたよ。だが俺はそれでいいと思う。養父が死んでからたった2人でやってきたんだ。これからも何があろうとあいつと一緒に乗り越えて見せる。そのためにも早く、早く助けねば。

「お前、視野が狭まってないか?」

「は?」

いきなり何を言うかと思えば。そんなこと今は関係ないだろ、第一、お前にそんなこと言われたくない。

「お前の妹とやらは本当にそんなことを望んでいるのか?兄が全てを捧げて自分を守り抜いてほしいと、人生すら投げ出して自分のために生きて欲しいと。そう願っていると本気で思ってるのか?」

「そんなのはどうでもいい。これが俺の生き方だ。他人に口出しされる謂れはない。」

「…重いぞ、お前の愛は。妹にそれを耐え抜くだけの心があるかどうか。」

「関係ない、といったぞ?そもそも俺はあいつの負担を増やす真似はしない。ただ、静かに暮らしていければそれでいい。」

「彼女の願いは?夢はどうなる?」

「そんなものは必要ない。」

「もし、貴様の妹が男を連れてきたら?」

「殺す。斬り殺して焼いて捨てる。」

「…だよな。今のは愚問だった。…つまり私が言いたいのはだな、“いい加減、妹離れしろ”ということだ。」

「なに…?」

いきなりなんだ?俺が…あいつに迷惑かけてるみたいじゃないか。いや、捕まったのは俺のせいだ。それは本当にすまないと思ってる。だが、それ以外は特に負担はかけてない。そんなこと言われる覚えはない。

「お前は妹に依存してるんだ。この際は束縛と言った方がいいか。貴様は彼女を自分の操り人形か何かと勘違いしてるんじゃないか?」

「そんなことは…!」

ない、とは言えない。事実、俺は彼女を危険から遠ざけるという名目で村から出したことはなかった。大きな街へ買い出しに行くときは隣の家のおばさんに預けていたし行商人も度々訪れていたからそもそも買い出しに行く機会もあまりなかった。
悪い男に捕まらないようにと村の男どもには一切関わらせなかったし、農作業だって俺が全部やっていた。

俺は…セシリアを束縛してたんだろうか?

「彼女にだけじゃない、お前自身だってもっと自由に生きるべきだ。」

「…俺、自身?」

「その足はどうして付いてると思う?この世界中を歩いて巡るために決まっている!それを無駄に同じ場所でウロチョロと…鬱陶しくてたまらん!」

それは…なんというかお前の自論じゃないのか?

「だから!貴様ももっと周りをよく見るべきだ。よく見て、ミルラが本当はお前をどう思っているのかをよく考えておくんだな。」

「ミルラ…。」

ふと、湖の中に入って遊んでいる彼女を見た。
楽しそうに水遊びをする姿はどう見ても子供にしか見えない。だが、その実、細かいところで気配りを欠かさないし、礼儀だって弁えてる。俺とは正反対にな。素直でとてもいい子だ。彼女の夫になる人物は本当に恵まれてると思う。

そこでふと、彼女が誰かと結婚した時を想像してみる。

朝、おはようの言葉と共に食事をテーブルに並べて夫の身支度を手伝う彼女。夫を送り出してから家事に勤しむ彼女。夜、帰ってきた夫におかえりと言って出迎える彼女。食事を終えて風呂に入り夫と同じベッドで眠りに着く彼女。そのどの場面を想像しても彼女は笑顔でいる。
家事をするときたまにミスをして慌てる姿も容易に想像できる。楽しく笑い合いながら2人でのんびり休日を過ごして…

「…そうか。俺も、だったんだな。」

「…何かわかったか?」

「ああ。今夜だけでも、もう少しちゃんとあいつと話してみるよ。」

何か、肩からスッと重いものが取れたような気がした。
俺の答えにエルナルドも満足げに頷いている。



俺はその日、セルディアが用意してくれた塔内の一室に泊まることになった。そして、同じ階の別室に泊まったミルラを部屋まで招いた。

なんかあいつとちゃんと話をするのは初めてというか、改めて会話のために2人きりにとなるとソワソワしてくる。

緊張でなにを話そうかと考えを巡らせていると、トントントン、とドアをノックする音がした。

「だ、旦那様。」

「入っていいぞ。」

「は、はい!失礼します。」

そぉっと慎重に開けられたドアの隙間からミルラが顔を覗かせている。

「遠慮しなくていい、おいで。」

「はい…。」

ミルラもなんか緊張気味に入室した。

「ま、まあ椅子にでも座ってくれよ。」

椅子の背を引いてミルラを招く。

「ど、どうもご丁寧に。」

座らせた後、俺も対面の席に座る。

…。


……。


沈黙がきつい。

なんでだ?昨日もその前も特に考えなくても話題が出てきたはずなのに、今日はなんでか気まずいばかりで言葉が出てこない。

ミルラも同じなのか終始ソワソワしたまま無言だ。

な、なにか。何か話題を!

「ミルラ。」

「っ!は、はひぃ!?な、何でしょう!?」

驚きすぎだろ…。いや、いきなり声をかけたのがいけなかったか。俺が悪い。

「この街はどうだ?なんか、気がついたこととか、気になる点とか。あったか?」

「はい…水がいっぱいで、街並みも非常に凝った意匠をしていて美しいと思います。えーと、あとは魔物がいっぱいいます。そのせいで街のいたる所で…その、情事に勤しむ姿が目について。…ちょっと恥ずかしいです。」

「そ、そうか…まあ親魔物国家だしな、そういうこともあるよ。」

「そうですね、はは…。」

「…。」

「…。」

だめだ。話が続かない。街に入ってからセシリアのことしか考えてなかったから街並みとかそんなに見てないし眼中に無かった。印象もなんか薄い。
今は今で部屋にミルラがいるというのを意識し過ぎて落ち着かない。

「あ、あの!」

急にミルラが大声をあげた。突然、でっかい声出すからこっちもビクッと反応してしまった。

「なんだ?」

「あの、その、旦那さ…いえ、ケイン様。私…。」

いつになく真剣な表情のミルラ。こちらも自然と気を引き締めて聞き入る。

ミルラは一つ大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから静かに語り出した。

「…私、あの晩は本当はすごく怖かったんです。教団の人がいっぱい居てそれに囲まれて逃げ道もなくて、それでも戦わないと捕まっちゃう。捕まったらあの怖い人にきっと酷いことされちゃうんだろうなって思って、必死に戦ってた。」

あの晩…俺がミルラを連れて逃げたあの日のことだ。

「…でも、みんな強くて力だけじゃ抑えきれなくなって魔法を使われちゃって。あの時、お腹がすごい痛くなって見たらいっぱい血が流れてて怖くなった。痛くて痛くて泣きそうだったけど、捕まりたくないから我慢して戦った。怖くて怖くて挫けそうだったけど、私が死んだらきっとお姉ちゃんが悲しむから。絶対に死ねなかった。」

「…ミルラ。」

あの欲望と腐敗の只中であった教団員たちの中でたった1人戦っていた彼女の苦悩はどれほどのものだったろう?俺には想像もつかないがきっと孤独感でいっぱいだったに違いない。知らない大人たちに囲まれて、多くの敵意に晒されて、でもその場には自分以外に味方はおらずただ戦い続けるしかなかった彼女。

すぐに救いの手を差し伸べなかったあの時の俺の不徳を悔いるばかりだ。

「…我慢したけどやっぱり痛いのは全然良くならなくて、頭がボーとして。そんな時、あなたが現れた。最初、自分を捕まえようとするあなたがすごく怖かったけど、だんだん、あなたから敵意が感じられないことに気がついたの。無、だった。敵を、魔物を前にしても怖い顔で怒るわけでもなくただ淡々と私を倒して捕らえた。あの時は怖かった。あなたがあの怖い人に私を渡して、去っていくのを見たとき、すごい悲しかった。もう終わりだって思ったの。
だけどね、それからすぐにあなたは私を助けてくれた。怖い人を殴り飛ばして私を抱えて、まるで王子様みたいに颯爽と駆けていった。
その時私は初めて、あなたを好きになったの。」

「!」

ドクッ、と心臓が跳ね上がった。鼓動が速まって呼吸が荒くなる。
面と向かって好きとか言われたのは初めてだ。村という土地柄、若い女性など数えるほどしかおらず、女性関係なんてものにはまったく無知であった俺に、齢13の少女が恋をしてくれた。その事実を改めて思い知らされ俺の胸は熱くなる。

「その後も怪我を直してくれたり色々気遣ってくれて。無理言って一緒に見張りをしてた時もいろんなお話を聞かせてくれたよね。私、あなたの優しさがすごい嬉しかったんだよ?」

…当たり前だろ、俺のせいで怖い思いをさせてしまったんだからそのくらいはやって当然だ。助けるチャンスなんてもっとあったんだ。それを無視して、見て見ぬ振りをして放置してきたのは俺の怠惰だ。そんな俺を、好きになる必要なんて…意味なんてない。

「お姉ちゃんのところに行った時も、あなたは正直だった。そのおかげでお姉ちゃんがすごい怒っちゃったけどあなたは決して目を逸そうとはしなかった。その姿に私は勇気をもらえたんだよ。」

幻想だ。俺はあまり深くは考えていなかったんだ。だから平然としてられた。お前が見ている俺は幻想なんだよ。
俺はそんなにいいヤツじゃない。自分のことばっかり考えてるようなどうしようもないバカなんだよ俺は。

「お城の牢屋であなたへの攻撃を防いだ時、あの時のことはちょっと自慢なんだ。初めてあなたの役に立てたような気がしてとっても誇らしかった。…でもその敵をあなたが躊躇なく殺したのはあまり嬉しくなかった。そのときのあなたの顔、少し怖かったから。
その次にすごい強い人が出てきて、お姉ちゃんもあなたも苦戦してた。私は自分にできることは何か必死で探してたの。その時、あなたが敵の人の目を引いていることに気づいた。だから私は必死に駆けた。お姉ちゃんの攻撃が空振りに終わってこっちに逃げてきたあの人を追いかけてとにかく必死に武器を振るった。
…気がついたら敵の人は倒れてて、あなたが初めて私を褒めてくれたよね。私、すごく嬉しくてそれからずっとあの言葉が忘れられないの。」

俺も覚えてる。あの時は時間がなかったからちゃんと褒めてやれなかった。そのあとも何かとゴタゴタしていてちゃんとお礼だって言えてない。

…でも、今ミルラが望んでいるのはそんな言葉じゃない。彼女が真に望んでいるのはー

「ねぇ、ケイン様。私は…私はあなたが好き。助けてくれたのもそうだし、ずっと気遣ってくれてたことも、そういう優しいところも…妹さんのことを一番大事に思っているところも好き。私は一番じゃなくてもいい、でも2番でいいから私のことを愛してほしい。好きになってほしい!
ケイン様…私と…私と番になってくれますか?」

「…っ!」

告白だった。長い長い心情の羅列の後に俺を待っていたのは、ほんの数日前に助けた女の子からの深い深い愛のこもった告白だった。
彼女の気持ちは本物だ。こんなにも俺のことを愛してくれた人は今まで1人だっていなかった。初めてだった。
こんなにも胸を熱くさせられたのは。

…正直にいえば俺は当初、彼女を女として見てなかった。ただ愛おしい、妹のように見ていた。俺は重ねていたのだ、今はまだ救えていない彼女セシリアの姿とミルラを。女性からしてみれば許されないことだろう。別の女の影と重ねて見ていたなんて。
でも、ミルラは2番でいいと言った。1番大切な人になれなくていいから愛して欲しいと。
妹1人守れない俺みたいな弱い人間を好きだと言ってくれた。


…俺だって今では彼女のことが愛おしくて堪らない存在になっている。
初めこそ写し身だったけど、彼女本来の純粋さに触れるにつれて、彼女の純粋な愛を受けるにつれて俺は彼女を1人の女性として意識していた。

思えば、俺も一目惚れしていたのかもしれない。ただあの貴族どもと一緒になるのがいやで、ただそれだけのために彼女と妹を重ねて無理やり想いを押し殺していた。

そう思うとひどく情けない男だと改めて思い知らされる。

俺も、ミルラが好きだ。




だけど俺は近いうちに死ぬかもしれない。妹を、セシリアを必ず救うと誓った俺は教団狩りの連中と近いうちに戦う運命にある。本当を言うと俺はクノイチの人たちに期待していない。教団狩りという組織の異常さはフォーリスという男の存在でだいたい証明されている。あの男のような切れ者があと何人いるともしれない組織から情報を盗み出すことなどできるはずがない。
そうなれば俺が自力で探し出して助けるしかない。
その時に俺が生き残れる保証などなきに等しい。

だから彼女との将来は誓えない。

「ミルラ…俺はー」

「なーんて、重いですよね、こんな愛。正直困っちゃいますよね私みたいな子供がいきなりこんな変なこと言い出したら。だからお返事は結構です。…それを聞いたら私は、たぶんこれから生きていけなくなったゃうと思うんで。もう少し後に、笑い話として聞かせてください。」

目に大粒の涙を抱えながら無理やり笑顔を作ってこちらに笑いかけてくる。…笑い話になんかできるわけないだろ。…なんでだよ、なんでこんな俺にそこまで…!そんなにも愛を囁けるんだよ!

「ミルラ…。」

「さて、明日には出発するんですよね?じゃあ、寝坊しないように早めに寝ないと!」

「ミルラ…!」

「私もできるだけお手伝いしますから、絶対助けましょうね!妹さん!」

「…っ!」

ああ、だめだ。俺はつくづく決断力のない男だと思う。あの時も、そして今も俺はギリギリまで迷っていた。…涙目になりながら心の底から笑う彼女を見るまでは。

「うひゃっ!?」

咄嗟に俺はミルラを抱きしめていた。突然のことに驚いたミルラが変な声をあげて慌てている。
だが構うものか。俺だって…

「俺だってお前が大好きだよ!!」

「…っ!!」

「でも、俺が…俺が迷ってたばっかりにお前は怪我をして余計に怖い思いまでして、戦いにまで死にそうな戦いにまで付き合わせちまって。それで、今度は俺の妹まで救おうとして…そんな…そんなにまで俺に尽くしてくれる人を好きにならないわけないだろ!!」

「ケイン…さま。」

胸が熱い、ついでに目がカァッと熱くなってくる。

「こんな小さくて幼いのに、俺みたいな冴えないやつを好きとか…反則だろ。こんなちっちゃくて可愛くて俺に尽くしてくれる天使みたいなやつを好きにならないわけ…ないだろうがよぉ…!」

いつしかボロボロと目から涙がこぼれ落ちてくる。情けなくも声を漏らしながら泣いていた。

「好きだよ…大好きだよっ!!この手を離したくないしこれからずっと一緒にいたい!お前と別れるなんて…いやだよ…。」

「私も…いやです。これからずっと一緒にいたい、2番でいいなんて嘘。あなたの一番でいたいよ…。」

ミルラが必死に引き止めていた涙がどんどんこぼれていく。俺の首筋に暖かい雫がどんどん流れ落ちてくる。

「俺は弱くて泣き虫で愚かで甘えん坊だ。こんな俺でも…君は愛してくれるか?」

「弱くて泣き虫で甘えん坊でも、ケイン様はケイン様です。…私の王子様、私はうるさいしバカだし、きっとあなたを独り占めしたいと思っちゃう。こんな未熟な私だけど、あなたは愛してくれますか?」

ああバカだよ、お前は。こんなどうしようもないやつを好きになっちゃうんだからな。
でもー

「愛するよ!愛するに決まってる!!」

「嬉しい…私の初恋は叶っちゃうんですね。」

「俺だって嬉しくて…もう…涙が止まらないよ。」

「えへへ…本当に甘えん坊さんなんですね。よしよし。」

俺の頭を胸に抱いて、撫で始めた。
なんだか、それだけのことで俺の気持ちはスー、と透き通って、落ち着いてくる。

「…ありがとう、もう大丈夫だ。」

「どういたしまして。…あのケイン様。」

「ケインでいいよ。」

「ケイン…改めて言わせてください。私はあなたのことが大好きです。」

目と目を合わせて向かい合った俺たちはお互いに見つめ合いながら互いの気持ちを伝え合う。

「俺も、ミルラ、君のことが大好きだ。…愛してる。」

「ケイン…。」

顔が近づいて、お互いの息が鼻先までかかるくらい近づいた。そしてどちらともなく唇を重ねる。

「ん…んぅ。」

「ん…。」

重ねた唇は離れることなくねっとり互いを感じ合う。
それから口を開いて舌と舌を絡めあった。

互いの粘液が交わりどちらのものかわからない唾液が口内をめちゃくちゃに駆け回って、キスの動きもだんだんと激しくなってくる。

「ぷぁ…!はぁ…はぁ…。」

長い間、重ねあった唇は不意に離れて互いの間を透明な糸がつぅと引かれた。

「すまん、がっつきすぎたな。」

「い、いえ!私も…夢中になっちゃいました。あの、私初めてだったので、下手でしたよね。」

「俺だって初めてさ。…でもお互いが気持ちよければいいんじゃないかな?ミルラはどうだった?」

「き、気持ち…よかったです。」

「そ、そうか。俺もだ。」

勢いで変なこと聞いちゃったな。気持ち悪いな俺。

「あ、あのさ。今日…俺の部屋で寝ていかないか?だ、大丈夫!変なことはしないから!」

「ケインになら何をされてもいいですよ。…むしろ何かして欲しいです。」

俯きがちにこちらを上目遣いで見る彼女。頬が赤らんで目をとろんとさせている。
…い、いかん!このままでは理性が吹き飛ぶ!!

「今日は…まだ止めておくよ。戦いが終わって、落ち着いてからゆっくりと楽しみたいんだ。」

そう答えるとミルラは目に見えてしょぼーんとしてしまった。

「この件が片付いたらちゃんと埋め合わせするから!」

「…絶対ですよ?」

「必ず!!」

「うん、ならいいよ!!」

真剣に頷いた俺に満足げに笑いかけたミルラは次の瞬間いきなり飛びついてきた。
その勢いでベッドに倒れこむ。

「…私も今日は我慢する。だから今日はずっと抱きしめていて…。」

「ミルラ…ああ、もちろん。朝まで離さないよ…。」

小さなミルラの身体を優しく抱きしめる。するとミルラも短い手足で必死に俺に抱きついてくる。…可愛い、超絶可愛い。いますぐ味わいたくなるけどここはグッと我慢。彼女とはちゃんと愛し合いたい。だから今は厄介な事を早々に片付けて彼女に戻ろう。

まるで子猫を抱いているような暖かさを体全体で感じながら俺はゆっくりと眠りについた。
16/08/17 00:35更新 / King Arthur
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