連載小説
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六軒目:とある誘拐船と天使の救出
※今回も長文で12000文字超です。時間に余裕がある時にご覧下さい。
※顔文字注意の他、胸糞注意です。魔物娘への暴力シーンがありますので、苦手な方はご覧頂くのを控えた方が良いと思われます。


 
 PM 17:30


 そこは檻であった。
 光を受ける事で暖かな印象を与えるようベージュの壁紙が隙間無く貼られており、職人の手になる上品な装飾を施された調度類が狭苦しさを感じない程度に配置され飾り立てられている。
 天井付近にはシャンデリアを模した電灯が煌々と輝いていており、調度類はそれらを受けて自己の存在を主張する。
 部屋の奥まった位置には天蓋付きの大きなベッドがあり、人間一人が身を横たえるには過剰な広さを持つそれは納まるべき主の到来を待っていた。
 床一面には毛足の長い絨毯が敷かれ、歩くものの足元を柔らかく受け止めている。
 有り体に言えば、気を使った成金趣味の空間が広がっていた。
 
 だがそこは檻だ。
 彼女も調度類の一部は好みであったが、それでも積極的に使う気にはなれない。
 何故ならこの部屋の調度類は全て盗品だからである。
 掠め、奪い、時に暴力に訴えて自己の物にしてきた欲の収集物だからである。
 籠の中に閉じ込めた鳥に少しでも長く居続けさせる為の苦労はあろうが、それを考慮したからといって到底羽を伸ばしたいとは思えなかった。

 両親は心配しているだろうか。
 一緒に居た妹は無事逃げられただろうか。
 牢に入れられていたあの子は理不尽な扱いを受けていないか。
 明日の我が身の事もだが、家族や知り合いの安否が分からないというのは本当にもどかしい。
 
 (――――せめて、外に連絡が取れれば)

 出入り口である扉は外側からしか施錠出来ないようになっており、かといって窓から出ようとすれば触れようとした指先に火花が散る。
 どうやら天使を捕らえる為の魔法を施しているようだった。
 現状、籠の鳥に甘んじるしかない。
 溜息しか出ない状態に籠の鳥――天宮 愛生(あまみや あいお)は脱力して手近な椅子に座り込んだ。
 
 意気消沈していると、控えめなノックが響く。
 数秒答えずに沈黙を保つが扉が開かれる様子は無い。
 彼女は観念して口を開いた。

 「どうぞ」

 返答を待っていたのか、ガチャリ、という音共にゆっくりとドアノブが回る。
 現れたのは背の高い男だった。
 
 白に近い金髪は短く刈り込まれ、切れ長の碧眼の上には意思の強そうな眉が乗っている。
 筋の通った鼻梁は男の顔にメリハリを与え、口元は緩いへの字に締められていた。
 厳しい戦を戦い抜いた雰囲気としっかりとした輪郭の上に乗る彫りの深い顔立ちが相まって、質実剛健な美男子と言えるだろう。
 
 「ご機嫌麗しゅう御座います、御使い様」

 騎士が忠節を捧げるように膝を折り、恭しく礼をする。
 もし今ジャケットにGパンといったラフな服装ではなく、鎧に外套を着こんで剣を提げていればさぞや絵になったろう。
 だが普段なら見惚れもしたような動作でも、この状況では嫌味にしか聞こえない。

 「機嫌が良いように見えるのですか、貴方は。貴方方のしている事は犯罪です……!」

 「法に触れている事は存じております。ですが御使い様をお救いするにはこのような方法しか……」

 項垂れる男の姿に多少の憐憫は感じる。
 この男も己の信念に従っての行動なのだろうと理解は出来る。
 だからと言って誘拐行為が許される訳ではない。

 「貴方方は救った訳ではありません、奪ったのです。何故それを認めようとしないのですか!」

 「……存じております。ですが今暫くのご辛抱を。一兵ではありますがそれなりの地位は頂いております故、御使い様方はこちらの用が済めば無事にお返し致し差し上げる事をお約束致します」

 「信用出来ません。貴方は兎も角、他の者は明らかに粗暴、野蛮です。私が始め何処に押し込まれていたか貴方は知っていてそのような発言をするのですか?」

 「面目御座いません……全ては我が身の至らなさが原因。あのような扱いはせぬようにと厳命を致します。我が武勲に掛けて誓いましょう」

 より深く頭を垂れる男に愛生は眉を顰(ひそ)める。
 彼の言葉に嘘はない。そう断言出来る実直さが出会ってからの行動で確信出来た。
 自分を連れ出すように言ってきたのは別の――控えめに言っても粗暴極まりない――人間だったが、その前の別の男が振るいかけた暴力を身を挺して止めてくれたのは彼だった。
 少なくとも犯行グループの中ではかなり上の立場の人間なのか、渋々とはいえ彼の発言に逆らう者は居なかった。
 実力も有り、実直で理不尽な暴力を良しとしない正義感を持つ人間なのだろう。
 だからこそ、彼が何故この犯行グループに手を貸しているのか分からなかった。

 「……顔を上げて下さい、マイティスさん。貴方を信じます。その誓い、破られぬ事を願うばかりです」

 「必ず、お守り致します」

 それ以上二人の間に会話は無い。
 マイティスと呼ばれた男もゆっくりと立ち上がりその場を後にしようとする。
 完全に立ち上がったその瞬間扉が乱暴に開け放たれた。

 「マイティス様、こちらに居られましたか! 一大事です!」

 「何用かっ! ここは御使い様の居られる部屋ぞ、礼を尽くさぬか痴れ者がっ!!」

 力強く開け放たれた扉以上の音量でマイティスは返す。
 あまりの声量に駆け込んできた男は勿論、愛生までもが萎縮した。

 「も、申し訳ありません……どうか、ご容赦を……」

 当初の勢いを完全に殺されて男がしどろもどろに弁明をする。
 マイティスは鼻から荒く一息放つと男に問いかけた。

 「良い。それで、一体どうしたのだ?」

 「は、はっ! 報告致します!」

 背筋を伸ばし足を揃え、敬礼の形で居住まいを正すと男は用件を口にした。

 「只今船内に侵入者が一名現れました! 正面から突入し、現在終結した部隊の半分が打倒され今だ交戦中であります!」

 「正面からだと? 大胆な……戦線を一時下げよ。この階にまで引き寄せて返り討ちにするのだ」

 「し、しかし仲間は如何致しますか? このままでは置き去りにされてしまいます!」

 「アルナン、貴官の心配は最もだ。故に――――」

 長い足が大股で進む。
 扉の前まで来るとマイティスは振り返らずに告げた。

 「私が相手をしよう。貴官らは友軍を援護しつつ可能な限り回収、撤退せよ」

 「はっ!」

 マイティスは扉の前で180度振り向くと、愛生に向けてお辞儀をする。

 「御使い様、賊の排斥を行います故、席を外させて頂きます。……貴官は私を案内してくれ」

 「こちらです、付いて来て下さい!」

 扉は自身の重量に軋みを上げ、ゆっくりと元の位置に戻す。
 同時に施錠音が小さく鳴るとそれっきり静寂が木霊した。
 部屋は拘束魔法で魔力の流れを阻害している為、機械式の自動施錠も併用されると少女の腕力しかない愛生ではどうにもならない。
 愛生は無力感を抱いたまま椅子の上で小さく膝を抱えた。



 

 男達は緊張していた。
 突然の襲撃と次々と倒れる仲間達。
 見切りをつけた筈の元の世界で体験した、否応ない敗北の記憶が掘り起こされるからだ。
 
 剣で負けた。
 魔法で敵わなかった。
 戦術ですら力で覆された。

 人間の上位種たる魔物を相手に試行錯誤を重ね、結果故郷を捨てざるを得なかった者達。
 反撃の力を蓄えこの世界から魔物を排斥し、更なる力を得て故郷を取り戻さんとする敗残者達。
 【望郷騎士団(リターン・ナイツ)】――――神に救いを齎(もたら)されなかった、神の為の兵(つわもの)共の組織だからこそ色濃く残る、魔物に蹴散らされ続けた人間達の屈辱と恐怖の記憶である。

 「くそ……化け物め、来るなら来いってんだ……!」
 
 現在男達は剣を銃に、鎧を防弾チョッキに代えて戦場に立っている。
 装備した小火器――拳銃の弾と規格共有の為MP5程度になるが――を構えて前列は屈み後列は足を開いて上下に銃口が揃う形となる。
 指は震えるが撃鉄には添えず、通路で待ち構えていると侵入者の全貌が見えてきた。

 喪服のような黒い男性スーツ。
 適度に脂肪と筋肉の付いた臀部。
 なだらかな曲線を描くくびれ。
 服を押し上げる豊満な胸。
 白に近い背中を覆うほどの長い灰色の髪。
 
 全体的に折れそうな印象を与える細さを持つ中に、自然と性的に強烈なアピールをする部分に目が行く。
 男達は自然とそれに目を奪われ、首から上を見た時に漸く我に返った。

 「ま、魔物だっ!」

 《コンチャ☆(´ゝ∀・`)ノシ ソラさんだよ☆》

 黒く窪んだ眼窩は現在片方が眼帯で隠されているが、もう片方の目は爛々と赤く輝いている。
 張り付いた無表情とは裏腹に、愛嬌を振り撒いて脳内に響く挨拶に男達の反応が遅れる。
 侵入者――ソラスタスが突くには充分な隙であった。

 《∩(・ω・)∩ 悪い子にはプレゼントだよ♪》

 ソラスタスの両手から何かが放物線を描いて投擲される。
 男達がその軌跡を視線で追い、地面に落下したところを視界に納めると同時に『何か』が炸裂した。

 《(゜口゜;) うおっ!? 眩し!》

 「閃光弾、だとぉっ!?」

 それが男の発した最後の言葉となった。
 倒れる寸前、男が最後に感じたのは強烈な閃光に焼けた真っ白な視界とキーン、という耳鳴りのような残響音。全身を駆け抜ける強烈な快感と、それに伴って動かなくなってしまう我が身であった。
 
 


 
 
 駆けつけた時は既に手遅れだった。
 元より手薄な状態だったという事もあるが、20名ほどで固めた守りがこうも簡単に崩されるとは考えが甘かったのか。
 それとも、相手の実力が規格外であったのか。
 何にせよ見誤ってしまった事には違いない。
 
 「……アルナン、御使い様を連れて逃げろ。相手は私が引き受ける」

 倒れ伏す仲間達の姿をマイティスは冷静に分析する。
 顔は紅潮、呼吸は荒い。時折苦しそうに呻くものの、命の危険はなさそうだった。
 
 「っ! まさか、仲間を見捨てて――「手遅れだ。彼等はもう人間ではいられまい」――なん、ですと?」

 マイティスは倒れている男をひっくり返す。
 自然、仲間の一人と対面する事になるのだがその様子にアルナンは息を呑んだ。

 恍惚に歪んだ表情と焦点の合っていない瞳。
 時折痙攣する四肢と指先に連動するように股間部分の染みが広がっていく。
 かつて仲間であった男は、今や涎を垂らしうわ言呟きながら股間からイカ臭い臭いを発するだけの存在に堕ちている。

 「魔物の魔力だ。彼はもう神兵では居られまい――――恐らく、この先はこのような状態の者しかいないだろう。アルナン、せめて御使い様だけでもパーシス殿に届けるのだ。これは命令だ」

 マイティスが命令を下した瞬間、眩い閃光と爆音が彼等のところにも届く。
 発信源よりも大分威力の弱まったそれは彼等に被害を与える事はなかったものの、最早一刻の猶予も無い事を悟るには充分すぎる効果があった。

 「行けっ!」

 短く、刺すような鋭利さで命令を残しマイティスは駆け出す。
 残されたアルナンは数瞬判断を悩んだものの――マイティスの命令に従い、来た道を駆け戻っていった。
 









 薄い煙霧が立ち上る中、横たわった静寂の中にソラスタスは居た。
 灰銀の長髪が漏れる隙間風にたなびく以外の動作は一切無く、その視線も死者特有の冷たさを備えたまま微動だにしない。
 無表情に見下ろす先には痙攣を繰り返している男達が無防備に倒れ伏していた。
 ソラスタスが彼等に対し油断なく構えるのは、掌に納まるサイズの小型銃である。
 銃本体の倍程はある不釣合いな長さの弾倉を取り付けられたソレを、小型と言って良いのかは憚(はばか)られるが――単体としては不恰好ともいえるソレが、細身でありながら女性的なラインが際立つ彼女が持つと装飾品めいた印象すら抱かせる。
 
 《( ´Д`)=3 疲れたー。所長、あとどの位頑張ればいいんですか?》

 『(エ△エ) 君は本当にシリアスが続かないな。あと二人ほどだ、頑張り給え』

 ソラスタスが構えるその銃は銃口に紫電が僅かに帯電していた。
 電気銃――本来暴徒鎮圧用の非殺傷武器である。
 
 相手に接触させて電流を流すという点は変わらないものの、アマル独自の改造が施されていた。
 サンダーバードの魔力を含ませた魔宝石を粉末化し、魔界銀とアルミニウムを混ぜた特殊な金属板からライフリングを作成。
 それに合わせて魔界銀を22LR弾程度の大きさに誂えた弾丸を装填する。
 人体を傷つけぬよう炸裂時に魔力変換される特殊な火薬で射出された弾丸は生成された魔力を含みつつライフリングと接触、回転しながら自身の魔力をライフリング内に伝達し材質に含まれるサンダーバードの魔力を活性化させ、結果としてサンダーバードの魔力を宿す魔弾となって対象に襲い掛かる。

 火薬量が少ない為反動が少なく、強化樹脂を用いる事で大幅な軽量化がされており前述の大型弾倉を用いて運用したとしても約400g程と非常に軽量である。
 軽量で反動が少なく、非殺傷という点を含めてソラスタスが好んで使用する装備の一つであった。
 
 『(エ△エ) む? 二手に分かれた……感づかれたか。ソラ、さっさと片付けてもう片方を追うぞ』

 《(○`・Д・´)9 合点!》

 

 ――――させんよ。



 『(エ△エ) っ!? 退け! ソラ!』

 次の目標に進もうとするソラスタスだが、珍しく声を荒らげるアマルの言葉と同時に即座にバックステップをする。
 瞬間、目の前の床が爆発したかの如く建材を撒き散らした。

 「ほう、今のを避けるか。予想よりも使えるようだな」

 舞い上がった粉塵の晴れる中、一人の男が姿を現した。
 鍛えられた無駄のない筋肉は着込まれた革のジャケットを押し上げ、Gパンにコンバットブーツというラフな服装。
 白に近い金髪は短く刈り込まれ、切れ長の碧眼のには強い意思が宿っている。
 全体的に装飾性など皆無の姿だが、男の手には――恐らく粉塵が舞い上がった原因であろう――その姿に不釣合いな黒い刀身のクレイモアが握りこまれていた。

 『(エ△エ) ……直前まで感知出来なかっただと? 貴様、一体何者だ?』

 《...(((;´ω`) 所長、なんかこの人凄い強いぞオーラ出してるんですけどー……》

 二人の一方的な念話に対し、クレイモアを床に突き立て杖代わりに仁王立ちしながら男――マイティスは名乗りを上げた。

 「私は【望郷騎士団(リターン・ナイツ)】所属 天使保護部隊第二班隊長 マイティス・ロウ。御使い様を本来在られる場所に導く為、御身と仲間達の身を守る任を与えられている。賊よ、女に剣を向けるのは本意ではないが名乗れるなら名乗るが良い」

 まさか堂々と名乗られるとは思わなかったのか、さしものアマルも沈黙する。
 主の判断を待たねばならぬソラスタスもまた同様で、場に静寂が訪れた。

 ((エ△エ) 隙が無い……やり辛いな)

 ((;ω; ))オロオロ (( ;ω;)オロオロ 所長、どーしましょ? どーしましょ?)

 ((エ△エ) 仕方ない、豪にはすまないが一人は何とかして貰う。ここは相手に乗ろう。ソラ、頑張るんだ)

 ((´△`) えっ? 足止めですか!? なんという無茶振りを……)

 二人が掛け合いをしている間も、マイティスは相手を待っていた。
 相手の背景が見えず、かといってそれなりに実戦経験のある集団を単独で蹴散らす相手を無視する訳にもいかなかったからである。
 加えて先ほどの遣り取りから察するに目の前の相手以外にも指示を与えている相手がいるようで、自分が相手を無視して叩きのめすよりはその注目を自分だけに向けた方がアルナンが御使い――愛生を連れて脱出する可能性が高まると踏んだからであった。
 奇しくも両名、内心は時間稼ぎをしたかったのである。
 
 『(エ△エ) 僕はアマル。只の何処にでも居る天才美人研究者兼研究所の所長だ』

 《(´,,・ω・,,`) ソ、ソラさんだよ♪ 所長のところで助手をやってるよ》

 棒読み同然に自己紹介をするアマルと相手の警戒心を解こうと三割増しで愛想を振りまくソラスタス。
 普段両名がどのように相手に接しているかが垣間見える瞬間である。
 
 「そうか、分かった」

 名乗られたマイティスも相手の発言を完全に信じた訳ではない。
 マイティス自身は両名が嘘を言っているとは思えないのだが――それならそれで別の問題が浮上してくる。

 「ならば君達は完全に異分子という訳か。……名乗って頂いた手前申し訳ないが、時間が惜しい。蹴散らさせて頂こう」

 床からクレイモアを引き抜くと同時にマイティスはソラスタスに駆け出した。
 刀身は相手に向けず柄を握っているところから、打撃による失神を狙っているようである。
 ソラスタスも急な変化に驚いたものの、手にしている電気銃をで応戦を始めた。
 
 剣と銃。
 両者の間合いは絶対であり、その射程は通常銃の方が圧倒的に有利である。
 アマル特性の電気銃も金属弾を媒介にする為、その点は実銃と大差が無い。
 ソラスタスの圧倒的有利で幕は下りる。
 アマルはそう思っていた。

 「――“奮え、我と共に”」

 短い力を秘めた言葉がマイティスから紡がれる。
 次の瞬間、マイティスは閃光に包まれた。

 







 アルナンは焦っていた。
 唐突な襲撃に連絡のつかなくなった同志達、そして切羽詰ったマイティスの命令に、強迫観念に近い使命感を燃やしながら一直線に進んでいた。
 アルナンの着ているジャケットの胸ポケットには今名刺くらいに大きさの金属板が忍ばされている。
 複雑な紋様が掘り込まれたソレは、淡い光を発してアルナンに触れようとする目に見えぬ災厄を弾き飛ばしていた。
 護符(アミュレット)――持ち主に降りかかる災厄を弾く、魔術的な護りである。
 現在アルナンが駆けている通路は、外からの対象を寄らせず内に居る対象を逃がさない為に通る者の体力を奪う〈ドレイン〉の術式が組み込まれていた。
 牢同様に天使の力を抑える〈フェザーピッカー〉の術式と組み合わせて使用される事で安全に【望郷騎士団】本部へ天使達を搬送する事が可能となっている。
 本来は天使達からの抵抗から自身を守る為のお守り程度に支給されている装備だが、使い方次第ではこのような危険地帯の強行突破を行う手段にも使用出来るものであった。

 「御使い様、お急ぎ下さい! 敵が攻めて参りました!」

 乱暴に扉を開け飛び込むように室内に入りながら、アルナンは叫んだ。
 その余りに余裕の無い様子に、思わず愛生(あいお)は抱えていた膝から顔を上げる。
 アルナンはその様子を気にも留める事無く大股で近寄ってきた。

 「マイティス様が抑えています、貴女だけでもパーシス殿の下へお連れしろとのご命令です。お早く!」

 「あっ!」

 愛生の腫らした目蓋に気付かず、膝を抱えていた手を無遠慮に取ると強引に引っ張っていく。
 その勢いに愛生は椅子から転げ、仰向けに倒れてしまった。
 アルナンは焦りのあまり気付いていないのか、そのまま彼女を引き摺っていく。
 余裕の全く無い状態に言い知れぬ恐怖感を感じ、愛生は全力で彼の手を振り払った。

 「お、お止めなさい! 何をするのです!」

 力一杯引かれた手が痛むのか、守るように手を抱きながら愛生は睨む。
 だが、アルナンは何も言わずに強引に手首を掴むとまた愛生を引き摺って行った。
 愛生は反対方向に力を込めて精一杯抵抗をする。
 流石にこれは効果があったのか、目に見えて移動速度が低下した。

 「御使い様、何故抵抗されるのです! ここは危険です!」

 「危険なのは貴方です! このような無遠慮、恥を知りなさい! それに侵入者であればそれは私達を助けに来た方々でしょう、貴方方に従う理由はもうありません!」
 
 先程はアルナンの急な行動で頭が回らなかったが、冷静に考えれば彼がこれ程余裕が無いのならそれは侵入者側が優勢という事だ。
 座していても助かる可能性は高いが、連れ去られては助かる可能性も低くなる。
 犯行グループが壊滅し、犠牲者が助かるのであれば自分も自分に出来る範囲で戦うべきだと、愛生は考えた。
 瞬間、衝撃が彼女を襲う。

 自分の見ている景色が回る。
 眼球は動かしていない。
 首を回してもいない。
 体全体が彼女の意に反して回っている。
 殴られた、と彼女が気付いたのは自分が床に倒れる音を聞いた後だった。
 ぐらつく視界の中、何とか上半身を起こすと視線の先には肩で息をしているアルナンが見えた。

 「ふざけんじゃねぇぞテメェ――――」

 アルナンは肩で息をしながら、憤怒の表情を刻んでいた。
 握りこまれた右手には、赤い斑があるように見える。
 
 「お高く留まりやがって……お前は天使だろう! 我々の側だろう! 我々教団とあるのが正しい姿だろうが! この、裏切り者めっ!!!」

 「ぁ……ぁ……」

 ゴツゴツとしたコンバットブーツを踏み鳴らし、アルナンは愛生に近づいていく。
 怯える彼女の胸倉を左手で掴みあげると、空いた右手で愛生の顔に容赦なく平手打ちを食らわせた。

 「教団に従わぬ言を吐くのは、この口か! この口か! この口なのかあああァァァアアア!!!!」

 「いっ、ぎ、うっ!」

 両腕で顔を守ろうとする彼女を嘲笑うかのように、アルナンは手加減無く平手を打ち込む。
 それでも収まらないのか、左手を振り払って愛生を床に叩きつけるとブーツの爪先で彼女の腹を蹴りあげた。
 蛙の潰れたような音を上げたかと思うと、愛生はそのまま小さく丸まり痛みを堪えるように震える。
 そこまでして漸くアルナンは溜飲を下げた。

 「――クソっ!無駄な時間を使わせやがって……これじゃ間に合わん……」

 一方的な暴力に耽溺していたのはアルナンの方なのだが――切羽詰った状況である彼はそれに気付かない。
 寧ろ、その原因となった抵抗をした天使こそ悪だと認識していた。
 
 「貴様が抵抗するせいで脱出の機会が無くなってしまった――この、背徳者が」

 愛生の髪を鷲掴みし、強引に向けさせた顔に悪辣をぶつける。
 腫れた頬と暴力に怯えた表情が、アルナンの加虐心に火を付けた。

 そうだ、どうせ皆襲撃に耐えられなかったのだ。
 マイティス様からの通信も無い。きっとあの方ですら負けたのだ。
 元の世界でも負け、渡ってきた世界でも負けて居場所すらない。
 もう自分に失うものなど残っていないのだ。

 「来い!」
 
 アルナンは愛生の髪を引っ張って立たせるとそのまま歩き出した。
 だが、行く先は開け放たれた扉ではない。
 追い詰められた精神のままアルナンが彼女を連れ立った場所は、部屋に設置された大きな天蓋付のベッドだった。

 「貴様さえ……貴様さえ抵抗しなければ良かったんだ……貴様が悪いんだ……っ!」

 壊れた機械のようにうわ言を繰り返し、アルナンは愛生をベッドに叩きつける。
 予想された衝撃とは違った感触に愛生は周囲を見渡した。

 「貴様達は魔物共と同じ特性があったな……即ち、番への服従だ」

 そう言いながらアルナンはベルトのバックルを外し始める。
 カチャカチャと響く金属音に、愛生はこれから自分が何をされるのかを悟った。

 「貴様を犯す。そうすれば貴様は反抗しなくなる……そうすれば俺は貴様を連れて脱出出来る……」

 【望郷騎士団】は目的があって天使を集めてはいるものの――それはあくまで『魔王の魔力の影響が少ない状態』の個体が対象である。
 
 天使達は種族の特性上主神側の影響として魔力の他に神力を帯びている。
 現在は主神側の力が弱い為、何かの拍子――例えば性交など――で簡単に堕天してしまうので神力を天使から抜き取るまでは例え教皇であろうと彼女達への姦通は厳しく取り締まられている。
 
 だが、目的の為に手段を選ばなくなった獣にはまるで関係が無い約款であった。
 寧ろ決められた規則を破る高揚感、幼女と言っても差し支えない少女を犯す背徳感が火の付いた加虐心と後が無いという生存本能に後押しされてかつて無いほどの性的期待感を煽っている。

 「その身で償え……裏切り者め……」

 少女の怯えた表情に、アルナンは陰嚢の中で睾丸が精子の増産を始めるのを感じる。
 少女の瞳に宿る光に、自身の扱いに幽かな期待感すらあるのでは、と手前勝手な感情すら浮かんできたアルナンだが違和感を覚えた。

 少女が自分を見ていない。

 本来この場の支配権を持っている絶対者たる自分を見ていない。
 気分一つで如何様にでも少女を蹂躙できる自分から、完全に注意を逸らしている。
 アルナンはそこで初めて自分の位置関係に疑問を持った。
 自分の後ろには大人一人が身を乗り出せる程の窓しかない。
 ここは高所でそのような場所から人間が来られる筈は無いのだが――自分達の相手は人間ですらない。
 少女が見ているのは自分ではなく窓の外であるとしたら?
 
 (まさか――――)

 アルナンはバックルを外した状態のまま、持っていたMP5を窓の外に振りかぶる。
 瞬間、安全装置すら外せずベッドの中空部分を通ってアルナンは吹き飛ばされた。








 人間、無茶とか無謀って実は出来るんだね。
 でもバイトでする事じゃないと思うんだ。
 先生の指示待ちしてたんだが、突然

 『(エ△エ) あー悪い。ちょっと手が離せないわ。悪いんだがやっちゃってー』


 凄っっっげえ簡単に無茶振りされてな! ドチクショウ!!
 

 いや船内の誘拐犯って殆どソラさんが倒したらしいんだが、一名ヤバイくらい強い奴が居てしかもそいつの片割れが一人だけ離れた所に監禁されている天使を連れて逃げようとしてると連絡がきた。
 
 船内を移動していては時間が掛かり過ぎる、先生はそう言うと他のルート――つまり屋外から直接乗り込む方法を指示してきた。
 通常翼も持たない俺がそんな事出来る訳ないのだが、先生は俺に〈レイディエンド〉のリミッターを解除すれば可能だとドヤ顔で言ってきやがった。

 操作と呼んで良いのか分からないが、方法は一度装着したカートリッジを外して再度装着し直すだけ。
 これだけで魔力の供給回路が切り換わり供給する魔力量に応じたパワーアップが可能になるらしい。
 〈レイディエンド〉の原型は魔力消費型の全機能強化型であり、供給した分だけ爆発的な性能を発揮する、その恩恵は非常に大きいだろうというのが先生の言い分だ。
 
 『(エ△エ) 消費が半端ないから直前でやれ』とか言われたのだが、従って良かった。
 カートリッジ内の残魔力量は表示される画面の左下に同心円上で四つゲージが配置されてるんだが、ここまでの移動と数回の跳躍でゲージ一本がみるみる減っていく。
 船体の壁を蹴って近くにある鉄骨を足場に再跳躍して窓から突入し、ぶち破って事に及ぼうとしたロリコンを一蹴して丁度一本分消えた。
 元々今まで動いていた分でも一本分消えている為、俺は今あまり余裕のない状態で動いている事になる。

 「お嬢ちゃん、アンタが捕まってた天使で合ってるか?」

 まさか高所にある窓を蹴破って突入されるとは思っていなかったのだろう。
 俺が声を掛けると、天使の少女は痛々しく腫れあがった頬のまま涙目で何度も頷いた。
 
 ……ん? 腫れあがった頬?

 よく見ると服のほつれも酷いし所々痣があるようにも見える。
 乱れた髪はこれから仲良く情事を営もうとしたとは到底思えない。
 この場所と彼女の立場、そして――――

 「お、おのれ……反逆者が……」

 ――――壁まで吹き飛んだ男の携えた銃口がこちらを向いていればもう確定。
 
 「おい」

 呼び掛ける声が酷く冷たく感じる。
 自分の口から出ている筈なのにまるで他人のようだ。

 「お前、この子に何した?」

 俺がそう問いかけると、男の顔が醜く歪む。
 男は自慢げに口を開いた。

 「何をした、だと……? 契約よ。二度と裏切れぬ神の名の下に行われる誓約を交わそうとしたまでよ」
 「その者は神に属する者でありながら、愚かにも我等教団と袂を分かとうとしたのだ! 教団への反抗は神への反抗! 故に我が存在をその者自身に刻み、道を正そうとしたまで!」
 
 既にこちらの傍らに移動していた少女に顔を向ける。
 少女は震える瞳で顔を横に振った。
 俺は更に問い掛ける。

 「へえ、具体的にどうする気だったんだ?」

 男は問われると、自分のした事が愉しくて仕方ないとばかりに声を大にして返してきた。
 感情が制御出来ないのか芝居がかった動作で両腕を広げて語り出す。

 「知れた事! まずは折檻よ。痛みで悪に堕ちる己が身を呪わせ、然る後に誓約をさせるのだ! その身を差し出し償わせ、我等を通して神の愛を再確認させる! さすれば魔物共と同じ身に堕ちようと我等の為に働く、正に神の兵となるだろう!」
 「……それに、知っているか? そやつらの怯えた表情、正に魔性よ。魔性に取り憑かれた天使から魔を取り去るには、清く強い神の兵団の力が必要不可欠なのだ。見ればお前の装着しているのは【祝福鎧】ではないか。我等の側ならその娘を差し出せ。そうすればお前にも良い思いをさせてやるぞ……?」

 男の『あちら側』発言を聞き、天使の少女が俺から後ずさる。
 怯え、不安げな表情で離れられると中々堪えるが――今は都合が良い。

 「さあ! お前も誓約を――――」

 男が最後まで言い終わる事は無かった。
 ベッドを挟んで全身見えていた板金野郎がいきなり視界一杯に広がったのだ。
 誰だって驚くだろう、俺だって当事者なら驚く。
 だが、今俺は驚いてなどいない。

 「――――言いたい事は、それだけか?」

 子供が居るので押し殺しているが、それでも零れ出る怒りが声の端々に現れる。
 向こうから見れば目鼻のスリットすらない鉄仮面のドアップだろうが、俺の怒りが伝わっているのか男は金魚のように口をパクパクさせながら二の次が言えないでいる。
 
 「それだけか? と聞いている」

 無造作に男の銃の銃身部分を握ると、そのまま握り潰した。
 初弾を装填していなかったのか暴発はせず、自動装填機構ごと銃身が押し潰される。
 男の身を守る小さな牙は、その力を発揮する事無くただの鉄塊と成り果てた。

 「鎧が、光って――――」

 後ろから少女の声が聞こえるが、俺には届かない。
 今の俺がやるべき事は、非常にシンプルだ。

 「それだけなら――――」

 男の胸倉を掴むと、そのまま振りかぶる。
 目標は開けっ放しになっている扉の向こうだ。

 
 「死んで反省しろ!! このDVロリコン野郎がああああああああっ!!!!」


 躊躇無く男の顔面をぶん殴る!
 アニメだったら3カットくらいは別アングルで同じシーンが繰り返されたろう。
 真っ直ぐ繰り出した右ストレートが男の顔面に突き刺さった瞬間、強烈な閃光が走った。
 角度が良かったのか悪かったのか、ぶん殴られた男はそのまま壁といわず床といわずバウンドを繰り返し、途中何か光る欠片を撒き散らしながら転がっていった。
 最終的には通路の一番奥あたりで止まったようだが、そこからは全く動く気配が無い。

 俺は振り返ると、呆然としている天使の少女の目の前まで歩み寄る。
 先程と同じで警戒されるかと思ったのだが、特にそういった事はないようだ。

 「頑張ったな、お穣ちゃん。もう大丈夫だぞ」
 
 目の高さまで膝を屈めると頭を撫でながら出来るだけ優しい声で呼び掛けた。
 顔面がフルフェイス隙間無しの鉄仮面だからなー……こうでもしないと怖いだろうし。
 それにしてもコレ圧迫感ありまくりだろ。先生には改良して欲しいわ本当。
 そう考えていると、少女が泣きながら勢い良く抱きついてきた。
 そうだよな、怖かっただろうなぁ……。
 少女が落ち着くまで、俺は頭と背中と撫でて胸を貸す事にした。
 
 


 あれ、そういえばこれ板金だけど。
 固さ大丈夫か?


14/12/27 21:09更新 / 十目一八
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■作者メッセージ
無駄に長い文章を書くなら任せろー(バリバリ)を普通にしてしまう物書きモドキ、十目です。
今回からタグを追加しました。石を投げられる覚悟は万端です。バッチコイ。
気付いたら暴力、危うく陵辱一歩手前の状況。
そして捗る教団兵士の時代がかった台詞。教団語準二級は伊達ではありませぬ(嘘)

今回は話自体が長くなるので補足をば。
天使が誘拐されたのは教団側が天使に残る神力を当てにしたからです。
掻き集めれば大層な量になるだろうと踏まえての行動で、用が済めば何時の間にか居なくなるので教団側は後始末を考えなくて良い状態。
掻き集める理由は粗製勇者すら作れなくなった主神に代わり教団側の遺産である【祝福鎧】を起動、運用する為です。
欲を言えば量産もしたいみたいですが、確実に無理なので限られた戦力で彼等は何とかしないといけません。
それと、他の魔物を狙わないのは『天使など主神が直接関わったものでないといけない』という思い込みのせいで、アマル先生がしたように他の魔物の魔力でも動くのを上層部は知りません。
現場ではそういった事がない為小遣い稼ぎ感覚で筋肉サンタ隊のように他の魔物娘を誘拐しようとする連中も居ます。

まだ本編は続きますが、残りはガチンコやったり何やかんやで終わらせる予定でいます。
長文が続きますが宜しければお付合い下さいませ。

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