連載小説
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第四話・Bad Communication【後】
愛する者、心に決めた者と人生を共に歩めたら、どんなに幸せだっただろう。皮肉な話、この場所はかつては恋人たちが夫婦となり、愛を誓い、幸せを身近に感じていたであろう場所。今は忘れられ、朽ちていく、無人の教会。恋人たちの儚い夢の亡骸。
人の一生にもしもはない。
それでも思わずにはいられない。
もしあの日、村が襲われなければ…。
もしあの日、あんな辱めを受けなければ…。
もしあの日、私を埋葬しなければ…。
私は剣を取って戦う道を選んだだろうか…。
私はリザードマンだ。
だからいつかは大なり小なりの理由で剣を取ったと思う。それでも自分より少しだけ強い相手を見付けて…、その男と幸せで穏やかな日々の中に帰っていっただろう。
私はそれを選べなかった。
今でも夢に見る。
あれは悪い夢で、本当は村は平穏そのものの日々を続け、大好きだった人たちと修行に明け暮れ汗を流し、そしてたまたま村に立ち寄ったあの人もそんな私たちと意気投合して、居候のように居付いて、いつか私を軽くあしらうように勝ち、二人で小さな教会で愛を誓う。
そんな都合のいい夢。
届かない私の夢。
私は…、本当は死んでしまいたかった。
あの日、死んでいった人たちと一緒に死ねたのならどれだけ心が楽だったか。でも死ねなかった。私の残された左目がロウガの大きな背中に守られてしまったから。わずかに残した人間らしい感覚が、ロウガにやさしく抱きしめられた温もりを知ってしまったから。
せめて、死ぬのなら彼に笑われない剣士になって死のう。いつか風の便りで、彼が私が死んだことを惜しんでくれるような剣士になってから死のう。そう誓い続けて、剣を取って戦い続けた。
そして幼馴染のルゥを騙して、婿探しと称した私の死神探し。5人とも私の命に届く腕前ではなかった。言ってみれば私の酔狂に付き合わせたのだから、彼らは怪我一つなく無事に帰した。だが6人目は駄目だった。無事に帰すことなど出来なかった。
床に突き刺した大剣に今も血の跡が残っている。
6人目だけではない。私の首にかけられた莫大な報奨金目当てで襲い来る戦士たち、教会騎士団からの報復討伐隊の血。
拭き取っても、拭き取っても血の跡が消えない。
剣が汚れるのではない。
多くの血を流すことで、私の魂が穢れていくような感覚。
ロウガもこの感覚を知っているのだろうか…。
きっと、今夜は私の願いは叶うだろう。
きっと、今夜は私の疑問に答えてくれるだろう。
私の…、愛しい死神が、東の果てから私のために、来てくれた。
「待たせてしまった…かな?」
崩れ落ちた天井から満月が覗いていた。
魔力が満ちていく。10年恋焦がれた人に無様な姿を見られる訳にはいかない。今夜は何があっても、私の全身全霊を以って彼に見せなければいけない。
私の魂が黒く穢れてしまう前に。
歪であっても、まだ清らかな魂でいるうちに。
最初で最後の…、刃の睦み合いの中で…。


――――――――――


俺は後悔していた。
あの日を思い出すたび、後悔した。
俺がやったとこは彼女にとってもっとも残酷な仕打ちだったのではないかと。
事実、俺のやったことはただの自己満足だ。
俺はあの日、多くの命を奪った挙句、エレナの未来を奪った。
俺が日の本を出た…、いや、逃げたのも、人を斬りすぎたからだった。
戦乱に明け暮れた時代だった。それでも敵を殺して、大将首を獲り、血飛沫を超えて行けば戦乱は終わると信じていた。戦乱は続いた。いつしか共に生き抜いた戦友が誰もが黄泉へと旅立ち、強くなりすぎたが故に主として仕えた男に、寝首をかかれるのではないかと疑われ、味方に命を狙われた。逃げ込んだ山間の集落で見た光景は、無人の集落の中で座り込んだまま、痩せこけ干乾びて死んでいる子供の死体が一人で誰かが来るのを待っていた。背筋に雷が疾った。これが俺の残した結果だ。戦乱を終わらせるつもりで戦った結果が、こんな子供一人守ってやれない世界を生み出したのだと気付いて、子供の死体の前で泣き崩れた。
死体を手厚く葬り、そのまま俺は海に出た。
何日も海を彷徨った末に辿り着いたのが、この大陸だった。
ここで、やり直そう。
ここで、死者の冥福を祈りながら旅をしよう。
ただ、当てのない旅だった。そんな旅が何年か続き、途中立ち寄ったのがあの村だった。遠くから血の臭いがしていた。避けて通ることも出来たが、どうしてか村へまっすぐ足を進めてしまった。
そして……、幼い日のエレナが、その左目で俺を見詰めていた。
かすかに口が動いた。
それが何と言っていたのか、言葉がよくわからなかった俺には今もわからない。それでもあの目が、『助けて』と訴えていた。
干乾びた子供の死体がちらついた。
『目の前の命も見捨てるのか?』と俺に囁いた気がした。
そして、彼女の命は助かった。
心はあの日に死んでいる。
エレナは今も叫んでいるのだ。
声にならない声で、ずっと助けを呼んでいる。
まだあの日の鎖は彼女を縛り付けている。
俺が彼女を生きた屍にしてしまった。
命を賭すなら、エレナを止めるために。
悲しい鎖を断ち切るために。
彼女を止めることが出来たなら、俺は許されるのだろうか。長い旅の中で見付からなかった答えは、彼女が持っているのだろうか。
「待たせてしまった…、かな?」
彼女の傍らに突き刺さった斬馬刀が…、彼女の墓標に見える。
見違えるように成長したエレナが…
泣いている少女に見えた。


――――――――――


「ああ、…遅いぞ。女を待たせるなんて、マナーがなっていないな。」
エレナが微笑んだ。
穏やかな表情。
「鎧は着けないのか…、いや、この大陸の鎧ではロウガの動きを阻害するだけだな。いらない気遣いだったな。」
「…エレナ、君は本当にあの日の娘なのだな。」
よく覚えている。
足を進める度に、床が軋む。一歩一歩が重く感じる。穏やかなエレナの殺意と喜びが建物中に広がっているようだ。
「ずっと言いたかった。あなたに町で声をかけた時、あなたの涙を受け止めた時、ずっと言いたかった…。私はここにいます、私はあなたの背中を追いかけて生きてこれました、と。でも言えなかった。それが私の誓いだったから。」
でもそれも今日まで、とエレナは腰を上げる。ただ立ち上がるだけの仕草が隙がなく、しなやかで美しい。
「…それで、エレナは今でも泣き続けているのだな。」
あえて彼女の間合いに入る。
もう始まっている。
エレナが疾る。
踏み込みの速さが人間の比にならない。腰をかけた祭壇が彼女の蹴り脚で砕け散り、床の木材がその衝撃で派手に大きく割れる。踏み込み様にエレナが斬馬刀を引き抜き振り被る。
「ならば、ロウガ。私を…助けてくれよ!」
泣きそうな少女の顔がそこにあった。だがその少女は表情とは裏腹に、技で超重量の斬馬刀を操っているのではない。人ならぬ彼女でなければ出来ぬ剣術だろう。ただ力任せに振り回す。
「そのつもりだ。」
斬馬刀が襲いかかる。
もう、後戻りは出来ない。


――――――――


無駄な言葉はこれより先、生まれなかった。
朽ちた教会から聞こえるのは、超重量の大剣の出す太い風切音と鋭く小さな風切音、そして教会内部が破壊されていく音。そしてそこにいるのはただの人間の男と誇り高きリザードマンの女。だが女には噂や伝説で聞くリザードマンの誇り高さを感じられなかった。羨望と絶望と倦怠を纏った異形のリザードマンは自らの身の丈ほどある大剣で男に襲いかかる。まるで彼女自身をぶつけるように、彼女の残った魂を燃やし尽くすように。
ロウガはそんな攻撃を避け続けた。
彼の得物ではエレナの攻撃を受けきることは出来ない。
彼はエレナの猛攻の合間の僅かな隙に居合い抜きを渾身の力を打ち込む。だがその一撃もエレナの反射神経と動体視力の前に紙一重で空を切る。そしてエレナもロウガの太刀が空を切る音を耳で聞く度に、顔に歓喜が浮かぶ。
エレナは、夢が叶ったと喜んでいた。
自分が今、あの日から追い続けた背中に追い着いたのだと。
エレナの大剣は、益々その動きの輝きを増していく。振り下ろし、薙ぎ払い、床を砕き、破片を巻き上げながらの切り上げ。そのいずれの動きも、すべてが神速の域。
皮肉にも指名手配になったことが彼女を更なる高みに昇らせた。次々と襲い来る強敵、絶え間ない緊張、常に戦闘持続状態が彼女の糧になった。
そして今夜は満月。
エレナたち魔物は満月の晩こそ、その力が満ちるのである。
その戦闘力は計り知れない。
戦いは長引けば長引く程不利だった。
エレナは月の力でさらに力が底上げされたリザードマン。そして戦場で戦い続けたとは言えロウガはただの人間。その種族の差が、ここ一番で出てしまった。振り下ろされた大剣を紙一重でかわしたロウガだったが、エレナはさらに踏み込んでロウガのみぞおちに右肩でショルダーアタックを下から突き上げた。すでにロウガの精神も体力の限界に近かった。
「――――!!」
下から突き上げられたことで、肺から空気が漏れ、足が止まった。
そしてそれを見逃すエレナではなかった。
「はぁっ!!!」
床を割ったままの大剣を力任せに、床を砕きながらロウガの胴を目掛けて強引に薙ぎ払う。ロウガは薙ぎ払われる方向に跳び、何とか上半身と下半身が泣き分かれしないで済んだものの、リザードマンの、エリスの力で肋骨の何本かを折られて、深い切り傷を負ってしまった。床を砕きながらという、若干速度が落ちたことが幸いしたが、傷口からは血が止まらない。
決着は近かった。


「楽しかったよ、ロウガ。捨てた8年の人生と幻を生きた10年を合わせてもこれ程充実した時間はなかった。私は…、あなたを殺す。私もすぐそっちに行くから寂しくはない。」
エレナが背中が見える程大きく身体を捻じり振り被った。あの力と遠心力を使っての左からの薙ぎ払い。小細工のない構えがエレナらしいとさえ俺はこんな状況の中でぼんやりと思っていた。
「……ゴフッ。勝手なことを…、言うもんじゃない。俺は、死なないし、お前も…、死ねない!」
折れた肋骨が痛い。
深く切られた脇腹が熱い。
それでも俺はやらなければいけない。
足を大きく広げ、重心を低くする。そして俺も背中が見える程身体を捻じって太刀を納め、右腕はエレナの方へ全力で斬り付けるように、左手は鞘と鍔を掴み太刀が抜けないように力を蓄えるように構える。
まるで震えるように太刀がカチカチと小刻みに揺れ続ける。
「さようなら…、そして…愛してる。」
エレナが動いた。
神速の巨大な鉄の塊が襲ってくる。
ひどく…、ゆっくりに感じた。
左手で掴み続けた鍔が砕けた。
「まだだ!」
歯止めを失った太刀が渾身の力で引き抜かれた。


大剣と太刀がぶつかり合った。
その衝撃で大剣は真ん中が砕かれ折れ、太刀はその刀身そのものが砕け散ってしまった。互いの渾身の一撃は互いの武器を破壊した。
砕けた大剣はその勢いから無数の鉄の飛礫となり、散弾銃のようにロウガの肩に、脇腹に、横顔に突き刺さる。そして折れて尚、その切っ先はロウガの右肩を抉った。
エレナは折れた自分の剣に一瞬だけ驚いた表情を見せたが、再び振り被った。切っ先はなくしたものの、まだ自分の剣は根元から半ばまで残っている。
「見事っ!だが、勝ったぞ!!」
ロウガの動きはひどくゆったりとしたものだった。
力なくエレナの懐に入り込み、血塗れの右肩を彼女に預けるようにもたれかかり、彼女の鎧の腹に左の掌を添えた。
ロウガの目的は、エレナの大剣を破壊することではなかった。
この左の掌こそ彼の最後の最後の奥の手であった。


俺は添えた掌に一気に力を解放する。
足の指先が床を砕く程、小さく重心移動だけで力強く踏み込む。
すべての関節を最小で最大限の動きで力を伝達させ、その衝撃だけを左の掌からエレナの鎧を完全に貫通させ叩き込む。
俺の最後の奥の手。
戦場で身に付けた奥義とも呼べない技。
秘技、鎧通し
ゆっくりとエレナが膝から崩れ落ちる。
まるで…、子供のように安らかな表情。
ああ、俺が見たかったのは、この表情だったのか。
……。
…。
もう限界だ。
俺はそのまま心地のいい暗闇の中に意識を落とした。


―――――――――


何が起こったのかわからなかった。
ロウガは私に身体を預けた。
それだけだったはずなのに、私の身体に今までに受けたことのない衝撃が走った。
隠し武器かと思ったが、鎧には何の損傷もなかった。
鎧の上から直接身体を攻撃された。
魔術の類ではない。
私の知らない体系の技。
たった一撃で背骨が軋む。
内臓が悲鳴を上げている。
身体から力が抜けて、足が立つのを拒否している。
意識ももう保ってられない。
ロウガの眼が見えた。
大剣の破片で血塗れで、満身創痍なのに、その眼に諦めはなかった。
ああ、そういうことか。
私には力があった。
足りなかったのは、彼程の決意と覚悟。
彼に敗れてホッとしている自分がいる。
ああ、そういうことだったのか。
私が望んでいたのは、死ぬことじゃない。
私はロウガに…、力ずくで止めてほしかったんだ………。


―――――――――


目が覚めると宿にいた。
あれが夢でなかった証に、俺は包帯でグルグル巻きされている。
「こ、これは…!?」
「大変でしたよ。朝になって様子を見に行ってみれば、二人とも倒れていたんですから。お店の女の子たちと荷車に乗せて運んだり、魔界から魔法医師に往診してもらったり。」
ルゥがベッドの横でリンゴを剥いていた。
「そうだ…、エレナは…、エレナはどこだ!」
「ああ、彼女でしたら……。」
「ルゥ、頼まれたものを一通り買ってき…、目が覚めたのか?」
「と、いうことですよ。後は若いお二人でどうぞどうぞ。」
そう言って、ルゥはニコニコと部屋を後にした。
買出しの品物をテーブルに置き、さっきまでルゥが座っていた椅子にエレナが腰掛ける。
「遅いお目覚めだな、ロウガ。もう3日も眠り放しだったぞ。」
「3日も…、寝てたのか。」
「仕方がないな。満月の晩の魔物に、教会の祝福もない、特殊な能力も持たないただの人間が真正面から小細工なしで戦ったんだ。むしろ生きていたこと自体が稀なことだし、一応五体無事だというのも奇跡だよ。」
エレナの表情に影がない。
本来あるべき年頃の娘らしい影のない表情だ。
「腹の中は、大丈夫なのか?」
「ああ、お前にやられたアレで通院状態だ。外傷はまったくないが、内臓と背骨が駄目になっているそうだよ。しばらく治癒魔法でのリハビリを続けないといけないらしいな。その間、まったく戦えないよ。」
「その間に…、賞金稼ぎに襲われたら不味いな。」
「何だ、ルゥから何も聞いていないのか?ギルドへの通達は終わってるよ。私を『討伐』した証として、私の髪の毛の一部と鱗の何枚かが依頼主に『遺品』として送られているはずだ。あの女はそういう意味では、なかなか小ずるい魔女だからね。」
「それじゃあ…。」
「私は無罪放免…だが、形式上死んでしまっているから名前は変えなければいけないな。でも…、これでいいんだ。元々、この名前もあの日死んだ、私の伯母の名前なのだから…。大好きな人だったよ。強くて…、やさしくて…、日溜まりの匂いがして。私の最初の目標だった人だよ。やっとあの人に還せる。」
やさしい微笑み。
これが本来の彼女の表情なのだと確信する。
「あ、お前はまだ寝てろよ。お前の怪我は物理的な怪我だから、魔法より自然治癒に任せた方がいいってことで、人間の外科処置をしただけだからな。」
「わかった。ではこのまま安静にさせてもらおう…。」
エレナは目を細めて、俺の頬をなでる。
そのまま俺の傍を離れず、椅子で足を組んで、買ってきたばかりの本に目を落とした。時々目が合うと、何も言わずに微笑みかけてくれる。
そして時間だけが静かに過ぎていく。
やがて日が沈みだし、ロビーの大時計が低い音で六回なった。
エレナはゆっくり顔を上げ、俺の様子を伺う。
「…ロウガ。起きているか?」
「起きているよ。お前を見ていると退屈しないからずっと見てた。」
「恥ずかしいことを言うやつだな。なら…恥ずかしいついでで…、ちょっといいかな?」
そう言うとエレナは鎧を脱ぎだした。
「おい、エレ…!」
「いいから。」
胴、肩当、脛当、手甲、内服、すべてを脱ぎ捨て、エレナは生まれたままの姿になった。引き締まった身体、小振りだが美しい均整の取れた乳房、彼女の秘所。恥ずかしくて隠したいであろうが、彼女は隠さずに俺にその身体を晒した。両腕、両足、尻尾に刻まれた醜く引き攣る傷痕、大小様々な刀傷がその美しい身体に無数に走っていた。
「これが私なんだ。治癒魔法でもこの傷を完全に消すことは出来なかった。醜く…、辱めを受け穢れた身体だ。子供も産むことが出来るかわからない。」
エレナは深く息を吸い込む。
「それを踏まえた上で答えてほしい。ロウガ…、あなたは私に勝った。あなたには私の生殺与奪の権限がある。だからあなたが死ねというのなら私は笑って死のう。だが、その前に私の…、リザードマンとして掟と誇りを与えてほしい。私の…、私の夫としてあなたの人生を…、私にくれないか。」
時間だけが流れる。
重い空気が部屋に訪れた。
俺の唾を飲む音でさえ、響き渡るような気さえする中で、俺はカラカラに乾いた喉で語りかけた。
「…これで、お前を拒絶しようものなら俺は正真正銘の悪党だな。」
「悪党でも構わない。あなたが私を深淵の闇から救ってくれたのだから。」
「俺はそんなに出来た人間じゃないよ。だが、これだけは言える。お前は…穢れていない。それは戦った俺が言うんだ。間違いないよ。お前の戦う姿が、起立する姿が何万言、何万行の華美な詩よりも雄弁に語ったじゃないか。」
「ロウガ!」
比較的怪我のない左側にエレナが跳び付き、首に手をかけ抱き付いた。それを唯一まともに動く左腕で離れないように抱きしめる。やわらかくて、暖かくて、いい匂いがして、切ない気持ちになる。
「夫になるというのは今しばらく保留にしておいてくれ。身体もまともに動かないうちから、お前のような誇り高い種族の夫だと言うのは気が引ける。」
「何でもいい!婚約者でも、恋人でも、同じ修行仲間でも、好きな関係を選んだらいい。私はロウガといれるなら、何でも…。」
「ああ、二人でいよう。だが…、お前を妻とする時が来たなら、その時は俺に言わせてくれ。さすがに子供に主導権を握られたままじゃ、格好がつかん。」
「子供扱い…するな。」
気持ち良さそうに頭を撫でられるエレナ。
わかっている。
俺はあの戦いの最中も、あの時涙を受け止めてもらった時も、すでにエレナに想いを寄せていたのだと。そして勝利者の特権で、また彼女を縛り付ける鎖を俺自身の身勝手な想いで与えてしまったことも。
そしてその鎖が俺自身を縛っていることも理解している。
「ロウガ…、お前に最初に教えておきたい。私はエレナじゃない。私の本当の名は…………。」
少女はあの日から、やっと未来へ続く道を見出した。
それが幸せな未来なのか、不幸の始まりなのか…、俺にはわからない。
もしも不幸の始まりだとしたら、俺は命に代えて彼女を守らなければならない。彼女を抱きしめて、想いを受け止めてしまった俺に出来る最大の義務なのだから…。
10/10/15 23:00更新 / 宿利京祐
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■作者メッセージ
最終話完成ー…ではありません。
後ほんの少しだけ続きます。
あなたの思い描いた結末でしたでしょうか?
これはいくつもある未来の一つの終着点。
一先ず、今現在の彼らの出した答えです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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