連載小説
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人妻狐と独身山羊
「はぁ…何してんだ私…」

サバト内での騒動も何とか落ち着かせた

全ては私の勘違いであり、あの娘には何の罪もないと

「はぁ…」

とりあえず魔女には部屋に戻って休むよう命令し

他の娘たちにも、突然迷惑をかけてすまなかったと謝罪した

理由は、と問われれば

昨今の業務で気が緩んでしまっていた

特に訳もなく力を暴発したら、魔女がいることをすっかり忘れていた

と答えた

「はぁ…」

当然、友人からの結婚メールでイラついたとは到底言えなかった

今日は魔女と一緒につつこうとした白子鍋も気に乗らず

行きつけの居酒屋で焼き鳥を摘まみながら酒を飲むことになった

「どうしましたのバフォメットさん?ため息ばかりで」

店主の稲荷である、カキツバタは口を開いた

「いやさぁ、ちょっとサバトでやらかしちゃってさぁ」

「まぁ珍しいこと。朝には雷でも落ちるかしら」

「私だって失敗ぐらいするって。ってか、旧知の仲なんだ

 『バフォメット』だなんて難しく言わないでくれよ」

「いつもの調子に戻ったら言ってあげますわ、『バフォメット』様?」

「うーむ」

『バフォメット』とは、教皇になってついた新名である

前の名前を知っているものは少なくないが、慕いをこめて多くのものは

彼女を『バフォメット』と呼ぶ

「だってさぁ…なんだかなぁ…」

「愚痴程度であれば、流しながら聞いてあげますわよ」

「…うん、ありがと」

すると、しんみりした空気を割くように声が飛んできた

カキツバタの夫である

「おうい!カキツバタ!出前行ってくるよぅ!」

出前に行こうとする夫に、カキツバタは慌てて声をかける

「あ、ちょっとお待ちを!」

「ん!?どうかしたか!?」

振り向いた夫に、カキツバタはすかさず口づけを交わした

「んっ!?」

夫も突然のことに身体を硬直させた

軽く、されど甘い口づけであったが

唇が離れたとたん、ふと二人とも笑みを浮かべるも

とっさに色んな感情が混じり、わしゃくしゃとした顔になった

「す、すいません」

「い、いやいいんだ…おう、ありがとな」

お互いの頬が赤くなり、ぷいっと視線を離す

「じゃ、じゃあ…な。行ってくるよ」

そそくさとその場を離れるように、彼は出前に向かった

「い、行ってらっしゃい…」

彼が外に出た後、玄関から身を出し、カキツバタは小さく手を振った

やがて彼がオートバイを走らせる音が聞こえると、ピンと立っていた

カキツバタの尻尾はふらんと下に折れていった

「アァア…ヴァアァ…」

その状況を見ていたバフォメットだけが、苦しそうに

悶えるようにうめき声をあげていた

「っと!どうしましたか!?大丈夫ですかバフォメットさん!」

「んだよチキショウ…なんで2度も新婚ホヤホヤの甘ったるい状況を

 見せられなきゃならんのだよワタシァ…」

半分白目をむきながら、バフォメットは酒をグイッと胃にいれた

「す、すいませんこと。ちょっと気が動転してしまいまして」

「あぁ、私も今気を失いかけたわ」

「って、2度目…でしたの?」

バフォメットの言葉を逃さなかった女将は、言葉を繰り返した

「ん?あぁそうなんだよ。友人のフィリアっていう…

 あぁ。私と同じバフォメットの」

「えぇ。前、一緒にうちによって下さいましたわね」

「うんうん、あの子。でさ、あっちも結婚したって

 メールよこしやがってさ」

怒りやら何やらをこめながら、バフォメットが女将に続けた

「なんなんだよもう!こちとら教皇様して忙しいってのに向こうは

 男探しに熱中だぁ!しかも相手はどこぞの会社の御曹司っぽかったし!

 なんだよもう!玉の輿じゃん!無敵じゃん!」

「バフォメットさん落ち着いて!お願い!店が壊れる!」

現に、バフォメットがバンバン叩いた机が今にも折れそうになっている

「こんなん落ち着いてられるかぁ!もうやだぁ!」

「…はぁ。」

カキツバタは小さくため息をつくと

「この馬鹿シャレム!黙りなさい!!」

『バフォメット』の頭に拳骨を落とした


〜〜〜〜〜


「騒いで悪かったよ」

ひりひりと痛む頭をさすりながら、シャレムがカキツバタに詫びると

「いえ、非は私にもあることですし」

とカキツバタは更に2本の焼き鳥とポテトサラダを差し出した

「…これは?」

「私からの詫びになります」

「いや、いいよ悪いし」

「いえいえ、受け取ってくださいな」

「…分かったよ、ありがと」

焼き鳥を噛み締めながら、シャレムはぼそっと呟いた

「私も…彼氏欲しいなぁ」

カキツバタは少し無言になったあと

「お兄ちゃんじゃなくて?」

と、おふざけを加えた

「いや…まぁ、正直言うとさ。『お兄ちゃん』が良いっちゃ良いんだけどさ…

 …なんか変な話、『自分よりも上の人間』っているのかなって

 思っちゃってさ」

「それは…そうですわね」

シャレムのまじめな意見に、カキツバタも同意を隠せない

「勇者にはさ…魔王がいるじゃん」

「…そうですわね」

「その仲間はさ…魔王城で楽しくやってんじゃん」

「…そう、ですわね」

「で、これで力関係での『お兄ちゃん』はほぼゼロじゃん」

「ゼロですわね」

「んで、次に権力や財力的『お兄ちゃん』を考えるじゃん」

「はい」

「私ってさ、教皇じゃん」

「…はい」

「…誰も…勝てないじゃん」

「…正直、世界的大宗教勢力のトップ…ですし、ねぇ」

「もう…詰みじゃん」

そう言い切ったシャレムの肩は、少し震えていた

「あ、諦めないで下さること?!まだ他にも可能性が!」

「…百歩譲ってさ、私にとっての『お兄ちゃん』がいたとしようか」

「!?…は、はい」

「…私ってさ、教皇なわけよ」

「そ、そうですが」

「時間…あんまり割けないのよ、『お兄ちゃん』との」

「あっ…」

全てを悟り、悲しみに打ち暮れる小山羊を目の前にカキツバタは考えた

きっとシャレムは多くの可能性を考えたのだろう、と

もし『お兄ちゃん』がいたらどうなるだろうか

いたとして、自分はどうできるだろうか

自分が教皇であるならばどうだろうか

ただ、どれだけ可能性を考えたとしてもうまくいく気がしない

未来が見えているから、こうやって嘆いているのではないだろうか

(私は…どうしてあげれましょうか)

カキツバタは出来るだけ頭を回す

適当なことを言って今を誤魔化してあげられるほど、浅い仲ではない

かと言って、特別良い言葉があるわけではない

こんな時、ジパングではどうしてきたか

ジパングでは…

「ジパング…に行ってはみませんか?」

それにどういう意味があるわけでもないが、突然そんな言葉が出た

「ジパングって…あぁ、貴女の故郷だっけ?」

「え?えぇ、そうですよ。それがどうかしましたこと?」

「?貴女が言ったんじゃないの?」

「っへ?何がですか?」

謎の沈黙が二人を包み込む

そんな沈黙を先に破ったのはシャレムだった

「…ぷっ…はははっ。何それ!変なの」

「えっ?はぁ…」

渋い顔をしている女将をよそに、シャレムは呟く

「ジパングかぁ、貴女から話はいくらか聞いたけど

 面白そうな場所なのよねぇ…」

特殊な文化、性事情、気風、土地柄…色んなことをカキツバタから聞いたが

どれもここには無いことばかりで、聞いていて飽きるものはなかった

「…そうです!」

「!?」

「旅行です!旅行してみるのですよ!」

突然封を切られたように、カキツバタは喋りだした

「いつも職場に籠ってばかりだから暗い思考ばかり浮かぶのですよ!

 旅行しましょう!旅行!!」

「お、落ち着いてカキツバタ!ね!?」

突然の暴言はさておき、シャレムはカキツバタを制止する

「だってこの頃ずっと籠りっきりじゃないですか!

 食事もここで済ますばかりで『精』も絞りにいかないで!」

「だ、だってここのご飯美味しいし!精もパックので大体補給してあるし!」

「あんなの精とは言いません!ただのゴマカシです!!」

「うっ!ま、まぁそうだけどさ!」

「いけません!いけませんったらいけません!!」

カキツバタが怒ることはほとんどない。ただ、怒らすとこう面倒になってしまう

お母さんか!と言いたくなる気持ちもあるが、シャレムにも考えがあった

「そ、それにさ!!」

「なんですか!」

「私、教皇だからさ!行く時間もあんまりないし!」

「それはジパングですか!それとも精ですか!?」

「どっちもだよ!」

カキツバタを諫めようかと思ったら、思いのほかヒートアップしてしまっているが

シャレムにはもう止める術はなかった

「そんなの!」

カキツバタが訴えるように言った

「そんなの言い訳です!」

「!?」

「言い訳!貴女が前に進もうとしない!ただの言い訳!!」

もう何を言っても聞かないし、何を言いたいのかも理解できなくなってきたそんな時

やっと助け船が戻ってきた

「帰ってきたぞぅいっておいおいどうしたぁ!?」

カキツバタの夫である

「あ!ごめん!これ代金!!」

「うぇっ!?あ、えどうしたのこれ!」

「あぁ!後からまた謝りに来るから!!ご馳走様!」

「はぁっ!?」

「こらシャレム!逃げる気ですか!待ちなさい!?」

逃げるように去っていったシャレムを追おうとしたカキツバタだったが

夫に止められた

「待て待て!な?どうしたんだ?」

「…はぁ」

去っていったシャレムはすでに見えず、店には食い跡と代金だけが残されている

「…なにか、あったのか?」

「…だから…あの子は…」

夫の問いにも、カキツバタは心ここにあらずである

「胸を…」

「ん?」

「胸を…貸して下さいませ」

やがて夫にそういうとカキツバタは夫の胸の中に落ち、脱力しながら眠りについた

〜〜

「はぁ、ほんと面倒なことしちゃったな…また謝りに行こうかな」

サバト本部への帰路の途中、シャレムは独り言を呟きながら

カキツバタの言葉を反芻しながら、物思いにふっけていた

『言い訳!前に進まない!言い訳!』

「言い訳…なのかなぁ」

教皇だから、『お兄ちゃん』が出来ない

教皇だから、自由な時間もない

教皇だから…教皇だから…

教皇になってから動きにくくなってしまったのも事実である

だがそれと同時に、『教皇だから』という言い訳で色んなことを

諦めてしまっているっていうのも事実なのかもしれない

(カキツバタは、変わったな…)

昔は自分の思いを率直に告げたがらない性格だったカキツバタも

夫が出来てからか、昔よりも喋られるようになった

感情的になりやすくもなったが、特別それが嫌に思えるものでもないし

むしろ彼女が何を思っているか分かりやすくなり、嬉しい変化とも思えた

(私も…変われるかな…)

そんな思いにふっけているとサバト本部についた

(今日はゆっくり休もう)

「あっ!」

部屋に戻ろうとするシャレムを前に、何人かの魔女が出迎えてくれた

「おかえりなさい!『バフォメット』様!」

「あぁ…ただいま」

彼女は笑顔で対応する

こうして彼女は、『バフォメット』に戻った
16/02/15 03:59更新 / てんぷらやさん
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■作者メッセージ
どうも、てんぷらやさんです

前回がプロローグ的なのでして、

今回が第1話、となっております

今回は特に説明はなしで退散したいと思います

また、感想、意見、質問はいつも通りどしどし応募しております

期待していただける方々、本当にありがとうございます

加えて、投稿が少々遅めですいません

まったり(*´ω`*)とした性分ですので

許してつかぁさい

今後もマイペースな投稿となりますが

どうぞよろしくお願いします

それでは

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