読切小説
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瞳を見つめて
「はっ……はあっ……!」

 暗闇の中をただひたすら走っていた。時折足に触れる木の枝の感触が、ここが森の中だということを教えてくれる唯一の情報だった。
 すでに右も左も分からない。手にした荷物はいつ捨ててしまったのかも覚えてない。そもそも、いつからこうして走っているのかさえあやふやなのだ。

――そんな有様でどうするつもり? 一度足を止めて休んじゃおう?

 不意に脳裏に言葉が浮かび足を止める。だがそれも僅かな時の間だけで、次の瞬間には再び足を前に動かしていた。
 体中の筋肉が悲鳴をあげる。荒い呼気をしているにも関わらず、肺に酸素が入っていかない気さえする。手足が鉛のように重くなり、もうこれ以上動けないと言外に告げているようだ。

 それでも足を止める訳にはいかない。

「くっ……はっ……げほっ、ぐっ……はぁ、はっ……!」

 口内に生まれた痰を吐き捨て、体に鞭を打ち続ける。どうにかしてここから離れなければならないのだ。
 自分が何処にいるか、何処に向かっているのかすら分かっていない。なにせ目の前の景色は闇に呑まれ黒く塗りつぶされてしまっているのだ。今まで木にぶつからなかったことさえ奇跡だろう。最早無謀を通り越して自殺とも思えるような行為ではあるが、それを止めることはできなかった。

 まるで、誰かに操られているかのように。

「――ッ!!」

 幾度か向けられた忌まわしい視線を感じ、そちらに目を向ける。そこには不気味に金色に輝く二つの目があった。夜の闇の中でもはっきりと存在を主張しているそれは、遥か高みからこちらの様子を窺っていた。

 まただ。
 あの目だ。

 あの目に見つめられると背筋に悪寒が走る。目の持ち主の輪郭さえ分からないはずなのに、その瞳にはこちらを狙う捕食者の光が宿っているように思えるのだ。

 あれに捕まったら、お終いだ。

 恐怖に支配された思考は、視線から逃げるように体に働きかける。限界をとうに超えているはずの体を無理矢理に動かして、闇の中を飛ぶように駆け抜ける。

――無駄だよ。このまま逃げ切れると思ってるの?
「黙れ……っ!」

 頭の中に浮かぶ言葉をかき消すために毒づいた言葉は、誰に聞かれることもなく闇の中に吸い込まれていった。自分の中に生まれた悪い考えを振り払うように、大きく足を踏み出そうとして――

――だったらしょうがない。それに、そろそろ頃合いだもの。
「なにっ……ぐあッ!?」

 音もなく降りてきた『それ』に背中を捕えられてしまった。体勢を崩した体は勢いのまま前に放り出され、地面に叩きつけられてしまう。その動きが止まると、全身に擦過傷の痛みと背中に圧し掛かる襲撃者の重みがはっきりと伝わってきた。

「くそっ、離せっ、はなせよっ……!」
――だめだよ。ここまでお膳立てしたんだもの、逃がさないよ。
「お膳立てだって……?」

 違和感を覚える言葉を受けて暴れる手を止める。すると、背中の重みがなくなったと同時に体をひっくり返された。しかし自由になったのはほんの僅かな時間だけで、すぐさま脚部に重みが加わる。柔らかい何かが――鳥の羽根だろうか――体中を弄る感触がした。

「――痛っ」
――怪我させちゃった。ごめん、そんなつもりじゃなかったの。

 せめて襲撃者の姿だけでも見ようと顔を上げたが、相変わらず見えるのは金色の双眸だけだった。どうやらこちらの体を見ているようで、瞳孔は下に下がっていた。

――ほんとは手荒な真似はしたくなかったんだよ。悪く思わないでね。

 こちらに向けられたそれは喰らう者の目。
 お膳立て、という言葉。
 間違いない、こいつは狩人だ。獲物が疲れ果てたところを見計らって捕らえる夜の狩人なのだ、初めから逃げられるはずなんてなかったのだ。
 
「……俺を、食べるのか?」

 そう理解した瞬間、震えた声が口から洩れてしまっていた。
 そんな情けない俺に対し、襲撃者ははいともいいえとも答えなかった。もしかしたら身振りで所作を示したかもしれないが、夜目の利かない状態では分かるはずもなかった。

「た、頼む、命だけは……」

 死にたくない一心で命乞いをする。とはいえ恐怖と疲労で舌が回らず、尻切れになった言葉しか出せなかった。

――キミ、何か誤解してない?
「誤解……?」

 誤解だって? こいつは一体何を考えているんだ?

――確かに私は君を追いかけて、そして疲れて動けなくなるまで追い込んだ。だけど、それはキミを殺すためじゃない。
「だったら、どうして……?」
――その前に、私の目をよく見てほしい。

 言われるまま襲撃者の目を見つめる。金色の目は近くで見ると宝石のように美しく見えた。しかし、辺りが見えない暗闇の中で光る二つの目は不気味さの方が強く醸し出されていた。

――そう、そのまま、力を抜いて……。

 金色の目の中にある、茶色の瞳がぼんやりと光っているような気がした。眼を凝らして見ようとしたが、不思議なことに見れば見るほど目の前の光景が曖昧にぼやけていく。
 気づくと、意識が瞳に吸い込まれていくような錯覚を覚えていた。冷たい地面の感触がなければ、自分が今寝転がっていることすらも覚束なくなっていたかもしれない。

――さあ、息を大きく吸って……吐いて……。

 言われるままに呼吸をする。あれだけ激しかった動悸が収まっていき、体中に安らぎが広がる。同時に体中の感覚が朧気になって、浮いているような不思議な感覚さえ覚えた。

――もっと、私の目を見て……私を見て……。

 金色の目を見つめる。目の奥の瞳を見つめる。霞みがかっている視界の中で、奇妙なことに瞳だけがはっきりと見え始めていた。
 綺麗な瞳。吸い込まれそうな瞳。瞳。瞳。ひとみ。ひとみ。ひとみ――。

――大丈夫?
「あ、ああ……えっ?」

 唐突に呼びかけられて返事を返すと、世界は様変わりしていた。さっきまでは闇に包まれて何も見えなかったはずなのに、辺りの木々が、足元の木の根がはっきりと見えるようになっている。

――そっか、良かった。

 襲撃者の姿も同様に露わになっていた。
 彼女――胸に付いたふくよかな膨らみは女性の物だろう――は人ではなかった。比較的大柄な体の大部分は柔らかそうな茶色の羽毛で占められていた。鳥の羽根や趾の形の手足を持っているが、大きさは鳥のそれではなく人の姿相応のものとなっている。
 鳥人間、とでも言うべきだろうか。そんな異端な姿をしていた。
 だが、真に彼女を異端たらしめているのは、空を飛ぶ者に相応しくない肉付きの良さだった。豊かな乳房はその存在を隠すどころか主張するように突き出されている。下から掌で包みこもうとしても、指の間からはみ出してしまいそうな大きさだ。

――話、続けていい?
「――はっ! あっ、えっと、その、ど、どうぞ……」

 冷静な突っ込みを受けて我に返る。彼女の口元が襟の羽毛に覆われていて見えないせいでどうにも表情が分かりづらい。それでも、暗闇の中に目玉だけが浮かぶよりは余程マシな状況だ。

 それにしても整った顔をしてるな。

――ねえ、ちゃんと聞いてる?
「ご、ごめん、聞いてる、聞いてます」

 叱責を受けて思わず謝ってしまう。
 妙だ。さっきまで命がけの追いかけっこをしてたはずなのに、こんなやりとりをしてていいのだろうか? でも、少し怒っているようなツリ目が可愛らしい彼女を見ていると、どうにも調子が狂ってしまう。

 もう少しくらいなら、話を聞いてもいいだろうか。

――私ね、キミにお願いしたいことがあったの。
「俺に?」
――そう。だけどキミは私を見るなり逃げちゃったから、話を聞いてくれるまで追いかけたの。

 本当にそうなのだろうか。
 どこか妙な気がしたが、きっと彼女が言うのならそれが正しいのだろうと思い直す。もしこちらに危害を加えるのならとっくにそうしているはずだし、何もおかしいことなんてないはずだ。

 そう、間違っちゃいないはずだ。

「それは悪いことをしたね、ごめんよ」
――いいよ、こうして話を聞いてくれてるんだし。それで、お願いなんだけど……。

 そこで言葉を切った彼女はもじもじと体をくねらせた。体の上で羽毛が擦れ、くすぐったいようなもどかしさを覚える。まるで年頃の少女のような態度を見せる彼女が、とても愛らしく見えた。

 こんな一面もあるんだな、結構可愛いじゃないか。

――えっと、そのね。

 よく見ると彼女の頬がほんのりと赤く染まっているような気がする。目尻が下がり、困ったような、媚びるような表情を見せていた。落ち着いたはずの動悸が激しくなっていき、つられてこちらの顔も熱くなっていく。

 これではまるで、彼女に惚れてしまっているような……。

――私と、番いになってほしい。
「うん、いいよ」

 とんでもない質問のはずなのに、どうしてかすぐに答えることができた。
 彼女と一つになりたい。そうなるために自分はここまで来たような気さえする。だとしたら、こうなるのは当然のことではないだろうか。
 
――嬉しい。

 彼女は目を弓なりに細めると、横たわっているこちらに体を落として抱きついてきた。温かな羽毛と柔らかな二つの塊がこちらに密着してくる。彼女が身動ぎするたびに形を変え、辺りにミルクのような甘い匂いを振りまいた。

 腕を伸ばして彼女を抱く。羽毛が擦れ、さわさわとした感触が伝わってくる。彼女もまたこちらを抱きながら、甘えるかのように体を擦りつけてきた。
 上等な布団に抱きしめられているような心地よさを覚えつつ、そのまま身を任せることにした。

にちゃあ。

――あっ♡。

 聞き慣れない水音と彼女の声、そして彼女の股から伝わる湿り気。

――えっと、ごめん。
「どうかした?」
――ちょっと、その、もう、我慢、できない。
「我慢って、なにを――」

 俺が最後まで言い切る前に、彼女はこちらの下半身に手羽を伸ばすとやや乱雑に衣服をはぎ取った。下半身が涼しくなったと思うと、その上に羽毛の温かさが生まれる。疲れから天を衝くようにそそり立っている愚息を見ると、彼女はその瞳を一層輝かせた。

――今ね、私、発情期なの。
「発情期って……」
――お腹の奥が熱くって、蕩けてしまいそうなの。
「まさか」

 彼女はゆっくりと腰を揺らした。粘性のある水音が聞こえ、こちらの股の間の物を湿らせる。羽毛とはまた違った人肌の刺激を受け、愚息はびくんと音を立てそうな勢いで撥ねた。

――いくら慰めても、今日だけは治まらなくて。
「待って、まだ会ったばっかりだし、いきなりそんな……」
――大丈夫だよ、キミはそのままでいて。
「大丈夫って、そうじゃなくて――」

 彼女が何をしようとしているのかは理解していた。それをされる前にちゃんと自分の気持ちを伝えるべきだ、そう思って制止をかけようとしたが、

――お願い、お腹の奥が切なくて仕方ないの。
――乾いて、渇いて、どうしようもないの。
――だから、お願い。

 首を傾げた彼女の襟元から覗く口元は、妖艶に歪んでいて。

――このまま、私に、犯されて?

 持ち上がった彼女の腰が僅かに動き、こちらの肉棒の先端を咥え込んだ。

「っく、あ」
――あんっ♡

 やんわりと絡みつくような肉襞の刺激を受け、思わず声を漏らす。まだ亀頭しか入れていないというのに、それだけで射精してしまいそうな快感があった。
 快感を感じているのは彼女も同じらしく、浮いた腰がふるふると頼りなく震えている。こちらのお腹に手羽を乗せて姿勢を保とうとしてはいるようだが、それも長く続きそうになかった。

――入った、ぁ♡
「そう、だね……」

 そうだ、入ってしまった。俺は出会って間もない相手と一線を越えてしまったのだ。伝えたいことも伝えられずに行為をしてしまったことに罪悪感を覚える。
 そんなこちらの微妙な表情を読み取ったのか、彼女は寂しそうに俯くとこちらを上目遣いで見つめてきた。

――嫌、だった?
「違う……違うよ」
――じゃあ、どうしてそんな顔してるの?

 伏し目がちな瞳には哀愁の色が宿っている。自分が無理矢理に行為をしたことに後ろめたさを感じているのだろうか。
 
 違う、そうじゃない。そうじゃあないんだ。

「ちゃんと、その。……好きって言ってから、したかったな」
――えっ?

 言われた言葉の意味がすぐに飲み込めなかったのか、彼女は二、三度目をしばたかせた。それからきょとんとしたように、おずおずとこちらに体を傾けてくる。

――それって、ひょっとして。
「うん、一目惚れなのかもしれない。君が好きなんだ」
――ぁ、ぇ。

 やっと意味が分かったのか、彼女は顔から火が出そうなほどに真っ赤になってあたふたと手羽を振り始めた。
 支えを失った体は重力に抗うことはできず、ずぶずぶと音を立てて繋がりをより強固な物にしていく。肉棒は容易く飲み込まれていき、根本まですっかり収まってしまった。亀頭が何かに触れた感触がして、その衝撃で一度大きく揺れる。おそらくは彼女の子宮口だろうか。

――いきなり、そんなこと、ずるい。
「襲ったのはそっちからだよ」
――そうだけど。
「それで、君はどうなの?」
――どうって。
「俺のこと、好き?」

 ぷい、と目を逸らされてしまった。ちらちらと視線を向けてくるためこちらを嫌っている訳ではなさそうだが、どうも素直に話してくれる雰囲気ではなさそうだ。

――今、言わなきゃだめ?
「だめじゃないけど、知りたいなって」
――その、ね。

 顔を近づけられる。襟元を手羽で捲ると、小さな、色気のあるとがった唇が見えた。ぷるんと潤いを秘めた唇は、そのままこちらの耳元で

――実はね、私も、一目惚れだったの。

 そう甘く囁いた。

――だから、こうして受け入れてくれて嬉しいの。
「俺も嬉しいよ、こうして一つになれて」
――うん♡

 彼女が元の位置に戻る頃には口元は再び襟で隠されていた。俺からは見えなくなってしまったが、おそらくは喜びに笑っているのだろう。そう思うと、彼女を愛おしく思う気持ちが一層強くなった。

――今、笑ったでしょ。
「つい嬉しくて」
――私もそうだよ。

 なんとも奇妙な話だが、確かな幸せがそこにあった。

――ねえ、今、ここには私たちだけなんだよ。だから。
――ゆっくり、楽しもう?

 繋がったままの状態で手を伸ばす。彼女は手羽でそれを器用に掴むと包むように握りしめた。形は違っても人の手と似た役割を持っているのだろうか、こちらの指と指の間に羽毛が挟み込まれていくのを感じる。所謂、恋人繋ぎという奴だ。

「ふわふわしてるね」
――これ、温かくて気持ちいいんだよ。
「そうだね、温かくて柔らかいな」

 もぞもぞと羽毛が蠢き、より深い部分で繋がろうとしてくる。力を抜いて彼女を受け入れてから、離さないように固く握りしめた。くしゃりと音を立てて指が羽毛の中に埋もれていく。手と手羽の繋ぎ目が見えなくなり、一体化したような錯覚さえ覚える。

――もっと、くっつきたいな。
「俺もだ……こっちにおいで」
――うん。

 手を繋いだまま、彼女は上半身をこちらに預けてきた。豊かな胸が俺の胸板に当たり、柔らかく形を変えていく。胸の大きさのせいだろうか、彼女の顔はこちらの目の前でつっかえるような形で止まってしまった。

――もうちょっと、だったね。
「このままでもいいさ」
――でも。

 彼女はもっとこちらに近づきたいのか、どうにかして顔を寄せようと体をよじらせ始めた。押し付けられた胸が円を描くように動き出してこちらの胸板を刺激する。柔らかな脂肪で体を撫でられているようで気持ちがいい。おそらくは彼女も感じているだろうか、硬くなった乳首が生み出す不規則な刺激もまた、こちらの官能を煽り立てるには十分な物だった。

――やっぱり届かない。
「だったら迎えにいくよ」

 繋いでいた指を離す。彼女が寂しそうな顔をしたのもつかの間、そのまま腕を背中へと回して強く抱き締めた。戸惑った彼女が腕の中で暴れるのを力で押さえつけると、そのまま上半身を起こして座位の体勢になった。

「これなら大丈夫――あてっ」

 気を緩めて拘束を解くと、暴れた彼女の羽根が頭に直撃した。柔らかい羽毛のせいか、それとも照れ隠しに手加減してくれたのか、痛みは全く感じなかった。

――びっくりさせないで。
「ごめんごめん、でもさ」

 もう一度、後ろに回した腕に力を入れて彼女を強く抱き締める。引き寄せた彼女の顔にこちらの顔を寄せ、口で襟元の羽毛を咥えると下へとずらした。ぷっくりとした肉付きのいい唇が露わになる。

「こうすれば、こっちでも繋がれるよ?」

 ゆっくりと、焦らすように唇を近づける。二人の距離が縮まるにつれて、金色の双眸は不安に揺れ出した。瞳が潤み、瞬きの頻度が増え、そして、

「……ん」
――ん……んぅ……んっ。

 固く結ばれた瞼とは裏腹に、唇はあっさり受け入れてくれた。啄むような軽いキスを二、三度交わすと、唇同士を重ね合わせる。決して激しい行為ではなかったが、十数秒が永遠に感じられるような優しい接吻だった。

「……ん、ふぅ……ん、ぷぁ……」
――……ん、ふ……もっと、したいな……。
「……っ!? んむ、くふっ……く、んぅ……」

 唇を離して余韻に浸ろうとした時だった。不意を突かれて唇を奪われてしまったのだ。増え合う前に見せていた怯えの感情は鳴りを潜め、キスがもたらす快楽を得ようとする姿がそこにあった。勢いのまま、求められるままに唇を預けてみると、彼女はこちらの唇を舐め、食み、包むように貪り始めた。

――ふぅん、んふっ……くちゅ、ちゅ……んっ、ぷあぁ♡
「……むぅ、っく、ぷは、はぁ……はぁ……」

 トントン、と軽く背中を叩いて催促すると、名残惜し気に唇を離してくれた。
 結局、最初のキスの数倍の時間をかけてたっぷりと吸い付くされてしまった。二人を繋ぎ止めていた銀色の糸が、重みに耐え切れずにふつりと切れ落ちる。

――はぁ……はぁ……気持ちいいね……。
「ああ。こんなの、初めてだ……」
――私ね、これが初めてのキスだったんだよ?
「君も?」
――知らなかった……キスって、こんなに気持ちいいんだね。
「そう、だね」

 羽毛の温もりとは違う、心の奥から満たされていくような感覚。恋は盲目とは言うが、今の自分は本当に目の前の相手しか見えていないのかもしれない。体だけではなく心までも繋がることができたような気さえする。

 俺たちは、初めからこうなるべきだったのかもしれない。
 
――でも、まだ。
「まだ?」
――うん。まだちゃんと、体が繋がってないよ。
「繋がってって……ぅあっ」

 彼女が軽く腰を揺さぶっただけで、情けない声が漏れてしまう。すっかり忘れていたが、抱きしめ合ったりキスをしている間も互いの性器は繋がっていたのだ。放置されていたそれらは文字通り一体化してしまったようで、些細な刺激でも鋭い快感が伝わるように変えられてしまっていた。

――もう、準備はできてるよね?

 それは彼女も例外ではない。襟で口元を隠して誤魔化しているようだが、確かに彼女も快感を得ているはずだ。その証拠に彼女の膣内はひくひくと痙攣していて、その様子が性器を通してはっきりと伝わってくる。

――じゃあ、私から動くよ?

 先に耐えられなくなったのは彼女の方だった。こちらの返事も聞かずに、ゆっくりと体を持ち上げる。ふるふると腰を震わせながらも止まることなく動き、十数秒が経過するころには雁首だけを残して肉棒を露出させるまでに至った。
 根本から抜き出された肉棒は愛液に塗れて妖しい輝きを放っていた。膣口と肉棒の根本との間には幾本もの銀色の糸が生まれている。唾液のアーチよりも粘性が強いらしく、不安定に揺れる腰の動きを受けても糸は繋がったままだった。

――そ、それじゃあ、もっかい、下ろす、ね。

 彼女は再びゆっくりと腰を下ろし始める。彼女の意思で腰の震えは止められないらしく、小刻みに揺れながらの挿入はまた違った快感を与えてくれた。
 やはり十数秒かけて元の位置に肉棒が収まる。雁が子宮口に触れると、意思を持っているかのように吸い付いてくるのを感じた。

――ぅ……く、ふぅん……あっ、ぅうん……はっ、あ、んぅっ……ん♡

 それからも彼女はじっくりと味わうかのように腰を動かし続けた。じわじわと弱い炎で焙られているような、愛しくももどかしさを感じる責め。
 おそらくだが、彼女は激しい交わりよりもゆったりとした交わりを好むのだろう。思い返してみれば先までのキスやハグもそうだった。情熱的に求めてくるものの、その動き自体は激しいものではなく、半ばこちらを焦らすような穏やかものだったのだ。

――……くっ、はっ、はぁ、ん……きもち、いいっ……♡

 徐々に熱を帯びていく彼女の声を聞いて、こちらも気分が昂っていく。肉棒は更なる硬直を見せて、高揚した気分はちょっと悪戯をしてやろうという嗜虐心を駆り立てた。

「ねえ、こっちも動かしていい?」
――……えっ、動かすって――ひあぁっ!?

 彼女の腰を掴んで勢いよく引き寄せる。半ばまで引き出されていた肉棒が一気に埋まり、下品な水音を立てた。突然の衝撃にも肉体は正直に反応するようで、彼女の膣内はこれまでよりも強くこちらを締め付けてきた。

――……っあ、だめ、急に、強く、しちゃ、ぁあっ、っうぁ……♡
「ゆっくり、抜いて……それから、一気に――」
――あひぃっ♡ だめ、だめぇっ、激しく、しないでぇっ……♡

 バサバサと羽を動かして抵抗の意思を示しているが、それは形だけの抵抗なのはすぐに分かった。大きなストロークでずれた襟元から、悦びに歪んだ口が覗いていたのだ。
 それだけではない。彼女の瞳は受けた快楽を反映しているかのように濡れていた。羽毛に覆われていない胸からは汗が滲みだし、勃起した乳首が浮き上がっているのが分かる。太ももは膣から溢れ出した愛液で光沢を放っていた。

 彼女がこちらの責めを受けてよがっているという事実は、さらなる興奮を煽り立てるには十分なものだった。

――あ……中で、くぅん、大きく、なって……ひんっ……びくびくって、震えてる……♡
「……っく、そろそろ、出そうだ……!」

 調子に乗って責めすぎたせいか、自分の中で膨れ上がる射精の欲求は最早押しとどめるられないほどに膨れ上がっていた。睾丸に溜まった精液が暴れている錯覚さえ覚える程だ。

――だ、だいじょうぶっ……このまま、中にっ……出して、出してっ……♡

 媚びるような表情と声がこちらの股間を刺激する。元々、いつ射精してもおかしくない状態だったのだ。そんなことをされて我慢できるはずもなく、最奥まで突き入れた肉棒は勢いよく精を吐き出してしまった。

「……ぐ、あぁっ、出るっ!」
――っくぁ、ひゃあぁぁっ!? あ、あついっ、おく、にぃ……流れて、くるぅ……♡」

 鈴口から放たれた精は子宮口をこじ開けると、その内部を白濁で満たした。雄の欲望が彼女を内側からじりじりと灼いていく。肉棒と、収縮を繰り返しながらそれを締め付けている膣壁が栓の役割を果たしているようで、精は彼女の膣内から流れずに体内に留まった。

「……ま、まだ、止まらな――っく、ううっ!」
――……ぅ、ああぁぁ、あんっ♡ ……ふぅ、くぅん……へへ、おなか……ふくれちゃったぁ……♡

 うっとりと目を弓なりに細めた彼女は、愛おしそうにお腹を撫でさすった。指が子宮のある所に触れた瞬間、子宮が喜んでいるかのようにピクリと一跳ねする。その動作で緊張が解けたらしく、締め付けから解放された肉棒に欲望の残差が絡みついてきた。白濁と愛液が混じった濃厚な塊が流れ出し、二人の繋ぎ目を白く染めていく。

「こんなに出したのは初めてだ……」
――私も……こんなに気持ちいいのは、初めて……♡
「そんなに良かった?」
――……うん。気持ちいいって思うことはあるけど……その、一人でしてる時とはちょっと違う感じだったの。
「違うってのは――」
――うん、きっとキミとおんなじだと思う。

 射精し、萎えるはずの肉棒はその兆候すら見せずに中でそそり立ったままだった。彼女の膣も落ち着きこそしたものの、挿入した時の柔らかな締め付けはそのまま残されていた。

 射精後の虚脱感でぽっかりと空いた心の隙間に、彼女の温もりが入り込んでいく。

――独りじゃないから「繋がってるから」

 同時に漏れた言葉を聞いて思わず苦笑する。彼女はこちらを求めてくれているのに対し、自分は欲望を露わにした言葉を出してしまったのだ。

 なんてことだ、これじゃあ

「格好つかないな」
――でも、おんなじだったよ。
「そうかな」
――そうだよ……んしょ、えい。

 ポフン、と音を立てて体を押される。倒れ込んだ体に被さるように、彼女は身を預けてきた。色欲を帯びていた金色の瞳は元の輝きを取り戻したようで、こちらをじっと見据えている。

 不思議と恐怖はなかった。彼女の瞳の輝きにすっかり見惚れてしまっていたのだから。

 ……恐怖。その言葉にふと違和感を覚える。
 おかしい。
 自分はこの瞳を見て恐怖していたはずだ。金色の瞳から逃れようとしていたはずだ。

――いや違う。自分はこの瞳に惹かれて、彼女と交わることを望んだのだ。

 ……本当に、そうだっただろうか? 何か、忘れてしまっているような――。

――ねえ、もう一つお願い、いいかな?
「えっ、なに?」

 彼女の声を聞いて思考を中断する。こちらを見つめる目はしぱしぱと瞬きを繰り返していた。ひょっとして眠たいのだろうか?

――今日は疲れちゃったから、このまま、繋がったまま一緒に寝たいな。
「やっぱり眠たいんだ」

 あまり感情を露わにしない彼女が、こんなに分かりやすい反応をしたことに戸惑いを隠せなかった。それは含み笑いという形で表れ、彼女の表情を曇らせることに一役買った。

――また笑った。
「ごめんごめん、そのくらいいいよ」
――……良かった、断られると思ったから。
「変なの、君のお願いを断るはずなんかないのに」

――そう、断るはずなんてない。それでいいんだ。

 生まれた疑惑の感情を闇に葬り、彼女を抱いたまま目を瞑る。視覚を断つと、彼女の体温や羽毛の手触り、そして息遣いまでもがより鮮明に感じられるようになった。どれも不快なものではない、むしろ信頼して身を委ねられる安らぎさえ感じられた。

――おやすみなさい。
「ああ、おやすみ」

 自分も疲れていたのだろうか、意識はすぐに溶けていった。
 目が覚めても彼女は傍にいるのだろうかという、在りもしない不安を抱きながら。

§

「ん、うぅ……」

 朝の日差しを受けて意識が覚醒する。寝起きだからか、頭がぼうっとして上手く働かない。何故か下半身に温かい泥沼に浸かっているような心地良さがあった。

「おい、まさか……?」

 ひょっとして夢精だろうか。
 直視したくない最悪の光景を想像しながら目を開けると、そこに映っていたのは想像以上の光景だった。

「――ッ! ば、化け物……!?」

 自分に覆いかぶさるように何者かが倒れていた。どうやら眠っているようで、襟で隠された口元からすうすうと寝息が漏れている。人の体形こそとっているもが、体のパーツは鳥を連想させるような姿形をしていた。
 
「鳥……!? まさか、昨日の目の正体はこいつ……!?」

 そう、昨日のことだ。
 旅の途中で自分は森に迷い込んだまま夜を迎えてしまい、途方に暮れていたのだ。ふと視線を感じて上を見上げた時に金色の瞳と目が合ってしまい、命の危険を感じて、逃げ出そうとして――

「それで、俺は……――ッ!?」

 そこからの記憶は歪なものだった。襲ってきたはずの『そいつ』と和やかに会話をして、番いになることを約束して、あろうことか『そいつ』の膣内に精をぶちまけて――

「何だ、何なんだ……!? 何がどうなってる……!」
――やっぱり、気づいちゃったんだ。
「!? お前、いつから……?」

 いつの間に目を覚ましていたのか、昨夜の襲撃者は体を起こしていた。こちらに向けられた視線は、獲物を狩る捕食者のものでもなく、快楽に染まった雌のものでもなかった。どこか虚ろな瞳からは、内に秘めているだろう感情を読み取ることはできなかった。

――やっぱり、ちゃんと疲れさせてからじゃないと魔眼の効果は定着しないんだね。
「魔眼だって? お前は何を言ってるんだ? いや、そもそも、お前は一体……」
――ごめん……ちゃんと説明する……説明、するから……。

 反論しようとした口を思わず閉じてしまう。何から聞くべきか、何を聞くべきか分からなかったのもあるが、それだけではなかった。どうしてかは分からないが、彼女の話を聞くべきだと思ったのだ。

――昨日、君を襲ったのは私なの。でも傷つけるつもりはなくて、疲れさせることが目的だったの。
「魔眼とやらを使うため、か?」

 こちらの問いに彼女は頷いて説明を続けた。
 彼女はオウルメイジという種族の魔物娘だということ。魔法を使うことに長けていて、魔力を瞳に宿らせて放つ『魔眼』という能力を持っていること。その力を十分に発揮するためには、相手を疲弊させて抵抗力を落とす必要があったこと。

――だから君をずっと追いかけて、疲れるまで待ってたの。
「成程、すぐに襲わずに上から見てるだけだったのはそういう理由があったのか……」

 発情期だったこともあって、若干理性を失っていたことも拍車をかけたらしく、追いかけられる立場のこちらのことを考える余裕はなかったようだ。こちらを捕えて組み伏せたところで我に返ったらしいが、あの時は正直生きた心地がしなかった。

「あのな、発情期だからってしていいことといけないことがあると思うぞ? 誰でもいいからってこんな無理矢理な――」
――違うのっ!

 突如大声を上げられて驚いてしまい、体を硬直させる。そして、彼女の方を見てさらに驚いた。

――違うのっ……それだけじゃ、ないの……。

 彼女は泣いていた。堪えきれなくなったのか、手羽でごしごしと顔を拭って零れ落ちる涙を拭っていた。

――初めて、こっちを見てくれる人がいて、びっくり、して、でも、嬉しくて……。

 嗚咽混じりの彼女の声を聞く。

――でも、逃げられて、捕まえた時も、すごく、怖がってて……。

 これまでとは違う顔の彼女を見つめる。捕食者でも雌でもない、酷く弱々しい姿だった。おそらく、この姿が――穏やかで思いやりのある一人の少女が――彼女本来の気質なのだろう。

――これじゃ、嫌われちゃうから、嫌われたくないって、思っちゃったから、だから、せめて……。
「魔眼を使って心を操ろうとした、ってことか」

 そんな姿を見てしまったからか、あるいは昨夜の追いかけっこの恨みだろうか、生まれた嗜虐心からわざと冷たい言葉を叩きつけてしまう。彼女は、びくり、と身を震わせながらもおずおずと首を縦に振った。

 ……いらいらする。
 この苛立ちはどこから生まれてくるのだろうか。
 彼女に騙されたことに対する怒りからか、弱々しく不甲斐ない態度に向けた失望からか、それとも――。

「だったら」
――えっ?
「だったら、もう一度魔眼を使えばいいだろう?」
――え、でも……。
「無理矢理にでも従わせてしまえばいいじゃないか、そうすれば君は――」
――ダメっ!!

 彼女は身を乗り出しながら叫んだ。金色の瞳は涙に濡れているものの、強い光が宿っていた。あの時とは違い、その光を見ても吸い込まれるような感覚はしなかった。

――それじゃ、ダメなの。なんにも、変わらないの。
「何が変わらないんだ」
――私ね、あの時、一目惚れしたって言ってくれてとっても嬉しかったの。……でも、それは嘘だって気づいちゃったの。
「嘘だって?」
――あれは、私が魔法を使って言わせた言葉だったの。だから、魔法が解けちゃったら……。

 そう、魔法が解けてしまえばそれまでだ。結ばれた二人は再び引き裂かれることになるだろう。例えそれを免れたとしても、嘘をついたという傷跡が消えることはない。

 彼女はそれを恐れて、こうして真実を打ち明けたのだ。

――だから、わたしを、本当の私を好きになってほしかったの……。
「その必要はない」

 ようやく、俺の中に燻る苛立ちの正体が分かった。その解消方法もだ。それを治すためには、これからの人生を捨てる覚悟が必要だろう。生半可な覚悟ではできないことだ。

 しかし、彼女はそれをやってのけたのだ。
 だったら、俺も腹を括らなければいけない。

――……そうだよね、私なんかが――ひゃあっ!?

 力ずくで彼女を抱擁する。ふわふわの羽毛から空気が抜けていき、柔らかな肉に触れる感触がした。彼女は暴れることなく抱擁を受け入れたものの、安堵と困惑が入り混じった表情をしていた。

――な、なんで、どうして……?
「一目惚れだったのは、君だけじゃないってことだ」
――でもそれは、私が魔眼を使ったからで、嘘の感情なんだよ?
「魔眼は定着しなかった。ちゃんと襲われた記憶も残っている」
――だったら、なんで……?
「答える前に、もう一度目を見せてほしいな」

 抱擁を解いて彼女を離すとこちらに双眸を向けてきた。
 脳裏に焼き付いて消えることのない、金色の目。

「綺麗だったからかな、ずっと見ていたいくらいに」
――私の、目が?
「追いかけられている間も、交わってる間も、ずっと一緒だったからかな。目を見ていると安心するんだ、だから――」

 言葉を切り、真っ直ぐに彼女を見返した。瞳に力を込めて彼女だけの『魔眼』をかける。自分に魔法の心得はないが、彼女にならきっと伝わってくれるだろう。

「これからも俺と、ずっとずっと繋がっていてほしい」
――信じて、いいの?

 どうやら効き目が悪かったようだ。
 もう一度、今度は無言で『魔眼』をかけてみる。彼女は目を逸らしたり、羽根をバタバタ動かしたりとしばらく挙動不審な姿を見せていた。
 数分後、俺が本当に効いているのか不安になったころになって、ようやく落ち着いてこちらへと向き直った。

――えっと、そのね、うんと……。

 彼女は大きく息を吸い、吐き出して呼吸を整える。襟がずれて口元が露わになった。照れ臭そうに口の端を歪め、困ったような、幸せそうな表情をしていた。つられて俺も笑みを浮かべ、彼女の言葉を待った。告げられる言葉は分かっていたが、どうしても彼女の口からそれを聞きたかったのだ。

 朝日を受けて照らされた彼女の瞳は、これまでで一番美しかった。




――ありがとう。二人で一緒に、幸せになろうね。
18/09/13 19:50更新 / ナナシ

■作者メッセージ
もふもふ! もふもふ! もっふもふ!(発狂)

唐突にシリアス絡めたり、魔物娘のメンタルが弱くなる癖はどうにかした方がいいと思いました。無論ガイドラインに違反していなければそれ自体は悪くないとは思いますが、今後の制作の幅が狭まってしまいそうで怖い(冷静)

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