連載小説
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市場(しじょう)

乾いた風がわずかばかりの熱砂を巻き上げ吹き抜ける。
其処は見渡す限り空と砂と空と砂。
地上にはシルフの気まぐれで描かれた砂紋と凹凸が生み出す砂と陰影の色。
空は見渡す限りに蒼く、地平線に向かって深い青から水色に、
見事なグラデーションをなして見る者の目を楽しませる絶景を生み出していた。

もっとも、それはあくまで額縁に入れて風景画として見るならという前提で、
其処を移動する者達にとっては、
変りばえのせぬ退屈で忌々しい風景になっていることであろう。

そんな風景の中を蟻のような影が4つ程連なってゆっくりと移動していた。
ラクダに乗ってこの砂漠を横断しようという者達である。

この時、神の如くこの広大な砂漠を俯瞰して見る事が出来れば、
彼らの他にもこの砂の景観の中を移動する者達が、
ちらほらいる事が判ったであろう。
さらに注意深く見てみれば、彼らがみな同じ方角を、
ある一点を目指している事に気づいたであろう。

その進路の交わる場所、其処には大きな都市があった。
その周辺は魔法の力なのか不毛な砂漠に緑や水場があり。
行商人達のものであろうテントやゲルなど。
移動式の住居が都市を取り囲むように放射状に点在していた。

大商業都市カメロ、それがその場所の名であった。
その外縁部にまた新たな旅客達が辿り着いた。

ある一団は魔獣である魔界大ラクダに家兼店の建物ごと引かせていた。
家の下部には引くのを補助するローラーが所々に設置してあるようだ。
そして家が止ると、中からガヤガヤと数人の住人が降りてくる。

「あ〜退屈だった。持ってきた本も読み終わっちゃったし。」
「だから言ったのよ。夫がいないならたんと暇つぶしの準備をしとけって。」
「しょうがないよ。彼女はこの旅は今回が初めてだし。」
インキュバスの男性一人と女性二人がまず降りてきた。

愚痴を言っているのはインプの少女で、
それを諌めているのがサキュバスの女性である。
他にも数人魔物と番の夫がゾロゾロと降りてくる。

それを隣で見ていたのは豪奢な装飾を施した砂漠用の魔導馬車に乗った一団である。
それを引いているのはただのラクダだが、
飛空挺などに使われる技術の応用で浮力を得て浮いているのが魔導馬車である。
その一団はまっすぐ進もうとしていたが、
連れていたラクダが魔界大ラクダに怯えて少し隊列が乱れていた。

「どうどう。落ち着けおまえら。」
「やれやれ、無粋な連中だな。」
忌々しそうに魔物側の一団をねめつける彼らの手首からは、
十字のロザリオがみな下がっている。
これは教団の加盟国やその傘下にあるという証の一つである。
そして一際豪奢な馬車の戸が開き、一団の長らしき男が顔を出す。

「おいおい、お前ら、此処はうちの領内ってわけじゃないし。
そんなに目くじら立てなさんな。先方にも悪気があったわけでなし。」
「ですがアルスラン様、彼奴らは魔物です。」
「こんな地の果てまであいつら(教団)に義理立てする道理はねえよ。
それともあれか? 気になる女の子の一人や二人いたか?
ガルディはどうも堅くて素直じゃないしな。
ちょっかい出したくなっちゃったか?」
「ちっ、違いますよ。」
「ムキになっちゃってまあ。ほれ、あちらさんも興味深そうにこっち見てるぞ。」

近衛であろうガルディと呼ばれた男性は主であるアルスランの言で振り返る。
すると魔界大ラクダに引かれる家から降りてきた一団のうち、
明らかに同伴者のいない数名が彼の事をぎらついた目で見ていた。
殺気とは違うが明らかに視線は肉食獣のそれで独特の迫力がある。

「ツンツンデレツン・・・」
「ありゃ相当使うな。決闘を申し込んでみるか。」
「あんたのそれ、勝ったら貰って負けたら嫁ぐんでしょ?
よくよく考えなくても詐欺よねえ。相手に選択の余地無いじゃん。」
「選択の余地などと甘い事言ってたから駄目なのだ。
戦いとは始まった時点ですでに勝敗は決しているものなのだ。(ドヤァ)」
「はいはい、そうよねえ。甘いこと言ってたからあんたも私達も、
いい歳して一人寂しく砂漠の寒い夜一人枕を濡らしてるわけで。」
「敗者・・・圧倒的敗者。」
「るっさい。今度のカメロでは必ず強くてイケテル男ゲットするんじゃ。」
「そうねえ、でも向こうさんはドン引きみたいよ。」
「何?!」

ドクシンジャー三人組のおおなめくじ、
リザードマン、ワーラビットの三人はやいのやいのと姦しい。

ガルディはそそくさと隊列を直すと警戒しつつさっさとその場を後にしていた。
アルスランはにやにやしながら三人娘のコントを見続けている。
「残念ですがねレディ方、此処は中立地帯です。
許可なき私闘は禁じられています。
そしてガルディは教団との同盟国である我がアヴァラガの優秀な戦士。
魔物とくっつけば追放を免れません。
おいそれと手放す気はありませんのであしからず。」

決闘駄目、絶対と宣言するアルスランに、
リザードマンの女性がガンッとショックを受けしょんぼり尻尾を垂らす。

「同盟国ならこんな所で油を売ってていいのですか?
今、教団は世界中の国から戦力を掻き集めていると聞き及んでいますが。」

魔物側のグループの長であろう女性がフワリとアルスランの前に現れた。
体表を硬化した粘液のようなもので覆い、
薄手のレザーファッションの様に装う。
後背部からは多数の体毛が大きな馬の尻尾のように生え。
同じ箇所から先端が大きな目玉となっている触手が複数飛び出している。
赤眼の隻眼でこちらを見るその姿はゲイザーであった。
彼女はペコリとお辞儀をするとアルスランを見つめてきた。

「おや、珍しい。ゲイザーと会ったのは初めてですよ。
まあ金は出してますんで、一定の戦力か法外な軍資金か。
どっちかを満たせば良いことにはなっています。
それに現在、我がアヴァラガは国境沿いに問題をいくつか抱えています。
戦力を貸して侵略されたらその責任を負えますか?
と言って徴兵を断りましたよ。
もっともさんざん嫌味を言われたし、だいぶ毟られましたがね。」

それを聞くとクスクスとゲイザーの女性は笑い。
アルスランの手首を指差して言う。
「随分と敬虔な信者なのですね。そのロザリオが泣いていませんか?」
「ああ、これですか? 便利ですよとても。
初めての国に御邪魔する時でも同じ同盟国や傘下同士ならば、
これを付けてればおいそれと無体には扱われませんし。
今の所世界で一番通りの良い身分証明書の一つではあります。
そこ等へんの利便性やいざという時に勇者を借りられる安全面を考えれば、
奉納金だの何だのの出費は十分ペイする内容だと考えています。
いえ、いました。というのが正しいですかね。」
「過去形ですか。」
「ええまあ、噂じゃ魔王が子息を産むってことで、
それを防ぐために決戦を挑むらしいですねえ。」
「中立国や親魔国とも国交が御有りなのですね。その通りです。」
「教団には秘密で貿易をしている相手がいくつか、
その連中の口からそのような話しを聞きました。
その結果しだいでは教団の今後がどうなることかとは考えています。
勝つなら今まで通り付き合いますが、
負けたらこれの神通力も失せるかもしれませんね。」
ロザリオをプラプラしながらアルスランは言う。

「払う金額に見合うだけの見返りが見込めなくなると。」
「ええまあ、とはいえいきなり離反しても五月蝿そうですし。
そこらへんはのらりくらりと上手くやるつもりですがね。」
「いけない御方。」
ゲイザーの女性はアルスランのあけすけな態度に微笑する。

「政情の不安定な地域の一国の主ですから、
いけないくらいでちょうどいいんですよ。ええと・・・ミス。」
「あら、これは紹介が遅れました。トリコロミール移動支店、
砂漠支部三号店の店長をやらせてもらっていますアインと申します。
それとすでにミセスです。夫には先にカメロ入りしてもらって、
食材の調達や店の場所をカメロ商業連合と相談するなどの準備をして貰ってます。」

「アルスラン! 置いて来ますよ。」
「店長! 浮気してるとグラーズ様に告げ口しますよ。」

両方の陣営からそれぞれの長に声が掛かる。
「おっと、名残惜しいですがそろそろ時間のようだ。」
「ええ、それでは互いに良き時間を過せることを・・・」

そうして立ち去ろうとした両名を軽い揺れが襲う。
もっとも浮いているアインにとっては周りの景色がぶれるだけであったが。
「地震・・・だと? いや、この気配。」
「下ですね。」
アインは冷静にそのたくさんある瞳で少し離れた砂の下を見据える。

「ハイハーイ、砂バス〜、砂バスが到着いたしマース。
発着口付近の方々はただちに離れるか、
御近くの砂避け様テントに入られてくださ〜い。」

カランカランと脚に付けた小さな鐘を鳴らしながら、
空からセイレーンの女の子が周囲に美声を響かせアナウンスする。
その声には魔力が込められ、内容が聞き取れなかったものも、
音を耳にした時点で勝手に体が指示に反応して動いていた。
その誘導に従って、みな所定の柵から離れ始める。
揺れはしだいに大きくなり、柵についた鈴や鐘も音を立て始める。
そうしてしばらくすると、間欠泉のように砂が地面から大量に吹き上がった。

そうして周囲には砂が雨アラレと降り注ぐ。
砂避けの土魔法が掛けてある特殊なテントに退去したみなは、
細かな砂埃からすら守られているが、
中途半端な距離にいた者達は直接砂を被らずとも、
巻き上がる砂煙にむせるはめになっていた。
それを見てセイレーンの女性はあわあわしていた。
「あああ、すいませ〜〜ん。
ううーん、次はもっと遠くまで声を届かせてあげなきゃ。」


柵の中には大量の大きなサンドウォームが顔を出していた。
それなりの齢を生きているのであろうそれらは、
一匹一匹がかなり長くて口径も通常のそれより大きめだ。
そしてぬらりと中からサンドウォームの本体達が姿を現す。
彼女達はみなバスガイドのようなコスプレをしている。
その隣では夫であろう男性が同じような服装をしながら中に声を掛けていた。
「カメロに到着いたしました。窮屈な長旅大変御苦労さまです。
それでは存分に楽しんでいってください。」

彼女達の口内からはぞろぞろと魔物やインキュバス、
ただの人間など様々な客達が出てきては伸びをしている。

「あれは? 以前着た時はありませんでしたが。」
「カメロ側が砂漠を越える手段の無い者達も来れるようにと、
自前で雇って運営している移動手段です。
一定時間ごとに特定の場所から顔を出して客を降ろしたり拾ったりして、
毎日同じコースをぐるぐる巡っているらしいです。」
「全体は砂の中に潜って見えぬとはいえ、
随分とたくさん乗っていますね。窮屈そうだ。」
「そうですね。内部はサンドウォームの肉壁で、
ある程度部屋単位に区切られているそうですが、
けして広いとはいえないらしいですよ。
それでもカメロで買い物すれば無料で利用できるので、
毎日利用者で一杯らしいですが。」

バスの登場で少し騒々しかった周囲も、
静かになってきた所でまた騒ぐ一団が出てくる。
「今度は何だ?」
「あら・・・あれは・・・」
「砂漠に・・・・・・船?」

帆が見当たらないが、それは確かに船であった。
船の下部からにゅるにゅると何本か出ている触手が、
砂の中に先を突き刺して固定し、ずるずると船体を引いていた。

それはクラーコフ号であった。
船体後方には、巨大な自転車の補助輪のような器具がつけられ、
船体が左右に倒れないようにつっかえ棒の役目をはたしていた。
そして操舵(?)しているキャプテンのセピアはクラーケン。
船体を浮かす浮力を物ともせずに海中に引く膂力の持ち主である。
彼女にとって船体を引いて砂の上を走らせるなど造作も無いことなのである。

だが、やりたい事と容易いことは必ずしもイコールではない。

「や〜〜ん。じゃりじゃり〜お肌に〜傷が〜ついちゃうかもお〜〜。
ヒュ〜〜〜、た〜す〜け〜て〜〜〜。」
砂の感触が嫌なのか、船長は操縦席で副船長のヒュームズに、
べそをかいて駄々をこねていた。

「ああもう、やっぱりこうなるか。
此処に来るのも一度や二度じゃないんですから我慢してください。
またあとで吸盤一つ一つ、俺が丁寧に洗ってあげますから。」
「・・・・・・ほんと〜〜〜?」
「ええ、約束です指切りします?」
「する〜〜〜〜。」

セピアは器用に一番細い足の先をヒュームズの小指に絡ませ指切りする。
「ゆ〜びき〜りげ〜んま〜ん嘘ついたら針千本のまさ〜れる。」
「ゆ〜びきった。何です? 飲まされるって。」
「あのね〜〜ヒュ〜〜の〜〜〜あそこは〜〜〜針じゃあ〜〜ないと〜〜〜おもうのね〜。」
「そういう意味じゃねえよ。あと幾ら俺でも千発は無理だし。
馬鹿言っとらんでさっさとドックにつけて下さいよ船長。」
「あい〜〜〜、最近なんか〜〜冷たくな〜い〜〜?」
「ないです。むしろ船長、最近ドンドン馬鹿になってません?」
「ひどい〜〜〜〜。」

周囲の視線など何処吹く風で砂上に船体を走らせながら。
クラーコフ号は係りの案内に従ってカメロの奥へと消えた。
船体を浮かべるための水場が内部には幾つか存在しているのだ。


※※※


「クラーコフ号が無事到着しました。
今回の航海で予定の積荷は全て納品完了です。」
「いいでしょう。最終的な検品が済み次第、
今夜のブラックマーケットに向けての準備を引き続き頼みますよ。」

此処はカメロ商業連合、通称フォルトナの事務所の一室。
事実上この都市を仕切る男の一人であるライヒトゥームと、
秘書のテゾロの二人である。
この都市は、幾つかの商業ギルドが出資しあい出来た都市だ。
商業連合はその際に出資したギルドの代表者たちの集まりである。

「極東の月と尻尾が奴隷を取り扱うなんて珍しいな。
ウロブサの婆さんは今回は来ないのか?」
「ウロブサ様は戦争の準備にかり出され、
現在王魔界に行っておられるそうです。
代わりにアマヅメ様という方がいらっしゃってます。
御息女のヤオノ様は事情があって国元を離れられぬらしく。」

極東の月と尻尾はウロブサ達組合が、
海外で活動する際に使っているギルド名である。
彼女達もこの都市の創立に関わる連合の一員であり、
特にウロブサは都市の生き字引の一人として、
連合内でも皆に一目置かれる立場の一人である。

「大丈夫何だろうな? 今あの婆さんに死なれても困る。」
「抱えてる利権を奪うチャンスとは考えませんので?」
「そんなこと許すタマか? あれは煮ても焼いても喰えんババアだが、
味方でいるうちは何かと頼りになるからな。精々よろしくやってくさ。」
「相変わらずへタレですね。ライヒトゥーム様は。」
「堅実と言いたまえよ。それで? 何で人身売買なんだ。」
他の連合がそれをやるのを見逃してたとはいえ、
快く思ってなかったのは尻尾を見れば明らかだったろ。」
「そうですね。手広く何でも取り扱っておられましたが、
副作用が酷い薬物や無理矢理の人身売買は基本拒んでおりましたね。
そう思って調べさせましたが、ウロブサ様の国元で大きな災害があったようです。
農作物が大打撃を受けて、其処から西側の地方が荒れたらしいです。
取り寄せた食料で救えた者達もいたそうですが、
全ての領地で飢える者達を救うには至らず。
やむなく強硬手段に出たとのことです。」

それを聞いてライヒトゥームは事情を察したのか、
同情気味に大きなため息をついた。
「アホな領主の治める場所で起こる悲劇は何処も変らずって感じだな。
まあいいや、道義は兎も角こっちとしては大いに儲けを出すチャンスだしな。」
「ただ同然の仕入れをした商品が多額で飛ぶように売れますからねえ。」
「へへへ、これだからやめられねえわ奴隷商売はよ。」
「まあほどほどに、調子に乗りすぎるとウロブサ様にまた睨まれますので。」
「判ってるよ。儲けは手広く色々やるのが常道。
一つの大きく儲けのいい商品によっかかる何て怖いまね出来るか。」
「へタレですね。」
「堅実と言え。此処みたいな巨大商業都市は他にもある。
中立地帯とはいえ、後発であるうちは基本ネームバリューでも不利だ。
おまけにこんな砂漠の果てのクソ田舎に有るときた。
他に対抗するには客 is GODの精神で客を喜ばせることに心を砕くしかねえんだよ。
良い品を出来るだけ安く、立地が悪いならこっちで交通手段を用意し。
望む品なら何でも揃える。人間売買だって単なる需要と供給だ。
相手が魔物なら金を使ってやるお見合いパーティーと対して変らんだろ。
人間相手だった場合は不幸な話しだが、
こっちは其処まで客を選べる立場でもねえ。」


※※※


騒がしくも活気のある朝市、
その喧騒の勢いは昼になっても衰えず。
夕暮れの帳が降りてきたところで、
ようやく少しずつ都市に静寂が響き始める。

だが、それはこの都市の眠りを意味しない。
夜の此処はまた別の一面を持っている。
朝昼はただの巨大な商業都市だが、
夜の市場はまたしっとりとした静けさを孕み、
どこかアングラな雰囲気を漂わせるそれへと変貌する。
中立地帯故に、反魔物領と親魔物領の区別無く。
本来なら互いに行き来できない商品やサービスを公然と買える場所。
それがこの都市の売りの一つ。
カメロブラックマーケットなのである。

なお、とう都市はその物品を持ち帰る際に、
国元で起きる如何なる問題にも関与しない。

という謳い文句がブラックマーケットの方々に貼ってある。
以前、反魔物領から来た御馬鹿な貴族が魔界産の果実や装飾品を持ち帰り。
国で揉め事を起こしたのみならず。それをカメロ側の責任として、
その反魔物領の国と一触即発になったことまであった。

それ以来、反魔物領の人間がブラックマーケットで買い物するには、
誓約書を書き、頭を覆う仮面を付けるという決まりが出来た。
互いに顔を知られたくない者同士もいるであろうこと、
何か問題が起きてもカメロ側は知らぬ存ぜぬ、
という口実を作るための処置である。

そんなカメロブラックマーケット、今夜は盛況であった。
何時もは一人一人の客単価は高いものの、
昼間に比べれば人影もだいぶまばらな印象の夜の部だが、
今宵は静かながらも人口密度が普段のそれよりもだいぶ高い。

奴隷大量入荷。
産地補償! 極東の島国ジパングから、
老若男女、身分も様々取り揃えての御奉仕。
真面目なお世話係の欲しい方、侍を護衛につけたい方。
エキゾチックな夫の欲しいそこのレディ。
このチャンスに皆様奮ってご参加下さい。

ジパングは幕府の仕切る一部の貿易や、
大陸に近い各藩が行っている密貿易や外からの密入国を除けば、
基本的に外との接点の薄い国だ。
しかし、旧魔王時代から殺し殺されだけではない人と魔物の付き合いのある歴史や、
独自のガラパゴス文化な美術品や工芸品のある国として、
名前の通りは島国の一つとしては頭一つ抜きん出ていた。

ただでさえ不定期で何時もはやっていない奴隷市、
その商品が珍しいジパング産ということもあって、
本日は何時にも増して人が集まっていた。

此処での奴隷買いのシステムは、
解方された空間に参加者が自由に出入りし、
それぞれ特定の場所に入れられた奴隷を自由に下見する。
気に入った商品があれば参加札をその場所に貼り、
後に札が被ればその者同士で競りに入る。
より高額を提示した方に譲るというものである。

商品である奴隷達は、
魔法により周囲の光や音が入らないよう作られた、
ジパング風の仮設家屋に入っていつも通りに振舞ってもらう。
それを外から参加者が見て買うことになっている。
中から外が見えぬという差はあるが、
パッと見それは吉原などで遊女を買う光景に似ていた。

この演出もライヒトゥームが言う所の、
客に買い物を楽しんでもらうためのものである。
ちなみに商品の生まれや育ちなどのプロフィールその他は、
調べられるだけ調べて仮設家屋の前に提示してある。
それらや客の容姿や振る舞いで、
参加者は彼らを買うかどうかが決められるのだ。

一人の金持ちによる大人買いを禁ずるため。
参加者に配られる参加札は基本一枚で、
二枚目以降を得るには法外な追加料金が必要となる。

こうしてカメロの地下に特設された似非ジパング風の城下町や長屋、
其処に入れられた奴隷をたくさんの金持ちや魔物達が見て回る光景が、
上のしっとりとした雰囲気とは裏腹な喧騒の中でとり行われていた。


※※※


世の中ってやつは不公平だ。
そんな風にずっと思ってきた。
母は俺を産んですぐに死んだ。
父は酒と賭博におぼれ、喧嘩になって斬られて死んだ。

武家ではあるが、たいした家柄でもなく後ろ盾も無い。
そんな天涯孤独な俺は、貧乏暇なしを地で行く人生を歩んできた。
ただ生きていくそれだけの事に日々が費やされていく。

食うや食わずで日中は家庭菜園に汗水流し、
夜は傘張りやら一足十文の草鞋作りを掛け持ちし、
食事は一日二度、米と雑穀半々の茶漬けや漬物と辛い味噌汁。
それに豆腐などが少々、魚などは月に数匹しか口に出来ない御馳走だ。

腰に差していたものはとっくの昔に竹光だった。
無駄に嵩張るので捨てたかったが、
持ってないと舐められて見下すアホを呼び込むので、
格好だけは一応武士のそれだった。

士農工商? 身分の高いものから順にこうなっているそうだが。
収入の少ないものの順の間違いではなかろうか。
などと宵越しの銭はもたねえとか言いつつ、
博打や女遊びに興じ仲間で大酒をあおる大工や、
煌びやかなものを身に着けている商人達を見て思う。

この身一つ、生きていくだけで精一杯。
なのに今度は飢饉ときやがった。
内職で作ったものは売れず。
日用品や食料の値は上がり続ける。

いいかげん限界であった。
ある日どうしようか悩み、盗みを働くことも考えたが。
あても方法も判らず彷徨う俺の目の前に、
闇夜を割いて可笑しな一団が現れた。

鬼の面で顔を覆った連中は人さらいであるらしい。
こんな食糧難の時期にわざわざご苦労な事だ。
その身を売ってでも生きたい連中がごまんといるだろうに、
わざわざ金を出して人を買いたい連中がいるらしい。
生きていられるなら、そう言って俺はそいつらについていった。
此処に未練などない。ただ生きられればそれで・・・

そうして連れてこられた遠い異国の地で、
外の見えぬ長屋の一室に通され、何時も通りに振舞えと言われたので、
家庭菜園を弄る訳にも行かぬならと草履を編んでいた。

俺の頭の中は此処に来るまでに振舞われた食事の事で一杯になる。
やつれた俺に対し、攫った連中、船の連中、ここの商人も全員。
見たことも聞いたことも無い馳走を振舞ってくれた。
味も格別のもので、体は軽くなり皮と骨だった心身に肉が付いてくるのが実感できた。
その至福を何度も脳内で繰り返して満面の笑みになりならがらも、
慣れた手つきを止めることなく俺はひたすらに草履を編み続けた。
暇だったこともあり一晩で幾つ編めるかの新記録に挑戦し、
今までの記録を二つ破って一晩があけた。

俺は長屋から解方されると、商人どもに案内されて、
ある娘と引き合わされた。
娘というより妖怪なのだが・・・

伏目がちだが品の良い顔立ちで、
白と黒を貴重にした西洋の衣装に身を包む、
見たこと無いくらいのべっぴんさんだ。
どうもジパングでいうところの女中さんの服であるらしい。
だが腕や頭を始め体の各部が豪華な羽毛で覆われ、
特に後ろからは尾長鳥のような長い尻尾が生えている。

「あんたあ、妖怪か。」
「はい、ご主人様の国の言葉で仰られる所の妖怪です。
キキーモラのドメスティカと申します。」
「ん? ちょっと待て。」
「何か御不明な点が御座いますか? でしたら何なりとお尋ね下さい。」
「俺を買ったのはあんただよな。」
「ええそうです。私(わたくし)がご主人様を買わせて頂きました。」
「俺の主人があんたではなく?」
「はい、私は貴方様に御仕えするメイドで御座います。」

要領を得ない話しだ。
買った奴隷をどう扱うかは買主の胸先三寸だが、
買った相手に主人として仕えるなどという話しは聞いたことが無い。

「何だってそんな酔狂な。」
「急には理解しがたいかもしれませんが、私達はそういう種族なのです。
誰かに仕え奉仕するために生まれた種族なのです。
我々は仕えるに値する主を探すまでが半生、見つけてからが残りの半生。
そういう生き方をする妖怪なのです。」
「わざわざ高い金を出さずとも、
ただであんたみたいな別嬪さんに仕えて貰えるってんなら、
そこら中の連中が我も我もと立候補すると思うんだがな。」
「んな?!」

急に別嬪呼ばわりされ不意を突かれたのか、
ドメスティカの頬がボンッと染まり、全身の羽毛が逆立つ。
目を逸らすと長い尻尾を箒に見立ててその場をそそくさと掃き始める。

「そ・・・そんな恐れ多いです。美人だなんて。
でもそんな誰でも良いみたいな言い方は心外ですご主人様。」
尻尾を握り締めながら頬を膨らませて上目使いをするドメスティカ。

なんだこのかわいい生き物は・・・
それにこの尻尾・・・触り心地よさそうだな。
俺は主人か、なら尻尾くらい洒落で済むよな。

「ぎにゃぁ?!」

ホシュッとした何とも言えぬ尻尾の先を、
ニギニギすると俺の目の前でまた毛を逆立てて奇声を上げるドメスティカ。
やはり良い反応をするな。かわいい・・・

「ごごごご・・・ご主人様?!」
「いやすまん。その尻尾、昔うちで飼ってた鶏の松吉にそっくりでな。
ついなつかしくなって触りたくなった。
深い意味は特に無いから許してくれ。
俺は君の主人何だろ? これくらいはいいよな。」
「鶏扱い?! くく・・・それは少し屈辱的ではありますが。
でも、触りたいのでしたら言ってくだされば何時でも何処でも、
お求めに応じますわ。私はご主人様にお使えするメイドなのですから。」

言外にこっちは深い意味有りで、
そう言わんばかりにドメスティカはその美しい指を、
自らの膝から太股、腰から胸元にまで掛けて扇情的に這わせ、
先程とは趣の違う上目使いでこちらを見る。
彼女の着ている服はあまり体のラインが強調されるものではないが、
指を這わせることで、隠された彼女の美味しそうな体の線が浮かび上がる。

知らずに視線を奪われ、溺れそうな程たまった唾を飲まされる。
それをニコニコ笑顔で見ているドメスティカ。
見透かされているのだろう。
何ともしてやられた気分だ。
急に尻尾を握ったりした意趣返しなのだろうか?
彼女に対する評価を少し訂正せねばなるまい。
何このエロかわな生き物・・・
まあ何にせよ、彼女となら上手くやれそうではある。
選んでもらえたのは光栄だし単純にうれしいが、
それでも聞いておかねばならない事もある。

「俺は食うや食わずで明日をも知れぬ身の上だった。」
「存じております。」
「日がな一日働いて働いて、
武家だというのに刀も振らずただその日を生きてきた。」
「それも存じております。」
「何で俺何だ? 誰でも良いわけではないと君は言ったな。
その言葉通り、わざわざこんな地の果てまで来て高い金を払って、
俺を買ったんだろう? 君にそうまでさせるだけの価値が俺にあるとは・・・」

そう、彼女は妖怪だが、器量も良く素晴らしい女性だとは思う。
身分も低く、俺のような何も無い人間に仕えるなんてそんな事は・・・

「其処までです。」
彼女はピッと人差し指を目の前に立てて俺の注意を引く。
こちらの逡巡を切裂くような絶妙なタイミングだ。

「ご主人様の考えていることは判ります。
ですが、あまりご自身を卑下為さらないで下さい。
従者に対し主人が一番してはならない非礼ですそれは。」
「しかし・・・俺は。」
「笑顔で草履を編んでいらっしゃいましたね。」
「・・・それは、知っての通り今まで碌なものを食べれる生活じゃなかったんだ。
でも此処に連れて来られるまでに振舞われた食事は、
俺をすごく感動させたんだ。涙が出るくらいに美味しかった。
安いけど・・・初めて生きてて良かったと思えるくらいには感動したんだ。
その味を思い出しながら普段通りに夜は草鞋を編んでた。それだけだよ。」
「その姿を見て私は貴方に御仕えすることを決意しました。」
「・・・意味が判らないんだが。」
「別のことを考えながらも淀みのない手さばき、
今まで真面目に内職を続けてきた証です。」
「そうしなきゃ生きていけなかったからな、そりゃあ真面目にもなるさ。」
「そうやって真面目に真面目に務めてきた貴方様が、
飢えて死にそうになり、こうして地の果てで奴隷として売られている。
そんな事実が私の奉仕魂に火をつけてしまいました。
貴方様はもっと報われていい方です。
それに、思い出し笑いされている貴方様の笑顔は素敵でした。
私の御奉仕で貴方様を何時もあのような笑顔に・・・
そのように思ってしまいました。
そうしたらもう止らない。それが私達なのです。
どうか私に貴方のお世話をさせて下さい。」

もっと報われて良い。
目の前の女性にそう言われ、
諦めていた幸せとか色々な感情が目の端から溢れた。
世界は不公平なもの、そうクサってずっと押し込めていた感情が。

ドメスティカは何も言わず。
ただ手を広げ、こちらのしたいことを察してくれた。
俺は歪んだ顔を隠すように彼女の柔らかな胸元に顔をあずけ、
声を上げずに泣いた。

「これからよろしくお願いしますね。愛しい愛しいご主人様。」
その声はとても温かく、何とも染みた。

世界は不平等なものだという考えは変らない。
だが、不平等ながらに悪い事ばかりでもないらしい。


※※※


「初撃に全霊を掛ける流派か、弐の太刀いらずとでも言うのか?
その粋や良し、だが・・・まだまだ。」

食うに困り盗賊の真似事をしていたところ、
南海の鬼と言われた武人に負け。
奴隷として狭い船倉に押し込められて国外に連れてこられた。
其処で拙者はいつも通りと言われたので、
道場を模した場を用意してもらい、
何時ものように鍛錬をしていた。

夜が明けて買い手がついたと知らされ、
その者と引き合わされた。
爬虫類を思わせる尻尾や手足。
だがそれ以外の部分はりりしく美しい女子(おなご)のそれ。
種類は知らぬが妖怪だと一目で判る。
そやつは拙者を見据えるとニィッと笑い声を出した。

「あたしはリザードマンのシーイー。御託は不要だ。まずはこれで。」
そういうと、拙者に刀を渡して彼女は自身の剣を抜いて構えた。
細身の女性らしいその体とは裏腹に、隙の無い構えを見せる相手。
拙者は無心になり上段からの一撃を振り下ろした。
食うもの食って体調も戻ったその一撃は、
武太夫とやった時より冴えた一撃だったはずだった。
しかし、いとも容易く相手は全霊の一撃をいなして喉元に剣を突きつけて来た。
その差は武太夫との決着よりも明瞭かつ圧倒的であった。
船に押し込められるまでに武太夫より言われた事を思い出す。

「私も南海の鬼などと持て囃されているがな、
上にはいくらでも上がいるぞ?
ついこの間も部下全員率いて武装も十分用意した上で、
喧嘩を売った相手に負けたくらいだ。妖怪だったがな。
本気でやったことはないが、あそこにいる我が妻の碧も私よりたぶん強いぞ。」
「そんな馬鹿な。それが本当だとして何故そんな顔で言える?
悔しくは無いのか? 半生を賭して納めた武が無価値同然などと知って。」
「武人として悔しさはある。だが、同時に楽しくもある。
世界の何と広いことよ。そして己の何と小さい事よとな。
御主も良い機会として世界を見てくるといい。きっと目から何枚も鱗が落ちるぞ。」

これが・・・これが世界の片鱗か。
いきなりあった相手がこれ程の使い手とは。

「ん? どうした呆けちまって。自信が砕けちまったか?
でも駄目だぜ。あんたはあたしが買ったんだ。
どんだけ泣き言を言おうが、喚こうがおかまい無しに鍛えるかんな。
そんで・・・何時か・・・何時かあたしから一本取ったら・・・だな。」
「取ったら?」

何か急に目の前の妖怪の歯切れが悪くなった。
顔も心なしか紅潮しているように見える。
尻尾もビタンビタンと所在無げに地面を叩いていた。
拙者のあまりの不甲斐なさに怒っているのだろうか?

「いっ! 言わせんな!! 恥ずかしい。」
「うげえええ。」

プイと振り向き様に飛んできた尻尾に打たれて地面と平行に飛ばされる。
転がる拙者の目の端に草葉の陰からシーイーを見る二つの人影が止る。

「くぅ。宣言どおり男ゲットしたのねシーイー。」
「卒業・・・ドクシンジャー卒業。」
「泣かないのルマーカ、別れってのは何時だって突然何だから。」
「また・・・行き遅れた。しょぼん・・・」
「今夜はとことん飲みましょルマーカ。」
「ラパン マイ フレンド(仮)」
「あたしもよルマーカ。(仮)ってのが引っかかるけど・・・」

そんなウサギっぽい妖怪とナメクジっぽい妖怪の台詞を横目に、
拙者の意識は深い闇の底に途切れるのだった。


※※※


盛況のうちに夜も更け、ほとんどの商品が売れていくなかで、
今だ参加札の掛かっていない商品が一つ。

係のものが見に来てため息をつく。
「うーむ、仕入れ側の要望でセット販売したが、
やはり一家で欲しがるようなものはいないか。」

そんなカメロの係りの者に話しかける声が一つ。
「ふーん。こんな時間になっても売れ残ってるのはどんな奴かと思ってみれば。
一家四人で揃って販売なんてどうしてそんなことをするんだい?
値段もだいたい三人分が基準だし、売れ残るよね普通は。」
「ん? まあ仕入れがこのカメロでも顔役のギルドでな。
その要望でこんなことになってるわけだ。
もっとも売れ残ったら次回にバラ売りするか、
このカメロで労働力としてこき使うしかないけどな。
どっちにせよ面倒だから売れてくれるに越したことは無いんだが。」

その人物は年若く少年と言っていい風貌だが、
着ている物や立ち居振る舞いから育ちの良さを伺わせた。
そしてその後ろには付き従うように一人のメイドが佇んでいた。
「どういたしましたぼっちゃま? こちらの方々をお買いになられるのですか。」
「正直労働力が欲しいだけだったからね、
適当に売れ残りを買い叩こうと思っていたんだけど。
ちょっと興味が沸いてきたよ。
何々、父親に暴力を振るわれた形跡ありか。」

少年は少し考え込むと係の者に耳打ちした。
「ルールを承知で頼むけどね。中の者と少し話をさせて欲しい。
その結果如何ではこの値段で僕が買ってもいい。」
「そ・・・それは・・・」

係の者も周囲を見渡すが彼の経験上、
大体周囲の人の流れでこれはこのままだと売れ残る。
そういった確信があったので独断でルールを曲げた。
売れればそれくらいの裁量は許されるだろうという確信もあった。

「しょうがない。音を遮断する魔法のみ解いたぞ。
これで会話だけなら出来るはずだ。目立たないように頼むぞ。
見つかったらうちの信用問題になるからな。」
「判ってるよ。アレニエ、周囲をさり気なく見張ってて。」
「承知いたしました。クリザリッドぼっちゃま。」

そう言うとアレニエと呼ばれたメイドの頭部に変化が現れる。
その額に線が六つ入り其処から赤い小さな宝石のようなものが出てくる。
それは蜘蛛の複眼、彼女はアラクネのメイドなのだ。
その広い視野で周囲を見張るアレニエと係りの後ろで、
クリザリッドと呼ばれた少年は家族に話しかけた。

「ねえ、ちょっといいかい? 質問に答えてほしいんだ。」
「ん? 確か外からの音は聞こえないはずだが。どうなってんだ?」
「それはちょっと無理を言って一時的に解除してもらってある。
少し話がしたくてね。ちょっとお子さん二人と話をさせて欲しいんだ。」
「いいですが。おいお前達、姿は見えねえが何か外にいる方が話をしたいとよ。」
「うん。判ったよおっとう。」
「退屈してたんだあ。お手玉も飽きちゃった。」

息子と娘が寄って来る。
「ちょっと意地悪な質問をするけど許して欲しい。
君たちはこの男の人に暴力を振るわれたらしいね。
それでも今見ているとそれを感じさせないくらいに仲良く見える。
どうしてかな。 怖くは無いのかい?」

その質問に対し二人は顔を見合わせると少しブスッとしながら応える。
「とうちゃんがおかしくなったのは全部オサムライが悪いんだ。
うちの大切な米を無理矢理取っていって、
それからとうちゃんは荒れちまったんだ。
それまでは意味も無くぶつようなことはいっぺんだってしたことなかった。」
「んだ。おらたちおっとうの事今でも好きだ。
うめえ飯を食わせてもらっておっとうも元の優しいおっとうに戻ったし。
そんなこというお兄ちゃん嫌いだ。」
「ははは、ごめんごめん。
そうか、それくらいでは揺るがないくらいの日々を積み重ねてきたんだろうね。
うらやましい話しだ。いいよ、決めた。おにいさん、この一家は僕が買おう。」
「毎度有りおぼっちゃん。こっちとしても助かるよ。
先方の顔も立てれるし、商売としても売れ残りの在庫を抱えるのはよくないからな。」

クリザリッドは参加札をその一家の場所に掛けると奴隷市の会場を後にした。
宿泊施設に帰る道すがら影のように付き従っていたアレニエが話しかけてきた。
「よろしいのですか? 労働力なら4人もいらないと思いますが。」
「現時点ではね。君の負担を減らして二人の時間を増やすために、
一人分くらい労働力が欲しかっただけなんだけどね。
気が変った。水槽に観賞用の魚を入れるように、
あの一家を飼うのも悪くないかなと、そう思っただけだよ。」
「クリザリッド様。」
彼の生い立ちを知るアレニエはそれ以上何も言わない。

その日、クリザリッドの購入を持って奴隷市は完売した。
ジパングから攫われた奴隷達はみな何処かの誰かの元へと買われていった。
その後の生活が幸せかそうでなかったかは当人達のみぞ知るところだが、
後にヤオノが組合を通して独自に行った調査では、
数年たった後も皆壮健で暮らしていたらしい。
14/02/09 09:29更新 / 430
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■作者メッセージ
外付けのHDDが死んだり車が雪に嵌ったりと踏んだり蹴ったりな最近。
面倒でも大事なデータはこまめにバックアップとっておくべしですよ。
サルベージ料金で8万ちょいとられました。まあ勉強代というやつですな。
嫌な経験もネタの肥しと考えれば大抵は許せるのですよ。




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