連載小説
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拐引(かいいん)
夜も更けたとある農村の一軒屋。
其処に暮らす一家が寝静まろうかという時分のこと。
引き戸が開く音にみなが戸口の方へと目をやる。

しかし闇夜に紛れて何が入ってきたのか見えず、
家主である男は声を掛ける。

「もし、どなたかいらっしゃったのですか?
生憎暗くて見えません。用があるのであればどうか・・・」

家主が全てを言う前に軒先に灯りが燈る。
「どうだ、明るくなったろう。」

紙の束が燃えていた。
その紙は藩札、各藩が自前で発行した通貨である。
数年前であれば多額の金子となったそれは、
今やこの藩の財政の崩壊により価値が暴落していた。

「ひひ、暖も取れるし灯りにもなる。
ほんとありがてえよなあ、上士様々だあ。」
「おら、起きろ手前ら。金は幾らでもあるからよ。
米と食い物をあるだけ出せや。そうすりゃ命だけは助けてやっから。」

小汚い身なりの明らかに柄の悪い連中が数人押し入ってきた。
みな腰に帯刀している。

「な・・・藪から棒に何です? 出せるわけないでしょう。
今日だって稗や粟を混ぜた粥を一食しか食べられてないんだ。
幾ら積まれたってそんなもんもはや紙切れじゃないか。
大体・・・こうなったのもあんたらっ ぐぅ・・・」

男の鳩尾に鞘が突き刺さる。悶絶して転げる家主の男。

「解ってないようだな。これは命令だ。お前に選択の余地など無い。」

一団の後ろに控えていた頭と目される男が静かに言った。
その男がじろりと狭い屋内と家族全員を見回す。

「む・・・」

息子と娘がいたが、その息子の首に出来た痕を見て動きを止める。
「おい。」
「へい、御頭。」
「その童(わっぱ)の服を脱がせ。」
「・・・御頭・・・そういう趣味でしたっけ?」

脱がしながら言う手下の手が止る。
その服の下には痣だらけの体があった。

「全員脱がせ。面白いものが見れそうだ。」
上半身をひん剥かれた家族の体にはみな痣があった。
ただ一人を除いては。

「ふ・・・これはどういうことかな?」
青い顔をする家主、彼の体だけは綺麗なままだ。
この家の中で何が行われていたかは明白であった。

「人のことを言えた義理じゃないが、
とんだ屑よなあ。切り捨ててもいっこうに構うまい。」
男は恐怖から目を瞑るが、抗議は意外な所から上がる。

「やめて、おっとうを切らないで。」
「そうだよ。こいつはろくでなしだけど、
こうなっちまったのも全て、
あんたら侍が苦労して作った米を無理矢理持って行っちまってからだ。
あたいの亭主を屑呼ばわりする前に、
自分達の姿を鏡で見直したらどうだい。」
「お・・・お前達。すまねえぇ。」

暴力を日頃振るわれていたであろう家族から擁護の声が上がる。
その言葉を聞き、御頭と呼ばれる男は静かに笑う。
「はっは、耳が痛いの。では要望通り、
切り捨てるのは家族揃っての方がよさそうだ。
お前達、家捜ししてめぼしい物を見つけたら報せろ。
俺は外で見張ってる。」
「へい、御頭。それと・・・そのう。」
「へへ、しばらく時間が掛かるかもしれませんがいいですかね。」

床に転がっている二人の半裸の女に目を向けながら言う手下達に対し、
彼は嘆息して言った。

「手早くすませろよ。」
「やったぜ。久しぶりのわけえ女だ。」
「まだガキじゃねえか。良い趣味してるぜおめえ。」

その時、彼は気づいた。
静か過ぎる。外で見張りに立たせている二人の気配が無い。

「待て、手前ら。何かおかしい。」
「お・・・おかしら・・・」
「かっ・・・体が・・・動かねえ。」

帯を緩める間抜けな格好のまま、手下二人は動けなくなっていた。
頭領は一気に外へ駆け出し。闇夜に吠える。
「何奴?!」

するとその声に応えるように、闇の中から黒服の集団が滲み出てきた。
黒い服装に鬼の面で顔を覆った数人の集団が其処にはいた。
その中の先頭に立つ者を見て、彼は思わず震える。
(何と隙の無い立ち姿。相当に使うなこいつ。)

「藩の犬・・・ではないわな。幕府の手の者ってわけでもなさそうだ。
誰かは知らぬが、相当な使い手と御見受けする。」
そう言うと彼はスラリと刀を抜いて構えた。

「ほう、示現の使い手かそれも中々の・・・」
鬼面の男も刀を抜き放つ。一般的なものより長く太い野太刀。
賊はその刀を見て感嘆する。

(長い、あんな重くて長いものを・・・それに我が流派を知っているのか。
いや、無想にて放つ初太刀こそ示現の骨頂。
迷うことも無し、ようやく・・・来るべき時が来たと言うだけのこと。)

賊の頭領は上段に構え、鬼面の男も鏡のように同じ構えでぴたりと動きを止めた。


※※※


その頃、家の中では動けなくなった賊二人の前に、
どこから現れたのか一人の女性が立っていた。
彼女も全身黒ずくめの服と般若の面を被っているが、
出るところの出たスタイルが女性であることを隠せていない。

「て・・・てめえ、何しやがった。」
「影縫いの術だ。下衆共、死すべし。」

彼女の爪先が男たちの精子製造機にめり込む。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッツツ!!」
「くぁwせdrftgyふじこlp」
「安心しろ、機能には一切異常のない蹴り方を心得ている。
無論、痛さはまったく軽減されぬがな。」

たまひゅんしている家主とその息子以外、
もはや誰も聞いてない講釈を垂れる女性。
そして彼女は縛られた家主達の元へと赴く。

「何処の何方かは存じませんがありがとうごぜえます。
御手数ですが、縄をほどいちゃくれませんか。」
「いえ、それは出来ません。」
「な・・・何だって?」
「悪党をやっつけたからといって我々が悪党でない。
などということは無いのですよ。残念ながら。
彼らは米を奪いにきたようですが、私達は貴方達を攫いにきました。」
「・・・はあ? こんな骨と皮だけの我々を攫ってどうしようってんです。
あと一週間だって生きてられるかどうかって状況なのに。」
「そうですか、間に合ってよかった。
攫って売るんですよ。貴方方は知らぬかもしれませんが、
諸外国では高くかってくれる市場もあるのです。」
「一生こき使うのか、それともばらして薬の材料にでもするってんですか?」
「・・・どうなるのか、くわしいことは私も知りません。
ですが最低限の衣食住は補償されます。飢えて死ぬ事だけはありません。」
「それはいい、此処に比べればそれだけで天国ってもんですよ。
出来れば家族で一緒にいられれば尚良いんですが、流石に望みすぎですかね。」
「貧困が原因とはいえ暴力を振るっておいてですか?」
「だからですよ。このまま別れたんじゃ一生償えないでしょ。」
「・・・善処しましょう。確約は出来ませんが。」
「ありがとうございます。みんなもそれでいいよな。」

「ああ、あんた。このまま此処に居たって野垂れ死ぬのがおちさ。」
「行こう。おっとう。」
「おっとう。」
縛られていた家族たちからも賛同の声があがる。
彼らからしてみれば得体の知れぬ相手だが、
藁にでもすがりつきたい程酷い状況なのだ。
彼らの縄を解きながら女性は言った。

「攫われてくれてありがとうございます。それでは行きましょう。
外もそろそろ終わっている頃でしょうから。」

家の外から太い金属音が聞こえた。

女性と家族達が外へ出ると、其処には刀を折られた賊の頭領が蹲っていた。
上段からの防御を捨てた必殺の初撃、互いに同じ斬撃を放った二人。
剣速もタイミングも互角であったが、太刀の質量と長さで勝る。
鬼面の男の一撃が相手の刀を断ち折って勝利していた。

「殺せ。貴様らが何者であれ、拙者を生かしておく理由も無かろう。」
「中々の使い手であった。
国元ではそれなりに名の知られた道場の師範か何かであったのだろうな。」
「ふん、世辞はよせ、そんな大物で同じ剣速を出された時点で、
拙者は貴殿の足元にも及ばぬ。それくらいは分かるわ。
良ければ名を教えて欲しいものだ。冥土の土産に負けた相手の名くらい知っておきたい。」
「・・・貴殿はもうしばらくはジパングの土を踏めぬであろうからな。
だから言っても構わぬだろう。拙者は武太夫と申す。」
「武太夫だと・・・南海の鬼が何故このような。
いや、良い。納得の強さだ。それに最後の相手として申し分無し。
それ以外は蛇足というもの・・・」

男は観念したのか、其処で口を閉じる。
だが武太夫から男にとって思いもかけぬ言葉が飛ぶ。
「一人で覚悟を決めている所悪いがな、御主も御主の部下達も、
誰一人我らに斬るつもりは毛頭ない。」
「なっ。?!」
「流石に刀は没収するし全員を縄で縛らせてもらうがな、
我らは人を攫いそれを売る立場よ。御主らもみなその商品とさせて貰う。
みな武士とはもう呼べぬ身に落ちることとなるだろうが、
それでも最低限の衣食住は補償されよう。」
「そんな美味い話が、あるっていうのか?」
「無論貴殿らは罪人、少々の窮屈はしてもらうが、
みなの命はこの武太夫が保障いたそう。」

だが、家族を助けていた女性から憤りの声が上がる。
「食べられぬからと刀で押し入り無理矢理に米を奪い。
あまつさえ女は犯して殺す。人の風上にも置けぬ外道ですよ。
何故そのように配慮なさるのですか。武太夫様。」
「まっことその通りよ。碧(あおい)、お前が正しい。
だがな、人は弱い生物よ。正しくあれぬ者のほうが多い。昔の私のようにな。」
「それは・・・ですが、自ら命を断とうとした貴方様と、
他人を踏みつけてまで汚く生きようとするこやつらが同じとは思えませぬ。」

「自分の身一つであれば腹を切ればそれで良いのだろうがな、
私には伝があった。五郎左衛門の汚き仕事をして得た伝がな。
それ故、弟子や抱える小姓達に次の勤め先の渡りを付けられた。
だが、もしそれが叶わぬ状況に成った時、
どのように下の者達を食わせていくのか私に答えは出せぬ。
こやつは苦渋の選択としてこの道を選んだはずよ。
現にこやつ、私に斬られて死ぬつもりであった様子。
大方、無法を働いておればその内斬られるか捕まって死罪。
それまでは他者を犠牲にしても身内を食わせていく。
最初からそういう腹づもりであったのだろうな。
同じような事で悩んだ私にはこやつの行動が他人事のような気がせぬのよ。
それに恐らく、斬った人数では私の方が上よ。私も糾弾するか? 碧。」
「・・・・・・浅慮な事を申しました。どうかお許し下さい。」

碧は膝を付き深々と頭を垂れた。
そんな碧に対し、武太夫は頭を振る。
「許すも何も言ったであろう。正しいのはお前だ。
お前は何も間違ってなどおらぬ。
それで良いのだ。もし私が再び間違えたら、
お前や弟子達が私を諌め止めてくれる。
そう信じておればこそ、私は迷わずに己の正義を貫けよう。」

そう言って頭を撫でる武太夫の手を心地よさそうに受け入れる碧。

「さて、そろそろ話しは済んだでござるか御二方。」
急に頭上から声が降ってくる。
其処には鳥を模したような黒塗りの大きな紙が複数浮んでいる。
いざなぎ流の大天(だいてん)ぐう、という物部(ものべ)の術である。
戦闘力は皆無だが、短い距離ながら人や物を載せて飛べる上に、
複数同時に出して使用可能な便利な代物である。
普段は白いが闇夜に紛れるために今は黒塗りの特製のものを使っている。

他藩への侵入は碧の忍術で一行の姿を隠して行うが、攫った人の運搬はこれで行われる。
全員が全員こちらの言う事に素直に従うわけではないからだ。
関所越えなどの時に下手に騒がれたり暴れられれば、
碧の術が掛かっていても発見される恐れがあったため、
手出しや脱走の出来ぬ空の上から人々を海へと運んだ。
そうして集められた人々は、そのまま直に船で国外へと送られていくのだ。


※※※


集められた人々の前には大きな船が波に揺られていた。
その前で、組合の一人であるアマヅメがバンダナで頭を縛り、
横じまの入った服を着たいかにもな男と話している。

「それではこの方々をよろしく頼みましたヒュームズキャプテン。」
「俺は副キャプテンなんだがなあ。まあ実務は全部俺がやってるわけだし、
対外的にはそれでいいのかもしんねえけどよ。
ああ、それと本当にいいのか?
うちは元々客船じゃねえからちゃんとした部屋は人数分ねえぞ。
そんなに長くはならねえだろうが、
船底にある収納スペースに奴隷船の如く鮨詰め状態にしなきゃ、
この人数は載せらんねえわけだが・・・」
「それについてはこちらのリストをご覧下さい。
まず殺しをしたことがある者など、
罪人には罰として航海の間ずっと鮨詰めになってもらいます。
そうでない人々に優先して部屋を使わせてください。
それでも足りない場合は半日交代でローテーションさせる形で、
部屋の方たちに鮨詰め状態で我慢してもらってください。」
「ふんふん、集めてくる過程で分けてあるのね。
了解了解、そんじゃ頂いた分の仕事はきっちりかっちり受け持つぜ。」
「よろしくお願いしますクラーコフ海賊団の皆さん。」

縄をかけられている者そうでない者と色々いるが、
みな一様に痩せこけた頬をした一団がぞろぞろと、
船員達の誘導にしたがって船に乗り込んでいった。
全てが収納し終わった後、ヒュームズは甲板の先頭に立つ。
その船体は普通の帆船の形状をしていたが、所々おかしな形をしている。
まず、マストが一本も無く、かといって横から櫂などが突き出ているわけでもない。
さらに舵があるべき場所には伝声管が何本か突き出してるだけだ。
ヒュームズと呼ばれた男はその一つの蓋を開け話しかけた。

「それじゃキャプテン、準備が完了したみたいなんでお願いします。」
「は〜〜い〜〜。」
間延びした声が返ってきたと思うと、船はゆっくりと波を割いて進み始めた。


※※※


「む、妖しげな船影が。」
「ついに来たか。」

海上には幕府の船が陣取り、
其処を通らねば外洋に出れぬ要所を押さえていた。
南海を中心に、各地で謎の集団が人攫いをしている。
そのような報が各藩から幕府に上がり、
幕府側としても動かざるを得ない状況となった。
現状貿易を禁ずる立場上、外洋での取り締まりは他藩に任せられないからだ。

人を攫ったところでジパングでは価値が無い。
完全でなくとも戸籍制度がきちんとあり、
急に大量の人数が増えればすぐにばれてしまう。
他藩への許可なき亡命は当然重罪であり、
ましてや人を攫って売り買いするなどという事までばれれば、
いかな理由があろうと重い罰に処されるのは明白であった。

ならば攫われた人々は何処に行くか。
幕府も愚かではない。
国外に売りに出るという結論にはすぐに彼らも至った。
故に、彼らは賊が出る夜を待って毎日海上の要所を張っていたのだ。

幕府の関船がするすると近づいてゆく。
その帆には葵の紋所が大きく記されており。
月明かりの下でもはっきりと彼らの所属を相手に伝えていた。
観念したのか、追いかけられた船はすぐに減速すると横付けを許した。

船頭らしき男に改め方である男が近づく。
「一体全体何用でしょうか?」
「荷を改めさせてもらう。
近頃夜な夜な人を大量にかどわかす不逞の輩が闊歩しておる。
その人数より方法が船での輸送というのは明白。
故に夜中に荷を運ぶ船は全て改めさせてもらう。」
「さようでございますか。それでしたら何なりと。」

「よし、片っ端から調べたおすのだ。
何なら床板の一枚や二枚はがしても構わん。」
「ちょっ?! お手柔らかにお願いしますよお役人様。」

その後、壁や床下まできっちり調べたにも関わらず。
その船に乗せられていたのは鋤や鍬などの農耕具だけであった。

「もう行ってよろしいですかね。こちらも商売です。
遅れたぶんを取り戻さねばなりませぬゆえ。」
「一つ、何故此処を通る。此処は外洋に出るための道。」
「へえ、確かに此処は外洋に繋がっております。
ですので普通は船が通りませんが、
武蔵へと抜けるには都合が良い道の一つでもありまして、
我々はこの道をよう使っております。」
「・・・紛らわしき故、しばらく使用を控えよ。
それでは大儀であった。もう行ってよいぞ。」

釈然としないものを感じながらも、改め方の男はその船を見逃した。


※※※


海上で一つの商船が荷を改められていたころ、
水面下では鯨の様な大きな影が外洋へ向けて移動していた。
それはクラーコフ海賊団の船、クラーコフ号であった。

その船の喫水線の下には幾つか穴が開いている。
其処には普段外開きの蓋がしてあり水が入らないようになっているが、
今は蓋が外されていた。そしてそこから伸びる長い長い4本の触手、
それが海底や岩に絡みつき、引き寄せるように船を牽引していた。
船体から比べると糸のように細い触手だが、
パワフルにグイグイと船を引っ張り進めていく。
水に浮ぶ浮力を持った船を沈め進める馬力をその触手は備えていた。

そしてそのまま外洋へと出たところで、
船はその浮力に任せるまま海上にするすると浮上した。

魔界製の特殊な木材と金属で組み上げられ、
ルーンの力も借りて防水機能を完備した潜行可能な特殊船。
それがこのクラーコフ号である。
水中移動のために邪魔なマストや帆を排してあり、
その結果動力が船長の腕力頼りというユニークな仕様になっている。

「ヒュ〜〜、もう〜潜らなくって〜〜いいの?〜〜。
あたし〜〜〜まだまだだいじょ〜〜ぶよお?」
「ええキャプテン、今日は客人が多いですから、
あんま潜ってると酸素が無くなっちまう。
俺達はそれでも大丈夫だけど客人方は窒息しちまいますんで。」
「それはたいへんね〜〜〜〜。しんこきゅ〜〜〜。すは〜〜〜すは〜〜〜。」

鮨詰めの船底が船の後方側にあり、
その前方には操縦室とも言うべき部屋がある。
この船の主は其処にいた。
ヒュームズの妻でありこのクラーコフ海賊団の船長。
クラーケンのキャプテンセピアである。
容姿は一般的なクラーケンのそれと相違ないが、
片目にはハート型の眼帯をしており、
さらにジョリーロジャーが入りピンクのリボンが付いた
二角帽子(バイコーン)を被っている。

ちなみに眼帯は伊達である。
どっちもそのままだと威厳が無いし、
ただでさえ船長っぽくないからとヒュームズがプレゼントしたものだ。

セピアは良く判らないながらも、
ヒューのプレゼント〜〜〜♥と大層気に入っており、
基本的には外すことはない。

「さあて、もういいぜイシュカ。船底栓を閉じて自由にしてもらって。」
ヒュームズは船底をコンコンと二度叩くと、
蓋が独りでに閉まり始める。前方に開いていた四つの穴が皆閉じられる。
そしてその後にその穴からずるずると這い出てくるものが4つ。
部屋の中央でくっつくと一つの大きな粘体になって立ち上がる。
赤いゼリーのようなそれはレッドスライムのイシュカだ。
蓋を開け閉めする仕事や、
セピアが脚を出して船を動かしている間や蓋が開いている間、
水が入らないように変幻自在な膜を作る役目を担っている。

「ヒュームズ、予想通りっちゃあ予想通りだが、
やっぱりみんな酷い船酔いだ。このままじゃ船中が酸っぱい匂いになっちまう。」
伝声管の一つから船員の声が聞こえる。

ヒュームズは頭をぽりぽり掻くと、
セピアに振り向いて言った。
「キャプテン、聞いての通りです。
ゲロで船が沈む前に何とかしてきますんで、お楽しみはその後に。」
「わ〜た〜し〜は〜〜。べつに〜〜〜いいわよ?〜〜〜〜」
「いえ、そうもいきません。此処は俺達の家でもありますから。」

そう言われてセピアも頬杖付きながら頬を染める。
「も〜〜〜しょ〜〜がないわね〜〜〜〜。
ヒュ〜〜、いってらっしゃ〜〜〜〜い。」
うねらうねら足と腕を振りながらセピアはヒュームズを送り出す。

「イシュカ、とりあえずユーを連れてきてくれ、多分大量の水がいる。
あと毎度エチケット袋代わりにしちまって悪いがムースの奴もな。」
イシュカはこくりと頷くと、形を崩して壁を這っていってしまう。

「はー、毎度の事とはいえ移動方が特殊な所為で、
うちの船は独特の揺れ方すっからなあ。
こればっかりは慣れてもらうしかねえぜ。」

ユーとはネレイスの女性船員だ。
元精霊使いでウンディーネの使い手である。
彼女を船員にしてから海水から手軽に真水や塩が精製出来、
飲み水の心配が無くなった。その分積める荷物も増え大助かりだ。
普段は船外を泳いでいるか、船内の携帯ビニールプールの中にいる。
ウンディーネ使いなので、その気になれば地上を泳ぐことも出来るため、
船内の移動は特に苦労していないようである。

ムースはイシュカの友達のバブルスライムだ。
当初はイシュカと一緒にくっついて来ただけで、
悪臭を放つ厄介者扱いだったが、
汚物の浄化作用を持っていることが判り、
今では船内の掃除係を一手に引き受けている。
水垢だろうが泥だろうが、おねしょだろうが吐しゃ物だろうが、
彼女が這いずり回った後はあっという間にピカピカになっている。
掃除の後は特に悪臭が酷くなるので、
彼女の夫である船員と甲板の後ろの方でセックスしながら、
匂いが抜けるのを待つのが日課である。
(もっとも夫曰く、掃除後の臭いがまたたまらないらしい。)

彼女も掃除の後はより夫が燃えるご褒美セックスと判っているらしく。
掃除が終わるとおずおずと夫の元へと這い寄っていくのだ。

順番に乗客を甲板に上げて吐ける者達には吐かせ、
間に合わなかった者達の汚物はムースに処理させる。
ユーの作った水を飲みながら潮風に吹かれて乗客たちは船の酔いを醒ましていた。

ヒュームズは状況がある程度落ち着いたところを見計らって船員に声を掛けた。
「しばらくはこのままの体制で潮の流れに任せる。
でお前の判断で客たちがある程度回復したと思ったら呼んでくれ。」
「了解ですヒュームズさん。ヒュームズさんは?」
「野暮な事聞くな、船長んところだよ。
ほんとは浮上後すぐの約束だったけど遅らせちまったからな。
いっぱいかわいがってやんねえとさ。まあ本人は気にしてねえだろうけど。」
「了解ですヒュームズさん。」


※※※


天守閣からすっかり建て直り、
前以上に栄えている城下町を見下ろしながら正信とヤオノは語らっていた。

「本当にこれで良かったのかなあ。」
「まだ気にしてるの? 正信。」
「人を売って稼ぎにする。そりゃあやっぱ抵抗あるよ。」
「何度も話し合ったじゃない。
他藩の政治には簡単に口を出せないし、
かといって秘密裏に大量の移民を藩に受け入れればばれる。
みなの命を守るには国外に逃がすしかないって、
そのついでに儲けることは悪だとは思わないわ。」
「でも彼らには選択の権利すらないわけだろう?」
「一人一人と長々問答する時間は無い。
うちの人手じゃそんなことをしていたら救える人も救えない。
時間との勝負なのだから、
正直このやり方だって餓死者をゼロには出来ないわ。
それでも、出来る事は全部やるべきだし。
そうして儲けたお金でもうこんな事が起きない国づくりする。
その第一歩からそんな弱気でどうするの?」

手を握りながらヤオノが下から訴えるように言う。
そのかわいらしいオデコに軽くキスをする正信。
「ぬなっ!」
「ありがとう。僕は君を好きになって本当に良かったよ。」

オデコをさすさすしてドギマギしながらヤオノも返す。
「私こそ貴方がいてくれなければ今此処に生きてさえいなかったのよ。
あの時貴方が言ってくれたように、私もあなたとずっといっしょ。
辛い事もあくどい事も喜びも悲しみも全て、
手と手を携え、共に支え共に引き合って私達は夢を叶える。」
「そうだね。こんな後ろで座ってるだけの僕がこんなざまじゃあ、
現場で頑張ってくれてる武太夫様や物部さん達に失礼だ。
ずっときつい思いをしているはずだろうし。」
「ええ、そうよ。それと正信・・・そのう。」
「ん? どうしたの八百乃さん。」
「さっきの・・・おかわり。」
「・・・一杯といわずいくらでも。」

そういうと正信は最初のオデコに、
次に頬、首筋と下っていくとヤオノの前をはだけて鎖骨胸元へと顔を下ろす。
情熱的な口づけを体中にまぶされてヤオノは絹の裂けるような声を上げた。

「正信・・・いい・・・もっと。ああっ♥」
愛する妻の求めに応じ、正信は一度顔を上げ、
視線を合わせると顔を傾けて口と口でキスをした。
唾液と舌を交換し合うかのように絡ませ吸い、流し込む。
互いの体が熱くなり自分と相手の吐息と心音だけが世界の全てになる。

ヤオノは瞳孔を開き瞳を濡らすと、目を細めて視線を下に向けて催促した。
正信もそれに応えて、着崩れて晒されたヤオノの体を再びキスをまぶしながら下る。
目的地のピンクの蕾に到達し正信は溢れ出る蜜を啜ると、
すぐに己の舌を刺し込みうねらせて蕾を散せる。

「ッッッアアアアッ♥」
言葉にならない獣の様な甲高い声を上げるヤオノ。
正信はさらに調子に乗って攻めようとしたその時、
自分の口内の違和感に気づく。
差し込んでいたはずの舌が何かに押し返され、
正信の口内に何か熱いものが差し込まれていた。

目の前の光景も何かがおかしい。
かわいらしい着物は男の物へと形が変り、
細く適度な肉付きの小さな足は太く硬いものへと変っていた。

見上げると正信の目の前には着崩れはだけた姿の定国が、
頬を紅潮させ荒い息を吐いていた。
「むごっ?!」

正信は口内のナニを吐き出すと定国(ヤオノ)の視線の先を見る。
其処には元五郎左衛門一派の家老が生暖かい目で二人を見ていた。
当然彼はヤオノが影武者をしている事を知らない。
行為に夢中になり接近に気づかなかった二人だったが、
ヤオノは流石に戸が開く寸前でその事に気づき慌てて変化をしたのだったが・・・

「ええ、少々・・・定国様に伝えたき事がございましたが。
間が悪いようですので・・・また・・・日を改めたいと存じます。
おほん・・・いや、若さですなあ。若い・・・若い・・・」
何度もわざとらしく咳きをしながら、その家老は何も触れずその場を後にした。

一気に冷や水を掛けられたかのようになった二人は、
何も言わず。ただただ着ている物を直して向き直った。
そのまま長い長い沈黙の後、正信から声を発した。

「・・・どうする?」
「・・・・・・人の噂も・・・七十五日・・・たぶん。」
「そだね・・・・・・」

だが、正信は同時にある言葉も思い出していた。
人の口に戸は立てられない。
14/01/05 12:13更新 / 430
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■作者メッセージ
後年の資料によると、この飢饉とその余波によって大量の餓死者が発生した。
そう記されたものがほとんどであるが、同時にそれだけの大量の遺体によって、
疫病などの病が流行るなどした記録は存在しなかったという。

幕府の対応が素早く、各藩ともに遺体をそのまま野晒しにはせず。
埋めるか燃やすかしっかりしたからだと言われているが、
真相は定かではない。

次回、攫われてアフターズ
市場(しじょう)

お詫び、
最初バースの方で間違って続編作成してしまい。
あっちが上がってるのはその所為です。
無駄に枠を使ってしまい申し訳ない。

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