連載小説
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銀主(ぎんしゅ)

山陰、丹波に店を構える料亭、
その奥まった御座敷には、
壮年から老年といってよい恰幅の良い男達が集まっていた。
飢饉から数年が経ったとはいえ、各地ではその爪跡がまだ癒えておらず、
何処の藩でも倹約や節制が奨励されている中、
男達の前には山海の贅を尽くした料理が並ぶ。

「このぶどう酒、おいしゅおすなあ。」
「これから仕事でっせ、飲みすぎんときましょ。」
「かめへん、かめへん。」

賑やかに酒を飲み交わす男達、
彼らはみな名のある豪商や金貸しである。

「いやあ、遅れました。」
「もう始めてらっしゃる。いけずでっせみなはん。」

さらに二人の男が合流する。
その二人の登場で場の空気が少し変る。

「おやおや、御二方も招待されましたんか。」
「鴻池(こうのいけ)はんに天王寺(てんのうじ)はん。
西側を代表する銀主(大名に金を貸す両替商)の御二方までお越しとは。
いやはや、どういうことなんでしょうなあ。」
「まあ、ただの宴席というわけではありますまい。」
「何せ、主催があの二つ岩ですからなあ。」

そう、此処に集められた彼らは。
ナジムが正信の要請に従って集めた者達である。
その顔ぶれは知る者が見ればそうそうたる顔ぶれである。

特に、鴻池と呼ばれた男は西側の金貸しの中でも抜きん出ている存在だ。
元は伊丹で酒造を営んでいた彼の先祖は、
清酒の大量生産方法を確立し、それを売って儲けた。
さらにその儲けを元手に船を買い、全国へ酒を売ることで財を成した。
陸路で大量の酒を運ぶのは不可能であったからだ。

そうした中で海運のノウハウを手にし、
海運業は大名の参勤交代時における運輸などのつてを作る。
こうして彼らは大名への繋がりを得て彼らへの金貸しを始めた。

武家はそろばん勘定を得意とするものが少なく、
彼らの銭勘定は杜撰であった。
故に、金貸しは財務を丸投げされることも少なくなく、
大いに儲かり鴻池の財力は瞬く間に膨れ上がった。

ついには幕府御用聞きの両替商にまでなり、
彼らはその資金回収を名目に各藩に人材を派遣、
町人でありながら藩政に関わるまでになっていた。
彼らの一族は分家も含め、
何らかの商業と両替商という二足の草鞋でそれぞれ栄え、
この日ノ本で最古の一つにして当時最大の財閥を形成していた。

今此処に来ている彼は、本家のトップ、
時代が時代なら財閥総帥という肩書きの男である。

「まあ、来ないわけには行きませぬでしょう。
あの二つ岩が話があるというなら内容は儲け話でしょうし、
ただこれだけの顔ぶれを一同に集めるなど、一体全体どうなることやら。」
鴻池はそう言うとぐいと一杯やって周囲を見回す。

金の貸し借りも含め、商談は一対一が基本だ。
それをこんな風に大勢集めるなど普通ではない。
「おお、やってますな。皆々様。」
「待ってましたよ菜慈霧(なじむ)様。」

少女のような背丈のメガネを掛けたふくよかな女性が到着する。
そしてその後ろにはまだ齢若い武士と、ナジムと同じくらいの背丈の少女が続く。
「皆様、御多忙の所わざわざお集まり頂きましてありがとうございます。
今回、菜慈霧様に依頼して皆様を集めて貰ったのは私の一存です。」

齢若い武士の説明を受けて男達の視線が彼に集中する。
商談相手としては若い彼を値踏みする様に視線が上下する。
そして銀主の中から天王寺が声を上げる。

「ああ、思い出しましたわ。あんさん達は五郎左衛門はんのところの・・・」
「覚えて置いてくださって光栄です。天王寺様。」
ヤオノがペコリと頭を下げて会釈した。

五郎左衛門の名前が出たところで、
銀主達もみな彼らの素性に気がついたようでざわざわしだす。
その中で鴻池は黙って二人とナジムを見ていたが、
満を持してざわめきを切るように声を出す。

「五郎左衛門様とは少なからず付き合いがありましたが、
寄る年波には勝てず。お亡くなりになったと耳にしております。
その後、藩政は名君である定国様と家臣、
藩民が一体となり飢饉とそれによる財政難を無事乗り越えたとのこと。
私はてっきり金子を何処かに追加で御借りに来られるかと思うていましたが、
そのようなこともなく何よりでございました。」

鴻池の言葉に周囲の銀主達は再びざわめき立つ。
彼の言葉にはある情報があけすけに載せられていた。
藩政を一手に仕切っていた五郎左衛門の死は当然みなが知るところであったが、
その後の混乱と飢饉という状況で金を借りないなどというのは、
脅威的どころかありえない域の話であった。
言外にどんなカラクリがあるのだ? という鴻池の問。
鴻池はちらりとナジムの方を見る。
どういう伝かは知らないが、佐渡に本拠を構える北陸の大金主である二つ岩。
彼女に金を借りたとするなら自分が知らぬのも納得であるが、
だがそんなことは出来ないはずなのだ。

「どないしました? 
そない熱う見つめられては照れてしまいますさかい。堪忍してえな鴻池はん。」
ナジムはわざとらしくそういうと扇子をシュピッと広げて顔を隠す。

(この女狐・・・いや女狸め。)
表面では取り繕いながらも、内心歯噛みしながら鴻池はナジムを見る。
幕府の御用聞きの両替商である彼に取って、
あの大飢饉は大きな商談のチャンスであった。
幕府に大枚の金子を貸付、金を稼ぎ恩を売る絶好の機会であった。
だが、幕府にほぼ援助という形で多額の金子を融通した者がいた。
ナジムである。彼女は飢饉でみなが飢えぬよう身銭を大量に切っていた。
幕府は金銭的には両替商に大きな貸しを作ることなく、
あの国難を乗り切ることに成功していた。

だが、商機を潰された鴻池にとってナジムはいけすかぬ女である。
まあその個人的な怨嗟は兎も角として、
彼女の懐は幕府以外に金を貸せる状況ではなかったはず、
故に定国らがどのようにあの飢饉の後を乗り切ったのか、
鴻池は解らずに言葉の端に問い掛けを載せた。

正信はその問に気づいてか笑顔で言う。
「此処に集まって頂いた皆様はみな名のある豪商ばかり、
目的が金子の融通であるのはお気づきでしょうが、
若輩でありお付き合いの実績も無い私にいきなり融通してくれ、
などと言われても皆様としても首を縦に振りにくいと思います。
ですので、鴻池様が仰った様に多額の金子を借りずとも、
我が藩が財政を立て直した経緯を説明し、
商いの相手として信頼に足る者である証を立てたいと思います。」

金の額も条件も言わぬうちから手の内を明かす。
そんな正信の言葉に商人たちは顔を見合わせる。

「まずこれを見ていただきます。」
正信はパンパンと二度拍手を鳴らす。
すると料亭の仲居達が現れて銀主達にいくつかの紙を配る。

「一枚目を見て頂きたいと思います。
それは我が藩の帳簿の一部で、
ここ十年ほどの我が藩の年貢米の取れ高を現したものです。」
「おや、おかしゅうございますな。」
「ええ、公的に我が藩の取れ高は5万石、
ですが実態は半分にも満たない2万石以下です。」
「あの藩の規模なら藩民への渡し米が6千石、
残りを金子に変えて1万8〜9千両、そのほとんどが藩の運営に消え、
利子の返済すら滞る。そんな額ですなこれは・・・」
天王寺が冷静に頭の中でそろばんを弾いて言った。

「流石です。天王寺様、ほぼぴしゃりといった内容です。
我が藩は財政的にほぼ破綻しており、それを粉飾決算で誤魔化していました。
不足分を国外との密貿易で何とか捻出しており、今までボロは出ませんでしたが、
皆様を騙して金を借りるような有様でした。」

銀主達はその話しに対しざわめきを大きくする。
そのざわめきは粉飾決算をして騙していた。
その事実に対するものではない。
この時代、そのような藩は他にもあり、ありえぬ事ではないからだ。
むしろ異常なのは最初から腹をあけすけに見せる正信のやり方だ。
いくら金を借りる立場とはいえ、武家は商人より上の立場だ。
それゆえ、弱みを見せずに高飛車に振舞うのが普通、
商人と商人の間であっても弱みや手の内を相手に見せぬのが鉄則だ。

ましてこんな超ド級の内容、
普通自ら明かすようなまねはこの場の誰であっても出来ない。
「このような状態で、
まともなやり方では借金は返済し飢饉を乗り切る事は出来ません。
五郎左衛門様が亡くなられた後、
定国様と我々は藩政の改革を一気に行いました。
贅をつくしていた家臣達の倹約は勿論、
私も含む藩士の会計を全て第三者である藩民の商人に委託、
藩民に隠れて贅沢をしていないかを公開しました。
さらに堺の蔵に貯蔵した米の売り買いを銀主に委託していましたが、
我々自らが米の相場をよみ自らの判断で売り買いしました。
そして最後の改革は藩内の産業復興です。
我が藩は鉄が取れる山が幾つか領内にありますので、
調べて当たりをつけた山々を二束三文で買い叩き、
藩の直営事業として鉱山の開墾を行いました。
工場も川辺に作り鉄製の農耕道具を自前で生産、
それらを藩が集中管理専売しました。」

一気に述べられた正信の言葉に対し、
銀主達は言葉もない。武家といえば金勘定の出来ぬ馬鹿ばかり、
それが一般的な彼らの武家に対する評であるが、
目の前の若造や彼の城主が行った改革は、
彼らすら舌を巻く代物であった。

「ふむ、ただの倹約でなく、
上も同じように倹約していることを下に示すことで公平であることを見せ、
百姓達や下級武士のやる気を削がずに支出のみを減らしたか。」
「はい、ただ締め付けても一揆を誘発し返って取れる石高が減ってしまいます。
だから締め付ける分の見返りといっては何ですが、
公然と行われていた上に対する賄賂や献上品を完全に無くしました。」
「米相場をよんで売り買いを自前で行う。
確かにそうすれば利鞘の一部を払う必要は無くなりますが、
お武家はんにいきなりそないなことが何故出来たんでっか?」
「私の妻である八百乃はあの廻船問屋、○喜屋の娘です。」
「あの○喜屋はんの? ではあんさんは虚武鎖はんの。」
「娘です。」
ぺこりとヤオノは天王寺に一礼する。
ウロブサ達組合の運営する廻船問屋である○喜屋、
その名は南海を始め、西側では当然知られた豪商の一つである。

その話しを聞き鴻池も膝を叩く。
「ようやく合点がいきましたよ。江戸は百万人都市であり八割が農民です。
その江戸に安く質のいい農耕器具が何処からか流れてきて売られている。
その噂は聞いたことがあります。それは貴方方だったわけだ。
「はい、八百乃の伝で生産した農耕器具を安めの値段で直接江戸に運んでもらい。
これによって真ん中によけいな商人を挟まぬ分、安く売ることが出来ます。
実際飛ぶように売れまして、生産が追いつかない状況にも成りました。
他にも同じように藩内の特産品を藩が管理専売して儲けを出しました。」
「武家が商人を間に挟んでやっていたことを、
全て藩が自前で行う事で儲けを出したということか。
事業に必要な元手は○喜屋から?」
「はい、義母上からは出世払いで構わんから好きにやれ、
と気前良く出していただきました。
我が藩の蓄財については一枚捲って頂ければ記してあります。」

「飢饉から数年で、数万両の借金をほぼ同額の蓄財へと変えるか。
失礼ながら武士にしておくにはもったいない程の御仁ですな貴方様は。
それにしても解せませんな、借金も返し藩の財政も立派に立て直された。
我らの出る幕は無いように見受けられますが。」
「ありがとうございます。ですが御話はこれからなのです。
我らは近々新たな改革を行います。
それには更なる大きな元手が必要となります。
それを皆様方に都合して頂きたく今宵の場を設けました。」
「ほう?」
「なんでっしゃろ?」

銀主達は再び顔を見合わせるが、今度はざわつかない。
正信の言葉を聞き逃すまいとみな黙って彼の言葉を待つ。

「親魔物領、ご承知のように大陸では、
妖怪と人が共に暮らす場所をその様に呼びます。
そしてこの度、我が藩は妖怪を藩民として受け入れる。
このジパング初の親魔物領と生まれ変わるべく、
多額の金子が必要なのでございます。」

その場は騒然となる。

「お上に逆らうつもりか?」
「どないするつもりや。」
「あほな。」

いろんな意味で否定的な呟きが銀主達から上がる。
そんな中どうじていないのは鴻池だけだ。

「幕府の内部にいる私の耳から、
その件に関しては上様の許しが出たと伺っております。
成程、何処の藩かまでは知りませんでしたが、貴方方でしたか。」
「補足して頂き痛み入ります。鴻池様。」

「幾ら必要か存じませぬが、
また倹約して必要な額を貯めればよいではありませんか。
これだけの儲けを出していれば出来ぬとは思えませぬ。」
「それは駄目です。藩は潤い、それに伴い民達の生活も上向いています。
彼らに強いていた倹約も今は解除しています。
人は一度味わったよき生活から我慢を強いられるを嫌います。
例え、飢饉の際に食べ物を融通してくれたのが妖怪である。
その恩に報いるべきだ。という理屈であっても反発は避けられぬでしょう。」

「確かに、人は基本的に強欲で身勝手な生き物だ。
それに藩主と一体になって稼いで来た。
という自負が民草にあれば尚のことでしょうな。」
「そう、妖怪を受けいれるために生活が苦しくなった。
などと考えられては駄目なのです。
此処日ノ本では人は妖怪とそれなりに近しい間柄です。
しかし、今だ多くの場では見てみぬ振りをされる存在です。
余所者なのです。そんな余所者のために生活に悪い影響を与えた。
という印象を持たれては駄目なのです。
むしろ一緒になることでより生活が良くなる。
それぐらいの状況をこちらで作り出しておかねばならないのです。」
「それ故に、法外な額の金子が追加でいる。というわけですか。」
「はい。」

そう言うと、正信は銀主の皆に深く頭を下げた。
「どうか御力添えをお願い致したく。」


※※※


提灯を下げ、夜の街を護衛を連れて歩く天王寺と鴻池。
二人は歩きながら互いを見ずに話していた。

あの後、今宵はもうだいぶ更けましたので、
また明日に致しましょう。一晩御一考され、
話を飲んで頂ける方はまた明日の夕刻に此処で御会いいたしましょう。
そう正信に告げられ場はお開きとなった。

「確かな情報でっか?」
「ああ、幕府御用聞きである我ら鴻池だから知りえた情報。
間違いない。今年の暮れか年明けに魔王が男児を出産する。
上様がそのためにこの国を裏で仕切る大妖達に依頼し、
選りすぐりの者達が加勢に出たとのことだ。」
「それは・・・つまり・・・」
「そうだ。長い間武家と妖怪を疎遠にしていた原因の一つ、
それが何年後か、十数年後かは知らぬが解消されるという話しだ。」
「とはいえ、提示された条件は中々にアレやさかいな。
新体制が軌道にのるまでの間、専属の金貸しになってくれっちゅう話しな。」
「みな考えていることだろうな。」
「せや、仮に軌道にのらな一蓮托生。
こっちも終いっちゅう条件ですからな。」
「だからこその誠意、始めから手の内を明かしたというわけだ。」
「しゃあけど二の足を踏む理由はまだ幾つかありますな。」
「ああ、我ら銀主は武家の経済感覚の無さに漬け込んで儲けてきた。
だがあの正信という若造、あの若さで下手な豪商よりよっぽど優れた知見を持っている。」
「おるもんですなあ、まだとし若いのに才を示す者も。
それ故に、組む相手としては美味くない。美味しい汁を啜りにくい。」
「さらに身内として○喜屋がすでに噛んでいるとなればな・・・」
「まだまだ飢饉の影響でこの国にはボロイ儲け話がぎょうさん転がっとります。
せやから危険を冒してまで飲むべき話ではない。」

「と。」
「と。」

「あの場の幾人かは思わされてしまったであろうな。」
「あの場の幾人かは思わされてしまったでしょうな。」

異口同音に言い放ち、其処で始めて二人は視線を交わす。
「やはり気づいてはりましたか。」
「無論だ。まったくこれ見よがしに過ぎる。
茶番だなあの会合は・・・こちらがあちらを見ていたのではない。
こちらがあちらに見られていたのだ。組むに値する相手かどうかな・・・」

「あれもあの正信っちゅうぼんの謀りでっしゃろか?」
「いや、後ろに控えてた八百乃とかいう女。あれが仕掛け人であろうよ。
何故わざわざ二つ岩が出張ってきたのか、
○喜屋が刑部狸の運営する店であるという噂が真なら全てが繋がる。」
「まったく、とんだお武家はんもいたもんやで。」

「ところで、そちらは何を見てあちらの意図に気づきました?
幾つか散りばめられておりましたが。」
「まず料理、ただの芋に偽装してはりましたが、
まかいいもと呼ばれる睦びの野菜、しかも王魔界産の指定農家のもんやった。
他のもちらほら人体に影響の少ない範囲で、魔界産の食材が使われ取ったな。」
「流石は食通として世界の珍味を食べ漁ってるだけのことはありますな。」
「ただ食い意地が張ってるだけですわ。
他にもあの正信はんが着てはりましたもんですけどな、
職人レベルのアラクネが自らの糸で折り、
魔界葡萄と呼ばれる陶酔の果実由来の染料で染め上げた一品でした。
大陸の奥の方まで脚を伸ばさなお目にかかれん品ですわ。
鴻池はんはちなみに何で気づかれました?」
「そうですな、まず器でしょうか。
王魔界産の特定の土で焼かなければあの色は出ません。
必要な釜の火力もイグニスの精霊使いかそれに匹敵する火力が必要。
当然、これもジパングでは手に入り難きものです。」
「そして何より私の目を引いたのがこれです。」

そう言うと、鴻池は懐から紙を取り出す。
それは正信が説明のために銀主達に配った資料用の写しであった。

「一考のためにと皆に配られましたが、
私は乗り気でない者に目をつけ、そのものから同じものを買い取りました。」
「同じもんを二枚もってどうしようっちゅう・・・」

鴻池は二枚を重ねると、裏から提灯で透かしてみる。
「こ・・・これは?!」
「そう、これはただの写しではありません。」

二つはぴたりと寸分違わず重なる。
文字の微妙な跳ねから掠れまで、
元々一枚であったものを二つに分けたように。

「趣味で書を嗜んでおりましてな。
隣のものと見比べていて気づきました。
書は一枚一枚が一期一会の作品です。
普通このようなことはありえません。」
「手間は掛かりますが木版印刷(もくはんいんさつ)っつう線ではないんでっか?」

アナログな印刷には主に二種類ある。
ます一文字一文字の判子のような物を作り、
それを組み合わせて特定の文章を大量生産する活版印刷(かっぱんいんさつ)。
教団の聖書はこれにより大量生産され世界中に普及した。

だが、活版印刷にも弱点はある。
漢字などを使うジパングや霧の大陸では、
用意する判子の量が膨大になりすぎる。
おまけに毛筆で前後の字が繋がって書かれることが多かったため、
文章ごとに同じ文字でも形が変る。
そこで彼らは一ページを丸々一枚一つの絵のように、
木製の板に文章や絵を彫ってそれを印刷した。
みなが学校の授業でやった木の板を彫刻刀で彫る版画、
あれで文章を押す判子を作ると考えればいい。

「それは当然考えましたがね。二つの理由から否定されます。」
「と言いますと?」
「まず木版印刷では跳ねは再現できても筆のかすれまでは再現が難しいです。
この写しは見事なかすれがいくつも散見されます。
そしてこれが決定打ですか、此処です。明らかに後から書き加えられたあとがあります。」
「・・・そうか、木版印刷は文字以外の部分を削って作る。
あとから文字を付け足す事は出来ひんっちゅうわけか。」
「ええ、当然この付けたした部分もぴたりと一致します。
ですからこれは木版印刷でも活版印刷でもない、
別の何かで作られたということになります。」

天王寺はその意味を味わうように噛み締め、
深くため息をついた。
「これは・・・」
「ええ、もし魔王が勝ち、妖怪が男女を産める世が来れば、
今の武家制度は遠からず衰退しましょう。」
「それに伴い、禁止され取った海外とのやり取りも活発になっていくでしょうな。」
「そうなれば、もう後は全てが一気に動きますよ。
人、物、金、技術に文化まで、ありとあらゆるものが外から入ってくるでしょう。
平和でだからこそ激動の時代が来ます。百年・・・いや数十年後・・・
この国はまるで別の国になっていることでしょう。」
「その時、鍵になるんわ海外の物事や物流に明るい者ちゅうことですな。」
「まったく業腹ですが、狸共に一枚噛ませて欲しいと頼むのはこちらのようです。」

武家相手の金貸しで儲けていた彼らの時代は終わり、
国外との商いで儲けを出さねばならぬ時代が来る。
その時、彼らでも容易くは手に入らぬ品々を大量に集められる。
そう示したヤオノは自身が魔界に明るいことを暗に喧伝していた。
この国で初の親魔物藩を創るという事と合わせて考えても、
正信やヤオノ達がとんでもない金の鉱脈であることは明らかであった。

「もしあの会合の意味に気づかず明日あの場にいかん連中は・・・」
「衰退を余儀なくされるでしょうな。
これから来る激動の時代には取り残されましょう。」

とっぷりと更けていく夜の冷えた空気を割いて歩く二人、
彼らは今、この国に訪れる新しい夜明けを頭に描いていた。
しかし、次の日の会合で彼らはもう一つの衝撃を受けることとなる。


※※※


「ええ、不躾な依頼であるにも拘らず。
再びお集まり頂いた皆様には感謝いたします。」

正信はそう言うと頭を下げた。
そしてヤオノがあとを次いで声を出す。

「皆様は我々の作為に気づいてか、
また気づかずとも金の匂いを嗅ぎ付けて、
今日この場にいらしたと思います。
そんな目端の利く皆様だからこその御話があります。
正直、何もかもが初めてのこと、藩の改革が軌道にのり、
利益を生むまではかなりの時間が掛かりましょう。
元金を返すのはそれからとして頂くとしても、
利子の分の利益さえ、最初は捻出することが出来ない見通しです。」

その言葉に対し、鴻池が口を挟む。
「回りくどい話はもうよいではありませんか。
あるのでしょう? それまでの繋ぎの儲けを出すための話が。」

正信は頷いてかえす。
「はい、ですが内容が内容ですので昨日は御話出来ませんでした。」
「・・・この場に来た商人として信のおける者だけに聞かせる。
そういうわけでっか。御上にばれたらまずい話しっちゅうことですな。
大方やばい品を密貿易するっちゅうところですかな?
良質の鉄が取れて自前の工場まであるんなら、武器とかでっか?」
「半分当たりで半分間違いです。
密貿易するのはその通りですが、取り扱う品は人間です。」

その言葉に鴻池が眉根を寄せる。
「人間だと?」
「はい、人身売買を行いますので、
皆様にはその片棒を担いでいただきたいのです。
その利益を持って、当面の皆様への利子をお返しいたします。」

にこやかな顔で物騒な話しを切り出した正信、
その言葉に海千山千の銀主達は再び顔を見合わせた。



13/12/16 18:23更新 / 430
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■作者メッセージ
途中ナジムの事を金主と書いてますが誤字ではなく、
銀主の東側の呼び方です。

特殊な印刷方法、それは光り魔法でオリジナルの裏にしいた
特殊な紙を感光させ、写真のような手法で精度の高いコピーを作り出す。
という魔界側のオリジナルの技術という設定。
ただし強い光に何回もオリジナルを晒すので、
文化的価値の高いものに使われることは無い。
あくまで事務的なものの写しに使われる事が多い。

次回、拐引(かいいん)
ジパングの闇夜に暗躍する人攫い集団。
正信達の魔の手が人々を絶望の淵に叩き込む。

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