連載小説
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前夜(ぜんや)
天には紅き月が昇り、
大地に咲く魔灯花や月明かりに照らされる空気の粒は淡く光る。
そんな薄暗くもひたすらに幻想的な光景、
其処には人間の感覚で言えば、似つかわしくない原色の毒々しい植物群。
生き物のように蠢く触手も巨大なイソギンチャクの群生のように森を形成している。

そんな典型的な魔界の光景、だが此処は魔界の深淵、
中心地である王魔界と呼ばれる場所である。
其処をとある一団がぞろぞろと移動していた。

「いやあシャバに出たのは久しぶりだけど、
やっぱ此処(王魔界)の空気は格別だな。みなぎるっ!!」
「そうですねえ、俄然やる気も出てきました。バリバリ呪うぞ♪」

ウロブサにも負けず劣らずな体躯に巨大な角を持つ鬼の幼女、
そして胸元上から肘までの布が無くスリットも深い着物のようなものを着た、
稲荷にしてはハシタナイ格好の女性がおどけた風に会話している。

「しかし私達が異界に篭っている間に随分と便利になりましたわ。
前はジパングから寝ずに飛んで数日は掛かりましたのに。」
「ポータルか、一般化したのは随分と昔じゃがな。
御主らからしたらまさに浦島太郎状態じゃろうて。
まあワシら一同、此処に来たのはあの方が魔王として即位され、
その時に祝いを述べに参じた時以来じゃからなあ。」

ウロブサとその隣を優雅に飛ぶ龍のオトヒメだ。
顔以外肌を晒さぬ、妖怪としては珍しい正統派の豪華な単衣を身につけている。

「それにしても婆さん、テング達の姿が見えないけどあいつらは?」
ウロブサの隣を同様に歩いていたシュカが問う。

「スーさんの所は大所帯じゃからなあ、準備や引継ぎに時間が掛かっとるらしい。
ダッキの奴はまあ予想通りというかなんというか、
留守を守るとか言ってまた面倒ごとはパスする気満々じゃて。」
「良いんですよ。あんな贅沢ギツネ、事あるごとに間違われるから一緒じゃなくて清々します。」
「相変わらず仲悪いのタマちゃん・・・まあ同じ九尾の狐妖怪じゃからなあ。
西の連中から見れば違いも判りづらいじゃろうて。」

ぷりぷりとするタマモとフォローを入れるウロブサ。
そんな二人を尻目にシュカは、
「ふーん、あたしゃてっきり大天狗がまだ図鑑にブベラッ!!」
何か言いかけたシュカは何時の間にか隣にいたシュテンの張り手ですっ飛んでいった。
進行方向の遥か先の方で土煙が上がるのが視界でのみ確認できる。
音が届かぬ所を見るとかなりの飛距離が出たらしい。

「・・・・・・蚊だ。」
「蚊か。」
「蚊ね。」
「・・・・・・うつけが。」

そんな冷たい汗を浮かべる和装集団を率いるのは、
一人だけ西洋鎧に身を包んだ騎士だ。
輝くような白い鎧に身を包み、薄暗い魔界では浮いてすら見える。
容姿も人間と相違なく、知らぬ者が見れば教団の女性勇者か聖騎士と見紛うだろう。
だが彼女もれっきとした魔物、デュラハンである。
そんな彼女に気を取り直したのかウロブサは話しかけた。

「忙しい所わざわざすまんのう。スクナ殿」
「いえ、こちらこそこれ程の方々に力を貸して頂いて恐縮です。」
「謙遜すんなよお、年でいやあアンタも結構なもんだろ? かなりの手練と見受けるが。」
「やめんかシュテン、相変わらずの戦狂いよな。」
「うっせ、性分なんだからしゃあないだろ。
それに狸きっての武闘派のあんたに言われたかないわ。」
「ワシはちゃんとテーペーオーっちゅうもん弁え取るワイ。」

そんなやり取りを笑って見つつ、スクナと呼ばれたデュラハンは続けた。
「いいえ構いません。一応これでも旧魔王時代から生きてますから。
年寄りってことでは間違ってませんよ。まああの頃はまだ子供でしたけどね。」
「しかしポータルで魔王城下まで跳べるというのに、
久しぶりに王魔界を歩きたい、などというこちらの我侭に付き合ってもらうのは。
魔王城なら王魔界の何処からでも見える大きさじゃし、迷う事もないからの。」
「理由は二つ、此処は私の故郷でもあります。
其処を好意的に言って貰えて嬉しいという私事が一つ。
もう一つは事前に貴方達と話しておきたい事もありましたので、
それもついでに済ませてしまおうという公用が一つ。」

それを聞いてオトヒメが呟く。
「公用?」
「ええ、実際会って皆様が力を持った魔物だということは判りました。
ですがこの中で戦の指揮を取れる方はいらっしゃいますか?
何でも皆様方は昔、魔物同士で二つの陣営に分かれて大戦をしたことがあるとか。」

その言葉を聞いてスクナと当人を除いた全ての目がウロブサに注がれた。
その視線を受けウロブサは渋い顔をする。
「何か怪しい雲行きじゃな。ワシいやじゃぞ! 
外様のワシがいきなり指揮官なんぞ揉めるにきまっとるし。
大体、魔王軍にも幾らでもおるじゃろうが、指揮官出来る人材くらい。」

ウロブサの言葉を聞いてすまなそうなにスクナは言った。
「今回の戦いは規模が空前のものでして、
元々我々は個々の能力が高い分集団での戦は経験不足です。
戦続きの旧魔王時代は徒党を適当に組んで力押し、
精々村や城を落とす時に小隊や中隊規模の部隊を組んで襲撃するのが関の山。
代替わりした後にしても少数精鋭の勇者達相手だったり、
でかくても精々一国を相手にした経験しかありません。
どのように準備し、どのように兵を運用するのか。
一人でも多くの方の知恵を拝借したいしだいでして。」

「今回の戦は相手が教会と傘下の列強国の連合軍。
しかもこちらは相手を殺さぬように気をつかわにゃいかんしの。
現場で適切に仕切れる人材は幾らあっても足りんか。
こんなことならナジムの奴も連れてくるんじゃったわい。」
「すみません。魔王軍とは名ばかりの至らぬ有様で。」
「言いわい。ちゃんと言う事さえ聞いてくれるならワシこういうの嫌いじゃないし。
さあて、それでは道すがら聞かせてもらおうかの。
今判明している限りの敵の数と陣容、こちらの駒の数と種族や性能についてな。」
「ええ、判る限りでお応え致します。」

それからウロブサとスクナは二人で話しこみ始める。
ウロブサの顔は将棋やチェスで好敵手を前にした打ち手のそれと同じであった。


※※※


ギリシャの神殿を思わせる大きな柱で立つ宮殿。
神々しい光差すその中心には一人の女性がその身を浮かべていた。
白を基調とした薄布で全身を覆い。
その長い髪は光り輝く金髪、瞳は地中海の海を結晶にしたような美しい碧眼。
柔和さを称えた顔はみた全ての人間が深い母性を感じ、
その身を委ねたくなるものであった。

此処は天界、そして天界でも神域と呼ばれる隔絶された領域である。
天使などの下級神族は近寄る事すら許されず。
中級と位置される神々ですら、此処に入れるのは一部の上位の力を持った存在だけである。

そんな領域に響く靴の音が一つ、宙に浮んでいる彼女の物では当然無い。
物憂げに下げていた視線を上げ、彼女は侵入者の方を向く。
「お久しぶりです。」
「確かに久しぶりですね。貴方の顔を見るのは何時以来でしょうか。」

何の表情も浮かべず、彼女は侵入者の男を見据えた。
男は目を閉じ、感慨に耽りながら告げた。

「忘れもしません。私が魔王の城へと向かう前日、夢の中で話をしましたね。」
「懐かしい話ですね。で、今日は一体何の用で此処に?」
「休戦の申し入れに。戦を仕掛ける事をやめて頂きたい。」
「ならばそちらの馬鹿げた試みこそやめるべきです。」
「男女が愛し合い子を成す、それだけのことでしょう?」
「相手が問題なのですよ。あれは魔物、人の天敵、それの王ですよ。」
「そういう風に定め創られたのは貴方がたでしょう?」
「必要な事です。水は流れ続けるからこそ清く美しい。
同じ場所に留まり続ければやがて腐りおちる。世界とはそういう風に出来ています。
人も、魔物も、戦いも、生も死も、全て必要だからこそ存在するのです。」
「・・・おそらく本当に正しいのは貴方なのでしょう。
ですが私は矮小でちっぽけな人間です。だから命をそんな風に割り切る事が出来ません。」

それを聞き女性の声に僅かばかりの抑揚が乗る
「だからあの女と・・・道行きを共にするというのですか。
考え直しなさい、今ならまだ間に合います。
今まで犯した罪を懺悔し、我が軍門に下りなさい。
貴方ほどの力の持ち主なら、永遠に私に仕えるという贖罪で、
その身に溜まる大罪を洗い清める事叶うでしょう。」
「あいつや娘との日々を罪というなら、私は罪人でいい。
全てを背負いこれからも生きていきましょう。
それでどうします? 罪人の私の首を撥ねますか。
貴方が本気になれば造作も無いことでしょう。」

男は本気ともおどけともつかぬ調子でそんなことを口にする。
だが女性の方は淡々と返した。

「そんな手には乗りませんよ。
貴方と私が本気でやりあえば勝つのは確かに私でしょうが、
世界の管理に割いている力も多くを貴方に向けねばなりません。
その隙を見逃す程あの女は甘くないでしょう。」
「仕方ない事とはいえ、やはり話し合いでは解決しませんでしたね。
残念です。今でもお慕いしています。その気持に嘘はありません。」
「・・・後悔しますよ?」
「しませんよ。あなたこそ後悔しているのでは?」
「・・・そうですね。私にミスや後悔と言う言葉があるとすれば、
それは貴方とあの女を出会わせてしまったことでしょう。
もう行きなさい。此処は本来貴方のような汚らわしい者が入って
良い場所ではありません。この話し合い自体が私の慈悲によるものです。」

女性の優しいながらも有無を言わせぬ声音に対し、
男は一礼をすると踵を返してその場を後にした。
男が去った後、女性は疲れたように嘆息し、指を一振りした。
雲が女性の下に密集していき椅子のような形を成す。
それに身を沈め女性はただただ宙に視線を彷徨わせていた。

「大馬鹿者。」
その言葉は誰に対して言ったものであろうか。
融けて消える言の葉は、彼女以外誰もいない宮殿の柱に染み入って消えた。

「邪魔するぞ。」
だがその直後、不可侵のはずの領域に再び侵入する者があった。
その声を聞き女性の顔が青ざめる。
慌てたように居住まいを正すと入って来た者の方を向いた。
入ってきたのは女性と同様に白を基調とした薄布を纏い、
同じ色の瞳に見事な金色の髪と髭を称えた老人であった。

「ど・・・どうして?」
「言わねば判らぬか?」

静かだが、質量すら伴わんばかりの威圧感がその老人からは漂っていた。
それに対し、女性の方はただ黙るしかない。

「私はこの世界の管理をお前に任せ、新たなる創造に掛かった。
お前にならそれが出来ると私が踏んだからそうしたのだ。
だが、少し目を離している隙にこの体たらく。
わしの眼鏡違いであったか? 身内びいきで目が曇るほどわしも耄碌したか。」
「そ、そんなことは。」
「・・・まあよい。かわいいお前のために土産を持ってきてやったぞ。」

そういうと老人は掌を上に向けるとその掌から何やら光の球をだした。
それに絡みつくように、光で編まれたリボンのようなものが宙に踊っている。
女性はそれを老人の手の上から受け取り、訝しげに見入っていたが、
急に目を見開くと驚いた顔で老人の方を見た。

「こ・・・これは?!」
「確かトリニティとか言ったか? あいつらに積んでおけ。
いざという時のための保険だ。」
「し、しかしこんなものを使えば。」

狼狽し反論しようとする女性に対し、
老人はその眼を見据えて黙らせる。
「間違えるな愚か者め。わしとて此処まで成熟させた世界は惜しい。
だがな、そうさせたのも全てお前の甘さが招いた事。
裏切りの直後、お前があの青二才のガキを早々に手に掛け、
サキュバスの奴も城ごと根絶やしにしていれば、
此処まで事態は拗れずに済んだのだ。
裏切るはずが無いなどと甘い事を言い、
他の勇者連中を使って事実を調べるなどという迂遠な事をやった結果。
簡単に手出し出来ぬほど力を付けられ体制を整えられてしまった。」

老人の指摘に対し、女性はただ黙るしかなかった。
「よいか、主神の威光を地に落とすこと。
それだけは罷りならん。どのような手を使ってでも、
此度の戦には勝利せよ。最悪勝てぬ時は・・・全てを・・・」


※※※


男は天界から家に帰ってきた。
彼のために設えられた玉座に座りながらひとりごちる
「気が重いなあやっぱり全面戦争は避けられないか。」

その隣の玉座に座るべき彼の最愛の人は今、
この城の最深部で儀式のために彼と蓄えた力を練っている最中である。
気の重さからか妻の温もりが恋しくなり、
彼は魔法で瞬時に妻の横になっている部屋まで跳んだ。

ベッドに布団を被って横になっている妻に対し笑顔で問いかける。
「どう調子は?」
「順調よ。でも儀式のためにあなたと出来ないから調子は最悪だわ。」
「はは、ずっといっしょに居てあげられればいいんだけど。」
「で? わざわざ来てくれたってことは期待していいのかしら。」
「ん・・・というかこっちも君の温もりが恋しくなっちゃってさ。」
「♥」
「本番は無しだけどキスと抱き合うくらいはね。」

妻は布団をはだけて自分の横を男のために空ける。
男は魔法で装備を早脱ぎすると、裸でするりと潜り込む。
お互いに熱を交換するように、少しでも接する面積を大きくするかのように、
強く濃厚に絡み合う。当然キスも互いが互いを飲みほすかのような勢いで交わされる。

だが、急に妻の反応が止まり、男も行為をストップした。
「どした?」
「・・・・・・・・・する。」
「・・・えっ?」
「あのおんなのにおいがする。」
「・・・」
「・・・」

男の表情や反応、それらからツーといえばカー。
隠し事の出来ぬ二人である。妻は全てを察した。


※※※


巨大な城が揺れと共に各階の窓から埃を吐き出していく。
数分の時を挟み、地鳴りと衝撃波が城を目指す一団を襲った。

「なっ!!」
「なんじゃあれは?」
「城が、内部で大きな爆発でも起きたのでしょうか?」
「なんだあ。敵に先手を取られちまったかい?」
「あらあら、敵襲ですか?」

ジパングから来た一団の反応を尻目に、
事情を察したスクナはため息をついた。
(こんな時に何やってんですかあの御二方は・・・)



13/02/13 06:18更新 / 430
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■作者メッセージ
次回より
別の連載として戦争の内容と顛末を書きたいと思います。

あと此処まで前振りしといて何ですが、
ジパング勢の大暴れは書く予定はございません。
それやっちゃうと戦闘シーンが長くなりすぎますんで。

数話じゃ絶対収まりませんし、
かなり掻い摘んでサクサク進めていく予定です。





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