連載小説
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TAKE18.6 性悪ケプリに地獄のLOOP
頂いたんですよぉ〜、
 心優しい女王様からねェッ!

 聖戦第六試合前。
 不良警官のマーレスが放った一言から、役者たちはこの煌びやかな外骨格を持つトランジスタグラマーの甲虫が如何にして高額な買い物をしたのか、その手段を悟った。

「あんた、まさか……」
「奪ったのか、ファラオのカネをッ」

 真希奈と雄喜の発言を受けて尚、マーレスはあくまでも慇懃無礼な態度を崩さない。



「奪った、だなんてぇ〜人聞きの悪い事言わないで下さいよぉ、納税者クぅ〜ン?
 頂いたって、言ってるじゃないですかぁ……

 まあ実際ィ? そのように言い表しても? 何ンっら問題はないわけですがねぇ〜」

 調子付いた甲虫は誇らしげに自分の過去を聞かれても居ないのに語り始める。

「そもそもボクって、元人間の後天性でしてぇ。
 実の親は揃ってゴミで、ほんと地獄みたいな環境で育ったんですよねェ〜」

 ろくに働かず遊び暮らし借金ばかりしていた彼女の両親はやがて首が回らなくなり、遂には違法な金貸しを頼ることとなる。

「まあ所謂闇金融ってヤツで……会社と社長の名前は今でも忘れてない。
 狩野見孝之って眼鏡の大男がやってる『カリガリファイナンス』ってとこです」

 狩野見ら『カリガリ』の面々は取り立ての際必ず食品配達サービスを装って債務者の家を"訪問"するという特徴があり、それはマーレスの家でも例外ではなかった。
 ひ弱な娘に対しては強気な両親も、百戦錬磨の闇金らには太刀打ちできず、程なく貧困に喘ぐようになる。

「その時、ボクは悟ったんです……
 結局この世は"奪う側"と"奪われる側"しか存在し得ない……
 生きる為には"奪う側"につかなくちゃならない、ってねぇ?」

 取り立てに訪れた『カリガリ』の面々が届けた食品は、それまで外出やまともな食事を許されていなかったマーレスにとって貴重な栄養源となり、彼女は餓死せず生き延びることができたという。

「やがて滞納を続けた両親は『カリガリ』の奴らによってどこかへ連れ去られ、
 一方警察に保護されたボクは検査の結果ケプリになる素質があるってことでとある金持ちのファラオに引き取られました……。
 そいつは親元を離れ独立したばかりで子を持つことに憧れてた……確信しましたよぉ、"こいつは使えるぞ"ってねぇ〜。
 実際あの女はチョロかった……
 ボクの言うことは一切疑わず、望めば何でもしてくれました……
 そんなだから"操り人形"と化すのに時間はかからなかった……ボクがケプリになった頃には、あいつは完全にボクの言いなりでしたよ……」
「オーケーわかった、それ以上言うな。
 つまりお前は自分の恩人から吸い上げた金で今の今まで贅沢を繰り返し、この『ARサバイバーズ』もその贅沢の一環というわけだ」
「ま、そうとも言えるかもしれませんねぇ〜。
 一応、あの女はボクの財布みたいなものなので……
 奴が稼ぎまくるお陰でボクらも助かってますよ?
 本当に感謝してもしきれないぐらいに、ねぇ……。
 どうですかァ、納税者クン? 負けを認めてボクらのモノになりませんかぁ?
 ボクらのモノになるなら、キミにだっておこぼれくらいはあげてもいいんですけど、ね?
 今ならそこの出産装置もセットでハーレムに加えてあげないこともありませんよぉ。
 あくせく働いて雀の涙ほど稼ぐより、ずっと効率的で有意義な暮らしが保証される……
 キミたちみたいな哀れな納税者にとって、これほど幸福な事って……ありませんよねぇ?」
「――……能書きはいい。さっさとかかってこい、スカラベ
「……なに?」

 スカラベ
 雄喜の口からその言葉が出た途端、それまで余裕ぶってほくそ笑んでいたマーレスの顔色が明らかに変わった。

「……おい、納税者クンよ。今何と言った?」
「なんだ、聞こえなかったのか?
 幼稚な悪さ自慢なんぞやめてさっさとかかってこいと言ったんd――
「そうじゃないッ! ……そんなことはわかっている!
 おまえ、ボクのことを何と呼んだのかと聞いているんだ!」
「なんだ。スカラベ呼ばわりがそんなに不服か、タマオシコガネ
「……ッッッ! ボクは"ケプリ"だ!
 あんな汚らしい無価値な虫けら風情と一緒にするなぁっ!」
「一緒にするなと言われても、お前は連中の形質を持つ種族だし生態だって似た部分もあるだろうが。
 あとお前がそうやって貶した連中は自然界を清潔に保つ大役を担ってるんだ。
 言うなれば太古の昔から変わらず同じ仕事を続ける清掃員の一族……
 そんな連中を"汚らしい無価値な虫けら"呼ばわりってのは
 聊か問題あるんじゃないのか、フンコロガシ
「……ッッッ! 黙れぇっ……このボクをその名で呼ぶなっ……!」

 マーレスの見せた怒りは静か乍らも凄まじいものであった。
 恐らくこれがエースやミューズ、パッションやケンジョーといった直情的で荒っぽい面々ならば競技そっちのけで雄喜に襲い掛かっていたであろう。
 だがこの甲虫は違った。
 何せファラオを騙して傀儡にし、労せずして大金と警官の地位まで手に入れたほどの――何ならミューズより参謀らしく動けるであろう――狡猾な策士である。
 よって彼女は当然『自分ではあの男へ直に挑んでも勝ち目はない』と理解しており、あくまでも競技での勝利に拘っていた。

(納税者のユウに出産装置のマキ……奴らの身体能力は紛れもなくピカイチ。
 然しなればこそ、相対的に反比例して頭脳労働は苦手な筈っ。
 であれば次の勝負、ゲームの天才であるボクの勝ちは決まったも同然ッ……!
 これってぇ……"真実"ですよ、ねェ〜ッ!?)

 マーレスには確かな勝算があった。というのも……

(何を隠そうボクは嘗て『デュエルエンパイア』本店で開催された『マスター池やんカップ』でトータル四位と、当時出場した魔物娘の中ではトップになった実績がある!
 まあ第二回古坂彦太郎杯では準々決勝で青藍爪牙隊とかいう奴らに負けてしまいましたがぁ〜?
 あの時は"たまたま"手札事故が起こってしまったのとデッキの相性が悪かったが故に負けただけのこと!
 ましてボクは平成中期から創業し、改元を経て令和に至るまで長く業界を支え続けた由緒正しき『デュエルエンパイア』の上客だった逸材……恐らく遊侠王をまるでやっていないか、やり込んでいたとしても十期以前に引退したであろうあの程度の人間なんて、勝負になるわけないんですよねぇ〜)

 マーレスは内心勝利を確信しつつ第六試合『海上デュエル対決』に臨む。
 対する相手は我らが"怪物俳優"志賀雄喜。既にここまで本編を閲読済みの読者諸氏であれば、それだけで既に嫌な予感しかしない対戦カードと言えよう。
 だが彼女は不運なことに、相手が第三回古坂彦太郎杯を制した現役TCGプレイヤーであり、尚且つ妨害などを好む性悪である事実を知らず……精々『恐らく奴は元カードゲーマーということで立候補したのだろうが自分にとってはカモでしかない。プライドをへし折れば手籠めにしやすくなって寧ろ得』ぐらいにしか思っていなかった。

 そしてそんなマーレスの"無知"と"慢心"は、当然の如く彼女を予想外の地獄へ叩き落すこととなる……。

「さぁて! ルールを説明させて貰いますよ、納税者クンッ!」

 海上へ設置された足場の上で雄喜と対峙するマーレスは、声高に競技の説明を始める。

「ルールは現行の遊侠王OCSと変わらず……
 効果の裁定はARサバイバーズのシステムに従うものとします。
 ただし、攻撃やカードの効果によってライフが減少する度、そのプレイヤー目掛けてサンドウォームの消化液を調合した"水着を溶かす薬液"が噴霧されます……」
「その薬液とやらで全裸にされても負け、ということか」
Exactly(そのとおりでございます)
 まあ、とは言え薬液の量や噴霧範囲、濃度などはランダムな上、
 風などの影響も受けてしまうので水着を溶かす確率はそこまで高くもありませんが……
 当然の如く、水着の状態がどうであれ遊侠王OCSで定められている敗北条件を満たした時点でそのプレイヤーは敗北……足場は消滅し、海へ落とされます」
「やっぱり負けた奴は海に落ちるのか……まあいい、大体わかった。
 つまり相手に動く隙を与えない……ワンターンキルを成立させればいいってわけだな」
「まあ、それができたなら確実でしょうねぇ……"できるなら"、ですけどぉ?」

 斯くして足場の上でデッキ構築を済ませた二人。
 遂に対局が始まる。


「では、先攻はボクが頂きます。
 バックゾーンへカードを二枚セット、ターンを終了します」

 第一ターン。先攻を取ったマーレスの動きは実にシンプルそのものであり、
 先攻第一ターンの時点で大量に展開し制圧の布陣を整える"先攻制圧"が基本とされる現代遊侠王の大会環境に於いては異質な動きと言えた。
 だが当然、彼女は別段『それしかやりようがなかった』わけではなく……

(フフフ……これはいい。実にイイ手札だッ!
 まさか初手の段階で『ロゴス・リムズ』の内三枚を手元に握れているとはっ……!
 これってぇ……"勝ち確"ですよねぇ〜〜〜〜っ!?)

 かえって事が彼女の狙い通りに進んでいたことの証明でもあった。
 というのも今回マーレスが採用したデッキは【ロゴス・アウレリウス】。
 原作漫画はじめ各種メディアミックスでしばしば重要視されるカード《ロゴス・アウレリウス》を中心としたデッキである。

 デッキの種別としては嘗て登場した【ケイオスネスト】や【アルマゲドン・デイ】と同じ"特殊勝利"であり、方々での厚遇も相俟って同種別のデッキとしては抜群の知名度を誇る。
 そしてこのデッキに於いて満たすべき勝利条件は『《ロゴス・アウレリウス》及びそのテキストで指定されたカード群――通称「ロゴス・リムズ」――を手札に揃える』というシンプルかつ強烈なもの。
 よって同デッキの殆どが『デッキからカードを手札に加えるカード』で占められており、上手く回りさえすればどのようなデッキにも勝利し得る可能性を秘めている。

 それ故に完全無欠の最強デッキ……かと思いきや、
 ・『アウレリウス』及び四種の『リムズ』はデッキに各一枚しか投入できない。
 ・上記五枚は特殊勝利以外に効果を持たず非力なため基本戦闘でも役に立たない。
 ・上記五枚を揃えることに特化した構築の場合、内一枚でも欠けてしまうとそれだけで勝ち筋が消滅してしまう。
 ・かと言って保険として他の勝ち筋を確保しようにも戦術同士の相性が悪く運用が困難になるため『アウレリウスは不要』といった本末転倒の結論に達しがち。
  などの難点も多く、あくまでも対局を楽しみたいプレイヤー向きな所謂"ファンデッキ"の域を出ないのが現実である。

 だがマーレスはそんな【ロゴス・アウレリウス】を長らく使い続けた熟練者……
 移り変わる大会環境に合わせた構築と対局状況を読み尽くしての的確なプレイングにより幾つかの大会である程度の実績を残すほどの実力者であった。

(更にボクのセットしたカードは、相手ユニットからの直接攻撃で戦闘ダメージを受けた際、そのダメージ2000ポイントにつきデッキからカードを一枚ドローできるギミック《文字の魔導士、傷付いて尚筆手放さず》と、
 自身のアルターデッキからドラゴンのタイプを持つユニットを除外し、相手がアルターデッキから展開したユニットを全て破壊しつつ、この効果で破壊された相手ユニットの合計レベルを8で割って端数を切り捨てた商に等しい枚数のカードをデッキからドローできるクイックスキル《赤竜女王の暴政》ッ!
 上手く決まりさえすればほぼ確実に勝利を掴み取れるこのコンボを前にして、ただの税金風情がァ……敵う筈ゥ、ありませんよねぇ〜?)

 マーレスは思った。
 奴が使うデッキはほぼ大型ユニットを軸に据えたビートダウンと見て間違いない。
 かつ、その中でも汎用性が高いのは合成やアライアンスのようなアルターデッキに属しレベルを持つユニットだろう。
 仮にコズミカルやコネクトなどのレベルを持たないユニットだったとしても《文字の魔導士、傷付いて尚筆手放さず》の効果でドローはできるし、《赤竜女王の暴政》の効果とてドローは不発なれども除去は成立する。

(つまりィ……ボクの勝利はほぼ確定的、ってわけでぇ……!)

 故にマーレスは攻撃によってダメージを受けることを"望んで"いた。
 そして続く雄喜のターン。彼の取った行動は……

「では、僕のターンだ。
 ドロー……よし、来たか。
 僕は手札からスキルカード《六界の献身》を発動。
 手札とデッキから《六界神騎獣ナンディン》を合計三体墓地へ送る」
(ほう、【六界】ですかぁ……少々アテは外れましたがこれは幸先がいいっ!)

 マーレスは勝利を確信した。
 【六界】はアルターデッキへの依存度こそ低いものの《ラモール・ヴェルミリオン》を始めとする大型ユニットを次々と展開して攻め込むビートダウンデッキであり《文字の魔導士、傷付いて尚筆手放さず》の効果を上手く使えれば大量のドローが見込めると考えたからである。
 だが……

「発動後に墓地へ送られた《六界の献身》の効果を発動。
 自身をデッキに戻しつつ1000の倍数のライフを払い、払ったライフ1000ポイントにつき一体の『六界』ユニットを墓地から蘇生させる。
 僕は3000のライフを払い《六界神騎獣ナンディン》三体を蘇生」
『『『ムォーゥ……』』』

 雄喜の支払った3000という数値は、初期ライフ8000の遊侠王に於いて決して小さくない数値である。更に彼のライフ減少に応じて虚空から現れた装置が無作為に薬液と思しき液体を噴霧……幸いにも少量かつ風向きの都合もあり水着は無事だったが、そもそも対局に熱中する余り特殊ルール自体を失念しかけていた雄喜は自分の軽率な判断を内心悔いつつ『だからこそ早めに決着をつけねば』と改めて決意した。

「蘇生ェ? おかしなことをしますねぇ、納税者クンッ。
 【六界】の切り札《ラモール・ヴェルミリオン》は手札の『六界』カード三種を公開することでのみ展開可能なユニットの筈ゥ……
 であればその《ナンディン》は蘇生させず手札に加えておくのが賢明なんじゃないんですかァ〜?」
「ああ、確かにな。《ラモール・ヴェルミリオン》を出すならばそうだろう。
 だが言っておくぞ、虫。
 僕はこの場で《ラモール・ヴェルミリオン》を出すつもりはない、ってなぁ」
「何っ? それは一体、どういう」
「黙って見ていろ、スカラベ。
 僕はフィールドの《ナンディン》三体を墓地へ送り、
 手札から《六界雷霆王 シャクラ・ヴリトラハン》を展開!」
『ヌ゛ゥ゛エ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ゛!』

 白い牡牛のユニット《ナンディン》をコストに展開されたのは、
 鎧を纏う武人を象った神像を思わせる、青白い雷を纏った神々しい異形のユニット《シャクラ・ヴリトラハン》であった。

「な、なんだそのユニットは……!?
 そんなヤツ、ボクは知らないぞっ!」
「なんだ、知らないのか?
 無礼な奴だな、映画版で活躍した立派なカードだってのに。
 まあいいや……《シャクラ・ヴリトラハン》の効果を発動っ。
 カードテキストに記されている正規の方法で展開された場合、自身の攻撃力を2500とする。
 また、手札から展開された場合相手に800の効果ダメージを与える。
 頼むぞ、《シャクラ・ヴリトラハン》」
『任されよッ!
 受けい、金剛杵雷撃斬!』
「ぐあがぁっ!?」

 異形、《シャクラ・ヴリトラハン》の手にした武器――形状はインド神話の法具"金剛杵(こんごうしょ)"に似る――から生じた電撃の刃がマーレスにダメージを与える。
 続いて競技場のシステムがライフ減少を感知、虚空から現れた装置がマーレス目掛けてかなりの量の薬液を噴霧するが……どういうわけか、薬液をもろに浴びたであろう彼女の水着――外骨格と同じ、肉付きのいい褐色肌に映える黄金色のビキニ――が溶けることはなかった。

 これを見た雄喜は別段怪しむでもなく『薬液の濃度が薄かったからだろう』と納得することにした。だがその実マーレスが身に着けている水着には予め『サンドウォームの消化液の影響を受けない』よう細工がなされていた。防御面に難のあるデッキで挑む以上大ダメージをも想定していた彼女は、予め自分が全裸になって負ける可能性を完全に潰しにかかっていたのである。
 そして当然、雄喜がその事実に気付く筈もない(もっとも、仮に気付いたとしてもこの時点での彼にとっては特に関係のないことだったのだが……)。

「ふぅ〜ん……効果ダメージとは、やってくれますねぇ……」
「お前がバックゾーンにセットしたその二枚が攻撃反応型のスキルやギミックって可能性を考慮すればこれが最適解だろうさ」
「確かに、その理屈は正しいかもしれませんが……
 それにしてもそれだけの消費を伴ってたったの800ポイントなんてぇ……正直ィ、ショボくないですかぁ?
 しかもそのユニットの攻撃力だってたったの2500で残りの手札も残り二枚……
 クセの強さから他のカテゴリとの組み合わせにも乏しい【六界】じゃあ、ワンキルなんて到底できませんよねぇ?」

 甲虫の嘲笑はその実正鵠を射たものであった。
 確かに効果ダメージを与え、及第点のステータスを持つ攻撃可能なユニットを出せたとは言っても戦況は今だマーレスの優勢。更に雄喜は知る由もないが彼女の手札には勝利条件となるカード五枚の内既に三枚が揃っており、また《シャクラ・ヴリトラハン》の直接攻撃が通れば最低一枚、下手に強化して攻撃力を4000以上にしてしまえば二枚のドローを許してしまう。
 そこでもし《ロゴス・アウレリウス》及び全ての『ロゴス・リムズ』が揃ってしまえばその時点でマーレスの勝利が確定してしまい、仮に他のカードを引いたとしてもそれらは『デッキからカードを手札に加える効果』または『プレイヤーをダメージから守る効果』のどちらかを持つカードである。
 よって、それらが来たとて結局のところ雄喜が苦境に立たされることに変わりはない。

 まさに絶体絶命の危機的状況。万事休す……
 この盤面を見た者の多くがそう思うであろうし、少なくともマーレスはそう思っていた。
 然し……

「おい、虫……」
『お主何やら、勘違いをしておるようだの……』
「『"こちらが戦闘でお前を倒す"などと、そんなことを何時言った?」』

 第三回古坂彦太郎杯を制した男の思考は、甲虫による希望的観測の遥か斜め上を行くものだった。

「はあ?」
『未だこやつのメインパートは終了しておらぬ……
 やれい、使役者よ!』
「いいのか?」
『構わぬ! この《六界雷霆王 シャクラ・ヴリトラハン》、
 予てより見掛け倒しの名ばかりレアカード、採用価値のないハズレア、名前負けの張りぼて王などと呼ばれてきた!』
「流石にそこまでではないだろ。
 っていうかお前映画では結構活躍してたしデザインもカッコイイから結構ファンもいるんだぞ?」

『慰めは無用ぞ、使役者ァ!
 実際、単純な汎用性に於いては現【六界】の根幹を担う《ラモール・ヴェルミリオン》様に劣り、
 同じ消費を伴う《六界羅刹王ラーヴァナ》の足元にも及ばず……
 ともすれば嘗てのバラモン教を背負い「リグ・ヴェーダ」が讃歌千二百の約二割五分を捧げられるなど、当時の信徒らから理想的な戦士にして神々の王と崇められし、
 かのインドラ神を模して造られし架空存在の面汚しであることは紛れもない事実として認めざるを得ぬ!』
「うんまあ性能はそうだけどそれ言い出すとお前よりアレな奴幾らでもいるし、
 言っちゃ悪いけどインドラ神ってヒンドゥー教時代になると目に見えて扱い悪くなってるからそこまで気負わなくてもいいんじゃないかな……」

『されど我もカードとして、ユニットとして戦の場に立つことを想定し生まれた身である以上、戦いに生きることこそ本望也!
 数多の汚名を返上し切り札として戦場に返り咲けるのであれば、如何な苦難であろうと乗り越えてみせるわァ!』
「……はぁ〜? たかがデータの癖に何カッコつけてんですかぁ〜?
 そこの納税者クンからも性能低いって言われちゃってますしぃ……
 実際神話のインドラって、ヒンドゥー教時代じゃ格下げ喰らった挙句バイでヤリチンのDVクズ野郎って認識しかされてませんよねぇ? なんか不倫の報復でヤバい呪いとか受けまくってるって話もありますしぃ〜?
 それに戦いの神とか言ったってぇ……アスラとかラクシャーサなんかに何度も負けちゃあ天界追放されて、その度に他の神に頼って天界に復帰して……
 正直ほんと、これじゃあ……戦場の神じゃなくて便所の紙ですよぉ?」
『ヌ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ッ!
 太陽運び虫ィィィィ〜貴様ァァァァァ〜!

 一言たりとも、言い返せんなァァァッ!』

「じゃあ何も言うなよ。
 ……ああもう、めんどくさい!

 引き続き僕のメインパート!
 僕は手札から持続スキル《血濡れた帝政》を発動!」
「《血濡れた帝政》?」
「このカードの発動ターン、自分のライフが減少している場合、攻撃力がその数値を下回るユニットがフィールドに存在するなら、それを破壊する!
 僕のライフ減少値は3000! よって攻撃力2500の《六界雷霆王 シャクラ・ヴリトラハン》は破壊される!」
『ぐぬおあああああああっ!』
「な……ハハッ! 納税者クぅ〜ン? 何をバカなことをしてんですかぁ?
 折角出したユニットを破壊しちゃってぇ……バカなんですかぁ〜?」
「まあ、お前がそう言いたくなるのもわかる。
 この《血濡れた帝政》は本来、相手の小型ユニットを根絶やしにしつつ自分は減ったライフより攻撃力の高いユニットを出して攻め立てる、所謂ハイビート用に設計されたカードだからな。
 そりゃあ、そう言いたくなるだろうさ……」
「おや、案外と潔いじゃないですかぁ。
どうしたんです? まさか今になって漸く――
「だが」
「?」
「だがなあフンコロガシ……それでもまだ、僕のメインパートは終了しちゃいないんだよ」
「――ッッッッ! お、まえェッ、その名で呼ぶなとッ……!」
「さあ、続きと行こうか……僕は破壊された《シャクラ・ヴリトラハン》の効果を発動する。
 墓地より『六界』ユニットを最大三体まで蘇生させ、更にデッキまたは墓地から『六界』カード一枚を手札に加える。
 この効果で僕は墓地の《六界神騎獣ナンディン》三体を蘇生」
『『『ムォーゥ……』』』
「続いて回収するのは……墓地の《シャクラ・ヴリトラハン》自身だ」
『我、帰還せり!』
「ほう、何をするつもりですかぁ〜?
 というかフィールドの《ナンディン》が何故破壊されてないんですかねぇ〜?
 そいつらは攻防ともにゼロ、《血濡れた帝政》の範囲内の筈でしょう!?」

 マーレスの指摘はある意味正しかった。
 事実《血濡れた帝政》が先程雄喜によって読み上げられた効果しか持ち合わせていないなら《ナンディン》三体は全滅していたであろうが……

「ああ、そういえば説明し忘れていたな……《血濡れた帝政》のテキストには続きがあるんだ」
「続き、だと……?」
「そうだ。続きはこうだ……
 『但しフィールドに存在するユニットの内、攻防がともにゼロであるものは破壊されない。
  また、このカードの効果で破壊されなかったユニットは攻撃及び効果の対象にならず、
  このカードが存在する限り、攻撃及び効果の対象にならないユニットのみがフィールドに存在するプレイヤーに対する攻撃は、可能な限り直接攻撃として扱う』……とな」
「な、何……だとぉ……? つまり、《ナンディン》はっ……!」
「そう。そもそも破壊されないんだよ。恐らく武力に秀でた帝国の軍隊は無抵抗な弱者なんて無視して進む、ってイメージの効果……かどうかは確かじゃないが、一つ断言できることはある」
「断言できることぉ〜? どうあってもキミがボクに負けるのには変わりない、ってことですかぁ〜?」
「馬鹿か、違えよフンコロガシ
「――ッぐぅぅ〜っ! ま、だ、そ、の、名、で、呼、ぶ、かぁぁぁ〜っ!?」

 怒りで我を忘れそうになるマーレスだったが、必死の深呼吸でどうにか心を落ち着かせる。

「……――っく、っふ、っふあああぅ……
 ――そ、それでぇ〜? 違うってのは、どーいう意味ですぅ?」
「……そのまんまの意味だよ。
 一つ断言できることってのは……『お前は決して僕には勝てない』ってことだ。
 少なくとも、ここからの僕を止められないならな……」
「ふん、世迷言を……そんな雑魚ユニットを再び並べた所で何をすると?
 ランク1のコズミカル召喚か、CONNECT-3までのコネクト召喚でもするおつもりかぁ?
 どうせそのスキルカードの効果で破壊されてしまうというのにぃ〜?」
「ああ、普通のプレイヤーならそうしてたかもな。
 コズミカルにせよコネクトにせよ、持続スキルによる効果破壊への耐性を持つユニットなんて幾らでも居るだろうからな。
 だがお前如きにそこまでやる必要もない。

 メインパートを続行。
 フィールドの《ナンディン》三体を墓地へ送り《シャクラ・ヴリトラハン》を展開!」
『出陣!』
「はっ! 同じ手順で同じユニットを展開とは無駄なことを――
「続けて《シャクラ・ヴリトラハン》の効果発動。
 攻撃力を上げつつ相手に800のダメージを与える!」
「ひょ?」
『金剛杵雷撃斬(こんごうしょらいげきざん)!』
「イワァァァァァァァク!?」

 再びの効果発動によりダメージを受けるマーレス。
 そこに来て彼女は雄喜の発言を完全に理解することとなる。

(そうか……! あの時点でボクは、もうっ……!)

 フィールドの《ナンディン》三体を墓地へ送って手札から展開された《シャクラ・ヴリトラハン》がマーレスにダメージを与えた後《血濡れた帝政》の効果で破壊される。
 すると《シャクラ・ヴリトラハン》は自身が破壊された際の効果で墓地の《ナンディン》三体を蘇生しつつ自らを雄喜の手札へ戻す。
 そしてまた雄喜が三体の《ナンディン》を墓地へ送り手札から《シャクラ・ヴリトラハン》を展開し、マーレスにダメージを与え……


 即ち"無限ループ"が形成された瞬間であった。


「更に《血濡れた帝政》の効果で《シャクラ・ヴリトラハン》を破壊!」
『ぐおおおおっ!!』
「破壊時の効果で《ナンディン》三体を蘇生し《ヴリトラハン》を回収!」
『『『ムォーゥ』』』
『回帰!』

 そして始まる"地獄のひと時"……



「《ヴリトラハン》展開」
『出陣!』

 牡牛三頭を消し去り現れる異形の武人。

「効果発動」
『金剛杵雷撃斬!』
「ハガネェェェェェェェェル!」

 ダメージを受け吹き飛ぶ甲虫。

「《血濡れた帝政》効果」
『破壊!』

 自ら消えゆく異形。

「《ナンディン》三体蘇生後《ヴリトラハン》回収」
『『『ムォーゥ』』』
『回帰!』

 フィールドに牡牛三頭が揃い、
 異形は手札に戻る……

 そんな流れが凡そ二十数回程度も続いた。
 もしこの場に茶髪で巨乳の女子高生でも居たなら十一回目辺りで『もうやめて、雄喜! マーレスのライフはとっくにゼロよ!』と叫びながら止めに入っていたことだろう。

 そして……


「さて……そろそろ飽きてきたし、
 この辺りで終わりにするか……

 行け《ヴリトラハン》」
『御意! 金剛杵ッ、雷撃斬ン!
「タッケェェェェェェエエエエエエッシ!」


 執拗な効果ダメージの連打を受け続けたマーレスは当然デュエルに敗北。

「こ、こんな……バカな……ボク、が……
"奪う側"である筈の、ボクがぁぁぁぁぁぁっ……」

 彼女を支えていた足場は消滅し、力なく倒れ伏す甲虫はそのまま海へと落ちていく。

「ぁぁぁぁぁあああああああああ! 嫌だあああああああああっ!」

 残った力を振り絞り必死に叫ぶも、助ける者など居る筈もなく。
 呆気なく落水したマーレスは、そのまま海棲魔物娘らによって水中へ引き込まれていくのであった……。




「滑稽だな、ケプリ……。
 幼稚な悪への幻想を抱いたまま、
 強者ぶって甘い汁吸ってきたお前がこうもあっさりやられるとは……全くお笑いだ」

 足場より立ち去りながら、嘲るように雄喜は呟く。

「……なあ、聞けよケプリ。
 お前にトドメを刺した《シャクラ・ヴリトラハン》の『シャクラ』と『ヴリトラハン』ってのは、どちらもインドラ神の別名でな?
 『シャクラ』は"王"や"力ある者"、『ヴリトラハン』とは"障害を打ち砕く者"って意味だそうだ。
 そして『ヴリトラ』といえば、言わずと知れたインド神話の悪しき大蛇……

 全十巻の聖典『リグ・ヴェーダ』にはこんな話がある。

 昔々、大蛇"ヴリトラ"がその巨体で水をせき止めては人や動物を苦しめていた。
 この悪行に憤った戦神インドラは、工匠トヴァシュトリが作った武器"金剛杵(ヴァジュラ)"を手に、かの悪しき大蛇へ戦いを挑む。そして彼は死闘の末、ヴリトラを打ち破った。
 蛇が死ぬと水は解き放たれ、轟音を伴い海へと流れていき……世界に水が行き渡って、多くの人畜が救われた。
 後にインドラはこの功績を称えられ『ヴリトラ殺し(ヴリトラハン)』の異名を得たが、
 然し彼自身にとってヴリトラとの死闘は苦行でもあり、勝利して尚彼は戦いの恐怖に苦しんだという……」

 やがて青年は浜辺に辿り着き、マーレスが沈んだであろう方角を一瞥しながら呟く。

「ケプリよ、お前はヴリトラだったんだ。
 命溢れる緑明魔界をもたらすファラオを騙し、金や資源を奪っては使い込む……お前のやっていたことはまさに、世界から水を奪い旱魃で人畜を苦しめたヴリトラの所業そのもの。
 何なら騙されていた金持ちのファラオにとって、お前はまさに"障害(ヴリトラ)"だったんだよ。

 そしてだからこそ、お前はインドラ神に……彼に似せて造られた《六界雷霆王 シャクラ・ヴリトラハン》に倒されたってわけだ。


 ……まあ、お前みたいな搾りカス如きがこの場でどうなったところで? 何がどうなるってわけでもないかもしれんがなぁ?」
21/08/12 12:33更新 / 蠱毒成長中
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