連載小説
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TAKE18.5 必然的Losing streak
"聖戦"第三試合 『海上飛石連携競走』

 ビーチ・フラッグス、綱引きに次ぐ聖戦の第三試合は『海上飛石連携競走』という競技であった。
 ……などと説明したとして名称が特殊なため幾らかの読者諸氏は今一どのような内容なのか理解に苦しむかもしれない。
 なので今回は図を用意して説明させて頂く。



 上の図は『海上飛石連携競走』の為に設営された専用コースを簡略化して描いたものである。
 競技参加者は図上の"始点"と"終点"を、海上へ二列に等間隔で浮かぶカラフルな"足場"――断じて愛知の菓子メーカーが出している"餅飴"ではない――を飛び越えながら往復していく。

 勝利条件は相手より早く六往復し最終的に始点へ戻ることであり、道中バランスを崩すなどして三度海に落ちてしまうとその時点で敗北となる(二度目までは予め発動されている転移魔術により腰から腹辺りまで入水した時点で始点へ戻される)。

 ……と、ここまでならば比較的シンプルな競技なのだが、賢明な読者諸氏としてはここで一つ疑問を抱かれるのではなかろうか。

 『これではただの「海上飛石競走」ではないか。
  連携要素はどこにあるのか?』と。

 至極尤もなその疑問に対する答えとは、即ち……


「「二人一組の競技ぃ?」」
「そうだ! この『海上飛石連携競走』は、足場を跳んで海を渡る"ランナー"と浜辺から足場の安定化コマンドを入力しランナーを補助する"サポーター"の二人で連携する競技なのだ!」

 こういうことである。
 『海上飛石連携競走』にてランナーが走るコースを成す足場……それらの色がそれぞれ違うのは単に色鮮やかにする為ではなく、しっかりと意味があったのである。
 というのも同競技に於いてサポーターは色の違う幾つかのキーが備わる専用ツール"サポートパッド"を操作し、ランナーが飛び乗る足場と同じ色のキーを常にタイミングよく押し続けなければならないのである。
 正しいキーを押せば不安定な足場が一時的に固定されるが、間違えてしまうとコースを成す足場の色がランダムで変わってしまう。
 だが中でも最悪なのはどのキーも押さなかった時であり、そうなってしまうとランダムに足場が消滅してしまう。

「うっわ、めんどくさ……」
「なんでこんな複雑なルールにしたんだ。作者の文章力じゃ上手く伝えられんぞ
「ふん、いかにもそれが目的よ! ……というのは冗談だが」
「あ、冗談なんだ……」
「冗談に聞こえないな。あと冗談は存在そのものだけにしておけよ
「冗談に決まっておろうが!
 この競技を二人一組で行うのは、人間より魔物の方が遥かに優れていることを証明し、貴様らに教え込んでやる為だ!」
「「はあ?」」
「何せ『海上飛石連携競走』のキモはランナーとサポーターの連携!」
「まあ」
「それはそうだね」
「二者の心が通じ合わねば待つのは敗北のみ!」
「そこまででもないけど」
「間違ってもいないな」
「ともすれば同胞のみならず他種族との間にも確固たる絆のある魔物娘の優勢は決まったようなもの!
 人間如きの脆弱な絆で、魔物娘に勝つことなど断じて有り得んのだァッ!」
((それはどうなんだろう……))

 エールの極端すぎる言い分に、役者たちは言葉が出なかった。
 然しそんなことはお構いなしに、スク水ランドセルの巨竜は捲し立てる。

「然ァし! それを貴様らにただ教えたとしても、貴様らはまず絶対に理解できんし認めんであろう!
 なれば……なればこそ! 競技を通じて人魔の圧倒的な優劣差を貴様らに理解(わか)らせ、徹底的に教育してやらねばならぬと判断したのだッ!」
「……そうか。わかった」
「まあとりあえず早く始めようよ。もう1500字だよ?」
「貴様らッッ……! 我の話を何だとッ……!」

 斯くして第三試合『海上飛石連携競走』は幕開ける。
 出場者としては、役者側は二人のみの為揃って出ることとなり、話し合いの結果雄喜がランナー、真希奈がサポーターを担当することとなった。
 対する不良警官側からはヴァンパイアのルージュがランナー、オートマトンのセレーネがサポーターとして出場する。
 ヴァンパイアとオートマトン……一見噛み合っていないような、どうにも今一しっくり来ない組み合わせであるが、その実この二人が選ばれた背景にはしっかりとした理由が存在した。
 というのも……

「ふん……人間どもよ、競技とは言え我らと戦う羽目になるとは不運であったな」
「はあ? どゆこと?」
「こちらのルージュ様は私めの主君なのですよ、ホルスタウロスもどきの庶民様」
(もどきじゃないんだよなぁ……)
「左様。セレーネは幼少より我に仕えし腹心の部下。
 絆の強さ、連携の巧みさたるや人間の家族さえ軽く凌駕するのだ。
 まして貴様ら如きの薄っぺらい恋情など言うに及ばず……

 よって断言しよう、貴様らが敗北の運命より逃れることは断じて叶わぬとな」
「敗北の暁には、そちらのホルスタウロスもどき様には魔物化して頂き、ハーレムの側室が一人となって頂きましょう」
「そしてそこの男……確かユウとか言ったか。貴様はハーレムの中枢、我らが夫としての務めを果たし続けるのだ……」
「そして本作は一旦完結……作品の方向性を珀捌拾(ひゃくはちじゅう)度変えた全くの別物としてリメイクされる、というわけです」
「いや、そうはならないと思うが……まあいい。そこまで言うんならやってやろうじゃないか」
「"人間の家族を軽く凌駕する主従の絆と連携"ってのがどんなのかは知らないけど〜そこまで言うんなら見てみたいかも〜」
「……ふん、舐め腐りおって。行くぞセレーネ、奴らに思い知らせてやるのだ」
「はい、ルージュ様」

 両チームともに一歩も譲らぬまま、ランナーの男優と吸血鬼はスタート地点に立つ……。

「位置について――ィ用意ッ!
 開始(はじ)めいッ!」

 エースの豪快な一声を合図に、雄喜とルージュは海に浮かぶ足場を跳んでいく。
 その動きたるや両者ともに無駄なく軽快、海に落ちる気配など微塵も見られない。
 補助するサポーターの二人もキーの推し間違いや押し忘れはなく、ランナー達は全く同じ条件下で互角の勝負を繰り広げていった。

 だが程なくして、レースに動きがあった。
 三往復目の途中辺りから、僅かにルージュが劣勢となり始めたのである。

(な、何故だ……何故我がっ……!?)

 その原因は単純明快、浜辺を燦々と照らす日差しであった。
 古来の伝承や古典から現代の創作物に至るまで日光が弱点とされる吸血鬼だが……それは魔物娘ヴァンパイアに於いても例外ではない。
 無論皮膚が焼けただれたり灰になって即死などはしないものの、照りつける日光は確実にその肉体を衰えさせ最終的には人間並みにまで弱体化させてしまうのである。
 ともすれば人間離れした身体能力を誇る雄喜に遅れを取るのは必然……寧ろこの炎天下でレース序盤の間まで弱体化せずに居られたのが奇跡と言う他ない。
 結果として雄喜とルージュの差は文字通り加速度的に広がっていき、更に彼女はセレーネがキーを正しく入力し続けたにも関わらず足場から落ちてはスタート地点に戻されるということを二度繰り返してしまい、瞬く間に後がない状況へ追い詰められてしまっていた。

(……これはいけませんね。奥の手を使わねば)

 危機を感じたセレーネは、自身のサポートパッドにのみ備わる隠しコマンドを用いて雄喜の妨害を試みる。
 その結果……

「はあ!? 嘘でしょ!?」
「……なんだこれは」

 それまで彼が海辺からゴール地点へ移動すべく通っていたコースを成す全ての足場が、悉く消滅した。
 結果、道中に居た雄喜は海に落ち、転移魔法でスタート地点に戻されてしまった。

(上手く行きましたね。これぞ我らが奥の手"コースバニッシャー"……
 オートマトンによってのみ入力し得る専用特殊コマンドを用い、相手コースの足場を消し去る究極の秘策……)

 元より"足場を跳んで海を渡る"競技である『海上飛石連携競走』に於いて、ランナーの飛行や浮遊などは認められていない。腹か腰辺りまで入水すると"海に落ちた"とみなされる為泳ぐことも不可能である。
 つまるところ足場が全て消えた時点で敗北が確定してしまう……。

(よくやってくれたセレーネ! それでこそ我が腹心!
 さて、人間風情に聊か遅れを取ったがここから巻き返させて頂くとしよう!)

 ルージュは勝利を確信していた。
 日光で身体能力が落ちた時はどうしたものかと焦ったが、それを含む不測の事態の為にコースバニッシャーを用意しておいて本当に助かった。
 これで心置きなく余裕で勝利できると、吸血鬼はそう思っていた。

 だが……


「……腰か腹、か。うん、不可能じゃないな。
 マキさん、安心して下さい。
 この競技まだ何とかなりそうです」

 対する雄喜は一見訳の分からないことを言いつつ、
 浜辺から海目掛けて走り出した。


「「「「「「「!?」」」」」」」


 その光景を目にした全員が面食らったのも無理はない。
 何せ雄喜は足場など何もない海面を素足のみで疾走し、浜辺から海上の足場まで一気に駆け抜けてしまったのである。

「さて、リセットされたから……あと五往復か」

 軽々言い放った彼は先程と同様に水上を走って浜辺と海上を往復し続け、いともたやすく勝利を掻っ攫う。
 水上走行に際し彼の身体は精々膝までしか入水しておらず、設定された魔術には落水とは見なされなかったのである。

「お、おのれぇ! そのような方法があるか――ッだわあああああっ!?」

 一方のルージュはと言えば、日光による弱体化に加えて疲労と脱水症状でまともに競技をこなす体力すら残っておらず、それでも無理をした結果見事に落水。
 現れた海棲魔物娘らに捕まり、そのまま海中で丁重な"持て成し"を受けることになる……。



"聖戦"第四試合 『海上チャンバラ』
 及び
"聖戦"第五試合 『オーシャン・ヌードリング対決』


 続く第四試合と第五試合はどちらも呆気ない結末を辿ったので纏めてご紹介させて頂く。

 まず第四試合の『海上チャンバラ』……
 海上へ水平に架けられた円柱に跨り、手にしたスポーツチャンバラ用の刀で相手を攻撃し海へ落した側の勝利……という競技である。
 対戦カードはホルスタウロスの小田井真希奈 対 オーガのパッション。
 体格に恵まれた者の多い不良警官らの内でも随一の巨体を誇るパッションは古来より続く軍人一族の生まれであり、純粋な格闘能力に関しては警視庁に属する魔物娘の中でもトップクラスではと目されるほどの女である。
 ともすればアクションシーンを演じがちとは言え所詮は文化人、かつ特殊な人化術によって筋力が落ちている真希奈にとっては本来極めて分が悪い難敵なのであるが……

 そんな"難敵"パッションの敗因は事もあろうに"自滅"であった。


 経緯としては以下の通りである。

 試合開始直前、海上へ架けられた円柱に跨り身構える真希奈とパッション。
 お互いやる気は十分……ラフプレー無しの真剣勝負が繰り広げられるものと思われた。
 然しその刹那、パッションはふと自分へ向けられた視線を察知し、その方向へ目をやった……。
 視線の主は事もあろうに志賀雄喜。
 しかも彼が大鬼に向けていたのは、断じて熱くなく、かと言って冷たくもない、劣情はおろか如何なる感情も込められていない虚無の視線であった。
 これに魔物娘としての誇りを傷付けられたパッションは、円柱へ跨りつつ雄喜を怒鳴りつける。

『なんであるかその微妙な視線は!?』

 すると雄喜は、これまた虚無といった感じの喋りで答えた。

『ああ、悪いね……。だがこれも仕方のないこと、どうか咎めないでくれると有り難い』

 一体どういうことかとパッションが訪ねれば、男優はやはり虚無の喋りで答える。

『あんたのちょうど反対側、丸太に跨るマキさんを見てると無性にムラムラしちまってしょうがないんだ。
 なんというか、情けも品も無い話で申し訳ないが勃起してしまうわけだよ。
 ああ自分も彼女に跨られたい、跨られ締め付けられて、内側に解き放ったりしてみたいって衝動に駆られてしまうのさ。
 しかも質の悪いことに、彼女以外を見ていても目に映るもの全て、瞼の裏の暗闇さえもが彼女を思い起こさせ血が下へ行ってしまうもんで……。

 だが不思議なことにあんたを見ているとそんな衝動がふっと消えてな、どこか寂しさや残念なような気持ちになりながらもとりあえず身心が落ち着きを取り戻すような感じなわけだ。
 恐らく美しさとかエロスよりもカッコよさや迫力が優先されちまうんだろう、誇りこそすれ恥ずべきことじゃないよ。
 こっちとしてもあんたに視線を向けるのは不本意極まりないんだが、そうでもしなきゃ落ち着いてられないから試合終了までこのままで居させちゃ貰えないかい?』

 ここまで言われて微塵も不快感を示さない魔物娘などそう居ないであろう。
 まして元来凶暴なオーガ、それも名家の生まれで性格に難があるならば猶更である。
 腹を立て怒り狂ったパッションは雄喜を怒鳴り付けるが、芸能界の荒波に耐えてきた……どころか芸能界へ入る前から数々の生き地獄を潜り抜けて来た経歴のあるこの厭味ったらしい性悪男優がその程度で動じるわけもない。
 結果、『真希奈対パッションの海上チャンバラ』に先駆けて『パッション対雄喜の口喧嘩』が勃発……低レベルな舌戦は両者一歩も引き下がらないままヒートアップし続け、
 開戦から六分程経った辺りで怒りが限界に達したパッションが『この牛もどきより貴様を先に始末してくれる!』と立ち上がり――落ちた

 何せ彼女が居たのは横倒しにされた円柱の上である。跨るならまだしも立つのは中々難しい。
 ただ、それだけならばオーガの身体能力なら或いは落ちずに済んだことだろう。
 事実パッションはただ腕っ節が強く体格に恵まれているだけでなく、抜群の身体能力と天性の運動センスを以てあらゆるスポーツを軽々とこなす天才的なアマチュア・アスリートでもあった。
 本来であれば横向きの円柱の上に立つ程度造作もない。であれば何故落水したのか?

 その展開を決定付けたのは、彼女が密かに隠し持っていた"開封済みのボトル"にあった。
 立ち上がった拍子にぽろりと落ちたそのボトルに入っていたのは明らかに水ではない透き通った液体……炎天ビーチに於ける美女の必需品(?)、サンオイルであった。
 実はパッション、水上チャンバラで確実に真希奈を負かすべく、彼女にサンオイルをボトルごと投げつけ油で滑らせて海へ落とそうとしていたのだ。
 だが雄喜との口喧嘩に熱中する余りそのことをすっかり失念していた大鬼は、勢いよく立ち上がった拍子にサンオイルのボトルを落としてしまう。
 しかも隠し場所が悪かったか、そのまま何にも接触せずただ海へ落ちて行けばよかった筈のボトルはよりにもよってパッションの真下に落下……彼女の立つ足場を油塗れにしてしまう。
 
 ここまで書けばもう後の展開は容易に想像がつくであろう、ぶちまけられたサンオイルは彼女と足場との間に生じていた摩擦を根こそぎ奪い、結果パッションは呆気なく海へ滑落していった。

(勝手に口喧嘩して勝手に自滅した……何がしたかったんだろうあいつ……)

 実質的な不戦勝となった真希奈が抱いたのは、この状況にあって至極尤もな感想であった。


 そしてそのまま迎えた第五試合『オーシャン・ヌードリング対決』。
 "ヌード"などという単語が入っているので、読者諸氏の中には『ようやっと魔物娘図鑑らしいえっちな競技か!』と期待に心躍らす方が、もしかしたら天文学的確率で居られるかもしれない。

 那由多に一つもそんなことはあり得ないと思うが、誤解を解くべく説明させて頂く。
 この『オーシャン・ヌードリング対決』……その実態は卑猥さどころか魔物娘図鑑らしさすら微塵も見受けられない……どころか多くの魔物娘たちが難色を示しそうな、危険極まりない競技である。

 そもそも競技名にある『ヌードリング』とは、アメリカ合衆国南部を発祥とする伝統的なナマズ漁をいう。その最たる特徴は何と言っても道具を用いないこと……漁網も釣具も銛も使わず、ただ己の手のみでナマズを捕獲するといったもの(このためナマズ以外の生物に襲われる等危険も多く合衆国に50ある州の内、2021年現在この漁法を合法とするのは11の州に留まる)。
 そして聖戦第五試合『オーシャン・ヌードリング』とはその名の通りヌードリングの海版であり、素手のみで様々な海洋生物を捕らえては、その総数・重量・鑑定価格といった数値の大小を競い合う競技なのである。

 この段階で既にかなり過激かつ危険な競技であるが、拵えられた特設競技場の仕様により、本競技はより過激で危険極まりないものとなってしまう。

 というのもその特設競技場――といっても海岸の岩場から五十メートル四方の区画を特殊な柵で囲っただけの簡素なもの――の内部は、魔海を再現したKANZAKI内部の異次元空間にあって例外的に地球の南海が再現されていたのである。
 それが一体どういうことか……聡明な読者諸氏であればご理解頂けていよう。
 即ちその区画は、地球の南海に生息し得るありとあらゆる危険生物がうようよとひしめき合う地獄と化しているのである。
 これがまだ魔海であればそこに生息するのは比較的大人しく無害な傾向にある海棲魔界獣であり、まだ幾らかの安全性は保障されていたであろう。然し地球ともなるとそうはいかない。

 サメ、イモガイ、ウミヘビからウツボやアカエイ、カツオノエボシにオニヒトデ……宛ら海中版の怪物怪獣オールスターとでも言うべき面々が全域に揃い踏む。安易に近寄ることも躊躇われる海中の魔境がそこには存在した。


 そしてそんな危険極まりない競技に出場するのは我らが『怪物俳優』志賀雄喜。
 対する不良警官側からの出場者は『地獄の猛犬』『最強にして究極の野獣』を自称するヘルハウンドのケンジョーであった。


『そうか、お前ヘルハウンドか』

 ケンジョーの名乗りを聞いた雄喜は、わざとらしく驚いた様子で猟犬相手に一言投げかけた。
 どういう意味だとケンジョーは問いかける。
 雄喜の返答(敢えて具体的な内容は伏す)は一応、字面としては褒め言葉であったが……荒っぽいケンジョーは自らのプライドに泥を塗られたと解釈し激昂。
 これに対し雄喜は自らの非礼を認め謝罪するのだが、これがまた火に油を注ぐ結果を招いてしまう。

 そして烈火の如く怒り狂ったケンジョーは雄喜に殴り掛かろうとした……が、如何に不良警官とは言え彼女も立派な魔物娘。
 それもただ狂暴なだけでなく、先祖代々より本能的に『全力で弱者を護ることが強く生まれたものの負うべき使命』との気高き思想を持つヘルハウンドである。
 堕落し歪みながらもその本能を完全に忘れていなかったケンジョーは怒りをぐっと堪え、かえって雄喜に対し『こいつの口が悪いのは、隠れた自分の弱さを必死にカバーしようとしているからではないか。女の前で強がろうとして無茶をして、だからこんな風に歪んでしまったのではないか』と推測……
 熟考の末『是が非でも守ってやらねばならない。だが口で言っても理解しないだろう。ここは自分がこの競技に勝ち圧倒的な力量差を見せつけることで、奴に己の弱さを自覚させ強がりから解放、楽にしてやるのが先決だ』との結論に至る。

『だったらよぉー! ド派手で高級そうなデカブツをっ、たくさんとっ捕まえてやんねぇとなぁー!』

 そんなこんなで意気揚々と海に飛び込んだケンジョー。
 彼女の本心としては如何に危険生物だらけであろうと所詮地球のものなら魔物娘に劣ろう筈もない、つまりこの勝負人間より優れた魔物娘である自分に軍配が上がるだろうと考えての行動であった。
 そして、その先に待ち受けていた結果とは……


『ギャッヒィィィィィィィン!』


 あまりにも呆気なく、
 かつどうしようもなく悲惨な形での自滅であった。

『クヒィン! キッヒィインッ!』

 傷付いた、若しくは恐怖に震える飼い犬のような悲鳴を上げながらもがき、溺れるケンジョー。
 彼女の自滅、その原因は"海洋生物に襲われ決して軽視できない深手を負った"という、単純明快にシンプルかつ恐ろしいものであった。

 魔物娘の身体が防護魔力で覆われており、極上の触り心地を誇る柔肌であっても並の武器ではまず傷付かないことは周知の事実である。
 然しその一方、地球生物の中にはどういうわけか防護魔力をものともせず彼女らを傷付けうる種も存在している(理由に関しては諸説ある)。また傷付けられない種であっても、爪や牙、毒針などで魔物娘の神経を刺激し苦痛を与えることは可能という場合が多く、
 マルーネ・サバトやロプロット・サバト系列の構成員など自然の中で活動することの多い魔物娘や、グレイリア・サバトの系列団体を始めとする魔物娘の医療を担う組織からも脅威と認識されていた。

 意気揚々と勢い任せに、何の準備や予備知識もなく特設競技場へ突っ込んだケンジョー。
 布地が少なめの水着しか身に着けていない彼女の防御力は、時に魔物娘の防護魔力をも意に介さない地球産危険生物を前にしては"人間より幾らか上で、致命傷にはなり得ない"程度……この場合では実質皆無に等しい。

 実際彼女は海に入って十歩ほど進んだ所で"オニダルマオコゼ"を踏んでしまう。
 ストーンフィッシュの英名通り海底に転がる岩石に似た醜く地味な姿をしたこの肉食魚は、背鰭、胸鰭、尻鰭にオニオコゼ亜科トップクラスの猛毒を分泌可能な棘を有し、それらの棘はビーチサンダルやウェットスーツ、果ては魔物娘の防護魔力さえ貫通するほどに強靭で鋭い。
 その毒の凄まじさたるや人間であれば高確率で死に至り、魔物娘にしても限られた例外――アンデッド系、精霊・エレメント系、魔法生物系の他、強固な鱗や外骨格を持つ種やごく一握りの上位個体――を除く大多数にとってかなりの脅威となり、死の危険もあり得るほどである。
 ただ、今回ケンジョーが踏みつけたのは比較的毒の弱い個体であり、彼女の種族が元来火山地帯のような過酷な環境で暮らす関係上生命力の高い傾向にあるヘルハウンドであった事から、オニダルマオコゼの被害を受けた魔物娘としては奇跡的なほどに軽傷で助かることとなる。

 だが、軽傷で済んだ事実こそがかえって彼女を更なる地獄へ引き摺り込むこととなる。

 というのもケンジョーはこの負傷を『尖った岩を踏みつけてしまっただけ』と誤認し『魔物娘である自分にしてみれば地球生物など恐るるに足らず』と思い込み、尚も進み続けてしまう。

 結果、腕には猛毒クラゲ"カツオノエボシ"の触手が絡み付き、オニダルマオコゼには劣る者の全身棘だらけで危険なことに変わりはない"オニヒトデ"を踏んでしまい、激痛に驚いた拍子に尻餅で"ウツボ"の巣穴を壊してしまい怒り狂った"家主"に尻を噛まれ……
 その後も"アカエイ"に刺される、"ウミヘビ"や"ヒョウモンダコ"に噛まれる、図らずも"ラッパウニ"を掴んでしまう、"ガンガゼ"の上に倒れ込んでしまう等悉く散々な目に遭い続け、暴れ藻掻く内に策を破壊。
 藁にも縋る思いで特設競技場の外へ逃げた途端、心配した様子の海棲魔物娘らによって海中に連れ去られてしまうのだった。

 この結果を受けてエールは泣く泣く雄喜の不戦勝を認めざるを得ず――彼に死なれては本末転倒だからである――第五試合は何とも言い難い空気のまま幕を閉じたのであった。


"聖戦"第六試合 『シークレット競技』改め『海上デュエル対決』

 聖戦の第六試合、当初シークレット扱いで詳細が伏せられていた競技の内容は『海上デュエル対決』であった。

「……決闘(デュエル)?」
「その通り! と言って勿論、普通に殴り合うわけではないぞ!
 マーレス、説明してやるがいい!」
「了解、でぇす……」

 エールに命じられるまま説明を開始したのは、同競技に出場するケプリのマーレスであった。

「いいですかぁ、納税者クンたちぃ?
 今までの"聖戦"はどれも身体能力が肝になる競技ばかりでしたァ……」
「今度は違うって?」
「そうです……この『海上デュエル対決』は頭脳がカギを握る戦い……
 何せ我々が海の上で行うのは、スポーツはスポーツでもeスポーツ。
 即ち"コンピュータ・ゲーム"ってワケでしてぇ……」
「ゲームでデュエル、ということはまさか……」
「おや、ご存知でしたか納税者クン?
 そう……お察しの通りボクがチョイスしたゲームはァ……

 『遊侠王 ARサバイバーズ』です」

 『遊侠王 ARサバイバーズ』とは、簡単に言えばTCG『遊侠王OCS』の電子版である。
 最新鋭の技術がふんだんに盛り込まれた同作はカードゲーム乍らに紙を必要とせず、カードそのものを含む全てが立体映像で表現され、その結果アニメ作品かのような戦闘が楽しめるという特徴があった。

「然し『ARサバイバーズ』は設備費用含め平均数百万、
 TCGの環境を完全に再現した最新版を実装しようもんならどんなに安値でも一千万は下らない額の金がかかるソフトの筈だぞ。しかも場所だって取るし」
「えっ、そうなんですか? だとしたら少なくとも個人で買うようなもんじゃないですよそれぇ……」

 雄喜の言う通り『ARサバイバーズ』はその高度かつ充実した内容に比例して高額な商品であり場所を取る上電気代なども高額なため、製造・販売元の企業も原則として店舗やアミューズメントパークのような施設・組織向けの商品として展開している程であった(本編で開催された『古坂彦太郎杯』もARサバイバーズを活用した大会である)。
 余程の……それこそ世界有数の大富豪でもなければ個人で購入・運用することなど有り得ない。
 だというのにこのやけに鼻につく喋りの甲虫は、たかが下っ端公務員でありながらARサバイバーズを所持しているという。

「聞いておこうか、虫。お前それをどこで買った?」
「と、言いますとぉ……?」
「そんなもん買って維持しておく金がどこにあったと聞いてるんだ。
 お前如き公僕の搾りカス風情じゃどうやったってそんな金稼げるわけがない」
「全くぅ……この税金はよく喋りますねぇ……ま、いいでしょう。
 そ、れ、でぇ〜……? コレを買った金の出所ぉ、でしたっけぇ?
 そんなの、簡単じゃないですかぁ……

頂いたんですよぉ〜、
 心優しい女王様からねェッ!
21/08/07 20:31更新 / 蠱毒成長中
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