読切小説
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むにむに悟りゲイザー
「お前の家、洞くつじゃないんだ・・・」

「当たり前じゃないですか」

 玄関の扉を開けて家に招き入れると『友人』のゲイザー フェンは、興味深そうに紅い目をきょろきょろと動かしている。
 結局友人からのスタートになったが、大きな一歩といっていいだろう。

28歳、独身。そんな肩書もこれでおさらばである。

「ふぅぅ・・・しかしさっぶいなー」

 内装鑑賞もそれなりに満足したようだ。今度は来ていたフードを脱いで床に放り出して、ストンと火の付いてない暖炉の前に座り込んだ。

「・・・・・」

『付けないのか?』と言わんばかりにこちらを見つめている。

「・・・」

 いろいろと言いたいことはあるが、実際に寒いので暖炉に火を起こすのに取り掛かった。薪を組み上げ火種を入れてと準備しているのを、彼女は楽しそうに頭を揺らしながら見つめている。そうこうしているうちに、やっと暖炉にも熱がこもり暖かくなってきた。

「はひゃ〜」

「あんまり近いと火傷しちゃいますよ」

 声なのか溜息なのかわからない間抜けな音を出しながら、手を火にかざして暖を取っている。とろんとした表情と口の端から漏れる涎で、気が緩み切っているのがうかがえる。まだ家に来て20分も経っていないのだが。

「あっづ!?」

 しばらくそのまま口を開けて火に当たっていたが、目に燃えカスが入ったらしく悲鳴を上げ転げまわって悶絶している。それを見ると、何となく癒された気がした。

「うぅ・・・油断したぁ・・・」

「だからあれほど・・・そういえば、昼ご飯どうします?」

「えー何でもいいよー」

 部屋が暖まりきったおかげで彼女はゴロゴロと床を転がりながら、自分の巣から持ってきた玩具で遊び始めている。

「聞き方が悪かった、どっちがご飯作ります?」

 今後はここで、今風にいうとルームシェアして暮らしていくことになる。だから、長い付き合いというか、一生の付き合いになるわけなので、出来れば今のうち家事などは当番制または分担制にしていきたい。
 ここに来る前にも彼女に話してはいたものの、普段は洞くつの中で引きこもっている彼女が、見慣れない外界の景色に気を取られて生返事だったことを思い出した。

「え・・・!?お前ご飯作れるのか・・・!?」

「ええ、まあ・・・」

 寝転がっていた体をガバリと起こし、瞳孔がすっかり開いた目でこちらを凝視して動かない。あまりにも予想外の反応で、返す言葉が見つからなかった。





「お前・・・コックさんだったのか!?」

「はい?」

 飯を作りたくない一心のでまかせの冗談だと思ったら、表情から察するに大真面目らしい。

「だって、料理が出来るってことはコックさんなんだろ!?」

「ちげえよ馬鹿」

「コックさん!今日あたしハンバーグがいいな!」

 フェンの自嘲気味な笑い顔しか見てこなかった自分が、初めて彼女の屈託のない笑顔を見た瞬間である。まさかその瞬間がコックと勘違いされてハンバーグを所望された時だったなど誰が想像できるだろうか。

「別にハンバーグくらいなら家でも作れるからいいですけど・・・
フェンさん、どうやってご飯食べて来れたんですか?」

「え?普通コックさんに電話して料理持ってきてもらうだろ?」

「普通にコックさんに出前しないし、自分で作るし」

 そして、魔界の技術は発展してるから電話くらい当たり前だろう。そう思いたい。

「じ、自分で!?何言ってんだ!
お母さんとコックさん以外は包丁使うと捕まっちゃうんだろ!?」

「そんな法律、ウチにはないよ・・・」

 やはり、彼女の表情は真剣そのものである。神様、ゲイザーなら何でもいいなんて言った俺に対する罰なのでしょうか・・・
 
 仕方がないので、俺が台所に立って調理を始めることにした。癪に触ることにちょうど食材もハンバーグを作るのにぴったりだ。
 フェンもそれにつられて俺の隣に来て、何をするのかとしげしげと眺めている。
 
「ふぉぉ・・・包丁だ!」ビクビク

 包丁を棚下から取り出すと2、3歩後ずさり、触手だけ近づけて様々な角度から観察し、嘆息を漏らした。
 俺はその触手の何本か邪魔なのをどけて、玉ねぎのみじん切りに取り掛かった。

「・・・・・」

 いつの間にか、またぴったりと隣に張り付いて、みじん切りするのを飽きもせず見ている。しかし、だんだんと玉ねぎが細かくなっていくうちに隣から鼻をすする音が聞こえ始めた。

「ぐしっ・・・玉ねぎ切ると目に染みるって本当なんだな
ま、あたしはどうってことないけどな・・・ずずっ・・・」

 ウルウルと目にいっぱいの涙を溜め強がっているが、触手の眼球からは滝の如く涙が流れている。後で床は拭かせよう。

「そうだ。少し使ってみます?」

「 ひゃう!? 

 ・・・あ、あたしはいいよ!また今度で!」

 上半身だけ振り向いて包丁を見せつけると、テーブルに突っかかるまで後退。
 その様子が少し面白いのでもっと悪戯してみることにした。

「あ、しまった」

「 ! どうしたんだ!?



 ほへっ!!?!!?!!!!?」

 駆け寄ってきたフェンに包丁でぱっくりと切れた指先を見せつける。加減して切ったので大した深さではないが、血はそれなりに出たのでインパクトはあったようだ。目を大きく見開き、口をぽっかりと開けたままその場を動こうとしない。

 
 ・・・10分経っても動こうとしない。






「いきなり血を見せるなんて変態かお前は!」

「失礼しました」

 ぷんぷんと頬を膨らませて怒りながら、スプーンで器用にハンバーグを切り分けていく。結局、彼女が目を覚ましたのは俺がハンバーグを作り終わり皿に装った後であった。
 他人ともほぼ接触がないうえに、怪我をすることもほとんどなく生きてきた彼女が突然血を見せられたら、確かに気絶してもおかしくないかもしれない。悪いことをした。

「全く、次やったら本気で・・・・あむっ・・・!・・・うみゃ!じゃなくてうまっ!」

「それはよかったです。でも口拭きましょうね」

 作ったハンバーグを思いのほか気に入ってくれたらしく多少は救われた気分になった。しかし、スプーンを逆手に持って顔を皿に近づけ、デミグラスソースが口の周りにべったりと付着している姿を見ると可愛らしさを感じると同時に疲れも出て来る。咀嚼する際はちゃんと口を閉じているのがせめてもの救いか。

「そういえば、フェンさんって仕事してるんですか?」

「ん?してない。それよりニンジン食べて」

 さも当然のように答えるかたわら、ニンジンをこちらの皿に投げつける暴挙に出た。

「それならどうやって一人で生活してたんですか?
部屋見ると結構いい暮らししてましたし」

「あぁ、お父さんとお母さんが毎月お金を送ってくれるんだ、
あ、おい!やめろよ」

 まさか親から仕送りしてもらっていたとは・・・こちらもニンジンを倍にして送り返す。

「で、月いくら貰ってるんですか?」

「5000ゴールドだっけかな」

「5000ゴールド!?」

 ちなみに中級役人の給料がだいたい1800ゴールドあるかないかである。

「貴方の親御さんどんな仕事してるんですか・・・?」

「えーっと・・・?なんか売ったり買ったりしてるな!」

「アバウトすぎる」

 月に5000Gももらっていれば毎日店屋物でも十分だろうし、あのフィギュアとゲームの山も納得がいく。
 毎日のようにあそこまで運ばされた従業員には気の毒という他ないが。

「もしかして、買い物も全部・・・?」

「む、そうだな。今の世の中ネット通販で大半買えるんだ」

「お願いだから作品タグ見てください」

 魔界の技術力ならPCやネットの一つや二つ・・・いや、深く考えるのはよそう。

「えー?じゃあお前どうやって買い物するんだよ?」

「外に出て自分で店に歩いていきますけど?」

「な!お、お前・・・化け物かよ・・・!」

 さっきから驚きすぎて目玉が丸く開きっぱなしになっているが大丈夫だろうか・・・
いや真に心配するところはそこではないのだが。


―――


「今のままでは、いくらなんでも引きこもり過ぎでしょ。
これからはもっと外に出ましょう」

「やだ!絶対やだ!!」

 食事を終えて、居間でくつろぐフェンに思い切って、外に出る提案をしてみた。案の定断固として外に出る気はないようである。

「アントアラクネでももうちょいマシな生活・・・してないな。あれは除外しましょう」

「いいじゃん別に働かなくたって!
お前も一緒に引きこもろうよぉ・・・な〜?」

 ずりずりと芋虫のようにこちらに這いずって来て、ズボンの裾に縋りついて揺すってくる。危なくズボンが脱げかけるところだった。

「何言ってるんですか。いつまでも親からの仕送りがあるわけじゃないんですよ」

 とは言ったものの、魔物の寿命を考えれば甘やかそうと思えば100年でも1000年でも平気で甘やかしそうで恐ろしいものがある。

「大丈夫だって!お母さんも一人前になるまでは仕送りしてくれるって言ってるし」

「一生半人前でいるつもりだったんかお前は」

「えー、いつか働くけどさー別にすぐ働かなくたっていいじゃん・・・

ほら、一緒にSabbatoon(サバトゥーン)やろうぜ!」

「嫌です」

「やろうってば〜」ミョミョミョミョ

 足にしがみ付いたまま、じっと上目遣いでこちらを見つめている。引き込まれそうな紅目は薄く光り、深く見つめるとそのまま我を忘れて彼女の言う通りにしたくなってくる。跳ね除けてもいいのだが、甘えてくる姿が非常に可愛らしいので付き合うことにしよう。

「1時間だけですからね」

「くくくっ・・・お前を悔しがらせるのなんて1時間あれば十分だ!」

 実はこのゲーム、やったことがあるのだ。


―――

「なんだ、最初は味方同士か、命拾いしたな!あたしの足引っ張るなよ!」

「あ!お前、あたしが塗ってるのに先に塗るなよ!」

「うぅぅ!あたしが倒そうとしてたのにぃ!」

「ぐぎぎぎ、お前のせいで全然活躍できなかったじゃねえか!」



「よっし!次は敵同士だな!さっきの恨みも込めてギタンぎたんにしてやる!」

「なっ!?おい!今どうやって倒したんだよ!?」

「うわ!また!!」

「あたしばっかり狙うなって!!」

「だからやめろって!!」

「さっきから復活地点から出られないじゃん!!」

「バーカ!!バーカ!!・・・グスッ」

「ふぐっ・・・ひぃ・・・うぇぇ・・・」

「・・・・・・・・」



ポチッ



「負けたからリセットなんて大人げない・・・」

「大人げないのはどっちだよ、ぶぁぁぁぁぁか!!」ポカポカ

 画面に惨敗の結果が表示されると、無言でゲーム機のスイッチを切り、俺に向き直って飛びかかってきた。その拍子に俺が後ろに倒れこむと、彼女はそのまま乗り上げて胸の当たり殴り始める。しかし、か細い腕で振り回すように叩きつける拳には痛みを与えるほどの力はなかった。
 それよりも、泣いて暴れたことで発汗した全身から漂う甘い体臭や、全体的にスレンダーな体ながらもむっちりとしたふとももの触感、控えめに膨らんだ乳房がささやかに動くのを間近に見れる多幸感の方が、ある意味問題である。

「あんまり頻繁に誘われても困るので、
思い切ってパッケージ見るだけでも嘔吐するくらいボコボコにしようかなと」

「思い切りすぎだろうがぁぁぁぁ!!

う・・ひっぐ・・・ひっぐ・・・びぇぇぇぇぇぇぇん!!」

 そう叫ぶと俺の胸に顔を埋めて、大泣きし始めた。少し遠くから見るとそれなりに絵になる構図ではあるが、現実は単なるゲームがきっかけの喧嘩である。

 そして、俺の他人から嫌われる部分とはこういう所なのではないかと、泣きすぎてえづいているフェンの頭を撫でながら考えるのであった。


―――

「お前はさっきからあたしを虐めて、本当に友達になる気があるのか!?」

 腹の上に乗ったまま泣きはらした目でぎっと睨み付けてくる。今日の事で溜まったものが爆発したのだろう。

「もちろん。俺はただフェンさんに社会適応能力を少しでも身に着けてほしいと・・・」

「切れた指見せたりゲームでボコボコにするのと何の関係あるんだよ!!」

 完璧な論破である。 

「あたしとお前が似た者同士だと思ったからお前の家に来たのに・・・
 こんなことしてると帰るからな!」

 もし、本当にその気だったとしても帰れるのだろうか。もはやこの家からも一人で出られないのではないかと勘ぐってしまう。いや、帰る原因を作ったのは俺なのだから、家まで送っていくのが適切だろうか。そもそも、当然引き留めるわけだが。

「やだな、似た者同士の嫌われ者だから、嫌われることして当たり前じゃないですか」

 この場は適当に屁理屈こねてなんとかしよう。

「何言ってるんだ?」

 怪訝そうにこちらを見つめて、体が密着するほど顔を近づけた。うちに来る前も来た後もさんざん弄り回したのでもはや俺への信頼値は0に近しい。

「いいですか?貴方とは俺は似た者同士なんですよね?」

「ん、んむ」

 コクコクと首肯し、認めるフェン。やはり根は素直なのだと思う。俺と違って。

「で、貴方は嫌われ者」

「・・・まあな!別に嫌われてもいいけどな!」

 一瞬固まり、目を逸らした。強がっているのが丸分かりである。

「似た者同士だから俺も嫌われ者ですね?」

「そうなるな!お前もあたしと一緒の仲間だぞ!キヒヒっ」

 一転して嬉しそうにニッタリと笑った。

「で、嫌われ者ってのは、嫌われることをするから嫌われると」

「え?うん、まあ、そうなるのかな?」

 戸惑い、少し思案したのち一応頷いてみせた。

「で、俺は嫌われ者なので、フェンさんに嫌われることをするのも当然と」

「んん?んんん?何かそれおかしくないか?」

 顔をしかめて結論の違和感があることを抗議してくる。

「どこら辺がです?」

「いや、どこって言われても・・・なんとなく」

 違和感の原因を必死で考えているようだが、それにたどり着くことが出来ないようだ。次第に目の焦点がブレ始め、視線が泳ぎ始めた。

「なんとなくおかしいっていうのは反論になりませんよ」

「え、だって・・・
あれ?頭がこんがらがってきた・・・」

 詭弁も詭弁だが、人とのコミュニケーションを極限まで断っていた彼女では思考を正確に言語化できるほどの語彙や、筋道立てた反論ができる論理性が培われていない。
 その証拠にもう涙目で目を回している。

「ややこしい話でもないでしょう。嫌われ者が嫌われることをしたんです。
俺を似た者同士だと思って家に来たのなら、こうなることくらい分かっていたはず」

「そ・・・そういうものなのか?」

 混乱している所にもう一度ダメ押すと、あっさりと認めてしまった。

「そういうものです」

「・・・じゃあ、虐められても仕方ないかな」

 伏し目がちに背中の触手もろともうな垂れて全面降伏状態である。

「ですね。でもそんな生活、あんまりじゃないですか?」

「だって、やっとあたしと同じ奴に会えたんだし・・・一緒にいたい」

 いじらしいの一言に尽きる。

「だから我慢すると・・・それよりもっといい方法ありますけど」

「そんなのあるのかよ・・・?」

「ええ、簡単ですよ。俺とフェンさんが似た者同士なら、
フェンさんが嫌われ者じゃ無くなれば、俺も嫌われ者じゃなくなりますよね?
だから、意地悪しなくてよくなるんですよ」

「・・・・・・・・・そっか!そういうことになるな!」

 しばらく呆気にとられていたが、彼女の頭の中で情報処理が終わると、得心の声を上げた。

「でしょ?それに嫌われ者からの脱却なんてとっても簡単ですよ」

 嘘である。一度定まった悪評を覆すのは死ぬほど難しいのは誰もが知る通りだ。
しかし、彼女は嫌われ者と勝手に思い込んでいるだけの哀れなゲイザー、現時点からの脱却がとても簡単なのは事実である。

「本当か!それなら、最初は何をすればいいんだ!?」

 目を輝かせてこちらを見るその眼にはすでに不信感や疑念はない。それがあまりにも眩しすぎて俺には直視できない。

「その前に・・・そろそろこの体勢疲れてきたから、下りてもらっていいですか?」

「きひひっ暖かいからイヤだ♥」

 白くギザつく歯を見せて悪戯っぽく笑みを浮かべて、小ぶりな胸がむにゅりと押潰れるほどさらにぴったりと体を密着させた。誘っているというよりも、先ほどの仕返しで天邪鬼しているようだ。愚息も精一杯存在を主張しているのだが、悲しいことに気づかれていない。

「なら気にせずこのまま行きますね。
まずは外に出て人と話す!」

「初めから難しすぎないか!?」

「話すといってもご近所さんにすれ違ったら挨拶するとか、
買い物した時にお礼言うとかそんなんでいいんで」

「それなら出来そうだ!」

「そうやっていろいろと慣れて来たら今度は社会貢献!つまりお仕事!」

「お仕事!」

「そう!自分のために働くことが周りの人のためにもなるんです。
そうやって社会貢献して周囲の信頼を勝ち取ることこそ人に好かれる第一歩なのです!」

「そっか!じゃあお前はそれに失敗したから嫌われてるんだな!」

「うるせえな」

 天真爛漫な笑顔から刀のような言葉が放たれる。
断じて誓うが俺は別にそこまで嫌われているわけではない。単に彼女の話に合わせているだけであって本当に嫌われているわけではない・・・はずである。

「でもさ、あたしが出来る仕事って何があるかな?」

「そうですね・・・とりあえずやってみたい仕事とかあります?」

「ゲーム実況!」

「却下です」

「じゃあ、歌い手!」

「せめて歌手を目指して・・・」

「よし!声優!」

「何が『よし!』なんだ・・・!!」

「えー!何がダメなんだよ?」

「もうちょっと現実見てくださいよ・・・
まったく、年いくつなんですか貴方は」







「え?今年で11歳だけど」











11歳だけど











11歳だけど











11歳だけど





11歳



11歳



11














28歳、独身。




ゲイザー11歳の子持ち
16/01/30 05:12更新 / ヤルダケヤル

■作者メッセージ
読んでいただきありがとうございました。
久しぶりに地の文ありの文章書いた気がします。

前作を書き終えてみてから思った広げたい部分を、好きに広げてみた今回のお話。いかがだったでしょうか?

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