連載小説
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エピソード8、忍び寄る影
八門遁甲(はちもんとんこう)の陣の中心

「おおっ、そこ! もうちょい下、下でござる。」
「あのねえ、伊江紋ちゃん。各地の戦況を見ようとはいったけど、
濡れ場を出歯亀しろなんて言ってないでしょ?」

ルアハルとその護衛の侍、伊江紋(いえもん)の二人は第二陣の部隊を待つ間。
各部隊に持たせた受信器の力を借り、遠見の魔法で映し出された各部隊の状況を見ていた。

「しかしでござるな。待てど暮らせど帰ってくる者がおらぬ以上。
ただ待つというのも退屈でござる。それぐらいは役得で許して欲しいでござる。
それに天使や魔王の娘の痴態などそうそうお目にかかれぬでござるからして・・・うっ・・・」

伊江紋の前には、一人の白髪のサキュバスを中心とした肉欲の宴が映し出されている。
隊を率いるノフェルが堕天し、万魔殿に引きこもってしまい隊は完全に崩壊してしまった。
ノフェルと似たような経緯で後を追うように堕落して異界に消える者が半分。
残った者達はデルエラを中心とした肉欲の渦に溺れ、色に狂って華を散らしている。

「んん〜、まあねえ、散った八軍と奇襲を仕掛けた一つのうちすでに5つが敗れてる。
しかも第二陣のうちでもトップ3の実力を持つ教団本部直属軍、巨兵部隊、レギウス軍。
それがこの5つの内に含まれてるときた。残りの4つも3つはほぼ壊滅状態。
比較的損害が軽微のエスクード殿の率いる部隊はどうなってる?」

「・・・先程と変らぬでござるな。完全にこう着状態でござるよ。」
「エスクード殿は反射を除けば大規模破壊などの大技を持たんからなあ。
完全に見透かされた上で完封されてるって感じだ。
まったくこれだけタレント揃いの第二陣に対し、
即興で対応できる選手層の厚さはやはりうらやましいな。」

映し出された映像にはゾンビやグール、マミーにスケルトンといった死人の群れが、
エスクードの率いる部隊と大混戦の殴り合いを展開している。

それらアンデッドの群れはそれを率いるリッチにより、
強化と回復を施されており少々傷ついてもすぐに再生してしまう。
エスクード軍にも、エスクードの掛けた全軍魔法による防御の底上げと、
後方部隊の回復により同じような効果が付加されていた。
両軍は決め手に欠ける泥仕合を延々とさせられていた。

肝心のエスクード、彼ならこの腐海を掻き分けリッチの首を上げることも出来た。
しかしそのリッチの姉であり、
この死者の軍勢の王であるワイトが後方で睨みを利かせていた。
彼女の能力であるエナジードレイン、彼女は触れずとも広範囲の相手にその能力を発揮する。
直と違い一瞬で行動不能とはいかないが、その分敵の軍勢全てにその効果を発揮する。
その彼女の干渉を遮蔽する。その事にエスクードは力を割かれ、
自身で切り込むだけの余裕は無い状態に追い込まれていた。

もし、ドレインの妨害をせずに彼が本気で攻め込んでも、
自分が彼女達を討つよりも自軍の側の崩壊の方が遥かに早いであろう。
エスクードはその事を冷静に感じ取り、次の手を打ちあぐねているようであった。

「とられはしないだろうがね、ありゃ完全な死に駒だ。
此処に帰ってくることは出来んだろうなあ。」

「しからばどうする? 大駒も失い、壊滅寸前の部隊と死に駒同然の部隊が残るのみ。
投了するのが打ち手としての取るべき道ではないのか?」
パチリと歩を進めると、ルアハルの前面に座るストクが言う。

「まあこれが将棋であればそうなんですがね。でもまあ・・・」
ルアハルは懐から懐中時計を取り出すと時間を一瞥して相手の陣内に角を打ち込んだ。

「むう・・・」
その角が攻めと守り、三方に睨みを利かせて攻めていたストクの手を止めさせる。
ストクは攻めるか受けるか一瞬迷う、だが堅実に受ける手を選択した。

「ふむ・・・そっちでくるか・・・なら。」
「くっ。」

打ち込まれる歩、陣地の中で歩は成り、金としてストクの守りを食い破る。
その隙間に打ち込まれる飛車、それは竜となりさらに先程の角も陣の中で馬となる。
と金と竜馬の猛攻にストクの必死の受けが続くが、
そこから十手さした後、うな垂れると告げた。

「無い。余の負けだ。」
「ありがとうございました。」
両者の礼で終わる。戦場の盤上対決。

「ふむ、我が遠征軍第二陣は十戦一勝、八敗一引き分けといったところかねえ。」
「ええ〜、これを勝利に数えるのでござるか?」

伊江紋は突然押しかけてきたストクと、
暇なら一局どうか・・・などと携帯出きる簡易版の将棋を取り出し、
本当に打ち始めたルアハルに呆れていう。

しかしその言葉に噛み付いたのはルアハルでなくストクの方であった。
「下郎、余とこやつの真剣なひとさし、愚弄するとあらばまた灸をすえてやるぞ。」
「うぇえ! め・・・滅相もござらん。だからもうあれはごかんべんを・・・」

ストクがこの陣に現れた際に一悶着あったが、
その時に伊江紋は彼女にコテンパンにのされていた。

「ふむ、あのウロブサに一杯食わせた奴がどれ程の男かと見に来たが、
成程成程、たいしたものだ。貴様、教団に置いておくには惜しい傑物よ。
どうだ? この戦が終わったらこちら側に来ぬか?」
「・・・それは結婚を前提としたお付き合いというやつで?」
「戯けが、余はすでに既婚よ。だが御主ほどの逸材なら娘達のうち誰かを嫁がせるも一興よな。
義経の奴と一局打たせてみるのも面白そうじゃ。」

「ははは、見込んでくださるのはうれしいですがね。お断りいたします。」
「余の誘いを断るか・・・納得の行く理由、聞かせてもらえるのであろうな。」
「簡単です。貴方側の陣営についても面白くない。それが理由です。
貴方達は強すぎる。知略など使わずともその気になれば勝利するのは容易いでしょう?
そのような側に身を置けば、俺の脳細胞にはカビが生えてしまうことでしょう。」

「困難な局面をひっくり返すが醍醐味、そう申すか。」
「そうそう、まあもっともどちらが勝つにせよ、
この戦が終われば大きな戦自体がもはや激減するんでしょうがね・・・」

「どちらが勝つにせよ・・・まだ勝ちの目はあると申すか。」
「まあ、こちらの仕事はすでに終わってるしなあ。
将棋で言えばすでに王手を掛けたといっても良い。
ただ、現実は将棋のようには行かねえからな。
下手に王に一太刀浴びせても刃の方が折れる。そんな世界だ。
だからこそ王手を掛ける駒はとっておきの大駒でなくては・・・」

「やはりいるのだな? 見えぬ伏兵がまだ。」
「おや、驚かないかあ・・・流石。」
「余り舐めてくれるでないぞ。御主に一杯食わされたとはいえ、
ウロブサやメルシュ殿も馬鹿ではない。
第二陣の中にいるべき者がいない、その事に気づかないと思うてか。」

ストクの言葉にルアハルはガリガリと頭を掻き散らしながら言う。
「・・・お察しの通り。御宅らの魔力探査を潜り抜け、
ポータル設置のための下準備をした者達。言わばこの作戦の根幹を成した者達。」
「そう、第二陣の陣営には、
魔力探知を無効化するような装備や能力を有したものはいなかった。
であれば結論は一つ、この第二陣すら更なる囮。本命の一刺しを隠すための。
そしてその者達はすでに城下、いや先程時計を見たな。
時間を考えれば城内まですでに潜入済みといったところか・・・」

ストクの言葉を聞きルアハルはうれしそうに両手をうつ。
「素晴らしい、まさにその通り。とはいえ・・・
その素晴らしい頭脳が今回は仇になっちまったなあ。」

少々残念そうにルアハルはストクに告げる。
「どういう意味だ?」
「俺としても犠牲は少なく済ませられればその方が良い。
その一点に関してはそちらさんと同意だったんだがな。」


※※※


「ではな学士殿、もう外の戦場で大きな動きはなかろうが、この場は頼みましたぞ。」
「了解しました。そちらも御武運を・・・」

対策本部にシャアルと魔女達を残し、
メルシュやウロブサ、それにナハルを始めとした猛者達は、
城内に侵入しているであろう暗殺者達を討伐するために部屋を後にした。

広大な魔王城の内部で目視のみで相手を見つける。
それは人員の少ない魔王陣営にとっては困難な事であった。
だが、敵の能力が魔力での探査の無効化としれれば、
相応に打つ手もあるというものである。

例えば、
剄(けい)という技術がある。
霧の大陸で生まれジパングなどで発展した武術の一つである。
場所によっては気やオーラなどとも呼ばれるその技術は、
魔力でなく精を媒介とし、
さらにそれを体内の丹田と呼ばれる箇所で練ることで生み出されるエネルギーである。

運用方は魔力のそれと似通っているが、
この技術は魔法反射や魔力無効化に対して効力を持つ特性を持っている。
その技の一つに環剄(かんけい)という物が存在する。
剄を周囲に張り巡らし、その内部のことを手中に収めるかのごとく把握できる技である。
本来の用途は囲まれた場合や、視界の効かぬ状況下での戦闘などであるが・・・

「ぬん・・・う〜ん、どうやらこの辺りにはいないようです。
次へ参りましょうかウロブサ様。」
「そうじゃな、入り組んでおるとはいえ、
入り口から侵入したのであれば通るルートは限られる。
それらを一つ一つ当たっていけばいずれはネズミを見つけられよう。
わしの方でも源平の兵を散らして捜索を続けるが・・・
正直彼らでは見つけられても仕留めるには力不足じゃろう。
出来ればこちらで見つけて先手を取りたい。頼むぞノヴァ殿。」

ウロブサの力、それはかつてジパングを二分した人間どうしの大戦の一つ。
源平合戦に参加した兵や武将を変化で再現する。
大規模変化の術である。そのほとんどは何の力も無い雑兵だが、
その内の半分を城内の捜索に当てることで、足らない人手を補っていた。

「御意。」
「それにしても・・・とんでもない剄じゃな。こんな出力は見たこと無いわい。」

達人と呼ばれるクラスでも半径数m〜十数mといったこの技だが、
ウロブサの目の前の元勇者は半径数kmの剄による球を形成していた。

北壁の勇者として名を馳せた男で、
オーラでの戦闘に於いては歴史上最強と呼ばれた男でも有る。
かつて、天界で作られた神造甲冑を、
そのオーラを剣にした奥義で一刀両断にしたという武勇も持つ。
インキュバスとなった現在、以前より遥かに精の保有量が増え、
さらに怪物と化した男でもある。

「ははは、その気になればもう少しいけますよ。
ただ、敵の数も質も不明ですし最初から飛ばしすぎてもいけませんから。」
「すまんのう。敵の情報が一切無い。
この戦場で一番危険な任務に付き合せてしもうて。」
「いえいえ、それはこちらの台詞ですよ。私にとってはイスナーニの弟を守る。
言うなれば家族を守る戦いですが、貴方方ジパングの魔物にとっては完全に善意でしょう?」
「いやいや、そんなことは無いぞ。この戦いの趨勢は日ノ本の今後をも左右する。
我ら妖怪と人の関係についてとても重要な戦いじゃからして。」


※※※


「どう? ナハル。見つけられそうかしら。」
「・・・いた! 予想通り。」

シュルシュルと舌を出し、ピロピロと空中を舐めるようにしながら、
しばらく視線を周囲に彷徨わせていたナハル。
その彼女の口から敵発見の報が上がる。

「位置と人数は?」
「位置は地下31階、第十三書庫の近くの通路。
人数は・・・一人、単独行動中みたいね。」
「だいぶ潜ってるわね。いいわ、潜入した総数は不明だけど・・・
そう多くはないはず。見つけた順に一つ一つ潰させてもらいましょう。」

エキドナであるナハル。彼女には蛇と同様のピットという器官がある。
蛇のそれは赤外線感知、熱を見る事が出きる器官だが、
ナハルのそれは超高精度の魔力探知である。
魔力を可視化するのみならず、壁を突きぬけ遥か遠方の対象をも判別可能である。

魔力で位置を探知することが出来ない敵に対し、
ナハルは逆転の発想で位置を特定する。
己の魔力を周囲に漏らさず、また識別もさせない能力。
ならそんな相手を自分のピットで見ればどうなるか・・・
彼女の予想通り、魔力で満ち満ちた魔王城内に於いて、
その敵はまるで其処だけ穴の開いたかのように影として認識された。
敵の姿も魔力量も判別出来ないが、位置だけはしっかりと周囲から浮き彫りになる。

「よっし、見失わないでよナハル。その位置だと此処から・・・先回りするわよ。」
「勿論ですメルシュ。あまりうろちょろされて王女様達に万が一があってはいけないし。
敵が何名かも判らない以上、手早く片付けましょう。」

メルシュとナハルを先頭にした一団は早速敵を補足し、
その敵の進路に対し先回りすべく、城内に数多設置してあるポータルの一つを目指した。


※※※


第二次遠征軍と魔王軍が魔王城の周囲で激戦を繰り広げる中、
城内はそんな周囲の喧騒とは裏腹に静けさに包まれていた。
大技の余波であろう地響きが時々鳴り響くのを除けばだが・・・
その最深部にある巨大な城としてはこぢんまりした部屋の室内。
其処では二人の男女が語らっていた。

「大丈夫かい?」
「平気、出産はもうたくさん経験してるわけだしね。」
「でもある意味では今回が初めてなわけだろ?」
「まあ不安が無いわけではないけど、ほら、言うじゃない?
案ずるより産むが易しってね。それに今此処は世界で一番安全な場所だわ。
みんなと、そして何より貴方が私とこの児を守ってくれているのだから。」
「世界で一番かどうかは自信ないけどね。」

男は謙遜気味に頭を掻きつつそんなことを言う。

「それにしても大仰なことだわ。ただ男女が愛し合い、営み新たな命を育む。
そんな当たり前のことをしているだけなのに、上はまるで天地が引っくり返ったような騒ぎ。
時折ではあるけど、地の底であるはずのこんな場所にまで鳴動が響いてくるわ。」
「無理もないさ。これから行われることは人間、魔物、神族全ての者にとって、
無視できない一大イベントなわけで、今日という日が無事に過ぎ去った時、
反魔物派の掲げる錦の御旗が布切れに変ってしまうわけだからね。」

「それはそうだけど、貴方まで大仰に扱わないで欲しいわ。
私と貴方、二人で成した事。そしてこれから二人で成す事。
とてもシンプルで何処の家庭でもやっていることなのだから。」
「・・・そうだな。その通りだ。
これからは何処の家庭でもこれが当たり前の時代が来る。
産まれる子が男の子なのか女の子なのかドキドキしながら待つ、
そんな当たり前の時代が・・・」

その時、二人だけの室内に三人の女性が入ってきた。
三者に共通するのは抜けるような白い肌、
シルクのような滑らかさとプラチナより美しい光沢を放つ白い髪。
ルビーよりも深く赤い色の美しい瞳、形状こそ悪魔のそれだが天子の羽のように白い羽と尻尾。
そして三人ともベッドの上で布団を被り横たわる女性の面影を宿している

「お母様、御加減は如何ですか?」
「お父様もお疲れなら代わりますよ。」
「んと、その、お水持ってきたよ。」

最初に話したのが第34王女のリション、
セミロングの髪と糸目が特徴でほのぼのとした雰囲気の持ち主だ。
スタイルは大変豊かでいらっしゃるようである。

次が第50王女のシェニ、
ショートカットで男装に身を包んだ麗人と言った格好だが、
その体のラインは女性であることを隠せてはいない。

最後が第99王女のシュリシ、
小さな背丈で見た目もまだ幼く、言動も何処かたどたどしい。
髪はロングで膝裏くらいまで伸び、屈むと地面に付きそうだ。

「大事無いわリション。」
「問題ないよシェニ、こっちとしては退屈してるくらいでさ。
ありがとうシュリシ、頂くよ。」

とことこ歩いてきたシュリシはお盆にのったコップを二人に差し出す。
それを飲み干した男性は、コップを盆に戻してシュリシの頭を撫でる。

「御馳走様。おいしかったよ。」
「ん・・・」

気持よさそうに目を閉じながらフンスと少しドヤ顔のシュリシ。
「パパ好き。」
「父さんもだよ。」

男はさらにシュリシの額に軽くキスをして返す。
頬を染めつつギコチナイ足取りでキコキコ戻るシュリシ。

上二人は少々不満顔だ。
「あらあら、お母様の前だから自重してると言うのに、ずるいですわねシュリシちゃん。」
「若さゆえの特権というやつだね。少々あざといけれどこの場は譲ろうじゃないか。
それにいいだろう? お父様なら心配は無用だし、
家族の親睦を深めるチャンスはいくらで・・・も・・・」

傍らから吹き出るように浴びせられる殺気に二人のリリムはしまったという顔になる。
殺気の出所はベッドの上であった。布団を被りそこから顔だけ出した女性のじと目、
それが物理的なまでに部屋の空気を圧迫する黒い殺気の出所である。

「私の見ていないところで、あなた達がどうあの人と親睦を深めているのか。
お母さんとっても興味あるなあ〜。あるなあ〜〜〜。」

「二度言った!」
「二度言った!! そこ重要なのね。」
「最重要事項よ! このファザコン共!!
何時までも城に入り浸って婿探しもせず父親といちゃついてんじゃないの。」

「でもお母様、お父様という極の上の殿方に
生まれてこの方愛を注いでもらい育った身としては・・・」
「そんじょそこらの有象無象にときめくのが至難というものでして・・・はい。」
「流石わ私の娘達、いい趣味してると褒めて上げたいぐらいよ。
でもね、却下よ却下! 私はこの人の物だしこの人は私の物。
例え娘でもその間に入るなんてお母さん許しませんからね。
我が家では親子のスキンシップとしてお触りまではOKです。それ以上は却下!」

キリッと布団にくるまれながら俺(わたし)の嫁(むこ)宣言をする姿は、
とても神に仇なす魔物の王とは思えない。
そもそもサキュバス種である彼女は、
対外的には爛れた乱交推奨などの立場を取っている。
ただし蓋を開けて見ればごらんの有様で、
旦那が絡むと娘相手でも大人気ないことこの上ない。


「そこらへんにしとけおまえ、あんまり怒鳴ると胎教に悪いぞ。
すぐに親離れ出来る子もいればそうでない子もいるってだけだろ?」
「貴方は黙ってて!」
「当事者なのに?!」

「ですがお母様。近親相姦や親子丼くらいどこの家庭でもやっております。」
「そうそう、食育の一環として離乳食に父親の精を、
っていう家庭はけして少なくないという統計データもあるそうですし。」
「他所は他所、家は家ですぅ!」
「普段は愛のある交わりなら親子の垣根など無いも同然とかのたまっておいて、
何と言うダブスタ・・・」
「そんなことだからデルエラ姉さまに尊敬しているが性的には少々乱れ足りない。
などと評されてしまうのですわお母様。
淫魔、その頂点に君臨される御方が生娘のようなことを申されては。」

じわりっ・・・布団を被っている女性の瞳がうるむ。
(あ〜あ。気にしてるところを・・・)

「貴方っ! 娘達が・・・娘達がまとめて反抗期に。」
「はいはい、お前達もその辺にな。これ以上母さんをいじめないでやってくれ。」

パンパンと手を打って男が場を諌める。
(これ以上この話題が転がると碌なことにならん。)

男は過去の経験から学んでいた。
確か百年くらい前にも似たような問答があった。
その時は男はつい口を滑らせてしまい。

「まあ娘のいう事ももっともだ。」
と口走ってしまったのだ。 
その後にだがそんなところがかわいくて好きだ。
そう言おうとしたが男にその台詞を言う機会が訪れるのはだいぶ後の事である。

男の妻は年甲斐もなく泣き始めた。
どうやらだいぶ前からその事を気にしていたらしく。
其処を娘に突かれ、更に夫も娘の肩を持ったと勘違いした彼女は泣きながら暴れ始めた。

「貴方は何っ時もそう。何時も娘の肩を持つんだわ。」

「きっと私より娘達の方を愛しているのね。」

「私が一人子を産むたびに、この世界での貴方の好きな人の順位で、
私は一つ一つ下に繰り下げられていくんだわ!!」

弁解や弁明をその耳に届けるには幾分落ち着かせる必要があったので、
男は必死に妻の攻撃を受け、周囲に及ぶ被害を軽減しつつ、
その怒りが抜けきるのを必死に待った。

男は最大限の努力をした。その時魔王城にいた全軍を動員し、
方々の神々に話をつけて一時周辺の民をまるまる異界へと避難させたりもした。
おかげで死傷者こそいなかったが、魔王城と城下町は半壊し、
周囲の村や町、山や谷が消滅した。
着弾場所に生命反応が無かったので見逃した流れ弾が、
魔界を越え教団側の建物を消滅させたりもしたらしいが、
彼らはこちらからの謝罪や賠償を断ったらしいので詳しいことは知らない。
恐らくプロバガンダにでも利用していることだろう。

村や町に関しては当然最大限の補償と復興用の労働力を提供した。

王魔界に住んでる住人、特に古株の者達にとっては自分と妻の夫婦喧嘩は、
ジパングにおける地震のような扱いなのだと言う。

動けぬ妻に代わり、自分や上の方の娘達を被災地へ謝罪に走らせたが。
「何時もの事とはいえ、今度のは少々大きゅうございましたな。」
などと村の長に笑って言われた時は複雑な気持であった。

まあ程度に差はあれ何時もの事なので、
その対応も手馴れたものである。
一月もすれば周辺の村や町は大体元通りか、
以前以上に復興してしまう。

魔王城の城下やその周辺ではちょくちょく家やインフラが消滅したり半壊するので、
土建屋さんと建築屋さんはかなりの数を魔王軍復興部隊として城に常駐させていたりする。
此度の戦いで第一次遠征軍を捕らえた地下通路も彼女達が拵えたものである。

また、作り直せばよいものは兎も角、
思い出の品など失くしたくない物がある場合、
王魔界中にミミックやつぼまじん達がおり、
彼女達がロッカー代わりとして、
品々を安全に補完しておくサービスも完備されている。

ちなみに、魔王城から見て星の裏側に建造された巨大保管庫である施設は、
増改築を繰り返し年々さらに巨大化していく姿を教団側に恐れられている。
魔王軍の重要施設として当りをつけて、
教団側の調査兵団が派遣されることも多々あったが、
預かった品にもしもがあってはならないと、
魔王軍でも選りすぐりの猛者達が警備に当たっており、
施設も易々と侵入を許さぬ厳重な体勢が敷かれている。

今日まで教団側がその施設の用途を理解する日は来ていない。
たぶんこれからも永遠に来ないであろう。
もっとも中の者と仲良くなればあっさりその秘密を知ることは出来るだろうが。

だいぶそれたが話を戻すと、
男は妻の癇癪玉の導火線に火が付く前に手際よく火種を鎮火する。
そこ等へんは流石に手慣れたものである。
同じネタでは喧嘩しないのだ。

だが、男は妻の様子がおかしい事に気づく。
肩を抱き、震えている。
顔色も一気に蒼白になっていた。

「駄目・・・そんな・・・」
その顔色から男は妻の絶望と悲しみを読み取り。
その原因に当たりをつける。

男は感覚を周囲に振り分ける。
すると城内に散らばる覚えのある魔力反応が次々と消失していく。
男は思い出す。次々に倒れ伏して消えていく仲間達。
その忌まわしい戦場の感覚を・・・

妻の反応から、その反応の消失がただの気絶や重傷の類でないことは判る。
男は緩んだ顔を引き締めると妻の手を握り言った。
「まかせろっ。」

妻は男の力ある言葉と、
痛いほど強く握られた指から伝わる温もり、
そして久しく見ていなかった夫の決意と覚悟で彩られた顔を見て、
その震えを止めた。

「お前達、すまんが母さんを頼む。」

娘達も事態を察したのか黙って頷く。

それを確認すると、男は右腕を右から左へと振った。
まるで空間に引かれたカーテンを開けたかのように目の前に口が開く。
「行って来る。」

男は空間に開いた穴に飛び込むと、
その穴はすぐにその口を閉じた。


※※※


時間は少々遡る・・・
メルシュとウロブサ達は、それぞれに敵を発見し接敵した。

だが、彼女達はこの日二度目のミスを犯した。
彼女達は敵を捕捉しておきながら、
この城で現在戦える最強の戦力を温存してしまった。

とはいえその判断も無理からぬことであった。
出産ギリギリまで傍にいてあげて欲しいという心遣いと、
万が一を考え魔王の側で護衛させたいという判断からであった。

そして地の利と数の有利があり、
メンバーも魔王軍選りすぐりの猛者達であったことから、
敵の情報こそなかったが対応は可能という判断を彼女達は下した。
そうしてそれぞれ発見した敵に彼女達は戦いを挑んだのだ。

しかし敵の力は、遥かに邪悪に、彼女達の想像を超えていた。

魔力の量、この世界に於いてもっとも判り易い力の尺度である。
同条件なら体のでかい奴の方が喧嘩が強い。
それと同様に絶対ではないまでも基本魔力の量は=強さといっても良い。

それが読み取れない今度の敵は、
基本的に戦ってみるまで力が判らないということでもある。

「ノヴァ殿・・・まずいのう。」
「ええ・・・あれは・・・」

だがウロブサやノヴァを始めとした一部の者達は感じ取っていた。
魔力の大小など判らずとも、発見した敵の姿を遠目から見た瞬間。
全身を駆ける死の気配が、はっきりとその存在への警鐘を鳴らしていた。

重機のエンジン音を聞いただけで、
車体を見ずとも乗用車など及びも付かぬ馬力を察するように・・・
蛙が大蛇を目の前にしただけで、
その先にある死をはっきりと悟ってしまうように・・・

ウロブサ達はその姿を見ただけで、
敵の力量が手に負えるものでないことを感じ取る。

「退くのじゃ。此処は逃げの一手ぞ。」
「いえ・・・ウロブサ様・・・もう遅いようです。」

ドドサッ ウロブサの後ろで突如として音がして兵が倒れた。

(何を・・・何をされた?!)

見えなかった   感じなかった   

「ノヴァ殿!」
「・・・解りません。環剄はずっと張っていましたが・・・
突然・・・後ろ二人の心臓が止りました。
誓って言いますが、何かを飛ばしたわけではありません。」

(呪術?・・・瞬時に発動する死の宣告とでも言うのか?!
そんな馬鹿な話が・・・そんなものをこの距離から長時間の詠唱も無しで・・・)

「考え事か? そのまま死ぬも一興・・・」

「「?!!」」

環剄のギリギリ内側、数キロ先にいたはずの敵が、
何時の間にかウロブサの背後を取っていた。

薄汚れた紅いマントのような布を纏い、
その内側は全身輝くような白い鎧で覆った騎士。
兜はフルフェイスで顔を覗く事は出来ない。

そんな存在が突如として一団の中心に出現する。
振り下ろされた手刀はウロブサの細い首を狙う。
だが、その一撃は光の壁に阻まれる。

「景清!」
ウロブサの足元から出現した赤い長髪を振り乱した異形の武者、
白い顔に目元は黒い隈取が特徴的だ。
彼はウロブサの手持ちで最強の武将、
三種の神器を操る鬼武者である。

彼の手にした八咫鏡(やたのかがみ)、
その生み出す結界がすんでのところで敵の一撃を受ける。
さらに返す刀で景清は草薙の剣を抜き放ち敵を袈裟切りにする。

だが、ガチュッ と火花と重い金属音を散らしただけで、
その鎧には傷一つつかない。

「模造とはいえ神器の剣でも・・・なんつう硬さじゃ。」
「神器・・・その程度の物に神の名を冠するとは・・・
火の国の者共は随分と慎ましいのだな。」

斬られるのも構わず再び腕を振り上げる敵、
だが、突如横からの衝撃によって吹き飛ばされ壁に激突する。

ノヴァが掌を敵に向けていた。
発剄(はっけい)という体内の剄を撃ち出す基本技術の一つだ。
だが、彼のそれはまるで一撃一撃が戦艦の艦砲射撃のような威力だ。
それをつるべ打ちすることで堅牢な魔王城内の壁も砕け、
敵の姿は壁を何枚もぶち抜き剄の射程の外へと吹き飛ばされていった。

「やったかのう・・・」
「いえ、恐らく無傷でしょう。
あれはオレイカルコスの鎧です。」

「オリハルコンとも呼ばれる天界で神が鋳造した代物か。」
「ええ、硬度、魔法耐性ともに反則みたいな性能の鎧です。
あれを着ている者の実力と合わせてかんがみて・・・
時間稼ぎにしかなっていないはずで・・・」

言葉を言い切る前に鈍い音がウロブサの後ろから響く。

「明察。」
穴の向こうに吹っ飛んでいったはずの敵が、
再び彼女達の背後を取っていた。

その貫手の先には胸を貫かれた景清が吊り下げられていた。
「景清?!」

葉っぱに戻される景清、だが他の者達も選びぬかれた魔王軍の猛者だ。
動じずに囲むように前後左右から波状攻撃を仕掛ける。

「・・・羽虫が・・・死ぬがよい。」

その言葉の終わりとともにみなに変化が現れる。
飛び掛る姿勢のまま、足を縺れさせて脱力しその場ですっ転ぶ。
スピードが出ていた分、もんどりうってすっ飛んで行き壁にぶつかって停止する。

「・・・馬鹿な、また?!」
仕掛けた数人が、全て同時に心の臓を止められ絶命していた。
今此処にいるのはみな猛者ばかり、立場上指揮を取ってこそいるが、
単純な戦闘力ならウロブサはこの中で一番弱いくらいに粒が揃っている。

そんな十数人がすでに半数近く命を落とした。
だというのに敵が何をしているのか未だに判然としない。
このままでは間違いなく全滅だ。

普通に考えれば退くべきだが、
逃げられる気がまるでしない。
(もう・・・死中に活を求めるしかあるまいな。)

「ノヴァ殿、こやつは危険すぎる。
責任ならわしが取る。絶命させるつもりでいけい。」
「承知。」

ノヴァが周囲に張っていた環剄を解く。
そして全身に巡る膨大な剄を一極集中。
右腕より不可視の刃として放出する。
まるで金属製の筋肉を引き絞るように、
耳障りな金属音のような音を鳴らして剄が長物の形に形成される。

「御安心を、オレイカルコスの防具ならかつて斬っております。
そして私の刀剄(オーラブレード)はその頃より遥かに強力です。」
「成程、その馬鹿げたオーラの量、貴様は北壁の勇者か。」

大波が来るまえに波が引き、それに足を持っていかれる。
そんな錯覚をするかのようにその場の全員がノヴァに軽く引き寄せられる。
それは膨大なエネルギーの奔流が集まり凝縮される過程の副産物だ。
耳障りな音は収束を終えた証か、その囀りを止める。

「皆の衆。その命、わしにくれい!」
ウロブサが飛ばす檄に残った皆がうなずく。
彼らは何の準備も合図も無しにウロブサの意図を察し、
再び縦横無尽に全方位から一斉に仕掛ける。

「愚か・・・儚き命だ。」
やはり同じだ。仕掛けたみなが攻撃に移る前に彼らは絶命し果てる。
だがその一瞬の隙をついて膨大な量の木の葉が舞い敵を包み込む。

「何のつもりだ?」
だがその木の葉も何をしたのか、一瞬で朽ちるように消滅させられてしまう。

「こういうつもりだ!!」
間合いの中にノヴァがいた。
たった二拍・・・みなの死とウロブサの葉の目潰しが捻じ込んだ隙間のようなその刹那。
しかしそれは間合いを詰め、刃を振り下ろすには十分すぎる時間。

ウロブサの目にさえ留まらぬ速度で振り下ろされた一振り。
それはまるで抵抗など無いかのように見事に敵の鎧を断ち割る。
刻まれた切り傷は深く、明らかに致命傷の一撃だ。 だが・・・

「・・・どういう・・・ことだ・・・ゴヴォ。」
「・・・馬鹿な。」

ノヴァの胸が敵に貫かれていた。
さらにもう一閃、容赦ない追撃で彼の首は落とされる。

「ノヴァ殿!!」
「成程、オレイカルコスをこうもあっさりと・・・
流石は音に聞こえし元勇者、見事な腕前だな。だが無意味だ。」

確かに斬った。間違いなく斬って捨てたはず。
ウロブサは確かに目の前でその瞬間を見たはずなのに。
敵の鎧の胸には傷一つ無い。何も無かったように綺麗なままだ。

(ああ・・・すまぬ。ヤオノ・・・婿殿・・・
孫の顔を見るまで死ぬつもりは無かったが。
このウロブサ、生きて帰れそうに・・・無い。)

此処まで敵見方共に死者ゼロを奇跡的に保っていたこの戦で、
初めて命が失われた戦いであった。
しかして惨劇は止らない。


※※※


先回りした敵に対し。ナハルのピットで相手を捕捉しつつ、
メルシュとナハル達はこちらの攻撃を魔法の空間転送で飛ばし、
相手の知覚外からの飽和攻撃で圧倒する。
そういう安全策を取ったはずであった。

直線距離にして数キロ。
数多の壁を挟み、さらに城内は侵入者用に空間が歪められている。
壁をぶち抜いてまっすぐ進んでいるつもりでも、
ループに嵌ってしまったりするように空間を弄られているのだ。

なのでこの手の遠距離攻撃が可能であるのも、
城内の空間の歪みを熟知しているメルシュがいてこその攻撃である。
敵に例え能力があっても同じ攻撃は出来ない。
地の利を活かした間接攻撃。

「メルシュ?!」
「どうしたのナハル?」
「敵の反応。消失しました。」
「消失?! 消滅でなく消失。」
「はい、消えてしまったのです。」

「面白い事をするな。攻撃そのものを転移して絨毯爆撃か・・・」

空気が凍りついた

その場にいたメルシュ、ナハル、他の兵達。
その後ろから声は響く。

「どうした? まさか手心を加えたあのような府抜けた攻撃で、
どうにかなるような相手とでも思っていたか?」

確かに殺さぬよう手加減していたのは本当だ。
だがそれでも真打である相手の力を見込んで、
あの巨大なゴーレムもどきでも破壊できるくらいの攻撃を何発も打ち込んだはずなのだ。
だというのに、目の前の白い騎士は纏う紅いボロ布にさえ焦げ一つついていない。

「どうした? 動かぬならこちらから行くぞ。」
胸の位置まで上げた腕を水平に、ただただ無造作に敵は振るった。

その瞬間、視界が半分に断ち割られる。
横一線、放射状に斬れていた。視界の及ぶ全てのものが・・・
城壁、武具、体、有象無象の区別無く。
まるで写真にハサミを入れたようにあっさりと・・・

背の低かったメルシュは無事だった。
だが、ナハルは下半身の一部を持っていかれていた。
すぐに自分で回復魔法を掛けて再生させるが、
その青い顔色はさらに蒼く染まっていた。

普通の背丈をしたほとんどの男女が、
その一撃で命を断たれていた。
悲鳴さえ上げる暇も無い一瞬の出来事だった。

溜めも力みも無い、軽いジャブだと言わんばかりの一撃。
その一撃でメルシュ達の一団は半壊した。

一瞬で悟る、目の前の相手は次元が違うと・・・
(デルエラ様、お許しください!)

メルシュは一瞬で殺気を膨れ上がらせ、
周囲の者達も手加減無用の合図を受け取り同様に殺気を出す。

「愛(う)い奴らよ。そうだ。此処は戦場。
殺さずなどムシの良い考えは捨てるが肝要だ。
もっとも、その程度で埋まる程、我らの溝は浅くないが。」
愉快そうに敵はその兜の下からくぐもった声を上げる。

(ナハル、アレをやる。時間を稼いで。)
(解ったわ。)

一瞬のアイコンタクト、阿吽の呼吸で二人は動き始める。
敵の射程は最低でも視界全域、ならば離れる意味は無い。
そう判断した生き残りの元勇者達が仕掛ける。

地面と壁、天井まで利用した三次元的な攻撃、
敵の攻撃力とリーチが如何に絶対でもこれなら誰かの刃は敵に届く。
そう考えてのことだった。

事実、正面から行った一人は再び振るわれた腕に切裂かれたが、
上下と後ろから伸びる剣と槍が敵の腕を掻い潜る。
だが皆攻撃ともに感じる手応えに違和感を感じ、
獲物と敵を見据える。

届いていなかった。
軽すぎる手応えの答え。
それは獲物の消滅だ。
振るわれた剣先が、伸びた槍の穂先が、
綺麗に抉られて消えていたのだ。

「我は空間の覇者、最強の矛と盾を備えし者。
何人(なんぴと)も我が攻撃防ぐ事あたわず。
何人も我が装いに掠る事叶わず。」

ブウゥウウウン 震えるような音と共に、
敵の周囲の空気が揺らいで歪む。

はち切れんばかりに溜められた歪みが一気に解放される。
その反作用とでもいうべき力が周囲に接近した勇者達を弾き潰す。
周囲の壁や天井ごと球状に押し潰され、近づいた者達はそれでもはや半死半生だ。

雑魚に興味は無い。
とでも言わんばかりに白騎士はその視線を彼らから外し、
未だ間合いを詰めぬメルシュやナハルへと向けた。

メルシュはその大鎌を踊るように振るい、
空中に地面に、壁に、幾つも幾つも連なるように魔方陣を書き込んでいく。

そしてナハルは切なさと痛みに堪えるような表情で下腹に手を当てている。
其処から大量の魔力を己が子宮へと注ぎ込んでいる。

「面白い。如何なる趣向に我を興じさせてくれるのか・・・」
その間、ふたり以外にも残った者達が高位攻撃魔法を放つが、
その全てが彼に直撃する直前で掻き消されてしまう。

「ヒッ・ヒッ・フー  ヒッ・ヒッ・フー。」
ナハルの呼吸音が一定のリズムを刻みだす。
それは出産を助ける呼吸法、ラマーズ法のそれだ。

「産まれろ・・・・・・生命よ・・・ 産まれろ、新しい命よ・・・んんっ   ああっ!」
エキドナは様々な種族の魔物を産める特殊な子宮を備えている。
ナハルはその子宮を利用し、己が魔力を込めて人造魔獣を産み出す事が出来る。
勿論、魔力切れと共に消滅する短時間のみの命だが、
その力は同量の魔力を使ったナハル自身の戦闘力を遥かに凌駕する。

「はあっはあっ・・・全部持って行きなさい。
あたしのとっておきの坊や、怪物王(テュポーン)!!」
グゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオム!!

下半身は大蛇、大きな猛禽の翼を持ち、肩より百もの竜や大蛇の頭を生やし、
上半身は人間のそれに酷似、だが頭部は大きな一つ目の化け物だ。
その全長は約1000m前後、まるで生きた山脈だ。
広大な魔王城の大広間が一気に狭くなる。
長さ数mのナハルから数百倍の怪物がひり出される。
まるで冗談みたいな出産シーンである。
その様は世界的人気の青ダヌキのポケットを思わせる。

「はっはっはっ・・・何とも愉快な珍獣だ。
かようなものは神話時代にでもいかねば普通拝めまいな。」
動く山脈と言ってよいサイズ差、アリと人間・・・
だが敵の不遜な態度に変化は無い。

テュポーンの巨大な隻眼が赤く光りを帯びていく。
カッと見開いた瞬間、そこから黒い噴煙と火山弾、
そして焔を纏った竜巻が飛び出し大広間を満たす。
大火山の噴火と大竜巻が一遍に室内に出現したも同然だ。

その圧倒的な災厄のエネルギーは白騎士のみならずメルシュ達まで巻き込む。

「メルシュ様。」
「ナハル様。」

残っていた魔女とサキュバスは必死に防御魔法で結界を張り、
テュポーンの起こした炎熱の台風の余波から二人を守る。
その最中にもメルシュの魔法陣作成は止まない。

ボンッ 頭上より音がした。
テュポーンの様子が何処かおかしい。
というより見た目が・・・何処か・・・

「あ・・・ああ・・・」
「頭が・・・」

災厄の大本、直系百m以上はあろうかという頭部が抉られ消滅していた。
そしてその巨体はまるで修正液を垂らされたように、
直系百m程の穴が連続で空いて綺麗にたいらげられてしまう。

「見掛け倒しであったが、中々面白い余興だったぞ女。
来世では動物園でも開くとよい、繁盛する事だろう。」

ナハルの全魔力を投じた魔獣の王が足止めにもならない。

「では最後は貴様だな。準備は終わったか?」
「おかげさまでね。」

メルシュの周囲の壁 地面 空間を問わず、
細密な魔法陣が描かれさらにそれが全体で幾何学な模様となり大きな魔法陣を形成する。

「もうお終いよ。貴方は其処から一歩も動けない。」
「ほう・・・これは・・・」

白騎士が前方に手を伸ばす。
するとその手が空中で消え、白騎士の兜に後ろから手甲が触る。
最高位の空間魔術。
内向きに繋がりループしている空間の檻。
其処にメルシュは白騎士を閉じ込めたのだ。

「あの短時間でよくもまあこれだけ入り組んだ空間を造れたものだ。
だが、出られぬと思うか? いかに入り組んでいようと、
解方出来ぬパズルなど存在しない。」
「まったくもってその通りよ、前に自信満々で同じ出題をしたら、
何処ぞの学士殿は五分ほどで解いちゃったのよね。
城内のポータルやディメンジョントラップ設置を仕切る立場としては、
プライドをおおいに傷つけられたわ。
でもね・・・与えると思う? 貴方に時間を・・・そんなに。」

白騎士を囲む狭い檻の中で、小さな光の粒子が収束していく。
「最高位の空間と爆裂 その複合魔術の味、
しかと楽しみさない。葬送の檻(フューネラル・ケイジ)。」

内向きに閉じたあらゆるものを逃がさぬ空間の檻、
その内側で魔力が強引に空気中の多量の水素原子の核と核を融合させる。
即席の水爆が、棺おけのような狭さの中で太陽を出現させる。

その元々の破壊力は1000km先からも爆発を視認出来、
地球を衝撃波が三周したと言われる皇帝の名を冠した水爆のそれに等しい。
その全エネルギーが狭すぎる空間を荒れ狂い全エネルギーを一つの対象へと集中させる。

この魔法の恐ろしい点は、そのでたらめなエネルギーの爆縮によって、
敵の体を構成する原子の核をも連鎖的に分裂や融合を起こさせ爆発させる点にある。
肉片一つ、分子や原子すら残さずエネルギーへと変えて敵を雲散霧消せしめる。
メルシュの奥の手だ。もっとも術の開発をしたのは前魔王時代の話しで、
実際に生きた対象に使うのはこれが初めてとなるが・・・

中で荒れ狂う熱と光りで発光する棺のような状況になっている。

「やりましたかね。」
「たぶんね・・・でも危険だわ。
こんなのが何人も潜入してるなんて・・・ウロブサ達は・・・」
「他人の心配か? 余裕だな。」

何時の間にか棺の光りは止んでいた。
何処へ消えたのか、空間の檻の中の膨大なエネルギーは全て消滅していた。

「そんな・・・」
「言ったであろう。我は絶対の矛と盾を持つ者。
だが芸術的な一撃だった。感心したぞ。
よって褒美を取らそう。痛み無き永遠の安息だ」

空間の檻の中で白騎士は指をパチンと弾く。
その瞬間、組み上げた魔術式も編み上げた空間も、
全て諸共に引き裂かれ切断される。
そしてその余波は・・・・・・・・・

「メルシュゥッ!!!」
(地面? どうして・・・)
メルシュの視界いっぱいに広がる地面と友の悲鳴。
それが暗転する彼女の意識が覚えている最後のものだった。


※※※


第100王女ミア、彼女はまだ余りに幼かった。

「いいですか? この部屋から出ないようにとの厳命です。
ミア様もご協力をお願いいたします。」
「・・・おしっこ〜。」
「そう仰ると思っていましたこちらです。」
お世話係のメイドサキュバスが部屋の隅を指差すと、
其処には何時もはないカーテンの仕切りと、床に魔法陣が描かれていた。

「異空間へゴミを捨てるための魔法陣です。トイレはあちらにお願いします。」

それを聞いて彼女は目をまん丸にしたまま絶句していた。

(あたちおうじょよ えらいのよ こうきなのよ 
それにへやのちゅみでなんて れでぇのしゅることじゃないもん。)
内心ぷんすか怒りながら彼女は脱走した。

幼きとはいえ其処は魔王の娘だ。
御付のサキュバスも知らぬ間に、
彼女は軽い空間魔法を習得し、壁抜けをやってのけたのである。

とてとて と何時も以上に閑散とした魔王城内を一人行くミア。
記憶を頼りに広すぎる城内のトイレを目指す。

(わがいえながら ひろちゅぎなのよね。
おはなちゅみにいくのも ひとくろうなのよ)

プルプル産まれ立ての小鹿のように震え始めるミア、
ダムの決壊が近づいているのだ。

必死に記憶を掘り起こそうとするが、
せり上がってくる尿意に邪魔され頭が真っ白けのミア。
そんな彼女の前に何時の間にか、
ガシャリガシャリと足音を響かせて白い騎士が立っていた。

「だ〜れ〜? みないかおね。ちんいりのゆうしゃしゃん?」
「・・・どうしたんだい? 苦しそうだけれど。」
「このしゃいだれでもいいのよ ねえ、おといれみなかった?」
「ああ・・・僕には解らない感覚だけど。
漏れそうなわけか、トイレなら僕の後ろの通路をまっすぐ行って、
突き当たりを左手に曲がった所にあったよ。」
「しょ・・・しょの〜つれていって・・・ほちいのよね。」

もともと白い顔を青白くさせているミアを見て、
その白騎士はしばし逡巡したが、頷いてミアを持ち上げ肩に乗せる。
「掴まっているといい、目を閉じてごらん。」
「どうちて?」
「そうすればすぐ着くからね。
さあ目を閉じて、いい子だ。それでは いち に さん。」

ミアが目を開けるとまったく動いた気配がなかったのに、
何時の間にか目の前には待ち望んだ桃源郷があった。
ミアの至福の時間がしばし流れる。

「ありがとう。 おにいちゃんのおかげなのよ、
れでぇのぷらいどはまもられちゃわ。」
「どういたしまして・・・それでね御譲ちゃん。」
「なにかちら?」
「僕も道に迷っていてね。君のお母さんに会う予定だったのだけれど・・・
迷ってしまったんだ。案内を・・・頼めないかな。」
「かあちゃまに?」

(あたちにはいちょがちくてあえない なんていっちぇおいて、 
ちんいりのゆうしゃしゃんにはあえるんでちゅね。)

内心でぶーたれるミアは思いついた。
誰だか知らないが、母に謁見できるならこの人は結構な人物のはず。
その人物を案内するという名分があれば、
自分も母と父を尋ねても文句は言われまいと・・・
最悪この人に庇って貰えばそれ程は怒られまいと・・・そう思った。

「いいわ おにいちゃんにはおちぇわになったち。
おれいにあんないちてあげゆ。」
「・・・ありがとう。 御譲ちゃん。」
「ミア、ミアはミアってゆうのよ。」
「そうかい、じゃあミアちゃん。いっしょにママの所にいこうか。」

こうしてミアと三人目の白騎士はいちろ魔王の元を目指す。
ミアの要望により肩車で二人は移動していた。
歩きだと時間が掛かるので、
ミアを怖がらせない程度のスピードで飛んで移動する白騎士。

「しょう、しょのまま、まっちゅぐなのよ。」
「了解。真っ直ぐだね。」
「ちょれにちても、おにいちゃんおかちいわよね。」
「・・・何が・・・おかしいのかな?」
「まりょくがちっともかんぢらんないのよ。でもはねもなちにとんでるし。」
「ああ、それはこれのおかげだよ。」

白騎士は纏っている紅いボロ布のマントを摘まんでみせる。
「・・・・・・びんて〜じっぽいのよね。」
「はは、気を使ってくれなくていいよ。ボロイ布切れだろ?
でもこれは聖骸布と言って聖人の遺体を包んでいた代物でね。
これで包んだものは外から魔力を感知されなくなる効果があるのさ。
物であれ者であれね・・・もっともデメリットもあるけどね。」
「ああ、ちゅとっぷなのよね。」
「ん、行き過ぎたかい?」

ミアの言葉に静止して地面に降り立つ白騎士。
「んと・・・たちかここは・・・こっちなのよね。」
「でもこっちは行き止まりだけど?」
「んふふ・・・ちょれがちがうのよ。」

得意げに前進を命じるミア、それに従う白騎士。
二人は壁のに激突するかのように見えた。
しかし壁は幻影で作られており、
中に入るとポータルによって最深部へのルートへ飛ばされる。

「これが・・・」
「ちょうよ。ちゅごいでしょ。」

「・・・うん、どうやら見つけたみたいだよ。たぶん僕が一番深く潜ってるかな。
そう・・・二人とも見つかっちゃったんだ。じゃあもうあまりじっとしている意味は無いのかな。」
突然、誰かと会話し始める白騎士、その長い独り言にミアはその兜をパンパン叩く。

「もちもち・・・だれとはなちてるでしゅか?」
「ん? ああ、一緒に来てる仲間と念話をしてたんだ。
ありがとう御譲ちゃん、案内はもう此処まででいいかな。
そろそろみなと合流して、仕事を始めるとするよ。」

白騎士はミアを地面に降ろす。
「離れたな。」
(?!)

突如、白騎士の目の前に白と黒のストライプが出現する。
「虎騙し!」
モフプニな両掌を思い切り合わせる人虎、
その手から閃光が発して周囲を包む。

その光りに視界を奪われた白騎士、
烈火の様に打ち込まれる多数の打撃、
だがオレイカルコスの鎧がその打撃を全て弾く、
白騎士が持ち直すと目の前にすでにミアの姿は無い。

「・・・みちゅかっちゃいまちた。ごめんなちゃいカリマ。」
「ご無事でミア様。」
彼女は黒い甲殻を着込んだ女性に抱えられていた。

「つけられてたのか・・・気づかせないとはやるねえ。」
「ミア様から離れる瞬間を待っていたぞ。この不逞の輩め。
それにしても・・・お〜いちち、なんつう硬さだ。」

白毛に黒い縞を走らせ、美しい銀の瞳をした人虎、
そして黒いマンティスが其処にはいた。
王族の護衛として影に付き従っている者達である。

「その首・・・掻っ切る。」
マンティスが動く、黒い影が目にも止らぬ高速で飛び回る。
その姿は残像を伴い、数十人程に見えるほどだ。

彼女はクノイチの抜け忍に弟子入りし、
忍びの技を収めるマンティスである。
黒鎌(ブラックマンティス)として名を馳せた彼女はその腕を見込まれ、
今は王族の護衛をしている。

「スピード自慢というわけかい。ああ、運が無いなあ。本当に運が無い。」
「切り刻んであげる。鎧の隙間という隙間を。」

スピードにより作り出した残像に、
徐々に徐々に魔力分身で作り出した実像を混ぜていく。
本物は一つと見せかけ全て実体を持った多重斬撃。
初見殺しの彼女の十八番だ。

「バラバラにしてあげる。生きてさえいればあとでどうとでもなるし。」
「おおこわい。こわいから・・・逃げるとしよう。」

超スピードの彼女の動体視力は当然高い。
だがそんな彼女の視界からすら白騎士は一瞬で消える。
(どこ!?)
「後ろだ! カリマァ!!」

相方の人虎が叫ぶ。だが全ては遅すぎた。
数十の実体を持った分身で囲んでいた白騎士は突如その囲いを抜け、
カリマと人虎の間に出現する。

「いち に さん。」
白騎士が指折りカウントダウンをし、その最後の指が折れた瞬間。
分身も本体も全てのカリマが爆発した。
分身は消え去り本体だけが黒焦げになり、
超スピードのまま壁にぶつかりめり込む。

「虫の息だね。蟷螂だけに。」
「貴様・・・いったい・・・」
「しかしすごいね、残像だと思ったら全部触れてさ、
ニンジャ〜、ワザマエ、ジヒハナイ。ってやつかい?」

「カリマ以上の超スピード?
だがそんな動きをすれば・・・解らないわけが。」
「空気の壁を破る際の衝撃が無かったって言いたいのかな?
当然さ、僕の力は超スピードだとか催眠術だなんてチャチなもんじゃないからね。
それにしても彼女は本当に運が無い。僕との相性は最悪だよ。」

「イザク・・・わたち・・・わたち・・・」
「ミア様、お逃げ下さい。此処は私が命に代えましても。」
自分が何を連れてきてしまったのか、
此処に来てミアもようやく事態を察する。

「早さ、速さ、疾さ、下らないねえ。
そんなモノは全て時の奴隷にすぎない。そして僕は時の主だ。」

イザクのピンと立った耳元に囁くように、
何時の間にか白騎士が彼女の隣に立つ。
「貴様! 時を。」
「せ・い・か・い。」

彼女が振り向く暇も無く、イザクの全身で小さな光りが光ったかと思うと、
彼女の体を複数の爆発が襲う。白く美しい体毛が焼け焦げて見る陰も無い。

「もっとも不便な点が無いでもなくてね。
静止した時の中では物体を動かせても破壊は出来ないんだ。
だから仕込むんだ。時間差で爆発する小さな魔力の塊をね。」

倒れ伏すイザク、ミアは震えて立ち上がることも出来ない。

ミアは後悔していた。
生まれてこの方 一番後悔していた。
(すききらいもいいまちぇん。 いいちゅけもやぶりまちぇん。
だから・・・だから・・・だれかたちゅけて?!)

そんな彼女の目の前に更なる絶望が舞い降りる。
転移魔法の陣が二つ、白騎士の周囲に出来たかと思うと。
似たような格好の騎士が二体、其処から出てきた。

「・・・なるほど、此れに案内(あない)させたわけか。」
メルシュ達を倒した白騎士が言う。

「しかし、もはや無用。さっさと仕留めよ。
其処の二つの死に損ないのようにな。」
ウロブサ達を退けた白騎士が言う。
それと共に、かろうじて息のあったカリマとイザクの心臓が完全に停止する。

「もう、完璧主義だねえ、レヒトは。
子供は好きだし。見逃してあげたいんだけどね。
如何せん魔王の娘は次代の魔王候補、一匹でも逃せばいらない禍根を残す。
全て消せとの母上からの御命令なんだ。悪いけど死んでもらうよ。」

動けないミアに迫り、腕を振り上げる白騎士。
その手が幼女の頭上に落とされる。

だが、その一撃が彼女に届く事はなかった。
まるで幽霊のように空中に出現した腕が、
白騎士の腕を掴み止めていた。

「な?!」
ギリギリと握りこまれる指が、
オレイカルコスに指紋すら刻印せん勢いで痕を着ける。
そして振るわれた腕は殴り飛ばした。白騎士を思い切り。

吹き飛んで壁を何枚も何枚も破って飛んでいく白騎士。
歪められ、正規のルートでなくば辿り着けないこの場所の空間ゆえか、
白騎士は別の箇所の壁を破り再びこの場所に戻ってきた。

その兜ははっきりと拳の形にひしゃげている。
「ただの拳でオレイカルコスを・・・こいつ・・・」

腕だけだった存在が、空間に穴を開け全身を現す。
「とうちゃま!!」
ミアの涙に濡れたぐしゃぐしゃの顔が笑顔に彩られる。

「ミア、良く頑張ったな。」
その顔を見て男の顔に安堵の笑みが浮ぶ。
だがその顔はすぐに憤怒へと変る。

「勝手に土足でひとんちに上がり込み狼藉三昧。
あまつさえ娘を泣かせるとは、覚悟は出来てるか? このクソ間男共。」

殴り飛ばされた白騎士が立ち上がる。
「時よ、巻き戻れ。」

歪んでいた兜と手甲が一瞬で元通りになる。
そして現れた男の方に三人の白騎士の視線は集中する。

「とうさま・・・か。」
「第二目標を確認。」
「人類最大の裏切り者、レジェンドだな。」

「流石にこのままでは勝てなそうだね。」
「当初の予定通り。かくれんぼはここまでとしよう。」
「聖骸布パージ、神の御名に於いて退ける。」

バシュゥッ という気圧の抜けるような音と共に。
白騎士達の体から聖骸布が脱げ堕ちる。
聖骸布のデメリット、それは使用者の大幅な弱体化である。
敵に見つかりにくくなる代わりに、戦いの魔力使用が大幅に制限されるのである。

彼らの抑えられていた膨大な魔力が解放される。

「・・・これは、貴様ら。」
「うーん、やっぱり開放感。窮屈だったあ。」
「貴様ほどの力があれば判るであろう?」
「我らが一体何者であるか・・・」

「お前ら全員、上級神ってわけか。」
「然り。」
「我らは三闘神(トリニティ)。」
「母上が貴方達を倒すために創りし者。」

でたらめな魔力を放つ三体の白騎士。
彼らを前に男はカツンカツンと無造作に歩き出す。
あさっての方向へと歩く男。

彼は黒焦げになり、心臓も止った遺体二つを抱える。
その両手が光り一瞬でその遺体は元通りの姿になる。

「何を?」
「ただの回復呪文だと?」
「いったい・・・」

基本的にこの世界に死者蘇生の法は存在しない。
人間が死して魔物へと転生することは多分にあるが、
完全に死んだ魔物を蘇らせる方法は禁術の類として一部例外を除けば存在しない。
今彼が死体を綺麗に再生させたのも、ただの回復呪文であり。
当然死んだ者を蘇らせる効果など無い。そのはずだった・・・だが。

「っかは・・・はあはあっ。」
「げほっ・・・げほっ・・・」

二人の心臓は再び脈打ち始め、全身に血と魔力を巡らせ始めていた。

「貴様。」
「何をした。」
「不思議不思議。」
「なあに、知人に聞いたちょいとした裏技ってやつでな。
詳細は教えてやんね。そんぐらい神様なら自分で調べなファッキンゴッズ!」

「こ・・・此処は?」
「・・・あ・・・貴方様は?!」
意識を覚醒させるカリマとイザク。

「起きたばっかで悪いがミアのことよろしく頼むわ。
その健脚であいつの部屋まで後退してくれ。」
「し・・・しかし・・・こいつらは。」
「お一人でなど余りに無謀で・・・」

「邪魔だと・・・言ってる。」
男の有無を言わせぬ口調に二人は押し黙る。
そして二人で顔を見合わせ頷くと、
ミアを抱きかかえてその場を後にした。

「行かせちゃって良かったのかいレヒト。
何なら僕が追いかけて殺してこようか?」
「無用だツァイト。今は眼前の目標に集中しろ。」
「この男を前に他の獲物に目移りなど愚の骨頂だぞツァイト。」
「はいはい、相変わらずの武辺者だねラウムは・・・
そのノリ、正直ついてけないなあ僕。」

軽口を叩きながらも殺気を放つ三柱の神、
そして神に匹敵する力を持ったこの城の主。
この戦の決戦の火蓋が切って落とされようとしていた。

13/09/23 06:35更新 / 430
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■作者メッセージ
ちょいとした裏技の詳細については次話の冒頭にて・・・

次回、チートVSチート。
この世界におけるインフレの極地の戦いが始まる。

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