連載小説
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とあるメドゥーサの日記
10月3日
最近体調が優れない。
体はだるいし、熱もあるみたい。
頭の蛇もぐったりしてる。
多分風邪か何かだろうけど、動けないのは困る。
この洞窟に冒険者でも入ってきたらまずいじゃない。
さっさと治してしまおう。


10月5日
まだ体調が優れないのに、人間の男が一人やってきた。身なりからすると薬師みたい。
とりあえず手足を石化させて問い詰めてみると、薬の原料になるキノコを探しに来ただけだと言った。
なんとなくオドオドしてて、見ててイライラした。
敵意はなさそうだったから石化を解いて放り出した。


10月6日
昨日の薬師がまたやってきた。
何かと思って見ていると、薬を渡された。
なんでも、昨日私の体調が悪そうだったから心配になったんだそうだ。
…変な奴。なんでダンジョンに来て魔物の心配してるのよ。
とりあえずなんだかイライラしたので、手足だけ石化させて放り出しておいた。
…薬、どうしようかな。人間なんかに恩を受けるのも嫌だけど…


10月7日
風邪はすっかり治った。
…効くかどうか試して見ただけなんだから。


10月13日
あれ以来、あの薬師がちょくちょく薬やら食べ物を持ってやってくる。
病み上がりなんだから無理しちゃいけませんよ、なんて。
あんたは私の母親か。
とりあえず毎度毎度手足だけ石化させて放り出している。
あいつと一緒にいるとなんだかイライラする。
主に頭の蛇がやたらあいつに纏わり付いて鬱陶しいとか、そういう意味で。


10月15日
なんだかんだでイライラしてるのにあいつがいると楽しい自分がいる。
今までずっと一人で、話し相手もなく暮らしてきたからだろうか。
街に住んでる連中と違って、普段は人間から敵扱いしかされないし。
…別に人間からどう思われようと気になんかしてないんだから。



10月18日
あいつはあいかわらずうちにやって来る。
…向こうが勝手に来てるんだから。
別に独り身は寂しいからこれからも来てくれ、なんて言った訳じゃないんだから。
…日記にまでツンツンしてどうする私。なんだか妙に虚しくなってきた。

ああそうそう、あいつの名前を聞いたんだった。
ジャック・ケインズ。代わり映えのしない名前だ。


10月30日
最近ジャックの奴と話すことが唯一の楽しみになっている気がする。
あいかわらず肝っ玉は小さいし、見ててイライラするけど、今のところ話し相手になってくれるのはコイツくらいだ。
…別に今までツンツンしすぎたせいで人間どころか魔物の友達さえいないって訳じゃないんだからね。


11月6日
ジャックと初めて会ってから、今日で丁度一月。
…日記でくらい素直になってしまおう。
私はジャックに惹かれている。
たった一月くらいで、と思われそうだけど、この気持ちは本当だ。
ずっと1人だった私に手を差し伸べてくれた人。
案外、ジャックも満更じゃないかもしれない。
だって、なんだかんだで私のところに来てくれるんだから。
もっと、ずっと一緒にいたい。
もっとあいつの事を知りたい。
…そのうち後でもつけてみようかな。


11月12日
…後なんかつけるんじゃなかった。

あいつにはもう恋人がいた。人間のだ。
どうやら幼馴染らしい。
ジャックは本当に幸せそうだった。…私といる時より。
誰もあの二人の間には入り込めないだろうな、ってくらい。
…あはは、そうか。私は勝手に好きになってただけなのか。
そりゃそうだよね。ずっと昔から一緒にいた人間と、たかだか一月しか一緒にいない魔物。
どっちと一緒にいたいかなんて、分かり切ってる。
私はそもそもスタートラインにさえ立てていなかったんだ。
…もう、諦めよう。ジャックは単なる話し相手。それでいいじゃない。
もともと独り身だったんだし、今更欲張ったって仕方ない。
きっとそのほうが、ジャックも幸せだろう。


11月15日
…無理。
やっぱり諦められない。
ついジャックの後をついて行ってしまう。
その先で恋人と幸せそうにしているジャックを見るたび、私の心は真っ黒に燃え上がる。
なんで。なんでわたしじゃだめなの。
ずるい。ずっといっしょにいたからって、さきにとっちゃうなんて。ずるい。
わたしもそこにいたい。ジャックのそばにいたい。
うらやましい。うらやましい。
わたしも、ジャックのこいびとになりたい。
ジャックに、わたしをみてほしい。


11月16日
ジャックはきっとわたしを恋人としては見てくれないだろう。
あの人がいるから。
手に入らないとわかると、余計欲しくなる。
ねえ、どうして?どうして私じゃないの?

11月20日
あいかわらずあの女はジャックの隣にいる。
ねたましい。しんでしまえばいいのに






あ。
そうだ。
そうだそうだそうだ。
あはははははははは。
きづいちゃった。きづいちゃった。
あのこがじゃまなんだ。
じゃまなら、こわしてしまえばいい。
けしてしまえばいい。
あのこがいなくなれば、ジャックのとなりにはだれもいなくなる。
わたしがジャックのそばにいられるようになる。
きづいちゃった。
もうとめられない。
だって、きづいちゃったから。
きづいちゃったら、がまんできないから。


11月21日
あの女をこわしてきた。
かんたんだった。1人だけになったときに誘い出して、睨んであげる。
それで石になったあの女を、思いっきり砕いて、池に捨ててやった。
やった。やってやった。
しかたないよね。だってあのこはずるっこだもの。
むかしからいっしょにいるからってジャックをひとりじめできるなんて。ゆるせない。
ずるっこにはおしおきしないと。ばつをあたえないと。
じゃまなものはかたづけた。これでジャックも、わたしをみてくれるはず。


11月22日
ジャックがうちに来なかったから、街へ様子を見に行った。
ジャックはあのおんなをさがしていた。
あはははははははははは。むだ、むだだよ、ジャック。
どんなにさがしたって、あのおんなはもういないよ。だってわたしがこわしちゃったから。
あはは。あはははははは。
だから、ジャック。おねがい。わたしをみて。
あのこのことなんかわすれて、わたしだけをみて。



11月25日
あのこをこわしたら、ジャックはわたしをみてくれるとおもった。
でも、ちがった。
ジャックは、ますますあのこのことばかりみるようになった。
わたしのことは、もうきっとみてくれない。
なんで。あのこはもういないのに。
なんで、じゃっく。
ねえ、わたしをみてよ。わたしのそばにいてよ。
あなたのことがいちばんすきなのは、わたしなのに。


あ、またきづいた。
じゃっくとはじめてあったとき、わたし…
そうだ。これなら、じゃっくといっしょに
(日記はここで終わっている)









とある田舎町で、薬師とその恋人が失踪した。
薬師がよく向かっていたというダンジョンを探ってみたところ、そこには薬師そっくりの首が折れた石像と、それに巻き付いたまま事切れているメドゥーサが一匹見つかったという。





これで、わたしはジャックのそばに。
10/10/30 01:32更新 / 早井宿借
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■作者メッセージ
邪魔なものを壊しても、そこに自分が入れるとは限らない。

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