連載小説
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とある女勇者の日記
4月7日
勇者として故郷を旅立ってからひと月くらいになるだろうか。
旅先での暮らしや魔物との戦いにも少しは慣れてきたけど、まだ不安なことはたくさんある。
でも、これは私がやらなくちゃいけないことなんだ。
魔王を倒さなきゃ、人間は魔物にずっと苦しめられることになる。
だから、怖がってるひまはない。
頑張らなくちゃ。


4月9日
小さい頃に、カイルと遊んだ時の夢を見た。
…カイル。故郷で私の帰りを待っている、愛しい人。
小さい頃から一緒にいた、お互いを一番よくわかっている相手。
思い出すと少し寂しくなるけれど、立ち止まってはいられない。
私は勇者なんだから。


4月10日
次の街に到着して、早速依頼がきた。
北の洞窟にサキュバスが現れたから退治して欲しい、ということらしい。
サキュバス。かなりの魔力をもった魔物だって聞いたけど、私に倒せるだろうか。
だけど、困ってる人がいるんだ。勝てるかどうかじゃなくて、勝たないと。


4がつ12にち
さきゅ ばす に まけた
いっぱい えっちなこと きもちいい こと された
サキュバス わたし ころさなかった なんで?
まものは ひと ころすんじゃ

きづいたら ばしゃのなか
けど まだ から だ なんだか あつい


4がつ13にち
からだ あついまま
あたませなかおしり むずむずする
あたまのなか えっち なこと ばっかり
わたし どうなったの
なにも わから な


4月14日
やっと熱が収まって、考えがまとまってきた。
…私はサキュバスに負けて、犯された。
悔しい。私は勇者なのに、魔物に手も足も出なかった。
…仕方ない。一度街まで戻って、対策を練りなおさないと。


4月16日
こんなのうそだ
みんな街に戻ってきた私のことを魔物とののしる。
うそ。うそうそうそ。
わたしはこんな羽根なんか知らない。羽根も角もしっぽもしらない。
わたしは人間だ。まものなんかじゃない。
うそだ。ゆめだ。こんなの、こんなの嘘だ。


4月19日
しばらく逃げ回り続けて、やっと現実を少しだけ受け入れられた。
…私は魔物になってしまった。桃色の体毛の生えた、サキュバスのなり損ないみたいな姿の魔物に。
きっと、サキュバスに犯されてしまったせいだろう。
心も少し変わってしまった。時折身を焦がすような凄まじい性欲に襲われて、その度に狂ったように自慰にふける。
今も教会の人たちが私を探し回っている。
私を討伐するためだ。
…返り討ちにはできる。なんだか魔物になって、体そのものも魔法も強くなった気がする。やろうとおもえば、教会の追っ手くらい簡単に殺してしまえるだろう。
だけど、それは嫌だ。それをしたら、きっと私は完全に人間じゃなくなってしまう。心まで魔物になってしまうのはいやだ。
だから、私は逃げ続けるしかない。



4月20日
今日も教会の追っ手から逃げ続ける。
私の姿をみた人たちは、みんな悲鳴をあげて逃げて行くか、口汚く私を罵る。
どうして。私は勇者だったはずなのに。皆私を歓迎してくれたじゃない。
どうして、どうして皆逃げるの。どうして私を殺そうとするの。
私は何もしてない。私にはどうしようもなかったのに。



4月22日
…もう、疲れた。
誰も彼も、もう私のことを魔物としてしか見てくれない。
皆が私に剣を向ける。憎悪をぶつけてくる。
ただ人から憎まれて、追っ手から逃げて、性欲にまかせて自分を慰めて。
それだけをただ繰り返す、生きたまま死んでいるような日々。
死ねばこの苦しみから解放されるだろうか。


4月25日
…私は死ねなかった。
自分の使っていた剣で、手首を切ろうとした。
痛かった。死ぬほど痛くて、剣を手放してしまった。
私が殺して来た魔物も、こんな痛みを味わっていたんだろうか。
…私には死ぬ勇気もなかったんだ。


4月27日
…そうだ、カイルだ。
優しいカイル。どんなに怒っても、最後にはいつも笑って許してくれた。
カイルなら、魔物になってしまった私のことも受け入れてくれるかもしれない。
…少しだけ生きる気力がわいてきた。
幸い、まだ食べ物なんかはたくさんある。
魔力も生きていくぶんにはもうしばらくもつはずだ。
帰ろう。カイルのところに。








5月11日
なんとか追っ手からも逃れて、村の少し手前くらいまで帰ってこれた。
行きと違ってどこの村にも寄らなかったから、ずいぶん早く帰ってこれた気がする。
…カイルは、私を受け入れてくれるだろうか。
明日会いに行ってみよう。
姿は術で大分ごまかせるようになったから、教会の連中ならともかく村の皆には気づかれないはず。


5月12日
いない。村中どこを探しても、カイルがいない。
一体、どこへ行ってしまったんだろう。
会いたい。早く、早く会いたい。
会って、私を受け入れて欲しい。
欲しい。カイルが、欲しい。

5月13日
…村の皆の話をこっそり聞いていて、わかった。
カイルは捕まったそうだ。
なんでも、私が魔物になったという話が伝わった時、カイルはたった一人、私を殺すことに反対していたらしい。
それがもとで魔物に与したとして、牢に入れられてしまったと。

どうして。
どうして私もカイルもこんな目にあわなくちゃいけないの。
私はずっと人として生きたかっただけなのに。
村の皆も、教会の人たちも。
はじめに自分達が私のことを勇者だと言い出したはずなのに。
私が魔物になったとたん、皆私を親の敵みたいに言うようになった。
だれもわたしをうけいれてくれなくなった。
それで、最後にうけいれてくれる場所まで、私から奪った。
…勇者にしろ魔物にしろ、皆偶像にされているだけだ。
ただ一つ、何かひたすらすがれるものを作って、それを敬ったり憎んだりしている。
私は、ずっと偶像にされているだけだったんだ。形は変わってしまったけれど。

…わかった。
人を襲って殺すのが魔物なら、そうしてやる。
みんな殺して、私はカイルを守るんだ。
だって私は魔物なんだから。


待っててね、カイル。
私が助けてあげるから。
だから、おねがい。
わたしをうけいれて。
わたしを、たすけて。
(日記はここで終わっている)












僕はその日、大きな物音で目を覚ました。
この牢に入れられて数日、外から聞こえる音は虫の声くらいだったはずだ。
なのに今日は、明らかに怒号や悲鳴、それに何かが焼けるような音と臭いがしている。
どう考えても普通の状態じゃない。
「…一体、何が起きてるんだ?」
僕は不安になった。どこかで火事でも起きたのか、それとも魔物か隣国かが攻めてきたのか。
どちらにせよ、牢の中にいたのでは避けられない危険だ。
僕にできることは、ただ大事にならないよううずくまって祈ることだけだった。

「…怯えてるの?相変わらず臆病だなあ、カイルは」

突然、聞き覚えのある、だけど今ここで聞こえるはずのない声が耳に入った。
一瞬耳を疑って顔をあげた先には…

「えへへ。助けにきたよ」

「リディア…」

小さな二本のねじれた角に、桃色の薄い羽根と尻尾。
明らかに人間にはないパーツを備えた幼馴染みーリディアが、血にまみれた剣を片手に、笑顔で扉の向こうに立っていた。

「ちょっと待って、いま錠を外してあげるから…これでよし、と」
解錠魔術か、リディアが軽く手をかざしただけでがちゃりと音を立てて錠前が開く。
リディアが牢の中に入ってきて、そのまま僕に抱きつく。

「えへへへへ、カイルぅ。会いたかったよぉ」
甘ったるい声をあげるリディア。でも今はそれより、リディアについている返り血が気になった。
「…ねえリディア、一つ聞いていい?」
「なあに?」
「…外が騒がしいのは、君が何かしたのか」
「うん。村の人たち、みーんな殺してきちゃった。そうすればもうこんなところにいれられなくてもすむでしょ?
だって仕方ないじゃない。私は魔物だもの。魔物は人を殺すんだもの!」
リディアが狂ったように叫ぶ。
「私はもう『魔物』なの!人間じゃないのよ!私を最後まで信じてくれたのはあなただけだった。だからあなたを助けてあげる。救ってあげる。守ってあげる!『魔物』のやり方で!みんな、みんな殺して!だってそれが魔物なんでしょ?ねえ、カミサマ!
…安心してね。あなたを傷つけようとする奴も、利用しようとする奴も、みんな私が殺してあげるから、だから」
リディアが延々と言葉を連ねる。僕を抱き締めて、顔に狂った笑顔を貼りつけたまま。僕は何も言えない。言葉が、浮かんでこない。
…と、僕の頬になにか冷たいものが落ちる。…涙だ。リディアが、泣いている。
「…だから、受け入れて。見捨てないで。私を…愛して」
僕は相変わらず何も言えない。
それでも、リディアが求めていたものだけはわかった気がした。
…僕たちはそれから、お互い何も言えず、血の臭いが漂う中、ずっと抱き合っていた。

10/10/21 23:22更新 / 早井宿借
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■作者メッセージ
魔物は、人を殺さない。
人を殺す魔物を、人が作った一幕。

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