読切小説
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海に浮かぶ月、見上げる魚。
ぷかぷか。ぷかぷか。
ふわふわ。ふわふわ。


潮の流れに身を任せる、というのは気持ちがいいものです。たくさんの魚達、色とりどりの珊瑚礁。色んな景色を見ることができて、その度に新しい発見があります。
私はシー・スライムという魔物。海の中で生活しています。生活している、とは言ってもいつも潮の流れに身を任せているだけなので、自分から泳いだりしたことは少ないのですが。


ひっく…ひっく…

いつも通りに流されていたある日、聞いたことのない音が聞こえてきました。海にも、何か別の水が混じっているのも感じます。
興味を持った私は、その音のする方向へと泳ぎだしました。



音のする方向に泳いでいくと、そこで一匹の小さな魔物の女の子が泣いていました。どうやら、聞こえてくる声は鳴き声で、海に混じった水は涙だったようです。
どうすればいいのかわからなかった私は、とりあえず声をかけてみることにしました。

「どうしたの?なんで、泣いてるの?」

しかし、女の子は泣いているばかりで答えてはくれません。なので私は、この子が泣いている理由に見当をつけてみることにしました。

「ねえ、あなた、迷子?」

私がそうやって聞くと、女の子はやっと私を見て、静かに頷きました。でも、すぐにまた泣き出してしまいます。

私にこの子を放っておくことはできませんでした。
私は女の子に手を伸ばして、そっと胸に抱き寄せました。驚いている彼女の頭を、優しく撫でます。少しの間そうしていると、どうやら落ち着いてくれたようで、ようやく泣きやんでくれました。
泣きやんだ彼女に、私はできるだけ優しく言いました。

「それなら、私と探そうよ。ね?」

女の子は私の胸の中で、静かに首を縦に振りました。
こうして、私は迷子の魔物の子の面倒を見ることにしたのです。





ぷかぷか。ぷかぷか。
ざぶざぶ。ざぶざぶ。

ふわふわ。ふわふわ。
ざぶざぶ。ざぶざぶ。


体を精一杯に動かして進んでいる私の後ろから、女の子が手足を動かしてついてきています。本当はもっと速く泳げるんでしょうけど、私のペースに会わせてくれているようです。
こういう時、マーメイドさんみたいな綺麗で速く泳げる種族がとても羨ましく思えます。

それにしても…あの子は何の種族なのでしょう…女の子は手足がヒレになっていて、体には薄っぺらい濃紺の鱗を纏っています。私はあまり魔物に詳しくはないので、あの子の種族がなんだかわかりません。あの子に聞いても、首を振るだけで教えてはくれないのです。

そもそも、あの子は全く喋りません。私が、どこから来たの?とかお母さんと来たの?とか聞いても、首を横に振るだけでした。
今だって、陸の方向と海の方向を同時に指さしてどっち?と聞いたら陸の方向を指したからこの方向へ向かっているだけで、決して目的地がわかっている訳ではありません。正直に言って、私は今非常に困っていました。


不安になって、ふと女の子を振り返ってみました。
女の子は、とても辛そうな顔をしながら泳いでいました。
それを見て、私は自分の浅はかさに気づきます。この子はきっと、さっきからずっとこんな顔をしていたのでしょう。考え事に没頭する余り、気づくのが遅れてしまったようです。私はそんな顔をさせる為に案内役を買って出たのではありません。そのことに気づき、彼女ともう一度話をすることに決めました。





手足の動きをゆっくりにして、彼女の方に体の向きを変えます。

「クラム」
「…?」
「私の名前だよ。クラム。あなたの、名前は何?」
「…」

私は笑顔で目の前の少女へと語りかけました。
よく考えて見れば、自己紹介すら私はしていませんでした。それに、名前がわからないと何かと不便ですし。

「…」

女の子は私の顔をまじまじと見つめてはいますが、相変わらず無言です。
もっと気の利く言葉をかけてやればよかったのかもしれません。
そのまましばらく見つめあっていましたが、やがて

「…わたしは…ぁぅ」

女の子が初めて口を開いてくれました。名前はよく聞こえなかったのですが、どうでもいいことです。口を聞いてくれただけで、私の胸には熱いものがこみ上げてきました。

「…(ぱくぱく)」

女の子はまだ何か言いたそうに口を動かしていました。名前をもう一度言おうとしているのかもしれません。何か焦っているように感じたので、私は再び彼女を抱き寄せ、頭を軽く撫でました。

「焦らなくて、いいよ。私はあなたが喋れるまで、待つから」

その言葉を聞いて安心したのでしょうか。私の胸に、ゆっくりと体重を預けてきました。
私もそれが嬉しくて、彼女の背中に手を回し、ゆっくりとさすってあげました。








「…わたしの、なまえは、はす」

数分間そうしていると、女の子はゆっくりと、自分の名前を教えてくれました。

「そっか。いい名前だね。ハス」
「…うれしい。くらむ、」
「なあに?」
「ありがとう」

最後の言葉は私の胸に顔をうずめながら言っていたのですが、顔を見なくてもどんな顔をしているかは大体予測がつきます。シー・スライムである私の体は半透明なので、その気になれば体をひねって顔を見ることぐらいはできるのですが、流石にそんな野暮な事はしません。

「じゃあ、そろそろ行こうよ」

私がそういうと、ハスが名残惜しそうに私の顔を見上げてきました。私だっていつまでもこうしていたいのですが、そうはいきません。彼女は大海原を潮の流れのままたゆたう私とは違って、きちんと帰るべき場所があるはずなのですから。

「ハスだって、帰りたいでしょう?」

私がそう言ってもハスは私の体に抱きつくだけで、ちっとも離れようとはしません。どうしようかと悩んでいると、私達に誰かが声をかけてきました。

「あらあら。随分と珍しい光景ですねぇ」

私が声のした方を振り返ると、そこにはマーメイドの神官様がいました。確か、種族名は…忘れてしまいましたが。神官様は私たちの方へ近づいてきたのですが、ハスは敏感に反応して私の後ろに隠れてしまいます。その様子を見て、神官様は少し驚いた表情をしました。

「サハギン…ですよね、その子は」
「神官様はこの子の事を知っているんですか!?」

私はつい興奮してしまいました。ようやく、彼女についての手がかりになりそうな事を知っている魔物に出会えたのですから。

「えぇ。確か…川に住んでいる非常に無口な魔物、という話です。その子はどうしてここに?」
「それが、この子迷子みたいなんです。けど、さっきからどこに行けばいいのかわからなくて…」
「でしたら、この近くにある川と通じている箇所へ行ってみたらどうでしょうか?」
「ハス、それでいい?」

私が聞くと、ハスは首を短く縦に振りました。どうやら、話はしっかり聞いていたようです。

「わかりました、そうすることにします。どうもありがとうございました、神官様」

頭を下げると、神官様は何故か申し訳なさそうな顔になりました。

「礼には及びませんよ。私も本当ならばその子についていってあげたいのですが、これから仕事に行かなければならないので…この程度しか、手伝えないのですから」
「この程度ってことはないです、助かりましたよ!!ありがとうございます!!」
「そう言ってもらえると…嬉しいです。では、私はこれで」
「…ぁ…」

神官様が泳ごうとした時、ハスが何かを言いたそうに口を動かしました。私は慌てて神官様を止めます。

「どうしましたか?」
「…ぁ…ぅ….」

ハスはもじもじとしていて、中々言いたいことを言い出せないようです。私の体をぎゅっと握ってきました。そんなハスの手に、私はそっと自分の手を添えてあげます。すると、ハスの手の力が緩みました。

「あり…がとう」

ハスの言葉を聞いて神官様は最初驚いていましたが、すぐに微笑んでくれます。

「ええ、どういたしまして」

最後にそれだけ言って、神官様は泳ぎだしました。去りゆく姿を、私もハスも見続けていました。





ぷかぷか。ぷかぷか。
ざぶざぶ。ざぶざぶ。

ふわふわ。ふわふわ。
ざぶざぶ。ざぶざぶ。


神官様が去ってからしばらくして、私達は泳ぐのを再開しました。
会話らしい会話はありませんでしたが、ずっと手を引いたまま泳いでいたので、ハスが辛そうな顔をすることもありませんでした。

このまま、いつまでも二人でいたい。
この短い間に、私はそんな事を思うようになっていました。時が、止まってしまえばいいと。
それでも、目的地がある以上容赦なく終わりの時間はやってきてしまうものです。
私たちは、いつの間にかゴールである川へと続く水路の前に辿り着いていました。

「ハス。ここ、あなたはわかる?」

ハスは何も言わずに私と水路を交互にを見ていましたが、その態度はハスがこの場所を知っているのであろう事を雄弁に語っていました。

「じゃあ…お別れ、だね」
「え…」

ハスが悲しそうに顔を覗き込んできます。勿論私だって、別れたくはありません。それでも、私は言わなければならないのです。なぜなら。

「私はね。シー・スライム。海の魔物なの。川じゃあね、生きられないの。だから、行けない」

ハスは私の言ったことが認められないようで、呆然としています。

「りくに、あがれたり、しないの?」

やっとの思いで絞り出したのであろう言葉は、震えていました。私はそれに首を振ります。

「駄目なの。私、長くても、二日ほどしか陸に上がれないの。それ以上は魔力が足りないから」
「じゃあ、ふつかだけで、いいよ」
「それぐらい、近いの?あなたの帰りたいところ」
「え…と…」

私も、ひょっとしたらと思って聞いたのですが、ハスはそれに即答しませんでした。きっと、それなりの距離がある場所なのでしょう。

ついにハスは、泣き出してしまいました。

「やだ…くらむ…きてよ…!!」

彼女の姿を見ていると、私も涙をこらえることはできなくなってしまいました。泣いている彼女を抱き寄せ、耳元でぽろぽろと涙をこぼします。

「ごめんね…一緒にいれなくてごめんね…」
「ひっく…ひっく…やぁだぁ…やぁだぁ…」

私たち二人は、泣きながらいつまでも抱きしめ合っていました。互いを離さないように、いつまでもいつまでも。
























それから、何ヶ月かの時が経ちました。


ぷかぷか。ぷかぷか。

ふわふわ。ふわふわ。

私はいつものように、潮の流れにのんびり身を任せて遊泳をしています。
そんな私に、一つの影がすごいスピードで近づいてきていたのですが、うとうととしていた私は気づきません。

「くーらむっ!!」
「ひゃあ!?」

突然後ろから抱きつかれ、私は海の中なのに飛び起きてしまいました。このやりとりは既に何回もやっているんですが、未だにこの感覚には慣れません。
いや、それよりも重大なことは。

「何で胸を触ってるんですか…」
「だってくらむが可愛いんだもん」

理由にすらなっていません。呆れながらため息をつく私に対して、犯人であるサハギンのハスは悪びれもせずに笑っていました。






あのとき、私はハスと別れるしかないのだと、勝手に思いこんでいました。帰る場所があるのだから、私のところに居てはいけないのだと。

でも、そんな風に思っていた私の元に、ハスは一ヶ月ぐらいしたらひょっこりと戻ってきました。
「おかーさんにね、うみにすんでいいですか、ってきいてきたの。いいよって、いってもらえた」と言っていました。
ハスのお母さんはまだ旦那のいないハスを心配して独り立ちさせてやりたかったので、喜んで賛成したのだとか。
そもそも、あの子が海で迷子になっていたのも、海に住んで問題ないのかを実際に試すためにお母さんに連れられて来て、その帰りにはぐれてしまったんだそうです。


全てをハスから聞いた時、私は嬉しくて再び大泣きしてハスを抱きしめました。

「なんどさわっても、くらむのむね、きもちいいよ」

ハスはそう言って、私の胸にそっと手を置きました。



それからずっと一緒にいる内に、ハスの感情表現はどんどん豊かになっていきました。
会った時は幼い子どものようだったのに、今ではサハギンとは思えないぐらいによく笑って、私のそばにくっついています。




「ほーらほら、胸のここが敏感なんだよねーくらむは」
「ちょっと、そこ、触ら、ないで…ひゃう!!」
「ひっさーつ!!もみもみ攻撃―!!」
「や、あぅう!!ハス、やめ…!!」

…困ったことに、感情表現が豊かになるにつれ段々とえっちになってしまったのですが。事あるごとにハスを抱きしめすぎたのかもしれません。
会った頃のハスからは想像もつかない手腕で、今日も今日とて私は手玉にとられます。…まあ、最近それも癖になりそうなのですが。実は私、Mなんでしょうか…











それでも、私は幸せです。私のそばには大切な存在がいて、いつでも笑ってくれるのですから。





「くらむ!!」
「なあに?」
「だいすき!!」
「私もですよ、ハス」


ぷかぷか。ぷかぷか。
ざぶざぶ。ざぶざぶ。
ふわふわ。ふわふわ。
ざぶざぶ。ざぶざぶ。


11/01/08 19:13更新 / たんがん

■作者メッセージ
どうも、世間がモン○ンで熱い中空気を読まずにリ○バスにはまっているたんがんです。

どうにか年内に更新できました...

『LILAC』シリーズを書いていたらふっとロリ成分が書きたくなりまして
あ、そこ、石投げるのやめて

作ってみると百合だか友情だか分かりづらい出来に...
自分的には友情のつもりだったんですが

あと、クラムのハスに対する口調は前半と後半でわざと変えてます
クラムはデフォで敬語を使う子なんです
最初の頃はハスを子供扱いしてたんであんな感じに



最後まで読んでいただきありがとうございました

それではよいお年を

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