連載小説
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悪意を止めろ2:新薬と探り合い
特別クラスの厨房を浄化し終えた後、凱は三人の構成員からボイスレコーダーを受け取り、エルノールとともに学園長室に戻った。
そうしてボイスレコーダーを再生するのだが、聴かされたエルノールの怒りは凄まじく、凱も凱で怨敵が関与していた事実に再び怒りを燃え上がらせる。

「兄上、お主には元の姿に戻ってもらおう。これ以上は構成員でも十分に集められるじゃろうからな……。さあ兄上、服を脱ぐんじゃ。そのままでは破いてしまうぞ」

脱ぎ終えた凱の裸体にうっとりしつつ、エルノールは魔法を唱える。
すると、凱が元の筋肉質の体を取り戻す。
エルノールはさらにうっとりとして思わずそのイチモツにすがろうとするが、危うく思いとどまる。

「ほ、ほれ、服じゃ」

エルノールから元の服を渡された凱はこれを手早く着終え、話しかける。

「エル。上芝のクソ生ゴミ、ゴミらしく焼却場にブチ込もう」
「馬鹿たれ。そんなことして兄上が警察に捕まれば、間違いなく明石に殺されるぞ。奴はわし等を相当怨んどるからな。そうなったら瑞姫が暴れ出して、わしらも止められんし、それこそ反対派の連中にこの学園を乗っ取られる」

制止を受けて、凱は渋々上芝への報復を取り止めた。
とはいえ、特別クラスを明確な悪意をもって荒らそうとしたからには、エルノールも黙っている訳にはいかない。

そこにふと、凱の頭に閃くものがあった。

「そうだ。亜莉亜に新しい毒薬を作ってもらおう」
「ほう?」
「記憶をいじるのが出来ないか頼んでみる。工作員にガセネタ流してやれればもっといいんだけどな」
「そんな都合の良い物が出来るものかのう……」
「頼むだけ頼んでみる」

かくして凱はその言葉通り、亜莉亜に願い出た。
「記憶をいじる毒薬を作れないか?」と。

亜莉亜はこれを了承したのか、その日の内から地下基地の自室に篭りきりになる。

翌日からも、面白いように証拠を取れていた。
それは特に放課後に集中している。

◇◇◇◇◇◇

例えば、中等部の一角では――

「準備は出来てるな?」
「はい。中等部1−C長谷川知佳。13歳であの体付きはなかなかですよ」
「ああ。資料見せてもらったが、かなりの上玉だな。折角だし、俺たちで調教しちまおう」
「いいっすね! たっぷりと仕込んで肉人形にしちゃいましょうぜ」
「僕も先輩に賛成っす。これも特権って奴ですね、あはは!」
「これ、バレないんでしょうかね?」
「そうなった時の《生贄(スケープゴート)》くらい用意してる。この学園に特別クラスってのがあるのは知ってるな?」
「はい。あの忌々しい龍堂、いや竜宮のガキが居座ってるって言う……」
「そうだ。犬畜生以下のクソゴミ野郎に罪をおっ被せりゃ、万・事・解・決! 俺は教師だからな。信用も権威もあるし、お前らの関与なんか簡単にもみ消せる。それに警察や夏目会が後ろに付いてんだ、何怖がる必要あるんだ? 安心しろ、あのゴミが何を言ってこようが無駄さ。あの馬鹿、そもそも信用ないからな。ハハハハハハハ!」
「そうっすね! アハハハハハハハ!」
「(一同大爆笑)」

◇◇◇◇◇◇

このように、あちこちで音声ごと隠し撮りされている事を人間たちは知る由も無い。
だが、人間たちは足取り軽く、計画の崩壊も知らずに意気揚々と校舎から出て行く。

一方のエルノール・サバトは計画を掴めば、すぐに標的となった生徒を秘かに保護し、反対派の計画をことごとく潰していく。

それは一週間も続いた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

【Side:風星学園反エルノール派】

「あのクズ用務員はまだ始末できないの!?」

苛立った口調で怒鳴る優雅な美貌の女教師は、高等部二学年主任・榊原薫子(さかきばら・かおるこ)。
小学校から大学まで一貫教育を行う女子校・聖ブリオニア女学院の出身で、教育学部もそこで専攻していた。
風星学園への赴任にはかなり不満を持っていたようだが、そこで出会った同僚の男性教師・瀬川尚哉(せがわ・なおや)と意気投合。今は恋人同士として教頭の浜本からも公認された関係である。
榊原は現在、生徒指導と生活指導、生徒会顧問の三つを兼務し、生徒と学園の規律維持に力を入れていた。

そんな彼女は大の魔物娘嫌いで有名であった。
理由は当人曰く、「規律を乱す上に淫らで汚らわしい存在」なのだとか。
そういう理由から特別クラスを中・高等部にいる魔物娘以上に嫌い、そこに通う人間の女生徒を「人間としてのプライドも捨てた、この世の落第者」とあからさまに蔑んでいるのだ。
瀬川と恋人同士になれたのは、互いに魔物娘と特別クラスを心の底から嫌悪していたからである。

そんな榊原には、間接的とはいえ、凱と敵対関係となる出来事があった。

*****

話は瑞姫が中等部の少女を救うために動いていた頃に遡る。

その日の朝、一人の、いかにも人好きのする顔立ちをした青年が特別クラスの校門に立っていた。
特別クラスの女生徒たちにとって、面識の無い人間は美醜に関わらず怖いものだ。
恐る恐る会釈して通り過ぎようとした時、青年は厭味ったらしく罵り始めた。

「おう、なんだ? この俺に、『おはようございます』の一言もいえねぇんか、あぁ? ま、この僕と違ってブサイクで、生きてる価値もないクズのくせに学校に通うなんて、分不相応なんだってのがわかんねぇんか、おぉ? 悔しかったら何かいってみろや、ウジ虫どもが」

人好きのする明るそうな青年とはとても思えない罵り方に女生徒たちは半泣きになるが、男はそれに腹を立てたのか、蔑んだ笑顔から凄んだ表情へと変わった。

「おうおう、今度はウソ泣きってか? 泣けば許されるとでも思ってのか? これだからミジンコの脳みそしかねぇ人間くずれのウジ虫は嫌いなんだよ。いい加減社会から出てけコラァ!」

女生徒たちは遂にしゃがみ込んで泣き出してしまう。
男がこれに最後の追い込みをかけようとしたその瞬間、影が上から襲い掛かった。
困惑する男は右足を振り子のような勢いで掬い上げられたせいで背中から転倒。続けて口に張り手を、蠅叩きのような勢いで強打される。
しかも、張り手されるついでにガムテープを貼られていた。

「――ったく、ぎゃーぎゃーうるせえ蠅がいるかと思いきや、サルモドキじゃねえかい。……ほら、早く教室に」

影の正体は凱であった。特別クラスの女生徒たちに校舎に入るように促すと、今度は男を睨みつける。

「おうおうおうおう。どこの誰だけ知らねえがぁ、要らんちょっかいかけるたあ、いい度胸じゃねえかい」
「んぐううううううううう!!」

凱に股間を踏みつけられる青年。それを屈辱に感じたのか、青年の目が怒りに染まる。
だが、凱はそれに構う事なく、腰に着けていた手錠と足枷を取り出して青年の手足に嵌め、足枷の鎖を取っ手代わりにして青年を引きずりながら学園長室に連行したのだった。

◇◇◇◇◇◇

学園長室に入った凱の姿にエルノールは驚いた。

「これはどういう事じゃ! そこにおるのは高等部の瀬川教諭ではないか!? あに――龍堂君、説明してもらおう」

エルノールからの問いに凱は淡々と答えると、瀬川と呼ばれた青年が暴れるのを殴りつけながら手枷と足枷を外し、口に貼ったガムテープを乱暴に引っ剥がした。

「ぐぅ……貴様ぁ! ただじゃ済まさんぞ!」
「瀬川教諭。斯様(かよう)な事になった経緯、話してみよ」

エルノールが淡々とした態度で瀬川に問う。
彼女が秘かにボイスレコーダーを起動していたのを瀬川が知る由も無く、彼はまるで演説するかのように喋り始めた。

「僕はこれでもれっきとした人間ですからね。魔物娘などと言う汚らわしくて訳のわからない生き物とつるむような人間崩れをウジ虫と呼ぶ権利があるんですよ、わかります? あ、僕のパパは民立党の文部科学大臣だから、僕を訴えたり解雇しようなんてバカなマネしない方がいいですよ? それと貴様、僕に暴力を振るった報いを受けてもらうぞ。僕のパパが黙ってないからな」
「ププ……パパってか……親の脛かじってねえとなんも出来んのか。とんだ甘ったれ僕ちゃんだな、テメェは」

凱のこの言葉に、瀬川は顔を真っ赤に染めて、凱を睨みつける。

「これくらいの煽りで怒るって、どんだけ耐性ねえんだ? あ? 弱い者いじめで教師になれるって、親の七光りもここまでくると犯罪だな。ホントに大学出たんか? あ、悪(わり)い。大学って紙切れ一枚でクズを育てる犯罪者施設だったっけな」
「貴様――」
「瀬川教諭」

凱の言葉に耐えかねて殴りかかろうとした瀬川だったが、エルノールの厳然かつ威圧の篭った声が彼の動きを止めた。

「己の担当でも無い特別クラスへの無用の侵入、ならびに明確な悪意による恫喝。越権行為も甚だしいぞ!」
「……ならば、はっきりと言わせていただきましょうか。僕は教師なんです。特別クラスなどという不要な所に通う不良品を残らず排除して、この学園の本当の姿を取り戻す義務があります。あんな不良品どもをいつまで庇うおつもりですか? 僕は不良品のウジ虫どもに相応しい、た・ち・ば・というものを、一教師としてしっかりとわからせてあげただけにすぎません。一体それの何がおかしいと仰るんですか? あの程度で越権行為? 社会のルールを知らないのはお前らだよ。僕ら高等部だってねぇ、いい加減黙ってるわけにいかないんだ。さあ、理由があるなら言ってみなよ、ほら、ほら早く」

至極真面目に、なおかつ「自分は正しいのだ」と言いたい放題に語る瀬川の態度に、凱もエルノールも怒りを通り越して呆れるしかなかった。
ため息をついたエルノールは便箋に素早く何かを書き、判を押して凱に渡す。

「龍堂君。これに書いた内容を伝えよ」
「何だ、裁く気か? さっきいったの聞いてたか? 耳どころか脳みそもないの? 哀れだねぇ〜」
「うるさい、黙れ、甘ったれの僕ちゃん野郎」

煽りまくる瀬川に今度は凱の殺気の篭った声が響くと、瀬川の体から無意識に汗が流れる。まさしく蛇に睨まれた蛙。
フン、と相手をバカにした意味で鼻を鳴らした凱は、エルノールから渡された即席の文章を読み上げる。

「高等部教諭、瀬川尚哉。教師の役目を放棄したにとどまらず、私的感情に基づく特別クラスの生徒に対する恫喝、ならびに全体の奉仕者たるに相応しくない非行、看過しがたい。追って処分を下す。風星学園学園長エルノール。代読、龍堂凱。――以上だ」

冷徹な声で読み上げる凱を瀬川は睨む。けれど、殺気の篭った凱の視線が反撃を許さない。
そこに凱が声を張り上げる。

「いつまでここにいやがる! とっとと出てけ! パパにケツでも掘られてろ、僕ちゃん野郎!」

まるで爆風のような咆哮を浴びた瀬川は恐怖のあまり、大慌てで学園長室を大慌てで走り去る。しかもドアを閉めずに。

「困ったもんだ。あんな甘ったれの僕ちゃん野郎が教師になれるなんて」
「わしの目も曇ったかのう……。自分が情けないわい」
「ボイスレコーダー、あるんでしょ? それのデータを抽出しないと」

そうして教育委員会宛てて、瀬川への懲戒処分の原案を作り、抽出した音声データを添えて、封書とネットで提出した。

しかし、それらは握り潰される事になる。

友人から自分を訴えると聞きつけた瀬川が父である文部科学大臣に泣きつき、その父が教育委員会に圧力をかけたのだ。そのため、提出そのものを無かった事にされたのだ。
愕然とするエルノールと凱だったが、瀬川は自分に対する彼女らの言動が頭から離れず、イライラが募っていた。
この一件で凱に怨みを抱いた瀬川は、心配になって話しかけてきた《榊原(こいびと)》にありのままを打ち明けたのである。

激怒した榊原は、凱の社会的抹殺を決意。
自分を慕う生徒たちや探偵と結託して監視の目を厳しくし、その隙を伺うようになったのである――

*****

「あのなぁ先生。サツと夏目の奴らがしくじりしやがったせいで、アイツとその周りがすっかり警戒しちまってるんだぞ。いくら俺でもやりにくいったらねぇよ」

榊原にため息交じりで反論したのは、ポマードべったりのオールバックに真っ黒いサングラスをかけたタラコ唇の男。名を代々木一洋(よよぎ・かずひろ)。
彼は静鼎学園の顧問弁護士・保田(やすだ)と協力関係にある探偵なのだが、ただの探偵ではない。
調査対象、特に若い女性の弱みを握り、性的関係を強要するのを趣味とする悪徳探偵なのだ。
その悪徳ぶりは確かなもので、並みのストーカーでは太刀打ち出来ないほどの情報収集・盗撮・盗聴・解錠の達人で、その芸達者振りを保田に見込まれたのだ。
そんな代々木の普段の役目は、静鼎学園の生徒の中で人身売買に出せる者を見つけ、その弱みを掴む事であった。
今回、榊原の依頼に応じたのは、保田と静鼎学園に依頼されたためである。

ただ、代々木は魔法に関してはまったくの無知であった。
素質が無いのが大きな要因だが、得意技能をもってしても、魔法による施錠や結界を用いられては流石にお手上げになり、かくして証拠を押さえられず、内心苛立っていた。

「言い訳なんか要らないのよ。静鼎学園からお墨付き貰ってるんでしょ? だったらさっさと情報集めでも何でもして、さっさと始末してきなさいよね」
「はぁ……。ったく、アンタはそうやって言ってりゃいいんだからな。羨ましいぜ……」
〈まったく何なのよ、このキモ男は! かの静鼎からお墨付き貰ってる割に全っ然使えないじゃない!〉

ぼやく代々木に、内心で悪態をつく榊原であった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

【Side:凱&ヨメンバーズ】

互いに警戒し合った状態で一週間が経とうとした頃、亜莉亜が薬品の臭いを身体中から発しながら、自室から出て来た。

「何とかー……出来たーですよー……」

余程の突貫作業だったのだろう。
驚いたエルノールは、睡眠不足で足元がおぼつかない亜莉亜を支えながら、命令を飛ばす。

「兄上とその妻共を呼べー! わしと共に、こ奴を風呂に入れる!」

一人では間違いなく溺れてしまうであろうと判断し、凱を始め、自分も含めた妻たち総出で亜莉亜は身体を洗われていったのである。
凱はその最中、「何で俺まで?」と疑念に駆られたままだったが、亜莉亜が喜んでいたため、かなり複雑な思いにさせられてしまった。
入浴後、睡眠に丸一日を費やした亜莉亜は翌日に目覚め、その表情はとてもすっきりしていた。

「う〜〜ん、よく寝たですよー」

ご機嫌な彼女は凱とロロティアで用意した朝食を無心で頬張る。
朝食を取り終えた亜莉亜が道具を見繕うよう凱に頼むと、これから始まるであろう実験に胸を躍らせるのだった――
20/10/12 02:07更新 / rakshasa
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■作者メッセージ
その2は探り合いの回でした。と言ってもほぼ一方的でしたが(笑)

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