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第二章『霧の向こうの理想郷』
「わ〜い、『霧幻郷』だ〜♪」

「ちょっと、ルリ!ちゃんとステラにお礼を言いなさい!」

「あはは……すいません、ステラさん……お忙しい中……」

 僕達、家族はルリのお願いで人里離れた山奥にある人と魔が共存する霧に包まれた隠された『理想郷』である『霧幻郷』にダークエンジェルのステラさんの転移魔法で送ってもらった

「いえいえ、このぐらいは大丈夫ですよ。優さん」

 ステラさんは僕が申し訳なさそうに言うと、気にもせず気さくにそう言った。実はこの時期は堕落の使徒である彼女は多くの女性やそのカップル達を堕落させるのに忙しいのだ。しかし、ステラさんはそんな中、わざわざ時間を作って僕達一家をここまで運んでくれたのだ

「ステラお姉ちゃん、ありがとう!」

「ふふふ……どういたしまして」

 ルリは最初は『霧幻郷』に着いたことに興奮してはしゃいでいてお礼を言うのを忘れていたが母であるベルンに言われたこともあり、ステラさんに本心から屈託のない笑顔と共に感謝の言葉を告げた
 それを見てステラさんはいつも親友のダークプリーストに対してイタズラをする時のニヤニヤした笑顔ではなく、その幼い少女の外見とは対照的な年下の子供を見守る年長者の微笑みを浮かべた
 そう言えば、ステラさんよく自分より年下の魔物娘やその伴侶達に『ステラ姉さん』と呼ばれている。どうやら、彼女はみんなのお姉さんポジションらしい

「ステラ、ありがとうね。アミによろしく」

「はい。じゃあ、よいクリスマスを」

「じゃあね、ステラお姉ちゃん!」

 ベルンは自らの幼馴染であるリリムへの言伝を頼み、ステラさんはそれを受け取ると転移魔法を使って自らの住む街へと帰って行った

「さて、霞(シア)の待つ旅館へ行くわよ」

「は〜い♪」

 ステラさんが去るとベルンは娘の手を握りこの里の長にして八尾の妖狐、霞さんが手配してくれた僕達がこの3日間泊まることになる旅館へと向かった
 そして、しばらく歩いていくと里の入り口に並んでいる木できた柵が見えてきて、唯一柵が存在しない個所にはこの里の自警団でもある2人の魔物娘の姿が見えてきた。
 しばらくすると1人が僕らに気がついたらしく見張りの1人である虎をどこか彷彿させる鍛えられた肉体を持つ獣人、人虎さんが駆け寄ってきた

「これはベルン殿、よくぞ来られました」

「あら、風(ふう)。久しぶりね」

「優殿も、ルリもお久しぶりです」

「風さん、久しぶりですね」

「風お姉ちゃん、久しぶり!」

 駆け寄ってきた人虎は自分の主の幼馴染のベルンとその家族である僕とルリの姿も見て挨拶をし、僕達もそれに応じた
 彼女の名前は風。ベルンの幼馴染である霞さんに幼い頃から仕えている人虎だ。元々、ベルンと霞さん互いの共通の幼馴染であるアミさんとは違う時期に出会っているが両者とも両親が後学のためにと幼かったアミさんの遊び相手として魔王城に留学したのが出会いのきっかけらしい。その際の護衛として霧の大陸にいた頃から使えていた魔物娘の1人が風さんだ

「お、ベルンさんじゃん。久しぶり♪」

 と厳格さを感じさせる風さんとは対照的な少し軽い調子の声が聞こえてきた

「あら、リサ?久しぶりね」

 礼儀に対してうるさいベルンは明らかに己に対する礼儀を欠いているように語りかけてきたサラマンダーのリサさんにに対して何事もなかったように接した

「へへへ……優さんにルリちゃんも久しぶり♪」

 ベルンに言葉使いのことで何も言われなかったリサさんはそのまま僕とルリに対してもその態度を崩さず挨拶してきた

「あはは……久しぶりですね、リサさん」

「む〜……」

 その様子を見たルリは少しふてくされてから

「ママ、ズルい!リサお姉ちゃんには怒らないでルリには怒ってばっかし!」

 ルリはいつも言葉使いや礼儀のことで母親であるベルンに叱られているのにベルンが子どもでも分かるぐらい言葉使いが悪いリサさんのことをベルンが叱らないことに理不尽を覚えて顔をムッと顰めらせて抗議して、その後にリスが頬に木の実を頬ばせる様なふくれっ面になりへそを曲げた

「あらあら……ごめんなさいね、ルリ」

 その娘の抗議を我が身に向けられながらもベルンは娘と同じルビーのような紅い眼を細めながら娘のその愛らしい姿を見守りつつ自分の非を詫びた

「リサ、一応言っておくけどもう少し言葉使いを何とかしなさい」

「まったくだ……リサ、前から思っていたがお前のその軽薄な口調は時に他人の神経を逆撫でする」

 ベルンはリサさんに対して、普段、娘に対して行うものよりも少し甘めに注意して、リサさんの同僚である風さんもどうやら同僚の口調には含むものがあったらしくベルンに続く様にリサさんを諌めた

「はいはい……まったく、お堅いんだから―――」

 2人に注意にリサさんはいつも通りの軟派な態度で聞き流そうとしたが

「いい加減にせんか!!大馬鹿者!!」

―ゴツン!!―

「アダっ!!?」

 いきなり自らの頭部に訪れた鉄拳の衝撃と鈍い音によって彼女の皮肉はそこで途切れた
 僕は知っている。ベルンがリサさんの態度に対してなぜ叱ることをしなかった理由を
 そして、その答えは既に目の前に姿を現した

「久しぶりです。ベルン、優殿、ルリ……私の馬鹿弟子が色々と無礼を働いてすまない」

「ええ、オネット……久しぶりね」

「オネットさん、お久しぶりです」

「オネット先生!こんにちわ!」

 それはリサさんのの背後にいるリザードマン、オネットさんの存在だった
 僕達の方に視線を移した彼女は表情を柔らかくして僕らに挨拶をして僕達もベルンの幼馴染である彼女に対して返礼し、彼女に懐いているルリは満面の笑みになった

「痛ぅ……て、師匠!?どうして、ここにいるんですか!?」

「どうしてだと……?」

 リサさんはゲン骨を喰らった頭部を押さえながら自分の背後にいつの間にか立っていた自らの『師』と呼ぶ、未だに拳を握りしめている薄い萌葱色の浴衣を来た茶髪をポニーテールで結い上げた再び目付きが鋭くなったリザードマンに対して疑問をぶつけると

「久しぶりに幼馴染のベルンとその家族に出会えると思ってわざわざ出迎えに来たのだ!!
 それなのに、まさか馬鹿弟子の教育不足を痛感させられるとはな」

 オネットさんはどうやら幼馴染であるベルンとその家族である僕達がこの里に来るのを知り出迎えに来てくれたらしいが、そこで目にしたのは自分の教え子であるリサさんの軽い態度であり、礼儀正しい彼女からすれば耐えられるものではなかったらしい
 そう、先ほどベルンがリサさんのことを説教しなかったのはこの力関係を理解しており、リサさんの師匠である自分の幼馴染のことを知っていたからだ

「ほらね、ルリ。ママがリサのことを怒らなかったのはリサお姉ちゃんにはオネットがいるからなのよ。わかった?」

「う〜……は〜い」

 ベルンは目の前でリサさんが彼女の師であるオネットさんに叱られている様を指差して、自分がなぜリサさんを叱らなかった理由を母の余裕を持って娘に教えた。ルリはそのことに対して、多少の不満は残しながらも納得したらしい

「まったく……すまない、ベルン……弟子の教育がまだ足りなかったようだ」

「ふふふ……いいわよ、オネット。相変わらずね」

 オネットさんは少しため息を交えながら弟子であるリサさんの非礼を詫びた
 オネットさんはリザードマンと言い種族の性もあるが、彼女自身の生真面目さと彼女の夫が図鑑世界の日本とも言える『ジパング』の侍であることも影響して礼儀作法にはかなり厳しい。彼女が教鞭をとるこの里の寺子屋の生徒たちが一番恐れるのがオネットさんの雷らしく、この前ルリよりも少し年上のベルブブブの子供が親友のイエティの子供を誘って授業をサボろうとした際に怒られて少し丸くなった程らしい
 そして、リサさんもそんな力関係を身を以って叩き込まれた1人なのだ

「とりあえず、リサ……お前の『稽古』は後だ……心しておくように」

「ええ!?そんな〜……」

「ふん、当然だ。これで少しは懲りろ」

「ちょ、風!?お前は師匠の地獄の稽古を知らないくせに軽々しく言うなよ!!」

 オネットさんはある意味では『死刑判決』に等しい言葉を自らの弟子に告げ、彼女の下で長年修行してきたリサさんはその言葉を聞いた瞬間、涙目になり絶望を顔に浮かべ、リサさんの口調や態度が日頃から気に障っていたようである風さんはリサさんのことを突き放した
 しかし

「いや、風。お前にも後で稽古をつけることにしているぞ?私は」

「……え?」

 オネットさんの一言で先程までリサさんに訪れるであろう出来事を他人事のように思っていた風さんは目を点にして絶望に顔を引き攣らせた。まさに青天の霹靂であった

「実はな霞から『最近、あの子たら自分より強い相手と戦っていないらしいんですわ……まあ、時間がないから仕方ありませんけど……』とお前に稽古をつけることを頼まれたのでな、他ならぬ幼馴染からの頼みだ。楽しみにしておけ」

「し、霞さまぁ〜!!?」

「う、うわあ……同情するぜ、風……」

「霞も相変わらずね……」

「あはは……」

「?」

 今度は風さんが何の裏もない純粋な笑顔をしたオネットさんによって打ち明けられた自らの主である霞さんの好意と嫌がらせが混ざった配慮に思わず涙目になった
 その様子に既に自らの師に『死刑宣告』を受けて先程まで風さんに散々皮肉を言われていたリサさんすらも心から同情し、ベルンは幼い頃から変わらない霞さんの悪い癖に目を遠くに向けて幼馴染の変わらないところに喜んでいいのか困惑するべきか悩んでいる複雑な表情をして、僕は苦笑いをするしかなく、ルリは僕達の反応の変化に気づくがそれらが意味することを理解できずに首を傾げていた
 オネットさんは自分の幼馴染の霞さんが自らの部下の稽古を頼んだ動機の半分を理解せず胸を張りながら誇らしい笑顔でいた。ベルン曰くオネットさんは『剣術や勉強はできるけど基本的にバカ』らしい

「さて、ベルン、それに優殿にルリ。霞の所へと向かおう。2人とも、稽古を楽しみにしているぞ」

「「は〜い……」」

 オネットさんの強い相手と戦えることに対する歓びと高揚感に満ちた明るい声と自分達に降りかかる『稽古』と言う名前の『地獄』が待っているリサさんと風さんは対照的にドヨーンとした重い雰囲気を纏わせた声が響き渡った。武術に秀でて強者との戦いに歓びを見出すサラマンダーと人虎と言う種族でありながら2人はオネットさんを恐れているようだ

「えっと……とりあえず、がんばりなさいね。2人とも」

「がんばってください……」

「じゃあね、風お姉ちゃんにリサお姉ちゃん!」

 僕とベルンは2人にこの後に訪れる地獄のような特訓の厳しさを知っていることから心の底から同情の眼差しを向けて2人が落ち込んでいる理由とオネットさんの厳しさをあまり知らないルリは無邪気な笑顔で別れを告げた
 そして、そのまま僕らは歩き続けて柵の中にある里の中に足を踏み入れるとそこに見えたのは

「それでは……ようこそ、ベルン、優殿……そして、ルリ。『霧幻郷』へ」

 紅い月が存在し昼でありながらもまるで冬の黄昏時のような美しくも妖しい空が広がり、ベルンやオネットさん、アミさん達がゆっくりと時間をかけて築いた和風建築と魔物娘とその夫であるインキュバスが多く行き交う通りでは成熟した者、若者、幼い者問わずに皆、晴れやかな笑顔であり、小さいながらも繁栄している人里であった。もし、16世紀の宣教師が見たら『ジパング』と口遊むであろう『楽園』とは違う形の『理想郷』の姿だった

「何も……変わっていないわね……」

 自分達の築いた『理想郷』の変わりのない姿にいつもルリに対して向けているような慈しみの込められた目で穏やかにそう呟いた
 彼女、いや、彼女達にとってこの『霧幻郷』は我が子に等しい場所なのだ。普段、善良で食事(決して、人食いはしないけど)以外で他者の生命を奪わない(と言うよりも、性交だけで生きていけるのでこれも希だけど)魔物娘が他者に牙を向けるのは自分達の『宝物』を傷つけられた時だけだ
 魔物娘にとっては『家族』は何よりもの宝であるが、ベルン達の宝にはこの『霧幻郷』も含まれる。ベルンが大量の資金を手に入れようとするのは『霧幻郷』の経営とこの里から旅立っていく魔物娘達の生活支援や外の社会に地位の確保のためだ

「そうだな、ベルンはたまにルリの預かり先としてこちらに預ける時にたまに来るぐらいだから、ゆっくりと回れないからな」

 オネットさんの何気ない一言に僕は

「ぐっ……!夫として情けなくなってきた……」

 妻にも少しでもここを回る時間すら作ってあげることもできない自分の不甲斐無さに心を杭で打ちつけられた衝撃が悔やみを感じた

「い、いや!優殿、私はそう言うつもりで言った訳では……!?」

「そ、そうよ!と言うよりも、優?私はあなたのおかげでルリの授業参観や運動会に行けるのよ!?
 と言うか、これ以上の時間を作るのは誰にも無理よ!」

「あはは……ありがとう、2人とも……」

 オネットさんは自分の不注意な発言で僕の夫としての体面を傷つけてしまったことに焦りを感じてベルンは自分が休暇を余り取れないのにそれでも僕のことを少しでもフォローしてくれる優しさを見せてくれたが、逆にその優しさが痛く感じた
 実際、僕とベルンが夫婦になってからはいくらか時間に余裕ができたらしく、なんとかルリの授業参観や運動会には必ず出れるけど

 ……マズイ……今、あのエロ親父どもを思い出して無性に腹が立ってきた……

「す、優……?」

「優殿……?」

「ぱ、パパ……?」

 娘の幼稚園の行事は僕達夫婦は毎回出席するのだが、魔物娘でなおかつ、こちらの世界で言う白人美女ののベルンはやはり、目立つようで、さらには書類上では35歳とされているが実年齢が27歳であることからパパさん達から色目を使われること多くてその度に僕は6年前の出来事と最も憎んでいる男を思い出して仕方がないのだ
 僕の腹の内に隠された憎悪と苛立ちに気づいたのか幼いルリでさえも何か僕を心配するような目で見ていた。そんな重苦しさを感じる空気がしばらく漂っていると

「ちょっと、ダメだよ〜!ヴェンちゃん」

「ん?」

 近くで聞き覚えのあるルリよりも年上の大人しそうな女の子の声が聞こえてきた。僕らは辺りを見回すと

「何言ってんのさ、プラン。今以外のいつ、授業をサボれるチャンスがあるのよ?」

「でも〜……」

 少しオドオドしているあったかそうなモコモコとした白い毛皮を生やしたイエティの女の子と手を頭の後ろで組んで笑っているどくろの模様があしらわれている昆虫の羽を生やしたベルゼブブの女の子が近くにいた

「あれ……?確か、あの子達は……」

「ねえ、オネット……?あの子達って……あれ?」

 僕とベルンは目の前の子供達に見覚えがあり、ベルンはオネットさんに2人のことを訊ねようとするが

「だって、今日はベルン様が来るんだし流石のオネット先生も油断するって―――」

「ほう……そこまで、私は教え子に舐められていたか」

「―――え?」

 背後に誰かがいることに気づいてベルゼブブの女の子が振り返った瞬間

―ゴツン!!―

「むぎゃ!?」

「ヴェンちゃん!?」

 リサさんの時よりもまだ小さいが鈍い音が辺りに響き渡り、ベルゼブブの女の子は自分の身に何が起きたのか理解できず、自らの頭に訪れた痛みに小さく悲鳴を上げ地面に伏して延びて、イエティの女の子も友人の身に突然起きたことに驚いていた
 そして、彼女達の背後には腕を胸の前に高らかに組んで堂々と仁王立ちをしている大目玉を浴びせようとしているいかめしい表情のオネットさんが立っていた

「お、オネット先生!?な、なんでここに……!?」

「それはこっちの台詞だプラン……まあ、あらかた、どういう理由でここにいるかは解かるがな……」

「あわわ……ごめんなさい!ごめんなさい!」

 プランと言う名前のイエティの女の子は自分達の教師がここにいる理由が理解できず混乱するが、オネットさんがギロッと睨みつけると先程の自分体の会話が筒抜けであったことに気づき、頭をペコペコと下げて慌てて謝った
 このイエティの女子の名前はプランタン。愛称はプランで温厚で優しいイエティと言う種族の気質に違わず、非常に大人しい女の子だ。そして、今、オネットさんがゲン骨をお見舞いして伸びているベルゼブブの女の子の親友だ
 ちなみにそのベルゼブブの女の子はと言うと

「………………」

「おい、ヴェン……貴様、どこに行く……」

「え?いやその……」

 プランちゃんがオネットさんに叱られているとその隙を見てコソコソと逃げようとしたベルゼブブのヴェンと言う女の子だが、前線を退いたとは言え、戦場で研ぎ澄まされたオネットさんの五感にとっては子供のヴェンちゃんの気配を捉えることなど赤子の腕を折るように容易いことだった
 そう、オネットさんの教え子で性格が丸くなったベルゼブブと言うのはこの少女であり、本名はヴェントと言う名前で皆からはヴェンと呼ばれている。この子はプランちゃんの友人であり、ベルゼブブと言う種族の名に違わず結構生意気なところがあるが頭の回転は速く、多分オネットさんの寺子屋の生徒の中で一番優秀な子だろう。ただ、イタズラ好きでサボり魔な性格であるために毎回、今の様にオネットさんに叱られることが多いある意味では問題児でもある

「自分から友人をサボリに誘っておきながら、その友人を見捨てるとは……恥を知れ!!」

―ゴツン!!―

「むぎゃ!?」

「あわわ……」

 オネットさんは今度はプランちゃんが叱られているのを尻目に逃げ出そうとしたヴェンちゃんの行動に怒りを覚えたらしく、再びゲン骨をお見舞いした
 ここだけの話、オネットさんは普段はこの里の住人や生徒達に慕われているが、彼女のゲン骨はかなり恐れられており、ベルゼブブであるヴェンちゃんが彼女の前では多少の生意気さを隠すほどだ

「あはは……ヴェンお姉ちゃん、いけないんだ〜♪授業サボっちゃ」

 そんなオネットさん達のやり取りを見て、ルリは笑いながらそう言った

「あ、ルリちゃん!」

 ルリの笑い声にプランちゃんが気づきルリの方に友達会えたことに対する喜びを表した表情を向けた

「いたた……あれ?ルリじゃない久しぶり」

「うん、久しぶり!ヴェンお姉ちゃん、プランお姉ちゃん!」

 オネットさんのゲン骨を喰らって再び地に伏せていたヴェンちゃんも受けた場所を手でさすりながらヴェンちゃんもルリに気づいた
 この2人は僕達夫婦がしばらく仕事で出張する時にルリをこの里に預ける際にできた友達だ。2人ともルリよりも四つ年上だけど、るりのことを妹のように可愛がってくれるルリにとっては年の近い姉のような存在だ

「あらあら、2人とも変わりがなくて良いわね」

「うん、2人とも久しぶりだね」

「あ、ベルン様に優様!」

「お久しぶりです!」

 僕とベルンはルリに続く様にいつも娘と仲良くしてくれている2人に挨拶をすると、2人はこの里の創設者の一人であるベルンとその夫の僕に驚きながらも挨拶をしてきた

「2人とも、いつもベルンがお世話になっているようだね。ありがとう」

「いや、その……どういたしまして、優様」

「こちらこそ、いつもルリちゃんといて楽しいです」

「あはは、ありがとう。2人とも」

 僕はいつも娘と仲良くしてくれている二人にお礼を言うと2人は少し恥ずかしそうに笑顔で答えた。そして、僕は多少なりのむず痒さを覚えた

 う〜ん……でも、やっぱり『様』付けはやめて欲しいかな?

 この里の創設者であり、何よりもこの里を実質的に経営する実力者であるベルンなら別に『様』付けは良いけど、その補佐で旦那でしかない僕にも『様』を付けるのははっきり言えば気恥ずかしいのでやめて欲しいのが本音だ

「でも、ヴェン?頭が良くても授業はサボっちゃダメよ?あなたの母親も自由気ままだけど、ちゃんと努力したからこそ立派な母親になれたのだし」

 僕達のやりとりが終わるとベルンがヴェンちゃんの態度に苦言を呈すると

「う〜……はい……」

 ヴェンちゃんはそれに対してルリがベルンにピーマンを好き嫌いせず食べる様に言われて口にした時のような苦い顔をした。ちなみに我が家では家事は僕とベルンが交代で行っており、一見お嬢様育ちに見えるベルンだが、料理の腕は意外にも家庭的なものばかりを出し、特に彼女の作るカレーは僕とルリの好物でありごちそうだ
 ヴェンちゃんがベルンの一言にそんな表情をするのはヴェンちゃんの母親がベルンの直属の部下だからだ
 ベルンやオネットさん達は幼馴染であるリリムのアミさんと共に戦場を駆けていたらしく、ヴァンパイアのベルン、リザードマンのオネットさん、妖狐の霞さん、バフォメットのセシリアさんの四人はアミさん率いる特殊部隊のメンバーの中で部隊長のような地位であったらしく、彼女達には四人の直属の部下を持つことが認められていたらしい。部下を持つ時にはベルン達の性分と特異な分野で隊の特色が出るらしい
 例えばオネットさんなら弟子のリサさんを始めとした白兵戦が得意な機動力だけなら他の3人の部隊よりも最強と言える部隊構成になっている。そして、ベルンの部隊だがベルンの部下には暗躍に秀でる魔物娘が多い。意外なことだがベルンは策謀家でアミさんの部隊の中では霞さんに並ぶ参謀でもある。ベルンは難攻不落の都市でも事前の情報収集や一般市民への扇動工作、敵兵の投降工作などで敵にも味方にも損害を出さずに勝利を手に入れることを得意としている。その中でベルンの謀略の支えとなっているのがベルンの部下の刑部狸とヴェンちゃんの母親のベルゼブブによって手に入る資金と情報だ
 ヴェンちゃんは大好きな母親のことを引き合いに出されたことに加えて、母親の上司と同僚であるベルン達に可愛がられていたらしく、ベルン達には頭が上がらないのだ

「すまない、ベルン……優殿……お見苦しい所を見せた」

「いや、そんなことは……」

「そうよ、面白いものを見せてもらったわ」

 オネットさんは生徒の恥ずかしい姿を晒したことを恥じていたが僕はらとしては子供の愉快さと無邪気さ、微笑ましさから来る心が穏やかになる風景を見せてもらったので別に気に障ることはなかった
 そんなやりとりを大人達がしていると

「パパ……」

「ん?どうしたんだい、ルリ?」

 僕の裾をその小さな手で引っ張りながら身体をモジモジしながら何かを訴えたそうな目をしていた

「えっとね……その……」

 ルリは僕の顔を見上げると次にオネットさん達のいる方に顔を向け、しばらくしてから再び僕の顔を見上げてその後、またオネットさん達に顔を向けて、それを交互に繰り返した

「ふふふ……」

 そんなルリのしぐさを見てベルンは笑い、僕も笑った
 ルリがこう言ったしぐさを行うのは普段、ワガママを言うのを慣れていないルリが僕達に何かしらのお願いをいう時にするものだ

「いいよ、行っておいで」

「え、いいの?」

「ええ、だって休みはたっぷりと取ってあるもの……だから、今日くらいは自由にしなさい。ねえ?優」

「うん、お母さんの言う通りだよ。だから、遊んでおいで」

 僕達はルリのお願いを察してルリにオネットさん達の所に行くことを促した
 ルリにとってはよく預かり先として来るこの『霧幻郷』はあの屋敷が生まれの故郷なら、『霧幻郷』は第二の故郷なのだ。また、ルリは性格が素直で明るく、優しいことから外の世界でも人間の友達は多いが、この里のオネットさんの生徒であるプランちゃんやヴェンちゃん達もルリにとってはたまにしか会えない大切な友達であり、一緒にいると楽しい存在なのだ
 だから、ルリが子供が遊園地から帰ろうとする時の何とも言えない表情をするのも理解ができ、今日から三日間この里に泊まる僕達にとっては一日ぐらい、ルリのお願いを聞いてあげてルリの自由にさせてあげたかった

「オネット?悪いけど、今日だけはルリのことを預かってくれないかしら?」

 ベルンがオネットさんに訊ねると

「ああ、いいぞ。ルリが来たら、生徒達も喜ぶ……しかし、この生徒達の体たらくを見ていると私が寺子屋を留守にするのはまずい気がしてきた……すまないが、霞の所には2人で行ってくれないか?」

「こっちのワガママもあるんだから気にしないで。ありがとう、オネット」

 オネットさんは快諾するもやはり途中で僕達を2人で霞さんの所へと向かわせなければならず、それが心苦しいらしいがベルンはオネットさんの気を少しでも軽くさせようと感謝を口にした

「わかった。授業が終わったら、ルリと一緒に宿に向かう
 では、行くぞ。三人とも」

「は〜い……」

「はい」

「はい!いってきま〜す、パパ!ママ!ありがとう!」

「いってらっしゃい、ルリ」

「あまり、はしゃぎ過ぎちゃダメよ」

「は〜い」

 四人が寺子屋へ去っていくと愛娘を見送った僕達は向かい合い

「じゃあ、行こうか。ベルン」

「うん」

 霞さんが手配してくれた旅館へと歩み出した
14/12/08 08:21更新 / 秩序ある混沌
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■作者メッセージ
 さて、ここは彼女たちが創った『楽園』ではない『理想郷』……
 霧に包まれた幻想の郷にして、夢の如く幻想の郷にして、無限の如く続いていく郷……
 実にそうあって欲しいですね
 さて、今回はこの理想郷の住人を描かせてもらいました……ここは決して悲劇の生まれない平穏な世界……だけど、ここは決して『楽園』では生まれない幸福も生まれる世界でもあります
 あの少女がここをクリスマスプレゼントに選んだのかは……これから語っていきましょう

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