連載小説
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第三章:『贈られ贈るクリスマスプレゼント』
「ふ〜……ようやく着いた……」

「そうね……久し振りにここに来たとは言え、まさか……こんなにも声をかけられるなんて……」

 僕とベルンは少し疲れながらも霞さんが手配してくれたこの里の中で多分、最も歴史がある土壁を模した石膏で綺麗に整えられた外壁と多少の苔を生やすことで情緒を感じさせる石垣、出入り口に水によってカコンと良い竹の音を響かせる獅子威しや砂利が敷き詰められた地面と笹が存在する旅館『盛隈庵(せいえあん)』の前にようやく到着した
 なぜ僕らが疲れているのかと言うと、ルリ達と別れた後に盛隈庵に向かう道中、この里の創設者の一人であるベルンが久しぶりに来たことに里の住人が歓喜して、出会う度に全員が挨拶をしてきて、かなりの足止めを喰ったのだ

 まあ、それはベルンがそれだけ慕われていることなんだよね

 ベルンに声をかけてきた住人の顔には見ているだけでこちらも幸せになる平穏な日常を楽しんでいる幸福感に満ちた笑顔であった
 この里はベルン達が彼女達のいた世界が未だに誤解が原因で魔物と人間が争い続けており、それが原因で起きる僅かながらの悲劇からも逃れたい願った者達のための創られた『理想郷』だ。魔物は決して、人を殺そうとしないし、彼女達の生命力も高いから人間との戦いで死人は出ることも希だけど、やはり争いがあれば、人間の手で魔物の血も流れるし、生命が失われる時もある。特にそれは幼い魔物娘なら尚更だ。とある勇者だったデュラハンはかつて、魔物によって占拠されて魔界化する途中であった村を任務で焼き払い、さらには魔物化していた村人を殺したことがあると悔やんでいることがあったとベルンから聞かされたこともある。また、この里には僕の様な里の外の世界に住んでいた住人も多くいる。ここは僕の様に外の世界での居場所を失った人間の安住の地でもあるのだ
 だから、この里にいる人々は皆、居場所があり、大切な者を失わないですむことに喜びと平穏と幸せを感じているのだ。ベルン達のしてきたことは決して無駄ではなく、多くの人々を幸福にしてきたのだ。僕はこの『理想郷』を創設し人々を幸せにしてきた妻のことを誇りに思い、その妻を支える日常に満足感を覚えている

「ようやく来ましたわね。ベルン、優様?」

僕達が盛隈庵の前で立っているとおっとりとしただけなのに他人を堕落させるような声が聞こえたので僕達が振り向いた
 すると、そこには赤い長袖の漢服を着た相手を相手を誘惑する妖艶な光を放つ目とベルンに負けないぐらい綺麗な長い生糸のような金髪とフサフサとした狐耳と同じような毛並みを持つ八つの尾を生やしたベルンと同じ年頃の女性がいた

「お久しぶりです。霞さん」

「遅れて、ごめんなさい。霞」

「気にしておりませんわ。お二人とも」

 このおっとりとしながらもどこか怪しい蠱惑的な魅力を放っている妖狐こそがこの『霧幻郷』の長にして、ベルンの幼馴染の1人である霞さんだ

「あら?ルリちゃんは?」

 今日、家族と一緒にこの里で過ごすと聞かされていた霞さんはルリがいないことを不思議に感じて首を傾げながら訊いてきた

「実はここに来るまでに間にオネットやヴェンに会ってね……」

「なるほど、そう言うことですか」

 ベルンがルリがこの場にいない理由を手短に遠回しに語ると霞さんは幼馴染の僅かな説明だけで理解してニコニコと微笑み

「あの子は本当に元気がよくて友達が大好きですものね」

 ルリのことを嬉しそうに話した
 この里の創設者であるベルンやその幼馴染である霞さん達の中で唯一、子供を授かっているのはベルンだけだ。そのため、霞さんやオネットさん達はルリのことをまるで自分の娘の様に可愛がってくれている
 ルリが生まれた時も全員揃って、生まれたばかりのルリの誕生を祝福しに来てくれたのは懐かしい記憶だ

「さて、立ち話もなんなので早く旅館に入りましょう」

「あ、はい」

「そうね」

 僕とベルンは霞さんに言われるがままに今日から泊まることになる盛隈庵の敷居を跨いだ
 すると

「わざわざ足をお運びになられてありがとうございます。優様、ベルン様」

 桃色の着物を着た頭にモコモコとした羊毛と羊の角を生やした子の旅館の若旦那の妻で若女将であるワーシープが出迎えてくれた

「セレスさん、こんにちわ。今日からお世話になります」

「あら、セレス。随分と女将姿が様になってきているわね」

 僕とベルンは丁寧に出迎えてくれたセレスさんに挨拶を返した

「本当ですか!えへへ……」

 ベルンから自分の女将としての接客態度を褒められたセレスさんは嬉しさのあまり、顔をニヤニヤと歪めてしまった

「こらこら、セレスちゃん。接客中にそう言う態度にはダメよ?」

 セレスさんが顔をニヤニヤさせていると宿の奥から落ち着いた女性の声が聞こえてきた

「お義母さ―――じゃなくて、女将さん」

 セレスさんは宿の奥から現れた自らの義母であり、この盛隈庵の女将である自分と同じ着物を纏ったサキュバスの登場に驚いた

「こう言う時は『いえいえ、そんなことは』とか『言葉がお上手ですね』と言った自分を下に扱ったり、相手を持ち上げる対応をした方がいいのよ?」

 女将さんは自分の息子の嫁であり、いつか自分が引退したらこの宿の看板を次に息子と共に背負うことになる若女将セレスさんに宿泊客に褒められた時の対応を優しい口調で説いた

「う〜……すいません……」

 素直なセレスさんは自分のことを可愛がってくれている姑の言葉に身に纏っている羊毛がまるで雨水に打たれたかのようにシュンと倒れる様に落ち込んだ

「でも……」

 しかし、落ち込んでいるセレスさんに対して、女将さんは

「セレスちゃんの笑顔は見ているとこっちも幸せに見れるから、飾り気のない接客こそが最高だから、今のままでもいいかもしれないわね」

「女将さん……!」

 セレスさんの美点である彼女の飾り気のない見ているとこちらが嬉しくなる笑顔を褒めて、セレスさんを励まし、尊敬している女将さんの言葉にセレスさんは雨が降った後に雲が晴れた際に見ることができる陽射しのようなパーッとした笑顔になった

「まあ、それ以前に私もお客様を放ったらかしにしているから……失礼よね……」

「え、その……」

 セレスさんが元気を取り戻すと女将さんは多少、僕達に語りかける様に自分が宿泊客である僕達を放っている自分の失態を口に出してセレスさんの気が軽くなるように気を利かせようとした
 そして、そのまま僕らの方に顔を向けて

「お待たせして申し訳ございません。グランツシュタット様」

 深々と頭を下げて僕達のことのことよりも若女将であるセレスさんの指導を優先してしまったことに対して謝罪するが

「あはは。いいですよ、根本さん。むしろ、待たせたのはこっちもですし。ね、ベルン?」

「ええ……それに普段と変わらない日常による接客も最高のもてなしと言ったのはあなたじゃない。智美?」

 僕とベルンはこの盛隈庵の女将、根本 智美(ねもと さとみ)さんに対して、彼女の義娘に対する粋な計らいを察して、自分達もオネットさんの教え子達の騒動や里の住民に声をかけられたこともあり、この宿に到着するのが予定より遅れたこともあるので、僕はそれを理由にお互いに詫びることはないようにしてベルンはさっき、智美さんがセレスさんに言った言葉を彼女に返して、彼女達のやり取りを見せてもらったことを遠回しに感謝して、彼女が何も気負うことはない様にした

 いや……きっと……ベルンは本当に嬉しいんだろうな……

 ベルン達が元いた世界では今でも魔物と人間が最初の主神の作ったシステムによって生まれた血に濡れた歴史によって、人間の遭い出では魔物への恐怖が消えることなく、未だに争いが続いてる
 しかし、目の前の智美さんとセレスさんを見ていると、いつかそんな争いも終わる時が来ると信じることができる
 この里が『霧幻郷』になる前、智美さんは人間だった。当時、ここは客足が遠のいた寂れた温泉街であった。この世界を発見したベルン達は最初、この世界のどこに『理想郷』を創設しようかと悩んでいる時に各地に調査員を派遣した。その中の1人がセレスさんだった。セレスさんはここに来た時、この旅館の若旦那である後の夫と出会い、一目惚れして、彼女の夫も彼女に恋をした。そして、彼女の夫は自分の好きな女性の正体を知ってもなお、愛が変わることはなかった。セレスさんは彼の愛を知ると自らの正体を明かした翌日、彼の両親である智美さん達にも自らの身の上を告げて、彼の夢と自分達の理想、そして、彼への愛のために頭を下げて、この土地を自分達の『理想郷』の土台にしたいと正直に伝え、そんな彼女の真摯な態度に心を動かされた智美さん達が温泉街の住民達に相談した結果、受け入れられ、ベルンの資金力でこの辺りの土地を購入して霞さんの妖術で外界からは決して、見つけることができず足を踏み入れることのできない『霧の結界』で温泉街を覆ったのが『霧幻郷』の始まりだ
 そして、セレスさんはそのまま智美さんの息子の妻となり、智美さんの下で女将修行をしている。智美さん人間でありながらも人間と姿は似ているが全く異なる存在であるセレスさんを受け入れて、まるで自分の娘のように大切にしている。いや、智美さんだけじゃない、この一家を始めとした昔からこの里に住んでいる住民達はセレスさんを可愛がっている。それだけ、彼らはセレスさん達や魔物娘達に感謝しているのだ
 ベルンが嬉しく感じているのは『希望』を目の前にしているからなのだろう

「お気遣いありがとうございます。優様、ベルン様。じゃあ、セレスちゃん、部屋までお送りしてあげて」

「はい!女将さん!では、グランツシュタット様、そして、霞様!お荷物を!お部屋にご案内させて頂きます」

 智美さんは僕達の言葉を聞くと再び頭を下げて、頭を上げるとすぐに女将さん若女将であるセレスさんに僕達を客間へと案内する様に指示すると愉快な声で是と答えた

「ふふふ……本当に喜ばしいですわね」

 今までのやり取りを見ていた霞さんは心の底から穏やかな笑みを浮かべて呟いた



「こちらが本日、ご用意させて頂きました。207号室です」

 私達は荷物を預かっていてくれているセレスに案内されて、既にドアが開いており、今日から三日間泊まることになる東から4つ目の客室に辿り着いた。おっして、私達は彼女が気を遣わないうちに207号室に入り、仮の寝床となる空間と外の世界を分ける玄関で外履きを脱いで、部屋の中に入った

「すごい……これなら外の旅館と十分渡り合えますよ」

「ええ……本当に綺麗になったわね」

 私と優は部屋に入った瞬間に心の底から感嘆の声をあげた
 今、私達が入った207号室は四人ぐらいまでがくつろげる広さで部屋は構造的に二つ的に分けられており、部屋の手前側は中央に樫の木で作られニスで塗装された気本来の色につやが出ているたテーブルとテーブルのサイズに合わせた様に座布団が布かれた座椅子が四つ程ある和風建築の十畳ほどの広さの畳の匂いがして、部屋の奥には障子で隔たれている少しだけ段差がある部屋の奥に設けられた床をカーペットで敷き詰めたガラスの天板のテーブルと竹でできた座るところがクッションになっている座が少し低い椅子が向かい合うように存在していた
 昔、私達が初めてここに訪れた時の盛隈庵は『霧幻郷』となる温泉街が寂れていたこともあり、壁紙は破れて畳は傷んで色褪せて、この部屋には人間の垢が染みついた脂ぽい臭いが漂っていた程、旅館と言うのも難しい状態だった
 しかし、今のこの部屋を見ると私達の資金調達や移住政策が功を精したことが実感できた気がした
 ちなみにこの部屋には床の間があるが水墨画が掛けられており、その水墨画に描かれているのは私の幼馴染であるアミの最も尊敬する姉、『黒き勇者』であった。また、この旅館の客室にあるのは全てアミが女将さんに頼み込んで掛けてもらっているアミが頭を下げて書いてもらった水墨画家のリャナンシー夫婦の作品であるアミの姉妹を描いたものだ
 この前なんか、『四つん這いリリム』や『八雲』と言う二つ名を持つ妖怪とも言えるリリムの物も描いてもらったらしいが、流石に前者の絵は旅館の客室に掛けるのはマズイと思ったらしく、この里にあるアミの別荘に飾っているらしい。また、他にも『酒を月を背景に飲むリリム』や『少し無邪気で無鉄砲な勇気あるリリム』の水墨画もあるらしい。さすが、アミだ。『シスコン王女』の異名は伊達じゃない

「ありがとうございます。ベルン様や優様方の『エーデルシュタイン』のご援助とご宿泊に来て下さるお客様方のおかげです」

「ふふふ……アミが聞いたら、喜びそうな言葉ですわね。ベルン」

「そうね……」

 セレスは私と優の賛辞を聞くと自分の愛する夫とその両親が時代の流れに逆らっても守ろうとしたこの旅館と温泉街が再興したことに嬉しそうに私が長を務めている財団グループの資金提供とこの里に来る元々、私達がいた世界から来る観光客や里の外から来る魔物の夫婦による宿泊に対して感謝した
 それを聞いて霞と私は大切な幼馴染の喜ぶ顔を思い浮かべてお互いに顔を見合わせてほくそ笑んだ

「浴衣は男女のものと共に子供のものまでSからLまでの大きさのものを揃えております。もし、大きさに不備がございましたら館内回線でご連絡下さい
 また、お部屋の鍵と金庫の鍵は兼用でございます
 お食事についてですが、いつ頃がよろしいでしょうか?」

「そうね……いつ頃がいいかしら?」

「そうだね。ルリがここに来るのは六時くらいだから七時頃がいいかな?」

「そうね……じゃあ、セレス。七時くらいでお願い。ありがとうね」

「はい、どうぞごつくろぎ下さい」

 私達に浴衣やこの部屋の金庫の説明と夕食の時間を確認し終えるとセレスは床に手をついて、ゆっくりと居間と部屋の玄関を分ける襖を音を立てない様に静かに閉めて部屋を去って行った

「ふ〜……さてと、これでゆっくりと話ができるわね。霞」

「そうですわね……ふふふ……」

 セレスが去ると私と霞は互いに向き合った

「ベルン?僕は少し、席を外すべきかな?」

 優は私達の会話に邪魔になるかと判断したのか私に自分が席を離れることを提案するが

「大丈夫よ、優。むしろ、ここにいて」

 私は愛する夫である優と少しでも傍にいたいと思って、彼にこの場に残る様にその提案を断わった
 私はそれを表に出すと恥ずかしいので隠しながらそう言ったのだが

「ベルンの言う通りですわ。ベルンたら、本当に優様のことが大好きですものね」

「ちょっと、霞!?」

「あら?違うのですか?貴女て意外に冷めているのですのね……」

「何、言ってんのよ!?」

 霞は私の心を見通して、愉しみながら私の心の中を晒して私の羞恥心を煽り、私が霞の言葉を噤もうとするととぼけた態度で応えた
 もちろん、私は優のことは大好きだ。けれど、夜の営み以外の時には『好き』とか『大好き』とか、『愛してる』とかを言うのは恥ずかしくてできないのだ。私は結構、こういうことに関しては小心者なのだ

「ベルン……」

「え、いや、その……わ、私は……」

 私が自らの羞恥心と優への好意の中で葛藤していると優が何かを訴える小犬の様な目をしていた。あと、なぜか心なしか優の顔が笑っている気がしてちょっとムカついた、けれど、私は他ならぬあいする夫のその表情に心が揺れてしまい慌てふためいてしまった

「おやおや?優さんも何か言って欲しいようですわ?」

「っ〜!!……だ……」

「ん?」

 霞に追い詰められた私は自分の耳が暖房の影響で熱を持つような感覚を感じながら一度、言葉に躓くが意を決して

「……大好きよ!!わ、私は優のことが大好きよ!!世界で一番愛しているわよ!!もちろん、ルリのこともよ!!……はあはあ……」

 少しでも言葉を止めたら襲いかかる羞恥心に負けると思い、ヤケになってなりふり構わず優とルリへの愛を機関銃の銃弾を放つが如く口に出した

「どう!?これで満足でしょう!?」

 言い終えると私は水が沸騰してお湯が湧き立つような腹の底から襲いかかる羞恥心に駆られながらも霞に噛みつくように当たった

「あらあら、本当に優様がお好きなのですね?男冥利に尽きますわね?優様?」

 私の強い口調を聞いても霞は飄々としておりそのまま優にニヤつきながら話を振った

「あ、はい!僕も君のことが大好きだよ、ベルン!」

 すると、優は何の臆することもなく私に自らの思うことを私にぶつけてきた

「うっ…優……その、ありがとう……」

 私は優の一言を聞いて、耳と腹の底に残る熱が再加熱し耳の熱気が前頭部にジワジワと熱伝導するのを感じると同時に嬉しく感じるが

「と言うか、霞!?あなたも夫が大好きでしょうが!?私のことをからかわないでよ!!」

 霞に私は少しでもこの熱気を思い知らせてやろうと思って抗議してやろうとしたが

「ええ……私はあの方が大好きですわ」

 しかし、彼女はしれっと何の臆面もなく答えた

「だ〜っ!?その勝ち誇ったような顔がムカつく〜!!」

「まあまあ、ベルン落ち着いて……霞さんもあまりからかわないでください」

「これは失礼いたしましたわ……ふふふ……」

 自分はあんなにも恥ずかしい目に遭ったのにそれを仕向けた張本人は何事もなく平然と自分の夫への好意をケロッと口に出したことに私は苛立ってしまい、普段、礼儀やマナーに厳しく言っている娘にだけは見せられない貴族の優雅さの欠片も見えない姿を曝して夫に宥められた
 霞の夫はこの里の温泉街より少し距離が離れた場所で農業を営んでおり、霞の小料理屋に出てくる料理の食材を栽培している。彼には霞以外にも四人の妻がいるが、その四人は四大精霊で霞が手に入れた魔導書を使って契約したらしい。霞が一夫多妻の家庭なのに余裕なのは正妻の余裕らしい。ちなみにこの里の温泉は彼の契約したイグニスとウンディーネ、ノームの影響が強く出ている。また、『霧の結界』で魔力は外に漏れないようになっているが、少し影響は出るらしくウンディーネとノーム、シルフの魔力でこの辺りの自然の力も強くなっている

「まあ、冗談はさておき……ベルン、優様。よく『霧幻郷』においでになられました」

 霞は先程までの人を食ったような態度を改めて私を出迎えるような態度になった

「はあ……毎度のことだけど、どうして会う度に私のことをからかうのよ……」

 と私は霞がそう言う風に淑女の態度が取れることを知っていで期待も込めずに訊ねると

「だって、ベルンをからかうと可愛いですもの♪」

「いい加減にしないと怒るわよ?」

「ふふふ……もう既に何度も怒っていらせられるじゃないですか?」

 霞は何の躊躇いもなく私を不愉快にさせる答えを即答して、分かっていたとはいえ霞に怒りを込めて笑顔で警告するが、霞はそれを歯牙にもかけず釈然と笑って答えた
 私と霞は最初に出会った時からこんな関係だ。私と霞が初めて出会ったのは私七歳で霞が八歳の時だ。霞は私とアミとオネットの四歳の頃からの古参の三人組が私達が後の恩師となるステラの祖父であるリッチとその夫になる先生達の下で教育を受ける際に『霧の大陸』から留学しに来た霞とサバトから派遣されて来たセシリアと同門となったのが馴れ初めだ。霞は出会った時から天真爛漫で私達三人と自然と溶け込み、セシリアはアミの手助けもあり、私達の輪に入ることができた。そして、私達は先生達の厳しいながらも適切で暖かい指導の下でアミの目標である第四王女、デルエラ様の様な活躍をしたいと願ってお互いを高め合っていた。
 だけど、そんな皆が高い志の中で輝いていた頃、私は他の四人に対してコンプレックスと抱いていた。理由は簡単だ。私には他の四人の様に光るものなかったのだ
 アミは魔王の娘であるリリムと言うこともあり魔力は段違いだったし、オネットは魔力はあまりなかったが剣術だけでドラゴンと渡り合える程強かったし、霞は妖術と魔術を組み合わせることで天才的な閃きを発揮していたし、セシリアはバフォメットと言うことだけあって魔法を使うことに秀でていた。その中で私はあらゆる分野で劣りはしなかったが飛び抜けた何かがあった訳でもなく、自分の不甲斐無さに悔しさと他の四人に対する劣等感とそれを感じることに罪悪感を感じていた
 そんな時、皆の前で泣くのは嫌で一人で泣いていた私を先生達が見つけて、慰めてくれた。最初は自分のことを知ったような口で語るような言葉に苛立ちを感じた。しかし、先生達はそんな私のことを真摯に受けとめてくれた。そんな彼らに私は心を開いて涙を抑えることができず、涙をダラダラと流しながら先生達に甘えながら泣いた
 その後、先生の知り合いである後の私の直属の部下となる刑部狸に数学や経済学、情報力を重要性を教えてもらい始めて五人の中で煌めく何かを私は見つけられた

「はあ……あなたのその悪癖は治りそうにないわね……」

 幼い頃を思い出してみるとやはり、霞との思い出はやはり、六割は霞にからかわれたことばかりだ。後の三割はアミと霞による協力体制によるからかいだ、残りの一割は秘密だ

「なんか、僕と暁と礼子さんとは違う感じだね。2人は」

「そうね……優と九条の弟とその奥さんとは雰囲気が違うかもしれなわね……」

 優の言葉に私は頷いた
 私は知っている。優の幼馴染の九条暁とその妻である九条礼子は優にとって、本当に大切な友人であったことを。だけど、それ以外のことも知っている。優にとっては九条礼子は初恋の女性であったことも。でも、優は彼女が九条暁のことが好きで、九条暁も彼女のことが好きであったことを理解し、なおかつ、彼女に残されていた寿命が短いことを知っていたから2人のために身を退いた。私はそれを九条暁の兄から聞かされたことで優のことを知り、公園で彼を見て彼の輝きを知り自然と惹かれたのだ

「はあ……幼い頃からと言いますと……アミもまったく、変わりがありませんわね?

 霞は少し切なげな表情で私達の『姫』であるリリムのことを語り出した

「そうね……あの無駄に責任感が強くて優しい所は相変わらずね……」

 私は幼い頃から親友として付き合っているリリムの長所であり短所を愚痴った
 アミは初めて出会った時から幼いながらもプライドが高くて私が認めるほど、『王族』としての誇りや信念を持っていた高潔な存在だった。魔王城に初めて訪れた私に使用人に任せればいいのに自ら、手を引いて城内を案内したりと面倒をよく見てくれた。また、自分よりも年下の妹達の面倒もよく見ているよき姉でもあった

 まあ……妹達に関しては完全なる過保護だけど……

「でも、本当にこの前は驚きましたわ……あの娘が……あんなことになるなんて……」

「ええ……まさか、あのアミが……あんな重症になるなんて……」

「ベルン……」

 霞はこの前、王魔界に里帰りしに行ったアミが何者かと戦闘を行い、頭の片方の角は折れ、身体中に打撲と痣を作り、あばらの骨が砕け、翼を羽ばたかせることができず、身に纏っていた黒と金の鎧は割れており、吐血したのか口元には血の跡が残っているほどの重傷を負って、魔王城に搬送されたことを口に出した
 アミの強さはこちらの世界に来てからは恐らく魔力だけなら並みのリリムよりも高くなっており魔法の腕もセシリア程、技術は高くないが莫大な魔力による補正で下級呪文が上級呪文クラスの威力になるなど段違いになっているところがある
 そんな彼女が何者かによってズタボロにされてしまったのだ

「『鵺……尼魏主……フェイルジェイン……』……『フェイルジェイン』……」

 病室で眠っている彼女がうなされるかのように呟いた霞は『フェイルジェイン』と言う言葉に何か、知っている様だった。いや、その言葉には私にも思い当たる節はあった

「……優様、申し訳ございません……これからの話はベルンと二人で相談したいことなのです……」

 霞は先程までは優に残っていても良いと言ってはいたが、突然真剣な表情になり、席を離れる様に告げた
 それを聞くと優は

「……わかりました。元人間の僕にはどうすることもできない話題のようですね?」

 と何の躊躇いもなく素直に席を立とうとした

「ありがとうございます。そうですわね、時間が時間ですから温泉にでも浸かっていたらいかがでしょうか?」

「そうよ、優。私は温泉に入れないんだし今のうちに入ってきたらどうかしら?」

 霞の提案に私は乗って優に温泉に入ることを勧めた
 理由としてはこれから霞が口に出すことは聞くだけで無力な自分を呪いたくなるようなおぞましい何かを語るような予感がしたからだ
 それにせっかく、温泉宿に来たのに優は私に遠慮して温泉に入ろうとしないだろう。だから、このタイミングは絶好の機会と言えるだろう

「うん、わかったよ。ベルン……ありがとう」

 優は私が気負わない様にするための配慮と私の気遣いに気づいて感謝を込めてそう言った

「じゃあ、行ってくるよ」

 優は押入れの中からバスタオルと自分の身体に会う浴衣と旅行バッグから下着を取り出し、浴場へと向かおうと玄関で内履きであるスリッパを取り出した
 そんな優に

「いってらっしゃい。ゆっくりしてちょうだい。優」

 と私はできるだけくつろいで欲しくてそう言った

「いってきます」

 優はそう言って、部屋を出て浴場へと向かって行った

「さて……霞、優を追い出してでも私と話したいあなたの気づいたこととは何かしら?」

 優が部屋を出ていくのを確認すると霞に向けて真剣な眼差しを向けて、あのアミがあそこまでボロボロになるまで傷めつけた存在について霞が思い当たる何かを訊ねた

「その前にベルン……貴女は『フェイルジェイン』と言う名前はご存知ですか?」

「『フェイルジェイン』……いや、まさか……そんなはずは……」

 霞の私に訊ね返したアミが口遊んだ言葉に私は聞き覚えのあるとある旧世代の女勇者の名前と同一のものであることに気づいた。いや、既に気づいているがそんなはずはないと頭の中で今までの常識と言う防衛本能が警鐘を鳴らしそれを否定していたのが正確なのかもしれない

「彼女は死んだはずよ……それも旧時代に……」

 私が彼女の存在を否定した理由は至極簡潔なものであった。それは勇者『フェイルジェイン』と言う人間は既に死亡しているからだ。もちろん、旧世代に彼女が魔物になっていたり、亡骸があれば魔物娘として転生しているかもしれない。だけど、それでは他の魔物娘、それもリリムであるアミに危害を加える理由がない

「私も以前はそう思いましたわ……ですが、古今東西の歴史に詳しいお母様に尋ねたところ……その可能性を捨て切れなくなりましたわ……」

「え……霞のお母さんですって……」

 霞も私と同じように『フェイルジェイン』が生存し、アミに危害を加えようとして戦闘になったことが理屈に合わず、理解を超えた範疇にあることに悩んでいたようだ。そして、彼女なりに『フェイルジェイン』のことを調べたらしいが、その際に彼女は二千年を生きる大妖狐である私達では足元にも及ばない叡智を持つ自らの母に頼ったらしい
 ちなみに霞の母親は旧世代の妖狐の中では珍しく穏健派であったらしいが、人間が自らに無礼を働いたり、自らの領分を弁えず山を荒らしたならば容赦なく食い殺す存在でもあったらしい。しかし、時には自らを崇める人間達や腐敗した王朝に終止符を打つ存在でもあったらしい。また、魔王様の代替わりの際には『面白いから』と言う理由だけで受け入れるなど、ある意味では気まぐれで享楽的な正確でありながらも大物であるまさに霞の母親と言っても違和感がない存在だ

「ええ……それで、母にアミが呟いた『鵺』、『尼魏主』、『フェイルジェイン』と言う名前を訊ねたところ……
 『鵺じゃと!?まさか、あの化け物が再び姿を現れたのか!?』
 と私にもお姉様方にも見せたことのないほど、狼狽しておりました……」

「なんですって!?」

 霞の語った言葉に私は驚きを隠せなかった
 霞の母親は九本の尾を持つ、妖狐の中では最上位に位置する存在だ。一度会ったことがあるけど、霞の母と言うこともあり、掴み所が無く飄々としているよく言えばいい性格の女性だった。しかし、それは皮を被っているに過ぎない。本当の彼女は恐らく、並みのドラゴンや龍を同時に十体を相手にしても勝ってしまう正真正銘の強者だ
 その彼女が娘から聞いた『鵺』と言う言葉に狼狽するとは考えられなかった

「そして、母は……
 『今後、『鵺』と『八雲』の一族とその歴史に関わってはならん……絶対にじゃ』
 と強く私に念を押しました」

「『八雲』……?ちょっと、待って……それって……」

「ええ……恐らくはヴィオレッタ様の所属している一族ですわね……」

 あの神々しいまでに畏怖を感じさせる大妖狐は恐れ、娘には断固として関わらせようとしない『鵺』とアミの姉が長のような役割を務める『八雲』の一族とは一体何なのだろうか。私はその霧に隠された言い知れぬ真実を知らないことに感謝すべきと考え、同時に初めて自分の無知さに幸福を感じた気がしたが

「そして、母は最後に一つだけ私の問いに渋々と答えてくれました
 それは『黄泉の国から母が逢魔が時に自らの子らに此岸に生きる者たちを喰らわせる』
 と言う予言めいた言葉でした……」

 その霞の重々しい聞くだけで世界中のどんな終末神話よりも短い一節を聞いた私は自らの種族であるヴァンパイアが最も生きやすい夜の闇よりも恐ろしい、いや、おぞましい宇宙の外側にある闇よりも深い闇黒の淵に引きずり込まれそうになる原初の恐怖に襲われた

「ちょっと……待ちなさいよ……じゃあ、アミを襲ったのは……」

 私は未だに自らにしがみついてくる恐怖の中で私が真実であって欲しくないがそれを僅かながらに否定して欲しいと言う淡い希望の中で霞に訊ねた
 しかし、そんな希望はどこにもなかったのだ

「ええ……恐らくは……『鵺』でしょうね……
 そして、その『鵺』と言うのは『魔王殺し』……『フェイルジェイン』……
 あの母が恐れるのです……彼岸から黄泉返るなど造作のないことかもしれませんわ……」

 フェイルジェイン。それは狂った旧世代に生きた女の勇者の名前だ。実力に関しては旧世代の中では最強のクラスの存在ではあったあろう。しかし、彼女の場合、その強さよりもむしろ、彼女の常軌を逸した目を向けてしまう狂気の勇者として名を知られている。旧時代の負の歴史の一つとも言える存在だ
 だが、彼女がアミを襲うとしたら納得がいってしまう。何せ、アミは魔王様の娘なのだ。あの女ならば十分考えられる
 だけど、私には親友を危険な目に遭わせたあの女の凶行に怒りを感じるとともに一つだけ、腑に落ちないことがあった

「どうしてよ……」

―ポタポタ―

「ベルン……」

 それは

「どうして……アミは私達を呼ばなかったのよ……!!」

 アミが自分があんなにもボロボロになったのにも関わらず、私達を招集しなかったことだ
 アミには『契約』と言ういかなる時空や次元でもアミと契約を結んだ魔物娘を招集することができる魔術があるのだ。アミの魔力がこちらの世界に来てから膨大になったのはこれが理由と考えられている

「ベルン……それはきっと……」

「分かっているわよ……だけど……」

 霞が言わんとしていることは理解できた
 あのアミがボロボロになり、霞の母親が関わることを厭う存在だ。私や霞、オネット、セシリア、ステラ、茉莉、風、リサ達が束になっても勝てるかは分らない。いや、恐らく手も足も出ないだろう。それに下手をしたら生命を落としかねないことはアミの怪我を見たら理解できた。だから、アミは私達を巻き込まなかったのだ
 だけど、私はそれが逆に悔しくて悲しかった。大切な幼馴染で親友が契約を結んだ自分達を彼女自身の危機に呼んでくれなかったことが

「本当にあの娘はいつも……正し過ぎるのよ……」

 アミは正し過ぎる。人をからかうことはあるけど、責任感が強くて、誰よりも平等で、罪人や悪人が苦しんでも涙を流すほど優しく、自分のワガママに他人を巻き込まない。それがアミチエと言うリリムだ

「ベルン……アミはきっと……あの少女を守りたかったのでしょう……」

 霞が私にアミが私達を呼ばなかった理由を口に出した

「『クラリーチェ・ブリーナアルベロ』……まさか、『曙光の勇者』が自らの愛用していた『聖剣』の精霊になっていたなんて……しかも、アミとの共闘でダークマターになるなんて……」

『クラリーチェ……もう大丈夫よ……』

 アミが強大な敵相手に挑んだのはアミが昏倒している最中にずっと傍らで彼女のことを見守っていた鎧を身に纏った今まで私達と面識がなかったダークマターの少女を守るためであったのだろう
 その少女の名前は『クラリーチェ・ブリーナアルベロ』。フェイルジェインよりも古い時代に活躍した勇者の名前だった。その勇者はフェイルジェインが『魔王を滅ぼす勇者』として有名であったのに対して、彼女は『人々を守る勇者』として有名な存在であった。そして、本当の意味での『希望』とも言える守護者でもあったが、自らの故郷を旧世代の魔物に滅ぼされた跡に魔界へと仇討ちのために旅立ち、その後消息を絶った悲劇の勇者でもある
 そして、アミが握りしめていた輝きに満ちた宝剣は見ているだけであらゆる恐怖から解き放たれる気がする刃を持ちながらも、暴力性を感じさせない不思議な剣であった。その『聖剣』と呼んでもいい不思議な魅力を纏った剣はクラリーチェと名乗ったダークマターが生前、愛用していた剣であったらしい
 そう、そのダークマターの少女こそが旧世代の希望にして、『曙光の勇者』の名を持つ守護者、『クラリーチェ・ブリーナアルベロ』本人だったのだ

「あの時、彼女……クラリーチェはこう言っておられましたわ……
 『救われた……』
 と」

「くっ……」

 クラリーチェが私達に向かって言った万感の想いが込められている気がしたその言葉にどうしてアミが私達を呼ばずに自分をあそこまで完膚なきまでにボロボロにするような相手にたった一人で戦いを挑んだのか理解できた

「本当に……無駄に責任感が強いうえに優しすぎるのよ……昔から……」

 恐らくはアミはフェイルジェインにクラリーチェを守るために戦いを挑み、それは個人的な理由であったことから私達を巻き込もうとしなかったのだ
 いや、それだけじゃない。きっと彼女は自分の身を犠牲にしてでもクラリーチェと言う悲劇の勇者の魂を救いたかったのだ。だけど、それはアミの誰かを救いたいと言う相手の輝きをいつまでも失わないで欲しいと言う衝動である彼女の願望なのだ。だから、彼女は私達を巻き込もうとしなかったのだ
 昔から変わらないアミの美点にして欠点だ
 しかし、そんな彼女だからこそあの『曙光の勇者』の心を動かし救えたのかもしれない

「さて……重い話はここまでにしますわ。ところでベルン……」

 重い空気が漂う中、霞はそれを払いのける様に話題を変えようとした。霞は昔から重い話で周囲の気が沈みそうになると、常にその空気を変えてくれるムードメーカーでもあった

「何かしら、霞?」

 私は霞のその性格を理解したうえで霞の話にあえて乗ったが

「優様とは一緒に温泉に入らなくてよろしいのですか?」

「ぶっ!?」

 魔物娘にとっては特段恥じらいを感じることがではないが、それでも羞恥心が人よりも上な私には十分恥ずかしさを感じさせる爆弾が投下された

「な、なに言ってるのよ!?霞!!わ、私の体質ぐらい知ってるでしょ!?」

 私は狼狽しながら霞に自分のヴァンパイアとしての弱点を彼女に説明すると

「ええ、知っていますわ。それで優様と結ばれたのでしょ?」

「うっ……!?そ、それは……その……そうだけど……」

 私達を、ヴァンパイアは真水に弱く、浴びたり浸かったりすると電流が全身に流れる様に快感が走ってしまう体質を持っているのだ。まあ、そのおかげで九死に一生を得たような経験をしたとは言え、優を夫にしてルリと言う子宝に恵まれたの霞の言っている通りではあるが

「で、でも……ここは旅館だし……それに優に迷惑を掛ける訳にはいかないし……それにオネットにはルリのことを預かってもらっているし……」

 旅館と言う公衆の人間が多くいる場であの乱れた姿を夫以外に見せ、なおかつ客室と少し離れた場所で優に運んでもらうのは忍びないと思い、それにオネットの下で友達と遊んでいるルリが帰って来るのに我が子の面倒を看てもらっているオネットへの遠慮から気兼ねしてしまう

「ふふふ……でも、優様と一緒に入浴はしたいのですわね?」

「う、うん……」

 私は霞の問いに恥ずかしながらも首を縦に振った
 私だって互いに官能的なじゃない肌の寄せ合いをベッドの上や地上にいる時だけではなく、水中の中でも感じてみたいのだ

「そうですか……それはよかったですわ……」

 私の返答を聞くと霞は何かを企んでそうな嬉しそうな表情になった



―チャポーン―

「ふ〜……」

 僕は洗面台で汗を軽く洗い流してから透明だけど、元々この辺りにある源泉が持っている効能をイグニスとウンディーネ、ノームによってさらに高まった自然と魔力の恵みに溢れた湯に浸かると背を伸ばしリラックスした

「いい湯加減だな〜」

 温泉の40度かそれぐらいのちょうどぬるくなく熱過ぎない湯加減につい口元が緩んでしまい独り言を呟いてしまった

「……しかし、誰もいなくなってよかった……」

 僕は床に大理石を模した黒いタイルが敷き詰められ、洗面台が15台ほどあり、内風呂と外風呂に分けられて、湯気に包まれている時間が時間であることから僕以外に誰も人影が見えないこの大浴場に安堵の声をあげた
 言っておくけど、僕は決してこの広くて立派で心行くまで落ち着ける温泉を独り占めできることに対して喜びを感じて言った訳ではない

「……流石に……混浴に……それも既婚者1人は……居心地が悪い……」

 そう、この大浴場は男女の更衣室両方に繋がっており、カップルや夫婦が一緒に入浴できる混浴なのだ
 恐らく、お互いにイチャイチャするのと湯船の中で肌を合わせてその場でセックスするのが魔物流の『裸のお付き合い』なのだろう
 しかし、僕は既婚者とは言え、水に弱いベルンと一緒に湯船につかるのはマズイ。と言うよりも水によって乱れたベルンとイチャイチャするのは僕としては問題ないけど、正気に戻った後のベルンにとっては恥ずかしいことこの上ないはずだ
 それに決して独身者ではない僕がこの浴場に1人だけでいるのにそれを目にしながらいちゃつくのは他の入浴客のカップルや夫婦が気兼ねするだろうし、僕もそんな配慮をされることに申し訳なさを感じてしまう

―バシャ―

「はあ……仕方ない、この切なさを身体の垢と一緒に落とそうか……」

 僕は早めに風呂からでてなるべくそんな状況に出くわさない様にするためにベルンと入浴できない切なさを洗い流すために湯船から身体を上げて洗面台にむかった
 すると

―カタカタ―

 女子更衣室の方の横開きのドアが開く音が聞こえてきた

 あ、まずい……

 その音を聞いた僕はそのドアの音の後に続くことになるであろうもう片方の更衣室のドアの音が聞こえないうちに

「あ、すいません!そろそろ、出ますから大丈夫ですよ!」

 と身体を洗い流すことを諦めて風呂から出ることを大声で伝えた

 まあ……体の垢流しは……後でルリと一緒に入るときでいいかな?

 僕はそう思い、風呂から出ようとした時

「優……」

「え……」

 聞き慣れた僕にとって愛おしい何か恥ずかしがっているためか、湯船に注がれている温泉の音以外に何か音が在ったら消え入りそうな小さな声が聞こえてきた 僕はその声が聞こえてきた方を振り向くとそこには

「ベルン……?」

 バスタオルで豊かな胸元から下を隠し右手で左腕を掴み身体をモジモジと震わせて頬を赤く染めた美しい金髪を頭に冠する僕の愛おしい妻が立っていた

「べ、ベルン……?どうしてここに……?」

「え、その……それはね……」

 僕は水全般が苦手と言ってもいいヴァンパイアのベルンが水ではないが水の仲間とも言えるお湯に浸かることになるこの温泉に来たことに驚きを隠せず、彼女がここに来た理由を訊ねた
 すると、ベルンは少しどもりながら

「し、霞に……『優とお風呂に入りたくないかしら?』と言われて……その……私も優とお風呂に入りたくて……」

 溢れる羞恥心とせめぎ合いながらも僕に自分がこの場にいる経緯を説明しだした

「霞に術をかけてもらって……この3日間は水の中に入っても大丈夫にしてもらったのよ……」

「へえ……あの霞さんが……」

 僕は霞さんが術をかけたことに何か裏があると勘ぐってしまったが

「う、うん……」

 ベルンはまだ湯船に浸かってもいないのに顔を真っ赤に染めて霞さんに術をかけてもらい温泉に入れるようになったことを説明し終えると僕はベルンの向ける好意に気恥ずかしさを感じてそんなことがどうでもよく感じてしまった

「優……あの……一緒に入っちゃ……ダメ?」

「う……」

 ベルンは最後に上目遣いで僕に訊ねてきた。そのベルンの乙女ぷりに僕は胸をドキリとやられてしまい


「だ、だめじゃないけど……ベルン……一つだけいいかな……?」

「な、なに?」

 断ることなどできなかった。いや、断わる理由などない
 しかし、僕はベルンの今の状態における問題点を1つだけ指摘しようとした

「えっと……日本のお風呂じゃ……その……タオルを湯船に入れるのは……ちょっと……」

「え、あ、そ、そうよね……」

 僕は少し目を逸らしながらベルンの身体を包み隠しているバスタオルを指差しながらそう言った
 ベルンはヴァンパイアであるためにあまりお風呂に入る習慣がないことやどちらかと言うと西洋式の生活の中で生きているためにこう言ったことを知らないのだ
 言っておくけど、僕は決してベルンの裸を見たいがために言った訳ではない。愛する妻の何よりも愛おしい裸が見たいと言う気持ちはあるにはあるけど

「ちょ、ちょっと待ってて……」

 僕にそう言われるとベルンは素直に白いタオルを端と端を緩めた
 すると


「こ、これでいいかしら……?」

―ゴクン―

 いつも夜に夫婦の営みの際にベッドの上で見ているにも関わらず、立ち込める湯気と魔力の影響か、恥じらうベルンの姿の影響かはわからない。それでも僕は自分の耳元が熱くなり心臓の鼓動が強くなるのを感じて妻の美しさと可憐さに再び恋をしてしまったかは分らない。しかし、彼女の右腕で自らの乳房を、左腕を自らの秘所を覆い隠しながら僕に語りかえてくる際の彼女に僕は見蕩れてしまった

「う、うん……それで大丈夫だよ……?それで湯船に浸かる前にかけ湯をして汗を軽く流すんだよ?」

 僕はすぐに我に返りベルンにお風呂に浸かる前のマナーを説いた

「へ、へえ〜……そうなの……お湯を……?」

 ベルンは僕の説明を緊張しながらも理解したようだ

「あの……優……?」

「どうしたの?」

 しばらく、湯船の方を見つめた後にベルンは僕に対して何かを訴えるかのような眼差しを向けて

「ちょっと、心細いから先にお風呂に入ってて……」

 消えゆきそうな声で僕に湯船に浸かっているように懇願してきた

「う、うん……じゃあ、先に入ってるよ」

―チャプン―

 僕はベルンに頼まれるがままに再び湯船に浸かった

「あ、ありがとう……」

 ベルンは僕が湯船に浸かるのを確認すると自分も静かに湯船の方へと歩み寄り

―カポ―

「………………」

 緊張しながら風呂桶を持ちそのまま湯船の淵に身を屈め水面を覗き見て、そして

―チャポ―

 そのまま自らの右腕を湯船の中へとゆっくりと沈めた
 その姿は古代ギリシャの伝承に出てくるニンフが水面を覗いているような美しくて絵になるものであった

「あたたかい……」

 初めてお湯に触れた彼女が口に出したのはたった一言であったが、しかし、その一言には色々な思いが込められていた

―ザパン―

 お湯に触れても大丈夫だと理解した彼女はそのまま風呂桶でお湯を汲み取りそのままそれを肩から被った

「それじゃあ、優……入るわね?」

「う、うん……」

―チャポン―

 ベルンは僕にそう言うとそっと湯船に身を鎮めて行った。その情景はまるで泉の女神が沐浴するのかの様であった
 そして、お湯に浸かり終えると僕は

「どう?ベルン、初めての温泉は?」

 と彼女に感想を求めた

「そうね……なんて言ったらいいのかしら?」

 僕の問いに彼女は少し困りながらも

「きっと、ルリが初めてお風呂に入った時のような感じなんでしょうね?」

「あはは……そうだね」

 赤子が初めてお風呂に入ったようなものだと言う母親らしい答えを微笑みながら口に出した

「ねえ、優?ちょっといいかしら?」

「うん?」

―チャポン―

 ベルンはそう言うと僕に水面に波紋を浮かばせながら近づいてきた
 そして

「よっこいしょ」

「ちょ、ベルン!?」

 そのまま僕の膝の上に腰掛け背中を僕の胸に預けて肌を密着させてきた
 僕はベルンの突然の行動に最初は戸惑ってしまうが僕はすぐに冷静さを取り戻すと

「そう言えば……さっきのベルンと僕て初めてであった夜の脱衣場の時とは状況が真逆だったよね?」

「……うん」

 僕は初めて、ベルンと出会った時に湖の泥を屋敷の風呂場での出来事を思い出してそう言った

「あの時は大丈夫だったのに……どうして、さっきはあんなに恥ずかしそうにしていたの?」

 と僕が意地悪そうに訊くと

「う〜……それは……」

 ベルンは少し言葉に詰まりながらも

「あの時は優に……少しでも……生きて欲しくて……偉そうに振舞っていただけで……私も結構、恥ずかしかったのよ……もう優のイジワル……!」

 その後、頬をまるでふてくされた時のルリの様に膨らませながらその理由を初めて明かしたくれた

「あはは……ごめん、ごめん……ベルン……」

 僕はそんなベルンの姿が可愛らしくて笑いながらも

―ギュ―

「何……?」

 ベルンの答えを聞くと僕は彼女のことをそっと後ろから抱きしめて彼女の耳元でこれだけは囁きたかった

「……ありがとう」

「うん……」

 僕が今ここにいて、ルリといることができて居場所があるのは全て、今抱きしめている身体中で感じる彼女がいるからだ

「優……そんなに不安にならなくて大丈夫よ……」

「うん……」

 ベルンは僕の頬をさする様に優しく手を伸ばした
 それは先程のオネットさん達との会話の中で感じた僕の不安を少しでも和らげようとする彼女の優しさだった

「ん……」

「あん……」

 そして、僕らはお互いにその体勢のまま少しだけお互いを求める様に首を伸ばして唇を合わせた



「でね、またヴェンお姉ちゃんがオネット先生に叱られたんだよ!」

「あはは……オネットさんも大変そうだね……ベルン?」

「ふふふ……そうね」

 今、私達、家族三人はルリを私と優で挟んで川の字で布団で寝ている
 あのほぼ貸し切り状態であった風呂場でお互いに激しくも安らぎに満ちた交わりを終えた私達は温泉から出た後に部屋に戻った。そして、ちょうど、娘を送ってくれたオネットと霞に出迎えられて浴場での夫婦の情事を見透かされて霞にからかわれた跡に2人と別れ、セレスが用意してくれたこの旅館の魔界と外の世界から取り寄せた双方の食材を和食の夕食を食べ、その際1人お子様メニューであったルリにもルリの口に合う私達のメニューを分けて家族団欒を楽しんだ後にちょうど空いていた家族風呂で初めての家族三人による入浴を楽しんだ
 そして、今は寝物語としてルリが今日あった出来事を本当に楽しそうに無邪気に左右の両親を交互に視線を配りながら話している

「ふあぁ〜……眠くなっちゃった……」

 今日一日、友達と遊んで旅館で食事をして、お風呂に入って忙しい一日を送ったルリは疲れたのか大欠伸をした

「ルリ、じゃあ今日はおやすみなさいをしましょう?」

「うん……ルリも……疲れちゃった……」

 私は眠そうに眼を擦っている愛娘を慈しみながら眠るように言うと娘は穏やかに

「おやすみ……パパ……ママ……」

 そのまま、クリスマスの聖夜の夢の世界へと落ちていった

「うん、おやすみ。ルリ」

「おやすみなさい、ルリ」

 私と優は愛おしい娘のその安らかな眠りを邪魔しない様にとそっと、見守りながら娘が夢の世界へと旅立つのを見送った

「よかった……ルリがこんなにも嬉しそうにしてくれて」

「うん、そうだね」

 私達は愛娘を挟んで愛娘の見せてくれたとびっきりの笑顔に感謝しながらルリの両親としての幸福を口に出した

「よく考えたら……親子三人で寝たり、お風呂に入るのは今日で初めてかもしれないわね……」

「そうだね……」

 今、愛おしい我が子を挟んで互いの愛する男女を見つめ合って川の字で寝ていることや三人で少し狭いとは言え同じ湯船に浸かることができた今日一日のこれだけな幸せな時間を振り返って私達を嬉しく思った
 思えば、ルリが赤ちゃんの時は洋館に布団がなくてベッドから落ちたら危ないとは言え、同じ寝室の中であの子だけはベビーベッドで寝かしていたりヴァンパイアの体質のせいとは言え私は娘と一緒にお風呂に入ることができなかったりと普通の親子が当然するような触れ合いを私はできなかった
 そう考えるとこの三日間はどれだけ幸せな『クリスマスプレゼント』なのだろうか

「ルリには感謝しなきゃね……メリークリスマス……ベルン、ルリ」

「ええ……もちろんよ、メリークリスマス。優、ルリ」

 私と優はルリの枕元の頭上に手を伸ばし互いの手のひらと手のひらを合わせて、指と指とを指と指との間に這わせて最終的に掴み、私達に宝物を常に与えてくれる大切な娘への感謝と互いの愛情を確かめ合い聖夜を祝った

「メリークリスマス……パパ……ママ……」

 そして、そんな私達の言葉に反応したのか愛娘の祝福めいた寝言が聞こえてきた
14/12/25 19:54更新 / 秩序ある混沌
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■作者メッセージ
 ふ〜、さて皆様……メリークリスマス!
 いや〜……夢の中でリッチの姿になって少女に『パパとママが喜ぶクリスマスが欲しい』と言う……綺麗で健気な願いを聞かされて
 大忙しで今回はこの物語を書かせていただきましたが……いかがでしたか?
 私?私はただの『混沌』ですよ……色々な名前がありますが……そうですね、今は『サンタ』と言った方がいいですね……
 まあ、私の名前なんてたくさんあるんだし、無意味ですし……この名前は多くの人々の願いが込められた名前……
 『サンタ・クロース』……それは大切な人を幸せにしたいと言う多くの人々が願って生まれたクリスマスの精霊……
 私には眩しすぎる名前です……
 だから、この名前は……この一家に譲りましょう……
 皆様方の幸せを祈って……
 では、これにて、『聖夜の吸血鬼』の終幕を宣言します

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