連載小説
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period 7
 Welcome to epsode2!


 prologue 1

 薄暗く、窓の無い広大な部屋。壁も床も天井も全て石造りで、そのむき出しの石材には至る所に不思議な文様が刻まれていた。
 そんな部屋の中、何かの準備に忙しく動き回る小さな少女達。彼女達は、刻まれた文様の位置を直したり、人を撲殺できそうなサイズの本を読み直したりと、何かの準備をするかのように働いていた。
 まるで牢獄のような趣を呈す広大な部屋で、可愛らしい格好をした少女達がなにやら怪しげな準備を進める光景は、どこかほのぼのした雰囲気と、言葉にできない不気味さを兼ね備えている。
「……我が不肖の弟子が成し、また魔王の娘が成したこの秘術。他に出来て、この我に出来ぬということはあるまい」
「あれー? 緊張してるんですか? ミーア様」
 周りが忙しく働く中、そのふたりの人影は部屋の中心で言葉を交わしていた。人影のうち、一人はまるでハロウィンの仮装のような可愛らしい魔女服に身を包み、もう一人はやや露出過剰気味の扇情的な衣服を纏っている。
 ふたりとも、顔つき、体つき共にあどけない少女のそれである。周りの忙しげに動き回る少女達も同じく、幼いと言っても過言ではない顔つきをしていた。
「緊張などしておらんよ。じゃが……あちらはどのような所なのか、という恐れに似た興奮があるのは否定せん」
「天下のバフォメット、ミーア様ともあろうお方が…恐れ、ですか……」
「考えても見るがよい。我が知っているだけでクラナ、ミレニア、アークヴァルト、ニルティフィア……。我が不肖の弟子を除いても、我に匹敵しかねん強大な力の持ち主が三人もあちらに行ったきり、戻っておらん。果たして、これはどういうことであろうな?」
 ミーアと呼ばれた少女がつぶやいた言葉に、話し相手の少女は少し考え込むようなそぶりを見せた。
「クラナ先輩は私達と同じ魔女……。ミレニア様は言わずと知れたリリムで、アークヴァルト様は剣のヴァンパイア。ニルティフィア様は若いながらも強大な力を有するドラゴンでしたね。
 これだけの面々が一人も帰っていないとなると……やはり、向こう側には何かがあるとしか……」
「そうであろうな。クラナとて純粋な地力では他に劣るかも知れぬが、彼奴の本領は策士。いざ戦いになればみすみすやられるということはあるまい。むしろ敵を欺き、敵に取り入り、盗めるものは盗めるだけ盗んだ後に寝首を掻くような女じゃ」
「正にミーア様がやられたことですね。クラナ先輩、サバトの秘法いったいいくつ持ち逃げしたんだろ……」
「あちらでも何者かに取り入って甘い汁を吸っておるのだろうよ。時に飴を、時に鞭を使い分けてのう。
 されど……もし、もしこの四人が刃も立たず敗れ去るような存在が向こうにおるとしたら、じゃ。
 我が独自に掴んだ情報によると、向こうの世界にもまた"王”が……圧倒的な力を以ってミレニアとニルティフィアを打ち倒した存在がおるとのこと」
「想像するだに恐ろしいですね。正真正銘の化け物じゃないですか」
 ぶるる、と身を震わせる少女。それを見て、ミーアはくくく、と笑った。
「馬鹿者。その男こそ、我がお兄ちゃんに相応しいではないか。魔女を討ち淫魔を退け鬼を倒し竜を墜とす、そんな男こそな!」
「………女だったらどうするんです?」
「まだ見ぬ兄上と過ごす蜜月を思うと、もう興奮冷めやらぬ。早くおにいちゃんとあんなことやこんなことを……ふふふ」
「あのー、ミーア様。準備が出来ましたです」
 一人で未だ見ぬ異世界へとトリップしていたミーアは、おそるおそるかけられた舌足らずな声に、ゆっくりと振り向いた。
「そうか。ついに準備が整ったか。では、行くとしようかの」
「余計な心配でしょうが……お気をつけて」
 ミーアは部屋の中央に書かれた大きな魔法陣の上に立つと、巨大な鉄色の鎌を両手でささげ持つように掲げた。
 部屋中の文様や魔法陣が彼女の魔力を受けて強く輝く中、最後に不敵な笑みを浮かべてミーアは言う。
「案ずるな。我は他の者とは違う。ここに戻るときには、盛大な祝いを催すときじゃ」
 彼女が言い切るのと同時、部屋中が激しい光に包まれる。思わず目を覆った少女達が再び目を開けたとき、彼女達の盟主であるバフォメットの姿はどこにも無かった。
「……ですが、ミーア様……。剣のアークヴァルト様まで敗北を喫したとなれば、相手も一筋縄ではいきませんよ……」
 それをお分かりですか、ミーア様……という少女のつぶやきは、彼女の盟主に届くことなく虚空に散った。


 prologue 2

 いろはは、夕焼けに染まる街を駆けていた。
 リハビリを兼ねて、ということで部活に復帰したこともあって、今までよりも帰宅時間が大幅に遅くなっているのだ。部活に復帰した証拠に、彼の背には教科書類の入ったかばんと共に竹刀袋が背負われている。
 明日は休日。倉名と約束した買い物に付き合う日である。明日遅れても失礼だし、今日は早く寝るかな、といろはは思っていた。
 そんなことを考えて、少し上の空になっていたせいだろう。近道をしようと飛び込んだ裏路地で、いろはは勢いよく誰かとぶつかってしまった。
「うわっ!?」
 衝撃と共に、しりもちを付く様に転がるいろは。見れば、ぶつかってしまった女性も同じように路上にしりもちを付いていた。
 女性は日本人ではないのか、頭髪はまがい物が持ち得ない絹のような輝きの金髪で、瞳は血のように真っ赤だった。服装も装飾の控えめな暗色のドレスめいたもので、一見して只者ではないと分かるいでたちだった。
「すみません!」
 いろはは慌てて立ち上がり、相手に手を差し出しつつ頭を下げる。
「……まったく、走るときは前を見て走ったほうが良いぞ。少年」
 若干驚いたような表情をしていた女性は表情を苦笑に変えて、いろはの手を取る。立ち上がると、女性は顔の造作だけでなく体つきも完璧に近い抜群のプロポーションの持ち主であることがわかった。
 その凛とした姿勢の良い立ち姿は、見るものにも浮ついた感情を抱かせない尊厳にあふれている。
「怪我は無いですか?」
 いろはが尋ねると、女性は流暢な日本語で、ふふふ、少年は優しい少年だな、と笑った。
「心配するな。怪我は無いよ。少年こそ怪我は無いのか? 見たところ、私よりも派手に転がったようだが」
「俺は平気です。本当にすみません」
「気にするな。それよりも……そこに転がっている剣は、少年の物なのだろう?」
「剣って……あっ」
 女性の指差した先には、いろはの竹刀が転がっていた。どうやら竹刀袋の口を閉め忘れていて、ぶつかった拍子に見事に飛んでいってしまったらしい。こんなもの飛んでかないだろ普通……と心の中で愚痴りながら、いろはは竹刀を拾い上げる。
「やはり少年のものか。良い剣だな。一目で判るぞ」
「……剣道の経験がおありなんですか?」
「うむ? いいや、無いな。しかし剣の良し悪し程度は判るつもりだ。その剣は良く手入れされている。使い手を決して裏切らない、最高の一振りだと断言できる」
「ありがとうございます」
 妙なことをいう人だな、と心の中で思いながら、素直に賛辞を受け取るいろは。
 実際、竹刀の手入れは定期的に行っているので、褒められるのは嬉しかった。
「……そうだ。少年。私は少し探しているものがあるのだが」
 いろはが竹刀を竹刀袋に再びしまい終えたとき、女性は言った。
「一つは剣でな。柄に大きな紅玉を埋め込んである長剣を見つけたら教えて欲しい。我が愛剣なのだが、こちらに来る際に紛失してね。帰ろうにも帰れないのだよ。
 そして、もう一つは人だ。タカサキイロハ、だったかな。彼も剣士で、どうやらとんでもない猛者らしいので、見かければすぐに判るだろう」
 その言葉に、いろはは脳内にエマージェンシーコールが鳴り響くのを感じた。
 今すぐにこの場から逃げ出したい衝動に駆られながら、しかしそれを押し殺していろはは聞き返す。
「その……鷹崎いろはさんを見つけて……どうするんですか?」
「決まっているだろう。我が剣で切り裂けるか、試すのさ」
 にやりと、底冷えのするような絶対零度の紅の瞳が、いろはを貫く。
 しかしそれは一瞬のことで、次の瞬間には彼女の瞳には温度が戻っていた。
「……冗談だよ。少し野暮用があってね。見かけたら、私の名前を呼んでくれればそれでいい。アークヴァルト、それが私の名前だ」
「……覚えておきます」
「ありがたい。もし見つけてくれたら……そうだな。何か一つ、ご褒美をあげようか。見つけるまでに考えておくといい」
 そこで女性――アークヴァルトは見るものを虜にするような妖艶な笑みを浮かべて、手を振った。
「では、私は行くよ。これからは前を見て慎重に歩くといい。ではな、少年」
「……いえ、本当にすみませんでした」
 かつこつとアークヴァルトがヒールの音を響かせながら、いつの間にか日が沈んでしまった街の闇に溶けたあと。いろはは緊張で忘れていた息を吐き出した。
「こりゃ、帰ったらミレニアに相談だな……」
 つぶやくようにそう言い、いろはは今度こそ変な人物にぶつかってしまわないよう、前を見て慎重に歩き出した。
12/04/26 18:55更新 /
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■作者メッセージ
お久しぶりです。湖です。

ようやく二話が書けましたので、恐る恐る投稿させていただきます。
これからもこのお話をご愛読いただけたなら、それ以上にうれしいことはありません。
どうか、もしお暇であれば、目を通してやってください。

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