連載小説
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エピソード6、栄光への戦い
Drシェムハの巨兵部隊

勇壮に聳え立つ三つの人影が魔界の大地を進撃する。
それはDrシェムハ自慢の三つの巨人兵(グランギニョル)。
タロス、スプリガン、ゴリアテの三機である。

彼らはその威容に見劣りせぬ実力で魔物達を蹴散らし、
現在何の障害も無いまま進撃を続けていた。

タロスの肩にはDrシェムハと助手のエンブリオが隣り合って座り、
眼下に魔界の大地を見下ろしながら話し合っていた。

「マスター、何故彼女達を見逃したのです?
仕留めねば後々再びマスターの事を狙うかもしれません。」

魔物達を倒しこそすれ、止めを刺さずに進軍を命じたシェムハに対し、
エンブリオは護衛として当然と言えば当然の疑問を呈していた。
そんなエンブリオに対し、シェムハは出来の悪い生徒を見る教師のような視線を向ける。

「・・・馬鹿かね? 君は。」
「・・・マスターにだけは言われたくありませんが、
一応お伺いいたします。理由をお教え願えますか。」
「は〜〜〜、こんなことも言わねば判らないとは悲しい。すんごく悲しいですよパパは。」
「そういう前振りはいりませんので。」
「我々は何かねエンブリオ?」
「・・・王魔界遠征軍ですが。」
「ちっがーう。そうじゃない。我々は軍である前に正義だ。
邪悪で強大な悪を、牙なき民草に成り代わり討ち滅ぼす対魔の矛。
それが我々なのだよ。判ったかね?」

大仰な身振り手振りで力説を始めるシェムハ、
揺れで足を滑らせそうになる彼を万力のような力で支えながら、
エンブリオはその一見怜悧にすら見える無表情を変えずに尋ねた。

「判りかねます。正義と強大な悪を見逃すことの相関関係について説明を求めます。」
あくまで冷静に突っ込むエンブリオに対し、
シェムハはわかってねえなこいつ・・・と言わんばかりに肩をすくめる。

「あのなあ、どこの世界に負けて逃げ帰る悪役を背中から撃ち殺す正義がいる?
おぼえてろ〜などと小悪党な台詞を吐いてふらふら逃げる悪役を、
追撃して蹴散らし虐殺する。そんな正義の味方がいてたまるかねかっこ悪い。
前々から思っていたがねエンブリオ、君には熱い正義のソウルが欠けているようだ。」
「そういう風に私のルーンを書かれたのはマスターでは?
それとその手のはマスターお一人で必要十分どころかむしろ過剰かと・・・」
「・・・それもそうだな、朝から熱く正義を語るお前さんを想像したがゲップが出そうだった。」
「狂いつつも高い理解力と自身をすぐ改められるのは、
マスターの美点だと前々から思っていました。」
「最初の一言が余計だがまあいい、もっと褒め称えたまえ、
天才であるこの私の美点とその偉業を・・・」
「マスター、どうでもいい会話はこの辺に・・・前方に敵魔力反応。」
「どうでもいいだとこの失敗作が! とはいえ、優先順位はそっちが先なのも事実か。」

シェムハは懐からごそごそとゴーグルのようなものを持ち出し掛ける。
それは魔力感知の出来ない彼が発明した。魔力測定器である。
いわば魔力版ス○ウターのようなものだ。シェムハはそれによって、
前方に立ちはだかる三つの高い魔力反応と、それらとの距離を確認する。

「三人待構えているな、今までの雑魚共とは一線を画す反応だ。」
「詳細を確認いたしました。うち一人は以前のデータと一致します。
城への投石を打ち返してきたあの鬼です。残る二人は赤毛の女性とその夫の男性です。
女性のほうは角、翼に尾、四肢を覆う鱗、容姿からドラゴンと推察されます。」
「面白い、あの馬鹿力の鬼っこか、
それに残る二人は古株のドラゴンと元ライバルの勇者ってところだな。
しかもこちらに合わせた人数、私の作品達との一騎討ちが御所望と見える。
地の利はあちらにあるというのに、あえて対等な条件での決闘を望むとは・・・いいぞ!
判っている奴があちらさんにもいるようじゃないか・・・エンブリオ!」
「・・・用件は判りますが、承諾しかねます。一応言いますが・・・」
「無駄なことを言うな、私がそんなもん聴くわけないことくらい。」
「痛い程理解しております。」

エンブリオは嘆息という形でその無表情から感情を覗かせる。
しかし眼をキラキラさせているシェムハを見て諦めているのか彼の命令に従う。
彼女はシェムハをお姫様抱っこの形で抱えると、巨人の肩から腕、
肘から腕、手から腰、腰から脚と移動を始める。
無論彼女なら一足飛びで飛び降りることも造作もないが、
シェムハの体に負担を掛けぬように彼女は巨人というアスレチックをゆっくり下る。

地面に降り立つとその姿のまま彼女は前方へと疾走を始める。
そして巨人達も肩からシェムハが降りてゆっくり歩く必要がなくなり、
その二本の脚を如何なく蹴り上げて駆ける。

三体のグランギニョルとシェムハを抱えたエンブリオはあっという間に距離をつめ、
彼女たちを待構えている三人のもとへと歩を進めた。
罠や伏兵などの存在を一切度外視した無謀な突進。

そんな無謀な彼らを見て鬼のシュテンはカカと笑う。
「おいおい、随分と豪気な奴が率いているようだな。まあ嫌いじゃないぜ。」
「どうだかなあ、ただの馬鹿かもしれんぞ? なあジャック。」
「それじゃあ僕は大物って方にかけてみるよシーラ。」
シュテンの軽口に対し、長髪の燃えるような赤毛、
全身の鱗も映えるような赤で統一された一本角のドラゴンの女性、
そして彼女のパートナーであるらしき優男風の男性が応える。
だが、男性の答えが気に入らなかったのかシーラと呼ばれたドラゴンの女性が彼に食って掛かる。

「ちょっと待て、貴様は我よりこんなちんちくりんの二本角な肩を持つというのか?」
だがその言葉にジャックの方ではなく、ちび呼ばわりされたシュテンの方が反応する。
「悪いなあ無駄に背ばかり高い一本角よ、
一瞬男と見まごうその肢体といいどちらかといえば女性に人気の出そうなその面といい、
女としての滲み出る魅力の差が出てしまったらしいな。
心配せずとも他人の情夫を取って食う趣味はない。安心すると良いぞ。」
「・・・・・・消し炭にしてやるぞ貴様、残ったその角も木炭といっしょに炉にくべてやろう。
それに我の英雄に手を出すなど笑わせる。貴様ではこいつを無理やり組み敷くなど不可能だ。
卑怯に寝込みでも襲わん限りわな、だが寝込みは私と常にセットだ。
私がついてる以上、貴様なんぞ寝所どころか敷居すら跨がせるか、この貧相なロリ年増め。」
「面白い、やってみせろトカゲ風情が、それに前言を撤回してやる。
貴様を泣かせてやるために、この優男を無理やりヒイヒイ言わせてやるのも面白そうだ。」

空気さえぐんにゃりと曲がって見える濃ゆい殺気の只中で、
ジャックと呼ばれた男性はそよ風にでも吹かれているかのように平然としている。
彼は両サイドの女のプライドの張り合いを無視し、
同様に無視され立ち尽くしていたシェムハ達に話しかけた。

「待たせて申し訳ない、それじゃあやろうか。」
「むう、良いのか? 他人事ではあるが、家庭問題を抱えたままでベストが尽くせるか?
やる以上は本気の相手を叩き潰すのが私の流儀だし、
奥方を泣かせるなんぞ男の風上にもおけぬ、其処には正義が無いからな。」
「ははは、面白い人だな君は。そういうのは好きだよ。」

その空気を読まなさは胡散臭ささえはらみ、
更に彼の言葉は場を混沌とさせた。

「マスター、お下がりください。マスターの開通第一号の座を渡すわけには。」
「ちょっと! 幾らなんでも敵の男となど、一体我の何が不満だと言うのだ。」
「ああ〜、何とも凛々しい体のドラゴンだとは思ってたが、元々そういう趣味の・・・」

色々とあらぬ方向へと場が煮詰まる中、
ある意味似たもの同士の二人は相変わらず空気を読まない。

「正義、良いよね。」
「うん、いい・・・」
しかも何か通じ合っていた。女性陣を置いてけぼりにして・・・

「名を何と? このDrシェムハ、貴殿程に理解のある漢に出会ったのは久しぶりだ。」
「ドーレ=クラウス、いや、こっちは事情があって名乗っている偽名だった。
何せ嫁さん以外から本名で呼ばれなくなって久しい。名のることも・・・」
「ふむ、大方教団と袂を別った元勇者であろう。
そういう輩が偽名を名のることは珍しくないからな。」
「御明察、当時はそれなりに有名な身でね。
しかも僕が裏切った当初はまだ、魔界も今ほど体制を確立していなかったから。
自分の身は自分で守る必要があったんだ。無駄な戦いは避けたいしね。
本名はジャック、ジャック=シンドーだ。それではDr、戦いを始めよう。」

ジャックは胸元に手を突っ込みペンダントを取り出す。
ピラミッドのような形状の三角錐、金属で出来たそれを胸の前に掲げ、
彼は瞑想するように眼を閉じた。すると急激に魔力が高まり膨れ上がる。

その異常な数値上昇に対し、エンブリオがすばやく反応しDrシェムハを抱えて間合いを取った。
「マスター、危険です。これ以上は・・・お下がりください。」
だがそんなエンブリオに対しシェムハの反応は鈍い。驚愕したように何かを呟いている。
「ジャックだと・・・まさか・・・まさか 偉大なる勇者(グレート)の二つ名を持つ男。」

「顕現! 銀色の巨人(ビックシルバー)!!」
ジャックの体は瞬く間に劇的な変貌を遂げる。
体は銀色を基調として、筋肉をデフォルメしたかのような赤いラインが肉体にはしる。
さらにサイズがシェムハのグランギニョルに匹敵する程のものへと巨大化する。
服は何処かへ消し飛び、顔も人間のそれとは微妙に異なる。
どこか仏を思わせる口元に、楕円形の光る眼を備え、
胸部には心臓を模したかのようなランプが肉体に根ざしていた。

ジャック、彼は正確には勇者ではなかった。
勇者とは教団に属し、主神に加護を授かることで超人的な力を持った者たちの総称である。
彼の力は主神由来のものではない。かつて異世界よりこの世界に訪れ。
今は去ってしまったとある巨神族の一柱、その残した遺産。
神器とでも言うべきそのペンダントの力により、短時間ではあるが、
その身をかつての巨神の眷属と同様のものに変貌させる。
それこそが彼の力、ビックシルバーの正体である。
彼はこの力により、二国間の武力衝突を無血で収め。
更にその力を教団側に貸すにあたり、偉大なる勇者と呼ばれるようになったのだ。

「ふ・・・ブフ・・・ブワハハハハッハアハアアハアハハハ!!」
「マスター?! 普段から怪しいですが・・・一応御気を確かに。」
シェムハは突然狂ったように顔を押さえて高笑いを始めた。

「イヒ〜ヒハハアハハハ!」
止まらない奇行に、シュテンとシーラも一気にクールダウン。
むしろそれを通り越してドン引きしている。

「いやだ奥様。見ました。御可愛そうに・・・」
「まだ御若いのに、やーねー、我が英雄殿、
もう御口を聞いちゃいけませんよ。御脳の御病気が移りますからね。」
「・・・もう仲直りしたのかい? それと流石にそれは酷いと思うよシーラ。」
「いえ、従者としてもマスターの脳に欠陥がある点は反論しかねます。」

女性陣からふるぼっこの評価を賜るシェムハ、
だが彼は気にしない。何時だって都合よくゴーイングマイウェイな脳の持ち主。
それが狂気のマッドサイエンティスト、
人形作家(クリエイター)Drシェムハなのだから。

「素晴らしき哉、素晴らしき哉、
神よ、私は貴様の信奉者ではないが感謝しよう。
今日この日、この時、この出会いを生んでくれた貴様に感謝しよう。」
「ふむ、どうやら君は僕を知っているようだね。」

「無論だ。無論だとも、貴殿の活躍を書いた絵物語は愛読書だ。
そして何を隠そうこれらのグランギニョルこそ、
貴殿のビックシルバーをベースに考案設計されているのだ。」
「世代交代前のゴーレムにしか見えないが・・・そうか・・・そいつらは。」

「ふはは、流石に理解が早いな。まあそういうことだ。
名残惜しいが語らいはこの辺にしておこう。貴殿のそれは制限時間付であろう?」
「時間稼ぎすれば有利と知ってて、やはり君とは考えた方が合うようだ。」
「時間切れの勝利など望まぬ。我が成果の集大成、
それを持ってして貴殿を下す。それこそが勝利、それこそが我が正義。」

「それではお互い三対三、誰が誰とやろうか・・・
ん? シュテンさんどうぞ。」
頭上から声を降らすジャックに対し、シュテンは手を上げ発言をアピールした。

「わしはそいつだ。我らに大岩を投げつけてくれたそいつを希望する。」
「ゴリアテか、いいだろう相手をしてやれゴリアテ。」
「ゴオオオオオオッ!」
両腕を上げ雄たけびを響かせるゴリアテ。
シュテンも片腕をもう片方の肩に置きながら腕をぐるぐるまわし気合を入れる。
「おうおう、気合十分か。掛かって来い小童。捻り潰してやろう。」

「シーラは希望あるかい?」
「不要だ。どちらであれ我がこのような屑鉄に遅れを取るものか。」
「言ってくれるな。ではスプリガン、このドラゴンの相手は貴様に任せよう。」
「ヴァッ!」
腕を組み不遜にシーラを見下ろすスプリガン。

そんなスプリガンを見上げて鼻を鳴らすシーラ、
彼女は一瞬光を発したかと思うと前魔王時代の姿に返り咲いた。
全身を覆う赤い鱗、長い首と一本の角、
そして二股に先が枝分かれした尻尾。
その巨体は一般的なドラゴンよりかなり大きく、
ビックシルバーやグランギニョルと比べても見劣りしない。
伸ばした首の先から彼女は逆にスプリガンを見下ろし返す。

「頭が高いぞ屑鉄風情が、我の上になっていいのは我が愛しの英雄殿だけだ。」
「その姿、貴様・・・天より舞い降りし赤き滅びか。」
「おや、随分と懐かしい呼び名だ。
その呼び名が記されているのは相当に古い書物くらいのはずだ。
成る程、我が英雄殿をだいぶ研究したらしいなDrとやら。」
「貴様と相打ちになって英雄は姿を消す。それが絵物語の結末だ。
公式の資料でもほぼ同じ内容が記されていた。その真相がこれか。」
「まあそういうことだ。とはいえ、あの時はだいぶ際どかったがなあ。」

「では僕はそっちの彼か。それにしても随分と念入りに調べられたね。
あまりいい気持ちはしないな。何ともこそばゆい話だ。」
「此れよりその成果を御見せしよう。行け、タロス。」
「ブンッ」
甲冑のような体と兜の奥の目を光らせ、両の握り拳を持ち上げるタロス。
同様に構えるがこちらは両の指を開いたままのビックシルバー。


それぞれ三者三様に相対する様を、
少し離れたところで見守るシェムハとエンブリオ。

第二次遠征軍最大(サイズ的な意味で)の戦いが今始まろうとしていた。


※※※


教団本部直属軍 白き獣部隊(ヴィートベルセルク)


闇の静寂に落ちる意識、そのまま魂ごと消えてなくなる。
そんな自分を幻視するのは何時以来であろう。

もはや眼も開かぬ。耳も聞こえぬ。
あいつら馬鹿三人は逃げられたであろうか、口惜しい。
すまぬ、私が不甲斐ないばかりに貴様らを巻き込んでしまった。
そして・・・そして・・・

自分の脳裏にはある男の顔が浮かぶ。
かつて自分と死闘を演じた男の末裔で、
代々対魔業を生業とする一族の男。
今では我が愛すべき血袋殿(だんなさま)。此度の戦いは人相手。
それ故、対魔の力を行使する彼は本来の力をほとんど生かせぬ故、
城で留守番をしてもらっていた。
すぐ帰る、そう約束した彼との契りを違えることとなってしまう。
それが何より心残りだ。悲しませてしまうだろうか。
泣かせてしまうだろうか。
そんなことを考えてしまう中、私はじんわりとした暖かさを感じる。

それは生命の温もり、自分の臍の下辺りから溢れてくる。
自身の生の産声だ。潰えそうになっていたそれが再び脈打つ。
暗闇に包まれてた世界に、少しずつ薄い灰色の光がさしていく。

「・・・お眼を覚まされましたか? マイラ様。」
「あ・・・貴方は・・・デルエラ・・・様のところの・・・」
「もう大丈夫です。マイラ様を庇われたカラステングも、
すでに回復して戦線に復帰されましたわ。」
「そう、まだ生きてるのね。私・・・」

空中で天使長と対峙しているデルエラが声をかけてくる。
「大丈夫かしらマイラ、こっぴどくやられたわねえ。」
「恥ずかしいところを見せたわね。」
「恥ずかしくなんか無いわ。
天使達の光の加護で、貴方はほとんどの力を封じられていた。
それこそ真昼間の炎天下で戦うより弱体化していたはず。
その身で彼らを相手に、今まで耐えて犠牲者を出させなかった。
賞賛されこそすれ、恥じることなんか微塵も無いわよ。
後は任せて、従者たちといっしょに城に下がりなさい。」

「そうさせて貰うわ、ああ飲みたい。
彼の首筋から真っ赤なワインを・・・
彼の太くて長い鞭から真っ白なワインを・・・」
「帰りましょう。マイラ様。」
「・・・」
「フンガ〜」

従者達に寄り添われ、肩を貸される形でマイラはその場を後にした。
残されたのは白い鎧を相手と自分たちの血で染める獣達と天使達。
そしてデルエラとレスカティエの乙女達であった。

空中で睨み合う形のデルエラと天使の一団を率いる天使長。
「ウィルマリナ、とりあえず貴方達に任せるわ。
見事この場を収めてみなさい。」
「解りました。デルエラ様は其処で御観覧していて下さい。」

ウィルマリナはその体には少々大振りの剣を持つと、
力を抜いたようにぐらりと体制を崩す。
そのまま逆さまに、ベルセルクの一団の中心へと落下していく。

獣達は落ちてくる獲物に対し、三方から同時に襲い掛かる。
互いに傷つけあうことを恐れぬ全力の同時攻撃。
それぞれが必殺を込めた一撃が、中空で脱力したウィルマリナに吸い込まれる。

四つの影が交差する刹那、脱力していたウィルマリナの羽根が開き風を捕まえる。
発生した浮力と合わせて体を捻る。
二本の翼についた鍵爪と尻尾が、
三方からの刃を絡め落して彼女の体スレスレに軌道を曲げさせた。

さらに彼女はその回転の勢いを利用して一匹の体を切り裂き、
もう二体の獣達に遠心力の乗った蹴りを見まう。
動きはそれで終わらない。空中で三人を弾き飛ばした直後に再び翼で宙を掴む。
羽ばたいて加速した彼女は彗星のように一団に切り込んだ。

乱戦、凶刃は四方八方、それどころか前衛の体の後ろからさえ伸びてくる。
彼らにはウィルマリナという少女を血祭りに上げることしか頭に無い。
獣達への加護と命令を兼ねる天使達の聖歌と相まって、
まるで凄惨なミュージカルを見ているかのようだ。

飛び散る血煙と踊る少女、跋扈する白い獣達。
羅刹のように剣を振るうウィルマリナの顔には一遍の感情も浮かばない。
今、彼女には死神が憑いているかのようだ。
淡々と身を翻し、剣を振るい、命を刈る。

ベルセルク達がその身を削りながらの攻撃も、
ウィルマリナに対してはかすり傷を負わせるのが精一杯だ。
格下とはいえ百人単位の死を恐れぬ勇者に対し、
その被弾の少なさは異常と言えた。

そんな彼女の独り舞台を見ながら、残された三人の女性達は語り合う。
「すっごい、なあにあれ? どういうカラクリよ。」
「ええ、まるで相手の動きが全て見えているみたいですね。」
「みたいじゃない。見えてるのさ。」

疑問を呈するミミルとサーシャの二人に対し、
メルセは尻尾をぴたぴた動かしながら答える。
「あいつらの使ってる剣術、その基礎は教団に広く普及しているものだ。
当然ウィルマリナも習得している。
というかあいつが当時さらに改良したものが正式に採用されてるっぽいね。
当時は最強とはいえ、若造であるウィルマリナの独自の改良を邪道だ。
なんて抜かして批判する声もあったっつうのに、現金なもんだよ。」
「型を全て把握している。っつってもそれだけであんな・・・」

なおも納得いかないとばかりにミミルが食い下がる。
「勿論、そんな理論上可能ってだけでそれを実践するなんて普通は無理だ。
あたしにも無理さ。でもね、あいつは普通じゃない。
当時教団でもっとも多くの勇者を輩出し、数多くの超人が属してたレスカティエ。
そこであんな若輩のあいつが最強の二つ名を持つ、
それがどれだけ異常かあんたなら解るだろう。
あんたを始め、規格外の天才ってやつなら少ないながら他にもいた。
にも拘らず、あいつはその中で最強なんだ。
少なくとも剣に関してはあいつは怪物と言っても良いね。
まあそのウィルマリナをして、
手も足も出なかったデルエラ様はどんだけって話だけどさ。」

自分も同様に天才として腫れ物のように扱われた過去を持つミミルとしても、
ウィルマリナがどれだけ特異な存在なのか痛いほどに理解した。

「でも、それでは天使の方達は兎も角、
あの騎士の方達はウィルマリナに任せておけば平気ということでしょうか?」
サーシャがそうメルセに問いかけた。

それに対しメルセは困ったように眼帯に覆われた方の眼をぽりぽり掻いた。
「んにゃ、このままじゃまずいねえ、たぶんそろそろ手が回らなくなってくるはず。」
「「??」」
矛盾したメルセの言葉に二人の顔にクエスチョンマークが浮かぶ。

見える、見える、見える。
閃く剣戟の一閃一閃が、飛び掛る彼らの肉と骨の軋みが・・・
此処は舞台、私の掌の上の舞台。
私が把握し演出する惨殺空間。そして私は演出兼主演の役者。

役所は剣、一振りの刃、ただひたすらに振るわれ、
ひたすらに切裂き、ひたすらに突き貫く。
肉体はそのための道具、脳も感情も、魂も不用。
反射だ。血肉として練られた動と技を、最短で最速で実行する。
そのために必要な全てを削ぎ落とし、ただひたすらに反射の塊と化せ。

自らを剣鬼と化し、才能という怪物に身を任せたウィルマリナ。
彼女の眼には何も映らない。
ただただ剣の軌道と切裂くべき敵の骨肉のみを覗いて。
集中の果てに辿り着く無駄を削ぎ落とした境地。
視界に入る景色や仲間達さえ、
無駄な情報として脳は無意識にオミットする。

展開は変らず一方的だ。いや、むしろ更に加速していると言えた。
ベルセルク達はまるで不恰好な踊り手で、
ウィルマリナを誰一人エスコート出来ずふられている有様だ。
この舞台のために最適化されたウィルマリナの視界、
その視界に突然後方から異物が割り込んできた。

凄まじい速度と重さを備えた一撃が、
彼女の頭上より突然迫る。
まともに受けたらまずい!
感覚的に悟ったウィルマリナは獣達の一団から離脱しその攻撃を避けた。

その黒いハルバートによる一撃は爆音と土煙を上げ、
ベルセルク達を放射状に吹っ飛ばした。
それを眼下に見据え、爆心地でとぐろを巻く女性を彼女は見下ろした。

「どういうつもり? メルセ」
「頭を冷やしなよ。此処はあんたが昔戦ってた戦場とは違う。」
「冷静よ、これ以上無いほどにね。こいつらを倒すのに何ら問題は無かった。」
「そうかい? あんた、今の攻防で三撃目に来た奴の腕を斬り飛ばすつもりだったろ。
それであんたは無事かもしれない。だが飛んだ腕と剣が後方の奴の頭を潰してたぞあのままじゃ。
デルエラ様の命である不殺をあんたが破ってどうする。」
「・・・うぐぅ。」

流れを想像しその通りだと理解したウィルマリナは言葉に詰まる。
ウィルマリナの剣は完全な殺人剣だ。稽古ならいざ知らず。
実戦で相手をするのは魔物なのだ。手心を加える必要など無く。
そのように教育されてきた。また任務もそのようなものがほとんどだった。
レスカティエの華、強力な魔物達を非力な人間に代わり、
神の代行として討つのが彼女の主な仕事だった。

対して、メルセは軍人だ。レスカティエの汚い部分。
対人間の任務も数多くこなしてきている。
護衛任務や捕縛任務、数多くの状況、集団戦でのノウハウも積んでいる。
そんなメルセの目から見て、ウィルマリナの剣は殺す事にあまりに合理的すぎた

「はいはい、しゅ〜ご〜。」
メルセはパンパンと拍手を鳴らし、ウィルマリナを始め残りの二人も集めた。

「え〜、ウィルマリナが突っ走ってあげくにデルエラ様の名に泥を塗る所でした。」
「うう・・・ううるさい。手元が・・・滑っただけよ。」
「あいつにもそう言い訳すんのか? 
まあしょうがないよとか言って許してくれるだろうさ。
あいつはな、でもお前さんはそれでいいのか?」
「・・・いや、顔向け出来ないわ。あの笑顔に、あの真心に。」
「だろう。」
「はいはーい。」
「はい! ミミル。」
「それでどうすんの? うだうだやってたらまた再生しちゃうよあれ。」
「良い問いだな。集まってもらったのは今後の方針を決めるためだ。
具体的にはツーマンセルでチームを二つ作る。」
「あら、どう分けられるつもりです? 
普通に考えれば前衛向きである御二人と、後衛向きの私とミミルちゃん。
これを一人ずつ組ませるのがセオリーですが。」
「うん、それでいいと思うよサーシャ、で肝心の具体的な組み合わせだがな。
ウィルマリナとサーシャ、私とミミルでチームを組む。」

それを聞いて思案していたミミルだが、突然噴出した。
「っぷふ、あはははは。うん。それでいいんじゃないかなあ。
さっすがメルセお姉ちゃん。」
「褒めても何もでんぞ。でな、
こっちはあたしが前衛で壁になってミミルが後方から死なない程度に魔法で攻撃、
弱らせたら回復する前に個別に強力な封印魔法を施してく。
セオリーっちゃセオリーな戦いかただからいいとして、問題はそっちだ。
ウィルマリナはさっきと同じように戦ってくれ、ただしサーシャの護衛はしっかりな。
でサーシャ、あんたには回復を頼みたい。ウィルマリナのでなく敵さんのな。
ウィルマリナに突然やり方を変えろっつっても難しいはずだ。
体に染み付いてるだろうからな、で殺さないように致命的な一撃が入ったら、
あんたがすかさず回復させて向こうさんの命を守ってやってくれ。」
「解りましたわ。神の御名において、誰一人犠牲者は出させません。」
「そんじゃ行くぞ。解散!!」
「「「応!!」」」

頭上で戦場を見下ろす天使長とデルエラの二人。
その表情は対称的だ。
「うんうん、それでいいのよあんた達。
こんな連中残らず簀巻きにしてやりなさい。」
「く、流石は元レスカティエ最強と呼ばれた勇者とその一行ですね。」

先ほど同様に一振りの剣として踊るウィルマリナ、
その取りこぼした命を掬い直すサーシャ、
全体を見回し的確な打撃と防御を行い指示も出すメルセ、
常識では考えられぬ短時間の詠唱で広範囲魔法を繰り出すミミル。

ベルセルク達の損耗と再生の比率が崩れてくる。
前衛で暴れている数が次第に減っていく。
そして頃合を見計らってメルセが指示を飛ばした。

「ミミル、そろそろ攻撃から捕縛に切り替えだ。あれをやってくれ。」
「オーケイ、ふふふ、お兄ちゃんとのお楽しみのための研究過程で産まれた一品。
人造触手生物ミルミルちゃんβ、おいでませ!」

ミミルを中心として突如、大きな魔方陣が戦場一体に描かれる。
それは桃色の光を上げると明滅し、さらに大地から何かが染み出てきた。
卑猥な水音を立てながら一本二本とにょろにょろ触手が生えてくる。
それは蛸のような触手生物達だった。負傷し再生中のベルセルク達に取り付くと、
その体を締め付け拘束をする。さらにそれだけでは終わらない。

拘束した兵達の鎧の隙間に触手を強引に滑り込ませ、
その体からどくんどくんと何かを吸収し始める。

「ふふふ、βはエナジードレイン機能付き、
回復してもその傍からエネルギーを頂いてけっして逃さないんだから。
さらに頂いたエナジーで・・・」

ミルミルちゃんはぶるぶるその身を震わせるとぬちゃりと音を響かせ分裂した。
後方送りになったベルセルク達は次々この触手生物の餌食になり、
戦線への復帰が出来ない状態へと追い込まれていった。

触手に蹂躙される白い獣達、その一種背徳的な光景を前に、
天使達にも動揺が走っていた。
そして天使長は静かに怒りの炎を燃やし、目の前の淫魔にぶつける。

「卑猥な。」
「あらあら、あれくらいで卑猥だ何て、初心なのね。
かわいいわあ、ええと、お名前聞いてもいいかしら。」
「・・・栄えある我が名前、悪魔である貴方に聞かせる道理もありませんが、
良いでしょう。冥途の土産です。私はこの天使の一団を率いる天使長、
ノフェル、ノフェル=マルアーフ。」
「そう、ノフェル、まだやるつもりなの?
貴方達の自慢の戦士達はもはや全滅寸前よ。」
「確かに、彼らは大儀のためにその身を捧げた殉教者達です。
自慢の戦士達といって良いでしょう。ですが、所詮人間です。
下級とはいえ神族である我々とは比較になりません。
そして私はその神族を率いる者。いいでしょう。
魔王まで力を温存するつもりでしたが、そうも言っていられないようです。
私が貴方達をまとめて蹴散らして差上げましょう。」

他のエンジェル達より一回り大きな白い翼を広げるノフェル。
大量の羽根が舞い、煌く様はまるで雪のようだ。
その舞う羽をじっと見ていたデルエラだが、何かに気づいたのか声を上げる。

「気をつけなさい。貴方達!」
「遅い。」

ノフェルはマイラに放った閃光魔法を地上に向けて放つ、
その一条の光芒は中空に舞う羽根に反射、複雑な軌道を描きさらに分裂し、
光のシャワーとなってウィルマリナ達に降り注いだ。

「くうっ。」
サーシャが光魔法で障壁を展開、
貫通を許すも威力を減衰に成功し二人は軽傷で済んだ。
だが・・・

「お姉ちゃん!!」
間に合わない、
そう判断したメルセはミミルをその体でぐるぐる巻きにしてかばった。
その体は光に貫かれ焼かれる。

「ぐう・・・そんな顔すんな。妹をかばうのは姉として当然だろう。」
「待ってください。今すぐ治療を。」
サーシャは自分の身も省みず、重傷のメルセに走りよる。

「よくもっ。」
「メルセを。」
巨大な轟炎を生み出しノフェルに発射するミミル。
だがノフェルはそんな攻撃も受け付けない。

「非力!」
その光り輝く翼で体を覆い守ると、
灼熱の業火は彼女の裾に焦げ目一つつける事なくはじかれた。
だが業炎の影からウィルマリナが飛び出し、追撃をノフェルに打ち込む。

「くらえっ。」
「何を?」
彼女の裂帛の気合を載せた一撃、
しかしその斬撃はノフェルの手に現れた光の剣によって受け止められる。
だが引かない。彼女はその場で身を躍らせ二撃三撃と攻撃を繋ぐ。

「小賢しい、接近戦なら分が有るなどと考えているなら、
とんだ勘違いというものです。身の程を知りなさい。」
ノフェルは片手でウィルマリナの剣を捌きつつ、
もう片方の手で再び閃光を撃つ。
光の乱反射は計算されたようにノフェルを掠め、
逆にウィルマリナは四方八方からのレーザー攻撃を喰らう羽目になる。

「があっ。」
だが、一瞬怯んだだけで、ウィルマリナは止まらない。
歯を食いしばり、翼や体にあいた穴なぞ意に介さないとばかりに突っ込んでくる。
それに対しノフェルは頭を振る。

「お前達!」
「「はっ。」」

ノフェルの号令で今まで後ろに控えていた天使達が一斉に光魔法を唱えた。
ノフェルの使ったような閃光魔法、それがノフェルの光の剣に次々打ち込まれる。
ノフェルの手にある光の剣は輝きを増し、
光が結晶化したようなそのエネルギーをノフェルは強引に束ね、
圧縮して剣の形に強引にまとめ続けていた。
その威力はもはや剣というにはあまりにも過ぎたものであった。

振るわれる光の絶対攻撃、それはウィルマリナの剣を豆腐のように抉り折って彼女に迫る。
前傾姿勢で攻めるウィルマリナ、その体勢は回避に移れるものではなかった。
彼女は自身の死を覚悟した。だが、次の瞬間彼女の体には制動が掛かり、
強引にその体を宙に固定されていた。
ノフェルの剣は一寸の隙間を持ってウィルマリナを仕留めそこねた。

「は〜い、そこまで、よく頑張ったわね。ウィルマリナ。」
「・・・申し訳ありません。デルエラ様。」

デルエラの魔力で作った黒い触手、それがウィルマリナの尻尾に巻きつき、
彼女を後ろから思い切り引いていたのだ。

「休んでいなさい。サーシャに全員治してもらってね。
この悪い子ちゃんとは私がしっかり御話しておくから。」
「魔王の第四子デルエラ。いいでしょう。
あなたを滅すれば魔王の魔力にもだいぶ影響があるはず。
最低でもこの馬鹿げた儀式は失敗に終わるでしょうね。」
「うふふ、お父様やお母様にもそう言われたわ。
危険な現場に出るなって、でもね、それじゃあつまらないでしょう。」
「堕落した快楽主義者め。」
「残念だけど、それ褒め言葉よ。それにすぐに貴方もそうなるわ。」
「冒涜も甚だしいですが、それでこそ滅ぼしがいがあろうというものです。」

ノフェルは翼を広げ構える。対してデルエラは座ったような姿勢で脚を組み。
人差し指を曲げてノフェルを挑発した。

此処での戦いは、リーダー同士の第二局面へと移行しようとしてた。


13/06/24 23:01更新 / 430
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■作者メッセージ
だいぶ先の話しではありますが、十話くらいでこの話しを〆たら、
刑部物語もちゃちゃっと〆る予定。
もともと刑部物語に挿入するはずだったのは魔王の男の子出産シーンのみ。
でも考えたら主神側が黙って見過ごすはずがねえな。
などと考えていたら話が膨らんでこのざまですよ。

両方終わったらこの話に登場した魔物やカップルの昔話でも書くつもり。
というか元々別の話しのキャラとして考えてたキャラに出張してもらってたりと、
色々順番がおかしなことになっておりますですはい。

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