連載小説
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エピソード5、おおぞらに戦う
レギウス軍最前線

周囲を巻き込まぬために突出した形になったスピリタスの兄弟、
そしてサプリエートらは十分距離が稼げた所で停止する。

「これくらい離れればまあ大丈夫でしょう。」
「意図的に狙わにゃまあ平気だろうて。」
(あの・・・降伏しては頂けないでしょうか。)

兄弟はサプリエートに顔を向ける。
自信無げに顔を伏せながらも彼女は主張する。
(御話を聞いていて御二人が魔物を憎んでいないことが判りました。
でしたら我々が争う必要は無い筈です。
同じ精霊学を修める者同士、話したいこともたくさんありますし。)

兄弟はそんなサプリエートの言葉に顔を見合わせ困ったように笑う。
「はは、女史の持論、強い精霊使いに悪いものはいないって奴ですか。
まあ概ね同意しますよ。彼女らに好かれて強い力を引き出す時点で、
根っからの悪人ではないでしょうからね。」
「じゃがなあ、残念だがこれは戦争だ。
戦争は正義と正義がぶつかることも良くある話よ」

サプリエートは尚も食い下がる。
(教団に正義が在ると? 味方を騙して捨て駒に使い。
魔王が世界を滅ぼそうと画策している。などという偽りで各国を騙している教団に・・・)
「そんな戯言を信じてる者はこの遠征軍でも少数派ですよ。」
「別に正義感で教団に組する国などそんなにいないわなあ。
だがそれでも教団は過去には人を守る絶対正義の砦であり、
その時に培ったコネや権力で今だ人類最大の武力と権勢を誇る集団だあ。
正面きって敵にまわせる国なんぞ数える程よ。
もし経済制裁をくえばほとんどの国が干上がる。」

「貴方の故郷、ポローヴェの二の舞というわけですよ。
だったら魔界化させれば良い、貴方ならそう言われるでしょうね。」
「じゃがな、ポローヴェと違いレギウスは今のままでも別に困らん。
だというのに教団への個人的な叛意から国を勝手に魔界化させるのか?
大方の国民は明日の生活が保障されていればそれで良いという立場だろう。
それを怠惰と叱責して国を魔界化させて教団を敵にまわす。
そのような決断をみなに強いるのが正義か?
まあ立場や周囲との縁、そういうものを無視し、
内側から体制を変えたり壊したりするのは難しいわな実際。」
(残念です。)
サプリエートは俯いてそう言った。

「まあ、お互い生きてたらまた会いましょう。当然、非公式なものになるでしょうが・・・」
「さあて我らの長年の研究成果、試すには絶好の相手。
とばすぞクルーエル! 出し惜しみは無しじゃあ!!」

先手必勝、とばかりに二人は一気に仕掛ける。
実際、単純な戦力の差は圧倒的といって良い。
スピリタスの技術は闇精霊と魔精霊の力の差を埋めてくれる。
だがそれは条件が対等になったというだけだ。

使える精霊の属性の数、精霊使いとしてのキャリア、
そして何よりダークマターであるサプリエートの魔力は人から見れば無尽蔵と言っても良い。
黒い太陽の異名を取るダークマター、
その正体は純粋な魔力の塊に意思が宿ったものとされている。
魔力の貯蔵量として兄弟を電池とするならサプリエートは原子炉だ。
長期戦での勝ち目は皆無。

それでも、兄弟にとって有利な点が一つだけある。それは―――

(戦闘経験の差・・・)
(強大な力を持ちながらも精霊を戦いに使うを良しとせぬその気性・・・)
(対して我らは最初から戦うためにその技術と力を研鑽してきた。)
(付け入る隙があるとすればそこしかないなあ。)

クルーエルは両手を前にかざすと、その手からビームと見紛う強力な冷気の線を発っする。
バスターもそれに合わせ炎弾を片手に生じさせ撃ち込んできた。

それらはサプリエートの眼前の空間でぶつかり、
急激な温度差は水蒸気爆発を生じさせた。
空気を震わせその爆発と音は遠くまで轟き渡る。

もうもうと雲のように蒸気が吹き上がり一体に立ち込めるが、
瞬時にそれは竜巻のような突風が巻き起こり晴らされてしまう。
中心にいたサプリエートは無傷である。
眼前で発生した爆風に対し、シルフが同威力の突風をぶつけ爆発を周囲に反らしていた。
その後の蒸気も一瞬でシルフが吹き飛ばした。

(まあ効きませんよね。これぐらいじゃあ。)

だが晴れたサプリエートの視界いっぱいに、巨大な鋭く尖った氷柱が映る。
まるでこれから氷のウニでも作らん勢いで球状に彼女は氷の槍に囲まれていた。

「青い牙(アスル・コルミリョ)!」
クルーエルの気合と共に氷が一斉に舞う。
360度全方位逃げ道の無い攻撃に対してもサプリエートは落ち着いている。
つい と彼女は指揮者の様に人差し指で空中をなぞる。

すると彼女に迫る氷柱がある線を境に蒸発して消えうせた。
イグニスがサプリエートをその黒い炎でバリアの様に覆い氷から守ったのだ。
しかも同時に溶けて発生した水蒸気をウンディーネの制御下に置く事で、
先程のような爆発の発生すら防いでいた。

しばらく続いたクルーエルの攻撃を凌いだサプリエートは、
頭上に魔力の高まりを感じて炎を解いて見上げた。
其処にはバスターが巨大な炎の塊を精製していた。
まるで太陽のミニチュアだ。

(全てはこいつを撃つ為の時間稼ぎよう、喰らえ。)
「紅の華(エスカラーチェ・フロル)。」

振り下ろされる両腕とリンクして、まるで巨大な炎の槌のように炎塊はサプリエートに迫る。
彼女も流石に両の腕を上げ力を行使した。
髪はふわりと逆立ち座っている黒い塊がボコボコと波打つ。
瞬く間に同サイズの黒い炎の塊を生み出してぶつける。
さらに蒸発させた大量のクルーエルの氷の水、シルフの風圧、
大地を励起させて発生させたインスタントの渓谷。
全てを動因して圧倒的なエネルギーのぶつかりで生じた爆発を最小限に抑える。

結果として吹き飛んだ大地、それ以外には何も被害を及ぼすことなく、
その場は全ての力が相殺され何事も無く終わった。

「流石ですね。」
「ああ、防がれたのみならず、爆発のこちらへの影響まで相殺してくれる始末。
やはり普通に力を行使しても通じるわけもないかあ。」
(・・・御二方、ご年齢を尋ねても?)
「・・・私が28、兄が34ですが・・・それがどうかしましたか? 女史。」
(いいえ、感嘆していました。これ程の力、
その齢で習得されている精霊使いは数える程でしょう。
ですが、それでも貴方達が精霊の力で戦う以上、
私には通用しません。やはり降伏をお奨めします。)

確かにサプリエートの戦闘経験は皆無に近い、
だが、彼女はその精霊の力を国の復興や防衛のために使う研鑽と研究は積んでいた。
つまりそれは災害の発生に対し、それを抑えたり防いだりするノウハウでもある。
それは精霊使い相手に対しては、そのまま防御としてほぼ使えるものなのだ。
こと防御に関しては、サプリエートはこの世界を生きる精霊使いでも指折りの実力と言えよう。

兄弟は顔を見合わせる。
「どうします兄さん。」
「あれを使うしかないわなあ。はなからそうだろうとは思っていたが。」
「しかし、あれを使えば女史は・・・その学術的な損失は計り知れませんよ。
彼女は我が国一つと比しても釣り合わない智の源泉です。」
「じゃが試さんで終わるのか? 通じるか否か試してみたいではないか。
学者としても、戦士としてもな・・・」

「・・・解りましたよ。やりましょう。サプリエート女史、次で最後です。」
「これを受けきられたら手詰まり、こちらの負けじゃあ。」
(分かりました。存分におやりになられて下さい。全て受け気って見せましょう。)

サプリエートは兄弟二人にそういって構える。
座ったまま動いていないが、髪は相変わらず空に逆立ち、
何時でも大きな力を行使できるように準備しているのだ。

(さて、相手を受けに回らせました。発動の第一段階はクリア。)
(紅の華と同様、撃つのに時間がいるからのう。)

兄弟はアイコンタクトでそう言い合うと、両手を互いの間にかざす。
クルーエルの手は上下、バスターの手は左右。
四つの掌が円状に並び、一つの球を包み込むように配される。

(あれは?!)
サプリエートは驚く、魔物には多かれ少なかれ魔力を感知する能力がある。
大抵の魔物は魔物を妻に持つ人間を見分けられるなどである。
だが、ダークマターであるサプリエートはそれより遥かに正確に魔力を感じる事が出来る。
それは人間で言えばもはや可視化しているレベルであり、
相手の昨晩の食事、交わりの相手や回数まで正確に魔力から把握できるのである。

そんなサプリエートがスピリタスの兄弟を見ると、
一つの体に二つの魔力が存在している奇妙な生き物として見える。
そんな二人の体内の魔力に変化が生じていた。

体内の魔力がより一つに溶け、融合を始めている。
しかもバスターは人間の魔力である精がベース、
クルーエルは魔物の魔力をベースにしている。

二人の体内の魔力の奔流は掌から放出され、一つにぶつかり合う。
精と魔、炎と氷、相反しあう二つの魔力と魔術式。
それらが絶妙な加減で拮抗しあい、ギリギリの臨界を保ちつつ其処にはあった。
炎の赤と氷の青が陰陽のようにせめぎ合い、今にも破裂しそうだ。

(こんな・・・こんな状態で存在する魔力など・・・)
長い年月魔界と精霊について学を修めるサプリエートにとっても初めての現象であった。

「その顔、驚いて貰えたようですね。」
「精霊と融合する我らだからこそ出来る魔法じゃしな。
炎と氷、二つの魔術式はみな考え付く、じゃが精と魔でそれをやるところまでは至らんらしい。」

二人の掌の間で、二人の全てを凝縮したその一撃は、迸る光の柱として一気に解放された。

(まずい!)
サプリエートは直感でそれの危険を感じ取る。
一瞬で彼女と二人の間に魔界の鉱石を多く含んだ堅牢な岩山がいくつも立ちふさがる。
だがエネルギーの奔流は、二つの対となる反発の相殺で生まれる対消滅エネルギーは、
そんな岩山を軽々と消滅させサプリエートの元に迫る。

「対消滅術式(メドローア)・・・直撃すれば魔王にさえ通じると試算される代物です。」
「いかな女史といえど、直撃すれば・・・もう・・・」

閃光はサプリエートに伸び、一層の光をあげ、
直後に巨大な爆発を生じて噴火のような白煙を上げた。
衝撃と烈風が地響きと共に吹き抜けていく。
兄弟は体勢を崩しながらも吹き飛ばされぬように耐えている。
後にはくり貫かれて歪に変形し、さらに爆風で裾野以外吹っ飛んだ山々が残っていた。
二人は黙祷を捧げるかのように一礼し、その場に背を向けようとした。

その圧倒的な破壊の描写は、生命の存在など微塵も感じさせない。だが・・・
「そんな馬鹿な。」
「耐えたのか・・・あれを・・・」

吹き飛んだ山々の陰から、ふらふらとサプリエートが姿を現した。
その姿はだいぶぼろぼろだ。髪はボサボサになっていて服装も痛んでいる。
乗っている黒い玉がだいぶ縮んでクッション大のサイズまで縮んでいた。
精霊達も消耗しているのか、
小人のようにデフォルメされた状態で彼女の肩に引っ付いている。

スピリタスの二人にも異状が現れる。
二人の体が光を発すると、人間と精霊に分離してしまった。
空から落下しそうになった二人の兄弟を相方の精霊がお姫様抱っこで支える。

「ああ、もう時間ですか? ネージュ。」
「はい、これ以上は貴方が人に戻れなくなります。
私は女王様から貴方の事を頼まれています。これ以上の交戦は許可できません。」

「やれやれ、仕留め損なったか・・・まあ戦士としては口惜しいが、
学者としては喜ばしいし、良しとしておくとしようかのうシャルル。」
「まあいいじゃん。教団への義理ってのは十分果したでしょ?」

そんな二人に対し、弱りながらも笑顔で近づいてくるサプリエート。
(素晴らしい魔法でした。まさか精霊魔法で驚かされるとは・・・
御二人は本当に精霊学者として素晴らしい方です。
その身を大事になさって今後も精霊学の発展に寄与なさって下さいね。)

そんなサプリエートの言葉に二人はしばし動きを止めた後笑った。
自分を本気で殺そうとした相手に対し直後にこの態度、
さらに言う事は学問の発展か・・・この人も大概な学者バカである。

笑われてキョトンとしているサプリエートにクルーエルが尋ねた。
「しかし、後学のために御聞きしたいのですが、どうやってあれを防がれたので?
そうは見えませんでしたがギリギリで避けたのでしょうか。」
(いいえ、あれ程の力、此処で止めねば流れ弾で大きな被害が出かねませんでしたから。
しっかりと止めさせてもらいました。もっともお陰でこのざまですけど。)
縮んでしまった魔力の玉を叩きながらサプリエートは言った。

(最初、物理的な硬度で止めようとノームの力を使いました。
でもそれではあの凄まじいエネルギーを止める事は出来ませんでした。
そこで次に使ったのが水です。手持ちの魔力と闇精霊であるこの子達の魔力、
それを動員して大量の魔界の水を無から作り出して魔法にぶつけました。)

「確かに水というのは大きなエネルギーを溜め込む事が出来る物質ではありますが、
それでもあれを止められるとは到底思わないのですが・・・」
「いや、クルーエル・・・魔界の水か、成る程・・・こんな攻略法があったとはのう。」
「魔界の水・・・ああ! そういうことですか・・・」

合点が言ったのか二人の兄弟はしきりに感心する。
(理解して頂けたようですね。やはり御二人は優秀な精霊学者です。
そう、魔界のウンディーネの加護を受けた水にはある特性があります。
空気中の雑多な魔力を溶かして吸収しやすい形にするという特性です。
本来は夫の精をクリアに味わうために魔物が利用する特性なのですが・・・)

「あの魔法の肝は対となる魔力と精のバランス、
それを魔力のみ溶かして吸収してしまうことで崩したのか。」
「威力は減衰され、残ったエネルギーも膨大な水と相殺され消えたわけじゃなあ。」
(それでも残され暴走するエネルギーの総量は膨大なものでした。
今回は爆発を抑える余裕はこっちにも無かったです。
こちらもありったけの魔力を投入して水を作りましたからね。
爆発の直撃をもろに受けてしまいました・・・
まあすんでのところでシルフが頑張ってくれたのと、
魔力の玉の中に避難することで事なきをえました。
そして無事にこうしてみなさんと会話出来るてるわけですが・・・)

そこまで言ったところで、爆発によって傷ついたサプリエートのシャツが破れ落ちた。
その立派な胸を二人に晒す事になる。

「あっ・・・」
少し赤面して胸元を抑えるサプリエート、
そしてエロスの悪戯に鼻の下を伸ばした兄弟を災厄が襲う。

「ちょっ?! 瞼が・・・凍ってくっついて開かないんだけど・・・ネージュ?!」
「何でしょうか? 五月蝿いので口もくっつけてしまうとかわいいかもしれませんね。」
「あじっ シャルル、熱い熱い熱い熱い熱い、すまんって謝るから許してくれえ。」
「あん? 何を謝るって、こういう駄目な奴にはお仕置きしかねえずら。
ぎゅ〜っと抱きしめる。抱きしめのお仕置きずら〜。」
「「お〜の〜。」」

突然痴話喧嘩を始めた騒がしい二組のカップルを見て、
今度はサプリエート達が笑い出した。


※※※


見えざる翼(ファントムシュエット)


此処は4機の飛空艇の旗艦であるアトラゴン内部

この船団を指揮する隊長セオドール=ハーヴィーと
副長のアベル=ハイウィンドは操縦室から外を眺めていた。
外を眺めると言っても窓があるわけではない。
魔導師が船外の様子を魔法で映し出して船外の様子を見るのである。

副長であるアベルはセオドールに言った。
「おれの頬を殴っていただきたい。」
「・・・いいですとも。」

勇者であるセオドールはこれまた勇者であるアベルの頬を思いきりブッ叩いた。
その場でキリキリ回転しながら滞空するアベルは地面に激突する寸前、
己が腕でその回転の勢いを殺すと、フラフラと立ち上がった。

「おれは しょうきに もどった!」
「そうかそうか。で? ありゃ何だ。」

セオドールは船外の映像に移った奇怪な物体を指し示した。
そこには大きな鍋のようなものが回転しながら空を飛び、船団に併走していた。

「あれは、ジパングに伝わる鍋、チャガマです。」
「チャガマ?」
「ティーに使用する湯を沸かすための専用の鍋らしいです。」
「で、何でそんな物が空を飛んどるんだ? しかもあれ相当でかいぞ。
Drシェムハのところの奴らがティーパーティーでも開くのか?」

セオドールの突っ込みにアベルが応える間もなく、
魔導師の一人が叫んだ。

「チャガマ、こちらに接近してきます。」
「全艇面舵いっぱい、回避行動を取れ。」
「駄目です。間に合いません。」

激突するかと思われた空飛ぶ茶釜、しかしそれはソフトに船団の最後尾の一機に着陸した。
そして茶釜は停止すると、その蓋が開き中から二人の女性が姿を現した。

二人は対照的で、一人は結った黒髪と角を頭に載せ豪華な単衣を纏ったジパング的な女性。
もう一人は豪奢な紫色の巻き髪を二つ垂らし、
紅い目玉を宝石のようにあしらった黒いドレスを着た女性。
ドレスはまるで生き物のようなディティールであり、さらに本来ならインナーが覗く中央がスケスケ。
ほぼ裸身を晒すような過激なデザインである。

そんな両者に共通しているのは、
どちらも高貴な身分を思わせる雰囲気を纏っていることであった。
そして彼女達が乗ってきた茶釜は、煙を上げて消えてしまうと。
そこには一人の長身でボサっとしたポニーテールを下げ、
精悍な顔付きの女性が一人立っていた。

彼女の頭部には緩い三角の耳が乗っており、
尻からはモフっとした大きな縞のある尻尾が生えている。
脚はふさふさの毛とも袴ともつかないものに覆われていた。

「ご苦労様でしたシュカさん。」
「ええ、お礼を申し上げますわ。」
「なあに、これくらい御安い御用ってね。」

二人のやんごとなきオーラを纏った貴人に対して、
精悍な女性はさっぱりとした笑顔でそう返した。
そんなあけっぴろげな二心を感じさせぬ笑顔を見て、
過激な格好をした方の女性はくすりと笑顔を見せる。

「どしたい王女さん。 私の顔に何かついてる?」
「いいえ、ですがわたくし、貴方様のことを気に入りましたわ。
王女ではなく、フランツィスカと名前で御呼びくださいませ。」

シュカと呼ばれた刑部狸の態度は、
幼い頃に身分や立場と関係なく、
自分と仲良くしてくれた二人の友人を彼女に想起させたのだ。

「そうかい? まあ私も堅っ苦しいのは苦手だから助かるよフランツィスカ。」
「あらあら、粗忽な貴方が意外な方に好かれたものね。」
「事実とはいえ相変わらず辛いっすねオトヒメ様。
此処はさあ、では私のこともオトと御呼び下さいって場面じゃねえの?」
「そう呼んでよいのは太郎様だけですわ。」
「ああそう、浦島の旦那ね・・・まあいいや、じゃあ早速作戦開始といこうぜ。」

二人の姫はシュカの言葉に頷く。
シュカは両の腕を天に掲げ叫んだ。
「鉄大瀑布(くろがねだいばくふ)!」

すると船団の下方、地面から複数の噴水のように大量に黒い何かが噴出する。
それは砂鉄である。彼女は契約した魔精霊ノームの力により、
大量の砂鉄を精製し操れるのである。
見る見るうちにそれは上空に留まり、
さらに灰色の雲のようになると広がって霧のように船団を包み込んだ。


一方船内のセオドールとアベル。
突然に視界を塞がれ、彼らは互いに激突せぬように一時停船していた。
しばらく待っていても事態がいっこうに好転せぬままだ。


「何も見えん。魔王城は目と鼻の先だというのに・・・」
「如何いたします?」
「全艇に伝えよ。互いに接触に注意しつつ停船を維持。」
「後方の飛空艇に乗り込んだ三匹はどうします? 電撃を流しますか。」
「奴らは空を飛べるのだ。見えぬ状況で無駄撃ちしても仕方あるまい。」
「ならば先ほど同様の手段で周囲を電撃で焼き払いますか。」
「それしかあるまい。仮に倒せずとも何らかの反応はあるだろう。」

船団は先ほど同様、蓋を開き上空に特殊電導液を打ち上げ霧を発生させた。

シュカの砂鉄には感知機能も付いている。
砂鉄の中のことは彼女にとってまさに手に取るように把握できる。

「うし、作戦通りだ。そんじゃエスコートはしますんで、
よろしくたのんますわオトヒメ様にフランツィスカ。」
「ええ、存分に怖がらせてあげるわ。」
「こっちは存分に善がらせてさしあげますわ。」

そして旗艦 アトラゴン内部

「この砂嵐のせいで見えませんが、そろそろ霧が充満したころでしょうか?」
「そうだな、各艇に充電をそのまま維持、合図と共に放電すると伝えろ。」
「了解しました。」

そんな船内に鈍い金属音が突如響く。
何かが船体にぶつかったような音だ。
その鈍い音はまるで這い回る虫のように四方八方から次々しだす。
そして金属が圧力であげる悲鳴がそこら中から聞こえ始めた。


「何かに大量に取り付かれた?」
「接触してれば幾らなんでも見えるはずだ。
より気味で俯瞰して見えるように映像を出せ。」

そうして船内に映し出された映像は、
アトラゴンの船体に巻きつく巨大な緑色の何かであった。

「でかい。何だこれは?!」
「鱗・・・大蛇?」

そうしているうちに映像に巨大な牙が映し出される。
大きく裂けた口、長く伸びた髭、立派な二股に分かれた角。
それを見たアベルは驚愕する。

「これは!」
「知っているのか。アベル!」
「ドラゴンです。ジパングのドラゴン。
リュウという神と崇められさえしている怪物です。」
「あの角、先ほどの和装をした貴人っぽい方か・・・化け物めっ。」
「どうします? この力、このままだと船体が圧壊します。」
「最大の威力で放電する。」
「他艇との連携は?」
「そんな暇は無い!!」

一方、外のオトヒメはアトラゴンが潰れぬよう、
しかし良い音で軋む様に絶妙の締め付けを見せていた。

(うふふ、太郎様と日々ソフトSMで鍛えているこのわたくしに掛かれば・・・)

手も足も出ないアトラゴンだが、最大限にチャージした電力を一気に解放。
巻きついているオトヒメに電撃の返礼を浴びせる。
火花と閃光が飛び交い凄まじい音が鳴り響く。
普通の魔物であれば最悪絶命、でなくとも昏倒は免れぬ威力。

だが・・・・・・

「あらあら、なにかしら そのあわれな電撃は。
電気は こうして つかうものよ。」

雨と稲妻の化身。それが龍である。
晴れて雲一つ無い空に突如黒雲が渦を巻き、
あっという間に内部でゴロゴロと音を響かせると、
辺り一面を閃光が包み天から光の龍が飛来する。

それは長い長い体の先端、尻尾を砂鉄の外に出したオトヒメの体に着弾。
その体を伝いアトラゴンの船体に許容を遥かに超えた電流を逆流させた。

その船体は表面に電気を流すための層、
そしてその下に内部に電気を逆流させないための絶縁体で出来た層で形成されている。
さらには魔術的にも内部空間は電気が逆流せぬように手を施してある。

だがオトヒメの雷撃は通常の雷を遥かに超える電力と電圧で、
その防壁を易々と貫き内部機関を焼いた。
アトラゴンの船内は電灯がはじけ割れ、暗闇に包まれパニックになる。

「どうした! 何が起こったと言うのだ。」
「解りません。ですが魔術回路を使用した機関以外反応がありません。
電気系統の機器は全滅。これでは航行不能です。」
「ええい、他の船と連絡を取れ、この艦はもうだめだ。
このまま此処に留まってはみな二の舞。
危険を覚悟で全速離脱するように伝えろ。」
「了解しました。」

だが他の三つの飛空挺からの魔導通信は阿鼻叫喚とも言うべき内容であった。

「来るな・・・来るなっ〜〜〜〜!」
「何をしている。うわぁああああっ。」
「アトラゴン、指示を願います。 味方の艇が、味方の艇が!」
「声が・・・聞こえる。」
「くっそう。気でも狂ったのか貴様ら!」
「侵入・・・内部・・・しょ・・・」

断片的に入ってくる情報はセオドールやアベルの理解を超えており、
もはや砂鉄の向こう側にいるであろう他の味方達が、
いかような運命にさらされているのか彼らには知ることも出来なかった。


――― 少し時は遡り、視界を塞がれた直後のある艇内。


ちっくしょう、何だって俺がこんな所でこんなことをしなきゃいけねえんだ。
俺は不毛な愚痴を吐きながら狭いメンテナンス用の通路を這うように進んでいた。
外の砂嵐の影響なのか電導液射出のための蓋の辺りに異常があると、
艦内に異常があれば感知する結界を張った魔術師から報告があった。

彼は通信や外の目としての機能も同時にこなしている為、
詳細については現場の人間で把握して報告して欲しいとの事であった。
外壁付近まで行けるメンテナンス用の通路は非常に狭く這っていかねばならない。
みな匍匐前進の訓練は積んでいるが、それでも面倒なものは面倒だ。

俺はこんなファックな戦争を起こした魔王と神を毒づき、
ジャンケンに弱い自身の境遇を呪いながら芋虫のようにひたすら進む。
だが、突如前方から大きな音が響いた。

何か重たいものが通路の壁を叩いたかのような音だ。
俺は前進を止め、耳を澄まして曲がり角になっているその先に注意を向けた。
ズルリ・・・ズルリ・・・何かが這っている音だろうか、
別の部署にも間違えて連絡が行って、別の誰かが別の場所から・・・
いや、それはありえない。何故ならあの先はすでに外縁部、
目的が蓋のメンテなら、艦内の何処から行ってもこっちに向かってくる必要はない。

ズルリ・・・ズル・・・ズルズルズルッ!!
突然激しさを増した音から俺は反射的に匍匐で後退を始めた。
何かが迫っていた。移動速度を上げたそれは、
こちらのもどかしいほどの匍匐より遥かに早く、
すぐに俺の視界に踊りこんできた。
薄暗いメンテナンス用の通路の中で、俺が見た最後のものは・・・
巨大で紅い、大きな眼であった。


――― 艦内で巨大な眼の目撃より数分後。


「どうだった?」
「んん? どうって・・・」
俺は戻ってきた男に問うた。
どうも上の空というか少し覇気が感じられない。
まあ糞狭い薄暗い通路をひたすら這って移動するなんて事をした後じゃ、
多少元気がなくても仕方ないことだろう。服も汚れてしまっている。
それにしても、緊張すると必ずチョキを出すこいつの存在はこういう時非常に助かる。

「いや、射出口の蓋はどうだったよ。壊れてたか?」
「いや・・・多分隙間に砂が詰まったかなんかで異常が検出されただけだろう。
何もなかったぞ・・・何もな・・・」
「まったく、外からの攻撃に備えてとはいえ、
窓も無いし外縁部への移動手段があの狭い通路だけとは、
メンテナンス的に問題ありだよなこの兵器は。
行って帰ってくるだけでも・・・」

その時俺は気づいた。行って帰ってくるだけでも・・・こんなに早く帰ってこれるはずが無い。
まして射出口のチェックまでやってこんな短時間で終えてこれるわけが・・・

固まる俺の体を背後からいきなり男が羽交い絞めにした。
通路を這った際の汚れかと思っていたが、
男の衣服は何かで濡れていた。
それが密着したことでジメッと俺の服にも浸透する。

「貴様! 気でも違ったか?!」
「全ては仰せのままに。ああ・・・」

茫洋とわけの判らん台詞を呟きつつ、男は微塵も力を緩めず俺を拘束する。
密着して判った事だが、男の股間は大きく励起していた。
俺は理解を超えた事態への恐怖から一心不乱に暴れる。
体格では少し俺の方が優れていたため、拘束は緩み俺は脱出に成功した。

刹那の瞬間だけは・・・振りほどいた俺の腕に再び何かが巻きついた。
それはぬるぬるとしていて、しかし滑らずにがっちりこちらを拘束する。
逆にこちらの手は滑ってしまいどうしようもない。
それは何時の間にか、男が出てきたメンテナンス用通路の方から音も無く這いよっていた。
男の二の腕程もあるぬらぬらとしたミミズのような触手数本、
先端には紅い眼と緑の瞳をつけたそれらは、まるで蛸やイカの脚のように船内に浸入し、
俺の体をその大きさを感じさせぬ素早さで一気に拘束した。

得たいの知れぬものにがっちり拘束され、体中に巻きつかれているというのに、
俺の股間は痛いほどの勃起していた。ぬるぬるとした粘液が浸透し肌に付着した箇所、
其処を中心にじんわりと温かさが広がり、服との擦れすら異常に感じるようになっていた。
だというのに異形の触手がずるずると体中を這い回る。
そのグロテスクな見た目に反し、今まで感じたあらゆる快楽を置き去りにする心地よさだ。

俺の頭は真っ白に埋め尽くされ体は己の意を離れ弛緩と硬直を繰り返す。
熱い吐息を断続的に吐き出す俺に対し、触手の先端が近づいてくる。
その眼がキューッと細まり、こちらをあざ笑うように笑みを形成する。
その瞳が怪しく光を帯びると、俺の目の前に女神が舞い降りた。


――― さらに数分後。


蓋の異常を見に行った者達からの報告が遅い。
ということで操舵室からわざわざ機関室まで私は様子を見に行った。
戦場では一分一秒が尊ばれるというのに、全体の流れがスムーズに行っている時の晴れ晴れしさ。
それとは逆に、問題や異常が積まれているというのに対応や解決が遅れている時の憂鬱さよ。

私はいらついた気分を足音に乗せつつ、少し強めに機関室のドアを開いた。

「なっ?!」
其処に展開していた光景は、私の想像の範疇を越えており、私を一瞬硬直させた。

何本もの触手が這い回り、それらに巻きつかれ、先端の大きな眼と顔を合わせている船員は、
皆一様に表情を蕩けさせて何事かをブツブツ呟いていた。
こもった室内の空気に大量のアル匂いが混じり、彼らがみな射精していることが判る。

「くそっ!」
とんだ異常事態だ。すぐに報告せねばこの船は・・・
だが壁際にくっつき扉の後ろに隠れていたのか、二人の船員が背後から私を捕らえた。
それと連携し、素早く触手は私の眼前に迫りその大きな虹彩を不気味に光らせた。

脳裏を何かが抜けるような感触と共に、私の視界は一瞬暗転した。
眩暈が解けすぐさま周囲を見回すが、
其処はすでに異形の交わりが跋扈する機関室ではなかった。

闇だ、しっとりとした闇がただただ広がり、
見渡す限り何も見えない、だがおかしなことに、
自身の体を見下ろすとしっかりと腕も衣服も確認できる。

「クスリ。」
眼前から聞こえた微笑に私は顔を上げる。
すると今まで其処には誰もいなかったはずが、一人の美女が嫣然と微笑み。
禍々しくも豪奢な椅子に腰を下ろしてた。

「貴様は!」
私はその女を見たことがあった。先ほどチャガマから降り立った麗人のうちの一人。
薄い紫の髪を二本のロールにして背中に垂らしていた魔物だ。
あの時の映像と違い、生き物のような禍々しいドレスを着ておらず。
彼女は何も身に着けずに裸身を晒していた。

じっくりとその爪先から美しい鎖骨まで、眼が自然と収めてしまう。
美しい、その強烈な感情が一瞬、私を忘我の縁へと誘いぼぅとさせる。
これではいけないと頭を振る、だが目の前の彼女を見まいと目を閉じる私の瞼には、
先ほど操舵室で見た彼女の映像が浮ぶ、
あのインナーが覗くはずの中央が透けて丸見えのドレス姿の彼女の姿が・・・

人形のように細くスラリとし、それでいて薄く肉がのり柔らかさを感じさせる肢体。
臍から胸元へのラインなど今まで見たどんな芸術的な彫刻より魅力的だ。
そしてあの気品ある立ち振る舞い。名のらずとも高い身分の生まれだと判る。
そんな高貴な方の伸びる脚の付け根には、まるで秘した蕾のような・・・
本来であれば下品なそれが、宝石のように私には感じられた。

知らず呼気は乱れ、私は欲情していた。
触れることは愚か、話す事すら本来であれば不可能な高貴な方が、
その裸身を晒して私の前に座っているのだ。
私は強烈に湧き上がるマグマのようなドロドロの欲望を自覚し、
このままでは不味いと腰に差した剣に手を掛けた。

だが、本来其処にあるはずのそれは無く。
私の手は空しく宙を掴む、剣どころか何時の間にか衣服まで消えている。

「いけませんわ。そこにお直りなさって。」
やんわりとした口調で目の前の女性が言う。
私は取り乱すまいと裸の自身から目を離し、目の前の女性を再び見た。
見てしまった。そこで私の叛意は途切れる事となる。

ついと足が上がる。細くしなやかで柔らかなそれは地面から持ち上がり、
私の足の付け根に向けてゆっくりと弧を描いた。

それの軌道、持ち上がる様すら美しく、その脚と彼女の蕾の前に私は魅了され棒立ちとなる。
それは私の陰嚢を優しく持ち上げるとすりすりと足の甲で擦り始めた。
じわりじわりと一擦りごとに白い欲望が溜まっていくのが感じられる。
私はそのゆるやかな快楽を呆けたように口を開けて享受した。

「さあ。」
ゆるゆるとした足の甲での刺激が終わると、
甲と裏、両方使って私の玉と竿を両方足蹴にし始める。
その刺激も絶妙で、私は自身の意志ですらなく、
肉体に直に命令されるが如く膝を折り地面に腰を落としていた。

柔らかく、時に強く、痛みを感じるギリギリまで行われる刺激。
するりするりと上下するたびに、美しい脛の直線と甘美な弧を描くふくらはぎが目の前に踊る。
それらの官能的な映像と股下より上ってくる刺激が私を満たし犯していく。

満たされたコップから溢れるように、私は溜まった白い欲望を迸らせた。
彼女はその間も、微笑を浮かべながら脚を躍らせるのを継続する。
私の欲望が勢い良く彼女の美しすぎる裸身を汚す。

それでも嫣然と微笑む彼女は、背徳的であまりにも淫らであった。
すべりを良くした足裏の刺激がより強くなる。
出したばかりだというのに、すぐに折れた私は立ち上がり漲っていた。

「ああああっ!」
感嘆と共にまた欲望が吐き出された。
舞う脚線美、淫らさと高貴さを兼ね備えた裸身。
途切れることなく注がれる悦楽。

短い間に4度、5度と吐き出される欲望。
私は真っ白に塗りつぶされ、もはや自身が何者なのか思い出せなくなっていた。

私は誰だ? 此処は何処だ? 何故こんな所にいるのだ?

そんな明滅するように浮ぶ正常な思考も、
河に浮かぶ木の葉のように快と悦に押し流されまともな考えにならない。

ついっ と彼女の椅子に寄り添っていたもう一本の脚が上がる。
それは私の眼前に無造作に差し出された。
言葉は無かったが、私はその意図を察して歓喜した。

美しくぷっくりとした足先の指に私はしゃぶりついた。
幼子が母の乳房を口に含むように、口に含んで舐めしゃぶった。
足の甲にキスをし、脛やふくらはぎを舐め、
その白く美しい足を掌と舌であますことなく堪能した。

その私の行動に対し、彼女は満足そうに微笑むと足の刺激をより強くしてくれた。
犬の様に膝を折り、這い蹲って足蹴にされながら脚を舐める。
私は彼女に隷属しきっていた。だが隷属することは喜びだ。
私にとって彼女に隷属する事が生きる意味であり全てなのだ。
それでいい それがいい ああっ!
また自身の浅ましい欲望が噴出す。先程よりさらに量も快楽も増えていく。

彼女が何処から出したのか一杯のグラスをその手にしていた。
それはわざと傾けられ、彼女の膝へと注がれた。
ワインであろうか? 白く美しい脚を伝う紅い酒。
私はそれを彼女の足ごと舐めて啜った。

酷く甘い、強いアルコールを煽ったようにカッと喉と体が火照る。

ずずっ ずじゅずじゅっ ずろろろろおろっ!!

私は下品な音を立てながら、無我夢中で足と液体を啜る。
その液体の効果なのか体は火照りと共に感覚が研ぎ澄まされ、
より彼女の足が感じられる、足裏で肉棒の周囲をなぞられただけで達してしまうほどに。
それとは逆に脳裏は酩酊し天上知らずの快と悦で満たされていく。

「お願いがあります。」
意味のある言葉を聞いたのは随分と久しぶりの気がする。
ああ、お願いとは何であろうか、
しかしそれがなんであろうと、従うしかないのだ。

この方への隷属こそ私の存在理由なのだから。
変らず差し出される指を啜り、言葉と共に私を優しく踏んで下さるお方の言葉を私は待ちわびた。


永劫とも言える暖かな闇の中で、男が背徳的な快楽に溺れている間。
現実では別の光景が展開されていた。
男の体は触手に巻きつかれ、その股間にも触手が取り付き快楽を与えている。
そして男は涙ながらに笑いながら目の前に差し出された触手を抱え、
舐めしゃぶっていた。触手から染み出す甘い粘液を啜りながら・・・
体感として男がどれほど悦楽の沼に使っていたかは彼のみぞ知るところだが、
実時間として彼が正気を失い隷属するのに十秒と掛からなかった。

触手は増え、手駒となる船員も増え、フランツィスカによる堕落は船内に広がっていく。


――― さらにさらに数分後における、唯一被害のない4号艦レッドウイング艦内の様子。


「旗艦アトラゴンからの連絡は途絶、現在我が艦は攻撃を受けています。」
「くそ、一体相手は何処のどいつだ。あの三匹の魔物のうちの何れかか?」
「いえ、いえ・・・信じられません。
現在攻撃をしているのは2号艦ファルコンと3号艦エンタープライズです。」
「気でも違ったか。螺旋衝角まで出して完全にこちらを沈めるつもりの構えだぞ。」
「右舷より突っ込んできます。回避できません。!!」

直後、大きな揺れがレッドウイング全体を襲う。
螺旋状に溝を掘られ、さらに内部機関によって回転する円錐。
それが螺旋衝角である。普通の船の船首と違い、普段は装甲内に格納されており。
必要なときのみ飛び出す仕組みのそれが4号艦の装甲を食いちぎった。

「状況をしらせっ!」
「魔力機関、電気機関、共に無傷です。航行に異常はありません。
ただ外壁に大穴を開けられました。戦闘の続行は不可能と思われます。」
「仕方ない。本艦は独自の判断で急速離脱を図る。
このいまいましい砂塵より脱出するのが何より先決だ。」

「迷いの無い引きっぷり、良い判断だな。
だが残念ながら一手遅い、もう脱出不可能だ。」

4号艦の艦長であるエドワード=ジュラルダインは、
咄嗟に腰に差してあった二本の短刀で声の主に高速の斬撃を抜き放つ。彼も当然勇者である。

何時の間にか操舵室に現れた声の主である長身でばさばさのポニーテールをした女性は、
上と横薙ぎの同時の攻撃、地面とあわせて逃げ場所の無いその攻撃をそのまま受け止めた。
室内に鈍い金属音が大きく響き渡る。

「何?!」
「いっで〜〜。」

女性の肩から先は鋼に変じ、さらに盾のように砂鉄を固めて腕に付けていた。
刑部狸であるシュカ、彼女は相方であるノームの土の力をその身に宿す事で、
全身を高速かつ低コストで鋼に変化させる事が出来るのである。

エドワードのとっさの抜き打ちはそんな彼女の防御をあわや突破しかける。
だが、操舵室で本気で暴れれば周囲の人や計器に被害が出かねない。
そんな一瞬の迷いが彼の攻撃を鈍らせていた。

「面白い術の使い手だな。だが次は本気で行く。もう受けられるなどと思うなよ。」

そんなエドワードの言葉にうれしそうにシュカは応える。
「強いなあんた。是非こんなせまっくるしいところじゃなく、
もっと広い所で手合わせしたいところだけどな、今はこっちも急ぎなんでな、すまない。」
「何だと?」

すまなそうに頭を下げるシュカ、するとそれを合図に扉が開き、
大量の砂鉄が踊りこんで操舵室をあっという間に飲み込んでしまった。
操舵室でただ一人だけ砂鉄を操作して無事に済んだシュカは呟いた。

「作戦成功だ。それじゃあ仕上げに掛かるとするかね。」


――― そして現在、魔物サイド


魔物側の作戦、それはまず指令塔である旗艦と各艦との分断である。
大量の砂鉄による目潰し、そうすることで周囲への広範囲攻撃である雷撃を誘発する。
その準備動作である電導液弾の射出、これこそが狙いである。

砂鉄でその蓋を固定し、さらに砂鉄内部のことは把握できるシュカに導かれ、
フランツィスカの触手をその穴から艦内へと侵入させ、
隣り合った二つの飛空艇を電撃的に占領する。
それと同時に旗艦を乙姫に抑えさえることで状況の把握を遅れさせる。

旗艦の特定は通信時の魔力の流れを可視化していたサプリエートが特定していた。
どの艦から指令が発せられ、どの艦へ報告が集中しているか、
遠見の魔法での映像から彼女にとっては一目瞭然の状態であったからである。

そして制御下に置いた二つの船で残り一つの艦を攻撃し、外壁に穴を開ける。
内部の順路は蓋から侵入した砂鉄によってシュカには把握済みであったので、
一気に開いた穴より津波のように艦内に砂鉄を進撃させ、
反撃を許さずに四つの飛空艇を無力化したのである。

「重いわ〜。」
「まったくですわ。」
「オーライオーライ、そのままゆっくり。」

霧のように広げていた砂鉄をまとめ、それをクッション代わりとするため地面に山を作るシュカ。
そしてそれに不時着する旗艦と巻きついたままの乙姫。
フランツィスカも2号の船員にお願いしで4号を下から支え、
さらに3号からフランツィスカ自身の大量の触手で吊り下げて、
残り3つの艦を半ば墜落じみた形で無事に着陸させた。

中の乗員を殺さずに4つの飛空艇を無力化するという難題を、
急造とは思えぬチームワークで彼女達は成し遂げたのである。

13/06/01 14:40更新 / 430
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■作者メッセージ
もうエロは無いと前に言ったが、スマン、ありゃウソだった。

というかすっかり月間ペースですよ。
ちゃうねん、今期のアニメが豊作すぎるねん。

ってことで残りはシェムハとベルセルクの二つ。
となります。トリのデルエラ様戦は少し長くなりそうなんで、
次はシェムハとベルセルクの序盤とかになるかしら。

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