連載小説
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エピソード4、戦火を交えて
レギウス軍

巨大な氷の塊となってしまったエリザベスを尻目に、
レギウス軍は進軍を再開しようとしていた。
だがそんな彼らの前にエリザベスの夫であるロワが立ちふさがる。

「よくもエリザベスを! 許さない。」
「許さなければどうする少年。
おっと、それとも見た目に反してご年配の方なのかな?
どちらにせよ貴様に我らは止められぬ。
退け、無駄な殺生は好かんが、抜くというなら容赦せんぞ。」

部隊長のヴィクトールはロワの腰に差している物を指差してそう言った。

「やめましょう。」
「そうじゃそうじゃ、どうもこやつは見た目どおりの子供らしい。
御主も子供を殺して貰った勲章なぞ欲しくあるまい。」

ヴィクトールの両サイドにいた精霊もどきの二人がそう進言する。
それを聞き、ヴィクトールは殺気を治める。
「違いない。子供とはいえ戦場に出た以上戦士として扱うが礼儀と思ったが、
大人げなかったかもしれんな。少年、くやしいかろうが此処で友軍を待つが良い。
我らは進ませてもらう。エリザベスとやらの意思を無駄にするな。」

「くそっ・・・」
ロワは大地に握った両手を叩きつけてポロポロと涙をこぼした。
だが自分が凍る前に救ってくれたエリザベスの行為を無駄にするな。
そう言われ彼はどうしてよいか判らなくなってしまい動けなかった。

そんなロワを横目に隊列を整えたレギウス軍は進撃を開始・・・
しようとして再びその歩みを止められた。

先頭のヴィクトールと精霊もどきの二人が空を見つめる。
「来るな。」
「これは・・・」
「強いのが二・・・いや六? 一人超ド級の魔力の持ち主がおるな。」

まず最初に、カラステングに運ばれ一人の騎士がその場に舞い降りた。
騎士は巨大な氷塊となったクイーンスライムの上に着地すると剣を抜き上段に構えをとった。
呼吸にして3つほど、構えたまま静止していた騎士は、
シャンッ と傍目には軽く剣を振り落ろしたように見えた。

だが、変化は劇的であった。瞬く間に氷にひびが広がり粉々に氷は砕け散った。

「む?!」
「なんと・・・」

一瞬、騎士が凍らされたクイーンスライムを砕いたかのように見えた。
しかし砕け散ったのは氷だけで、そこにはクイーンスライムの巨体が傷一つつかずにあった。
その騎士は凍らされた物体を傷一つつけず、氷だけを斬って捨てたのである。

「な・・・何をした?」
ヴィクトールはその怪現象に対し口をアングリ開けて度肝を抜かれていた。

対し精霊もどきの二人は理解があるのか多少落ち着いている。
「恐らくですが、氷ではなく魔力そのものを断ったのではないかと。」
「この世界、そして魔法の根幹である魔力そのものに干渉する剣
・・・それで凍らせるという術式そのものを無力化したんじゃろうな。
理屈は判らんでもないが、剣でそれを実践するとは。」

「礼を言います。スクナ殿。」
「礼には及びません。こちらこそ遅れてすみません。」
動けるようになったクイーンスライムはその体を伸ばし、騎士を地面のレギウス軍の前に降ろした。

「エリザベス!」
「よくご無事で、我が君。」
ロワは走るとエリザベスの体にダイブした。
エリザベスもそれを受け入れ内部で愛しい人をいっぱいに感じる。

そんな二人を尻目に、騎士はレギウス軍に向き対峙する。
白を基調とした荘厳とさえ感じられる意匠の鎧に身を包み、
鎧の胸元の形状と兜からこぼれるサラサラの髪から女性とわかる。
騎士は兜のフェイスガードを上げるとその端麗な美貌を晒した。

「これ以上此処にいるのは無粋というもの、戦場を移したいが構いませんか?」
「出会って第一声で戦場で敵に願いを請うのか?
せめて名乗りを上げてからにしてはどうかなレディ。」
ヴィクトールは現れた女性騎士に対してからかい気味にそのようなことを言った。

「これは失礼を・・・元魔王軍騎士団、デュラハンのスクナだ。」
「レギウス国軍、魔界侵攻部隊長のヴィクトールだ。元か・・・召集されたので?」
「ああそうだ。とっくに剣を置き引退した身だったが、そうも言ってられなくなったのでな。」
「それで、何故戦場を移すなどというのだ。
此処でやればあの復活したクイーンスライムも戦力に数えられるだろうに。」
「彼女はすでに負けているし立派に勤めを果した。
これからは貴行らの相手は我々が勤めさせてもらう。
そっちにとっても先に進め敵の戦力も減る。悪い話ではなかろう?」
「我々がそれを受けると?」
「ああ、ロワ殿に手を上げようとしなかった貴殿らなら、
この提案受けてもらえると確信している。」
「・・・良いだろう。戦意の無い相手を討つなどレギウス魂に悖る。」
「それでは彼女も来たことだし。この森を抜けたところで再戦といこうか。」

そう言ってスクナが振り向いて上を見た。
そこには黒くどろりとした球状の塊が浮び、その上には眼鏡をかけた長髪の女性が腰掛けていた。
伏目がちの目と陰のある美貌だが、対照的に覗く胸元は大きくシャツを押し上げ、
また肉付きの良い太ももやへそを晒した地味に露出の多い格好をした美人である。

さらに周囲にはカラフルな4つの色彩を持った美女がその黒い紋様の入った裸身を晒している。
闇精霊となったウンディーネ、イグニス、シルフ、ノームである。

「これはこれは・・・とんだ有名人の御登場ですね。」
「成る程、超ド級なはずじゃあ。」
精霊もどきの二人はその登場した女性に対し、敬意さえ感じさせる口調で言った。

「・・・て・・・か・・・」
「ん?」
「なんじゃあ?」
その女性は口を開けると言葉を発した。だが声量は小さく彼らの耳にまでは通らない。
それを見ると呆れた様にシルフがため息をついた。

(聞こえる?)
音を使った会話ではなく、魔力を介した念話のようなもの。
特に精霊とその主人が意思を通じ合うのに多用する代物で、
彼女は精霊もどき二人に話しかけてきた。

「ええ、よく聞こえますよ。」
「こっちも問題なしじゃあ。」
(ごめんねえ、うちのマスターいい年こいて紙以外と話すのが駄目駄目で。
此処からは私が通訳になるから大丈夫だよ。
そんでねえ、マスターが私の事しってるんですか? ってさ。)
「ははは、精霊使いで貴方の名を知らない者などいませんよ。
魔界学者、サプリエート=スピリカ女史。」
「女史のユニークな書籍や論文は拝見させてもらっとるぞ。
まあ厳密には我らは精霊使いではないがなあ。」
(教団側の精霊大国であるレギウスの赤青(ファイアー&アイス)
として名高いお二人の噂は聞いていましたが、
改めてこうして見るまで信じられませんでした。精霊とその身を一つに融合するなど。)
「貴方がそれをいいますか。我々のアーキタイプとでも言うべき方が・・・
それに精霊大国? 謙遜を、本場のポローヴェに比べれば我々の研究など児戯ですよ。」
「教団の連中は精霊の強力な力を軍事利用しようとするくせに、
闇精霊や魔精霊を魔物と称する一派の多いめんどい連中だしなあ。
この精霊と融合する技術、融合者=スピリタスもそんな縛りで生まれた代物ってわけよ。」

傍から見たら一方的に精霊もどきの二人が喋っているようにしか見えないが、
彼らは森を抜けるまで、饒舌に語り合った。

「――― ですからね。闇精霊はどう考えても魔物だし交わるのは不浄、
だから駄目だなんて教団上層部が言うんです。
頭を抱えましたよ。闇精霊使いに純精霊や魔精霊で勝てるわけない。なのにそれをやれという。」
「でまあ考えた結果、術者と精霊の繋がりの深さが精霊魔法の強さを決める事、
そして闇の精霊であるとされるダークマターに取り込まれて尚、
己を失わなかったサプリエート女史の存在がヒントとなり、
精霊と融合するという案が生まれたわけじゃあ。
もっとも実用に至るまで随分と時間も掛かったがなあ。」
(成る程、闇精霊や魔精霊との交わりが禁じられたために、
我々とは違うアプローチにならざるを得なかったわけですね。
セックスでなく融合によって精霊に精を供給しているのですか?
それに使役が駄目で融合がOKというのは理解に苦しみます。ええと―――)

そこまで話してサプリエートは事前に二人が自分を知っていたことにより、
二人の名を聞きそびれているのに気づいた。
二人もそのことに気が付いたのか慌てて名のる。

「すいません。私とした事が、クルーエル=ドゥールです。
相方は見ての通りグラキエスのネージュです。」
(・・・どうも。)

「バスター=ドゥール。こっちが兄で連れはイグニスのシャルルじゃあ。
まあ許せ、こちらとしても有名人にあって浮きあしだっとるわけでなあ。」
(よろしくなあ。)

スピリタスの兄弟と融合している精霊が挨拶してくる。
そしてクルーエルと名乗った方が引き続き話を始める。
「先ほどの質問ですが一つ目はイエス。精の供給は融合によって果されます。
二つ目の問いに関しては私も同意見です。
教団の過激派は基本善悪の判断を人間が行うなど不遜である。
という意見の元、主神そのものの啓示やその教えを認めた聖典の原本。
それに照らして悪か否かを決定します。かなり恣意的な運用ですがね。
其処で思考停止せねば魔物の実情を知ってなお、悪と断ずるのは難しいでしょうから・・・
だから逆にその聖典に載っていない存在、
人間でも精霊(魔物)でもない第三の存在になってしまえば、
彼らにスピリタスを悪と断ずる根拠が一時的とはいえ消滅するわけでして・・・
まったく頭の悪い話です。
まあ何時我らの存在が神によってやっぱり魔物だから駄目、
という話しになるかは判りませんが・・・当面は大丈夫のようですよ。」

彼らは何時の間にか森を抜け、開けた平野に出ていた。
そこでヴィクトールは隊のみなに声を掛ける。
「皆はそこで待て、高位の精霊使い同士の戦いに数を揃えても被害が増すだけだ。
あの二人とスピリカ女史、そして私とスクナ殿で決闘を申し込みたい。
場所を変えるという要求は呑んだのだ。こっちの提案にも同意してもらうぞ。」
「こちらとしてもその方がありがたい。もっとも全員で掛かってきても構わないがな。」
「言ってくれる。」
気負いの無いスクナの言葉に、ヴィクトールはそれが虚勢でも何でもないと理解する。
(見たところ魔界銀でもない剣で、魔術式そのものを断つなどというでたらめ剣術の使い手に、
ただでさえ大物の上に4大闇精霊使いのダークマターか・・・とんだボスラッシュだ。)

ヴィクトールは改めてここが魔王の膝元であるということを実感する。

「では隊長。」
「我々は先に行っとるぞお、相当離れんと巻き込みかねんでな。」

空を飛べる7人はそのまま飛んで先の方へいった。
その場にはレギウス兵とヴィクトール、そしてスクナだけが残った。

「少し準備をさせて貰って良いかね?」
「どうぞ。」
ヴィクトールはマントや華美な鎧などを捨て、最低限の装備以外は捨てる。
重たげなそれらを捨て身軽になる事を取ったようである。

「では尋常に・・・」
「赤い踊り子(レッドシューズ)、シャルウィダンス。」

剣を抜く両者、そしてヴィクトールはその肉体に紅い光で紋様が浮かび上がる。

「ふむ、見た所、肉体強化系の呪文をルーンにしたもの。
攻撃強化、防御強化、速度強化を全て一瞬で施せるのか・・・」
「気づいたのがそれだけなら50点、半分だけだな正解は。」
「ほう・・・なら後はこっちで問うとしよう。」

スクナは抜いた剣を構える。ヴィクトールも同様だ。
だが共に熟練した戦士である二人の抱いた感想にはズレがあった。

(中々の戦士だ。しかし私とやり合うには少々レベルが不足している。
肉体強化呪文が施されているとして、それでも私の方が上だろう。)
(やはり・・・先程の一撃を見て判っていたが、完全に格上だな・・・
こちらの力もほぼ測られていると考えていいだろう。だったらいけるぜっ!)

両者は互いのおおよその実力の差を目の当たりにし、それぞれ想いを固める。
動かないスクナに対し、ヴィクトールはジリジリと間合いを詰めていく。
レギウス兵達は瞬きすら許されず。二人の動向を息を呑んで見守っていた。
動かなくなった両者、風さえ吹かない死んだ森と平野、時さえ止まり静寂が響く。

その均衡は、突如遠方から届いた爆音と暴風が一瞬で攫っていった。
一足先にドゥール兄弟とサプリエート達の戦いが始まったらしい。
兵達は遠方で閃く紅い爆発と風に目を細める。

対してヴィクトールはそれをゴング代わりに大地を蹴っていた。
引き絞った筋肉はまるで引かれて放たれた弓の弦だ。
彼の体は一本の赤い矢となりスクナに迫る。兵達には消えたようにしか見えない。

シャリンッ と響く刹那の剣戟、
ヴィクトールの一撃をかろうじていなしたスクナは目を見開いた。
(早い! それに重い・・・強化したとはいえこれ程の?!)
(流石に対応した。 だがここから!)

ヴィクトールは引かず、更に踏み込んで互いに必殺の間合いで次の一撃を放つ。

ヴィクトールの能力、それは肉体強化ではない。
彼の勇者としての能力、それは超回復である。
一瞬で首を飛ばされれば死ぬが、
もし首の皮一枚繋がっていればそこからくっ付き動き続けられる程の代物である。
そこから付けられた彼のあだ名は 饒舌な死人(アンデッド)、
という彼にしてみれば不名誉なものであった。

最初は不死身、無敵じゃね?! 
などと喜び勇んだヴィクトールだが、すぐに己の間違いに気づく。
現魔王時代以降、サキュバスの寝技を初めとし、
魔物は暴力ではなく快楽で相手を制するものが飛躍的に増え、
殺さずに相手を無力化する方法の研究もそれに伴い進んでいた。
言ってしまえば、少々乱暴に扱っても壊れない彼は餌もいいところなのである。

そんな自分の窮状を自覚した後、
ヴィクトールは必死に己の能力を活かす術を模索した。
その結果行き着いた力、それが呪いと肉体改造である。

常人には耐えられぬ改造も、肉体を破壊する呪いの力も回復で相殺出来る。
それにより彼はレベル以上の強力な身体能力を手にする事に成功した。

レッドシューズ、それは呪いの靴で踊り続けた少女の寓話より名づけられた能力である。
呪文による肉体強化は、当然ながら限界がある。
肉体強度を大幅に越える強化は、力であれ速度であれ肉体を破壊してしまうからである。
だが、普通の強化呪文を遥かに超える能力上昇をヴィクトールの呪いのルーンは彼に授ける。

一撃ごとに筋や腱、骨を壊し、それを再生しながら彼は戦う。
当然、使用中の痛みはカットされる仕組みになっている。
そしてもう一つの肉体改造、彼の体には一部仕込がされていた。

彼の右肩の骨にはボルトが打たれ、其処から伸びた伸縮性の硬質ゴムは、
腕を通り同様に手首の下の骨のボルトに繋がっている。
そして肘、其処には彼の魔力に反応して起爆する札が埋まっていた。

それより導き出される攻撃、
それは限界まで加速した踏み込み+捨て身で放たれる最速の突き+爆発し射出される腕。
三つの速度を上乗せし射程まで延ばした限界突破の突きである。

千切れ飛んだ腕はゴムの伸縮性で戻りまた回復でくっつく。
一度使えばその度に手術で仕込みをせねばならないが、
その一突きの攻撃力は格上相手にも十分通用する必殺技なのである。

初見故、スクナは二つの読み間違いをした。
一つはヴィクトールの身体能力の限界を読み違え初撃への対処が遅れたこと、
そして其処から更に捨て身で踏み込んで放たれた必殺の一撃は、
速度間合い共にスクナの二度目の読みを越えてきた。

ヴィクトールの剣は狙い違わずにスクナの心臓目掛けて飛んだ。
完全に間合いの中、仮にどちらかに避けても鎖鎌の要領で軌道の修正が出来るこの突き。
スクナの心臓を逃さずに伸びて来る一撃、スクナに避ける術は無かった。

そう出来ない、避けることは・・・
二本の剣閃が交差する。

「ぐぅ・・・そんな・・・」
「ふぅっふぅっ・・・ふ〜〜。」

見守るレギウス兵達の目に映った光景、
それは片膝を付き肩を抑えるスクナと
呆然と立ち尽くすヴィクトールの姿だった。

「どうして・・・気づいた。」
ヴィクトールはぶつぶつと呟く。
それに対しスクナは立ち上がり答える。

「気づいてはいません。裏をかかれました。
成る程、再生能力を持っているわけですね。
あの想定外の動きにも二撃目の仕掛けにも得心が行きました。」
「裏を掛かれただと、ではなぜ・・・何故あれに反応できた!!」

ヴィクトールの突きに対し、
まるでその切先に吸い付くような軌道でスクナは横薙ぎの一撃を放った。
スクナの剣はヴィクトールの突きをその刀剣ごと横一文字に断ち切った。
その際に切れた剣の片方は上へ抜け、もう片方はスクナの左肩を鎧ごと切り裂いた。
ヴィクトールの右腕も剣と一緒に切り裂けたが、それは彼の超回復が修復した。

そうして場には左肩に裂傷を負ったスクナと、
無傷だが剣を竹を割ったように二分割されたヴィクトールが残った。

超高速の突きの切先に刃筋を合わせ、
さらに剣を真っ二つにするという神技でスクナは不可避の攻撃を回避した。

スクナは虚を突かれた、その言葉に嘘は無い。
だがヴィクトールの二撃目の構えに若干の違和感を感じたのは事実である。
ヴィクトールの構えは形としてはオーソドックスなもので、
さらに彼は右利きであることは判っていた。
であるのに彼の突きは左手は添えるだけで逆に右手は痛いくらいに強く握られていた。
普通は逆であるその握り、さらに攻撃前とは普通体を弛緩させるもの、
必要以上の握りは攻撃を硬く遅くする。
そんな二つの小さな違和感が漠と彼女の頭に引っかかったのである。

そして彼女の積み重ねた百戦錬磨の戦闘経験が、磨かれ刻まれた体が、
その漠然とした彼女の違和感に対し、もはや反射のレベルで最適解を叩き出す。
避すな! 全力で迎撃せよ!! と・・・

「何故反応できたか・・・ですか、まあ経験値の差ですかね。
これでも昔は魔界の闘技場で花形選手もやってたんですよ。
もっとも夫と一緒になることになって魔王軍も辞め、
それ以来は一度も出ていませんけどね。」
「経験の差・・・経験であんなことが出来るというのか・・・」
「元勇者や魔法使い、形も戦法も様々な魔物相手の試合、
見取り稽古も含め、それによって積まれる経験値は馬鹿に出来ないんですよ。
もっとも私の腕とこの剣あっての攻略法ではありましたが。」

ヴィクトールはそれを聞き肩を落とした。
「・・・降参だ。勝筋は・・・さっきの一撃で決める。
それしかなかったのにそれをこうも完全に返されてはな・・・やはり格が違ったということか。」
「いいえ、久しぶりに剣を握り、他者と対峙することの楽しさを感じさせてもらいました。
格が違うだなんて言わないで下さい。」

剣を収め、笑顔で握手を求めるスクナに対し、
ヴィクトールはかぶりを振ってそれを拒否した。
スクナは残念そうに手をブラブラするとため息をついて、
精霊達がダンスを踊る空域にその視線を移した。


※※※


独立傭兵部隊ジラルダン

ヴェレーノはレンズ越しに戦場の様子を見て次の獲物を物色していた。
そんな彼の視界に紅い魔界の月を背にして浮ぶ影が5つ。
方角からして魔王城からの増援であろう。
彼はレンズの数と形をより遠距離向けに調節し相手の特定を急いだ。

(ワーバットが一匹、カラステングにぶら下がってくる奴が二匹、
おそらくサキュバスの子供が二匹。
直接カラステングの脚にぶら下がっている奴は・・・ワーウルフか、
もう一匹のカラステングの下には吊り下げられてるのはケンタウロス・・・む?)

ケンタウロスと言えば弓の名手が多い種族、
ヴェレーノは最初そっちが対自分用の戦士かと疑ったが、
どうもそのケンタウロスは弓も矢も持っていない。
長い黒髪をポニーテールにし、白衣を羽織った人間の上半身、
そして下半身の馬体の両側にバッグを下げているようだが、とても弓が入るサイズではない。

そして反対にワーウルフの方は大仰な黒い弓を携えていた。
その異形はまるで大きな黒い猛獣の顎のようである。
長い若草のような緑の髪をツインテールにしている黒毛のワーウルフだ。

(弓兵のワーウルフとは珍しい・・・奴らは耳も鼻もきく、注意せねばな。
サキュバスの方は・・・あの服の十字から判断するに露出が高いが修道服か?
とするとダークプリースト、とはいえ使用する毒に変更は無い。
俺の毒がすぐに解毒出来ようはずも無いが、補助系の魔法は厄介か・・・早めにご退場願おう。)

ヴェレーノは矢にシルフの力を纏わせる。
空気抵抗をゼロにしてより飛距離を伸ばすと同時に遠距離の狙撃精度も上げる術だ。
キリキリと引き絞られる弦、たまった力は一本の矢に載って放たれ、
狙い違わず真っ直ぐ目標へ飛んだ。

「危ないっ!!」
ワーバットがダークプリーストの幼女の前に飛び出すと前方に大きく口を開ける。

ィィィィィィィッィィィィィイイイ 人間の可聴域を越えた。
だが大出力かつ強い指向性を持った超音波が彼女の口から放たれる。
それは不可視の壁となりヴェレーノの矢の軌道をひん曲げる。

「おおぅ。ちょっと〜〜。」
「叫ぶなら事前に言ってくれないかね。ミス・ビエンフー」
「耳がきーんってするよ〜」
「うう、気持悪い。」
人間には聞こえなくとも魔物の娘らにはしっかりと聞こえる音、
それは彼女たちにとっても健やかな代物ではなかったらしい。
特にワーウルフの少女などは耳をパタンと頭に付けてなお顔を歪めている。

避難轟々の状態のミス・ビエンフーは心外だとばかりに剥れる。
「助けたのに・・・助けたのに・・・助けたのに・・・」
ぶつぶつと落ち込み始め顔を落とすミス・ビエンフー。

それを見ても何時もの事と他のみなは気にも留めない。
助けられた幼女だけは悪いと思ったのか、後ろからおずおずと礼を言った。
「た・・・助けてくれてありがとうおねえちゃん。」
「あっ・・・」
ケンタウロスの女性がかわいそうな者を見る目で幼女を見た。

「おねえちゃん発言 キタ━(゚∀゚)━! 
ツルペタぷにーなスケスケ修道服の幼女から・・・幼女からっ!!
おうふっ・・・クヌルプゥ・・・
あ、あと四半世紀はこれだけで白ザーメン何杯でも余裕。 」
ミス・ビエンフーはいきなりローからトップギアなテンションで身悶えしだした。

声を掛けたダークプリーストはそのあまりの転換っぷりと勢いにびびり気味に引く。
彼女の性癖を知っているケンタウロスとワーウルフは関わらぬが吉とシカトを決め込んでいる。

「(*´Д`)ハァハァ ワンモアセッ! お・ね・え・ちゃ・ん!! さんっ はいっ!!!」
詰め寄りながらお姉ちゃんコールをせがむミス・ビエンフーの剣幕に幼女は涙目だ。

流石に放っておくのも不味いと思い始めたのか、
ケンタウロスの女性はワーウルフの少女に目配せした
(プリメーラ君。このロリータレズビアンを黙らせたまえ。)
(何でアタシが、いやよ。ドクトリーヌ、あんたがやりなさいよ。医者でしょ?)
(あいにく脳の病は専門外だ。彼女は君の妹分でもあるのだろう?)
(そ・・・それは・・・)

二人は一瞬の目配せだけで非常に高度なコミュニケーションをかわす。
それはさながら達人どうしが試合中に、
引き伸ばされた時間の中で無言のうちに幾百の言葉をかわすという、
とある特異な現象に似てるような似てないような。

兎に角、プリメーラにとっても彼女達は家族、そう言われると弱い。
彼女はその生まれから両親以外からは迫害され育った。
とある男性に出会うまではその日々は続いた。
その育ちゆえに、彼女にとって家族という言葉は特別だ。
一般的な家庭や家族が抱く以上の執着と愛情を其処に込めている。

そのダークプリーストの少女と幼女は血の繋がりこそないが、
自分に良くしてくれたサーシャの妹分であり、
彼女の最愛の人にとっての大切な人の一人であり、
今となっては自分にとっても妹分の一人なのだ。
そんな妹分のため、彼女はカレー味のうんことうんこ味のカレー、
どっちか選ばねばいけない状況のような顔をしつつ言葉を差し挟んだ。

「ちょっと、ミス・ビエンフー。助けてくれた事には素直に礼を言うけど、
うちの妹分を怖がらせないでくれる? これ以上泣かすならそのお尻に一発ぶち込むわよ。」
「涙? なんと! 幼女の涙プライスレス! prprしてえ〜、
ホッペを伝う所をいっしょにprprしてえ〜〜。のわっ?!」

無言で放たれる矢をひらりとかわすミス・ビエンフー。
プリメーラは路傍の生ゴミを見るような目でミス・ビエンフーを見ていた。
「ちっ。外したか、金輪際近づくな変態が。ショタだけならまだしもレズビアンとかマジ引くわ。」
「ノン! アイムノットレズビアン。別に性的対象として見てないよ。
これは・・・そうあれだ。甘いものは別腹、二次元と三次元の非混同。
それはそれ、これはこれ、見たいなものだよ。
私は男とやる一方で幼い美も愛でる。ただそれだk のわわっ。」

「言いたいことはそれだけか変態。まだあるならもう黙れ。」
再び飛んでくる矢、プリメーラの目がもはや殺気と敵意しか映してないのを見て取ったのか、
流石にミス・ビエンフーもお口チャックマンに成らざるを得ない。

「あの〜〜。」
「そろそろ二人を降ろして仕事に戻っても?」
運搬係をしているカラステング二人がおずおずと口を挟んでくる。


(何をしている? 仲間に弓を射っているのか・・・戦場でじゃれあうその傲慢。
精々利用させてもらうとしよう。とはいえ俺の矢を完全に見切っていたなあのワーバッド。
蝙蝠・・・音か。成る程厄介だな。さてさて・・・どうしたものか。)

蝙蝠は暗闇でも自身から超音波を発し、その反響によって周囲の状況を知覚できる。
その精度は高く水面下の魚を捕らえる種までいるほどだ。
ワーバッドのミス・ビエンフーにも当然その機能は備わっている。
ただの動物の蝙蝠よりも遥かに強力な代物で、
洞窟や建物で使えば入り口から中の構造や動植物の数まで全て把握可能なほどだ。
開けた場所でも自身の周囲に常にレーダーを張っているようなもので、
飛んでくる矢なぞ当たるはずもない。勿論光学的な探査ではないので透明な矢も丸見えだ。

プリメーラ達は戦場に降り立つ。
「撃ってこなかったわね。」
「無駄に撃てば位置がわれるもの。私の能力に気づいたってことね。
まあいいわ、撃ってくる方角は大体わかったし、
例え隠れていてもある程度近づけば私の探査に引っかかる。」

「撃ってこないか、では当初の予定通り、見えない矢の使い手はミス・ビエンフーが抑える。
それ以外の有象無象はプリメーラ君が一人で担当する。そして我々医療班が魔物達を治療。
この分担で行こう。幸運な事に彼らは毒矢に倒れた魔物達を一人も殺傷していない。」

ケンタウロスの言葉に魔物達は頷き、行動を開始した。

ジラルダン、彼らは毒矢に倒れた相手に決して止めを刺さない。
それは博愛主義でもなんでもなく、
ヴェレーノの毒に対する信頼の高さゆえである。
毒矢に倒れた相手はほっといても死ぬ。
それどころかほっておけばそれらの動く死人を救出しようと、
さらなる敵が誘われ隙をつくるのだ。
そんな冷徹かつ合理的ともいえる彼らの戦略が今回は裏目に出た。

(なん・・・だと・・・?!)
ヴェレーノは驚愕していた。

白衣を羽織る黒髪ポニーテールのケンタウロス、
彼女は自身の鞄から様々な草や粉末、液体を取り出すと、
種族ごとに使用されている毒を瞬く間に特定し解毒していった。

そして魔物達は二人のダークプリーストに回復魔法を施されると、
打って変わってぴんぴんした状態で前線から離脱していった。

「お姉ちゃん凄い。あっというまにみんな治してる。」
「うんうん、解毒ってすごく回復でも難しいのに。」
「ははは、これでも魔物相手の医者をして長いからね。
だけど相手のほうにこそ私は感心するよ。
一生の短くかよわい人間の身でありながら、
これ程の魔物に対する毒の知見を得るには、
いったいどれだけの犠牲と年月を費やした事か。
まさに執念、恐ろしい相手だよ。」

毒を解毒される。今まで無かった事態にジラルダンの足並みは乱れる。
だが、そうとなれば動けない魔物を生かしておく理由がない。
彼らは個別にそう判断し、近くの魔物達をその手に掛けようとした。

「そこっ!」
黒光りする矢が飛来して傭兵達を貫いていく。
プリメーラであった。
平原を疾駆し、または踊るように飛び跳ねて彼女は動き続ける。
ジラルダンの弓兵達でもその動きは捕らえきれず。
機動力の違いから近接戦も挑めない。

ワーウルフの脚力をいかし自らが囮として敵の射程に身を晒す、
舞うように回避行動を取りながらも、
プリメーラの魔力を固めて形成された矢は正確にジラルダンを射抜いていく。

魔力が続く限り費えぬ矢が次々に彼女の掌から作り出され、
高速の回避行動の最中にもつがわれ弦から放たれる。
しかも魔物に留めを刺そうとした者から優先して狙われた。

射られた傭兵達は、濃密な甘い魔力によって人の身には余るほどの快楽を叩き込まれ、
大量の射精をしながらその場で昏倒していった。
高速で動き回る黒い射手に対しジラルダンは打つ手が無く、
ほぼ戦況は一方的であった。だがヴェレーノはそんな状態でも戦いを諦めない。

(一族が幾億の時と犠牲払い開発した毒は解毒され、自慢の部下達は壊滅寸前。
もはや部隊としても体を成さない状態だ。もう我々は終わりだな。
だが見ていろ、たとえ最後の一人になってもこの屈辱をそそぐ、
必ず貴様らに一泡吹かせてやるぞ。)

ミス・ビエンフーは超音波を照射しながらゆっくり飛行し、
茂みや藪などを一つ一つ探査しつぶしていった。
その位置は前線よりだいぶ奥、ヴェレーノの潜んでいる地点までもう目前であった。

そんな彼女に対し一本の矢が飛来する、だが当然ひらりとかわされてしまう。
「無駄無駄、良い腕だけど当たらないよ。」

だが彼女を狙った矢は矢継ぎ早に飛んできて彼女を狙う。
「ハハハ、本当に言い腕だ。
だが普通の矢の使い手は私の担当じゃないのでね。君を相手にしてる暇は無いよ。」

そうして何発か普通の矢が彼女を狙って放たれ続けたその中に、
不可視の矢が混じって彼女を狙ってきた。
彼女の音響索敵は反響から対象の素材まで判別可能である。

「随分と焦らすじゃないか。だが見つけたぞ!」
彼女は透明の矢さえ悠々と回避し、逆にその射角から射手の潜む場所を割り出した。
急降下して一気に林に突っ込むミス・ビエンフー。

「むっ?!」
だが姿が無い。林の中にはいるはずの射手の姿が・・・
ミス・ビエンフーは再び音波を発して反響で林の中の様子を探る。

「いない・・・誰も・・・どうして・・・ん?」
そこには人っ子一人いない、だが不可思議な物を見つける。
縄と弓矢がセットされていて、縄を切ると矢が放たれる仕組みが二つある。

空に向けた一つはすでに使用されていて、
大地に向けているもう一つは未使用のままである。
そして近くには木に吊り下げられた別の物が一つ、
それは縁日などで使われる爆竹のようなものであった。

ボゥッ 突如爆竹の導火線に火が燈る。
そして調合された特殊火薬による閃光とけたたましい爆音が次々に鳴り響く。
耳の良いミス・ビエンフーに取ってはその音は苦痛でさえあり、
彼女にとってスタングレネードを使用されたに等しかった。

ストッ あまりにもあっさりと、彼女の胸にヴェレーノの毒矢が刺さる。
その矢は先ほどから彼女に普通の矢で攻撃し続けていた者のいる、
隣の雑木林から放たれていた。

「そ・・・そんな・・・」
舌が痺れ、体が痺れ、ミス・ビエンフーは立っていられなくなる。

4大精霊使いであるヴェレーノの火の使い道、
それは事前にマークしておいた特定の場所に好きなタイミングで火種を入れられることである。
その火力はとても戦闘で使用できる物ではないが、距離と数はそれなりのものである。

彼は普通の矢を使い、彼女を事前にセットしておいたガラスの矢の発射装置の弾道まで誘導し、
絶妙のタイミングで火をいれ縄を切り、彼女に透明な矢の射手がいる場所を誤認させたのだ。
地上から同じようなタイプの魔物が来ても同様のことが出来るよう仕掛けは二段構えであった。

そして獲物が罠に掛かった一瞬を狙い目と耳を潰して毒矢を射る。
透明な矢を見切られ接近された時のためにヴェレーノが仕掛けておく保険。
それにミス・ビエンフーは見事に引っかかってしまったのである。

「ミス・ビエンフーがやられたわ!」
「何と?!」

ミス・ビエンフーの超音波が途絶え彼女の状態を察したプリメーラ、
彼女はその抜群の聴覚でミス・ビエンフーの超音波が途絶えた位置まで掴んでいた。

「邪魔よ! あんた達!!」
弓兵を全て片付けたプリメーラは脚を止め片手を頭上に掲げる。
黒いドロリとした濃厚な魔力が中空に放出され、直系10m程の球系を形作る。
そして中央に切れ目が入りそれは巨大な一つ目を形成した。
それはデルエラ配下の魔物達が身に纏う紅い目と紫の瞳をしている。

その黒球は引き絞られるように螺旋に捻れ縮んでいく。
そして最後には一本の黒い鏃に目のついた矢となってプリメーラの手に収まった。

「終わりよ。黒陽(ドゥーア・アノル)。」

空に放たれた黒き矢は、中空で破裂し同じ形の数百の矢へと分裂した。
その矢には一本一本目が付いており、
それは空中で獲物を見定めると誘導弾となり飛び交い。
百発百中の精度で傭兵の体に突き刺さった。
残っていたジラルダンの前衛は全てこれにより大地へとその身を横たえる事となった。

弓兵がいた際は被弾の危険があるためやらなかった技だが、
時間を掛けている余裕が無くなった為に一気に片をつける大技を彼女は使った。

ミス・ビエンフーが倒された以上、
解毒役であるドクトリーヌが毒矢で討たれればこちらも詰みだからである。

「ドクトリーヌ、しばらくはその子たちの魔術防壁から出ないで。」
「心得ている。頼んだよ君たち。」
「うん。」
「おねえちゃんはあたし達が守るよ。」

二人のダークプリーストの少女は周囲を魔法でドーム状に覆い、
透明な矢が何処から来ても防げる体制を整えた。

そしてプリメーラはどのタイミングで撃たれようと補足されぬよう、
再び高速で回避行動を取りながら前進し一気にミス・ビエンフーの倒された位置まで前進した。
だが、そこで彼女を待っていたのは意外な光景であった。
雑木林の中から両手を挙げ、その身を包帯で包んだ男が姿を現したからである。
彼の最大の武器である弓すら手放している状態であった。

「・・・あんた。一体どういうつもり。」
「降参だ。もはやこちらに手は無い。降伏しよう。」

あっさりと姿を現したヴェレーノ、プリメーラは疑心の目で相手を睨む。
「信じられないか? 蝙蝠のお嬢さんはあっちだ。」

そう言ってヴェレーノは自分が出てきた雑木林の隣に広がるもう一つの林を指し示し、
プリメーラを案内するかのように先頭に立って歩き始めた。
プリメーラは周囲に気を配りながらヴェレーノの後に付いて行く。

そしてヴェレーノは林の前まで来ると振り向いた。
「さあ、どうする。私が連れてきてもいいが・・・」
「馬鹿言わないで、ミス・ビエンフーを危険に晒すわけにはいかない。私が行く。」
「・・・だろうな。当然の判断だ。」

プリメーラは油断していた。対峙した瞬間、ヴェレーノと自分ではレベルが違いすぎる。
普通に戦っては何回やろうと、こいつは自分には傷一つ付けられない。
そういう力の差を感じ取ってしまい、彼自身に払う注意が欠けていた。

プリメーラは彼に対し背を向け林に入ろうとした。
(甘いな、きさまらは何時もそうだ。)

その瞬間懐から吹き矢を取り出し構えるヴェレーノ。
だが次の瞬間、ヴェレーノの眼前に緑の髪が舞った。
「少し隙を見せたらすぐ釣れるのね。甘いんじゃない?」

後ろを見せ、距離もあった。
だがそんなプリメーラは何時の間にかヴェレーノの眼前に居て、
吹き矢をその手で握り抑えていた。
ただの人間である彼と、歴戦の勇者とも対等以上に渡り合うプリメーラでは、
基本的な身体能力に差がありすぎた。
この距離では彼女の移動はヴェレーノにとって全て瞬間移動に等しい。
しかも彼女はその耳で、見ていなくとも後ろの相手の動作くらい察せるのだ。

彼女はヴェレーノに対し爪を振り上げ切り裂こうとした。
だが彼女の耳は空気を切り飛来する物体を感知する。
真後ろから、林の中から透明な矢がプリメーラの背を目掛け飛んできた。
ヴェレーノが残していた二つ目の矢の仕掛けを使ったのだ。

「小賢しいわ。」
だがプリメーラは大きく飛びのきその矢すらかわす。

「グガッ。」
その矢はヴェレーノの体を貫いた。
そしてすぐに反応は劇的に現れた。
ヴェレーノの口元を覆う包帯は大量に赤が広がり、
彼は倒れその身を大きく痙攣させた。

「しまった!」
プリメーラはあせった。自分たち魔物すらしとめる毒、
勇者でもない人間がくらえば即死してしまう。

「ドクトリーヌ! 早く来て!!」
彼女は叫んで後方で守りに徹していた医者を呼んだ。

ガクガクと震え、片方の腕を天に差し出すようにするヴェレーノ。
「・・・め・・・」

プリメーラの耳ですら聞き取りがたいか細い声がする。
「何? 言いたいことがあるんなら生きなさい。」

彼女は覗き込むようにして彼の口元に耳をやった
そしてヴェレーノのか細い声を拾おうとする。
「・・・ばかめ。」

チクリ 天に伸ばしたヴェレーノの手がプリメーラの首元に置かれ、
同時にその手に隠し持っていた針からワーウルフ用の毒がプリメーラの全身に駆け巡った。

「な?!」
ぐらりと力が抜けて後ろに倒れてしまうプリメーラ。

「迫真の演技だったろう。毒にやられる者は誰より多く見てきてるからな。
この矢には毒は塗っていないよ。あくまで位置を誤認させるためのダミーだからな。」

ヴェレーノはその身をすっくと立ち上げ、今までとは逆にプリメーラを見下ろした。
「敵の身を案じるその傲慢、きさまらの負けた原因はそれだ。
さて、後はあの馬の医者を射殺してしまいだ。勝利と言うには払う代償が大きすぎたがな。
だが、この勝利で我ら一族とジラルダンの誇りは守れられた。」

ヴェレーノはとどめをさすため、倒れるプリメーラに近づく。
そして懐から出したナイフ(当然毒入り)を振り上げ降ろした。

ヒュカッ 

一閃、ヴェレーノの体に三本の鋭い裂傷が刻まれた。
プリメーラの鋭い爪が包帯ごとヴェレーノの体を切り裂いたのだ。

「・・・ばかな。」
流し込まれた魔力によってヴェレーノは動けずうつ伏せに倒れた。
かろうじて動く口でヴェレーノはふらふらと立ち上がったプリメーラに尋ねた。

「何故・・・神か・・・きさ・・・ま・・・」
「神か、残念だけどまだそのクラスの力は持ってないわね。
私が動ける理由、たぶんそれは私の生まれの所為。」
「なん・・・だと?」
「私は確かにワーウルフだけどね、
元はただの人間じゃなくってエルフと人間のハーフだったの。
魔物化した後もエルフの血の影響は残ったわ。
だから私は弓を使うのよ。毒の効き目が鈍いのもたぶんその所為。」

それを聞いて驚愕の色を目に宿したまま、
ヴェレーノは気を失った。

「は〜〜、あいつに会えたこと以外でこの血に感謝することがあろうとはね。」

何とも言えない表情のまま、
プリメーラは立ち上がりこちらに駆けてくるドクトリーヌと、
その背にのる二人の妹分を見て手を振った。
本当は頭痛が酷く、体にもうまく力が入らない。
今にも倒れてしまいたいくらいだ
だがドクトリーヌは兎も角、二人の妹分にはそんな姿を見せれば、
不必要な心配をさせてしまうだろう。

(かっこつけるのも辛いわ。まあこれも姉の責務ってやつよね。)
13/05/01 10:20更新 / 430
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■作者メッセージ
当初の予定ではエピソード4くらいで第二陣戦終了の予定が・・・
どうしてこうなった。

考えて細部を詰めてくうちにネタを思いついてぶち込むからドンドン増量してまうのよね。
せめてエピソード数は予定通り一桁台に収めたいところ。

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