連載小説
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エピソード3、強き者ども
魔王軍は事前に教団側の一部の国家と通じ、王魔界侵攻作戦の情報をリークしてもらう。
それにより、教団側の送り込んだ第一陣は共に死亡者ゼロという驚異的な戦果のうちに壊滅した。
だがそれは教団側も想定していた結果であった。

第一陣は全滅することを前提とした捨て駒であったのである。
この捨て駒により、魔王軍側の戦法や陣容などの情報を掴み、
さらに捕虜となった男とにゃんにゃんさせることで魔王軍側の兵の数を削ぐ、
それこそが第一陣の役割、情報のリークにより魔王軍はそれを元に作戦を実行していた。

しかし、そのリークされた情報そのものが更なる目論見のための目くらましであった。
第一陣への対応により大量の人員を割かれ、更に奇襲用に発生させられた霧に紛れ、
少数精鋭の伏兵が王魔界に侵入し魔王城付近にポータルを設置する。
それこそが教団側の真の目的であったのだ。
裏をかかれた魔王軍対策本部、彼女達はその作戦の変更を余儀なくされていた。


遠征軍対策本部の隣にある控え室にて

「というわけでごめんさない。
偉そうな事を言っておいて一杯くわされたわ。」
ばつが悪そうにメルシュが頭を下げる。

ウロブサとナハルは引き継いで現状を説明する。
「教団側が送って来る第二陣、これこそ本命の部隊。
世界中の教団傘下の猛者共が押し寄せてくるはずじゃ。」
「当初の予定では、第二陣も我々の用意したポータルから来る。
そういう想定で作戦を立てていました。」
「広さを生かして敵の戦力に合わせた兵を送って各個撃破。
じゃがそうもいっておれんようになった。
正直みなには掛かる負担は相当大きくなったと思う。」

「構わないわ。分の悪い賭けは嫌いじゃないし。」
「聞いた限り、其処は敵を賞賛すべきね。」
「逆境なんて何時以来だろうねえ? わくわくしてきた。」

だが、控え室に集められた魔王軍の中でも生抜きの猛者達の表情は一様に明るい。
むしろこの状況を楽しんでいるとさえ言えた。
ガヤガヤとし始める皆の中である一人がスッと手を上げた。
それを見てみなも意図を察して黙る。

「メルシュ、質問いいかしら?」
「勿論いいですよ。」
「今の状況じゃあ安全に勝てる保障はないわよね。
それでもまだ教団側への殺さずを貫くつもりかしら?」
「難易度も危険も相当高いです。正直こっち側に死人が出かねない。
こうなったのは私達が不甲斐ないから、だから命令は出来ない。
でもね、お願いします。出来るだけでいい。誰も殺さないようにして。」

メルシュはみなに対して頭を下げた。
それを見ていた質問者はくすりと笑う。
「心意気は買うわ。でもね、それじゃあ駄目よ。
あなたはこう言うべきだわ。殺すなと・・・命令すべきよ。
だってそうでしょう? 全ての事の始まり、
それはお父様とお母様が互いに殺しあう定めを憂いた事。
だというのに、少し状況が厳しくなったからって仕方ないと殺すの?
それは二人の理想に唾を吐く行為だわ。そんな事私は認めない。」

周囲の魔物や元勇者達もその言葉に頷く。
「もっと私達を信頼なさい。
体を労わられる程柔な者は此処にはいない。
要求なさい。我々は何を成せばこの馬鹿げた戦を終わらせられる?
きつい要求にだって応えるわよ。わたしも早くこの腕に弟を抱きたいしね。」

その者の立ち居振る舞いと言葉には力があった。
人の心を動かし魅了する華。カリスマと呼ばれる資質。
今までバラバラに其処にいた猛者達の心は、
まとまり一つの意思をもった塊になっていた。

「ほう、流石じゃのう。」
「うう、ご・・・ご立派になられて。」
感心するウロブサに目を潤ませて鼻をかむナハル。

メルシュは頭を上げ、頷いていった。
「仰るとおりですね。私達は最後まで不殺を貫くべき。
敵も味方も殺さずあの方の出産も守る。全てをもって初めて勝利。
みんな、力を貸して! みなが心から笑える明日のために!!」

メルシュの檄に控え室の猛者達は鬨の声で応える。
その様子を見て場を暖めた立役者であるリリムは自身の肩を抱いて身を震わせた。
「いい、すごくいい感じだわ。ぞくぞくしてきちゃった。」

「楽しそうですね。」
隣に付き従っていたサキュバスの少女が言った。

「ええ、燃えてきたわ。ウィルマリナ、貴方は違うのかしら?」
「正直あの人と貴方様以外のことはどうでもいいです。
でも、弟を抱いた時どのような顔をするのかには興味がありますねデルエラ様。」

「お、おい! あれを見ろ?!」
誰かが声を上げる。控え室には現在、
遠見の魔法でポータルの状況がリアルタイムで映し出されていた。
大きなポータルから転送されてきた巨大な影、
見た目は甲冑に身を包んだ重騎士といった風貌だ。
問題はそのサイズである。ざっと身長50m、まるで小山のような図体のそれは一体だけでなく、
三体ポータルから出現する。

「必要以上の規模のポータルじゃと思う取ったが、あんな物まで・・・」
「一体あれは何? どういう代物かしら。」
「旧魔王時代の巨人族、いやゴーレムに近いですね。ですが大きさも上ですし、
素材も恐らくより優れた物を使用しているように見えます。」
ウロブサ、メルシュ、シャアルは突如現れた巨人を見てそう分析する。


※※※


魔王城付近に開いたポータル

野営の陣地、もしくは小城程度なら丸々入ってしまいそうな規模のポータル。
そこから続々と各国の部隊や勇者が王魔界へと転移してくる。
その中でも一際目立つ、というよりいやでも目に入る一団。

人形作家(クリエイター)の二つ名を冠すDrシェムハと助手兼メイドのエンブリオ率いる巨兵部隊。
小さな山脈のようなその一団に対し、第二陣の指揮権を持つ軍師であるルアハルが語りかける。

「相変わらず壮観だなあおたくの巨人兵(グランギニョル)は、
じゃあとりあえず手筈どおり、一発景気良くたのんますわ。」
「ふふははははは。任せたまえ。
私の作品は強靭! 無敵!! 最強!!! できんことはないぃーーーー。」
「マスター、会話のボールはしっかり返して上げて下さい。」

頭の中のネジが飛び気味のシェムハに対しエンブリオが冷静に突っ込む。
「いやあ、悪いねリオちゃん。Drと会話するのは骨だから助かるよほんと。」
「メイドとして当然です。ルアハル様、標的はあの城でよろしいのですね?」
「そうそう、恐らくどっかの一室に集まってこっち見てるはずだからさ。
挨拶がてら其処に一発頼むよ。」
「承りました。ゴリアテ、魔力索敵を開始し、目標補足後に攻撃を開始して下さい。」

エンブリオは巨人の中の一体を仰ぎ見ると指令を下した。
それに対し巨人は兜に覆われた顔から唸りを上げて応える。


※※※


「あれ・・・やばくね?」
「何かこっち見てるのう。」
「凄い馬力だな。動きも早い、あの巨体で大したものだ。」

遠見の魔法に映し出された巨人のうちの一体、
それがポータル付近にあった自身と同等サイズの岩を引っこ抜き持ち上げていた。
さらに視線はまっすぐ、魔王城の対策本部付近に据えられていた。
突如その巨体とは裏腹に軽快に駆け出す巨人。

助走をつけて遠投の姿勢に入った巨人を見たウロブサは慌てて言う。
「いかん、あの岩はここまで届くぞ!」

だがナハルは落ち着いて言う。
「落ち着いてください。今は儀式のため魔導結界も張れませんが、
それでもこの魔王城、あんな岩の一つや二つ。」
「阿呆、城に弾かれた岩はどうなる? 避難のすんどらん城下に落下するぞ。」
「あっ・・・」

サッと元々青い肌をさらに深い青にするナハル。
そうしているうちに岩は巨人の腕を離れ圧倒的パワーで魔王城に射出された。

「スーさん! シュテン!」
ウロブサの呼びかけにその場に待機していたジパングよりの援軍、
カラステング達の長ストクと鬼の総大将シュテンが応える。

ストクはシュテンの腕を取ると軽くトンッと跳んだ。
すると二人の姿は室内から消え、魔王城の外に瞬時に移動していた。
神通力の一つで神足(じんそく)という瞬間移動術である。
大きな黒い翼を広げるストクとその肩に乗る幼女のシュテン。
空中で待機する二人は飛来する大岩と魔王城の間に立つ。

「いけるか? ストクの。」
「フン、余を誰と心得る。貴様こそ高さを誤るなよ。」
「ぬかせぃ。」

シュテンはストクを踏み台にさらに上空に跳躍していった。
その反動で少し高度が落ちるがすぐに持ち直すストク。
その眼前には圧倒的質量とスピードで大岩が迫る。

「フン・・・」
小山のような大岩がストクを潰すかと見えたその瞬間、
大岩はまるでUFOのようにカクッと進路を真上に変更する。
勢いは変らぬまま、大岩はぐんぐん高度を稼ぐが、
徐々に重力に引かれ速度を落としてある地点でついに止まる。

「どんぴしゃ。」
なんと其処には先に跳んでいたシュテンが滞空していた。
バレーのスパイクの要領で大岩をはたくシュテン。
直系50mはあろうかという大岩は幼女の一撃で、
先ほど以上の速度と重力の加速を味方につけ、
隕石の如くポータル付近に撃ち返される。

「流石、腕はにぶっとらんな。」
ストクはシュテンが落下する前に空を飛んで肩に彼女を乗せた。

一連の攻防を城内から見ていたメルシュはウロブサに尋ねた。
「今のは?」
「スーさんの神通力じゃよ。テング達の使う独自の術でな。
部屋から出たのも岩の進路を曲げたのも同じ術じゃ。」
「部屋から出たのはまあ解るわ。魔法にも瞬間移動系の術はあるし、
でも岩を曲げたのは? 結界やシールドで弾いたって感じではなかったけれど。」
「じゃから同じ術じゃよ。あれは術者と術者に触れているものを対象にした瞬間移動じゃ。
そしてスーさんはあの岩に対し、座標をそのままに向きだけ移動させたんじゃ。」
「器用なものね。」
「あの速度で飛来する物相手にあれが出来るのはたぶんスーさんくらいじゃよ。」


※※※


「ご無事ですか? 無論ご無事でしょうとも、ルアハル指揮官。」
「いやあ、助かったわ。流石、絶対障壁(ガーディアン)のエスクード殿。」

撃ち込まれた岩は空中に突如出現した巨大な盾型の結界にぶつかり砕け散った。
盾の周囲にも見えない壁のようなもの形成され、破片の一つとしてポータルには届かない。
聖騎士エスクード=フーザの能力である。彼は大小様々な形状の結界や魔術防壁を操り。
自軍を様々な災厄や攻撃から守るスペシャリストである。
彼がいるだけでその軍の損耗率は著しく下がる。

ルアハルは頭を掻きながらエスクードに言った。
「いやあ、あれくらいじゃ効かないのは想定してたけどよぉ、
まさかそのまま打ち返してくるとは。」
「防ぐでなく曲げるとは、面白い能力の持ち主がいるようですね。」
「まあいい。当初の予定通りこのまま進軍だな。」

ルアハルは宝石のような石を口元に持っていくと喋りだす。
その声は石に刻まれたルーンの力で大きくなり全軍に響く。
「ええ、中々手厚い返礼を頂きましたが、当初の予定通りこのまま進軍とします。
皆様、王魔界侵攻用の指輪は装備しましたね?
これがないとインキュバスやサキュバスになってしまいますので、
装備し忘れてましたとかいらないボケをかまさんようにして下さい。
それでは隊列はそのまま、進軍開始。」

しまらない挨拶もそこそこに遠征軍第二陣は進撃を開始した。


※※※


「遠征軍、進軍を開始しました。」
魔女の報告が室内に響く。

メルシュはあらためて室内にこれからの作戦を説明し始める。
「少数がこちらの囲みを突破することを想定し、
魔王城付近には足止め用の戦力を事前に配置してあるの。
まさかこんな形になるとは想像してなかったけど、
これから敵を分散させ、各足止め部隊で足止めしている間に、
貴方達はそれぞれ適した相手の下に駆けつけて貰います。」

ウロブサが続ける。
「それと同時に城下町の避難を速やかに行う。
スーさんとカラステング達には天眼(てんがん)っちゅう千里眼のような術、
そして天耳(てんじ)っちゅう遠くの音や小さな音でも聞ける術がある。
それで街中をくまなく探して一人残らず避難させて欲しい。飛べんものは運べるしのう。
それが済んだら戦場を駆け回って必要な兵員の運搬、伝令役、
そして遠見の魔法だけではカバーしきれん戦場の情報の収集ををやって欲しい。
スーさんは此処に残ってカラステング達の指揮と情報のまとめを頼む。」

「心得た、余らに任せよ。迅速に避難を完了して見せよう。」
ストクは大きな羽で作った団扇のようなものを振るう、
それを合図に待機室にいたカラステングの一派はみな神足で部屋から消えていった。

続いてナハルが説明を再開する。
「次に隊列を成している彼らの分散役を彼女達にやってもらいます。」
「は〜い♥ かわいく頼れるみんなのアイドル。九尾の稲荷タマモノマエと。」
「どうも、ウチは黒稲荷の今宵(こよい)いいます。」

二匹の巨大な魔力を発する稲荷が並ぶ。


※※※


遠征軍はその進軍を止められていた。
突如周囲に自分たちを囲むように現れた巨大な八角系の魔方陣のようなもの。
その正体を掴みあぐねて足止めを食っていた。
魔方陣のようではあるが、その陣を構成する文字は大陸のものではない。

ルアハルは頭をガリガリやってフケを飛ばしつつ隣の侍に聞いた。
「ええと、これは漢字ってやつかねえ。どうにもジパングの事はくわしくなくてね。」
「いえ、漢字で合ってるでござるよ。ふうむ、随分と古い術式でござる。
これは戦国時代やそれ以前に使われていたものでござるな。」
「で? 一体何なのこいつ。」
「八門遁甲(はちもんとんこう)という呪術の一つでござる。
方角に干渉し敵を迷わせる術でござるよ。
平たく言うとこの割り振られている八方向のどれか一つが正解。
他の方角から踏み出した者はけっして目的地に辿り着けなくなる代物でござる。
しかし本来は事前の準備が必要な代物、遠隔地にこの規模のものを即興で行うなど。」
「まあ向こうさんにも規格外の化け物が揃ってるだろうしな、
しかし成る程ねえ、わっかり易い分散と時間稼ぎだなあ。解呪は出来そう?」
「ジパングの精通した術士がいればあるいは、しかしこの場にはおらぬ、どうするでござるか?」
「決まってんよぉ、ぞろぞろ行って不正解のルートをグルグル歩かされて時間切れ、
そんな事態だけは避けなきゃいけないし、八つに分けるしかないわなあ。」

第二陣はルアハルの指示によって部隊を八つに分け、その先へと進んでいった。


※※※


南側、レギウス軍。

レギウスの精鋭軍、彼らは陣の南側から踏み出したが順調に迷っていた。
まっすぐ魔王城を目指そうとしても、何時の間にか曲がり特定のルートを歩かされている。

「外れを引きましたかね? 引き返せもしない。」
「おそらくな、ルアハル殿の話では外れでも最終的には元の場所に戻されるらしい。
なら急ぎ進軍して陣の所で待つしかなかろう。
そして同様に戻ってきた者達に外れであった事を伝える。
そうすれば次には当たりの方角も判明し魔王城に辿り着けるだろう。」

うっそうと茂った森の中を進軍するレギウス軍、
そして森が開けると、其処にはそこそこの大きさの池があった。
水面には小さな人影が立っている。それはまだ幼さの残る少年であった。

部隊を率いていた男は声を上げる。
「インキュバスか、中々大きな魔力を感じた。
だがお前ではないな。貴様の番となる魔物は何処だ?」
「お初お目にかかります。ロワと申します。ようこそ僕らの王国へ。」
「王国だと? 此処は魔王の所領であろう。」
「ええ、ですがこの開けた森の一角だけは別、此処の王をやらせて頂いてます。」
「此処が? ふん、城も家臣の姿も見えないようだが、それで王だと? 笑わせる。」
「あはは、確かに城は無いですね。でも、家臣と妻ならすでに皆様の目の前に。」

ロワと名のる少年姿のインキュバスの言葉に、レギウス軍は辺りに目を光らせる。
だが森は静かに揺れて鳴くだけで、いっこうに変化の兆しを見せはしない。

「違う違う、目の前と言ったでしょう? もういいよ、始めようかエリザベス。」
突如ロワの姿が空中に浮ぶ、いや、彼の立っていた水面が盛り上がりそのまま膨れ上がる。
重力に逆らい立ち上がる池、その表面は形を変え複数の女性をかたどる。
ロワの隣に王冠を称えた女性、そしてそれを囲むようにヘッドドレスをつけたメイドが配される。

「く・・・クイーンスライムか、何と言うサイズだ。」
「ようこそ、二人だけの僕らの王国へ。エリザベス。」
「心得ていますわ我が君。」

まるで丘のようなサイズの粘体がゆっくりとレギウス軍に這いよってくる。
動き自体は緩慢であるが、現在レギウス軍は八門遁甲の影響で後方に引けない状態である。
屈強なレギウスの兵達は果敢にも槍で突き、弓を放つ。
だがあまりにも質量が違いすぎる上、相手は斬ろうが突こうが再生してしまう。

隊を率いていた男、ヴィクトールはそれなりの力を持った勇者である。
彼は剣を引き抜くと突進して切り上げる軌道で斬撃を打ち込む。
クイーンスライムの巨体は10mほど勢いよく開いて弾ける。
だがその裂傷すらもすぐに閉じて再生してしまう。

「流し斬りが完全に入ったのに・・・」
「無駄です。物理的な武器ではエリザベスはどうにも出来ませんよ。」
「うふふ、歓待いたしますわ。ご希望があればメイドになんなりと言いつけて下さいませ。」

「ちいっ、こいつはお手上げだ。少々早い出番だが頼む。」
ヴィクトールは隊の後方に声を掛けた。
其処にはフードを目深に被りローブで体を覆う二人組みがいた。
彼らは戦闘に参加せず、事態を静観していたがヴィクトールの指示で前に出てくる。

「皆様、それではお下がり下さい。」
「ぶぁっはっはあ。巻き込まれたくなけりゃあなあ。」

そして突如、焔立つ。
厚い炎の壁が広範囲にわたって立ち上がりエリザベスとレギウス軍を隔てた。

「あっつい。」
「引くんだエリザベス。詠唱無しでこれだけの炎を・・・高位の魔術師?」

いぶかしげな顔をするロワ、そして炎の壁の向こうにいた二人組みはそのまま歩き始める。
吹き上げる炎の壁を物ともせず、二人はそのまま中に突っ込んだ。

「・・・あれは?!」
ロワの側からも二人の人影が炎に浮んで見える。
出てきた二人の姿は異様であった。

片方は炎で着ていた衣服は消し飛びほぼ全裸である。
頭には髪の代わりに炎が逆巻き、手首と足首にも炎を纏う。
その姿は一言で言えばイグニスに酷似していた。
だが決定的に違う点がある。その顔と体躯は男のそれであった。

もう片方はさらにおかしい。
炎を突っ切ってきたにも拘らず衣服がそのままである。
いや、良く見ると違う。衣服は所々白くなっていた。
それは霜であった。衣服は凍りつき炎に溶けることなく固まっている。
歩いているうちに衣服にひびが走り。
砂のように粉々に砕けて散っていった。
その下から現れたのは氷の結晶を象った様な鎧を青白い地肌にまとい、
まるでオーロラのような色彩の透明な長髪を垂らした姿。
有体に言ってグラキエス、だがもう一人と同様に性別は男性であった。

「その姿、貴方達はいったい・・・」
「スピリタス、そう呼ばれています。」
「ぶぁっはっはあ。講義を一席ぶつのも悪かないが、時間が無いらしいんでな。」

グラキエスに似た方がエリザベスに接近しその体に腕を突っ込んだ。
「凍れ。」

まるで水に水性の絵の具を溶かしたかのように、
エリザベスの体に氷が瞬く間に広がっていく。

「エリザベス!」
「に・・・逃げて・・・わが・・・き・・・」

エリザベスは全身が凍りきる前にロワを突き飛ばすが、
直後に凍り付いて完全に巨大な氷塊となる。

「いっちょあがりじゃ。」
「それでは行きましょう。」


※※※


北側、Drシェムハの巨兵部隊

ミノタウロス、オーガ、サイクロプス。
魔物の中でも力自慢といってよい種族三人が其処にはいた。


「さて、誰が行く。敵は強大だ。」
「言いだしっぺの法則というものがあるだろう。」
「いやいや、見ろ。あの光景を。」

目の前では昔の巨大な姿に戻ったワームが、
シェムハのグランギニョルにジャイアントスイングされて目を回していた。

「力こそパワーーーーー。」
意味不明の雄たけびを上げながら突っ込んでいったのがついさっきである。

「力こそパワーー、があの様だぞ。」
「だが此処で逃げては魔王軍の名折れ。貴様が臆したならあたいが行こう。」
「待て、やはり此処は私が。」
「・・・・・・じゃあ俺も行こう。」

「「どうぞどうぞ。」」
オーガとサイクロプスの思わぬ連携。
ミノタウロスは ん? と一瞬疑問に思ったが。
馬鹿なので気づかずに斧を握りなおした。

「ブモーーーーーッ」
蒸気機関車のような地響きを立てて突進するミノタウロス。
突撃の勢いをそのままのせて一回転して斧を木に打ち込む要領で放つ。

「破壊力ばつ牛ン!!」
カーーーン

グランギニョルの足に打ち込まれた斧はとても良い音色を響かせた。
音が消えた後、振り回されるワームが空を切る音が居た堪れなさを更に強調する。
斧からの刺激でしびれていたミノタウロスは誤魔化すようにテヘぺろした。

それを見ていたシェムハはただ一言言った。
「やれ、タロス。」

ワームを振り回していた巨人はその遠心力を利用し、
ワームを足元のミノタウロス目掛けて叩き付けた。
「ぐえ〜〜〜。」
「きゅん。」

二人分の悲鳴が巨大な地響きに掻き消されていった。
立ちはだかる巨人達に対し、打つ手の無い魔物側。
そんな中、シェムハの後方に変化があった。
少しずつだが地面が盛り上がっていく。
ザンッ 突如その盛り上がりを破り一つの影が躍り出る。
その正体は土中に潜んでいたギルタブリルであった。

(手足が無理なら頭を潰すまで、もらった。)
完全に間合いの中、音も無く伸びる尾と毒針はシェムハの背を貫かんとする。

ドズッ 鈍い音が響く。だが毒針はシェムハには達していない。
「やらせません。」
エンブリオ、彼女が何時の間にかギルタブリルとシェムハの間に割り込み。
腹部で毒針を受け止めていた。

「外したか。だが毒を受けたな。もう動けまい。」
ギルタブリルは尾の毒針と同様の毒を塗ったナイフを取り出し。
シェムハに投擲した。だがそのナイフすら空中でエンブリオに掴んで止められる。

「な?!」
「残念ですが、体質上その手の毒は私には効きません。」

メイド服の長いスカートを振り乱し、エンブリオはギルタブリルを殴りつける。
その細腕からは想像もつかない怪力でギルタブリルは吹っ飛んでいく。

「馬鹿な。」
「ひょひょ。ざ〜んね〜ん。グランギニョルを倒せぬなら司令塔である私自身を狙う。
そんな当たり前の選択肢に対し、対策を用意せぬほど私は愚かではないよ。
彼女こそ助手兼メイド兼護衛にして私の作品第一号。多目的ゴーレムのエンブリオなのだよ。」
「マスター共々以後、お見知りおきを・・・」

スカートの裾を持ち上げ華麗に一礼するエンブリオ。
そんな彼女に対しギルタブリルはフラフラになりながら問う。
「ぐ・・・何で魔物が教団側についてる。」
「それは誤解というものです。私が御仕えしているのはマスターです。
そしてマスターの研究のパトロンとなられているのが教団、ただそれだけです。」

Drシェムハは鼻をホジホジしながら言う。
「教団連中の教義や信仰なんぞどうでもいいがな。教団は研究費を出してくれる。
それになにより、我が作品達の戦う相手としてはお前達こそ相応しい。
見よ。この三体のグランギニョルの雄雄しい姿を。ゴリアテ、タロス、スプリガン。
ふはははーすごいぞーかっこいいぞー。」


※※※


東側、独立傭兵部隊ジラルダン

戦場では傭兵部隊とリザードマンやサラマンダー、
アマゾネスなどの戦士系の魔物が斬りあっていた。
傭兵部隊は屈強な鍛え抜かれた精鋭であったが、
それでも勇者ほど人間離れしているものはいなかった。
にも拘らず戦況は魔物側が押されてしまっている。

「だああ、やりづらい。」
「うざったいな。おい、弓はあんたも得意だろ? 何とかしろ。」
「無茶言わないでよ。 こいつらを抜けて射手を叩ける状況?」
愚痴るリザードマンとサラマンダーに対しアマゾネスはキレ気味に返す。

弓矢による狙撃、間合いの外から飛来する矢が的確に魔物達だけを射る。
目の前の相手と上や左右から飛んでくる矢、双方に気をつけねばならず。
魔物達は攻めあぐねていた。

彼らジラルダンの強さの中核を成す者、
それは弓兵である。非常に錬度の高い弓兵を揃え、
それによる遠距離からの狙撃と前衛が連携することで個々の強さの差を埋める。
攻める時は矢に邪魔され、また守る時は剣を防げば矢が、矢を弾けば剣がの波状攻撃。

だがそれだけとも言える。
それだけなら守りに徹すれば自力で勝る魔物側に防ぎきれないものではない。
それなのに戦場ではそこら中に魔物達が倒れ伏していた。
よく見るとみな口から泡を吹いて昏倒している。
生きてこそいるようだが痙攣して白目をむいていた。

しだいに数を減らす魔物側に対し、ジラルダンはじりじりと戦線を押し始めていた。
この状況を作り出しているものこそジラルダンの隊長でありトップ。
魔眼の射手(バロール)、ヴェレーノ=ティラトーレである。

彼の用いる矢は二つの特性を持っていた。
頑丈で軽く、なおかつ透明な特殊ガラスを加工して作られていること、
そしてその矢には魔物にすら通じる毒が塗付されていることである。

ティラトーレの一族は代々、旧魔王時代から毒を研究し続けている一族である。
人間にも魔物にも通じる毒を日夜研究し続けてきた。
そのかいあって全てではないが、ほとんどの種族に対し有効な毒を調合することに成功。
使い分けることで自力では勝る相手にも勝利を重ねてきた。

もっともその代償は安くはなかった。
一族の中には命を落とした者も少なくない上に、
彼の体は毒の研究の過程で毒に蝕まれ、
とても醜く爛れていた。彼は特殊なルーンを施した包帯を全身に巻き、
それを日々取り替え続ける事で永らえる身の上でもあった。

遠近の波状攻撃に混じり飛んでくる透明な死神は、
確実に魔物達を射抜き、時には掠め、その毒の威力を遺憾なく発揮した。

魔物側も何か透明なものが放たれ、それが自分達を倒していることには気づいていた。
だが、透明故に飛んでくる場所が判らず、また仮に判ってもそこまで辿り着ける者はいなかった。

戦場から離れた後方にある雑木林、そこがヴェレーノの狙撃場所であった。
彼が魔眼と言われるゆえん、それはその射程にあった。
人間の目では相手が見えぬ距離からでも正確に対象を射抜く。
魔物でも勇者でもない彼がどうやって?
秘密にされているその方法、それは水である。

彼は毒矢使いであると同時に複数の精霊使いでもあった。
もっとも彼には高い魔力があるわけではない。
その行使する力も大した力は無い。
4大精霊を一通り使えるがいずれも振るえる力は微力である。
だが、彼はその微力な力を腐らず磨いて昇華した。

彼の眼前には幾つかの小さな水の塊が滞空している。
それは厚さと形状を正確に調節し、水どうしの距離も調節する事で狙撃スコープとなっていた。
さらに彼はシルフの力で風上にいても自分の匂いが外には漏れないように出来、
その身はノームの土の力で周囲に合わせて迷彩が施されていた。

ヴェレーノは次の標的を見定めると、矢を番えて弓を引いた。
その狙う先は空であった。彼は水のレンズで対象を見つめながら空に矢を放った。
上空に放たれた矢はシルフの風で微調整を受け、
正確に前衛の傭兵と斬りあっていた魔物の肩に着弾した。

また一人、戦場に魔物が横たわった。


※※※


八門遁甲陣内

ルアハルは少しの護衛を残し、その場に留まっていた。
「よろしいのでござるか? 我らも進軍した方が。」
「いいんだよぉ。戻ってきた連中に対しどっちに行くか指示する役が必要だろ。」
「それはそうでござるが、此処で兵力を遊ばせておける状況ではないはず。」

ルアハルはそんな侍のいう事を聞き、鼻を鳴らして笑った。
「ははは、そう慌てなさんな。焦っても良いことなんてないない。
果報は寝て待てとも言うらしいじゃないか。
それにねえ、昔の兵法書曰く戦いはすでに始まる前に終わってるそうだ。
俺もそう思う。仕込みの時点で勝敗なんてほぼ決してるってわけだ。」
「・・・では我々は勝てるのでござろうか?」
「ん? ああ、そうじゃねえ。決定はしてる。
でもその結果を双方知ることが出来るのは結局戦が終わった後なんだ。
そしてどのような帰結でその結末にいたったのか、俺はそれが見てえ。
だから頭脳労働の俺なんかがこうして前線に出張ってきてるわけで・・・」

それを聞いて侍の男は言った。
「それはつまり、拙者達が今此処でこうしているのは、
ルアハル殿の知的探究心を満たすための護衛ということでござるか?」
「そうとも言う。ははっ、大丈夫大丈夫、策は順調に進んでいる。
まあポータルを設置できた時点で9割り方俺の役目は終わったわけで、
あとは此処で戦の趨勢を楽しませてもらうとするさ。
まあこれで勝てなきゃ始めから勝ちの目なんて無かった。
教団の上の連中や神様には悪いけど諦めてもらうしかないなあ。」

他人事のように気楽に言い放つルアハルに対し、
侍は深々とため息を吐いた。


※※※


魔王城内、対策本部。

「各地で分散した遠征軍と魔王軍が接敵しています。
しかし戦況は軒並み押されています。突破も時間の問題です。」

逼迫した魔女の声が響く。
それを受けてメルシュが悔しそうな顔で言う。
「当然だわ、あくまで取りこぼしを抑えるために配置した部隊。
あの巨人や同等クラスの連中を相手に戦える布陣じゃない。」

そしてそこに更なる報告が上がってくる。
「方位北、遠征軍が進軍してくる南方面とは反対側、
この魔王城に大きな魔力反応が高速で接近中です。」
「何じゃと? 早急に映像を出せ。」
「お待ちを・・・映像、出ます!」

遠見の魔法で映し出されたのはまるで空飛ぶ鯨。
黒い大きな魚の様なシルエットが数機、王魔界の空を駆ける姿であった。

「これは・・・カラクリ仕掛けの空飛ぶ艦。報告にあった飛空艇とやらか。」
「あの船体の国旗、バロンの魔導船団、見えざる翼(ファントムシュエット)です。」
ウロブサの疑問に答えるナハル。

メルシュは歯噛みして声を出す。
「次から次へと畳み掛けてくれるわね。ハーピーやワイバーン竜騎士の混成部隊を差し向けて、
北なら触手の大森林があったはず。その上で攻撃を仕掛けて。
どっちが落下してもそれで被害を出さずに済むわ。
あと少し、あと少し持ちこたえて頂戴。そうすれば・・・」


※※※


魔王城北方、触手の大森林が広がる場所の上空。

悠然と進む魔導船団。その周囲にはハーピー種やホーネット、
ベルゼブブにワイバーンの竜騎士が飛んでいた。

「すごいもんだねえ。羽根も何も無いのにこんなものが空を飛ぶなんて。」
「そう? 空に浮ぶ大地があるわけだし、それくらいじゃ驚かないけど。」
「いやいや、浮ぶのと飛ぶのじゃ全然違うじゃない? どうやって推進してるんだろう。」
「・・・・・・あんな野太いデップリした魚ちゃんなんかどうでもいいじゃない。さくさく落とそう。」

飛空艇を見て男の子心を刺激されたのか子供のようにキラキラ目を光らす竜騎士と、
そんな騎士の様子が気に入らない少々ジェラってるワイバーンがそんなことを言った。

「落とせといわれても。何処狙えば良いのよこれ。」
「突くべし、何はなくとも突くべし。」
「それもそうか、適当に射っちゃえ。」
足で器用に大型の弓を引くハーピーと好戦的なホーネットが自前の槍で仕掛けた。

ガッ! ガィーン! 鈍い音が響く、
厚い鋼板で覆われた船体は彼女達の攻撃を易々と弾き返した。

「かったい! 硬いよこれ。」
「・・・硬くて大きい・・・ハッ?!」
泣き言をこぼすハーピーと何故かじゅるりと涎をこぼすベルゼブブ。

「とりあえず一回では駄目でも何度も叩けばいけるはず。
飛び道具を警戒しつつ取り付こう。」

竜騎士の発案で魔物達の一部は船体の上部に着地し一斉に船体を叩き始めた。
だがしばらくして騎士が叫ぶ。

「待って!! 攻撃をやめて。」
「どうした。こっちはだいぶへこんだぞ。このまま続ければ・・・」
「しっ・・・静かに、何か音が。」

黙る魔物達、船体から何か音がする。ヴィーンという音が小さくなり続けていた。
竜騎士は何か嫌な予感を感じて声を上げる。

「何か不味い。一度離れるんだ!」
そう言うと同時にサッと船体から飛び降りる騎士。
ワイバーンは何の合図も無しに騎士の意図を察し騎士の降りる先にすでに飛んでいる。

ガカッ!! 船体に取り付いていた魔物から火花が飛び散った。
彼女らはぐったりと動かなくなり触手の森へと落下していった。

「何あれ?」
「・・・迂闊だった。砲身が無いのにどうやって空の敵に対処するのかと思ってたけど、
恐らく表面に強力な電撃を流せるんだ。残った皆は飛び道具を中心に仕掛けて。
接近戦を挑むとしてもヒット&アウェイで。」

電撃に注意しながら再び纏わりつく魔物達。
そんな中、飛空挺団が突如前進をストップした。
そして表面に穴が空き、其処から何かを真上に向けて射出した。

「気をつけて、何か仕掛けてきた。全員回避行動を。」
全員が固唾を呑んで上を見る。
射出された物体は破裂、中から出来てきたのは白い霧、それが広がり降りてくる。
たちまち船団と周囲を囲んでいた魔物は濃霧に包まれてしまう。

「目くらまし? どういうつもりよ。」
「解らない。みんな、同士討ちになるから攻撃は控えて。」
とりあえず竜騎士はそう周囲に指示を飛ばした。

「一度霧の外に出る? 毒の類かもしれない。」
「そうだね。機動力はこっちが圧倒的に上だし逃がしっこない。
一度離れて様子を見よう。」

竜騎士とワイバーンは白い濃霧の中でそう相談をまとめた。
そして騎士は周囲に声を張り霧の外への退避を促そうとした。
だがそんな騎士の耳に再び音が聞こえる。
霧の中から再びあの音が・・・

(・・・霧・・・電撃・・・あっ?!)
手遅れであった。その霧は毒などではなく、
伝導性を高めるように調合された特殊な液体であった。
霧は一転雷雲となり、船団周囲の魔物達を一斉に人工的な雷で焼いた。
空中の魔物達は殺虫スプレーを掛けられた羽虫の如く、みな触手の森へと落下していった。
素材と魔術で高い絶縁力を誇る船団のみが、悠然と霧を割いて空を行く。


※※※


西側、教団本部直属軍 白き獣部隊(ヴィートベルセルク)

西側、それは八門の中で正解のルートであった。
それだけに足止め部隊でも最精鋭のいるルートを通るように呪いは組まれていた。

夜の王ヴァンパイア、弱点こそ多いがその戦闘力は魔物の中でも上位に入る怪物である。
まして魔王軍に籍を置いている者であれば、
凡庸な勇者の二・三人は同時に相手取ってもお釣りが来るレベルだ。

今相手にしているのも凡庸な勇者と言ってよい力量の者達だ。
だが彼女、マイラ=ベルモンド率いる部隊は壊滅寸前であった。
彼女自身も満身創痍で肩で息をしている有様である。

「グルルルルルルォォオオ・・・」
獣のように唸り声を上げ間合いをじりじりと詰めてくる兵達。
白いフルフェイスの兜と身軽な甲冑、大きな十字架を模したクレイモア。
白を基調として統一されたヴィートベルセルクの兵達。
その数はおよそ100体。だがその全員が勇者レベルに達している超人であった。

この世界、戦争では必ずしも数が有効とは限らない。
一騎当千の兵や戦略兵器級の怪物がうようよしているからである。
下手に自軍を配すれば味方の兵達の存在が、
自軍のそんな者達の行動を制限しかねないこともある。

だが、それはあくまでそんな勇者や怪物達が少数である時の話である。
部隊を構成する兵がみなそのクラスに至っていれば、
数の暴力という原理はこの世界でも十分に適用されるのである。

「マイラさま〜お逃げを〜。」
「フンガー。」
「・・・」

部下の兵達はすでに蹴散らされ、
重傷を負ったものは比較的軽傷のものたちに連れられ撤退を開始していた。
今ここにいるのはマイラと古くから彼女の御付をしている
ワーウルフ、ゾンビ、サハギンの4人だけである。

「黙りなさい。お前達、ここで退けば撤退している彼女達は奴らに虐殺される。
貴方達こそ逃げなさい。其処にいられると邪魔なのよ。」

「悪態をつきながらも部下を思いやるその心、美しいですね。
そのような方を屠らねばならないのは心苦しいですが、戦争ですのでご容赦を。」

マイラはキッと声を掛けてきた上空の相手を睨みつける。
「文字通りの上から目線ね、そんなところで高みの見物してないで降りてきたらどう?」
「心外ですわ。見物などしてはおりません。それは貴方が一番よくご存知でしょう?」

上空には天使の一団がいた。彼女達は先頭に立って会話している一人以外は歌っていた。
美しいコーラスを不釣合いに戦場に響かせている。

この部隊、それは数に限りのある勇者と言う戦力を大量に造り、
それを集団戦に運用するというコンセプトで作られていた。
任命された兵は魔術と薬物による調整を受け、さらに天界で鋳造された装備を身に纏い。
天使の集団の祝福により短時間ながら勇者に匹敵する力をその身に宿す事に成功していた。
さらに集団での戦闘力を上げるため、暗示を施し痛みを排し恐れを消していた。
彼らは戦闘中一匹の巨大な狂った獣となり、
ひたすら天使の歌うまま命ずるままにその十字架を振るう。
だが、当然デメリットもある。無茶に無茶を重ねている彼ら兵の体の寿命は極端に短い。
まともに戦闘すれば恐らく前線で戦える回数は両の指で足りる程、
一度力を行使してしまえば、その後は戦わずとも日常生活を送れるのは数年という有様である。

「こちらとしても早く切り上げたいのです。そろそろ終わりにいたしましょう。」
天使長の言葉にコーラスの音階が一つ上がる。
白い獣達は同時に地を這うように駆け、マイラを包囲する。

「甘いわ!」
四方から同時に仕掛けてきた敵に対し、マイラはその身を回転させる。
彼女の漆黒のマントが綺麗に円形に翻り、白い獣達の斬撃を弾き飛ばす。

まるで黒い風が吹き荒れるように見えた。
直後、マイラを囲んでいた4匹の獣達は吹き飛ぶ、
一人は貫手で肩を鎧ごと抜かれ、もう一人は彼女の剣で足を断たれ、
残り二人は彼女の怪力による蹴りをくらい鎧の上から骨を砕き臓腑に傷を負う。

怪我を負った敵兵はすぐに自身の脚で跳躍して後方に下がる。
足を断たれた者は自分で脚を持って下がった。そして次の兵達が間髪要れずにマイラに迫る。

後方に下がった兵達は天使達の祝福の元、少しずつではあるが傷を癒していった。
あと数分もすれば断たれた足も、開いた傷も、内臓はてはへこんだ鎧まで、
彼らの傷という傷は完治してしまう。さながら永久機関のように戦い続けることが可能なのである。

己の身を省みず、痛みも恐れも無い狂戦士達。
その刃は少しずつだが確実にマイラの骨肉を削る。
猟犬の群れが体重の重い相手を執拗に追いたてしまいには引き倒すように、
一対一なら遥かに格上の力を持ったマイラを彼らは追い詰める。

「しまっ!」
疲れから、マイラの攻撃が敵の頭を潰しそうになった瞬間。
彼女は攻撃を曲げて相手を絶命させぬように腕を斬り飛ばした。
しかし、その無理な攻撃ラインの変更は体勢に無理を生じさせ、
彼女の動きに有るか無しかの硬直を生んだ。

その一瞬の隙を突き、一体の猟犬が彼女の喉笛に喰らいついた。
アメフトのタックルのように彼女に後ろから取り付く。
振り払う間もなく前からもう一体、
さらに上空から飛び掛る一体が彼女の上半身に取り付き視界を封じる。

「いい加減に!!」
魔力を物理的な衝撃波として放ち、取りついた連中を吹き飛ばそうとするマイラ。
だが刹那のちゅうちょも無く、彼らは取りついた仲間ごとマイラの体に十字架の刃を突き立てた。

「ガッ・・・」
一本二本、参・・・獣に取り付かれたその体にはまるで墓地の如く十字架が次々突き立ってゆく。

「吸血鬼は不死の怪物、この程度ではまだ仕留め切れていないでしょう。
駄目押しさせて頂きます。」

天使長がその白い翼をはばたかせる。するとマイラの頭上に光が集まり球を形成する。
「神の裁きを受けなさい。闇の眷属よ。」

その場で膝をつき動けないマイラ。
「ご主人様ぁ!」
「フンガー!」
「まいらさま。」

悲鳴を上げる御付の魔物達。

光の玉は無慈悲な閃光となって十字架で縫い付けられたマイラを撃つ。
取りついた兵ごと光はマイラを焼いた。
立ち上がる白い煙と蒸気がマイラの姿をぼかす。
それらが晴れ、天使長はマイラの遺骸を確認しようとしたところその場には何も存在しなかった。

「いない?!」
周囲に気を配ると少し離れたところにカラステングと動けないマイラがいた。
カラステングの身と羽は煙を上げ焼けている。
攻撃の瞬間、報告要員のカラステングが神足でマイラを救出したのだ。
だが魔法攻撃に突っ込む形になり彼女自身も瀕死の重傷を負う形となった。

「その献身、何とも美しく好ましい。ですが残念。貴方は犬死です。」
再び光魔法による攻撃を放とうとする天使長は接近する飛行物体の存在を感知した。
しかもその魔力は天使を率いる自分をして凄まじいと感じさせるレベルのものであった。

飛んできた人影が五人
「はぁ〜い、こんにちわ天使さん。」
「貴様は?!」
「あらあら、天界の人にまで知られてるなんて私も有名になったものね。」
「個人的にはもう少し立場を自覚していただけるとうれしいです。」
「最近つれなくない? ウィルマリナ。」

「魔王の第四王女デルエラ・・・レスカティエを滅ぼした大罪者。」
「・・・滅ぼした? 心外ねえ、生まれ変わったと言って欲しいわ。
元住人の皆様にも御好評頂いてるわよ。ねえ。」

その言葉に他の4人も頷く、
「おにいちゃんとい〜〜〜っぱい楽しい事出来るし。」
「あいつと色んな意味で深い仲になれたしな。」
「神は言っています。コレデヨイと。」
「私からあいつを奪っておいてぬけぬけと・・・許せない。」


敵の戦力分析を終えた対策本部より、
待機していた猛者達にそれぞれの戦場への出動命令が下っていた。
各戦場にて、魔王軍側の反撃が始まろうとしていた。
13/06/26 20:48更新 / 430
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■作者メッセージ
刑部物語の方でジパング勢の活躍は書かないと言ったな。

あれはうそだ。


というわけでおまたせしました第三話でございます。

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