連載小説
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前篇


 石工のおとこ、はたらきもの。
 石工のおとこ、いしをはこんでえっちらおっちら。
 石工のおとこ、わらうをいとい。
 石工のおとこ、さいなんばかり。


 戦争は絶えた事はなく、幾人もの王が覇権を争い国を切り分け続けたことから諸王領と呼ばれた地域がある。
 その一つの古い農村には村の名がない。一昔前は『古道具村』と呼ばれ、もっと昔には『鍛冶屋村』と呼ばれた。
 曰く、近隣の山では良質の鉄や石が採れたのだが、今では数えるほどしか鍛冶屋も石工も残っていない。
 その忘れ形見のような存在でありながら、近隣では名の知られるようになった石工の男が居る。
「お父さん! 僕に娘さんをください!」
「うちには娘なんぞいねぇよ」
 一人、汚れた前掛けに鑿や長柄のトンカチを腰に、痩身には筋肉、刈った灰色の髪、渋面の似合う十代の終わりといった年齢の男。
 一人、身なりのいい若者で、眼鏡の蔓には金の刻印まで入り、上着に白のトーガ。手には長い金属製のロッドを携えた優男。流れる金髪の先端を束ねている。
「あれ?」
「・・・誰か知らんが帰れよ」
溜め息混じりに石を削る痩身は、小さな彫刻刀へ持ち替えると、彫像の眼鼻を整える。
「あの、貴方のお名前は?」
嫌そうに、心底面倒そうに眉間に皺を寄せた男は、大きく息を吐き、仕方ないといった様子で呟いた。
「タンゼン・コクトー」
「私はイブサリム・ローラン・ホープです」
作業に戻るタンゼン。
「それで?」
「お嬢さんを私にください」
「・・・うちに娘はいないって」
厄日だ。
 そう呟いたタンゼンは、彫刻刀を腰のポーチへしまった。


 要約。
「つまり、作品のモデルにした女を紹介して欲しい、と?」
「はい」
「どこの彫像?」
「セキチク街の馬車駅にあったものです」
「あぁ、それなら髭領主の末娘だ」
担いだ自身の倍は重さがありそうな彫像を肩に、包んだ布をはためかせてタンゼンは歩く。
「紹介してください」
「これから行く。好きにしろ」
そのままほんの半刻で丘の上の屋敷に着いた。
 裏口から中に入ると、戸口の呼び鈴に反応して女給が顔を出した。その女給は手首の銀鎖が白い肌と合う美女。
「注文の品です」
「はい、ではこちらに」
門を抜け、女給の指示で屋敷の中を堂々と歩く。
 石工の痩せた背中からは、妙な存在感が発揮されているようであり、遠くさざめいては慌てて他の使用人は逃げていく。
「設置はここに」
指示されたのは階段の踊り場。それを見ただけでタンゼンは深く溜め息を吐いた。
「・・・もうここには、石柱を置けばいい」
「すみません。度々貴方にご足労いただいて」
「構わんさ。美人にもてなして貰えるならそれで」
「まぁ」
微笑む女給にひらひらと手を振る。慣れたものなのか、設置すると銀貨数枚が革袋で渡された。
「お茶は如何です?ところでそちらの方は?」
「貰おう。こっちは・・・誰だったか?」
「忘れられた!? ホープです! ホープですよ!」
「あぁ、そうか。これからどうするつもりだ?」
「紹介してくれないのですか!?」
絶望的な表情をするホープに、タンゼンは嫌そうに顔をしかめる。
「人のティータイムの邪魔をするな。最近は紅茶も高いからここでの好意はありがたいというのに」
「じゃあ私は!?」
「どうせあの餓鬼だったら上に居る。大体、案内しただけで十分だろうが。裏口ではなく」
「・・・確かに。では、客人として入り直してきます」
裏口へ走る。背中を見送り、ほとほと呆れた様子でタンゼンが溜め息を吐く。
「あの方は?」
「馬車駅の胸像見て末娘に惚れたそうだ。彫った俺のところにいきなり来た」
「それは、また」
怜悧な美貌は女給より女性騎士の似合う彼女は顔を曇らせる。長い睫毛が揺れてしばらく、玄関で轟音がした。
「末の娘が魔物だと知らんだろうしな」
悲鳴と共に遠く破砕音。続く轟音は足音だろう。
「だぁれだこの男ぉは!?」
アラクネ。下半身を蜘蛛とした半人半魔の種族。
 銀髪をなびかせ、仕立てのいい白いドレスに身を包んだ少女が廊下を突進してきた瞬間、糸に巻かれて引き摺られるホープは泣いていた。
「おい! 石工ぅ! この男はぁ! おまぇの縁者かぁ!」
「違う」
「ならぁ! いいなぁぁぁぁ!」
「待って待って助けてタンゼンさん!」
しばしの黙考。
 タンゼンはホープへ喋りかける。
「よかったじゃないか。惚れた女の部屋へ直行だ」
「タンゼンさぁぁぁあん!?」
悲鳴と歓声と共に、アラクネの少女によって一人の青年は何処かへ連れ去られていった。
「ラブロマンスですね」
「肉欲だろう。南無阿弥陀仏」
異国の言葉で彼の冥福を祈り、タンゼンは女給にお茶を御馳走になった。


 翌日。
 見事なカイゼル髭をたくわえた長身の男が、香油で整えた髪と髭を光らせ石工の家を来訪した。
 胸へ叩きつけられる白い手袋。
「決闘だ! 表へ出たまえ!」
「解った」
石柱を楽々と運ぶ剛腕が疾風より鋭く降り抜かれる。
 冗談のようにカイゼル髭の男が吹き飛ぶと、表の大樹にぶつかり息を引き取る。石工という商売柄、彼の自宅兼工房は村から離れた山の裾野にある。目撃者はいない。
「か、勝手に殺すな」
モノローグに突っ込みいれんでください。立ち上がった男がよろよろと家の前へ戻ってくる。
「気はすんだか?子爵?」
この男、名をフォンブラウン・ラッセル・リヒャルト三世。周辺領域を収める、れっきとした領主である。
 その男が鼻血を拭っていると、使用人達も慣れた様子で服を整える。
「き、昨日、お前が案内してきた男、貴族の後継ぎだったそうだが、辱められたと直訴が来た」
「ご息女の礼儀については、俺の責任ではない」
作業台へ戻り、昨日と同じく石を削っていたタンゼンが眉をひそめる。彫刻仕事の方が多いらしい。
「そうは行っても、連れてきたのは君ではないのかね? 責任を感じないのか?」
「これといって。貴族の家に人を案内してきただけで怒られる謂れはない」
「そ、そう邪険にされても困る。あちらでは石工の首を差し出せとまで言っている」
「貴族同士の諍いに発展しないよう、平民の首で済ませると?ご立派だ。確かローラン家だったか」
削岩用の長柄金槌の具合を確かめ、空いていた鞘へ収める。ゆっくりと立ち上がる様子に、泡を喰った様子でリヒャルトが止めた。
「こま、困る! 貴族の家を潰しに行くなぞ正気の沙汰ではない! やめたまえ! いや、やめてくれなさい頼むから!」
「・・・裏の石材から、材料をとってくるだけだ。誰が殴り込みなんぞ」
「やりそうで怖いのだよ。君は」
床にへたりこみかけたリヒャルトを、慌てて使用人達が支える。用意された椅子へ座る子爵を一瞥し、さも大儀そうに戻ったタンゼンも椅子へ座り直す。
「それでどうしたい? 首をよこせというなら、そう口にする相手を叩きのめしに行くが」
「いや、流石にそれは断った。代わりに領内に出る魔物の討伐を請け負うことで手打ちにしてもらってな」
「討伐? よくそんな事を」
「いやいや、討伐とは言っておいたが殺すつもりはない。説得なり力づくなりでこちらの領地への居住を交渉してきてもらえないか? 手段は任す」
「・・・それを、俺に?」
視線から温度が下がる。しかし冷や汗を流すリヒャルトも必死に頭を下げる。
「この通り。いや、一人というわけではない! パーティは組む! 費用も報酬も言い値で私が持つ! どうだ!?」
「・・・・・」
深い、深い溜め息。どれだけ重たいものが吐き出されているのかという呼吸。
 あまりの様子に使用人達が一歩退くものの、あの女給が顔を出した。
「お願いできませんか?」
「仕方ないな」
あっさりと折れたタンゼンに、その場の全員が脱力した。
「き、君、態度が違い過ぎないか?」
「美人にはな。子爵もそうだから再婚したろう?このバツイチ」
最後にはほうほうの体で逃げ出す子爵を見送り、軽く会釈する女給へ手を振り、タンゼンは欠伸を洩らした。
「本職、石工なんだが」
長柄のハンマーを抜き様に振った瞬間、放たれた何かによって遠くの岩が吹き飛んだ。


 晩。道具の手入れをしていると、ドアがノックされた。開けると目を真っ赤にし、それでも泣いているホープが居た。
 格好は旅装。長柄のロッドの先端にはメイス状の突起が増えていた。
「・・・魔物の対応に、一緒に行きます」
「そうか」
ぶゎ!そう表現するしかない泣き方と共にホープがしがみついてきた。
「ひどいじゃないですかタンゼンさん! 僕のがもげてもいいんですか!?」
もげるようなことをされたのかという言葉を呑みこみ、タンゼンが端的に述べる。
「別に構わん」
「ひっど!? それでも男ですか!?」
「男だからだ。女ならともかく同じ男が何されようが知ったことか」
「アンタ見た目より酷いな! こっちは擦り切れそうなことになったのに!」
「・・・帰れよ。下ネタしか言わないし」
「聞いてくださいよこんくらい!下手すりゃ骨を拾ってもらうことになりますよ!僕ら!」
「・・・寝ろ。とっとと」
後頭部へ一撃。昏倒した男を作業台の上に放り出すと、道具を鞘にしまったタンゼンは、とっとと自室へ去っていった。


 前掛けが黒のエプロンになっただけのタンゼンが背中に革の鞄を背負い、ホープは背嚢をベルトで固定する格好でとぼとぼ歩いていた。
「馬ないんですか?これ」
「森や山なら馬は邪魔だ」
「へー。森の中とか行くんだー・・・」
乾いた笑い声のホープを無視し、タンゼンは岩場を軽々と進んでいく。
「石工って、そんな、身軽なもんなんですかぁ?」
既に息の乱れたホープだったが、何を思ってかロッドを前に突き出す。
 短い言葉の連続が魔術式の詠唱だと気付いたタンゼンが足を止めると、ホープの足元から巨大な亀が姿を現していた。
「召喚しとけばよかった。あー、だる」
「召喚術式?お前は?」
「僕、元々が学術公国領の魔術師ですから。まぁ見習いより少しマシなレベルですけどね」
それでもタンゼンが僅かに眼を見開いた事で、ある程度の矜持が回復したのかホープが堂々とした様子で胸を張る。
 その視線が再びタンゼンを捉えた時には、彼は全力で駈け出していた。
「ちょ、どうしたんですかー?」
「この馬鹿が!こんな森の中でそんな魔術の臭いを放散してみろ!腰から下が無くなるぞ!」
「腰・・・?」
背後、何かの這い回る大量の物音。
 振り向いたホープは、笑顔でこちらに迫る大量のデビルバグ種、台所で発見すると嫌な黒い虫の特徴を備える女性の群れを目撃した。
「おとこ」
「おとこのひと」
「おとこのこ」
「やろ」
「やろう」
「おそおー」
「おそおう」
「おそおー」
津波を思わす黒い外殻で高速移動する種族の群れを前に、背筋と股の間に寒気を感じたホープは、召喚獣へ全力で魔力を注いだ。
「こ、今度こそもげる! 待ってくださいタンゼンさん!」
森の中を疾走する二人が、川の中へ逃げるまで走り続ける。
 その日、ホープは旅の恐怖を知った。


 街道に沿った宿場町。
 隣の領地へ至る中間地点であり、猥雑で人の熱気に満ちた様子は、宿場と酒場、歓楽街によって成り立っている。
 諸王領近辺は、王国や帝国と呼ばれる大勢力との直接的な対立を防ぐ為、現在は領主、領地といった単語で統括地を表現する場所が多い。
 王や帝といった最上位の支配階層がない代わり、貴族の立場が強い場所も多い。
 タンゼンが住む田園領や、目指している耕地領などは、比較的に領地が狭く、交通や商業的な要所とも離れている為に比較的平和であり、貴族や領主による統治も確かな形で機能している。
 ただ、それゆえに増長する貴族も存在し、同時に、農耕による外貨獲得を主な資源にしている特色上、職業軍人といったものはいない。多くは契約によって傭兵を雇う。貴族であれだ。
 魔物討伐などの比較的に危険度の高い仕事には高い報酬が発生し、領主より領地管理を任された貴族達は特に嫌がる。
 おそらく、押しつけるに都合がよかった為、仕事を丸投げしたのだろう。そう耕地領の貴族に一抹の怒りを感じた雇われ石工であったが、ある程度で割り切り、宿屋の店主に借りた書物へ視線を落とす。 
 耕地領先代領主の手記である。当時の領主は自己顕示欲と共に文才も備えていたらしく、自身の半生や統治の様子を娯楽小説の文体で描いていた。
 既に時刻は夜も深い。
 未だ戻らぬホープに嫌な予感を覚えながらも、彼が酒場へ繰り出す際に口にしていた言葉を思い出す。
『大丈夫です! 酒飲んで憂さを晴らすだけですから!』
激しく不安だった。
 宿代は先払い、旅の汗は既に流し、食事も最初に済ませた。
 荷物も解いてはいない状況を保ったまま、宿の中が騒がしくなったことを敏感に察知する。
 愛人がヴァンパイアだった事に気付き、驚愕した前代領主の様子までを読んだタンゼンは、本が痛まぬようそっと閉じた。
「おぉ! ここかぁ!? 俺の女に手を出した馬鹿の相棒の部屋とやらは!?」
なんかモノローグの仕事を半減するような説明口調で乱入する禿頭の大男。お前みたいのが場の雰囲気を壊すんだよ。
「んぉ!?なんか罵倒された気がするが、てめぇ! この男のツレだな!」
顔に青痣を作ったホープは、鼻血を垂らしながら手を挙げた。
「お休みでしたかね? タンゼンさん」
「その通りだ。美人局のようだが」
「正解です」
「そうか。言っておくがお前の不運に俺が付き合う謂れはないぞ」
「つっても、この大男、最初から僕ら目当てみたいですけど」
「あぁぁあ!? てめぇら何無視して」
「よし死ね」
剛腕。石材を素手で砕けるのではないかという衝撃と共に腹顔胸顎頬額と流れるような連打を食らい、脇への膝を留めに大男は倒れ伏した。
「うわぁ、えげつな」
大男の手から逃れたホープは、身体の埃をはたき落とし、慣れた様子で大男の懐を探る。
「・・・お前、貴族の血族だろう?」
「酒場じゃこんなの日常茶飯事ですしね。慰謝料貰うのは常識です」
「止めんが。そろそろ男が起きるぞ」
素早く財布ごと手をひっこめ、タンゼンの後ろまで退避するホープ。片手には荷物からロッドを手にしている。
「う、うぅぅ」
呻く男の襟首を掴む。やる事がそこらのごろつきより速い。
「よし喋れ。喋らんと殴り殺す」
「ひ、ひぃぃぃっぃ!聞いてねぇよこんな鬼の存在!?」
その後、鎖骨を指で軋ませたり、肋骨の間に指をねじこもうとしたりするという拷問まがいの手口で情報を聞き出し、男を解放した。
「あんなの素人のやり口じゃないですよ」
「喋らんようなら下で熱湯貰ってくるところだったが」
「もっとヤヴァいことやろうとしてやがった!?」
驚愕のホープさておき、男の話曰く「金くれた奴がお前らから身包みひっぱげばもっと金くれるって言うからぁ! ひぃぃぃ!」とのこと。
 最終的には尻の穴に漏斗を突っ込まれそうになったあたりで全てを吐き出した。つまりはそれだけしか知らなかったわけだが。
「耕地領で、この魔物討伐の反対者は?」
「従姉のヴァーミリアですかね? 今、魔物討伐を理由に私設兵団に金を使ってますから、ここで僕らみたいのに成功されたらその存在意義なくなっちゃいますし。邪魔なんでしょう」
「・・・意外と頭が切れるようだ。驚いた」
「意外ととか言われた! 僕ってどんだけアホの子だと思われてたの!?」
「デビルバグに襲われて美人局に簡単に引っかかってそもそも今回の発端がお前・・・」
「すいませんごめんなさい許して漏斗を構えないで!?」
騒ぎの中で夜は更けていく。


 街道。取り囲む山賊。
 割愛。
「摩耗するは身体の束縛の咎。拘束嵐《バインド・ストーム》」
吹き荒れる魔力を帯びた紫電の嵐によって、魔法耐久力の弱い山賊ジョブの人々は倒れていった。
「・・・山賊ジョブとか、ひとまとめ扱いひでぇ」
はい、倒れた人々は反論禁止。負け犬が吠えるな。
 腕組みしていたタンゼンは、不思議そうな顔をして男達を見降ろす。
「なぁ、お前、誰かに頼まれたのか?」
「あ、あぁ。金をやるから、この街道を通る二人組の旅人を襲えと」
「そうか」
瞬撃。打つ手も見えない速度で放たれた拳で男は昏倒した。
「キナ臭い。急ぐか」
「いやいやいや、この状況で活躍した私に対する称賛とかないんですかい!?」
「よくやった。遠吠えしていいぞ」
「犬扱いとかどれだけ格下!?」
二人は先を急いだ。途中、ホープがこけた。


 閑話休題。一方その頃。
 その美しさは傾国に値し、そのかんばせを見るが為に男は道を違えるのだ。
 そう評されるイブサリム・セアック・ヴァーミリア嬢は、深窓の令嬢とは思わぬ辣腕から、次代の領主とも噂されたセアック家の息女である。
 静脈にには魔物の、動脈には鉄の血が流れ、豪奢なドレスや細身のコルセット、神聖文字を飾ったチョーカーは全て、彼女の姿を偽装する為の枷であるのだという中傷は絶えない。
 羨望に等しく怨嗟を受けながら、その微笑は崩れる事はなかった。
「それで、経過は?」
「山賊は全て麻痺術式で行動不能に。二人はそのまま目的地であるカンツァネの森へ向かったようです」
背の高い女給の言葉に瀟洒な藍色のドレスを着た美女が溜め息を吐く。手元の書類へ羽ペンを走らせ、サインの終わりと共にインク壺へペンを放り投げた。
「お嬢様、はしたのうございます」
「大目に見なさい。こちらは頭が痛いのよ」
美女である。他に表現がない。括れた腰に溢れるほどの胸元、長い脚がドレスの裾野越しに肉感的な質量を晒し、その影を見るだけで男は魅了されるかもしれない。
 顔立ちも美麗、憂いを漂わせた瞳、薄い唇は整い、気品を漂わせる。
「水路の資金援助を持ちかけたら半数が断る、森の中ではいらんものが蠢く、最悪な事に、そのいらんことの仔細まで漏れかねんということ! あぁ口惜しい!」
いきなり激昂したヴァーミリアが書類をバラ撒く。無言で空中の書類を手元へ集める女給は、無言のまま書類を机に戻す。
「ファランクス兵団は?」
私設部隊の名を呟くと、女給は間を開けず答える。
「先日に依頼された黒い東方移民の捜査に出払っております。残っている人員では森への進行は難しいかと」
「確か、どこかの屋敷を襲撃したのだったかしら? その手伝いに少し手勢を貸した覚えはあるけれど」
「はい。何か書物が無くなったそうですが、そのことよりも、たった一人に屋敷の護衛全てを叩きのめされたことを酷く憤慨していたようで。多額の献金と共に嘆願されて」
「適当に切り上げさせなさい。捕縛までは含まれていないのだから」
「鬼ですね。お嬢様」
「論理的とおっしゃい。それで、二人は今?」
「森の傍にある農村に滞在するようです。明日には森の中へ入るようですが」
「そう。オルニス、少し気分転換してくるから。あとの作業はお願い」
「・・・そのうち私がサインの偽造をしている事もバレるのでは?」
「私がそちらに合わせて書いてあるから。まず大丈夫」
「そういった奸智ばかり働くようになって。嘆かわしい」
「臨機応変。素晴らしい言葉ね」
高笑いすらしそうな様子で私室を出ていくヴァーミリア。
 表情こそ変わらなかったものの、深く礼をする女給の背中からはさも「面倒くさい」とばかりのオーラが発散されていた。


 【後篇へ続く】

12/02/04 23:17更新 / ザイトウ
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■作者メッセージ

まいどー。ザイトウです。
何時も通り唐突かつ適当に始めて適当に終わる感じですが。
ご意見ご感想誤字脱字の指摘までご自由によろー。
では。

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