連載小説
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後篇
 前回まで。
 戦争は絶えた事はなく、幾人もの王が覇権を争い国を切り分け続けたことから諸王領と呼ばれた地域で石工を行う男、タンゼン・コクトー。
 彼の作品のモデルとなった少女に惚れ込み、彼女の元までの案内を頼んだイブサリム・ローラン・ホープは、その彼女、領主の娘が魔物であることを知らず、計測不能の速度でコンバインとかジョルト的な行為をかまされてしまう。
 それに怒ったのが彼の実家。家名の恥を注ぐ機会であると同時に、厄介事となっていた領地での魔物騒ぎへの打開の為、ホープに加え、タンゼンまでもが当事者として駆り出される事に。
 その上、領地では魔物退治を名目に組織された私設兵団を組織するホープの従姉、イブサリム・セアック・ヴァーミリア嬢による妨害まで加えられ、事態は悪化の一途を辿っていた。
 領内での軍備増強の為に事態の沈静を望んでいないヴァーミリア嬢。
 領内での騒ぎを収めないと帰れないホープとタンゼン。
 更には、未だ姿の見えない周辺への襲撃を繰り返す魔物集団。
 汚れた前掛けに鑿や長柄のトンカチを腰に、痩身には筋肉、刈った灰色の髪、渋面の似合う十代の終わりといった年齢の男、石工のタンゼンは、随分と前から嫌気に顔を曇らせていた。
 対する身なりのいい若者で、眼鏡の蔓には金の刻印まで入り、上着に白のトーガ。手には長い金属製のロッドを携えた優男。流れる金髪の先端を束ねたホープは、愛想笑いで対応している。
 山賊をあしらって半日。
 目的地であるカンツァネの森を前に、タンゼン達は休憩していた。
 場所は果樹園の成功で儲かっているという農村。
 木々に実った見覚えのない丸く熟れた果実が揺れ、甘い匂いが風に乗って届く。
 宿屋はなかったが、果実の売買を行う商人達が逗留する為の小屋を借りることとなった。
「敵の戦力は?」
「えーっと、少なくとも弓使いと魔術師がそれぞれ。あと、刀剣で武装した奴も何人か。総数は不明ってな話だったような」
「危険だな。それを二人で?」
「いや、交渉、するんですよね? するだけですよね?」
「弓使いは黙らせろ。こちらは前衛を倒す」
「交渉は!? 最初から殴り合い!?」
「三人までなら相手にできる。その間に詠唱を終わらせろ」
「交渉しましょうよ!?」
「まぁ、それは後で考える事にしよう。客だ」
軽いノックの音。騒いでいる事を咎められるのかと、ホープは慌てて戸口に出た。
「あの、すみません」
「あぁ、どうも。何か御用で?」
即座に発揮される愛想と笑顔。こういった対応に如歳ない点だけはタンゼンも認めていた。しかし、言ったところで他に認めるところもあったでしょうという反論を受けそうだが。
「ごはんはどうされますか?」
背を丸めた女性は、葉のついた服をはたきながら喋っている。
 農村で働く老夫婦唯一の息女で、名前は確かシャルロット。日に焼けた肌を麦藁帽子で隠し、こちらの反応をちらちらと伺っていた。
 彼女の両親から借り受けたのが逗留用の小屋で、少ないとはいえ宿代を払うと言ったところ、彼等の好意で食事まで提供してくれることとなった。
「いや、そちらに合わす。気を遣わせてすまない」
「い、いえ! そんな、気にしないでください!」
大げさに反応する彼女に対し、後ろから答えたタンゼンは薄く笑う。
 途端に汗一つかいてなかった顔を真っ赤にしたシャルロットは慌てて一礼し、足早に駆け去ってしまった。
「タンゼンさんも女ったらしですな。くぬ」
肘でこちらをつつくホープを払い除け、タンゼンは鞘に下げていた長柄の金槌を抜き、ゆっくりとした動きで立ち上がる。何処に居ても勤勉な人だと思う。
「さて、それではさっさと済ますか。歩いて行くくらいが丁度いい頃合だろう」
「え? まさか」
ホープの笑顔が引きつる。
 どうにかして考え直してもらえないかと考えたものの、途中で残念そうに諦めるまでの課程が傍目にも解った。
「………短い付き合いだったなぁ。僕のジャック」
「下半身の部品に名前を付けるな。阿呆らしい」
「別れくらい惜しみますよ! 大事な『相棒』だったのに!」
「まぁ、そう簡単に諦めるな。俺の考えが正しければ」
荷物を降ろし、身軽な様子となったタンゼンは、小屋を出ながら告げる。
「腹黒い貴族より、魔物の方が話が通じるだろうさ」


 大型の輸送車両は蒸気釜の余熱が満たされたことで走り出す。吹き出した白い蒸気によって加速していく車体は、豪奢な車内に座る令嬢をゆったりと揺らした。
 ビロード張りの座席に、巨大な室内灯。華美ではあるが機能性も備えており、持ち主の性格をよく現している。
 公国学術領で試験的に運用していたものを買い取ったのだが、駿馬数十頭より余程安定した働きをする自身の買い物に満足げに吐息を漏らしたヴァーミリオン嬢は、整った柳眉を寄せ不快そうに羊皮紙へ視線を滑らせた。軍備増強に伴う支出の増加、領内での農産業についての試算、考えることなど幾らでもある。
「お嬢様」
そのうち一つの報告が届いたことで彼女が顔を上げる。いよいよ片付いたのかと思いきや、もたらされた報告は予想外のものだった。
「到着早々に魔物への接触を?」
「はい。張り付かせていた者には気付いていなかったようですので、そちらが原因で行動を早めたものではないようですが」
「単純に即決即応だったというわけね。この件に関わってさえいなければ是非とも雇いたいくらい有能だわ」
いや、場合によっては言い含めて雇ってしまってもいい。そうすれば口を封じておく必要性もなくなる。
「兵団は?」
「半数が待機中です。ご命令があればどちらにも動けます」
「解ったわ。各自、緊急時には動けるように」
「心得ております」
応じる女給の言葉に頷く。どちらにしろ自分から動く状況ではない。
「あとは、あの二人がどう転ぶか、でしょうね」
自身の運命があの二人に半分ほど握られていることは不服だったが、まだ、自分にとって決定的に不利な状況ではない。
「ふん。メアリー、とにかく急がせて。車輪は持つはずよ」
「ご随意に」
加速する車体。その内部でドレスを脱いだ彼女は、下着の留め具を乱暴に外した。


 鬱蒼と茂る森の中、何の躊躇もなくタンゼンが歩く。素地が違うのが息の乱れたホープと違い、汗こそかいているものの疲れた様子はない。
「置いていくぞ」
「ず、頭脳労働が、僕は専門なんです」
中身の少なくなった水筒を口へ宛がい、喉を濡らすつもりで一口含む。これだけ歩いて自分の半分も水筒を飲んでいない彼の方が元気なのはどう考えてもおかしいと思った。
 石工としての技量のみならず、その多才さは若干の疑問さえ覚える。だがそれがかっこいい。
 むしろ、冒険者だと言われた方が納得できそうだ。
「タンゼンさんって、1人暮らしみたいですけど、ご両親は?」
「生まれてすぐ亡くなったそうだ。流行り病でな。あとは石工の先代である祖父と二人だ」
「お爺さんはそれで?」
「しばらく前に出て行った。誘われていた司法領の工房を手伝っているそうだが、たまに手紙は届く。魔物の恋人が出来たらしい」
「それは元気そうでなによりで」
「その所為で幾らか苦労もした。まぁ、それについては感謝もしているがな」
不思議な気配が彼の背中から漏れる。
 例えるなら暖炉の炎、あれを見る時に感じるものに近い。適切な付き合いを知れば暖かいが、思慮なく触れれば家人ごと家を焼く身近な灼熱。
 そう、有り体にいえばホープは彼に『畏れ』も抱いている。 
 畏怖というほど明確なものではないが、人格とは別に、どこか得体の知れない、掴み所のないイメージはある。
 そういった考えに沈んでいたホープが顔を上げた。彼との会話が途切れていたことを今更に悟る。
「着いたか」
獣道を抜ける。視界が開ける。
 午後の日差しの中、視界には予想外の光景が広がっていた。
 走り回る少女達。
 道端で笑う主婦らしき女性達。
 物々しい格好も居るには居るが、どちらかといえば狩人の格好にしか見えなかった。
 その全てが魔物であることを除けば、実に牧歌的であり、平和な光景であった。
「まぁ、予想通りか」
嘆息混じりのタンゼンに、ホープは目を白黒させていた。
「………え? つまり、どういうことなんですか?」
「要はだな」
集落の方へ足を進めている途中、振り返り。
「ブラフだよ。あの話は」
そう、短く呟いていた。


 車両の中、甲冑の重さにうんざりしながらも、ヴァーミリア嬢は留め金やベルトを留めていく。。
 胸元が窮屈にならないよう曲線を描いた板金の位置を直し、金属の編みこまれた胴衣の上を固めた。
「あの二人は?」
「集落に到着。おそらく現状を把握しているでしょう」
同じように簡素な黒い革の上下に加え、革鎧で武装している女給が短く答える。
「まぁいいわ。どうせあちら側もでしょう?」
「はい。むしろ、予見して動いていた可能性が高いです。捨て駒か陽道代わりでしょう。彼等は」
「現状なら、あとは行方不明になってもどうとでも誤魔化せるでしょうし。本当にクソね。あの狸は」
「お嬢様。はしたのうございます」
「あら、ごめんなさい」
揺れていた車両が止まった。
 降り立った彼女の前には、銀の鎧で武装した兵団が整列していた。
 総数は四百余り。私設兵団としては規模が大きい。
「総員428名! 準備は整っております!」
巨体の兵士を前にヴァーミリア嬢、それに女給が立つ。
 荒れた土地の中、全員が無言のままの時間が流れる。
「ごめんなさいね。けど、力を貸してくれるかしら?」
真剣な眼をしたヴァーミリア嬢の言葉に、正面に立つ男が獰猛なまでの笑みで笑った。
「よしましょうやお嬢様。俺ら、あんたに救われたおかげで家族を守れるんだ。後悔はありやせん」
「そう」
瞼を閉じ、そして開くまでの短い時間。
「行きなさい! 勝利を欲すのであれば!」
咆哮が上がる。
 兵士達は叫びと共に、携えた剣を高々と掲げた。


 村の長、長老と呼ばれる老人を見つけるまでに然して時間はかからなかった。むしろホープの名を出した途端に案内されたくらいだ。あやしい。
「ヴァーミリアお嬢様の使いの方では?」
「いいや。身内であることは確かだがな」
タンゼンの言葉にしばし黙考し、何かを口にしようとした彼だったが、孫らしき少女、蜘蛛の魔物らしき子に呼ばれ、頭を下げながらも部屋を離れる。
「タンゼンさん、つまり、どういうことなんですか?」
痺れを切らしたのか、身を乗り出すようにしてホープが問う。その言葉に眉をひそめたタンゼンは、むしろ訝しがるようホープを見返す。
「お前、本当に気付いてないのか?」
「何をです?」
「何って・・・まぁいい。なら聞くが、ここに来る前のあの村を見て、何か感じたことは?」
「いや、穏やかなところだなぁ、くらいで」
「それが答えだ。周囲の村が襲撃されているから俺達はここへ来たはずだろう? 既に話がズレている」
「あ」
口を開き、呆けたように言葉を漏らすホープの様子に溜め息を吐くと、タンゼンは言葉を続けた。
「男にしろ食べ物にしろ、略奪があるようならあんな穏やかなはずがあるか」
「それはそうですね。いやぁ気付かなかった」
あはははと笑う。その様子に対面の相手から若干の殺意が滲んでいるのにホープは気付いていない。
「そしてこの集落の様子もだ。女ばかりなのに子供の数が多すぎる。おそらく、きちんとした家庭が形成されていて、父親も居るはずだ」
「それはつまり人間の?」
「当たり前だ。魔物の女性化以降に雄がいるという話は聞いたことはない。居たとしても少数だろうから必然的に人間と考えるだろう? 普通は」
「やー、そりゃそうですけど。だったら何で僕達はここに居るのかが」
「そうだな。それならこの話の大本は誰だ?」
「うちのパピーです」
「さて、それじゃあ質問が二つある。一つ目は俺らが振り回された嘘で得をするのは誰で、損に思っているのは誰だ?」
「得をしているのはヴァーミリアですね。そのおかげで私設兵団の増強ができましたから。損したと思ってるなら間違いなく父ですよ。噂の所為で手腕を疑われ、支持率が下がっているわけで」
「二つ目の質問だが、その二人の間に対立は?」
「ありますね。父は反魔物派で、現在は『教会』勢力とのパイプを繋ごうと寄付金と称した賄賂を行っています。その為に領地での徴収も増税中。対してヴァーミリアは親魔物派で魔物との交流による利益を主張し、領民の支持を得た上で父の方針に反対していますし」
そこまで話しているうちに考えがまとまったのか、渋い顔でホープが不安げにタンゼンを見た。
「つまり、これはお家騒動だったわけですか。それもうちの」
「当たりだ。しかも、対立の表面化に加え、火種も放り込まれてしまった」
「何ですそれ?」
「俺達だよ。実子が反主流派のテリトリーで危機に晒されているということになればお前の家も兵力を動かせる。その理由作りの為にお前は用意されたんだよ」
「じゃ、貴方は」
「家の恥を注ぐ為という表向きの理由に説得力を増す為に付け加えられたおまけだよ。まったく、厄介なことに巻き込まれてたな」
「どうしよう?」
「決まっている」
立ち上がったホープが町を見回す。目線の先に居たのは見目麗しいハーピーの女性だった。
「女性をお茶に誘うのはどうだ?」
「それは素晴らしい。ところでこの村にそういった洒落た場所はないですが」
「なら少し遠出だ。飯の用意をして貰っている以上、それまでには戻らんと駄目だが」
微笑む彼女の方へ一歩踏み出す。険しい顔をした彼が口元にだけ笑みを浮かべる様子に、彼女もまた微笑で答えていた。
「この村にアルラウネとハーピーは居るか?」
 続く言葉は、少々想像と違っているようだったが。


 灰色の甲冑と銀色の甲冑、それぞれが平原を挟んで対峙する光景もかれこれ一時間が経過していた。
 戦力差は3対1、厳しいが無理ではない。600対200ならそうサイコロの出目も悪くないだろう。
「交渉は?」
「即時の武装解除と全面降伏を要求しております。まぁ、このまま貴方の持つ公国学術領との交易ルートなども欲しいでしょうしなぁ」
「愚かな叔父で御免なさいね」
「なぁに、お嬢さんの才能でお釣りがくらぁ。さて、それでは始めますか」
「えぇ」
短く鼻を鳴らす。号令の為に呼吸を吸い込もうとした刹那、彼女の頭上を何かが過ぎった。
「え?」
敵方に航空戦力は確認されていない。飛空艇の一つでもあるのなら、諜報活動に引っかかっているはずだ。
 そう認識するより先、羽が舞い降り、見上げていたヴァーミリアの頭上を過ぎる。
「これは」
そのまま降下していく影が戦場となる草原の中央に降り立つと、その一瞥をヴァーミリアへ向けていた。
「まさか」
薄汚れたエプロンと、鋭い視線。
「タンゼン・コクトー」
その名が届いたか、それとも様子から察してか、その貌が僅かに笑っていた。

 と、飛び去る翼持つ乙女の姿を見送り、タ、ンゼンが歩き出す。
「あとでお礼に何か送った方がいいですよね?」
「そうしておけ。酒なんてどうだ? この間寄ったところの蜂蜜酒、評判がいいらしいが」
「いいですね。ところでこれからは?」
「打ち合わせ通りに。ところでお前、家での立場は?」
「貴族ですからねぇ。お家と権力に執着してるあたりはらしいと言えばらしいですが、人徳と家族愛は期待できませんし」
「あまり楽しい冗談ではないな」
灰色の甲冑をまとった瓶子達の間を愛想笑いで走り抜けるホープに続き、タンゼンも走る。こちらはもう正直走りたくなかったが。
 怪訝そうな顔の兵士達を間を駆け抜けていたが、次第に兵士達の目に不審の光が宿っていた。
「ところで、お前はこちらについていいのか?」
「正直、魔物だろうと何だろうと女性が減ることになるようなら断固として戦います」
「趣旨が明確で素晴らしいな」
「お褒めいただき光栄です」
「褒めてはいない」
そのまま進もうとしていた彼等に、隊長格らしき男が立ち塞がる。
「待て。お前達は誰だ?」
身なりのいい男と、前掛け姿の二人組という奇天烈なメンツに虚をつかれた感はあるが、さすがに将たる者のいる場所まで素通りさせてはもらえなかった。
「あ、イブサリム・ローラン・ホープです。もしよろしければ、父のところに案内してもらえませんかね?」
「………残念ですが、お父上の命令で誰も近づけるなと言われてるもんでしてね」
その手は既に腰の長剣へ油断なく伸びている。その言葉を予想していたのかホープは落胆こそすれ哀しむ様子はなかった。
「ホープ、やはり無理だ。諦めろ」
「そうですね。やっぱり僕が、甘かったんですね」
タンゼンが一抱えほどの壷を取り出す。
「やっぱり、犠牲のない解決というのは、無理ですよね」
諦観。だが同時に、悪魔じみた微笑によって示される怒り。
「いい加減、僕だって怒ってるってこと、ちょっとは行動で示しときますか」
高く放り投げられた壷が天高く舞う。
 そこへ杖を構えたホープを中心とした暴風が吹き荒れ、更に上空へ壷を押し上げる。
 加えて、吹き荒れる旋風が壷を破砕し、中に詰まっていた液体を気圧や風速によって霧状に変化させた。
 口元を覆うタンゼンと気圧の壁を作るホープを前に、気付いた男が恐怖の叫びを上げた。
「毒だ! 全員口を塞げぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
その言葉がどれだけの効果を発揮したかは。
 残念ながら、隊長格らしき男が知ることはできなかった。


 唖然とした様子で敵となるはずだった場所を見るヴァーミリア。
 倒れ伏していく男達の様子に毒の可能性を即座に悟ったものの、かといって近付くこともできない。いや、勝手に自滅してくれるというのならむしろ歓迎すべきことだろう。
 とはいえ。
「………あっしら、もしかしてこのまんま見てるだけで終わりですかね?」
「いえ、警戒だけはしておいて」
あの二人の意図も解らないし、それに越したことは。
 そう考えていた彼女の耳に、今度は大量の蹄の音が聞こえてきていた。


「みんなー! 喧嘩はなしねー!少なくとも一人に一人ずつくらいは居るからー!」
「きゃー! この人チョーいい筋肉! これは惚れるわ!」
「ちょっと! こっち来て! このひとすごくたくましいわよ! 主に下半身が!」
「え、嘘! そこの彼イイじゃない! 独り占めにしないでよ!」
 黄色い声と姦しい会話を他所に、すたすたとタンゼンとホープは前進していく。
 周囲では大量の馬車、それもケンタウロスやユニコーンの女性達がひいてきた馬力不明、最高速不明の馬車の幌の中、倒れ伏した男達が次々に運び込まれていく。
 男達は何かを堪えるような表情のまま蹲り、抵抗すらできないまま運び込まれているが、幌の奥からは『見せられないよ!』と張り紙でもしておかないと危険な光景が展開されていたようだ。言葉にするとコンバインやラクロス的な単語で説明できそうなセッション行為とでも言うべき色々が。
「さて、行くか」
「なんか罪悪感を感じるような感じないような」
種明かしとしては実に単純だ。
 彼女達はあの村の住人で、タンゼンの「男を浚い放題の場所があるが来ないか?」という誘いによって彼等を追ってきたわけで、男達が動けなくなっているのはアルラウネの蜜、それも原液の散布によって突如として強張った下半身の反応が、革や鋼の鎧の中で締め付けられた際の激痛によるものだったりする。
 あとは男と女のラブゲームの様相となったわけである。
「気にするな。どちらも損はしてない」
「そうかなぁ………?」
 奸智。 
 そう表現すべき芸当だが、かといって、彼の言う通り、誰かが損をしているようには思えない。
 いや、唯一、一人だけが損をしているだろう。明確に。確実に。
 走り去っていく淫猥な馬車。
 4割近くの真っ当な傭兵を真っ当でない手段で戦闘不能として彼等は、残った本陣へ向かった。
「あそこに蜜は?」
「嫌だなぁ。飛ばすはずないじゃないですか」
そう微笑む彼の顔は、何時もと変わらぬ柔和なもの。だが、そこに秘められた憤怒を感じ取れないほどタンゼンも間抜けではなかった。
「さて、あと数刻で飯の時間を彼女達に合わすと言ってある以上、さっさと戻らねばならないが」
「はいはい。無論お時間はいただきませんよ。なんせ」
ホープが魔方陣を展開し、魔術式を構築する。
「手加減するつもりもないですから」
本陣の幕が開き、武装した男達が即座に反応するも、そこへ巨大な亀が吶喊していた。剣で切れぬ甲羅に俊敏な首に翻弄された隙、暴風を伴う雷撃が彼等を襲った。
 続けてタンゼンが槌を振るうと、殴打された地面が炸裂し、津波のよう土石が舞い上がる。本陣の最も大きな区画、生地も規模も装飾も他とは桁が違う天幕を囲む兵隊が石つぶてに顔を叩かれる。
 だが、顔を庇えば、即座に接近したタンゼンが槌を横薙ぎに一撃。崩れ落ちる男を無視し、今度は槌の石突で地面を打つ。途端に乱立した小さな石柱に幾人もの男達の足元が掬われた。
 あまりの力量は素敵すぎる手際で振るわれる。
 高額な報酬に見合わない傭兵達の醜態に、奥に座っていた壮年の男性は狼狽する。その顔立ちは何処かホープに似ているようにも感じたが、たるみ、覇気のない身体は、それが勘違い
としか思えないほどしなびて薄気味が悪い。
「お、おま、お前は、何をしたか、解ってるのか!?」
息継ぎするような不規則な呼吸と叫びに、彼は小首を傾げるよう応じる。その平素と違いのない様子が、余計に老いた男の怒りを刺激したようで。
「おい! ハーケンド! 斬れ! やつを斬れ!」
「仰せとあれば、従いますが」
今まで気配すら感じて居なかった相手の出現に、ぴくりと、タンゼンの眦が上がる。即座に反応した彼の槌に、同じよう長剣を振りかぶった痩身の男が迎え撃つ。
「おま、おまえは自ら、家を出ておいて! いま、今更何、を!」
長柄の槌が長剣を受け、更には遠心力を利用した強打で応戦する。しかし、長剣による鋭い蓮撃は間断なく彼を襲う。
「まぁ、逃げたといわれればその通りでしたが、こう、なんでしょうかね? 貴方の馬鹿さ加減によって、無理矢理引き戻されてしまったわけですよ。こんなくだらない闘争に」
「富、を! 求めることは、貴族たるものの義務だ! それを理解できんものがこの場で何をほざく!」
「利益の追求、それ自体は否定しませんが、貴方には才能ありませんよ。搾取による領地の先細り一つ理解できていない貴方なんかに掴めるものはないって、そろそろ気付きましょうよ?」
「黙れ! 領地の何を知るわけでもないお前が!」
長剣が浅くタンゼンの背を斬る。だが服一枚を掠めた斬撃の返礼とばかりに、掬い上げるような一撃が痩身の男の脇腹へ叩き込まれた。
「領地云々はその通りですがね。かといって、貴方じゃ人徳もないですしね。だって」
必死に身を捩り、反撃しようとした痩身の男へ、何時もと同じく、そして何時もと変わらず、石工の豪腕が炸裂する。
「先代の頃は付き従ってくれた騎士が一人もいないのは何でだと思ってるんです?」
その答えが返ってくることはなかった。戯言はそこで終わる。
 横向きに薙ぎ倒された父は、吹き飛んだ男ごと横転し、血の泡と共に首が捻れていた。
 単調な幕切れ。
 かといって、どんな言葉を父から聞きたかったのかと自問した途端、そこに答えがないことを遅れて悟る。
「すまんな。邪魔をしたか?」
「いいや、ちょうどよかったくらいですよ。まぁ」
落胆はする。
「ちょっと、やるせない気分にはなりましたが」
 だが、やはり哀しくはなかった。


 喧々諤々。
 久方ぶりに顔を合わせたというヴァーミリアの勢いに、さしものホープも冷や汗を流していた。領地に関する新たな取り決めを行うというのであればここからは彼の領分だ。自分の仕事は既に終わっていると、タンゼンは近場の岩の上へ腰を下ろした。
 それこそ石工である彼がこんな仕事を頼まれている時点で不服なのは確実だが、彼等こそが、この領地を支えてきた裏方であるという事実もある。
 石切り場での仕事は罪人か、もしくは奴隷の仕事と蔑まれてきた。単純な肉体労働であり、石切り場での危険から、彼等は押し付けられてきたのだ。汚れ仕事と。
 しかし、時代が変われば、彼等の在り様も代わる。
 奴隷制度は立ち行かなくなり多くの国が捨てた。タンゼンの住まうあの領地でも。
 罪人はもっと苛烈で、もっと悪逆たる用途に用いられるか、鋼鉄の独房が与えられるようになった。
 そして石工は、選んでその場に残った。
 誰かの家、誰かの為の道、誰かの為の祈りの場。
 彼等はそれを生み出すことを望み、叶える為にその道を生きることとした。蔑みに抗い、己の道の為に戦い、進む道を。
 拳と槌。たったそれだけで。
 聖人などとは決して呼ばれない。認められることすらないまま、彼は。今もまた、石を彫るのと同じ理由を元に戦う。
 あぁ、なんて。
 なんて。
 可愛い人。
「なぁ」
え? 
「連絡、頼めるか?」


薄汚れた黒髪越し、タンゼンは背後、いや、私を見ていた。
「連絡、頼めるか?」
そう呟き、首を巡らせた彼に心底驚いた。だが、やっぱりとも思った。
「は、はい」
 気付いていないふりをしていたのだろうなとは思っていた。
 そりゃ途中で突っ込みまで入れてたのだから当然と言えば当然なんだけど。普通は突っ込まない。というか、人の脳内会話を察知した上に話しかけてくる人が大量にいるのはどうしてなのだろうか?
「それは簡単だ。お前の呟きがたまに漏れていた。ほとんど、風の音と同じ程に、だが」
さいですか。
「それにな。香りが、するんだ」
え?
「お茶を飲むのがあの屋敷に行く数少ない楽しみでな。いつも、茶葉のいい匂いがするアンタの手が好きなんだ」
「それは、光栄ね」
まぁ、なんて、殺し文句なのかしら。
 銀鎖を鳴らす。スカートを翻す。
 その場にちりんというか細い音が鳴り、驚く周囲の人間が、白い肌の上、揺れる銀鎖が崩れかけた鎖帷子の垂れたものだと今更に気付いたのだろう。
 クノイチ。東方において名を知られた異能者、隠密や隠形、草と呼ばれる特殊な職能会得者の名であるが、この大陸においては魔王の影響を受けたサキュバスの異種でもある。
 隠れ潜むことを生業とするものとして、ワタシは少々力不足だったのかもしれない。
「それで連絡とは?」
「当主に話が済んだことを伝えておいてくれ。あと、戻るのは少し遅れる、とも」
どうして?
「ここの石の質はよさそうだ。少し、調べてみたい」
貴方って、そんなことばっかり考えてるの?
「石工には、石を彫ることこそが贅沢だよ」
その言葉に私は、仕方ないわねとばかりに笑うことしかできなかった。彫れた弱み、ではなく、惚れた弱み、というものはどうしようもない。
 

 結局。
 とある田舎の農村に、数百人の廃業傭兵達が移住しただの。
 諸王領の片隅で、交易拠点として発展を始めた地方都市が出来ただの。
 そして。
 口数の少ない石工が、ときたま領主の家でお茶を飲んでいるだけだの。
 なんのことはない、瑣末で、ごくごく普通の結末が待っていた。
 そしてワタシは常と代わらぬメイド家業。
 もう一つの役割は、平和という二文字によって開店休業状態。
 紅茶を注ぎながら溜め息を吐くと、タンゼンは湯気から香る茶葉の芳しさに眼を細める。
 知らぬ人間には、朴訥で、どこか人を拒むような空気をまとう厳しい容貌に見える。
 しかしワタシには、優しい横顔だと思う。
 そんな彼へ向けて微笑んでいると、遠く誰かの声が聞こえた。
「おーい! タンゼンさぁーん!」
 その視線が上がり、屋敷への坂道を誰かが杖を手に駆けて来る。あの無駄に元気なトラブルメーカーは、今度はどんな面倒ごとを持ってきたのか。
 人のスイートタイムを邪魔するとは、あまりに下賎な来客だった。飛び道具で尻の穴を増やして差し上げようかと真剣に悩む。
 そのくせ彼は無愛想なふりをして、また軽々と相手を助け、解決してしまうだろうという予感はあった。

 石工のおとこ、はたらきもの。
 石工のおとこ、いしをはこんでえっちらおっちら。
 石工のおとこ、わらうをいとい。
 石工のおとこ、さいなんばかり。

 石工のおとこ。
 けれどもあいされきょうをすごす。


                                      - 終 -
12/07/05 20:52更新 / ザイトウ
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■作者メッセージ
おひさ。
ザイトウです
最近は忙しくてモムーリ?o(゚Д゚)っな感じでしたのよ。
しかし、ちょっと時間がなんとかできそうなので書きかけを加筆修正しつつアップさせていただきました。いえい。
さて、今後についてですが、ちょっと魔物娘メインの話も考えてますが、断碑ーるとか滾りますよね。個人的に。

そいでは今回も誤字脱字指摘から感想感情感動のお言葉までお待ちしてます。
ただ、精神のパラメータは基本的に低いので、罵詈雑言はご勘弁で。
ではー。

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