連載小説
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EX.TAKE AFTER STORY
『会見に於いて帝国科学研究所の松本理事長は――

「……滑稽だな、帝科研。SRAC菰方事件から何も学んじゃいない。バブル期のジジイどもがインキュバス化で延命したからって調子付くからこういうことになるんだ」

 激動の古坂彦太郎杯から幾日か経ったある朝。草原に佇む"志賀邸"の一室にて、朝食中の雄喜はテレビを見つつ気ままに毒づく。

(魔界化と魔物化は救いだなんてのは紛れもない事実だが……世の中には魔界化や魔物化だけじゃ救えない奴らもいるんだよなぁ。まあ、悪事から足を洗う切っ掛けになったんならある意味救われてるのかもしれないんだが)

 雄喜は朝食のベーコンエッグを頬張りつつ、あの大会の後に起こった出来事を回想する。

(まさかあんなことになるとは……)

 怪しさ満点の自称レッサーサキュバス・十五夜ヒマリを打ち破り第三回古坂彦太郎杯の優勝を勝ち取った雄喜。『これで全てが終わった。あとは適当に表彰なり賞金贈呈なりして貰って帰るだけだ』と安堵しきっていた彼だったが、然し事態は収束しておらず……寧ろそこからが本番であった。対局を終え盤面を離れようとしたその瞬間、十五夜ヒマリが殴り掛かって来たのである。
(あれは若干驚いたぞ。まあ、挙動を考えればそれぐらいしてもおかしくないような奴だったわけだが)
 理由は至極単純。3000万円の賞金に執着し過ぎる余り自らの敗北を認めようとせず、自棄を起こしたからであった。雄喜は予想外の展開に面食らうもそこは百戦錬磨のアクション俳優、無駄のない動きでさらりと躱す。結果ヒマリは空振り序でに柱へ激突する醜態を曝す。ともあれ取り押さえねばと係員が近寄ろうとしたその刹那、油断しきっていたヒマリは突如乱入してきた魔物三匹――ファミリアに魔女とレッドキャップ、即ち自身の"部下"たる面々――に襲われる。
 この場合の"襲う"とは所謂"性的な意味合い"によるものではなく、その証拠に三匹は皆それぞれ凶器に相当するものを手にしていた。
(怒り狂ったFFC団は係員の制止も気に留めずヒマリを袋叩きにした……『よくも騙したな』『全て嘘だったのか』『散々こき使いやがって』と喚き散らしながら……)
 会場に集いし者たちは皆察した。あのレッサーサキュバスは賞金のためにチームメンバーを騙していたのだろうと。だがその推察は完璧な正答ではなかった。

(そうとも。『下品で性悪のレッサーサキュバスが金欲しさに魔物を騙してた』ってのは厳密には間違いだ。
 何故って……


 十五夜ヒマリは、レッサーサキュバスなんかじゃなかったんだからな。
 もっと言うなら『レッサーサキュバスの十五夜ヒマリ』なんて奴は、この世に存在すらしていなかった)


 袋叩きに遭うヒマリの懐から、ふと何かが転がり落ちる。それは小さな電子機器のようで、ヒビが入り今にも壊れそうな――というか実際、程なくして壊れた――ほどボロボロであった。
 機器が壊れたのと同時に軽快な破裂音が響き、四匹は白煙に包まれる。そして煙が晴れたときそこに『レッサーサキュバス十五夜ヒマリ』の姿はなく、ただ彼女と同じ服を着た、痩せこけた醜い中年男が横たわっていたのである。

(当然会場は大混乱、僕自身何が起こったんだかわからなかった。人相から男の身元を特定しようにも腫れやアザだらけで誰だかわからない。仕方なく運営は警察に通報、駆け付けた人魔混成の警官隊によってFFC団と男は呆気なく拘束・補導されていった)

 予期せぬハプニングこそあったものの、運営の対応と判断により大会は続行された。
 優勝者である雄喜には賞金2200万円が贈られ、他の出場者の内克己を含む幾人かも運営から表彰され、幾らかの景品が配られた。

(賞金額が減らされたのは態度の悪さのせいか、或いはターンスキップのせいか……まあ、優勝できたなら賞金が幾らでも構わんがね)

 かくして第三回古坂彦太郎杯は幾らかのハプニングこそあったものの大団円の内に幕を閉じた。
 それと時を同じくして、レッサーサキュバスに化けていたみすぼらしい中年男にまつわる騒動はここから急転直下の進展を見せ始める。

 警察により拘束された"偽・十五夜ヒマリ"たる中年男の身元はすぐに判明した。その名は池内権能。フランチャイズチェーンカードショップ『デュエルエンパイア』の創業者にして『平成日本のTCG業界を活性化させた立役者』とまで称された元実業家であった。

(中年男が幼児体型のレッサーサキュバスに化けてたってだけでも驚きなのに、その正体がまさかあの"マスター池やん"こと池内権能だったなんてなあ……)

 嘗て池内は腕利きの経営者にして優れたクリエイターであった。然し彼は性格に難のある人物でもあり、しばしば要らぬ騒動や不祥事を起こしていた。そして彼は平成の終わり頃から徐々に零落の一途を辿っていく。各地の『デュエルエンパイア』は風評被害由来の経営不振から次々閉店に追い込まれ、莫大な予算を投じて開発したオリジナルのTCGは全く売れず赤字続き、更には他社から裁判を起こされ惨敗……落ちぶれた末に経営者としての地位も失った池内は、その後誰からも忘れ去られひっそりと表舞台から姿を消した……そう、表舞台からは。

 社会の日向に居場所をなくした池内は、新天地を求め裏社会に潜った。然しその時点で彼の経営者・クリエイターとしての力はすっかり衰えており、然して稼げぬまま賭博などの浪費で借金が膨らむばかりの悪循環に陥ってしまう。
(ニュースによれば、池内とFFC団が出会ったのがちょうどその頃らしい。偶然にも街で奴らを見付けた池内は、くすねたオンボロの簡易変身魔術装置でサキュバスに化けようとして失敗、仕方なくレッサーサキュバスの十五夜ヒマリを名乗り奴らに接触。言葉巧みに騙して手駒にし、詐欺や盗みなどの悪事を行わせていた……)
 真偽は不明乍ら、それら行為には魔物の理念に反するものも数多あるとの話も出ていた。仮にそれが事実ならば、FFC団もまた池内の被害者なのかもしれない……雄喜はそんなことを思った。
(とは言え、清掃員の職を放棄し逃げ出した挙句犯罪者に自ら与したのは事実だから同情も擁護もせんがね。あと奴らには色々と前科もあるしな。一連の件で本当に被害者なのは精々中野くらいのもんだろう。彼女にはそれ相応の事情があったからな)

 試合後忽然と姿を消したグレムリンのトラケミーこと中野勇子。彼女が池内一味に所属していた理由は衝撃的な"相応の事情"によるものであった。その事情について説明する為には、まず彼女の正体と過去について述べねばならない。

 勇子の母は工学者であり、父はプロレスラーであった。二人の間に生まれた勇子は、母に憧れて工学者を志すようになり、また父の影響で『魅せる戦いを楽しむこと』を生き甲斐にするようになった。結果、勇子は幼少よりゲームの達人として名を馳せつつ、情報工学の博士号を所得。大学院卒業後はその優秀さを見込まれ、大正より続く由緒正しき研究機関『帝国科学研究所』に所属。明るく情熱的な性格から大勢の人々に慕われ、充実した日々を過ごす。

 彼女が帝科研に配属されてから何年かが過ぎ、ある程度の地位に上り詰めた頃。人魔共存社会を根幹から揺るがしかねない恐るべき事態が起こった。とある新型コンピュータウイルスの蔓延である。

 そのウイルスは極めて特殊かつ厄介な性質を有していた。感染した電子機器の画面を見た人間の精神を狂わせ、魔物や魔物に関わりの深い存在――例えば魔物の起源たる異界やインキュバス等――を無差別に憎悪・攻撃するよう仕向けるのである。
 このウイルスの影響により先進国を中心として世界各地で反魔物の風潮が強まり、迫害を恐れ異界へ逃げた魔物も少なくなかった。事態を重く見た魔王軍は東奔西走、とあるサバトが『魔物・インキュバス化した人間は魔物への敵意を失う』との実験結果に基づき『世界各地に無数のダークマターを配し一斉に魔力を炸裂させ地球全土を魔界化させる』作戦を立案する。それはまさに文字通りの最終手段……親魔派である異界首脳陣のほぼ全員がこれに賛同。更には魔王夫妻やその娘達さえも危機的状況に賛同せざるを得ず、計画は実行されるかに思われた。

 然し、これに待ったをかける者が居た。過激派こと急進派を率いる魔王家四女、デルエラである。彼女は言う。『安易に地球を魔界化するのは短絡的かつ性急である。人間が狂った原因を突き止めることを優先すべきである』と。これには当初批判が殺到した。特に彼女の姉に当たる不思議の国の統括者たる三女、通称"ハートの女王"は『魔物化と魔界化はお前たち過激派の目標ではないのか』と強く非難した。
 然しデルエラは決して引き下がらず『魔物化・魔界化は救済であり、それらには風情と情緒が必要不可欠。ただ魔力で変異させ狂気から解放するのでは真の救済とは言えない。何より原因不明のままでは魔界化以後同様の事態に陥らないとも限らず、そうなれば我々でも手出しできなくなりかねない』と主張。
 もしもの時は全責任を自身が負うとまで宣言。彼女の気高き覚悟と信念に心打たれた異界首脳陣は、魔界化作戦を一時的に取り下げる。

 それから丁度二日後、帝科研所属の電子工学者が件のウイルスを発見した。この学者こそ中野勇子その魔物(ひと)であった。

 世界各地で頻発する人魔発狂の原因が未知のコンピュータウイルスにあることを突き止めた勇子は、同じ研究室に所属していた親友の天崎浩介や後輩の赤村修司、またその他大勢の同志たちと結託。研究に研究を重ねた末、ウイルスの根絶並びに感染機器と影響を受けた人間の精神を修復する"ワクチン"の開発にも成功。斯くして人魔共存社会崩壊の危機は食い止められた。

 ……と、ここまでならば単なる『人間と魔物が手を取り合って危機を乗り越えた話』で済まされたであろう。然し事態はここで思わぬ方向へと動き出した。

 帝科研上層部が、件のウイルス発見並びにワクチン開発の手柄を勇子たちから奪い取ったのである。

(……帝科研の手腕は恐ろしいものだった。何せ当時僕ら外野はそれに全く気付けなかったんだからな……帝科研の奴らが何を考えていたのかはわからんが、大方は菰方の時と同じだろうな。『若造が手柄を立てたのでは面目丸潰れだ』とか『女が偉業を成し遂げたのが気に食わない』とか、或いは『人間の作り上げた研究所で魔物がでかい顔をされたのでは都合が悪い』って所か)

 情報工学者、中野勇子は手柄を奪われた。のみならず帝科研は徹底的な証拠隠滅を試み、彼女を徹底的に追い詰め事故に見せかけて始末しようと目論む。結果的に彼女は法的に死者となり、手柄を横取りされた事実は闇に葬られた。更に、勇子の悲劇はまだ終わっていなかった。

(中野は生きていた。だが今回の場合、死ねなかったのが逆に不幸を増幅させた。戸籍も地位も金も家もなく、親類縁者や嘗ての同志たちも殆ど行方知れず……それでも誰か自分と近しい者を求め、彼女は必至で動き続けた)

 尽力の末、彼女は同業者で親友の天崎の所在を突き止めるに至る。実は勇子は彼に恋心を抱いており、ウイルスとの戦いが終わった暁には浩介へ告白するつもりでいたのだ。『他の誰に出会えずとも彼に出会い改めて想いを伝えたい』その一心で彼女は天崎浩介が棲むというマンションへ向かった。
 だがやっとの思いで辿り着いたそこに、親友の姿は無かった。程なくして現れた"彼"と親しかったという近隣住民に話を聞くと、その住民はこう答えた。


『彼女は恋人と共にパンディモニウムへ旅立った』



 信じ難い言葉に、勇子は絶句した。
 詳しく聞けば、そもそも浩介は生来の同性愛者であり、後輩の赤村修司に思いを寄せていたという。
 そしてその想いを押さえ切れなくなった彼は、愛しの修司にとって真に相応しい存在となるべく過激派の門を叩き、アルプとなった。
 そして修司に思いを伝え彼と結ばれた天崎浩介改め赤村浩美は、未だ証拠隠滅の為自分たちを突け狙う帝科研の凶手から逃れるべく、堕落神の統治する異界パンディモニウムへ旅立ったのだ。


(中野は絶望した。勿論親しかった二人の幸福を願いはしたが、それでも彼女の憎しみは消えなかった。そうして目的もなく各地をふらついていた所、池内に拾われた。中野から話を聞いた池内は帝科研への復讐を手伝う代わりに自分の傘下へ入るよう持ち掛けた。中野は藁にも縋る思いで池内の傘下に入り、奴の悪事に加担し続けた)

 窃盗や詐欺、破壊活動……勇子の技術は様々に悪用され、各地で甚大な被害を出した。

(そしてまた、中野が池内に強いられた悪事の中には『海宝館』の恐竜ロボット暴走事件もあった。キラメキングダムを逆恨みしていた池内は、その傘下施設である海宝館を荒らして憂さ晴らしをする為中野に命じて館内のコンピュータをハッキングさせ、恐竜ロボットを暴走させると同時に管制室へ件のウイルスを参考に作り上げた催淫プログラムを流し込み館内を機能停止に追い込んだ。序でに救助を入らせないよう、バイリスカリスも使ったんだったか……どうせ回復できるんならもう少し痛めつけても良かったかもしれん、あの池内)

 続いて池内は『復讐の為には大金が要る』と言い出し、魔物たちを連れ最高賞金3000万の古坂彦太郎杯へ出場し……それから先の展開は、本編で述べられた通りである。
 雄喜との対局を経て自分の過ちに気付かされた勇子は池内の傘下を抜け出し、そのままある人物にコンタクトを取った。その人物とは……

(然し驚いたよ。まさか中野が鯖木鳴海に一連の情報を売ったとはな……)

 鯖木鳴海。様々なゴシップネタを集めては記事や動画として発信、広告収入を得て稼ぐ配信者の中でもかなり悪名高い一人である。

(鯖木とコンタクトを取った中野は交渉の結果奴の動画に実名と顔を曝して出演。帝科研や池内の悪事等、一連の件に関する全ての情報をネット上に解き放った……。鯖木は元々業界でも中堅クラスとされ、その影響力は絶大だ。中野が喋った情報は瞬く間に拡散。帝科研関係者や鯖木を憎むアンチ共により動画は炎上、通報され規約違反により削除されたが削除の度第三者により転載され続け、更に中野は動画撮影直後に警察へ駆け込み自首。既に拘束されていたFFC団や池内がボロを出したこともあり警察も動かざるを得なくなり、テレビ番組のニュースでも取り上げられ、一般人たる僕も知る所となっている、と……)

 その後これら一連の事件に関する証拠を掴んだ警察は池内を逮捕。四人の魔物については法的な扱いに困っていたものの、勇子については『自分は紛れもなく犯罪者である。魔物ではあるが人間の法で裁いて欲しい』という当人の希望を尊重し池内に続いて逮捕された。残るFFC団ことプロシオン、バイリスカリス、アチャティナの三人は紆余曲折を経てカジョール・サバト傘下の魔物学校へ戻され、引き続き住み込みの清掃員アルバイトとして監視付きで働かされる事となる。

(……FFC団の奴らについては正直納得いかないところもあるが、まあ現行法ではそれが限界なんだろう。奴らは所詮その程度の存在だったと考えるしかないな)

 回想を終えつつ膨大な量の朝食を食べ終えた雄喜はすっと立ち上がり思案する。さて今日は何をしようか。このままテレビを見ようにもきっと面白い番組はやっていない。録画のストックもそれほどなかったはずだ。
(外出……今日は気温が上がるし日差しも強いからやめとけってガイドにあったな。
 じゃあ電子遊戯室……なんかゲームする気分でもないんだよなぁ。っていうかデートがしたい。なんなら女の子とエッチなことがしたぁ〜い……なんてな。だが実際ムラムラしているのは事実。こんなのでゲームやっても集中できないしなあ……)
 嘗ての彼からは考え難い独白である。魔物との触れ合いは人をこうまで変えるのか。
(これはメイドの誰かを誘わねばならんな。何なら全員でもいいわけだが……やはりここは彼女だろう)
 雄喜はアプリ『志賀邸らくらくガイド』を起動。メイドへの個別連絡画面を開き、メイドの一人へ連絡を取る。




「予想以上にだだっ広いな……」

 "志賀邸"南南西に備わる屋内プール。何処かの観光施設かと見紛う程の広大さに、雄喜は思わずぽつりと呟く。続いて『これだけのものを建造するだけでも何億かかったのだろうか』などと考えそうになったが、曲がりなりにも"豪邸の主"としてそんな庶民じみた感想を抱くのはどうなのかと思い、脳内を切り替える。
「……まさか水着までもあんなに種類があるとはな。あれも氷室先生が選んだんだろうか」
 プールに入る以上、水着に着替えねばならない。屋敷で着物を選ぶとなればやはり『ガイド』か……そう思って試しにアプリを起動して、雄喜は驚かされた。何せ種類が多い。男性用水着なんて精々あっても両手で数えきれる程度だろうと思っていたのに、両手どころか両手足でさえ数えきれないほどの水着が用意されていたのである。
(流石に外出用の服よりは少なかったが、それにしてもあれはなあ……中には絶対プールで着ないようなのもあったし)
 余りの膨大さに気疲れした雄喜は、とりあえず初回だから無難にシンプルなデザインのスパッツ型を選ぼうとした。然しどうせ性行為に及ぶなら全裸になるであろうし、脱ぎやすさと露出度も意識せねばなるまい。然し布地の少な過ぎるものを着るのは躊躇われるし、何より雄喜自身『布地面積が少なければエロい』『露出が多いものこそいい』などといった価値観に対し聊か懐疑的・否定的なスタンスでもあった。
(透けてるTバックやマイクロビキニ、スリングショットなんかを否定するつもりはないし、まあそういうのもいいとは思うけどさ、どちらかと言うとパンツはあんまり透けないタイプでノーマルのフルバックが興奮するし、ビキニはスタンダードな三角とかレモン系の方がエロいと思うんだ。スリングショットはなんか見てて不安になるから、ワンピース水着ならモノキニや競泳水着の方がカッコよさもあって好みだし……)
 熟考の末雄喜が選んだのは暗緑色のショートスパッツ型であり、所々に施された淫紋風のプリントが淫靡ながらもスタイリッシュな見た目を演出している。
(あとは彼女の反応次第だな。気に入ってくれるといいが……おっ、来たようだな)

 雄喜は遠方に気配を察知する。豊満な胸を無駄のない小走りで揺らし乍ら現れたのは……

「お待たせ致しましたご主人様ぁ〜」

 緑玉髄色のセミロングヘアと褐色の肌、鋭くも妖艶な目付きに推定GかHはありそうな巨乳……即ち、ギルタブリルの砂川克己に他ならない。

「克己さん、お待ちしておりましたよ」
「遅くなり申し訳ございません、準備に手間取ってしまいまして」
「いえいえ、大丈夫ですよ。それだけ全力で期待に応えようとしてくれたんでしょう? 美人にそこまでされたってんなら男冥利に尽きますよ」
 言いつつ雄喜は改めて克己を注視する。人化した彼女が今回の為に選んだ水着はシンプルかつベーシックなデザインの白ビキニ。下半身には薄手のパレオが巻かれており、動く度に揺れる様は宛らスカートのようであった。
「素晴らしい……よくお似合いですよ。時間をかけて選んでくれたのが伝わってくる……褐色の肌に白い水着のコントラストが実にいい……」
 本音としては胸を凝視し褒めつつ両手で揉みしだきたい所だったが、いきなり性欲をぶつけるのも風情がないだろうと思い留まる。その代わり、予てより感じていた素朴な疑問を投げかける。
「それはそうと克己さん、何故人化を? 屋敷内は人目にもつかないんですからそのままでも良かった気がしますが」
「水着の構造とプールサイドの景観を考慮させて頂きましたの。お嫌でした?」
「いえ、全く。人化の有無に関わらず貴女は美しい。外骨格や毒針を持つ、生物として洗練された美貌も魅力的ですが、人化の術でそれらを敢えて排した姿もまた違った魅力がある……」
「お褒めに預かり光栄ですわ、ご主人様……」
 褒められて気分を良くしたか、克己は胸の谷間を見せつけるようにじりじりと雄喜へにじり寄る。
「ではその魅力溢れる私のカラダ……是非もっと近くでご堪能下さいな?」
「……! 嬉しい申し出だ。ではお言葉に甘えさせて頂くとしま――んぉっっ!?」
 にじり寄る克己の谷間を注視した、その刹那。唐突に来た快感にぞくりと鳥肌が立ち、雄喜は反射的に飛び退いていた。否、というよりは及び腰になっていたと言うべきか。何にせよ青年は、唐突に襲い来た快感の正体を察知し、口を開く。
「……克己さん、いきなり何してんですか」
「あらすみませんご主人様。びっくりさせてしまいました? 水着越しにもその存在を主張しておられたご主人様のご主人様……ガチガチびんびんむっちむちのご立派もっこり巨根おちんぽを指先でちょん、と撫でただけなのですけど?」
「不意打ちだったんです、そりゃびっくりしますよ。しっかし言われて気付いたがもう勃起か。これから泳ごうって時に節操のない竿だな……
「たぁ〜しかにっ? 巨根おちんぽが勃起ビンビンでカッチカチのままでは泳ぐどころではありませんわねぇ〜」
「……あのー、克己さん? 何をそんな手をワキワキさせてるんです? 何をするつもりなんで――
「ご主人様ァ! そのフル勃起デカおちんぽ、私めがヌいて差し上げますわぁん!」
「いやいやいやいやいいですよそんなっ! この程度平気ですって! 泳いでる内に収まりますよ!」
「いけませんわご主人様っ! 勃起したおちんぽは素直にヌいてっ、ぴゅっぴゅでスッキリしなくてはっ!」
「いや本当大丈夫なんでっ。というか折角プールに来たのに泳ぐ前から射精で体力消耗するってそれどうなんですかって話でっ」
「んもぅ〜ご主人様ったらいつになく頑なですわね。硬くなるのはおちんぽだけで十分ですのに……仕方ありませんわ。では力尽くでヌかせて頂くしかありませんわねぇ」
「は? 何を言って――
「ていっ!」
「ぬおっ!? こっちが断ってんのに無理矢理脱がしに来たぞこのサソリ!? ちょっと克己さん!? 本当大丈夫なんでヌくのは待ってもらえます!? せめて暫く泳いでからっ!」
「何度も言わせないで下さいましご主人様ぁ〜。私ただでさえさっきご主人様と一緒にお着替えできてなくてムラムラしてるんですけどぉ〜?」
「だとしても! 泳ぎ終わるまで! 待ってくれたって! いいんじゃないですかねぇぇぇ!?」
「そうはいきませんわ! 魔物の性欲ナメないで下さいましっ! 寧ろおちんぽナメられてイキましょうよご主人様っ!」
「だから泳いでからならいいって言ってんでしょうが! あとさっきからちょくちょく会話に織り交ぜられてる微妙な下ネタは何なんですか反応に困るんですけど!?」

 "泳ぐ前から脱ぎたくない主"対"主を脱がせてヌきたい従者"による攻防は無駄に熾烈を極めた(果たして『いやもう泳ぎたいんだから泳がせてやれよ』と雄喜側につくか、はたまた『別に出した後でも泳げるんだからヌかせてやれよ』と克己側につくか……どちらが正しいかは意見が分かれる所であろう)。
 青年と毒虫の死闘と書けばいかにもカッコ良さげであるが、然しその実態が海パンを脱がす脱がさない、勃起したイチモツを抜く抜かないの争いとあっては何もかもが色々と台無しである。しかも当人たちは揃って真剣そのものなので余計質が悪い。

 そしてそんな至極しょうもない争いの終わりは、何とも呆気ない結末を迎えることとなる。

「セイィィィィィヤァァァァァッ!」
「甘いわァ!」
 渾身の加速を伴い股間に伸びる克己の手を、雄喜は間一髪の所で後ろに飛び退き回避……したまでは良かった。その跳躍は非の打ち所なく完璧であった……が、青年はこの時回避に熱中する余り自分が今どこに居るのかを失念しており……

「よっ――と、お? っとぉ!? づおおっ!?」
「あっ、やば」
「どわぁー!?」
「ご、ご主人様ぁぁぁぁ!?」

 プールサイドの淵に降り立とうとしてバランスを崩し、そのままプールに落ちるという間抜けすぎる失態を犯す結果となる。
 幸いにもプールは水深が深く作られており雄喜に怪我はなく、彼は程なくして仰向けのまま浮いて来た。

「ご、ご主人様……ご無事ですか? お怪我は?」
「っぶ、く……ふごっは……大丈夫、大丈夫です。そうだプールサイドだった……忘れてた……」
「あの、本当に大丈夫ですか? お一人で上がって来れます?」
「あー……情けない話なんですがちょっと厳しいかもしれません。もしよろしければ手を貸して頂けると」
「畏まりましたわ。さあご主人様、お掴まり下さい」
「ありがとうございます克己さん、本当に助かりました……」
 どうにか克己の手を取った雄喜は、息を荒げながら水中に停滞。そして――

「本当に感謝してもしきれませんよ……僕に手を差し伸べてくれたことに……
 まんまと引っ掛かってくれた事に、ねぇっ!
「えっ、何言っ、てわーっ!?」

 ――水から上がると見せかけて、逆に克己を水中へ引き摺り込む。

「っ、ぶっは! ふへあっ、ぁ、は、鼻に水がっ……っく、っふ……ご、ご主人様ぁ〜? 流石にこれはちょっとどうかと思いますけれども〜?」
「お返しですよ。従者のイタズラには同じくイタズラで応えるのもまた主ってもんかと思いましてねぇ……悔しいんなら貴女もイタズラでやり返しゃいい。人化してたって魔物なんだ、スケベなイタズラは人間より得意な筈でしょう?」
「あら、いいんですの? そんなに大見得切っちゃって……魔物をその気にさせるとどうなるか、思い知らせて差し上げますわよ?」
「おぉーぅ、そいつはおっかないなあ……だがナニされちまうんだか興味も沸くし……いいでしょう、やってみなさい。まあ、やれるもんならね?」
「あら、言うじゃありませんの。魔物にそんな事言ったらどうなるか……改めて教育して差し上げなければなりませんわねっ」

 そんなわけで広大なプールを舞台にした追走劇……というか、単なる追いかけっこ。当人たちは何のかんのカッコつけているが、要するに海辺のバカップルどもがやってるイメージでお馴染み所謂『待て待て捕まえてごらん』とかそんな感じのアレである(多分)。ただなまじ当人たちの身体能力が高い上無駄に本気を出し過ぎた所為であろう、それは次第にエスカレートしていき、遂にはプールでの水遊びを通り越した何かの様相を呈すまでになる。

「デェェェェアラァァァァァ!」
「ぐがばぅっ!?
 っく、ッテイェアェェエエッ!」
「ヅァリエゥッ!」


 どこのバトル漫画かと思われるかもしれないが、双方ともただプールの水で波や飛沫を起こしたり、或いはそれらを避けているだけである。勿論武器や魔法の類は使っていないわけだが、にもかかわらず波は荒れ狂う海のそれであり、飛沫は爆薬か何かでも使ったのかという程であった。

 志賀雄喜と砂川克己。いい年こいて身体能力を持て余した大の大人二人による本気の水遊びは熾烈を極めた。だが動きが派手な分消耗も激しく、両者(特に克己)がバテた為開始数分程度で休憩となった。

(我乍らはしゃぎ過ぎたわ……明日は筋肉痛かしらね)
 一足先に水から上がった克己は、プールサイドに配されたビーチチェアに横たわる。疲労困憊、起き上がる気力すら最早なし。流石に調子に乗り過ぎたか。そんな風に思いながら、漠然とプールの風景を眺めていると……
「お疲れのようですね、克己さん」
 程なくして雄喜がやってきた。上半身には半袖の上着を羽織っていたが、対して何故か下半身は何も身に着けていない。
「あらご主人様……ええ、お陰様でこの通りですわ。ところでご主人様、どうしたんですの? スケベなデカちんぽが丸出しですけど……」
「恍(とぼ)けたことを仰る。脱がせたのは貴女でしょうに」
 雄喜の言う通り、寝転ぶ克己の右手には雄喜の水着が握り締められていた。"水遊び"の最中、逃げる雄喜から決死の思いで剥ぎ取った、言わば戦利品であった。
「ああ、そうでしたわねぇ。つい忘れてましたわ。お返しします?」
「ええ、何れそうして下されば。ただ、今しばらくは大丈夫……この状況、かえって好都合なのでね」
「好都合……?」
「ええ。疲れて寝転がる魔物の美女に、もろ出しのイチモツ。そしてこの位置関係と角度……"お返し"には持って来いだ」
 ぎたりと笑みを浮かべ舌なめずりしながら、雄喜は下腹部に力を籠め、男根を瞬く間にそそり立たせる。刹那、克己は彼の口が耳まで裂けて鋭い牙が生え揃い、毒蛇か大蜥蜴の如き細長い舌がちらついたのを見た気がした。
(い、今のは一体……!?)
 明らかに人間のものではなく、さりとてトリックがあったようにも見えず、であればあれは何なのか……克己は少し考えたが、勃起しきりカウパー腺液を滴らせ臨戦態勢たる巨根を目の当たりにしては、所詮些事だと割り切る他なく、雄喜からの"お返し"を察し期待に胸を膨らませ、辛うじて動く両手でトップスを取り払い、豊満な乳を曝け出す。
「おや、何の真似です?」
「ブラが窮屈だったもので……いけませんでした?」
「とんでもない。寧ろ感謝したいぐらいです」
 曝け出された乳房に興奮したか、そそり立つ巨根をぶるりと震わせた雄喜は、己自身の象徴たるそれを右手で包み込むように握り締め、ゆっくりと、しかし力強く前後に動かし始める。
「……んぬっ、っふ、ぅぉ、っく」
 自らの手で自らの性器を扱く……それ即ち自慰行為(マスターベーション)に他ならず。一般的に魔物からは『単独で精を無駄に浪費する行為』として忌み嫌われる傾向にある自慰行為……されどそれが自身と向かい合う形で行われたのであれば、果たして魔物はどう思うであろうか。その答えは当然、個体によるのであろうが……
「……っっ♥ っは、っぁぁぁぁっ……♥」
 少なくとも砂川克己というギルタブリルにとっては、大いに興奮するものであった。意図としては『水着を脱がされたお返しに自慰行為で精液をぶちまけてやる』といった所か。所謂"ぶっかけ"などと呼ばれるその行為……男の精を欲する魔物にしてみれば"お返し"とは言っても"返報"ではなく"返礼"、即ち有難いものであろう(無論、股同士を繋いで直に注がれる方がよりよいのは言うまでもないが)。

「ぬ、ふ、お、ぅぉお、おっぉお――ぬあっふっ!」

 力強く丹念な"扱き"の末に放たれた白濁は膨大にして濃厚。ぶちまけられた褐色の肌へまとわりつき、ただでさえ妖艶な裸体を淫靡に彩る。

「あぁ、ご主人様っ……これが"お返し"ですの?」
「ええ、そうですとも。傲慢かもしれませんが、所謂"マーキング"という奴ですね。ただ無論、小便なんて汚いもんをぶちまけるつもりはありませんがね……」
「お心遣い感謝致しますわ、ご主人様……さあ、もっと盛大に"ぴゅっぴゅっ"して下さいな……まさかこれで終わりではないでしょう? 雄々しくもいやらしいしオナニーで、私を貴男に染め上げて下さいまし……」
「言われずともそのつもりです……ぬっ、んんっ!」

 その後雄喜は尚も克己への自慰行為を繰り返し、幾度となく膨大な量の精を彼女に向けて解き放った。そして……

「っは、ああ……」

 何度目かの射精の後、雄喜は肩で息をしながら隣にあったビーチチェアに座り込む。さしもの怪物俳優とは言え人間たる以上、激しい運動に幾度もの射精を立て続けに行った所為で疲弊した為であった。

「すみません克己さん、一旦休憩を……暫く休んだらまた何かしらの続きを――ぉごっ!?」

 休憩を申し出て寝転ぼうとした刹那、雄喜は背中に何かが突き刺さるような感触を感じていた。皮膚を突き破り、血中に何かが流し込まれるような感覚……されど痛みや出血、体組織が傷付いたような感覚はない。ただ股間が熱を帯び、萎びた男根がそそり立ち、内なる性欲が昂る感覚だけが支配する。青年はそれに覚えがあった。忘れるものか、これには何度も"刺されて"いるのだから。

「こ、これはっ、まさかっ…………!」

 恐る恐る振り向けば、背にはキチン質に覆われた滴型とも鉤型ともつかない器官が突き刺さっている。その"器官"は節状に連なる細長い、これまたキチン質の外骨格に覆われた"尾"の先端部にあって、"尾"はすぐ隣のビーチチェアから伸びていた。
 即ちそれはギルタブリルの……砂川克己の尾の毒針に他ならない。
「か、克己、さんっ……貴、女、はっ……!」
「"お返し"ですわ、ご主人様……次は私めがリードして差し上げますので……」
 いつの間にか全裸になり人化を解除した――或いは、極度の性的興奮により人化術が維持できなくなり全裸になったのかもしれない――毒虫のメイドは、毒で動けぬ青年にゆっくり忍び寄り、優しくビーチチェアに寝かしつけながら淫靡に囁く。
「ここからは私めの手番(ターン)ですわよ、ご主人様ぁ……」
「……! 実にいい……素晴らしい……! ええ構いませんよ克己さん、攻守交替……否、"攻受"交代と言うべきかっ! 恐るべき『砂漠の暗殺者』ギルタブリルの責め……興奮せずして何が雄かっ!」

 かくしてプールサイドで始まった第二ラウンド。克己はその豊満な乳房で雄喜の男根を挟み込む所謂"パイズリ"で彼を何度も射精させた。その際谷間に塗りたくった液体は乳白色をしていて、聞けば克己自身の毒液に真希奈の母乳、そして満の粘液を一定の比率で混ぜ合わせたオリジナルのローションだという。
 ローションが自分を愛する美人メイド三名の、言わば愛と情欲の結晶とも呼ぶべき代物である事実は雄喜をより興奮させ、その後性行為は延々と、昼過ぎまで続いたそうである。
21/07/29 21:27更新 / 蠱毒成長中
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