連載小説
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お出かけの章
「…う〜ん……あいが…ぎっさり…?」

 遠くから、朝を告げる鐘の音が響いてくる。
窓から射し込む朝日の光に顔を照らされ、モーリスは眠りから覚めた。

「…あれ……ええと……ここは…?」

木目の、知らない部屋の天井が見える。

(…なんだろ…?夢かな?…)

 …と思って混乱したが、どうやら夢ではない。
寝起きでぼやけた頭のなかで、これまでの事を思い出していく。

(そうだ。昨日から、この変わった宿に泊まってたんだった…兄貴の結婚式と、ついでに観光しに来て…)

 オンセンなるものに浸かって、ここはフートン?とかいうフレームのないベッドの上で…
それから、なんだか夢を見ていた気がする。
とても気持ちがいいような、でもとても悪い事をしたような、何かを奪ったような、奪われたような、夢を……

ガオオオオォ〜〜〜ッッ!!!
「うわあぁぁああああ!!?竜!?」

 あわてて布団から飛び起きる。

「そうだよー♪」

 モーリスの横には、全裸で横たわりケラケラと笑っている少女…ワイバーンのディンがいた。

「ゆ……夢じゃ……ない…」
「えー、夢だと思ってたの?あんなに激しく愛し合ったっていうのに…♪」
「愛し合ったというか…そ、そっちが一方的に…!」
「一方的とは失礼な。最後の方は、キミも自分から腰振って、あたしの敏感なところを散々突き上げてくれたでしょ?忘れたの?」
「うぅ…」

 おぼろげだが、忘れていたとは言いがたい。というか、いま思い出してしまった。

「こんなの、イタズラってどころの話じゃないよ…」
「まぁそうだよね。セックスだよね♪」
「そうだよ…
 …しちゃったよ、セックス…しかも竜と…会ったその日に……結婚前なのに…
 最低だ、オレ……」
「大丈夫!ドラゴニアじゃあ普通だから!」
「オレにとっては普通じゃあないの!!」
「でも、キミのお兄さんとお義姉さんも、毎日シまくってるよ?
 噂だけど、最近だと君のお兄さん、お義姉さんをロープで縛って一日中…」
「き、聞きたくない!兄貴のそんな秘密!
 それに、兄貴って騎士でしょ!?訓練とかは!?」
「それが訓練!」
「そんな訓練あるかーッ!!!」

 起き抜けに大声でツッコミを入れる羽目になってしまうモーリス。
いきなり疲れたが、目だけは覚めた。

「はぁ、はぁ……いくらなんでもおかしいよ、この国…」
「まあまあ。住めば都っていうよ?
 それに今日は、そんなドラゴニアの素敵なところを沢山案内してあげる予定なんだから。
 朝ごはん食べて体洗ったら、さっそく行こ!」
「えっ…この格好、どうするの…?
 …うっ!?そういえば……く、くさい……すごく生臭い…!」

髪はぐしゃぐしゃ、上半身は汗まみれ、下半身はいろんな体液まみれで、とても服を着たり、外に出られるような状態ではない。

「あたしはけっこーいい匂いだと思うけどな。
 でも、心配はご無用!こういう魔物の国の宿には、だいたいルームサービスが…ホラ!」

 戸口の横には、引き出しがついていた。
それを引き開けると…中には、温かい朝食のお膳が二人分に、身体を拭くための布の入った水桶、そして替えの浴衣が入っていた。

「おお〜……」
「壁の向こうの戸棚と繋がってるんだよ。
 魔物の国の宿屋では、泊まったお客さんがナニをするかはよ〜くわかってるから。生活の知恵ってやつね♪」
「入り口の横の、鍵のかかった戸棚…何かと思ったら、このためだったのかぁ。
 …ん?そういえば魔物の国って、まるでドラゴニアの他にもそういう国が…」
「さ、朝ごはん冷めない内に、パパッと体拭いちゃおっか!」
「あ、うん!」
「それとも、あたしが拭いてあげよっか?」
「それじゃあ絶対パパッと終わらないでしょ…」

 急いで全身を拭い、浴衣を着替え、朝食に取りかかる。
焼き魚に、昨晩も食べた麦のようなもの。昨晩のものと具が違ううす茶色のスープと、煮込まれた根菜。
身体は拭いたものの、昨晩の行為の残り香が部屋に染み付いていたが…焼き魚の香ばしい香りと、なんだか落ち着くスープの香りが強いおかげで、あまり気にならなかった。

「食べ方は難しいし、味も薄めなんだけど、美味しいなぁ…」
「女将さんが住んでた東の国って、世界の中でもすっごく料理の文化が発達してるんだって。
 味が薄めでも、食材の美味しさが引き出されてるから美味しいんだよ」
「へぇ〜…食材の美味しさか…」
「料理の文化のすごさは、それだけじゃあないよ。
 ちょっとでも食べたら死んじゃうような毒のあるお魚も、毒のある所だけ取って食べちゃうとか…」
「なんでそんな魚食べるの!?」

 ディンは本当に色々なことを知っており、話を聞くのがとても楽しい。
そのためか、時々されるイタズラや昨晩の出来事があっても、モーリスは彼女のことを苦手には感じられなかった。

「ごちそうさまでした…っと。
 それじゃ、一緒に浴場に行こー!」
「ゆ、昨夜みたいなのはしないからね…」
「わかってるって。…でも、ちょっとくらいなら…」
「しないってば!!」

 結局されたのだが。



「もう、こんな時間になっちゃったねー…」
「誰のせいだと思ってるの…。
 昨夜といい、流されるままにされちゃったオレもオレだけど…」

 二人がようやく旅館を出た時、もはや日は高く登っていた。もうすぐ昼である。

「ごめーんね♪キミの『オス』のにおいを嗅いじゃったら、どうにもガマン出来なくなっちゃうの。昨夜も、ずっと間近でにおい嗅いだせいでああなっちゃったみたいな所あるし。
 ちょっと遅くなったけど、みっちり観光させてあげるから許して。ね?」
「…本当に?」
「ホントだって!
 昨日ここまで来る間に、ドラゴニアのことはざっと話したつもりだけど…話だけじゃあ、どこを見てみたいとかよくわからないでしょ?」
「…うん」
「だからまずは、またあたしの背中に乗って、地上近くをぐるーっと一周飛んでみない?
 気になった所があれば、そこで降りて案内してあげるよ」
「それは…ちょっと、楽しそうだね」
「決まり♪じゃ、さっそく乗って!」
「うん…」

 3回目ともなれば、空も慣れたもの。
竜泉卿の風景が地上に取り残され遠ざかっていくのも、余裕を持って楽しむことができた。

「ルートは2つ考えてあるんだけど…自然と町、どっちから先に見たい?」
「じゃあ…自然で」
「オッケー!それじゃ、出発進行!」

 高く飛んでいた時は地上の風景がよくわからなかったが、こうしてはっきり見える高さにいると、目に写る数々の新鮮なモノに対して好奇心が生まれてくる。

「ねえディン、あれは何っ!?それから、あの建物は!?」
「あれは、お花をドラゴニアの紋章の形になるように植えてるんだよ。空から見る芸術だね♪
 それからあの建物は、学校って言ってね…」

 見たことがない物すべてが気になってしまい、モーリスは幼い子供のように、次々とディンに質問をぶつけてしまう。
しかしディンは、それに嫌な顔ひとつせず、むしろ嬉しそうに、簡潔に分かりやすく説明してくれる。
新しい知識が増えてゆく楽しさと、頬を撫でる風の爽快感が合わさって、モーリスのテンションは最高潮に高まっていた。

「すごい……すごいッ!!」
「ふふふふ…♪」

 先ほどの不満など完全に消え、騒ぎ楽しんでいるうちに市街地を越え、雄大なる山々をはじめとしたドラゴニアの大自然が、目の前に広がった。

「うっ…わぁぁぁ……!!」

 全てがちっぽけに見えた高空とはうってかわって、ちっぽけなのは自分なのだと否応なしに思い知らされる自然の迫力。
その中でも、一際強い存在感と轟音を放つものが、モーリスの目に止まった。

「ん?…あ…あれは?」
「よくぞ聞いてくれました!
 あれはドラゴニアの大名所のひとつ、ドラゴニア大瀑布!!もっと近くで見てみる?」
「う、うん…」

 大瀑布に接近した二人は、大河の水が絶え間なく滝壺に叩き付けられる、恐ろしい爆音に出迎えられた。
音というよりは、もはや空気の波。
かつて信じていた姿の竜の、怒りの咆哮を想像させるそれがビリビリと骨身に伝わり、モーリスは震え上がった。

「こ…これ、落ちたらどうなっちゃうんだろう…」

 そのままでは互いの声が聞こえないので、モーリスはディンに抱き付く形で、顔を近付けて話す。

「んー…普通なら、たぶん竜でも大ケガするし、人間だったらグッシャグシャのバラバラになって死んじゃうね。
 もし生きてても…滝壺からは上がれず、そのまま溺れて水の底かな」
「ひっ…!」
「そういえば…聞いた話では、大昔にこの国にいた極悪非道の山賊団のボスが捕まった時、手足を丸太に縛り付けられてこの滝に流され…」
「や…やめてよ、そういう話は!」
「まあ、今ならもう死ぬことは無いと思うけど…
 滝壺にいるスゴい魔物に捕まって、一生、帰って来れなくなるかもね…」
「やめてってば!!」

 思わずその様を…そしてそれに、自分を重ね合わせて想像してしまう。
凄まじい量の水が落下の衝撃で粉砕され、濃霧となって覆い隠されている滝壺…その中に渦巻く自然の力の暴威について考えると、心底恐ろしかった。

「…でも、怖いばかりじゃあないんだよ。
 ほら、アレ見て!」

 ディンが指し示した先には、見たこともないほど大きな虹が架かっていた。

「うわ、綺麗…!」
「この時間帯が、一番大きくて綺麗に見えるんだ。
 出発に時間かかったけど、結果オーライでしょ?」

 虹を見ていると、さっきは恐ろしかった滝壺の霧が雲のようにも見えてきて、モーリスは幼い頃に読んだ絵本に出てきた、雲の上の神様の世界を思い出す。
絶え間ない轟音にも耳が慣れてきて、しばらく二人は、美しい光景に心和ませていた。



 滝を楽しんだ二人は、続いて、山肌に開いた洞窟群や、昔の悪い貴族たちの別荘だったという沢山の古びた建物を見て回った。
いつもなら、こういった場所は恐がるモーリスであったが、気分の高陽が手伝ってか、珍しく中を探検してみたいという冒険心を持った。
…しかしどうやら、これらの場所は、今や竜達の住宅になっているらしい。
当然、中には竜が沢山いるのだから、宝探しや竜との戦いが目的で来た人にとっては危険なダンジョンらしいが…あくまで観光に来たモーリスにそんな気はなく、また、すでに竜と一緒にいる人間にとっては割と安全な場所だと、ディンから案内された。

「人…いや、竜の家なのか…ちょっと残念かも…」
「まあダンジョンっていうのはつまり、魔物の家って事だしねー」

 それでも、探検気分だけでも味わいたかったモーリスは、まだ無人の建物の、入口付近だけ探索させてもらうことにした。

「うう…入口からもうオバケとか出そう…」
「ふふふ…探検するんじゃなかったのぉ〜?」

 ディンが茶化すが、そもそも本来のモーリスは「探検しよう」などと言い出すタイプではない。冒険好きの兄とは正反対に。
新しいものばかりの旅行先にうかれていたことが招いた事態…モーリスは村にいた時のように、自分の失敗を後悔していた。

「こ、こんなボロボロで怖そうな所に、よく住んでられるね…」
「竜はオバケなんて怖くないもーん。
 内装は掃除すればいいだけだし、住む分には静かで良いところだよ。
 それにほら、こんなものも見つかるし…」

 ディンが拾ったのは、奇妙な金属片だった。

「……なにこれ?」
「昔の竜が、誰もいなくなった館の中で暴れてた時に、炎のブレスで燭台とか銅像とか、金属でできたものを溶かしちゃったの。で、その残骸がこれ。
 眺めてると、空の雲みたいにいろんな形に見えて、ちょっと面白くなってこない?」

 顔を近づけてじっくり眺めてみると…確かに、色々な形に見える気がしないでもない。
樹木のような形でもあり、横から見ると人の顔のようにも見える。果たして、元は何だったのだろうか…

「ね、ちょっと面白いでしょ?
 あちこちに転がってるから、面白いのが見つかったら持ってってもいいよ。タダだし」
「よ、よ〜し…」

 明確な目標があれば、廃墟の怖さが少しは紛れるかもしれない。
そう思って、モーリスは積極的に探索してみる。
倒れた棚や椅子をひっくり返してみると、先程のような塊が色々と見つかり…やがてその中でも、ひときわ異彩を放っているものを発見した。

「ッッ、っぷ……ディ、ディン…これ見て…!」
「どれどれ……っ、あっははははははははははははッ!!」

 その塊は他と違い、元の物体の特徴を比較的大きく残していた。
それだけでも珍しいのだが…その溶けた部分と溶け残った部分が絶妙だった。
恐らくかつては、貴族らしき男が竜…モーリスが信じていた姿の竜に跨った形の像だったのだろうが、男の肩から下と、竜の首から下が溶けて混ざり合い、下方向に向けて広がり、まるでお姫様のドレスのような形になっていたのだ。
しかも跨った竜の首部分は残っているので、その結果『ドレスを着た男の股間から竜の首が生えている』そんな、あまりに滑稽な形の像と化していた。

「あは、あはっ、あは……そ、それ、スゴすぎ…見たことないよそんなの。ぷっふふ…
 コレクターに見せたら、みんな欲しがるんじゃないかな?」
「そ、そう…?」
「うん。そんなスゴイもの見つけるなんて、才能あるよ絶対。ふ、ふふ…」
「そんな才能あってもなぁ……くふっ!だ、ダメだ、見たら笑っちゃう…
 ねえ、コレ持って帰ってもいいんだよね?」
「もちろんいいよ。…っていうか、むしろ持って帰らないと損だって!そんな掘り出し物!」
「うん。…ふふっ……」

 像をなるべく見ないようにして、持っていた鞄に収める。
いい土産物が見つかったと、満足して廃墟を出た時…腹の虫が大きく空腹を訴えた。
…ディンの腹から。

「………大きいね。お腹の音…昨日も聞いたけど…」
「女の子にそれ言っちゃダメだよ…自分でも思ってるけど…」
「……でも、オレもお腹減ったな…」
「じゃあ、町に行ってごはんにしよっか♪」

 二人は外部の山々から、一気に中央の山の麓に飛ぶ。
降り立ったのは、大小様々な店が立ち並び、活気にあふれた大通り…その名を『竜翼通り』。

「空から見て、竜が翼を広げてるみたいに見えなかった?だから、竜翼通りって言うんだよ」
「言われてみれば…そう見えるかも?」
「ここでお昼ごはんにしよ。いいお店、いっぱい知ってるから!
 ちょっと高めでガッツリ食べれるお店と、安めでガッツリ食べれるお店、どっちがいい?」
「ガ、ガッツリ食べれるものだけ?」
「さっぱり系がいいなら、そういうお店もあるにはあるけど…ここからちょっと遠いよ。
 それに、お腹空いてるなら、いっぱい食べたいでしょ?」
「うん。じゃあ…あの、あんまり高いのは緊張するし、安めのやつで…」
「オッケー、こっちだよ!」
「ひ、引っ張られなくても、付いてくから…」

 ディンに手を引かれ通りを歩いていると、通りのあちこちで、様々な竜が男と一緒にいるのが見えた。

『あ〜、昼間っからいっぱい飲んじゃったあ〜♪アナタと飲むのさいこぉ〜』
『頼むから、こないだみたいに酔っぱらって店壊さないで下さいよ…』

『あんまりくっついて歩いたら、開演時間過ぎちゃうぞ?』
『やだよぉ…さびしいんだよぉぉぉ…もっとくっついてぇぇ……』

『この剣いいな。これならお前にも勝てそうだ♪』
『…本人の前でそんなこと言うか?』

 翼のない竜、暗い肌色の竜、火を纏った翼も角もない竜…いや、蜥蜴?
多種多様な竜達が、これまた多種多様な男と仲睦まじくしている。
そんな中で、モーリスの村から来た独身の男も、ガイドの竜と観光を楽しんでいるのが見えた。
まるでデートしてるみたいだな…と、自分のことに気づかないまま、モーリスは微笑ましく彼らを見送った。

「…ん?」

 突然、黒い影が二人の周辺にかかる。
はじめは空の雲かと思ったが、その巨大な影は、次第により黒く、より小さくなっていく。影の元が、地上に近づいているのだ。
モーリスは空を見る。
昨日も今日も見た、翼を広げた竜の影…しかしそれらとは、圧倒的に大きさが違っていた。
地上に近づくにつれ、その姿がよく見える。
魅惑のプロポーションを湛えた女性の胴体の代わりに、筋肉質な蜥蜴のような胴体が。
あらゆる男を虜にする美貌の代わりに、あらゆる物を噛み砕けそうな顎が。
つい昨日までモーリスが信じていた、恐るべき怪物そのものの姿の『竜』が、ズンッ…と音を立てて、通りのど真ん中に着地した。

「」
「あー…見ちゃったかー…」

 モーリスは、放心状態になっていた。
行く手にいる存在を、ぽかんと口を開けてただ眺めている。
あまりに突然の、あまりに衝撃的な遭遇に、すべての思考が停止してしまっていた。

「モーリィース!起きてー!」

 ディンが耳もとで呼び掛けながら肩を揺さぶるも、なかなか意識が戻らない。
そうしているうちに、またもやイタズラ心が湧いてしまい、耳をぺろりと舐めてみる。

うひゃッ!?
「あ、起きた。大丈夫?」
「あ……ど、ど…どど、どういう事!?
 竜って…え?竜ってみんな、女の人みたいな姿だって、昨日…!!」
「うん、みんな女の人の姿だよ?いつもはね。
 あの竜の事、ちょっと見ててみて…大丈夫、危なくないから」

 恐る恐る、向こうにいる巨大な姿の竜を見てみる。
よく見ると竜の背中には、沢山の樽や木箱がくくりつけられており、ある店の前までノシノシと歩いて近づくと、同じく背中に乗っていた男が、それらの荷物を次々と入り口のそばに下ろしてゆく。
そしてすべての荷物を下ろし終えると、竜の姿は光に包まれ、みるみる内に縮んでいき…やがて周囲の竜と同様、美しい女性の姿になった。

「あ…あれ!?」

 つい先ほどの竜はどこに行ったのか…そう思ってしまうほど、劇的な変化であった。
しかし、当の竜…ディンと同じワイバーンは、何事もなかったかのように、店の中に呼び掛けた。

『店長ぉー!仕入れの荷物、全部持ってきましたー!』
『おお、ご苦労さーン!』

 その店の店長もまた、ごく普通といった様子で現れた。

『しかし悪りィな、『変身』までさせちまって…』
『そう思うなら…分かってますよね?』
『おうよ。店ン中に全部運び終わったら、もう上がっていいぜ』
『やった♪さすが店長!』
『店長ぉ…これは仕入れすぎじゃあないッスか?』
『なぁに言ってンだ。明日は大会決勝、明後日は番いの儀…絶好の書き入れ時じゃねェか。むしろこれでも不安なくらいだ。
 お前らも今のうちに、せいぜいしっぽり休ンどけ』
『そッスか。…あざッス!』

「…ね、危なくなかったでしょ?
 詳しい事は、ごはん食べながら話そっか」
「う、うん…」

 まだ衝撃覚めやらぬモーリスは、再びディンに引っ張られ、料理店へたどり着く。
二人で『竜丼』なるものを食べながら、ディンは詳しく説明してくれた。

「びっくりさせちゃったかもだけど…実は、キミ達が思ってた姿の竜も、間違いってわけじゃあないんだ。
 竜は、あんな風な姿にも変身できるの。少しの間だけだけどね」
「そ、そうなんだ…」
「あ、もちろんココロはそのままだよ。
 あの竜も、でっかくて強そうな姿だったけど、凶暴な化け物じゃあなかったでしょ?」
「確かに…暴れたりしないし、みんな普通にしてた…。
 ……あの…」
「?」
「……ねえ…えっと……
 ディンも、ああいう風になれるの?」
「!…もちろんなれるよ。
 …もしかして、見たかったりする?」
「………その、
 少し…だけ…」
「…嘘じゃ、ないよね?
 恐いなら、ムリして見なくてもいいんだよ」
「いや、見たいよ。さっきは恐くて、よくわからなかったし……
 ディンがいいなら、だけど…」
「…あの姿、ある意味、裸よりもデリケートだから…無責任に言ってたら、怒るよ?」

 いつもの人懐っこい笑顔は消え、見たこともないほど真剣な顔で念を押すディン。
モーリスには女心などわからないが、あの姿を見せることは、相当な覚悟がいるのだということはわかった。
…それでも。

「……うん…見たい」
「…………わかった。食べ終わったら、見せてあげる」

 それだけ言い、ディンは黙々と竜丼を掻き込みはじめた。
モーリスも、急いで続きを食べる。
さっきまでは、蜥蜴の肉に染み込んだ甘じょっぱいタレと野菜と白いコメの交ざり合う美味を堪能していたが、今は緊張のせいか、味に意識を向けられなかった。
だがディンは、これ以上に緊張しているのだろう。

「デザートの虜サンデーください!隣の男の子の分も!」

 …しているはず。



 デザートを食べ終えた後、往来の邪魔にならない、ひと気もない広い場所にやって来ると、ディンはモーリスの前に立ち、深呼吸をはじめた。

「…いいんだね?」
「…いいよ」
「それじゃあ…変身ッ!」

 体を丸めたかと思うと、ディンは先ほど見たような光に包まれ、見る間に全身が膨れ上がり、手足や首が伸びてゆく。
女性らしい丸みを持った部分も刺々しくなって…光が消えた頃には、モーリスが聞いたおとぎ話に出てきた『竜』そのままの姿が佇んでいた。

グォアアアアアアアアァァァァァァァッッ!!!!

 大気を震わす、滝の音のような雄叫び。
今朝に聞いた、冗談めかした叫びとは全く違うそれを間近で受け、モーリスは身動きができなくなっていた。

「…どう?これが、あたしの変身した姿。…あんまり可愛くないよね」
「あ……あ………」

 口が動かない。声を出そうとしても、かすれた音しか出ない。
その声色は、目の色は、確かに今まで一緒にいたディンだと…頭ではわかっているが、行動が伴わない。

「特にモーリス達は、昨日まで魔物も見たことなかったから、よけい怖いでしょ?
 ごめんね、すぐ戻るから…」
「……!」

 少し悲しげな声。自分の下手な好奇心が、ディンにそんな声を出させてしまったこと…それがわからないほど、モーリスは愚鈍ではなかった。
何か声をかけたいのに、身体が動かないし、そもそもなんと言えばいいのかさえわからない。
ディンの事は嫌いではない…むしろ親しく感じている。それは今でも変わらないが、それをどう伝えればいいのだろう?
こういう時、兄貴…ジョージならば、何と言っただろうか…そうだ。

『自分の責任は自分で取れ』

 結局のところ、それしかないのだ。
実際ジョージは、昔からモーリスが何かに失敗しても、慰めこそすれ、その埋め合わせは手伝ったりしなかった。仮に彼がこの場にいたところで、手を貸したりはしなかっただろう。
威圧され動かない体に、心から全力で命令を送る。
モーリスは臆病だったが、兄の教えのおかげで、それ以上に誠実な少年であった。
目の前に向かって、一歩一歩歩いていき…巨大な姿のままのディンを、抱きしめた。

「えっ…!?」

 直後、ようやくモーリスは、全身を縛り付けていた恐怖を振り払うことができた。
こうして抱きしめることで、巨大な竜の体温が、これまで散々感じて来たディンの体温と同じであることを感じたからかもしれない。

「ななっ…ななななな、なっ、なっ、な…!!」
「怖くないよ……ディンだから…怖くない。
 可愛くはないけど…今では、綺麗だし、かっこいいと思う」
「あう…」

 直後、ディンは急速に、いつものヒトの姿を取り戻す。
その白い肌は、どこかで見たように真っ赤に染まっていた。

「もっ、もおぉ…キミってやつはぁ…もー!ズルい!!」
「ず、ずるい…?」
「そうだよっ!そんな、その…あー、うー…」

 これまでの饒舌さはどこへやら。自分の現状をうまく言葉にできず、あたふたしているようだ。
モーリスは戸惑いながらも、少し可愛らしいと思ってしまう。

「ああああ………もうッ!!!」

 直後、モーリスはものすごい力で、近くの物陰まで押されてゆき、押し倒される。
続いてディンは自分の制服をまくり上げ、ぼろん、と乳房を開放する。履いていたハーフパンツも脱ぎ捨て、モーリスに覆いかぶさった。

「ちょっ…!?」
「モーリスが悪いんだからね。怖がられるだけだと思ってたのにあんな素敵な所見せられたら、もうセックスするしかないんだからね。さっき食べた竜丼も効いてきて、もう体が熱くなってガマンできないんだからね。キミのソコもこんなにガチガチになってるの、もうわかってるんだからね。キミのザーメン全部子宮で飲み干すまで逃がさないんだからね…!!」

 ズボンを下ろし、モーリスの陰茎も開放する。
先程はそれどころではなかったとはいえ、自分が勃起していることにモーリスは気づいていなかった。
自覚すると、なにやら全身が熱く、むずがゆくなってくる。
やや乱暴に服を脱がせてくるディンの手つきさえも気持ちよくなるほど敏感になっていた。

「ほら、もっと…もっと見てぇ…!」

 腰を激しく上下させてモーリスを犯しながら、ディンは自ら乳房を揉みしだき、体をくねらせ、自身の肉体を見せつけてくる。
その淫らなる魅力に、モーリスは視線を離すことができない。性の興奮を加速させ、ペニスだけでなく、目にも快楽を与えられているような感覚。
激しく荒れ狂うような快感に、たまらず精を吐き出しても、まったく収まらない。
何度も何度も搾られている内に、疲れが出たか、意識が遠くなっていって…そのまま気を失うように眠ってしまった。



「うう……ずっと……むにゃ…大猿になるのが『ようかいへんげ』って技なのかと…
 …んぷッ!?」

 突然柔らかいもので口を塞がれ、モーリスは目覚める。
目の前には、可愛らしい少女の顔。
ぼんやりした頭は、続けて口内に侵入してくる長い舌に抵抗できず、自分の舌に絡まれ、引っ張られ、唾液を流し込まれる。
歯の一本一本に至るまで口内を蹂躙されたところで、ようやく唇が離れた。

「ぷはぁ……ふふ、おはようのチュー♪」
「はぁ、はぁ……
 ふ、普通に起こして…」
「やだった?」
「いや、嫌じゃあないけど…」
「ありがと♪」

 いつの間にか、二人の衣服は整えられており、ベンチに座っていた。

「あれ?さっきまで…」
「ああ、あたしが服とか直したの。いやー、さっきはごめんね?
 まさかこんなに早く竜に慣れてくれるなんて思ってなかったから、嬉しすぎてつい…」
「…つい、であんな事を?」
「キミにだけだよ♪あたしも初めてだったの、ゆうべ見たでしょ?」
「いや、そういう事じゃなくて……はぁ…」

 釈然とはしないが、ドラゴニアでは、これが『普通』なのかもしれない。

「それよりも、もう暗くなってきちゃったけど…もう帰るの?」
「まさか!ドラゴニアは、夜でも楽しい所や綺麗なものが、いっぱいあるんだよ。
 セックスしてお昼寝もして、元気いっぱいでしょ?」
「うん…なんかスッキリした感じがする。
 さっきまでは確かに疲れてたし、あんなに激しく動いてたのに…」
「あたしも詳しいことは知らないんだけど…魔物とセックスすると、魔物だけじゃなくて、男の人も元気いっぱいになっちゃうんだって♪」
「へぇ…魔物って、不思議だなぁ…」
「さて…それじゃ、行こっか。
 夜はこれから!まだまだ一緒に楽しもうね!」
「…うん!」

 そして二人は、夜のドラゴニアを満喫するため、満点の星空へ飛び立ったのだった。





 翌日。
おとといの夜と同様、旅館で交わりながら眠った二人は、身体を拭き、朝食を食べながら今後の予定について話していた。

「今日はお昼前から、村のみんなでドラゴニアの闘技大会を観に行く予定だから、あんまりゆっくりする時間はないよ」
「そうなんだ。じゃあ…」
「温泉でセックスしたら、急いで体洗わないとね♪」
「あ、セックスは『ゆっくりする時間』に含まれないんだ…」

 ちょっと急ぎ目に朝食を食べ終え、浴場へ。
浴場で温まるのも、途中でディンに搾られるのも…なんだか慣れてしまったのが、モーリスにはちょっぴり怖かった。
お互いの体を洗い流し、身支度を済ませて、旅館前に集合する。

『お、モーリス!』
『おはようモーリス、よく眠れたかい?』

 みな旅先を楽しんでいるのか、一日見ない内に、ずいぶんと生き生きしていた。
向かいのおばさんをはじめとする女性陣など、なんだか若返ったように見える。
いいことだ、とモーリスは思った。
やがて全員が揃うと、一昨日見た竜騎士の隊長が現れて、長い挨拶を始めた。

『…ガイドの竜から既にお聞きいただいていることと存じますが、本日は皆様に、ドラゴニアの大きな思い出になればと思い、本日開催されまするドラゴニア闘技大会の観客席をご用意いたしました次第にございます。つきましては……』

 あまりの長さに、モーリスとディンが立ったまま眠りそうになった頃、ようやく隊長の騎竜が、時間が押しているからと止めてくれた。

(…ねえ、ひょっとして、いつもあんな長い話聞かされてるの?)
(あたしはまだどこの隊にも入ってないけど…いつもはもうちょっと短いらしいよ。
 今回の任務に張り切ってるんだったりして?)

 ともあれ話は終わり、ドラゴニア闘技場まで向かう一行。
入口にはすでに、大勢の人と竜、その他の魔物が並んでいた。
闘技場前に降りると、竜騎士達から入場券が配られる。
全員がガイドの竜、もしくは家族と隣り合って座れるように配分されていた。

「年に一回ある『大闘技大会』よりもちょっと小さいけど…それでも準決勝と決勝だから、すんごく興奮できると思うよ♪」
「へぇ…今から楽しみだなぁ…!」

 ディンとの話で順番待ちに耐えて受付を済ませ、闘技場内に設置された売店で、再び列に並んで飲食物を購入。
そして観客席に出ると、見たこともないほど大量の人々が、席について戦いの舞台となる中央のくぼみを取り囲んでいた。

「うわぁ…何人いるんだろ、これ…」
「何万人もいるよ。席だけじゃなく、ここの壁の上に止まって見る魔物とかもいるね」
「な、何万人って…国ひとつ分じゃない!?」
「大闘技大会だったら、もっとスゴいよ。
 世界中から人や魔物が来て、席の予約は何年も前から終わってるって…」
「うわぁぁ…そんなに見たい人がいるなんて…」

 喋っている内に開催時間となり、司会らしい竜からの挨拶があり(竜騎士隊長の挨拶より遥かに短かった)、まずは試合前の余興として、まだ幼い竜たちの演武が始まった。
奏でられる音楽に合わせて、武器を持った小さな竜達が舞い踊るように形を決める様は、素人目にもとても美しく見えて、思わず見入ってしまう。

「あんなに小さいのに、かっこいいなぁ。
 さっきの店員さんみたいだね……ん?」

 ふと横を見ると、ディンの目は演武を見てはいなかった。
その視線は、モーリスが手に持つ物に注がれていた。

「…パムム?」

 昨日の町中でもその看板を見た『ラブライド』の売店で売っており、先程二人で購入した、ドラゴニアで人気の軽食。
カウンターに立つ店員達が、自身のブレスと美しい手並みで、流れるように次々と調理し、並んでいる客に次々と提供していたのを鮮明に覚えている。

「このパムムがどうか…あれ?ディンのは?」
「それが、その……落としちゃって…」
「ええっ!?」
「胃の中に…」
「って、食べたの!?まだ試合始まってないよね!?」
「モーリスは、パムムの恐ろしさを知らないんだよ…
 竜を狂わせる、あの特製ソースの魔性の香りを…」
「うん、知らないよ!?確かにすごく美味しそうな香りだけど…!」
「そうなんだよ…あ〜、嗅いでたらまたお腹空いちゃう…」

 そのまま、ディンはモーリス(の持つパムム)に、熱い視線を浴びせ続ける。演武に集中しようにも、視線が気になってしまうモーリス。

「………しょうがないなぁ。
 半分、食べる?」
「え、いいの!?きゃーッ!!ありがとう!!
 お礼に、なんでもしてあげちゃう!!!」
「そんな大げさな…」

 半分にちぎってディンに渡すと、大喜びで食べ始めた。いつもながら大食いのディンだが、嬉しそうに食べる様子はとても可愛らしい。
半分になり、不安定になったパムムの中身がこぼれそうなので、モーリスも演武を見ながら食べ始める。

「うまっ…!」

 これまで味わってきた蜥蜴の肉に、香辛料をふんだんに効かせた特製ソースの複雑な旨味と蜜漬けの葉野菜が一体となって、また違った肉の一面を覗かせる。
それらは濃厚ながら、一緒に挟まるホクホクした芋と、袋状のパンに包み込まれてまろやかになり、食べ飽きしない。そして特製ソースと肉の風味が、また次の一口へと誘うのだ。
子竜達の美しい動きを見ながら、口は自動的に動き…気付くとパムムは無くなり、そして演武も終わっていた。

「あっ…」
「…わかったでしょ?パムムの恐ろしさが…」
「…うん、よくわかった…」
「試合が始まるまで、まだちょっと時間あるんだけど…どうする?
 売店に行けるくらいはあると思うよ…」
「…………行こう、か」

 これだけじゃ、とても足りないから…
そう心に言い訳をして、二人はおかわりを買いに行くのだった。



 そしていよいよ、試合が始まろうとしていた。
司会が対戦者達の名前を叫ぶとともに、対照の位置にある二つのゲートから、ふた組の竜と男が現れた。
竜の方は、片やドラゴン、片や蛇のような下半身を持つワーム。
そして男の方は、ドラゴンの側は厳めしい強面、ワームの側は細身の美形と違いはあれど、どちらも鍛え上げられた肉体を持つ、歴戦の戦士然とした風貌の男であった。
両組とも向かい合い、相手に向かって一礼する。
互いにそれぞれの武器を構えると、試合開始を告げる銅鑼の、荘厳な音が鳴り響いた。

「は、始まった…ねえ、どっちが勝つと思う?」
「うーん…ドラゴン組の方は、何度も大会に出てる優勝候補だけど…ワーム組も、初出場なのにここまで来るんだから、相当な実力はあると思うよ」

 先に仕掛けたのは、ワーム組であった。
その長い下半身をバネにして、背中に掴まる美形の男とともに、相手へ一気に躍りかかる。

「一直線に突撃!ワームの十八番だね〜」

 当然、相手もそれを正面から受け止めるわけはなく、強面の男とともに空へ飛びあがる。
翼のないワームは手出しができない…と思いきや、今度は下半身のバネを上へ跳ぶために使用し、ドラゴンの飛ぶ高さまで到達する。
だが、ドラゴン組の方もそれを見越していたようで、待ち構えていたように爪と剣で攻撃し、ワームに傷を負わせた。

「斬られたッ!?」

 戦っているのだから、傷を負うのは当然のこと。
しかし、あまりに深く斬りつけられたように見え、モーリスを含む村人たちは噴き出す血飛沫を予想し、顔を覆った。

「…あれ?」

 血が出ない。
斬りつけられた後、ワームの体には一瞬だけ傷のような軌跡が走ったが、すぐに跡形もなく消えてしまう。

「ふふふ…
 この闘技場で使ってる武器や竜の爪カバーは、ぜーんぶ『魔界銀』っていう金属が使われてて、斬られてもケガはしないんだよ。そのかわり、体力は無くなっちゃうけど…」

 驚くモーリスに、ディンが説明してくれた。
周りの村人たちも、ガイドの竜から同様の説明を受けているらしく、安心して顔を覆う手をどけた。

「そ、そういえば…試合は…?」

 舞台の方を見る。
先程攻撃をしていたドラゴン組が、ワームによって地上に引き倒されていた。

「なっ、なにが…!?」
「相手の攻撃を全く無視して掴みかかって、引きずりおろしたんだよ。
 ワームはとにかく体が頑丈だからねー」

 引きずりおろされ、ダメージを受けてもなお戦意の衰えないドラゴン組は、もはや手加減なしとでも言うように、猛攻を開始した。
強面の男との息の合った連携攻撃に加え、大迫力の火炎のブレスは、石の床を赤熱した溶岩へと変えてゆく。
対するワーム組は…

「…と、飛んでる!?男の人が、飛んでるよ…!!」

 美形の男は、舞台中央付近で動き回るワームの巨大な尾と闘技場の壁を利用して、地上に空中に、立体的な移動をしながらドラゴン組に攻撃を加えてゆく。
変幻自在の攻撃に、ドラゴン組が防御しようとすれば、その隙を突いて、相手の防御を打ち砕くワームの突進が襲い掛かる。
ワームのパワーと美形の男のスピード、お互いの長所を活かし、短所をカバーした戦いぶりに、ドラゴン組は次第に追い詰められてゆき…遂には、石床の上に崩れ落ちてしまった。

ワアアアアァァァァァッ!!!

 闘技場を覆う観客たちの大歓声。
モーリスとディン、そして村人とガイド一行も、思わず声を上げ、大歓声の中に加わった。

「か、勝っちゃったよ…!あの人たち!優勝候補に!!」
「うん、すごいね!
 ワームは難しいこと考えるのが苦手な分、男の人が頭脳をカバーしてるんだろうけど…
 あんなに完璧な連携ができるのは、やっぱり二人の絆の深さがあってこそだよ」
「絆かぁ…」
「もちろん、負けちゃった二人も、すごく絆は強いと思うよ。でも今回は、ワーム組のほうが上手だったみたい。ほら、もうすぐ見れるよ…」
「…え?見れるって、何が…」

 いまだ大歓声を浴び続ける中、ドラゴン組が医務室へ運ばれてゆき、観客にワーム組の二人だけになる。
…すると、ワーム組の二人は、その場で熱い口づけをしはじめた。
そのまま互いに服を脱がせはじめ、全裸になったワームの尾に、同じく全裸になった美形の男が巻き付かれたかと思うと…そのまま横になり、大観衆の中で交わり始めてしまった。

「えっ…あっ、ええっ!?でぃ、ディン、あれっ、あれ…!!」
「ふふふ、よくある事だよ。
 むしろ大体はあんな風に、戦いと勝利に興奮しすぎて、そのままヤリはじめちゃうの。
 …うっわ、あんなコトまで…。よっぽどラブラブみたいだね♪」
「だ、だからってぇ…!」
「あ〜…ダメ、ガマンできなくなってきた。
 モーリス、あたし達も、しよ?」
「な、なに言っちゃってんの!!?村のみんな、ここにいるんだよ!?小さいころからお互いに知ってる人たちが、オレの横や前や後ろに!できるわけないでしょ!?」
「えー、あれでも?」
「あれって…ッ!?」

 ディンに指し示された先には、ガイドの竜と交わっている独り身の村人たちの姿。
妻や恋人がいる者も、キスしたり、密かに互いの性器を愛撫しているらしき者がちらほら…

「う、ウソ…みんなも!?なんで!?」
「ドラゴニアじゃあ、フツーフツー♪わかったら早速しよ♪」
「で、でもぉ…」
「ん〜、ひょっとして、人に見られるのが恥ずかしいとか?
 なら…こうしよっか♪」

 ディンは椅子から降り、立ち膝の姿勢になる。
そして自ら制服をずり上げ、乳房を露わにし、モーリスのズボンを下ろすと…その豊かな両の胸で、モーリスのペニスを柔らかく包み込んだ。

「うあッ…!!」
「ふふ、これなら見えづらいでしょ?思いっきり気持ちよくしてあげる…♪」

 性知識自体はあるモーリスだったが、乳房で男性器を扱かれるということなど、考えもしなかった。
まったく未知の、しかし極上の、柔らかで温かな圧力がモーリスの肉棒に襲いかかり、たやすく勃起させ、力が抜けるほどの快楽をもたらす。
谷間に涎をまぶして滑りをよくし、大きく勢い良くこすり上げ始めた。

「ぁぁぁぁっ、それ、すごっ、やめっ…!!」
「モーリスのおちんちんは、やめろだなんて言ってないよー?ぴくぴくしてばっかりで♪」

 激しい動きに、ディンの乳房は縦に横にと潰れて形を変える。
時折、モーリスの亀頭が谷間からわずかに顔を出すと、その機を逃さず鈴口をちろりと舐め上げ、唇で食む。

「ダメだって、もう、出るッ…!!」

 その頼りない声を聴いたディンは、とどめとばかりに一層強く尖端をすすり上げ、放たれる大量の精液を、喉を鳴らして美味しそうに全て飲み込んでしまった。

「ん〜、おいしっ♪」
「ううぅ…」

 周囲に大勢の人が…それも自分のよく知る人がいる中で、こんなことをされ、とうとう射精してしまった。
この国に来てから、今までの常識どころか、もっと大切なものさえ次々に打ち砕かれていっている気がするモーリスであった。



 激しい戦いの末、勝者が観衆に自分たちの激しい交わりを見せつけ、それに中てられた観衆もまた、竜と激しく交わる…そんな調子で、もう1グループの準決勝と、3位決定戦が行われ、いよいよ決勝戦が始まろうとしていた。
勝ち上がってきたワームと美形の男に相対するのは、翼も角もない竜リザードマンを連れた、黒い髪の青年。
二人とも美形の男より若く、またどちらも武器はなく、魔界銀の籠手のみを装着しているが、青年の方は、東の国から伝来した武術の道場の息子だといい、準決勝で当たった相手を、目にもとまらぬ拳の技であっという間に倒してしまった実力者である。

「初出場同士…これは珍しいよ。どっちが勝ってもおかしくない…」
「ゴクリ…」

 見ているだけだというのに、自分達まで緊張してしまう。
それは周囲の観客たちも同じのようで、先程まで騒いでいたのが嘘のように静まり返っている。
場に張りつめた緊張を打ち砕くように…試合開始の銅鑼が打ち鳴らされた。

「出たッ!突撃!」

 ワーム組は準決勝のように、一直線にリザードマン組へと向かっていく。
しかし、今回はそのまま攻撃するのではなく、リザードマン組の前で急停止した。

「あれ…?」
「…!フェイントだよ!男の人が後ろに回り込んだ!」

 だが、そんなフェイントを見切れないような腕前では、決勝戦まで来られていない。
すぐさま黒髪の青年は、背後から斬りかかる美形の男に対応する。
その間、リザードマンはワームを警戒しており、次なる行動へ移るのを待っていた。
狙い通り、ワームは長い尾でリザードマン組を薙ぎ払おうとする。
殴って止められる攻撃ではなく、跳んで回避するリザードマン。だが黒髪の青年の方は、美形の男に狙われておりそうはいかない…かと思えば、跳んだ。
しかしそれは、立体的な動きを得意とする美形の男にとってはいい的であった。
黒髪の青年を攻撃すべく、美形の男は跳びかかって斬りつける。しかし…

「受け流した!空中で…!?」

 翼がない限り…いや、翼があっても自由の利かない空中で、黒髪の青年は美形の男の剣を受け流す。そしてそのまま美形の男に蹴りを入れ、地上に叩き落した。
落ちた直後、美形の男の眼前には、彼のパートナーの尻尾が勢いよく迫ってきて…命中。吹き飛ばされてしまった。

「あの黒髪の人、すごい…!」
「そうだね…でもワームも、ああなったら多分…」

 図らずも自らの尾で吹き飛ばしてしまった美形の男に駆け寄り、彼を抱きしめて泣き叫びながら謝るワーム。美形の男は戦意こそ衰えていないようだが、結構なダメージだ。
続いてワームは、キッと黒髪の青年の方を睨みつける。
そのまま、全身が光に包まれたかと思うと…巨大な竜が現れた。

「変身したッ!!」
「うん…よっぽど怒らせちゃったみたい。ああなったらもう、止まらないよ…」

 巨大な姿になったワームは、闘技場狭しと這い回り、ときおり壁に激突しては、場内を地震のごとく揺らしながら暴れ狂う。
山脈のようなパートナーの体を活かして、美形の男もリザードマン組に反撃すべく、より高度な立体移動攻撃を開始した。

「こんなのが暴れまわったら…。リザードマンの方も変身しないと!」
「いや…リザードマンって、実は本当の竜じゃなくて、トカゲの魔物なの。
 だから変身は無理だね…」
「それじゃあ、このままワーム組の勝ち…?」
「そうとも限らないよ。リザードマンは、竜よりも『ヒトの姿の戦い方』を、よ〜く知ってるからね…」

 先程の仕返しか、ワームは黒髪の青年を集中的に狙っている。
リザードマンの方は、暴れるワームの尾で近づけず、二人は分断されてしまった形になる。
対して美形の男は、今度はリザードマンを狙い始めた。
…しかしディンも言ったとおり、リザードマンはヒトとしての戦い方の達人。加えて、美形の男は手負いである。
様々な方向から襲ってくる美形の男を、リザードマンは一撃ずつかわし、いなし、そして反撃を行う。しかし同時に、彼女はワームの方にも少しずつ接近していた。

『ギシャアアアアアアアアアァァァッ!!!』

 怒りの叫びとともに、ワームは黒髪の青年に止めを刺すべく、巨大な姿で再び尾を振るう。
だが、青年は避けようとしない。代わりに、何かを待ち受けるかのように、両手を広げる。

「こ、降参…?」

 否。
迫る巨大な尾がいよいよ体に直撃する瞬間…黒髪の青年は両腕で、その尾を受け止めた。
尾を挟んで反対側では、リザードマンもまた、ワームの尾を掴んでいた。
次の瞬間…その場の誰もが目を疑うような光景が繰り広げられた。

「ふ……振り回してる…!?えっ、なんで、どうやって!?」

 二人程度ではどうやっても持ち上がらないような巨体が宙に浮き、リザードマン組を軸として、舞台の中を大回転し始めた。
ワームも逃れようともがくが、なぜかそうするほどに、より勢いがついて回転してしまう。
竜巻のようなすさまじい回転は、美形の男すらも対処できずに巻き込まれ…
そして二人が手を離すと、ワームは恐ろしい速度で壁に激突し…元の姿に戻って、床の上に伸びてしまった。

『………』

 あまりの光景に、観客たちもしばらく歓声を上げられず、その場が静まり返る。
イカサマ、八百長の類ではないのか?と疑う者すらいた。
そこに、司会の竜と審判が現れる。

『魔法検査の結果が出ました。
 二人の体に魔法が使用されている形跡はなく、その他不正も確認できませんでした。
 どうやら二人は…東の国ジパングに伝わる武術で、相手のパワーを逆に利用して投げ飛ばしてしまったようです。
 偽りなく…この二人の勝利です!!』

 それを聞き、改めて、闘技場には大歓声が響き渡った。
当のリザードマン組はというと…もうすでに、情熱的な交わりを始めていた。自分たちの愛に、疑う余地などないということを見せつけるかのように。
観客たちも皆、その様子を見て安心し…そして興奮し、交わり始める。
歓声はすぐに嬌声へと変わり、ディンとモーリス、そして村人達ももまた、戦いと勝利と性の興奮に任せて、いつまでも交わり続けたのだった。



 村人一行が闘技場を出た時には、もう夕方になっていた。
竜翼通りへ降りると、街中はすでに闘技場の話題で持ち切りであり、酒場や料理屋は人と竜であふれ、みな口々に、優勝者の戦いぶりと、残念ながら負けていった者達の健闘を讃えあっていた。路地裏では、男と女の息遣いも聞こえてくる。
夕食は各自で食べるということになり、一行は解散して、モーリスも、ディンが勧める店に入っていった。

「それにしても…街中、お祭り騒ぎだね…」
「平和な証拠だよ♪」
「本当に、この国は平和だよね…。
 このお店で、なにかオススメの料理とかある?」
「そりゃなんと言っても、ドラニオンをたっぷり効かせたドラゴンステーキ!!
 …なんだけど…式の前日で、あんまり臭いがキツいのはダメか。式でも出るだろうし…
 じゃあ…コレにしよっか。ドラウトサーモンのムニエル!」
「美味しそうだね。それで!」

 注文してしばらく待ち…初日も食べた尖ったパンと、スープ・サラダとともに、香ばしい香りが立ち上るムニエルが運ばれてきた。

「それじゃ、お酒じゃなくて水だけど…今日の選手たちに、カンパーイ!」
「カンパイ!」

 水を一口飲むと、ムニエルをナイフで切り、口に運ぶ。
魚の淡白な旨味が、絶妙な加減の塩コショウと芳醇なバターソースに包まれ、最大限に引き立てられている。
添えられた香草の香りは、舌と鼻腔に残る濃厚なバターの香りに負けず、食欲をさらに高めてくれる。
付け合わせの品々も、主役であるムニエルを応援しながら、自身の味の主張も忘れない。

「流石ディン…すごい美味しいよ、これ!」
「でしょー?食べ物屋さんなら任せてよ!」

 あっという間に料理を食べ終え、しばしそのままくつろぐ二人。
二人が入った店もまた、そこら中で闘技大会の話で盛り上がっており、様々な会話が耳に入ってくる。
その中で、モーリスは微かに『ジョージ』『パールー』という名前を聞いた。

「…兄貴?」
「そうだね。
 明日は番いの儀だから、今からお兄さんとお義姉さんについて話してるヒトもいっぱいいるし…明日はもっと盛り上がると思うよ♪」
「みんな、兄貴のこと知ってるの?」
「竜騎士は国中で活躍してるからねー。
 番いの儀を抜きにしても、お兄さんたちのことは、沢山のヒトが知ってるよ」
「…そうなんだ…」

 兄の名を聞いた途端、モーリスはなんだか沈んでしまったように見える。

「…どうかしたの?」
「なんか…
 …ちょっとだけ、寂しい、のかも…」
「…そっか。大好きなお兄さんだもんね」
「それもあるけど…兄貴って、もう…
 なんていうか、『自分の生き方』ってのを見つけたんだなぁ、って…」
「自分の生き方?」
「うん。
 旅して辿り着いたこの国で、すごく立派な仕事をして、有名になって、結婚までして…
 もう、兄貴の帰ってくる場所は、オレたちの村じゃなくて、この国なんだ。
 ずっとオレと一緒にいてくれた兄貴とは、もう一緒にいられないんだ。そう思って…」
「うん、うん…」

 ディンはただ静かに、モーリスの話に耳を傾ける。

「兄貴が旅に出た後から、ずっと寂しかった。
 兄貴がいなくなっても大丈夫になれば、寂しくなくなるかなって思って…いろいろ頑張ったけど、それもダメで、いつも失敗ばかりで…
 とうとう兄貴が結婚するまで、なんにもできなかった。なりたいものも見つからなかった。
 …オレ、これから、どうなっていくんだろう…
 どう、なりたいんだろう…」
「……。
 …辛かったでしょ。たった一人で…」
「…『甘えるな』とか、『もっと頑張れ』とか、言わないの?」

 きっぱりと首を振る。

「誰も…そんなこと言わないよ。誰にも言わせない。
 村の人たちだって、そんなこと言わないと思う。
 頑張ってたんでしょ?だったらみんな、キミが頑張ってるところも見てたはずだよ」
「…でもオレ、悔しいよ。
 あんな立派な兄貴の弟に生まれたのに、どうして、こうなんだろう…?
 村に帰ったら…また、今までみたいに失敗ばかりして過ごすままなのかな?
 そんなの、寂しいし、怖いよ…」

 胸の内を吐露するほど、ただでさえ小柄なモーリスが、さらに小さく見えてくる。
そんな様子を見て、ディンはいてもたってもいられなかった。

「……ねえ」
「…?」
「その…あたしじゃ、モーリスの力になれないかな?
 お兄さんみたいにはなれないけど…あたしは、キミと一緒にいてあげられる」
「ディン…と?一緒に…?」
「そう。一緒にいれば、ちょっとは違うと思うよ?
 モーリスが、これからどうしたいのか…、どうなりたいのか、あたしと一緒に…」

モーリス君!!

 突然、モーリスを呼ぶ大きな声で、会話が中断されてしまった。
二人が座る席に駆け寄ってきたのは…先日ドリンクをくれた、ディンの父であった。

「お父さん!?今大事な話してたのに…!」
「ディンのお父さん…どうしたんですか、いきなり!?」
「ああ…二人きりの話を邪魔してしまったな、すまない…」
「ほんとだよ!お父さんじゃなきゃ怒ってたよ!?
 ていうか今も、ちょっぴり怒ってるけど…」
「本当にすまなかったね。この通りだ…
 だが、事は急を要するんだ。二人とも、ちょっと外へ出てくれるか?」

 急いでお会計を済ませて店から出ると、店の外には、モーリスの家の向かいに住んでいるおばさんが、血相を変えて立っていた。

「おばさん!?どうしたんですか!」
「そんなに慌てるなんて、いったい何があったの…!?」
「ああ…モーリス、大変なのよ!一体どうすれば…!」
「どうか落ち着いてください。いま私の妻が、騎士団に知らせておりますので…」
「ねえ、おばさん…おじさんは?」
「それが…それがッ!」

 向かいのおばさんは、混乱と憔悴を吐き出すように叫ぶ。


「あの人…旦那がいないの。…どこにもいないの!!」


 
18/09/24 02:29更新 / K助
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■作者メッセージ
やっと書けた…。
本来はもっと短かったんですが、北海道で地震があって、書けなくなってる間に「せっかくだから、もうちょっと色々な所に行ってみよう」と思ってしまい、結局、前編と同等の長さになってしまいました。やっぱり私はアホ。
こんなんで9月中に全部終わるかな…がんばります。
モーリスの抱えた感情に決着はつくのか?
前文で今後の展開は予想できるけどいいのか?
後編で出てくるアノ人に、やたらしゃべらせちゃっても大丈夫なのか?

…乞うご期待!ご期待してくれると嬉しい!

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