連載小説
[TOP][目次]
旅立ちの章
 ある国の端に、村があった。
大きくもなく小さくもなく、食べてはいけるが、飛びぬけて優れた産業もない。
争いごともほとんどないが、大きなイベントもほとんどない。
宝の伝説とか英雄の輩出とか、そういったものとも無縁の、平凡すぎるほど平凡な村…
そんな村に、青天の霹靂と言ってもいい、大きな事件がやってきていた。

「おーい、モーリス!」
「ついに来たぞ!」

 その村には、一人の少年が住んでいた。
彼が今日、掃除を任されている小さな雑貨屋へ、村の男が二人駆けこむ。

「わっ…な、何ですか?オレ、また何か失敗して…あー!?」

 濡れたモップで床を拭いていたモーリスは、突然の来訪者に驚いて、水の入った木桶を蹴り倒してしまった。

「やばっ、また拭かなきゃ…」
「おいおい、何やってんだ全く!」
「毎度毎度、お前の兄貴と違ってそそっかしいんだから…」

 二年と少し前、彼の兄…ジョージが旅に出てから、モーリスは村の雑事を手伝いつつ、自分に合った仕事を探しているのだが…日々こんな調子で、失敗ばかりであった。

「…おっと、今はそれどころじゃなかった。後始末して早く来い!」
「ど、どうしたんですか!?いきなり…」
「どーしたもこーしたも無いだろ。来たんだよ、迎えが。」
「お前…まさか忘れたのか?招待状に、今日だって書いてあったろ?」
「…!わ、忘れてないですよ!準備もしてきたんだから!」

 特にモーリスは、忘れられるはずもなかった。
もうすぐ…たった一人の家族であり、誰よりも尊敬する兄の、結婚式が行われるのだから。



 大人二人に連れられながら、支度を済ませて村の広場まで来たモーリス。
広場には、見慣れない格好の…しかしとても美しい少女が佇んでいた。おそらく彼女が、迎えの使者なのだろう。
そしてその周囲には、何人もの住人がすでに集まっていた。

「モーリスを連れてきました!」
「遅くなってすいません。本人がちょっとモタついてまして…」
「す、すいません…」

 少女に向かって頭を下げさせられるモーリス。
近くで見ると、少女は、モーリスと同い年か、わずかに上くらいに見える。

「大丈夫ですよ。…これで全員ですね?」
「はい。仕事で来れない奴らの手紙なんかも、しっかり集めてきました」
「わかりました。それでは、出発しましょう。
 近くの丘に迎えが待機していますので…」

 少女に先導され、村の近くの見慣れた丘に、ぞろぞろとやってきた村民一同。
…しかし妙なことに、周りを見回しても、馬車ひとつ見えなかった。

「…あれ?オイオイ使者さん。どこに迎えの足があるってんだ?」
「もしかして、場所間違えてないか?」
「少々お待ちください。これから合図いたしますので。」

 そういって少女は、服のポケットから、妙に刺々しいデザインの笛を取り出した。
皆が静まるのを待ってから、少女は大きく息を吸い…吹き鳴らす。
笛らしからぬ、何かの雄叫びのように重厚な音が周囲に響き渡った。かと思うと…

「……ん?…なんだ、あれ……」

 バサッバサッと、大きな布を翻すような音が、そこかしこから聞こえてくる。
続いて見えたのは、晴れた空に舞い上がる、たくさんの大きな影。
目を凝らして見ると、蝙蝠のような大きな翼。長いしっぽ。頭には角。

そして、地上に降り立ったそれは…


『りゅ……りゅ…竜!!!?


竜。
この世の誰もが知っており、そして誰もが恐れる存在。
顔立ちや体形は、人間の…それもとびきりの美女のそれであったが、それ以外の特徴は、噂やおとぎ話で語られる竜の姿そのものであった。
そして、この竜の群れを呼び寄せた少女も…いつの間にか、竜たちと同じ特徴を晒していた。

「改めまして…
 私は、竜皇国ドラゴニアの騎竜見習い、ワイバーンの『ディン』と申します。
 この村出身のジョージ様の『番いの儀』に参列される皆様のお迎えにまがりまちた。
 これから皆様を、人と竜の国、ドラゴニアへお連れいたします♪」

 そういって、一礼する竜の少女。
その後ろを見ると、一部の竜たちの背中から、鎧を纏った男たちが降りてくるのが見えた。
竜の背に乗っていた男たちが全員降りると、竜と男たちは、素早くきれいに整列し、少女に続いて一礼する。

『道中は、我ら竜騎士団にお任せください!!』

 その様子に、村人一同は呆気にとられていた。

『竜だ…』
『嘘だろ…竜!?』
『ジョージの結婚式…じゃ、ないのか?』

 周辺諸国と同じく主神を信仰するこの国だが、都市部から遠く離れたこの村まで教えが根強いわけではない。
教団が悪とする魔物さえ、村人たちは見たことがなかったが…それでも、竜が持つという、恐るべき力のことは知っていた。
きっと目の前の少女一人でも、自分たちの村は容易く焼き尽くされてしまうだろう。
あるいは、竜は財宝を好むというから、村にある僅かな金目の物も奪いたい放題だろう。
そんな存在が、大量にいるというのに…こうして整列し、何もしてこない。
それどころか、竜にとっては獲物かゴミでしかないであろう人間が、まるで『自分たちは竜と同列の存在だ』とでも言うように、竜の隣に平然と並び立っている。
恐怖と混乱が入り混じり、逃げることすらできずに、皆その場から動けなくなっていた。

「あ、あの…!」

 村人たちに蔓延する不安の中で、口を開いたのは…モーリスであった。

「どうかしましたか?」
「あ…兄貴って、どんな人と結婚したんですか?
 こんなにたくさん迎えの人…いや、竜が来るなんて…まさか、すごく偉い人とか?」

 兄は旅に出た後も、モーリスに対して、旅先から伝書鳩で手紙を送ってきてくれていた。
そのおかげで、兄が遠い国で、騎士として働くことになったところまでは知っていたが…単に騎士ひとりが結婚し、その迎えに来たにしては、あまりにも仰々しすぎる。
無論モーリスは、騎士の結婚がどのようなものかは知らなかったが、そんな彼でもおかしいと感じるような規模だった。

「ふふふ…『ヒト』じゃあありませんよ。
 お相手もふつうの方ですけど…国を挙げて準備する、とても名誉な結婚なんです。
 貴方のお兄さんは…『竜』と結婚するんですから。」

「…………りゅう……と…?」

 竜と。結婚。兄が。

モーリスがその言葉を頭に取り込むためには、さらにしばらく時間を要した。周りの者たちも同様であった。

「え…だって、あの、竜と?あの大きくて、ゴツゴツして、人間とか食べて、怖くて…
 いや、でも、あなたは竜で、後ろの人たちも竜で…え?」
「やだなぁ、この格好を見てくださいよ。
 私たち竜は、そんな恐ろしい姿じゃあないですよ。(いつもはね…)
 みーんな美人で、男の人とラブラブするのが大好き!それが、竜!
 そして、竜と魔物と人間が、隣人として共に暮らす国が、私達の国、ドラゴニアなのです!」
ええええええ……!!?

 これまで自分たちが生きてきた世界を、根本から覆すような発言。
そんな情報を、何の心構えもできぬまま聞かされた人間は…多くの場合、すんなり信じることなどできない。

『信じられないな…』
『騙そうとしてるのか?』
『いや、でも、竜だぞ?それにこの数。俺たちを騙して何かする必要なんて…』

 村人達のざわめきは激しさを増し続ける。
信じるか信じないか…どちらの結論に至るにしても、判断材料が足りなかった。

「では皆様、こちらをご覧ください」

 その混乱に対し、竜の少女は、再び何かを取り出す。
こうなる可能性があることは知っていたのだろう。動揺した様子はなかった。

「ジョージ様本人は、準備に忙しく、ここには来られませんでしたが…
 皆様に私たちを信じていただくべく、このようなものをご用意しました」

 それは、水晶のように透き通った丸い玉が、(村人たちが知る姿の)竜をかたどった意匠の土台にはめ込まれたものであった。
その内部には、緩やかに、様々に色を変え続ける光が渦巻いている。
竜の少女がそれを地面に置き、何事かをささやきかけると…
玉は一層強く光りだし、やがてその光は空中に留まって、ある形を作り上げた。

「兄貴ッ……!?」

 モーリスは誰よりも真っ先に気づき、声を上げた。
二年の時を経て、やや雰囲気が変わったように見えるものの、その光の像は間違いなく、兄のジョージであった。
しきりに手を振っているが、その顔は正面を見据え、周囲の村人達を見ている様子はない。

『おーい、聞こえてるか?
 モーリス、そしてみんな。久しぶり…俺だよ。ジョージだ』

 さらにその光の像は、ジョージの声まで発し始めた。

『スゴイだろ?
 これは、俺の姿と声を、魔法でその宝石に残したものなんだ。
 あ、何か言われても返事はできないぜ。手紙と同じだから』

 この村には、魔法も馴染みがない。
使えるほどの研鑽を積めるような場所もないし、魔法道具を導入するような経済力もないし、そもそも魔法に頼る必要性も薄いとなれば、仕方のないことではあった。

『みんながこれを見ているって事は、そこの竜たちの話を、なかなか信じることができない…って事なんだろう。
 本当は、俺が直接行ったほうがいいんだろうけど…式の準備って、とんでもなく忙しいんだな。初めて知ったよ。
 そこの迎えの竜たちを含めて、周りみんなが協力してくれてるんだけど、それでもてんてこ舞いだ。向かいのおばさんおじさんとか、結婚してる人たちなら、分かってくれるよな?』

 それを聞き、兄弟の家の向かいの夫妻や、夫婦、家族連れの者たちは、うんうんと頷く。

『とにかく、俺は元気にやってるよ。
 今は、竜に乗る騎士…『竜騎士』として、パートナーの竜と頑張ってる。
 そこのみんなが言ったことに嘘はないぜ。来てくれればわかる…けど、いきなり信じろってのも難しいよな。う〜ん…
 あ、そうだ。パールー、ちょっと来てくれ!』

 ジョージの姿がふっと消えたかと思うと、誰かの手を引きながら再び現れた。

『何をする!ま、待てったら!ジョージ!
 私はその…いい!お前だけ映れ!』
『みんなを安心させるためだって!な?ちょっとだけだから!』

 ジョージに引きずり込まれるようにして、もう一人、女性の声と像が姿を現す。
迎えの竜たちとはやや異なるが、彼女もまた、竜の特徴と、男の目を惹きつけるような美しい顔と身体を兼ね備えていた。
凛とした印象を与えるその美貌を羞恥に赤く染めながら、渋々といった感じでジョージの隣に立つ。

『それじゃあ紹介しよう…彼女が俺のパートナーで嫁さんの、パールーだ』
『ど、どうも……パールー、だ。ドラゴン。
 この、ジョージのパ、パートナーになって、もうすぐ一年…に、なる…
 …ぅぅぅ、なあ、もういいだろう!?』
『どうだ、美人だろ?
 出会った頃はかなり暴れ者だったらしいけど…パートナーになって一緒に暮らしてみると、こんな風にすごく恥ずかしがり屋だったりとか、可愛いところが沢山見つかってさ。
 いつもはクールに振舞ってるけど、子犬や子猫が大好きってのも、女の子らしいよな。あと、料理するのも大好きみたいで、この前も…』
うわああああぁぁッ!!やめろ!!!

 昔からリーダー気質というべきか、常に村の子供たちの中心で、周囲をグイグイ引っ張ってゆく立場だったジョージ。
それが今では、地上の王者、最強の生き物とまで言われるドラゴンに対してすら、完全に主導権を握っている。

『まあそんなわけで、人間の女の子と全然変わらないんだ、これが。
 恥ずかしがってるのも可愛いだろ?かわいいかわいい♪』
『か、かわいいかわいい言うな!頭を撫でるな!
 お、お、お前だってなあ……ろくに槍も持ったことないくせに、この私に物怖じもせず、どれだけ脅しても向かってきて…いくらパートナーとして紹介されたからって、無鉄砲すぎるんだ!馬鹿か!私みたいに、竜と人は対等だなんて思ってなかった奴もいるんだぞ!
 それをお前は、私の懐にズカズカと入り込んできて…少し素敵だと思ってしまったじゃないか!いつの間にか、お前のことばかり考えてしまうようになってしまって!』

 ジョージに触発されたか、大いに照れながら夫の自慢を始めるパールー。
もはやモーリスはじめ村人たちには、目の前の存在が、恐るべき怪物たる竜と、騙されて捕らえられている獲物たる人間になど見えなかった。
そこにいたのは、周囲に対して愛する伴侶の自慢をしたくて仕方がない、嘘偽りのない、幸せいっぱいの新婚カップルであった。

『それだけじゃあない。こんな面倒な私のことばかり気にかけて、寂しそうだなとか、頑張りすぎじゃないかとか、こっちの心を見透かしたような言葉ばかりかけてきて!そんな有様で、これまでよく他の魔物に襲われずに来れたな!お前はいつも優しくて楽しそうで、でもベッドの上ではケダモノのように私を貫いて、突きながら恥ずかしい言葉を言うよう要求して…』
『…おーい、パールー?ちょっと、プライベートな部分まで漏れてきてるぞ?』
『一年前まではただの人間だったくせに、よくもまぁこんなスケベなサディストになったものだ!こないだなんか、小遣いはたいて何を買ったと思う!?メイド服だぞ!!そんなものを私に着せて奉仕しろなどと、あまりの屈辱に、私も熱い液が股から止まらなくてだなぁ…』
『す、ストップストップ!!あ〜〜もう、仕方ない…』

 ジョージは、もはや自分でも何を言っているのかわからないといった様子のパールーの肩を抱き、顔を自分に向けさせ、一気に、熱烈なキスで口を塞いだ。

『───ッ……!!?』

 驚愕の表情を浮かべ、固まるパールー。
口づけは1分ほど続いただろうか。その間パールーは、顔はもちろん、身体を覆う竜の鱗さえ真っ赤に染まりそうな勢いで、白い肌を紅潮させてゆく。

『……ぷはっ。ふぅ…よし、止まったな』

 パールーはもう、言葉を紡ぐことができなかった。
ジョージが口を放すと、真っ赤になったまま、首だけカクンと重力に従い下を向く。
そして全身がワナワナと震えだした。頭からは、蒸気が噴出しているように見える。
それは村人たちに、噴火寸前の火山を思わせた。

『あー…その、こっからもう、準備どころじゃなくなると思うから…俺の話はここまでだ。
 今ので、俺達が本当に愛し合って、夫婦になるんだって信じてくれたら嬉しいな。
 じゃ、ドラゴニアで待ってるぜ!』

 そしてジョージの姿は消え、宝石の光も元に戻った。
大人たちは、何と言ったらいいかわからないと言うような顔をしていた。

「…それでは、そろそろ出発しますが、よろしいでしょうか?」

 竜の少女が告げる出発の宣告。来るのか来ないのか、どちらか決める時が来ていた。

『…………』

 …しかし村人たちは、ここに来て尚、躊躇していた。
すでに、これまでの竜へのイメージは、ほぼ打ち砕かれていたが…彼らの足を止めていたのは、理屈ではない、未知なるものへの漠然とした不安であった。
これまで変化に乏しく、しかしそれでもやっていける世界に籠り続けた代償。
行くことも戻ることも決めかねて、ただ沈黙しかできない。

 ………だが。

「…………オレは……行きます」
『モーリス!?』

モーリスはそれを、再び打ち破った。

「兄貴に、会いたい。
 竜とか遠い国とかはちょっと怖いけど…兄貴が結婚するっていうのに、ここで会いに行かなかったら、きっともう、二度と会えない。
 だから…行きます!」

 はっきりと声を上げるモーリスに、村人たちは大いに驚いた。
昔からモーリスを見てきた彼らにとって、モーリスという少年は、兄の陰に隠れていて、失敗ばかりのオドオドした少年であった。
それがこの時、誰よりも先んじて意思を示したのだ。
そして…

『も…モーリスが行くなら、俺も…』
『そうよね、私も…』
『うん…みんな行くか。』

 モーリスに後押しされたように、一人、また一人と行く意思を示してゆく村人たち。
皆、昔からジョージを見ていて、そしてジョージが好きだったのだ。
そしてとうとう、その場の全員が、結婚式へ行くことに同意した。

「…皆様、ご出席いただき、誠にありがとうございます!」

 案内役の少女も、とても嬉しそうな笑顔を見せた。

「では、いよいよ出発いたします。
 女性の方、ご家族様、恋人がいらっしゃる方はあちらへ。
 お一人の方はこちらへお並び下さい…」

 竜たちが、てきぱきと村人たちを誘導していく。
…しかし、モーリスにはもうひとつ、疑問があった。
誘導に従って並びつつ、案内役の少女に尋ねる。

「あの……ところで、どうやって行くんですか?
 馬車も見えないし…
 そもそも、結婚式の日付って、今日から『3日後』ですよね?
 兄貴が1年かけてたどり着いた国に、どうやったらたった3日で…」
「え?3日もかかりませんよ。半日くらいで着きます。
 式までは、ドラゴニアを観光していただく予定となっております」
「いや、だから…どうやって?」
「あれ?気付いてませんでしたか。
 ふふふ、それはですね…」





「うわあああぁ、うわっ、うわっ、あああぁぁぁ!!?」
「暴れないで下さいねー。落ちちゃいますから。」
「たすけてえええええぇぇえぇえ!!!」

モーリスは今、人生最高の恐怖を味わっていた。
理由は言わずもがな、案内役の少女の背中に乗って、空に舞い上がりつつあるからである。

『いやああああぁぁぁッ!!』
『おかあさあああぁん!!!』

 独身男性は、竜の背中で。
家族連れや恋人連れや女性は、複数の竜がロープで吊り下げるカゴの中で。
モーリスの周囲でも、村人たちは思い思いの絶叫を上げていた。
空を飛ぶなど、神か鳥の特権…そんな時代の人間たちが、いきなりその領域に引きずり出されたのだから、仕方のない事ではあったが…
地上の誰かに見られれば、竜が人間を大量にさらっていると見られても仕方のない光景が広がっていた。

「兄貴イイイイィィィィッッ!!!」
「はいはい、もうちょっとの辛抱ですからねー。」

 生まれ育った村が、見慣れた丘が、近所の森が、どんどん小さくなってゆく。
やがていつも見上げていた山さえ飛び越すと、知っている風景は何も見えなくなり…
まるで別の世界に来たかのように、空の青と雲の白、蒼い水平線、そして緑の大地だけの空間に到達した。

「……あれ?」

…ふと気付くと、飛び立つ際の恐怖は、不思議と消えていた。
周りの者も同様に、悲鳴はほとんど無くなっていた。

「ふふ…広いでしょ?世界って!」

 竜の少女は、横目で笑った。
その笑顔を見ると、モーリスの心臓は、ひとつ大きな音を立てた。
続いて少女は、村人たちの方を向き、声を上げる。

「これから半日間、途中休憩を挟みながら、ドラゴニアまで飛行いたします。到着は夕方の予定となります。
 何かあればお気軽に、お乗りの竜、もしくはお近くの竜へお申し出下さい。
 それでは皆様、快適な空の旅をお楽しみ下さい♪」

 言い終えると、両腕の翼を広げて風に乗る体勢となり、少女は、編隊を組んで飛ぶ竜たちの隊列に加わった。

「…っっっ……ぷはぁぁ〜〜…!やっと終わったぁ!
 やっぱ、騎士らしいしゃべり方って疲れるー…」
「あ、あれ!?」

 目の前の少女の変わりように、また驚くモーリス。

「ドラゴニアに着いたら、あたしがキミのガイドをするから。
 改めて、これからよろしくね。モーリス!」
「は、はい…?えーと……」
「もう畏まらなくていいよ。案内役はおしまい。
 キミ、あたしと大体同じくらいの歳でしょ?変に気を使ったりしないでダイジョブだよ。
 あたしのことも、ディンって気軽に呼んでいいから」
「う、うん…わかった。よろしく、ディン」

 改めて自己紹介を交わす二人。
そこに、背中に村人を乗せた編隊の竜たちが3匹近づいてきた。

「ディン、おつかれ〜!」
「ありがとー!」
「ディ〜ン〜?あんたさっき、大事な名乗りでセリフ噛んだでしょ?」
「そうだそうだー!」
「げげっ、バレてた?誰も反応しないから、気づかれなかったと思ってたのに…」
「そりゃ、あそこで反応できるわけないでしょう。
 クジ引きとはいえ、せっかく大役もらったっていうのに、鍛錬が足りないわよ。鍛錬が!」
「ま、そこはウチらもまだ独り身だし、偉そうに言えた立場じゃないけどさ。
 でも『まがりまちた』って…ププッ!」
「うぅ〜……」
「まあまあ。こうしてみんな乗せる相手をゲットできたんだから、まずは喜ぼうよ〜」
「それもそうね。…今度こそ、あんな竜学生なんかには奪わせない…
「おいおい、人乗せてるのに、負のオーラ出すなって。そんじゃまたな、ディン!」
「うん、またねー!」

 そして彼女たちは、再び編隊のもとの位置に戻っていった。

「ごめんごめん、いきなり置いてきぼりにしちゃった。」
「ううん、大丈夫。
 それにしても、騎士っていうから、もっと真面目っぽいかと思ってたけど…なんていうか、仲のいい友達同士、なんだね。」
「うん、昔はそうだったみたいだけど、今はこんな感じ。みんな友達みたいなもんだよ。
 竜騎士ってのは、人と竜の二人でひとつ。乗る人がいないと、あたし達はただの女の子なんだよね。」
「た、ただの女の子…?」
「そうだよ?」

 鱗や角があって、人間より遥かに強くて空を飛べる存在を『ただの女の子』と言うことは、果たして許されるのだろうか…
そんなことを思ったモーリスだったが、おかげで、彼が未だに心のどこかで感じていた緊張感は薄れていった。
…しかし、それと同時に、これまで感じなかった、正しくは感じる暇がなかった感覚が襲ってきた。

「……さ、寒ッ!?そういえば、すごく寒い…!」
「あー…確かに、空って寒いんだよね。
 ずいぶん薄着だけど…できるだけ厚着してこいって、招待状に書いてなかった?」
「か、書いてたし、してきたけど…こんな寒いの、初めてで…」
「あー、あったかかったもんね、あの村…厚着がそれでも仕方ないか。
 手袋もないし、手ぇ冷たくない?」
「冷たいよ…なんで平気なの…って、そうか、竜だから…」
「そういうこと。
 …あ、そうだ。ね、モーリス…」
「?」
「冷たいなら…あたしの谷間に、手、入れてみる?
 きっとあったかいよ♪」
「た、谷間…?」
「そ。あたしのこのおっぱいの谷間で、あっためてあげる♪」
「えええ!?そ、そ、そんな、そんな事…!!」

 まったく予想外のとんでもない提案に、モーリスは赤くなって慌てる。

「なんかダメ?」
「ダメだよ!!?」
「ダメじゃないよー。あたし自身がいいって言ってるんだから、遠慮しないでさ♪
 それに…ふふ、あたし達がいま着てる制服って、なんでこうなってると思う?」
「えっ…?」

 彼女達が着ていた制服は…改造しているのか、個人で微妙な違いはあれど…共通している点があった。
それは皆、豊かな胸元を強調するデザインになっているという点である。
いま思い出すと、ディンもまた、同年代の少女とは思えないほど大きく柔らかそうなそれの下半分を見せつけるかのように服の裾から溢れさせて…
そこまで思い出すと、モーリスは更に恥ずかしくなってしまった。

「それはね…手が冷たいときに、谷間に手をつっこんであっためたり、落ちそうになったときにしがみつくために、こうなってるんだよ♪たぶん。
「そ、そんな事に…!?」
「おおっと、突風がッ!!」

 そう叫ぶと、ディンはわざとらしく大きく体勢を崩した。
ディンと共に、モーリスの体も大きくのけ反り、ディンの肩に置かれていた両手が離れる。

「うわっ、落ちるぅぅ!!?」

 もぎゅっ。
落下する恐怖に、モーリスの手は咄嗟にディンの両胸を鷲づかみにしてしまう。

「あっ、ご、ごめん!?」

 慌てて手を離す…そこではたと気付く。
モーリスの体は、飛び立つ前に、革のベルトでディンの体に固定されており、落ちないようになっているのだった。

「あはははははは!謝るコトなんてないのにー。」
「ううううう…」

 モーリスはもはや、真っ赤になって俯くしかなかった。
全身に血が巡って熱くなり、手にはディンの胸の温もりと感触が残り、図らずも寒さは感じなくなったが。

「こらこらディン。
 相手はまだ慣れてないんだから、あんまりイタズラしてやるなよ」
「まぁ、積極的なのは良いことだけどね♪」

 そこに、何やら木箱を抱えた竜騎士が飛んできた。

「はぁーい、お父さん」
「え…お父さん!?そうなの!?」
「そうだよ?お父さんが乗ってるのが、あたしのお母さんね♪」

 よく見ると、確かにディンに似ている点がある。

「君、驚かせたようですまなかったね。
 ディンや私の妻みたいなワイバーン達は、人間に興味津々で、ついイタズラしてしまうんだ。
 悪気はないから、許してやってくれ」
「そ、そうなんですか…」
「お詫びというわけではないが…今、村の皆さんに温かい飲み物を配っているんだ。
 君も飲んでみるといい。気も落ち着くぞ」

 そう言うと、騎士は木箱の中から一本の瓶を取り出し、モーリスに接近して手渡す。
温かいが、素手で触れても火傷はしない、ちょうどいい温度に保たれていた。

「あ、ありがとうございます!」
「大事なお客様への、ささやかなサービスさ。まだまだ先は長いが、ゆったり楽しんでくれよ!」

 モーリスに手を振りながら、竜騎士は離れていった。
なんだが微妙な気分だったが…その姿は、格好よく感じられた。
彼らが完全に見えなくなったところで、瓶の蓋を開け、一口飲んでみる。

「…はあぁ……すごい美味しい…!」

 『ココア』という名称は、この時のモーリスは知らなかったが、昔食べた『チョコ』というお菓子を牛乳で溶いたような、甘く濃厚で優しい味に感動を覚えた。
何か香辛料が入っているのか、飲み物は胃に落ちた後も、体の内側から暖かさをもたらし続けてくれる。
このような飲み物を味わったのは、生まれて初めてだった。
ちびちびと味わいながらも飲むのは止まらず、夢見心地のまま飲み干してしまう。

「……ほぁぁぁ……」
「落ち着いた?」
「…うん」
「よかった。
 その〜…えへへ。あたしも、さっき困らせちゃった代わりってわけじゃないけど…
 休憩場所までまだまだかかるし、これから行くドラゴニアについて、今からいろいろ話をしてあげたいんだけど…どう?」
「えっ、教えてくれるの?」
「もちろん!さっきもガイドするって言ったでしょ?
 大体の竜騎士は、ドラゴニアに来てくれたお客さんのガイドもお仕事なんだから。」
「へぇー…」
「何を聞きたい?なーんでも話せちゃうよ!
 歴史とか美味しいお店とか、オトナなお店やひと気のない場所とか、ドラゴニアに住んでるとあるワイバーンのスリーサイズとか弱点とか…」
「そ、そうだ!竜騎士はガイドも仕事って言ってたけど、竜騎士のこと、もっと教えて!兄貴ってどんな仕事してるのか知りたいな!」
「ちぇー。ま、いいや。それじゃあ話すね。
 まず、竜騎士の始まりは、何百年も昔に……」


 ディンの話はとても面白く、刺激的であった。
文章をそのまま諳じている風ではなく、情報を自分の内に取り入れ、噛み砕いて、異国の人間にも分かりやすいようにしてくれていることがわかる。
長い話は苦手な年頃のモーリスも、とうとう休憩場所まで、眠くならずに聞き入ってしまった。
…話の最中に、度々される『イタズラ』には困ったが。


「…あっ!ほら、あそこ!あの牧場が休憩場所だよ!」
「おぉー、大きい…」

 いくつの山を越えただろうか。
気が付くと、モーリス達の眼下には、立派な牧場が広がっていた。
牧草地だけでも、村いちばんの農場が丸ごと入ってしまうほどの規模…その牧草地に着陸すると、青々とした牧草のにおいと共に、どこからともなく、美味しそうな香りが漂ってきた。
香りに反応して、腹の虫が盛大に声を上げる…ディンの腹から。

「あ〜…お腹すいちゃう…」
「飛びながら、喋りっぱなしだったもんね。お疲れ様…」

 全員が着陸すると、竜騎士達の隊長が、休憩時間に関する案内と、休憩場所および食事を提供してくれた牧場主一家の紹介を行った。

「皆様のご厚意に、ドラゴニア竜騎士団を代表して、この場で改めて御礼申し上げます」
「こちらこそ、これからもよろしくお願いいたします…」

 牧場主の妻子もまた、ドラゴンであった。
ディンがこっそり教えてくれた事には、なんと牧場主は、かつて『勇者』の一人であり、妻の方は、各地を荒らし回っていたのを彼に懲らしめられた悪い竜であるらしい。
その戦いを機に勇者を引退し、倒した竜と力を合わせてこの地で牧場を始め、同じように人と竜が力を合わせて暮らすドラゴニアとは、地理的にも遠征時の補給場所として都合がよかったことから、懇意になったのだという。
難しい話は全く分からなかったが…おとぎ話の登場人物が現実に現れたような感覚を、モーリスは味わった。

「…でも、オレが知ってるような悪い竜も、やっぱりいるんだ…」
「そこは人間と同じだよ。いい竜もいるし、悪い竜もいるってコト。
 それに今は、あのヒトも優しそうでしょ?」

 確かに、彼女の穏やかな様子は、とてもそんな悪竜には見えない。
先刻見たジョージの姿と同様、互いへの、そして子供への愛に溢れた夫妻であった。
やがて隊長の長い話が終わると、牧場主一家と牧場の従業員達が、外に並んだテーブルに料理を運んで来た。

「ひと足お先にドラゴニアの味をご堪能いただこうと、ドラゴニアの家庭料理をご用意いたしました。
 皆様どうぞ、冷めない内にお召し上がり下さい!」

 出された料理は、湯気と共に素晴らしい香りを立ち上らせるシチューと、先端が尖った独特なデザインのパン。そして牛乳。
それらを満載した大きな鍋と籠から、各々の皿へ取り分けられる。
モーリスも我慢できなくなり、食前の祈りもそこそこに、シチューをひと口、口に運んだ。

「んんんッ……!お、美味しい!!なにこれ!?」

 まずモーリスを出迎えたのは、じっくりと煮込まれ、口の中で容易く崩れるほどの柔らかさになった肉。しかしそんな状態になってもなお、肉の内部には強い旨味が蓄えられており、各種根菜や調味料の甘味と絶妙に混じり合って口内を満たす。
人参や芋といったその他の具も、ホクホクと柔らかく砕け、肉から分け与えられた旨味が溶け込んだ優しい味を舌にもたらし、のどの奥へ去ってゆく。
続いて、尖ったパンを手でちぎり、浸して食べる。
表面は固いが、内部は焼きたてそのもの。小麦の香ばしい香りとシチューの風味が、お互いを際限なく引き立てあう。
添えられた牛乳もこれまた絶品であり、村で飲んだそれとは比較にならないほど甘く濃厚、なのに喉越しは滑らかで、口内のシチューを流し去り、新鮮な気持ちで次のひと口を迎えさせてくれるのだ。
あまりの美味しさに、スプーンが、パンが、牛乳が止まらない。
ふと横を見ると、ディンも一心不乱にシチューを味わっている。既に彼女は3回目のおかわりに突入しようとしていた。

「…それにしても、この肉って、なんの肉だろう…」

 牛肉によく似ているものの、これまで食べたどんな肉とも違う。
そもそも肉自体あまり食べたことはないモーリスだが、それでも、普通の肉ではないと感じる何かがあった。
ポツリと漏らした疑問にも、ディンは食べながら答えてくれる。

「ん?このお肉?
 トカゲだよ。でっかいトカゲ!」
「と、トカゲ…!?」
「ドラゴニアじゃあ、お肉って言えばだいたいコレだし、みんな毎日食べてるよ。
 もちろんあたしも大好き!」
「肉を、毎日…!?
 い、いや、それは、騎士だから…だよね?」
「ううん。竜騎士とか偉いヒトとかじゃない、普通のヒトも毎日食べてるよ?」
「普通の人も、毎日こんな肉を…!!?」

 当然であるかのようなディンの口ぶりに、モーリスは大きなカルチャーショックを受けた。
同時に、彼の中のドラゴニア像が『大富豪たちの国』となり、自分のような庶民が行ってよいのかと若干気後れした。
無論この時代、”肉はそれだけで高級品”というモーリスの感覚こそが普通のものであり、さして肉が貴重でないドラゴニアが異質なのだが…
そうこうしている内に、シチューもパンも器に無くなり、周囲には満足げな顔があふれた。

「ごちそうさま……あ〜、食べすぎちゃった…」
「だろうね…何杯おかわりしたの?」

 食事を終え、一行はしばしの休憩を楽しむ。
椅子に座ったまま休んだり、竜騎士たちと歓談したり、異郷の景色を見学したり、みな思い思いに過ごしていた。
…しかしモーリスは、あることが気になっていた。

「あの、ディン?」
「なぁに?」
「そういえばこの牧場って…全然牛とか羊とかがいないんだけど…なにか知ってる?」

 これだけ大きな牧場なのに、牧草地に牛や羊などの姿はなく、畜舎らしき場所からも鳴き声が聞こえないし、家畜のフンなどから来る独特のにおいもほとんど無いとなれば、農村出身のモーリスでなくとも不自然に感じるだろう。
従業員が、男性は普通の格好なのに、女性だけ牛や羊を模したような格好なのも気になる。
しかも皆、竜たちのように美人で、体つきも非常に豊満だ。

「…そういえば村の人たちって、魔物を見たこと自体ないんだったね。わかんなくても仕方ないか。
 あのお姉さん達。あれが、この牧場の牛とか羊だよ。
 正しく言えば、牛や羊の魔物。あ、もちろんいい魔物ね?」
「嘘ッ!!?」
「あたしだって竜だし、なんにもおかしくないでしょ?
 あたし達やあのヒト達…もっと言えば世界中の魔物は、ずっと前から、みぃーーんなこんな感じだよ。
 みんな美人で!セクシーで!男の人とラブラブするのが大好き!ってね♪」
「そうなの!?」

 確かに、竜だけ特別に女性の姿で、他の魔物は怪物というのもおかしいが…今日まで生きてきたモーリスの世界が、またひとつ壊された感覚だった。今日だけでも、何度壊されたかわからない。
周りを見ると、すでに何人もの村人たちがモーリスと同様の疑問を抱き、そして常識を打ち砕かれているようで、みな思い思いのリアクションを取っていた。中には衝撃のあまり、先ほどのシチューを戻しそうになっている者までいた。

「…ん?待てよ。
 この牧場の牛や羊があんな風になってるなら、さっきの牛乳は…」
『皆様、そろそろ出発いたします。こちらへお集まり下さい!』
「あ、はーい!」

 モーリスが考えに至る前に、休憩時間の終わりを告げる隊長の声が周囲に響き、集合しているうちに忘れてしまった。



 そして再び竜たちに乗り、残りの道程を飛んでゆく一行。
一回乗って耐性がついたか、今度は悲鳴を上げる者は少なかった。
先程の大きな牧場も、手を振って見送る牧場の人々も、瞬く間に、ゴマ粒のように小さくなって消えてゆく。
村を離れた時よりも心に余裕があったこともあり、モーリスは、その光景に一抹の寂しさを覚えた。

「…いい人たちだったなぁ…」
「そうだねぇ…」

 ディンも、すこし静かな声で相槌を打つ。
彼女もまた、同じような寂しさを感じているのだろうか。それとも、飛べばいつでも会えるから、寂しいわけではないのだろうか。

「……さっ!もうちょっとで、お兄さんに会えるよ。
 残りの半分、一緒に頑張ろうね!」
「…うん!」

 ディンがいるから、一人ではないこと。そしてもうすぐ、兄とも再会できること。
そのふたつの事実を再確認し、モーリスも、胸の中の寂しさを打ち消した。



 太陽が赤くなって沈みかけ、眼下に広がる世界も暗くなりはじめた頃。
飛び続ける一行の前に、それまで見てきたどの山よりも桁違いに高く、険しそうな山脈が姿を現した。
山脈の中心には、文字通り雲を突き抜ける高さを持つ、あまりにも巨大すぎる山が鎮座しており、頂上がまったく見えない。
そしてその山の傍らからは、まるで山と高さを競い合っているかのような途方もない高さの巨塔が、同じく雲を貫いて伸びていた。

「ほら。あれがあたし達の国、ドラゴニアだよ!」

 そのあまりの巨大さに圧倒され、もはやモーリスは言葉を発することさえできず、ぽかんと口を開けるばかりであった。
この世界を創った神様は、砂で山を作る子供のように、どれだけ高い山を創れるかという挑戦でもしていたのだろうか?ぼんやりと、そんなことを考える。
考えている内に、山はさらに近づいてきており、広大な麓の土地には、家々の明かりや街灯、建物の上に据えられた装飾の光が見えてくる。
人と竜の営みの光が、星空のように山肌に散りばめられた、幻想的な光景だった。

「……おおおお……!!!」

 村人たちは、みな感嘆の声を上げ、その美しい光に目を見張る。
しばらく眺めていると…不意に、竜たちの編隊は山を迂回した。

「……あれ?あの山に行くんじゃないの?」
「今日はもう遅いから、このままみんなの宿に向かう予定だよ。
 式のときは、あの山のてっぺんにも行くから、楽しみにしててね♪」

 一行はさらに飛び続け、向かった先は、山の麓の、何やら湯気が立ち上る一帯であった。

「あそこが、みんなの泊まる場所がある『竜泉郷』ね。
 『温泉』っていうあったかいお湯に浸かって、身体の疲れを癒せる宿が沢山あるの」
「おんせん…?」

 またもや知らない単語が出てきた…と思っていた矢先に、竜たちが着陸の体制に入った。
着陸場所では、沢山の人や竜が、村人たちを出迎えてくれていた。
そして、その中心に立っていたのは…

「あ……兄貴ッ!!!

 着陸し、ベルトを引きちぎらんばかりに急いで外すと、猛烈な勢いで兄に駆け寄る。
出発前に見た映像のままの姿…だが当然、幻ではない。彼はモーリスの兄、ジョージだ。

「ハハハ、久しぶりだな。モーリス」
「会いたかった…!!」
「ああ、俺もだよ。
 しばらく見ないうちに大人に…って、あれ?」

 ジョージは改めて、モーリスの全身を見る。

「…?」
「…まさか…
 この2年で、ぜんぜん背ぇ伸びてないんじゃないか?ちゃんと飯は食ってるよな?」
「なッ……!?た、食べてるし!ちょっとは伸びたし!」
「確かに、ちょっと小さくて細いな…顔は似てるが、お前とは大違いだな。ジョージ」
「あっ…貴方は…!」
「はじめまして、だな。モーリス。
 お前の兄と結婚する、ドラゴンのパールーだ。『義姉さん』と呼んでもいいぞ」
「は、はじめまして!その…義姉、さん。」
「うむ。
 よく来てくれたな。ようこそ、ドラゴニアへ」

 パールーの大人の女性らしく、静かに微笑んだ。
映像ではわからなかったが、普段はこうして落ち着いた振る舞いもできるのだろう。

「…さて。せっかく再会を果たし、色々と語らいたいこともあろうが…その…なんだ。
 来てもらって早々、悪い話はしたくないのだが…」
「な…何ですか?」
「あー…悪いな、もうそろそろ、戻って準備の続きをしなきゃいけないんだ。
 今も、顔見せたらすぐ帰るからって、無理言って時間作ってココに来たんだ」
「そんな…」
「まあ、準備が終わったらまた会えるさ。俺も話したいことはたくさんあるからな。
 それまで、ドラゴニアをゆっくり観光していってくれ。な?」
「……わかった」
「村のみんなも、ドラゴニアを楽しんでくれよ。
 宿代はもちろんこっち持ちだし、結婚式の出席者は、町でも色々割引してもらえるから。
 それじゃ、またな!」

 そしてジョージは、パールーの背に乗って飛び去って行った。
それを見送ると、一行はいよいよ、これからの宿に向かう。
見たことがない形状の建物が立ち並ぶ中を進み、その中でもひときわ大きく、煌煌と明かりが灯る建物に辿り着いた。

「結婚式ご出席者の皆様、ようこそおいで下さいました。
 私が、この『旅館 針立島(ハリタテジマ)』の女将でございます。
 道中の疲れを癒し、ごゆるりとおくつろぎ下さいませ…」

 玄関に入ると、旅館の主人らしき女性が座り、深々と頭を下げて出迎えてくれた。
その頭には角、床につけている両手には鱗があるあたり、やはり彼女も竜なのだろうが…その下半身は大蛇のように長く、馬のたてがみのような毛が生えていた。
女将の姿と歓迎の仕方からして、すでに村人たちにとって前代未聞であったが…その後待ち受けていたものは、それに輪をかけて不思議な文化であった。
まず、履き物を脱いで館内を歩くという規則に従わなければならず、通された広間にあったのは、草の繊維で編んだらしき床の上に並べられた、とても低いテーブルと、足のない椅子。
そこに座って夕食を食べるのだが、出された料理は、エビや野菜の揚げ物に、なんと生の魚の切り身。付け合わせは、うす茶色いスープに、塩漬けの野菜、そして白くふわふわした麦のようなもの。それらを、二本の細い木の棒で食べろという。
棒の使い方を竜たちに手取り足取り教えてもらいながら、なんとか口に運んで行き(味は薄めだが、素晴らしく美味しかった)、食べ終えると、ようやく宿泊する個室に案内された。

「つ……つかれた……。
 また別の世界に来たみたい…」
「あははは…、無理もないよね。
 この竜泉郷や、あの女将さんみたいな『龍』は、ドラゴニアとはまた別の、独特の文化がある国から来てて、建物やゴハンなんかもその国のものをそのまま取り入れてるんだよ。
 ココが特別なだけで、この街の外のドラゴニアは、大体みんなが住んでた国と同じ文化だから。安心してね?」
「うん…」
「慣れないことばっかりで、もうヘトヘトでしょ?
 温泉に入って、ゆっくり身体を休めておいで」
「ありがと…」

 そして浴場にやって来たモーリス。
脱衣所の壁には、温泉への入り方を、絵と文字でわかりやすく説明してくれる看板がかかっており、モーリスのような湯に浸かるという文化のない国から来た者でも、入り方がよくわかるようになっていた。
少し恥ずかしかったが、服を脱いで備え付けの籠に入れ、いよいよ屋内浴場に進んだ。

「……わぁ……」

 様々な色や形の湯が、石で区切られて並んでいた。
不思議な、しかし不快ではない香りが、広い浴場いっぱいにたちこめる。
さっそく手順通り、桶でお湯をすくい、身体にかけて汚れを洗い流してから、ゆっくりと温泉のひとつに入ってみた。

「う……うううッ……!!」

 火傷しそうなほどではないが、かなり熱く、思わずうめき声を漏らしてしまう。
それでもなんとか、首から下の全身をお湯に浸けきる。
しばらく我慢していると、熱さにも慣れてゆき、何だかホッとするような感覚がやって来る。
その心地よさに、モーリスは暫しの間、目を閉じてリラックスし、初めての温泉を堪能した。

「…お?モーリスもいたのか!」

 ふと声がかかり、そちらを見ると、見知った顔が並んでいるのを見る。すでに村人たちの多くも、この温泉に浸かっていたようだ。

「この温泉ってやつぁ、中々いいな。そう思うだろ?」
「はい。なんだか…ホッとしますね」
「ああ。それに、血の巡りがよくなったような気がするぜ。
 うちの女房も、何だかやけに綺麗に見えるしな。ガハハハ!」
「もう、やだよ〜…あんたったら!」
「…って、おばさんも!?一緒に入ってるんですか!?」
「おう。どうも、男も女も一緒くたに入るみたいでな。
 最初は俺達も恥ずかしかったが…みんな裸だと、意外と気にならないもんだな。
 ホレ…あそこにも、連れてきてくれた竜のネエちゃん達がいるだろ?」
「ほ、本当だ…!!」

 それまで気づかなかったが…竜たちもまた一糸まとわぬ姿で、その美しく魅力的な肢体を晒しながら、温泉に浸かったり、浴場内を闊歩したり、男性と語らったりしていた。
それどころか、モーリスを見つけると、その豊かな胸を見せつけるような仕草をする者までいた。

「う、うわっ…うわぁぁ……
 …しっ、失礼しますッ!!」

 モーリスは素早く、頭に乗せていた『テヌグイ』なる布で股間を隠して、若干前かがみになりながら温泉から出る。

(あ、あんなの見たら…!そりゃこうなるよ!
 もし見られちゃったら…ダメだ、どうにか戻さないと…)

 続いて、外なら涼しいから、抱いてしまったこの興奮も覚めるだろうと思い、そのまま露天風呂への扉を開く。

(うわ…ここにもいっぱいいる…!)

 広く、これまた多種多様な露天風呂にもまた、同様に多種多様な美女たちが、男に交じって何人も浸かっている。
どこかひと気の少ない場所は…と探していると、人が入れるサイズの大きな壺に溜まった温泉が目に入った。

「ここだ!ここなら誰にも…」

 急いで入り、周囲から背を向けて全身を沈めると、モーリスは大きく息をついた。
ようやく安全だ。ゆっくり気を静めよう…そう思っていた。


「あ、ここにいた。おじゃましまーす♪」


!!!?

 モーリスが入っているから、ほかに誰も入れない…というのは、モーリスの勝手な、都合のいい思い込みであった。
モーリスの入っている壺の湯に、遠慮なく入ってくる者がいた。
…それは、よりにもよって、彼をここまで連れてきてくれたディンであった。

「でぃ、ディン、なんでっ、ここに!!?」
「なんでって、一緒に入ろうと思ったからだよ?ちょうどいい所に入ってるじゃなーい♪
 この竜壺湯っていうのは、二人っきりであったまるのにベストな…」
「おっ、オレ、もう上がるね!」
「ダメでーす♪温泉ってのは、もっとゆっくり浸からないと♪」

 脱出しようとしたモーリスは、両肩をディンに抑えられてしまう。
当然、竜の力に勝てるわけがなく、脱出は叶わなかった。
活発そうな可愛らしさを湛えた顔。頭に頂く大きな角。つい先ほどまでポニーテールで纏められていた、肩まで伸びた亜麻色の髪。
両腕についた大きな翼。お湯に浮かぶ、年頃に合わないほどの発達を遂げた乳房。花の蕾のような可愛らしい薄桃色の乳首。
それら全てが、モーリスの眼前に晒される。
何の遠慮もなく抱きしめられ、その全てが密着してくる。

「…さわっても、いいんだよ。
 むしろ、さわって欲しいな…」

 ディンは一旦離れ、翼の半ばから生えた爪で器用にモーリスの左腕をつかむと、そのまま竜の力で、否応なく乳房まで手を導く。そして、その掌を乳房の中に沈める。
昼にも一瞬だけ感じた、この世のどんなものよりも柔らかくて優しい感触が、モーリスの手を満たした。
一度触れてしまえば、もう止まらない。ディンの爪が離された後も、モーリスの指は柔肉を歪ませ、乳首をこね回し続け、いつの間にか、右手も乳房に引き寄せられていた。

「ううううう…」

 鎮めるはずだった男性の象徴は、今や反対に、これまでにないほど大きく張りつめてしまっていた。
今度はそれに、ディンの爪が伸び、握られる。

「……!!!」
「あはは、可愛い…カターくなって、ぴくぴく動いてる…」

 握られたまま、ゆっくり爪が動き出す。
いかにも硬そうな爪と鱗だが、どういうわけか、人間の手の指と変わらない感触がした。
竜の爪に擦られる感触は、自分で擦るよりも、ずっと、ずっと気持ちがよかった。
どんどん追い詰められていき、射精まであとほんの僅か…
…という所で、ディンは手を止めた。

「ああっ…!?」

 止められた切なさに、思わず情けない声を発してしまう。

「ゴメンね。でも、キミの初めての精…お湯の中で出すのは、ちょっと勿体無いから。
 さ、上がって部屋に戻ろ?」

 ディンに手を引かれつつ脱衣所まで戻り、身体を拭いたモーリスは、貸し出された『ユカタ』という風通しのいい服に着替える。
…その間も、魔性の快楽の片鱗を味わった性器の疼きは、止まらなかった。
温泉でというよりは、先ほどの行為でのぼせてしまった頭も、ディンが奢ってくれた甘くほろ苦いミルクで若干落ち着いたが…それは逆に、モーリスの頭に焼き付いたディンの肉体と、快楽を求める淫らな気持ちが、より鮮明になってしまう結果をもたらした。
おぼつかない足取りで、なんとか部屋までたどり着く。
ディンは部屋の鍵を掛けると、モーリスにとびかかるようにして、床に敷かれた布団の上へ押し倒した。

「えへへへぇ…。キミをはじめて乗せた時から、あたし、ずっとこうしたくて…
 ココに着いたら、もう我慢できなくなっちゃったの。
 ほら見て、もう、こーんなにぐちょぐちょ…」

 ディンが浴衣をはだけ下腹部を露わにすると、秘所から流れ出す大量の愛液が、いくつもの太い筋となって太腿を伝い、布団の上に滴り落ちているのが見えた。
続いてモーリスの浴衣をはだけ、破裂寸前の肉棒を開放する。

「う、うわぁ…すごい……」
「すごいでしょ?でも、モーリスのコレもすっごいよ。
 キミのコレに、ずぅーっと乗ってみたくて、こんなんなっちゃってるんだぁ…
 半日もあたしに乗ってたんだから、乗せてくれたっていいよね?ね?
 ……うりゃっ!」

 ディンは勢いよく腰を落とし、怪物が獲物をひと呑みにするように、下の口でモーリスのペニスをひと呑みにしてしまった。

「あっ、あああああああああッ!!?」
「ふあああぁぁぁぁあ………!!!」

 瞬間、すでに最高潮に高められていたモーリスのペニスは、寸止めの反動も相まって、とてつもない快感とともにディンの最奥で炸裂した。
ディンもまた、一気に突き込まれたペニスの感覚と、子宮口に叩きつけられる熱く特濃の精液の感覚に、全身を震わせながら、絶頂の叫びを上げた。
絶頂にうねり締め付ける膣内に精を搾られ続け、その射精を子宮で受け止め続け、二人の絶頂は、長く、長く続いた。

「……っはぁぁぁ〜………夢みたい…
 初めてで、大好きな男の子の特濃精液を、直接子宮で…さいこぉぉ……」

 絶頂を終えると、ふにゃっと背中を丸めて、モーリスの胸に頭を預けるディン。

「はーっ…はぁー……え?初めて?」
「うん。最高だったよぉ…」

 ディンが体を起こすと、結合部から漏れ出す大量の精液に、微かに紅いものが混じっているのが見えた。

「!?…ああっ…あ……」

 それを見て、モーリスはようやく、自分が何をしてしまったのかハッキリと認識した。
自分も初めてなのに、流されるまま交わってしまった。しかも、竜と。しかも出会ってまだ一日も経っていない相手の。しかも初めての。しかも思い切り中に射精して。しかも飲み物をくれたあのカッコいい竜騎士の娘。しかも…

「ご、ゴメン…!!」
「謝ることなんてないってばー。元はと言えば、あたしがシたかったんだから。
 むしろお礼したいくらいだよ?最高に気持ちよかったよって。」
「で、でも…!」
「んー、おカタイなぁ…
 じゃあさ…代わりに、キスしてくれる?」
「えっ、キスって……ッ!!」

 モーリスの返事を待たず、唇は強引に奪われた。
抵抗するも、やはり竜の力で両腕を押さえつけられ、動けなくなる。
ちゅうちゅうと大きな音を立てて吸われ、そのまま、ディンの舌が強引に、モーリスの口内へ入ってゆく。ディンの唾液の味とともに、舌を舌で擦られる、くすぐったいような、気持ちいいような感覚が、舌に襲い掛かる。何も考えられなくなる。
…何分経っただろうか。散々口内を蹂躙しつくすと、ようやくディンは口を離した。

「…ぷはぁ。
 ふふ…これで、ファーストキスもキミのもの〜♪」
「…あー……」

 長い口づけにより、モーリスの頭の中はすっかり真っ白になってしまい、言葉のひとつも紡げない。
だがディンの頭はまだ鮮明であり、自分と繋がったままのペニスが、再び膣内で膨れ上がっていくのを感じ、その感触を楽しんでいた。

「あはっ、ホント可愛い…
 お昼と夜に、精のつくものたくさん食べたし、まだまだ出来るでしょ?
 寝る時間にはまだちょっと早いし、もうちょっと、あたしのカラダを案内してあげる♪」

 そしてディンは、モーリスの上で、腰を激しく上下に振り始めた。
二人きりの室内に響く、濡れた腰の肉がぶつかり合って弾ける音。互いの精液と愛液が、空気と混ぜ合わせられる卑猥なる音。そして二人の嬌声。
今夜だけでも、どれだけの村の人たちが、こんな音を竜と一緒に奏でることになっただろうか…と、ディンは快感に浸りながら、一瞬だけ思いを馳せた。

「観光も、セックスも、これから、い〜〜っぱい楽しもうね♪」
「う、あ、あっ、ああああっ…!!!」

 対するモーリスは、幾度も快楽に思考を押しつぶされながら、こう考えていた。
「明日からの3日間に、オレは一体どうなってしまうんだろうか…」と。

 
18/09/24 02:31更新 / K助
戻る 次へ

■作者メッセージ
はじめましての方ははじめまして。そうでない方は…ご無沙汰して申し訳ございません。
ここ最近、ドット打ったり、旅行したり、Switch入手に奔走したり、アズレンにハマったり、それで携帯の寿命を縮めたり、単純に仕事が忙しかったりして、まったくSSを書けていませんでしたが…久々にいっぱい書きました。
ドラゴニア…いいよね。ワイバーンさんもいいよね。特に下乳がいいよね。
これまで見切り発車の連載小説ばかり作ってきた私ですが、最近ようやくプロットを作ることを覚えたので、あとは出力するだけ…だと思うので、9月中には完結できます。全3章です。…たぶん。
それではまた、これからしばらくの間、このモーリス少年のドラゴニア旅行記にお付き合いいただければ幸いです。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33