連載小説
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二人旅〜食べ歩き〜

「伝法院通り…茜華さん、伝法院って何ですか?」

「浅草寺の院号だよ。称号というか、まぁ説明が面倒だな。正式には伝法心院というのだが、細かいことは良いか。」

はぇ〜と心から感心するの泰華はよく分かっていない。  

「んなことより、とりあえず何か食べるか!」

「はぁい!」

何をしに来たわけではない。
ぶらりと二人旅。恐らく皆様も良くご存知の地だ。
大きな門に、大きな提灯。
そこへ向かう一本道の両サイドには多くの露天商が軒を連ねており、良い香りや煌びやかな装飾品が視界に入る。

「人形焼きとか雷のこしが有名なんですよね?」

「雷おこしだ。」

「わ、分かってますよ…」

普通に間違って覚えていたために恥ずかしいので言葉を濁す。
しかし茜華はそれを逃すはずもなく。

「すいません、雷のこし二つ下さい。」

一瞬の間に近くの露天商へと立ち寄り注文をしていた。
しかも、泰華の勘違いを使って。

「雷おこしですか?」

「はい、そうです。ほらな、泰華間違ってるぞ♪」

「うぅ…」

金額と引き替えに伝統的な菓子を受け取り一つ、泰華へと渡す。

「茜華さん、意地悪しないで下さい…」

「すまんすまん、ついな。それよりも、食べてみな。」

サクッとした食感に甘さが広がる。

「落花生が入ってますね。美味しいです!」
悲しげな顔が一変して目の前の甘味に夢中になる泰華を見て茜華はいつも通りの単純さに微笑む。

「とりあえず、あの提灯目指して歩いていくか。」

「ほーひましょう!」

「泰華着いてるぞ。」

口元に菓子のかけらがついているのを取られる。
普段からイチャラブはしているが早い慣れないシチュエーションもあるようで泰華は少し朱い。

「ほら行くぞ。」

「はい」

小さな人間の手は大きなヘルハウンドの手に繋がれウキウキとした足取りで進むのであった。


ーーーーー☆ーーーーー


「それにしても人が多いですね、あっ、すみません。」

早速ぶつかりつつありきたりな感想を述べる。

「平日の昼間だが、まぁ外国人が多いからな。」

ざっと見渡しアメリカ人、アジア系、アフリカ系…と茜華は挙げていく。
本当に日本の由緒ある地域とは思えない程の外国人の数だ。
いやだからこそか。

「泰華何が見たい?」

なぜ、どこでも良い茜華が泰華本人に探させずに聞くのか。

「見えないのでどんなお店があるのか分かりません!」

こうも元気の良い返事をされると少し不憫になってしまう。
まぁ、詰まるところ人混みに紛れ身長も自分のしたい見せ巡りに向いていない高さなのだ。

「んじゃ、とりあえずもう一つ何か食べるか。」

「はい!」

喧噪の中でも意志の疎通をしっかりととれるようにいつも以上にはっきりした口調で返事をする泰華。
もみくちゃにされそうで少し気の毒に感じると共に懸命に生きている感が出ており茜華は愛おしく感じてしまう。

「あそこにするか。」

人混みにまみれている泰華の手を誘導するように引きつつ向かおうとしたのだが。

「のわっ!」

急に強い力に引っ張られ行こうとした店とは反対へ向かってしまう。

「泰華大丈夫か?」

余りにも急なことで引っ張られしまった。通常、ヘルハウンドである茜華には腕力が及ばないことはほぼ無いに等しいため改めて集団の力、数の力を思い知った例だと本人は思ったのだが。

「茜華さん!ここ!ここですよー!」

なんと、まぁ引っ張ったのは恐らく泰華一人の力であった。
いつもであれば重い荷物も持たせる方が申し訳なくなるくらい危なっかしいというのに、自分がどうしても行きたい店を見つけた時の力は凄まじいモノがあった。

そんな店は着物屋。
幟には“レンタル承ります”の文字。

「僕、偶然!偶然にここの割引券持ってます!」

「お、お前なぁ。」

ここに来て、茜華を驚くべき力で引っ張ったのは欲望から来る力だと分かりある種の納得してしまうヘルハウンド。

「茜華さん!絶対着てください!じゃないと僕ここを動きません!」

泰華は普段からあまり欲という欲を表に出さない分、特に茜華絡み、自分のしたいと思ったことには恐ろしいパワーを見せることがあるのを茜華は知っている。。

「わ、分かったよ。」

別に嫌なことでもない。
恋人が頑としてそれを望んでいるため、こんな時は素直に押し切られるのであった。

ーーーーー☆ーーーーー

「あぁぁぁ〜〜!」

言葉に出来ない。ちなみに歌詞ではない。
文字通り泰華は言葉にできない感情を背負っていた。

「泰華…写真撮りすぎだ。」

心なしか顔の朱い茜華は着物姿であった。

「茜華さん一番綺麗です!一番可愛いです!」

茜華の言葉は全く耳に入っていない。
その茜華の着ているものは黒を基調として所々に金の模様があしらわれている。
完全に泰華の一目惚れで選んだものだが道行く人も二度見する程に似合っていた。

「ふぅ…とりあえずこんなもんですかね!」

完全にやりきった顔の泰華だが茜華は一応つっこみを入れておく。

「よく通りかかっただけの店の割引券を持ってたなぁ。」

んん〜?と鼻をつつき真偽を確かめると少し照れたように分かりきった真相を漏らす。

「そりゃもう、偶々ですっ!決してここを見つけるがために他の店を見てなかったなんて事はありません。」

「…そーかい。」

嬉しそうな顔で見られてしまっている以上反論をする必要もなければ泰華の望みならおやすいご用だった。

「さてと、茜華さん!僕、芋ようかん食べたいです。」

急に食べ物の話になった。
すると少しだけムスッとした茜華はすぐに口を開く。

「そうだな、でもせっかくだし何故ここら辺で芋ようかんがちょこちょこ見られるのかの理由を泰華が当てられたらにするかぁ?」

「せ、茜華さん?なんで怒ってるんですか?」

普通の人間ならば確実に気づかない茜華の感情も泰華は見逃さない。
問題はその感情の変化の理由が分からないことにあった。
俯き、罰が悪そうにささやき声で、独り言のように発する。

「…もう、飽きちゃったのかよ。」

「はい?」

何時になく小声であまり聞き取れないのもそうであるが、それ以上に意味が分からないかった。

「そんなすぐに食べ物にいってさ。もう着物飽きちゃったのかよ…」

…可愛い。
えっ、もしかして茜華さん、食べ物に嫉妬してます?

「ち、ちがっ!」

でも今のって。

「…そーだよ!悪いか?」

ふんっと顔を背け少し機嫌が悪いような素振りを見せる茜華に新鮮な気持ちを覚える。

「…茜華さん。雷門の前でスマホが根を上げるくらい写真取らせてもらいますよ!」
 
他意なく、背景が映える方が、人混みから抜けた方が撮りたい写真が撮れるから、これでもセーブして止めた方なのである。
茜華の嫉妬姿、あるいは子供っぽい、を見れて少し嬉しいような泰華。
ニコニコした泰華を一瞥しまだ機嫌を悪そうにする茜華だがまた顔が朱くなってたのは泰華の安心する根拠であった。


ーーーーー☆ーーーーー


「旨いなこれ。」

「上品な甘さってこう言うのを良うんですかね。美味しいです…」

今度はテンションのあがる旨さというよりはため息のでるような旨さ。

「そういえばいくつかお店ありましたが、薩摩芋って浅草の産地なんですかね。」

「近くに川があるだろう?そこの上流に薩摩芋の産地があってな。船で行き来してた頃から仕入れが活発だったかららしいな。」

先程までなら泰華に無理矢理答えさせ、その上で正解を教えずに進んでいたことだろう。
もう、すっかり機嫌は直っていた。

「なるほどですね〜」

食べ歩きが可能な一本サイズの芋ようかんをかじり着いている。
一見着物だと食べ歩きには不向きかと思われるが茜華は器用な為いっさいの問題はない。

「茜華さん、ハト多くないですか?」

先程から人混みの中を縫って練り歩くハトの姿が幾度となく確認されている。

「まぁ、これだけ食べ歩きしてる人間がいるからな。ポロッと落ちたモノにありつく方が虫を捕まえるより楽なんだろうよ。」

「それにしても流石に、人慣れしすぎじゃありませんか?」

何と言ってもその歩き方だが人が人を避けて歩くように、何事もないかのように人を避け、横切って歩く。
何だか奇妙でとても面白い光景だった。

「ほれ、泰華危ないぞ。」

ハトに気を取られ前からくる人集りに突っ込みそうになるところを茜華が引っ張り回避する。

「ククッ…賢いハトに気を取られてそのハトが出来ていることが出来なくなってる…」

これも茜華が泰華と一緒にいる理由の一つ。
中々に賢い茜華は何かをおもしろいと感じるポイントが少しずれていることがある。
それを存分に満たしてくれるのが目の前の小さな夫だった。

「す、少し感心してただけですから!」

恥ずかしさにずんずんと前に進もうとするがもちろん人混みに突っ込んでいっているので茜華がそれを許さない。

「ほら、可愛いハトポッポはあたしが手を引いてやるからな。」

「ハトポッポじゃないですよー!」

プンプンといつもの成人男性にあるまじき怒り方で歩こうとする。
いつもならばその後を少し観察するために泳がす茜華もはぐれないように手を握ったままだ。
本人は歩こうとしているが一歩たりとも進んでいない。

「茜華さん行きますよ!」

「ククッ…了解。」

ある意味観念したのか逆ギレ気味で、逆でもないのか、進行する泰華であった。


ーーーーー☆ーーーーー


「で、でっかいです…」

「あれ?もしかして近くで見るのは初めてか?」

露天商の道に入ってからはずっと見えていたのだがいざ近くに来ると巨大提灯は本当に巨大だった。

泰華はそれを見上げて、圧倒されていた。

「大体泰華80人分くらいだな。」


「120メートルもないですよ?3.4人分位じゃないですか?」

せいぜい4、5メートルということだろう。

「そうか?泰華100センチもあったのか?」

簡単なことにいつも気づけない。
すなわち、小馬鹿にされていたのだ。

「そんなに小さくないですよー!」

いつものように両手をあげ抗議する。
はぐれないようにがっちり握られている茜華の手も一緒に挙がってしまうのだが。

「すまんすまん、でも泰華。あんまりはしゃぐと罰当たりになるんじゃないか?」

茜華がつないでいない方の手を挙げて指を指す。
大きな提灯に目が行きがちだがその両隣には仁王像が構えていた。

「阿吽像だな。」

「こ、怖いです。」

羞恥は誤魔化すことをするが恐怖においては完全に抵抗力がない泰華。
茜華に寄り添いその温もりでごまかしを図る、いや、謀る泰華だが。

「ふざけてしまったからなぁ。今日は真っ先に泰華の夢に出て怒りに来るんだろうなぁ。」

流石に夢の中だとあたしも助けてやれないなぁ。
いつの間にかしがみついている小さな男に目をチラリと向けるがいつも通りプルプルと震えていた。

「僕は悪くないです。でも、茜華さんも悪くないので許してください。」

どう考えも茜華が悪いのだが自分の嫌なことは妻にも触れさせたくないのが頑として譲らないところである。
自分は限界でも好きな人を売らない泰華が急に愛おしくなり助け船を出してやる。

「仁王像ってのは守り神見たいなもんだ。絶対大丈夫だよ。」

よしよしと頭を撫でられ茜華の方を向く。

「そうなんですか?」

「おう!それに仁王像だろうが泰華を泣かす様な奴はあたしが許さないさ。」

「…あれ?今、茜華さんが夢に出るって脅してきたような。」
 
今回はしっかり気づけたようだ。
もちろん、ほぼ毎回これで茜華に懐柔されるのが落ちとなる。

「あっ、泰華!あんな所に揚げ饅頭があるぞ!」

「食べましょう!」

チョロい。
そんな感じでこれからも弄られ慰められるという構図が暗に予見できてしまう様であった。


ーーーーー☆ーーーーー


「揚げ饅頭美味しかったです!」

「何が一番だった?」

「黒胡麻と抹茶とカレーです!」

「全部じゃないか。」

笑い会う二人。
素直な泰華は選べないときは選べないと割り切るのである。

「そんな事言ったらあたしも全部旨かったさ。」

「それが良いですねぇ〜。…あっ!!!!茜華さん行きましょう!!!」

「おい!何だよ。」

懸命に茜華を引っ張っていった先には。

「かっ、カッコいいです…。」

既にどれを買おうか迷っている泰華。
しかし、待ったがかかる。

「泰華…これは止めとこうな。」

「何でですか!?」

「いや、だってさ。」

そこにあったのは金や銀色に装飾された大仏だった。
金の阿弥陀如来、薬師如来にそれぞれ二万、銀の大日如来一万等々。

「た、高いです…」

「いや、良いんだ。泰華がどうしてもと言うのなら止めないが。」

うーん、うーんと悩み他の店を見渡す。
ピコンと何かを見つけるとスタスタと一目散にそちらへと歩いていく。
もちろん、茜華もそれに付き添っていく。

「象牙…」

貴重であり故の象の乱獲が法度とされる、象牙を加工して作った置物。
男性の親指の爪のサイズで5000円程度だ。

「可愛い…です。」

「困ってるな。」

二人ともそれなりに稼いでいる。
特に茜華は専門職の中でも魔物娘の特殊な能力を使って行うもので、加えて危険が伴うため中々の高給取りだ。
別に泰華の買いたいモノを好きなだけ買って構わないのだが。

「ま、まぁ、程々にな。」

念を押すと、別に構わないのだ。
が、買って後悔しつつ、せっかくだからと飾っているモノのゾーンが我が家にはある。
それを見て不憫になり、一応こういうモノの買い物の前には一言ストップをかけるのが常となっていた。

「まぁ、でも象牙は良いと思うぞ。見たところ悪いもの出はないし、貴重だ。」

デザインも良いしな。
そんな言葉は泰華をいっそう悩ませるだけである。

「んん〜〜〜。」

しっかり考える。
こうなると普段長いのだ。通常の茜華は絶対に付き合わないような買い物だが泰華が相手ならば仕方のないところ。

「泰華、とりあえずまた何か食べながら決めるってのはどうだ?」

「そ、そうですね。」

一歩引いてみていた茜華のもとへテクテクと歩く。

「何食べますかね。」

「メロンパンにするか?」

「確かにさっきからメロンパンの登りが見えるな。んじゃ、そうするか♪」

この通りで数軒あるだろうメロンパンの登りを見てそちらへ向かう。
途中でいつものように質問が飛んでいくが。

「なんでメロンパン多いんですかね?」

「そうだなぁ、あたしにも分からん。」

「そうですか。でも、良い匂いなので食べるに越したことはないです!」

タッタと駆け寄り店員に二つと注文するとショーケースから顔を覗かせていたメロンパンが二つ、紙に包まれ渡される。

茜華のところに戻り一つ手渡すその顔は既にメロンパンの香りに支配された顔だ。

「いただきはむっ。」

「欲望に負けてるな。いただきます。」

「ん〜、おいしいです!」

「焼き立っててのはパンの最重要事項だよなぁ。」

むしゃぶり食いついている泰華とは対比的に茜華はいつもより上品に食べている。
そこで気づくことが一つあり、泰華は慌てて声を上げる。

「茜華さん、もしかして…着物のせいで食べづらいですか?」

申し訳無さそうに、口元に弁当をつけ質問される。

「ん?あっ、まぁそうかもな。」

「す、すみません…。」

いつものように極々自然に頭を撫でてまるで子供を諭すような声で優しく言う。

「良いって。泰華がさっき可愛いとか綺麗とか言ってくれたろ?それで十分さ。」 

照れ隠しか、少しそっぽを向き小声だ。
泰華は茜華が愛おしくなり顔を見て話そうと目線を動かす。

そこで。

「あそこですっ!」

またもや店を見つけた泰華は茜華の手を握り進んでいく。

「今度はなんだ?」

苦笑しつつなすがままに歩くヘルハウンドだがその店は先程とは少しいや、全く毛色が違った。

「簪…」

女性髪を結ってもらいその形を整えておくものだ。

「うーんと、うーんと…」

「泰華、自分の欲しいモノを買うので良いんだぞ…あっ」

「どうしたんですか?」

一点を見つめていた茜華だがすぐに目を逸らす。
今度は泰華がそちら向くことになるのだが。

「わぁ!」

純白の桃の花。
それがあしらわれた簪だった。

「店員さぁんっ!」

そこまで0.7秒、とにかく二人の一目惚れであった。

「1万5800円になります!サービスでお結いさせて頂きます。」

「お願いします!」

うぉーい!
と言う暇もなく茜華は椅子に座らされ髪を結ってもらった。

「お綺麗ですねぇ!」

自分の髪をポンポンと触って髪飾りを合わせ鏡で見せてもらう。
正直店員のおべっかなんてのはどうでも良い。
チラリと泰華の方を見ればにっこりと満面の笑みで言う。

「宇宙一です…」

本気の目だ。もちろん、店員等にも聞こえているため「まぁ!」と野次が飛んでいた。

「くっ…どうも!」  

「あっ、ちょっと!茜華さん!」

惚けている泰華の手をとってすぐに店を出る。

ーーーーー☆ーーーーー

「綺麗です…」

男はまだ言っていた。今度は戻って雷門の奥にあるの方へと来た。

「もう良いから。ほら、煙が出てるぞ。何か分かるか?」

無理矢理にでも話題を変えないと確実に誉め殺されると悟り口を開く。
茜華の指す方、中央に大きな煙の出ている炉が居座っていた。

「なんですかあれ!」

人が多くたむろしており、よく見ると煙を浴びるようにしている人か見える。

「常香炉っていってなあそこから出てる煙を体の悪いところに浴びると良くなるって話しだ…あれ?泰華?」

「茜華さん!早く行きましょう!」

いつの間にあんな所に。
茜華は急いで駆けつけるが泰華も人混みに入れずに困っていたところだ。

「ほれ、泰華。」

いつものように手を出してその小さな手を握る。
はい!と元気の良い返事をして二人で前へと進んでいった。

「ゴホッゴホッ、け、煙いです!」

「確かにな。ところで、一目散立ったがどこに浴びるんだ?」

聞いてたのはもう遅い。懸命に頭へと煙を手で扇いでいた。

「はい?なんですか?」

非常に反応に困る仕草だが、それでも茜華は告げる。

「泰華、確かに抜けてるところはあるが頭が悪い訳じゃないから大丈夫だぞ。」

肩をポンポン慰めるように置くと反感の声が返ってくる。

「違いますよー!僕は身長を延ばしたいんです!」

…とっくの昔。それこそどこぞやの社会主義国が崩壊した直後くらい。
その頃に生まれ成長期は遥か前なのにまだ諦めてなかったのか。

「んしょ、んしょ。」

せっせと頭へ煙を浴びている泰華。しかし、何者かの手によって阻まれた。

「茜華さん止めないでください!」

「ほら、泰華。聞いてくれ。」

母性あふれる声で囁かせると泰華も落ち着きを戻す。

「泰華さ。今自分がどんなことしてるか教えてやるよ。」

そう言うと茜華は自分の手に煙を扇ぎはじめる。
少しポカンとして泰華も慌てて同じことをする。
そう、茜華と同じことを。

「茜華さんの手は素敵ですよ!なんでそんな事する必要が!」

ハッとして茜華の顔を見る。いや、見上げる。
すると苦い笑いを浮かべていた。

「泰華のサイズだってあたしが泰華を好きになった重要な要素なんだぞ?」

「…」

「あたしが言ったのは‘悪いところ’だ。泰華は気に入らないかもしれないがあたしは好きなんだよ。今のままの泰華が。」

申しわけなさそうにしている夫に加える。

「泰華だぞ?あの日あたしの、この手良いと言ってくれたのは。あたしだってあんまり好きじゃないが泰華に好かれてるならまあ、良いかって思えるよ。」

「そんな…もっと自信をもっ」

「持ってください、だろ?分かってるって。だから泰華もな♪」

人目を無視して、混み合っており誰も抱き合っていると気づかないが、男を抱く。

「す、すみません。」

「良いって、ほら、御守りでも買って帰ろう。」

「はい!」

いつもの通り、一山越えた二人の手は前よりもがっちりと握られていたのであった。


ーーーーー☆ーーーーー


「いやぁ、痛い出費だなぁ♪」

明るく笑っている茜華に対して、泰華はまたしょぼくれていた。

「ぼ、僕のせいで。」
  
「いやぁ、あたしが悪いさ。」

まさか追加で料金取られるとはなあ。
なんの話かと言えば茜華の着ていた着物に煙の匂いがしみてしまっていた。
それでクリーニング代が加算されてしまったのだ。

「まぁ良いじゃないか。これもまた一興だよ。」

「そうですかね?」

「そうさ、また笑える思い出話が出来たじゃないか。」

肩をとりさするその手は、本当は男がする側のこと、大きい。
歩きながらでぎこちないが泰華は確かに励まされる。

「というか、泰華。あたしは見たぞ、泰華が縁結びの御守りを買っているところを。」

「あっ、見られてましたか。」

「なんだよぉ、あたし以外に女がいるのかぁ?」

このこの、と肩に回している手で器用に頬をつつくとくすぐったそうにする泰華。
しかし、ちゃんとフォローは入る。茜華の思わぬ方向に。

「そう、かもしれませんね。」

「…なんだって?」

一気に空気が不穏になるが今、幸せを感じている泰華はつらつらと言葉を並べた。

「昨日の茜華さんより、今日の茜華さん。そして、たぶん僕は明日の茜華さんをもっともっと好きになってます!」

その時の茜華さんとまたちゃんと結ばれるように。

“縁結びです”

「ま、全くビビらせるなよな。あたしをビビらせる奴なんて早々いないんだからな。」

少し怒りつつ、肩を抱くその手はいっそうに強くなっている。

「そうだな、あたしも明日の泰華の方が好きだ。身長だって、変わるだろうしな♪」

ククッと笑うといつもの通り、いつものテンションで泰華がなんですかー!と怒る。

そんな茜華のポケットに入っていた御守りも縁結びであった。


18/06/01 02:15更新 / J DER
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■作者メッセージ
というわけで浅草に行ってきました。
一人で廻っていたのですがこの二人が頭の中で動いてくれたので書くしかありませんでしたね。

副題をつけたのはまたどこかに行ったときに書くかもだからです(予定なし

それでは。

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