連載小説
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試作:失敗も挫折も


「これが・・・翼、か・・・?」


シエルは、自分が持ってきた翼に対して怪訝な顔をしていた。
無理もない。
だって、自分が用意したものは、一目見ても翼と呼べるかどうか怪しい品物だったのだから。
簡単に言えば、竜の翼の骨格を模したパイプのような棒きれを付け合せ、間にひらひらの薄い膜が張っているだけの、翼と呼ぶにはあまりにも滑稽なものだった。
こんなものを背中につけることなどみっともないとさえ思うだろう。


「まあ、そんな顔するのも分かるよ。あくまでも試作中の試作で、まだ空が飛べる・・・
いや、宙に浮くようなものですらないからね。君が翼を動かす感覚を確かめるためのものさ」

「そう、か・・・」


彼女の表情は、明らかにがっかりとした表情をしていたと思う。
思っていたものとかけ離れていて拍子抜けした、と言った方が正しいのかもしれない。
何とも言えぬ顔をしていた。
果たしてこんなものが動くのか?これがいずれ翼になるのか?
そんなことさえ考えていそうな、疑問符を大量に浮かべた顔だった。


「・・・何か、上げて落とす形になってごめんな、うん。タイミング、悪かったよ。絶対」

「い、いやいや!そんなことはないぞ!?
むしろ私の懐中時計と並行して進められていたことに驚いているくらいだからなっ!」


慌てて誤魔化そうとしているけれど、明らかに落胆していたもの。
こんな粗末なものを翼と呼んで見せたら、そんな顔するだろうなとは予想していたけどさ。
勿論もう少し時間をかければ、少なくとも今よりも翼っぽくは出来たかもしれない。
その方がよりサプライズにもなっただろう。
でも、この段階で彼女にこれを見せた理由もちゃんとある。


「言いたいことは、まあ色々あるだろうけどさ」

「べ、別に文句なんてないぞっ!?何もないからな!」





「翼は、ちゃんと『二人で』直していくって、言ったからな」

「あっ・・・」


三週間前、彼女は不安を打ち明けた。
そして、『私を置いてけぼりにしないでくれ』と言った。
彼女の翼は自分一人だけで直すものでも直せるものでもないんだ。
自分と彼女が望んだ約束通りに、同じスタートラインから始めたかった。
それが理由だ。


「シエルには、まず最初にこれを付けて動かしてもらって、その感覚を教えて欲しい。
それに、これから翼をうまく使うようにするためのリハビリでもある。
こんなものでも、ちゃんと役に立つんだよ。・・・それでも無理強いはしないけど」


ガラクタを身につけるなんて、流石にドラゴンの沽券に関わるよな・・・
そう思っていると、向こうから意外な申し出を受けた。




「なぁ、アイレン。今ここで付けてみてもいいか?」


「え?そりゃもちろんいいけれど・・・また何で?」


「何でだと?勧めておいておかしなことを聞くのだな。
翼を直すのに必要なことなのだろう?付けない理由が無いではないか。
それに以前、お前に全面協力するとも言ったのだ。何故逆らう必要がある」




まさか、自分からつけてもいいかなんて言われるとは思ってなかった。
どうやらすでに決意は固まっていたみたい。
理由があることを聞いて、納得していたんだな。
・・・どうやって装着させるよう説得しようか悩んでいた自分は何だったのか。
それはともかく、願ってもない申し出だった。


「それもそうか。分かった、それじゃあ装着てみてくれ」

「では、付け方を教えてくれ。どう付けるのか分からん」

「あぁ、そうだよね。えっと、ちょっとごめんね。
このハーネスを肩にかけて・・・翼の位置を合わせて・・・
うん、これで良し。後は翼があるように体を動かしてみて・・・
多分、そう、ここの筋肉らへん・・・
・・・ちょっとピリッとしたら言ってね」

「ぴ、ぴりっとするのか・・・?」

「もしそうだったらね。
翼の接合部分に、筋肉の動きと神経の伝達に反応する細工がしてあるから・・・
一応雷属性の魔力も通してあるし・・・もしかしたらするかも」


「う、うむ。ではいくぞ」


戸惑う彼女に翼を付けつつも、軽く説明をする。
そして彼女はこちらの指示の通りに、翼を動かそうとし始めた。
でも、難しい顔をしながら力を込めても、翼は思うようには動いてくれなかった。
ぱた、ぱた、とぎこちない動きを見せる。


「む・・・このっ・・・ぬぐぅっ・・・!」

「ああっ、無理に動かそうとしなくていいんだよ!
もっと自然な感じで。余計な力を抜いてやってみて」

「そうは言うが・・・中々に難しい注文をするのだな」

「前にも言ったでしょ?苦労させることになるって」

「全く・・・そうだった、なっ・・・!」


ぐいっと彼女が力を込めると、翼が大きく外に動いた。
まるで遠心力だけで腕を大きく振り回したような動きだ。
当然のことだけど、自由に動かせてはいない。
初めての試作品を初めて使うんだ。当たり前の結果である。
シエルには悪いけど、予想通りの結果だった。
しばらく自由に動かさせた後、一度彼女を止めることにする。


「うん、もうそろそろいいよ。少し休憩しよう」

「何を言っている。まだまだ始めたばかりではないか!私がこのくらいで疲れたとでも思っているのか?」

「全然思いもしないけど、こういうのは少しずつ練習していくものだからな。
それに試作品の方にも、まだまだいっぱい問題がある。
シエルが実際に動かしてみて、それがよく分かったよ。
次はもうちょっと翼の回路を変えてからだな・・・」

「・・・・・・むぅ。なら、仕方ないな・・・」


渋々と言わんばかりにシエルは納得し、一旦翼を外してくれた。
まだ彼女に付けさせて一時間も経ってないが、成果は十分だった。
今の段階では、の話ではあるんだけど。
それでも色々とアイデアも湧いてきた。
こっちが手を加えたくてしょうがないんだ。


「それに、料理の用意もしてあるしな。思い出したけどご飯まだ食べてないし」

「・・・あぁ、そうだったな」


彼女もお腹を空かせていた事を思い出したようだ。
それ程夢中に動かしていたってことだな。
きっと、やっと自分でやれることが見つかったから、やりたくてしょうがないんだろうね。
慣れさせたいとこではあるけど、この段階の試作品で変に慣れてしまっても困る。
自分もお腹が空いてきたし、丁度良かった。


「では、食事の後、続きを始めようか」

「・・・回路の修正、図面できたら一度戻してね?」


やる気満々の彼女を止めるのは無粋だな。
・・・というより無理だ。言うことは聞いても、拗ねるだろう。
心の中でそう考えつつ、料理を用意しにキッチンへ向かうのだった。





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試作品第一号を動かした数日後、すぐに第二号、第三号が試されていった。
とは言っても、シエルに動かさせてみては手直し、動かしては手直し。その繰り返しだ。
第十号になる頃には、今よりも翼がスムーズに動かせるようになっていた。良い傾向だな。
まだ飛べるには全く至ってないけれど、自分とシエルは着実に前に進んでいると思えた。


そして今日も、試作品のテストが行われている。


「くっ、ふっ・・・よっ・・・」バサ、バサ

「・・・・・・・・・」

「ふむ、大分翼の動作には慣れたが・・・まだ自在とは言えないな」

「・・・・・・・・・」

「・・・おい、アイレン?」





翼末端部と始動場面での遅れがあるな・・・あれをずらしたのは失敗だったか・・・
やっぱり単純な魔導供給式じゃなく、魔導ポンプ式にした方が伝達効率はいいか・・・?
でもそうなると今のままの回路じゃ力を送りきれないよな・・・
接合部分、接触面への抵抗や限界値のこともあるし・・・何よりジョイントが不安定だ・・・
この材質だとそろそろ限界かな・・・形もそろそろ本格的に整えた方がいいのかもしれない・・・
ベースになる物はやっぱり魔界銀・・・伝導効率と抵抗も踏まえると、銅を二重構造にした方がいいのか・・・?
それよりもまずサイトを増やしてファンクションの動作効果を細くする方が先決かなぁ・・・
そうなると重量の問題もあるし・・・軽量化は飛行能力には必須だよな・・・
あぁ、飛翔時の魔力も何がいいのか模索しないとな・・・
やっぱり空気の流れに関係するんだから、風属性辺りかな・・・大気を利用した推進力も使えないと・・・
」ブツブツ



「・・・お前は一体何を唱えているのだ」


色々と構造について練っていると、シエルから呆れた声をかけられた。
・・・集中していたせいで気がつかなかったな。
考えるのはいいんだけど、そう上手くまとまらない。
やっぱり自分にはない身体の一部、それも空を飛ぶための翼となるとイメージが難しい。
今はまだ動作に力を入れているからともかく、それで飛ぶとなると難易度は跳ね上がるだろう。
そのためにも、そろそろ次の段階に入らないとな。


「あぁごめん。そろそろ、資材面での強化が必要かなって考えてて」

「資材面・・・やはり今の持ち合わせの材料では限界が来たか・・・」

「うん。やっぱりシエルに調達してもらうことになりそう。
自分でもできるだけ集めようとは思うけど、遠出はできないし。
天然資材とかがあるとこ、結構危険な場所が多いから足手まといになる」

「ふむ、そうだな。お前に無茶はさせられん。
アイレンがいなくては、翼の修理は進まんからな。
資材集めは任せておけ。上等なものを集めてきてやろう」


彼女は意気軒昂にそう言い切った。
自信に満ちたその表情は、任せても大丈夫だという安心を感じさせてくれる。
まあそもそもドラゴンだし・・・ここまで頼りがいのある存在はいないよな。
よっぽどのことがない限り、何の心配もいらないだろう。


「それじゃ、必要だと思うものをある程度リストアップするから。
それが出来たら準備を整えて出発して欲しい」

「唐突だな。・・・お前のそれは、もう慣れたが」


もうシエルにも、自分の性格や扱い方が分かってきているようだった。
こうやって理解して受け入れてくれるのは助かる。
この仕事に関して、遠慮というものは一切ないからね。
自分のこうした無茶ぶりに、全力で応えてくれるシエルの存在は、途方もない翼作成の中で大きいものとなっていた。



その後、必要なものをまとめたリストが、まるで太巻きのような量であることに苦笑いしつつ、資材集めに向かっていった。





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シエルがいない間、自分は翼の動作と構造を突き詰めていった。
・・・いないといっても、一週間以内に一度は素材のつまった巨大な袋を背負って帰ってくるんだけども。
その都度、翼の試作品を試し、リハビリと修正を行う。
頻繁に戻ってくることはありがたかったんだけど・・・
『凶騎士が巨大袋を背負って修理屋を出入している』という珍妙な噂が流れそうになった程だ。
何とか誤魔化したけど、そろそろ時間の問題かな・・・
それが事実だとバレても、自分が知人から心配される程度のことで済むのが幸いだ。
だがシエルの正体のこともある。できるだけ穏便に事を進めたいのが本音。



シエルが資材集めに出ている時は、大図書館で本を読み漁り、図面を起こす。
今よりももっと良くなるように。使いやすくなるように。動かしやすいように。
ひたすら改良を続けていった。
しかし、改良なんて都合のいい言葉を使っているが、必ずしも良くなるわけではなかった。
本来自分は専門家でも何でもないんだ。
その手に詳しい人がいたのなら、子供が面白半分に道具を分解しているようにも見えるだろう。





「えっと、動力体をこっちに繋ぎ直して・・・ありゃりゃ、動かなくなったか・・・」

「ここをこうして・・・駄目だ。これじゃ上手く反応しない」

「翼の関節、ギイギイ言うなぁ・・・もっとこう、丸い形にしたら・・・・・・うわぁかっこ悪い」

「あちゃぁ、回路切れてるよ・・・強度のある部品の方がいいな。何がいいだろう・・・」

「ここを繋げて・・・今度はどうだ!?・・・・・・・・・翼の先が動かん・・・やり直し!」

「やっぱり接合反応面がネックだな。もっと上手く工夫しないと・・・」

「自分は何を考えてこの部品を付けたんだろう・・・・・・・・・外すか」

「んくっ・・・!もう少しで届きそうなのにっ・・・!・・・・・・仕方ない、一回分解するか」

「むー。駄目だぁー!チクショウ!もう一回だ!!」





手探りの試行錯誤。
何度も何度も図面を書き直し、何回も何回も失敗した。



ある日、以前の解剖書に加えて、魔力や魔法具の原理や回路をリオンから借りて読んでいると。
大図書館に居合わせた旅の魔術師にも色々な話を聞くことができた。
自称大魔導師という、変な奴だったけれど・・・
様々な魔力資源や物質を通した魔力の流れ方について、詳しく説明してくれた。
自分はそこまで魔法に詳しくない。だからそういった知識は本当にありがたかった。
おかげで新しい構造が思いついたとこだ。大魔導師は伊達じゃない。





「・・・そうか、コーティングすれば魔力漏れしなくて済むのか。何で気がつかなかったんだろう」

「風の推進力・・・風属性の魔法で、空気に乗れる・・・押し出せるものはないかな・・・?」

「属性によって魔力の流れ方が違う、か・・・うまく重なる通し方ってないのか・・・?」

「その点魔界銀ってすごいよな。最後まで魔力たっぷりだもん」

「魔力複合による反発?・・・むしろそれを利用できたりは・・・流石に無理か」

「魔宝石?・・・魔力の固定化!?そんなことできるのか!?」





それと並行して、素材の加工も行う。
自身で出来るとこはなるべく自分で。無理な場合は鍛冶屋に注文しに行った。
・・・魔界銀の加工はどうしようかと悩んだがな。
反魔物領内では手に入りにくいものを何故持っているかと聞かれたら困るからだ。
腹を括って依頼しに行くと、鍛冶屋は何も言わずに快く引き受けてくれた。
流石プロだな。自分も見習わなくちゃいかん。



何やかんやと忙しく、様々な物事にかかずらっているうちに、シエルの方は資材を一通り集め終えていた。
おかげでうちの店の貯蔵庫はパンパンだ。自分の作業室も素材の山で狭くなった。
・・・これでも、入りきらない資材を売って資金にした後のこれである。
頼んだ方から見ても無茶苦茶な量だなと思っていたけど、それ以上に集めてきた彼女も無茶苦茶な能力だよなぁ・・・
仕事をやりきったあの日の彼女のどや顔は、もう頭から離れることはないだろう。
それはもう、大層なお顔でした。



またシエルと二人で進める日々が戻り、ひたすら試行錯誤を繰り返した。
何度も何度も失敗して。失敗しながら前に進んでいた。


そして、翼の修理開始から、五ヶ月が経過した頃。


試作品第五十三号のテストの時の話・・・





・・・・・





自分たちが作ってきたあの『仮物ノ翼』は、最初の頃とは見違えるものとなっていた。

翼は全体的に銀色に輝き、美しいとも言える見栄え。
外形は気高き竜の鱗を再現し、見る者に威圧感を与える。
翼上部に付けられた翼爪は黒い魔宝石。
銀色と対になり、まるで輝きを飲み込んでいるようだ。
ただの装飾ではなくこれには魔力が宿り、翼全体に風属性の魔法をかけ、飛翔の補佐を促す。
魔宝石は、性質上一度魔力を固定化させれば、外部からの魔力の影響を受けないため、安定して魔力の利用ができる。
色こそ違えど、これが本物の翼のようにも見えた。

内部の構造に至っては複雑極まりない。
ごく簡単に述べるなら、装着者の魔力を内部が伝達し、翼を動かす。
翼を動かすための筋肉は、内部に仕込まれた大量のバネの部品。
翼内神経本体の役割を担っているのは、内部に複雑に伸びている管。
これには細かい魔界銀と魔界鉄の混合物が入っている。これが筋となるバネと繋がる。
管の材質は、伸縮性に富み、思いっきり動かしてもちぎれない強度のものを採用した。
神経の信号と似た雷属性の魔力で翼の細部に伝え、感覚を本物に近い感覚でリンクさせている。
これはある種危険なことだ。神経を引っ張り出して繋げているようなものだから。
もし翼の内部まで傷付けることがあれば、痛みを伴うことになる。
だが、この見返りは大きかった。彼女曰く、以前と非常に近い動かし方が可能とのこと。
それに金属であるため強度はある。

一番の難題だったのが、複数の魔力の両立である。
これを解決してくれたのが、他でもない魔宝石の存在だった。
彼女から送られた魔力を、まずは接合部付近で変換。
組み込まれた術式により、雷属性となった感覚魔力が翼『内部』を巡る。
そしてその一部が回路を通り、翼爪部分の魔宝石を通ることで、術式変換。
今度は風属性となって、翼『外部』に飛翔のための補助魔法が展開される。
だが、これにより風属性と雷属性による異なる属性から起こる反発が危惧されるのだ。
そこで、この魔宝石である。
彼女の魔力により固定化された魔宝石は、彼女以外の魔力は勿論受け付けない。
そもそもこの二つの属性は、両方とも『彼女の魔力』を媒介にしている。
魔宝石に送られた魔力は、属性を無効化して一度『彼女の魔力』として蓄えられ、その後術式により別の属性を付加させながら排出される。
つまり、魔宝石は『属性の変換器』という役割を持つことができたのだ。
翼の内部と外部の間には、特殊なコーティング・・・彼女が得意とする『魔力を漏らさない術式』を応用することで、属性同士が反発し合うこともない。
少なくとも現状で、この上ない理想的な魔力循環が可能となったのだ。

それによる思わぬ副産物も働いた。
一度行き届いた魔力は、感覚と必要なエネルギーだけを残し、彼女の体に戻る。
つまり、『魔力の循環』を行うことができる。
これで必要以上の魔力を浪費することもない。

しかし、まだ難点も勿論残っている。それは膨大な魔力と筋力を要することだ。
材質がほぼ金属なので、総重量は相当なものだ。
それを支える体、筋力が必要だった。
それに、いくら循環するとはいえ、ある程度は魔力が消費される。
循環に困らない器と魔力量も必須事項であった。
だが、それはドラゴンとして生まれてきた彼女の桁外れな筋力と魔力保有量が鍵となってくれた。
彼女にとって、些細な問題にしかならなかったのだ。
そしてそのことは、彼女にしか扱えないことを意味する。


まさに、『彼女だけのために作られた翼』となったのだ。





そして今。
その翼を用いたテストが、行われようとしている。



「よし・・・いくぞ・・・」



彼女が大きく翼をはためかせる。
ばさばさと、空気を捉えたその音は。




彼女の体を床から離し、宙に浮かせた。




「・・・やった」

「飛べた・・・飛べたぞ・・・!飛べたぞアイレン!!」

「ああ・・・!飛んでる!ちゃんと飛んでるよ!」


宙から自分の顔を見下ろすシエル。
驚きと喜びが入り混じったその顔は、自分も同じだろう。
ばさ、ばさ、と翼は音を立てて動かし続けている。
力強い風圧が、自分の体に吹きかかるのを感じながら、自分は感動に満ちていた。
やっとここまで来れたんだ。
そう思うと、目から溢れる涙を止めることができなかった。
5分ほど宙に浮いた後、彼女は一度床に降りた。
飛んだ高さは1m程。天井もあるから室内ではこれ以上は無理だけど・・・
外ならば、一体どのくらい飛べるのか。楽しみで仕方がなかった。


「は・・・ははっ・・・まだ、体が震えているよ・・・」

「自分もだ・・・やっと、ここまで来たんだなぁって」

「これ程緊張したのは・・・初めてこの店に足を踏み入れた時以来か・・・」

「・・・あれ?そうなの?」


シエルがこの店に初めて来た時は今でもよく覚えている。
だけど、その彼女が緊張していたなんて話は、今初めて聞いた。


「・・・私だって、緊張するものはするのだ」

「意外だなぁ。まさか、空を飛ぶのと同等だとは」

「お、お前がまじまじと私の時計を見て、『またここでも断られるのではないか』と思ったんだ!
緊張するのは当然だろうっ!?何が悪い!!」

「いや別に悪いなんて一言も言ってないじゃないか・・・でも、そうだったんだ・・・」


あの日、噂の竜殺しの凶騎士が店に来て。
自分もガッチガチになるくらい緊張していたけども・・・
それはどうやら彼女も同じだったみたい。
そう思うと、少しにやけてしまう。


「何を笑っている。何が可笑しい」

「ん?いやぁ、別に、ね」

「な、何がそんなに可笑しいのだっ!?ええい!にやにやするんじゃぁない!!」

「あははは・・・それじゃ今日はお祝いだ!ご馳走作っちゃうぞ!」

「おお、それは楽しみ・・・って誤魔化すな!言えっ!何で笑っていたのか言わないかっ!!」




こんな彼女との会話も、今ではすごく楽しい。
初めて出会った時、まさか最初はこんなことになるなんて考えてもいなかったけれど。
今だから彼女に・・・ありがとうって思えるのかもしれない。





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その次の日から、外での飛行練習が始まった。
自分の目標は『彼女を空へ帰すこと』。
ただ飛んだだけじゃ、目標達成とは言えない。彼女もよく分かっていることだろう。
この広い空の中を、自由に飛び回れるようになって欲しい。

外とは言っても、街中で堂々と訓練するわけにはいかない。
勿論バレないようにこの街からこっそりと抜け出し、人目のつかない山まで向かう。
この山には、滅多なことがない限り教団兵や騎士団も来ないはずだ。
練習にはもってこいの場所だった。
少し時間はかかるけど、こればっかりはしょうがない。


一度飛んで、その都度調整。飛んでは調整の繰り返し。
やっていることは以前と変わらないけど、これで前に進んできたんだ。
今回も、それで大丈夫だと思っていた。








・・・でも。








彼女は、2〜3mの高さしか飛べなかった。
どれだけ日を重ねても、それ以上飛ぶことはなかったのだ。





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飛行練習を初めて、もうすでに一ヶ月が経過していた。
これまでに、全く進展がなかった。進んだのは、試作品第七十二号という番号だけ。
何度も調整を重ねてきた。だが、全く変わらないというのはおかしい。
良くも悪くも変化があるはずなのに、それがなかった。
一体何が原因なのか、分からないままでいたんだ。


「今日も駄目だったか・・・」

「・・・・・・・・・」


本日も収穫のないまま、自宅へ戻っていた。
自分の方が原因を探って思案している最中であるが、彼女の顔は暗かった。
無理もない。今まで少しずつではあったが、順調と言えるペースで進んできたんだ。
それがピタッと止まってしまえば、暗くなる気持ちもよくわかる。
やはり、もう一度構造からやり直すべきなのか。
そんなことを考えていると、彼女が口を開いた。


「・・・なあ、アイレン」

「どうしたの?シエル」





「・・・・・・もう、諦めないか?」

「・・・何だって?」




それは、自分が一番聞きたくない言葉だった。




「もう、止めても良いのではないかと言ったんだ」

「突然どうしたんだ。シエルらしくもない」

「私らしくもない、か・・・お前はそう思うのだろう。
だが、もう十分なのだ。これほどまでに上等な翼を作ってくれた。
少しではあるが、飛ぶこともできる。それで、十分なんだ・・・」



「本当に、そんなこと、思っているのか」


自分の言葉に強さが増した。
彼女に対しては初めて抱く、『怒り』という感情が抑えきれなかった。
そう、この時自分は怒っていた、と思う。
まるで、あの時のあいつのような諦めた顔をしていたから。
そして、昔の自分を見ているようだったから。


「ああ、そうだ。もう十分アイレンから、助けてもらった。だからもう、良いだろう?」

「妥協はしない。最初にそう言ったはずだ。自分は諦めるつもりは毛頭ない」

「・・・依頼者が止めると、言っているのにか?」

「そうだ。これは自分の『我が儘』だ。シエルだって、本当はまだ諦めたくないんだろう?」




「・・・・・・何が分かる」

「・・・・・・・・・」

「・・・お前に、私の何が分かるっ・・・!」

「・・・・・・分かるさ」



一体何を分かっていると言うんだっ!!!
何も失ったことのないお前に!苦しみを味わったことのないお前に!!

もう、失いたくないと思う、この気持ちの・・・っ!!

この私の気持ちの!何を分かっていると言うのだっ!!!


分かるって言ってるんだよ!!



「・・・っ!?」


「当たり前のようにあったものが、突然無くなる絶望も・・・!
なけなしの光にすがりつこうとする希望も・・・!
それを取り戻すためのつらさも!前進が止まってしまう苦しみもっ!
誰にもぶつけようのない憎しみも!それでも前を見続けなきゃならない過酷さも!!
そして、それをもう一度失うかもしれない恐怖も・・・!!
全部、全部分かってるんだよっ・・・!」


「・・・アイ、レン・・・?だってお前は・・・」


「見せてやるよ。今まで、見せてなかった・・・
怖くて、シエルに隠してた、自分の『全部』を」


自分はそう言って椅子に座り、あるものを外す。
手にかけたのは自分の両足。本来人間に付いているはずもない『留め具』を外した。
そして『それ』を手に持ち、自分はシエルの顔を真っ直ぐに見つめた。
彼女は、心底驚愕していた。


「あ・・・ああぁ・・・アイレン・・・お前・・・!」

「そうだよ。これが、自分の姿さ」










だって、今の自分の姿には、『足』がついていなかったのだから。

13/08/30 21:53更新 / 群青さん
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■作者メッセージ
ここまでお読みいただきありがとうございます。

時は一気に進み、そして衝撃のラスト。
まさに上げて落とす形になりました。申し訳ありません。
この連載中、謝罪ばかりですね・・・自信を持って書けるようになりたいです。
それでも最後まで書ききる気持ちはあるのでご安心ください。

次は、修理屋の口から過去が語られます。
そして、翼は一体どうなるのか。

翼の構造に用いた『魔界銀』と『魔宝石』ですが、これらは本家様の『魔物娘図鑑Uワールドガイド 魔界自然紀行』より記載されているものを参考にさせていただきました。
どちらも、魔法道具を作るのには最適な金属と優秀な宝石。
作中では割と都合の良いように独自解釈されておりますが、このような使い方もありなのでは?と思った次第に御座います。
魔法なしでの翼では、空気抵抗や重量などの様々な問題で飛ぶことなんて不可能ですし、
かと言って魔法だけあれば良いという単純なものにはしたくありませんでした。
魔法だけで飛べるなら、翼の意味がなくなってしまいますから。
構造の話について色々疑問は残ると思いますが、何となくこのようなものなんだ、とご理解ください。

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