連載小説
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疑念:自分のできることとは


「お求めのものは見つかったみたいだな?」


本をあらかた読み終わり、日も傾いてきた夕方頃。
地上の大図書館へ戻ってきた自分は、リオンに出迎えられていた。


「おかげさまでね。まだ全部読みきってないから、また今度お邪魔するよ」

「あんまし人目がつかない時に頼むぞ?疑われたら嫌だからな、無茶はするなよ」

「分かってるよ。それじゃまたな」


この大図書館の閉館時間は夜の8時頃。
でもそれはリオンの匙加減一つで簡単に変わるほど不安定な決まりだった。
つまり、司書である彼次第で、ここの開け閉めが容易に可能であることを意味している。
いつもならここに篭っているんだけど、今はシエルが家で待っている。
一人にするわけにはいかない。今日のところは帰らなくちゃね。


「ああ。それと、もう一つ」

「何だい?」

「その娘さんによろしくな」

「・・・ああ」


どうやらリオンにも魔物関連の修理だということはバレているみたい。
それもそうか。禁書なんて読んだんだから。自分が魔物と関わっていないはずがない。
彼も自分が禁書を読みたいと言い出した時から、何となく感じてはいたようだ。
それを踏まえた上での「無茶はするな」、と彼は言いたいのだろう。


「精々依頼者に喰われんようにな」

「いや、そんなことはないだろう」

「くっくっく・・・分かんねぇぞぉ〜?」

「流石にそれはないってば。もう行くからね」


何とも悪戯に笑うリオンの顔が気になった。
彼は魔物への知識も豊富だから、きっと自分の知らないことを色々と知ってはいるのだろうけど。
まさか、一介の修理屋に過ぎない我が家にドラゴンがいるなどと到底思わないよな。
もし知ったら、彼はどんな顔をするんだろうか。教える気はさらさらないけども。
そんなことを考えつつも、リオンの意味ありげな言葉を振り切って、自分は家に帰るのだった。



『竜の翼の構造』という大きな収穫を持って。





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「ただいま」

「ああ、お帰り」


その後、何事もなく無事に家に着いた。
変わったことといえば、帰りに食材を少し買って帰ったぐらいだ。
シエルの声は二階から聞こえてきた。どうやら朝言っていた通り、片付けをしているらしい。
・・・本当に元気なんですね。
食材を食料庫に置き、声がした二階へと上がって、これからシエルの部屋となる物置きへ様子を見に行く。
扉を開けて部屋を見ると、以前自分が見た内装よりは随分スペースができているようだ。
でも見えた彼女の姿はというと、片付けをしているというより部屋を物色しているそれに近かった。


「どう?自分の好きなように片付いたのかな?」

「まあ、ある程度は片付いたのだが・・・ふむ」

「? どうしたの?何か変なとこでもあった?」

「いやな・・・






全くいかがわしい本が見つからんのだが、これはどういうことだ?」

「え゛・・・」


・・・どうやら本当に物色していたようだ。
確かに、自分も一人の男だからそういうことには興味はある。
でも自分は生まれてこの方、女気も浮いた話の一つもなかった。
修理のために色々と調べたり直したりするくらいの日々しか送ったことがない。
つまり異性を意識する暇も機会もなかった、というのが現状である。
というより、そもそも彼女の目に付くようなところに置いておくわけがない
見るに見かねた友人から送られたそういう類のものは別の場所に保管してあるので、見つかる心配はないと思っていたけども・・・
まさかわざわざ探しておられるとは思いもしなかったよ。


「・・・そもそも、何でそんな物探しているのさ」

「うむ。年頃のオスは、異性の濡れ場を見て自慰に励むと聞いたものでな?
・・・アイレンもそうなのだろうかと、ふと疑問に思ってな」

「一応聞くけど、何のために?」

「単純な好奇心だ」


当の本人は「何かまずいことをしてるのか?」とも言いたげな顔をしている。
表情を見るからに、本当かどうか確かめたかったってことみたい。
一体誰から聞かされたのやら。
ちょっとこの竜に知識吹き込んだ奴に一発叩き込みたくなったよ。
『家に帰ったらドラゴンが人のエロ本探し漁っていた』なんて状況、後にも先にも出会すことはないだろう。
普通ないよ、そんなこと。


「それは置いといてさ、今からご飯作るから。
それと単純な好奇心でそういうの探すのは止めてください」

「むぅ、そうなのか・・・仕方がない。では大人しく待っていることにする」

「お願いするよ」


人と魔物との常識は異なる。
その違いは、今までの生活や環境で大きく変わってくるだろう。
これから彼女との生活がどうなるかは分からないけど、少なくとも色々と苦労はしそうだな・・・
片手で頭を抑えてそう考えながらもキッチンへと向かい、自分は今日の晩御飯の準備をするのだった。





・・・・・





「そうだアイレン。お前に伝えておくべきことがあったのだ」


他愛のない会話をしながら食事を取り、自分が懐中時計の修理をしている最中。
自分のいる作業台の近くにある、あの血まみれベットに腰をかけて本を読んでいたシエルに声をかけられた。
血まみれベットとは言っても勿論シーツなどはすでに取り替えており、少なくとも寝られるようにはしてあるので、座っていても大丈夫だ。

何故彼女がここにいるかと言うと、「時計の修理をするから好きなとこにいていい」と自分が伝えると、「邪魔はしないから部屋に居させてくれ」と彼女が申し出てきたからだった。
理由は単に自分の修理の様子が見たいから、とのこと。
今日分かったのだが、彼女はとても好奇心の強い人・・・人?じゃないか、魔物か。
それはともかく、気になることには首を突っ込む性格らしい。
まるで、初めて見るものに目を輝かす子供のようだった。
でもちょっと難しいのか飽きがきたのかは知らないが、さっきまで横のベットに腰かけて本を読んでいたはずの彼女は、尚も作業を続ける自分の近くまで歩み寄っていた。


「どうしたの?何かあった?」

「アイレンがいない間、私がこの家に仕掛けを施していたことを言い忘れていた」

「仕掛け?」

「うむ。仕掛けというか、魔法だな。
私の魔力が外へ漏れると危険なのでな。家全体に魔力保持の術式を施しておいた。
これで教団が私の魔力を嗅ぎつけ、ここへ押し入ってくることはない」

「へぇ〜・・・」


自分は目を丸くして驚いていた・・・つもりだ。
何せシエルが魔法を使えること自体知らなかったし、それに教団の目を欺くのにどういう工夫をしようか考えていた矢先にこの発言だ。
驚かないはずがない。
でも作業に少し集中していたため、リアクションの取りようがなかったのだ。
ふと顔を見ると、かなり適当に感じる生返事を聞いた彼女は、ちょっとがっかりした顔をしていた。


「・・・」

「あぁ、ごめん・・・
魔法使えたんだね。教団対策をどうしようかと思っていたからすっごく助かるよ。
ありがとう」

「! そ、そうだろう!私だって役に立つのだ!」


長い尻尾がぴくりと動き、鼻高々にそう言う彼女。
どうやら自分の役に立てていないことに、少し不満があったようだ。
手当や、料理に、修理・・・
ここへ来てから何も出来ていない自分に、きっと不安を感じていたのだろう。
朝に「誇りが丸潰れ」なんて言っていたし、世話になりっぱなしというのは気に障るのかもしれない。
あんまり気にしなくてもいいのにと思わず口に出しそうになったが、ドラゴンは本来気難しい。
それに以前も同じようなことを言った時のことを思い出し、自分は言葉を飲み込んだ。
その代わりに、というわけでもないが、これからのことを交えた率直な気持ちを、彼女に伝えることにした。


「焦らなくてもいいんだよ。これからシエルには色々と苦労させることになるんだから」

「だが、今の私は・・・ただの厄介者ではないか。これ以上アイレンに迷惑はかけられん」

「シエル・・・?」



「お前に少しでも追いつこうと、自分にできることがあればと・・・
今日はお前の読んでいる修理の本とやらを読んでみた。
だが、分からないんだ・・・
どれを読めば分かるのか。何を知れば力になるのか。私に何ができるのか。
それが、どうしても分からないんだ・・・」


「・・・」


「お前には、もうすでに全貌が見えているのかもしれん。
でも・・・私にはまだ理解し得ていないのだ。
・・・だから私を、置いてけぼりにしないでくれ・・・」


彼女は、自分が思っていたよりも思いつめていたらしい。
よく考えれば、無理もない。
怪我をしてまでここへ来て。ただ修理を頼んだだけのはずが、修理屋に正体がバレて。
自分の事情を洗いざらい話して。いきなり翼を直すなんて言われて。
それで、自分は何もできていなくて。
彼女の心が不安定なのは当然のことだった。
だのに、自分は早々に彼女を一人にさせて。
周りが敵だらけのこの街で、一人にさせて。
不安に思うのは、当然のことだったんだ。
彼女のためを思って行動したことが。心と体を休ませるために一人にさせたことは。
完全に裏目に出ていたんだと、自分の心に罪悪感という形で重く突き刺さっていた。
一日くらい平気だと高を括っていた自分を悔いたが、彼女の言葉を深く受け止めて、自分は彼女に答えを述べた。


「・・・分かった。シエルをもう置いてったりしない。
ちゃんと二人で直そう。自分一人で解決しようとしないよ。
・・・焦っていたのは、自分の方だったんだなぁ」

「そんなことはない・・・これは私の我が儘なのだから・・・

「修理のこととなると、どうにも周りをそっちのけにしちゃって。
待ってるだけって心配になるよな。誰でもさ。
もっと気を配るべきだった。反省してる」

「いや・・・私が臆病なのがいけないのだ。全く、ドラゴンだというのに、情けない・・・

「臆病とかじゃなくて、自分が説明してなかったのが悪いでしょ。
風邪をひいた時『これは治る風邪薬です』とだけ言って放置したようなものなんだから。
これからは気をつける。ごめんな・・・」

「だが・・・」

「依頼の最初にも言ったと思うけど、シエルにはこれから色々やってもらうんだからね?
そのためにも、今は休んで欲しかったんだ」

「では、具体的には一体どうしてくれるのだ?私には、何ができる?」


自分の失敗を受け止め、素直に彼女へ伝える。
しかし、それでも彼女はまだ納得していないようだった。
どうしても彼女自身のせいにしたいらしい。自虐的になるのは良くない。
その不安を取り除くためにも、自分の思い描く構想をはっきり説明しておかないと。
・・・よし。




「シエルが自由に動けるように、先ずは鎧の修繕からだな。
それまで少し待ってもらうことになるけど、その間は懐中時計の修理を進める。
両方鍛冶屋の仕事次第だけど、自分の知ってる鍛冶屋は腕がいいから大丈夫でしょ。
その後は、翼の修理。
シエルには、使う素材の調達に行ってもらうことになる。
金属類とか、魔力伝導性の良いものとか・・・
とは言っても、在り合わせて最初は作るけどな。先に形からだ。
それと自分が作った試作のテストもしてもらう。これは昨日も言ったね。
あと翼を動かす感覚とかも、詳しく教えて欲しい。口で話してでも、紙に書いてでも何でもいい。
それを何度も何度も繰り返してく。
色々と調整したいから、違和感があったら逐一教えてくれ。
それと・・・」



「ま、待ってくれ。一度にそんなに覚えきれんぞ」




一気に捲し立てたため、彼女が自分に制止を求めてきた。
どれだけ彼女が重要か、この際はっきりさせとこうと一度に説明しようとしたんだが、どうやらこれ以上必要ないらしい。
一方的に話す自分を見て慌てる彼女は、失礼ながらちょっぴり面白かった。



「・・・置いてけぼりにしないと言ったではないか」

「ごめんね。でも、これでシエルがどれだけこれから必要かわかったでしょ?」

「う・・・ああ、存分に分かったとも。
要するに、お前は『これから嫌でも苦労するから、今はしっかり休んでおけ』と言いたいんだな?」

「そういうこと。
その辺も、朝のうちにちゃんと話しておけば良かったんだ。
自分の配慮の至らなさが、シエルの不安の原因だよ」



彼女の言い方には少しだけ嫌味が含まれているように感じたが、正しく自分の言いたいことそのまんまだったので安心した。
先程まで落ち込んでいた声色も、今のやり取りで元気が出たようだ。



「では、これからも私に不満を持たせないよう精進してくれ」

「畏まりましたお嬢様」

「っ!? お、おじょ・・・!?」



あまりにもその立ち姿と台詞が、良いところのお嬢様のように聞こえたので、冗談めいて紳士のように振る舞ってみた。
すると彼女の顔はみるみるうちに真っ赤になったのだ。
ドラゴンだからかは分からないけど、女の子扱いされるのは慣れていないみたい。
・・・そういえば、仮にも『竜殺しの凶騎士』だったもんな。
そう考えると自分、割と凄いことしてるよなぁ。


「い、いいいきなり何を言うんだっ!!?わ、私が、そんな、お嬢様だなんて…///

「あははは、冗談だよ冗談。それとね、自分からもシエルに言わなきゃいけないことがあったんだ」

「・・・・・・・・・何だ?」


最後の方は聞き取れなかったけれど、十分に新しいシエルの一面が見れたので良しとしよう。
・・・冗談って言ったら少しだけ睨まれたような気がするけど。
それはともかく、自分の方もシエルに一つ、言わなければならないことを思い出した。
真剣な眼で彼女の顔を見ると、彼女もこちらを真っ直ぐに見ている。
これから修理するにあたって、大事なことだ。


「体の方はよくなったと思うんだけど・・・
もう当分は『竜討伐』には行かないで欲しいんだ」


竜討伐。
シエルが、同族であるドラゴンを反魔物領から追い出す・・・離れさせるための『討伐』。
それは彼女にとっての使命であり、責任であり、今の生き方でもある。
それを止めさせることは、彼女にとって非常に重い枷になるだろうと思っていた。
だが、彼女は自分の予想と違った反応を見せた。
彼女は少しだけ驚いた顔をしただけで、次には優しげな笑みを浮かべ、こちらの考えが理解できたと言わんばかりに笑っていた。




「ふふっ・・・そうか、お前にまだ話していなかったな。
実は、私が血濡れでここへ来たあの日で最後だったのだ。
今この国の領内や近くの反魔物領にも、もうドラゴンはいない。
いや・・・私で最後になるな?」

「・・・えっ、そうなの?」

「そうさ。だからこそ、お前の話に乗ったのだ。
これから私は、自分のことに精一杯費やせるのだからな。
最後に懐中時計を直して、この地を去ろうと思っていた。
まあこのような怪我をしてしまったがな」




まだ包帯の巻かれている部分を見て、そう話す彼女の顔は何とも誇らしげであった。
彼女は自分の信念を貫き通せたのだ。そして見事にやりきった。
そんなシエルの姿は、自分の知る人物と再び重なる。
だから、自分は言わずにはいられなかった。




「それでも、もう無茶はしちゃ駄目だ。
自分がそれで良くても、助けられた方からすれば・・・自分のせいで傷付いた姿なんて、見たくないんだから・・・」

「アイレン・・・?」

「それに・・・シエルのその体だって、君のお母さんから貰った『宝物』なんだから。
大事にしなくちゃ怒られるよ?」

「そうか・・・宝物か・・・」




言ってしまったあとに、しまった、と思った。
翼を失った彼女に、自身の体が宝物などという言葉はつらいものでしかないだろう。
本当に駄目な男だなぁ・・・自分は・・・
おとぎ話の主人公とかなら、もっと気の利いた言葉が言えるだろうに。
こんなことしか言えない自分が憎かった。
だが、彼女は。




「ありがとう・・・」

「・・・えっ?」

「私にもまだ、母様から受け取ったものが、まだあったのだな・・・
やはり、お前は・・・とんでもない男だ」

「・・・そんなこと、ないよ」




彼女は、目を伏せつつ感謝を伝えていた。・・・自分の失言に対して。
彼女には良い意味で受け取ってもらえたようだが、それでも自分の心中複雑だった。
そんなことを考えている自分に、彼女は自分と向き合い直して。




「これからは、自分の体も大切にせねばいかんな。
だから、アイレン。



私の『大切』を、きちんと直してもらわないとな?」




彼女は自信満々にそう言ったのだった。
この時自分は・・・





彼女の強さを、改めて教えられた気がしたんだ。





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次の日からは、自分とシエルの修理工程は順調に進んでいた。

自分は真っ先に鍛冶屋に行き、鎧と時計の外形修理の依頼を出した。
鍛冶屋には何で鎧を持っているか尋ねてきたが、とりあえず依頼者がこっちに持ってきて押し付けてきたと伝えておいた。
鍛冶屋は少し悩んだ後、「ふーん。ほー、そっすかー。成程ねー」と変に納得しつつも引き受けてくれた。
・・・たった五日で二つとも綺麗さっぱり注文通りに修復されていたことには驚かされたけど。
やっぱり本職は違うなぁと感心させられた瞬間だったな。
でも目の下に隈できてたから、きっと大急ぎでやってくれたのだろう。
感謝してもしきれなかった。

その日は、自分はひたすらに懐中時計の修理。
シエルの方は、何やら瞑想をしていた。魔力を集中させると傷の治りが早くなるらしい。
そんな馬鹿な、と思っていたのだが、その日の夜には本当に傷が一通り治っていた。
ドラゴン、恐るべし・・・
「競争は私の勝ちだな」と自分が以前言っていたことを覚えていたようで、誇らしげな顔で笑っていたのが印象に残っている。

鎧を受け取った日からは、シエルは外に出てギルドの依頼をこなしていた。
体を動かすリハビリがてら、資金や素材を集めてくると言っては街の外へ。
でも、必ずその日には我が家に戻ってくるのだった。
ちなみに彼女の鎧には、この家と同様に魔力を外部へ漏らさない術式がかけられているらしく、どうやら彼女自身その手の魔法に長けているようだった。
魔法を身につけたのも最初は竜討伐に役立つからという理由だったが、今は他の魔法にも挑戦しているらしい。
そんなことを晩御飯時に話す彼女は、まるで褒めて欲しい子供のように感じられた。
雰囲気や見た目は、大人っぽいのになぁ・・・



特に問題もない時間が過ぎて。
特に変化もない毎日が過ぎて。

そんな平和な生活が、三週間過ぎた頃・・・






「今戻ったぞ」


ギルドの依頼をこなしてシエルが家に帰ってきた。
いつものように凶戦士の鎧姿で、この修理屋の店とはかなり不釣り合いだ。
人目につかぬよう裏口からではあるのだが、三週間この店を出入していることもあり、『凶騎士を街で最近見かけるようになった』、『ある店に凶騎士が訪れている』などといった噂も立ち始めた。
・・・まだうちの店だと特定されていないようではあるけど、それも時間の問題だな。


「おかえり。いいところに帰ってきたね」

「何かあったのか?」


小首をかしげ、まるで疑問符を頭の上に浮かべているような彼女は、がしゃんがしゃんと鎧の音を立てて近づいてくる。
知らない人から見れば、凶騎士に追い詰められている風に見える自分は、静かに彼女へあるものを手渡した。


「今回は難しかったけど、何とか完成したよ」

「おお・・・!懐中時計っ!ついに直ったのか!!」


手渡したものは、懐中時計。
あの日から少しずつ手を加え、足りない部品は一から補い、やっと修理が終わったのだ。
思っていた以上に時間はかかったが、バラバラとも言えるひどい状態だったし、何より他の作業もしていたからな。
このタイミングになってしまったというわけである。


「随分と時間かかっちゃってごめんね」

「いや、いいんだ・・・!おぉ、ふおおお・・・!!」


感動のあまりなのか、シエルは今までにない声を発している。
ここまで興奮している彼女の姿を見るのは初めてだ。
・・・今帰ってきたばかりで、鎧姿のままなのがちょっと残念だけど。
フルフェイスヘルムも被ったままなので、表情が見えない。
できれば見たかったなぁ・・・
それでも、厳格な騎士姿に似合わないほど体がプルプルしているという、思わず吹き出しそうになる姿を見られたから良しとしよう。


「それじゃ、ご飯に・・・どうしたの、そんなに近づいて」


感動に浸るシエルを置いて、キッチンへ料理を取りに向かおうとしたその時。
その彼女に距離を詰め寄られていた。
黒い鎧に包まれたその立ち姿は、いくら威圧感に慣れたとはいえ、近すぎる距離に圧迫感を感じていた。
そして次の瞬間、彼女は・・・









「よくやったーーーーっ!!」


ガンッ!


「痛ぁっ!?」









がっしりと、勢いよく抱きしめられた。鎧姿のままで
おかげで思いっきり顔を鋼鉄の胸にぶつけた形になった。
もの凄い速さで体を引き寄せられたので避けようがなかったのだ。
思いもよらぬ衝突事故に、顔を押さえる自分。
は、鼻が痛い・・・


「え?あぁっ!?す、すまない。少しばかり気が高まってしまったようだっ!!///」

「いや、いいんだ・・・ここまで喜んでもらえたなら、仕事をした甲斐があるってもんだよ・・・」


思い出したように慌ててフルフェイスを取るシエル。
恥ずかしかったのか頬を赤く染めて、心配そうな顔をこちらに向ける。
・・・今のはフルフェイス外してても同じ結果だと思いますがね。
反応は予想外だったが、これほど喜びを表現されたとなれば職人冥利に尽きるというもの。
まあまだまだ職人と呼ぶには程遠い自分ではあるけど、こればかりは素直に嬉しかった。


「まさか、これ程綺麗になって戻ってくるとは思っていなかったからな・・・」


彼女の手には、新品同様にも見え鮮やかな光沢を放つ懐中時計が握られている。
これでも本来の部品以外のものをあまり使わないように気をつけ、同じ素材をかき集めて修理したもの。
自慢するつもりはないが、少しぐらい誰かに褒められてもバチは当たらない修復具合になったはずだ。


「細かいとこにも相当気を配ったからね。前々から何度も手入れしてたこともあって構造も覚えてたし、元の状態知っていたからこそここまでできたんだよ」

「本当に・・・本当に良かった・・・っ!!」


懐中時計は今、寸分の狂いもなく時を刻んでいる。
それを何度も、じっくりと彼女は眺めている。
その姿をもっと見ていたかったのだが、自分は一度店の作業場へとあるものを取りに戻った。
本当は今日のご飯の後にでも見せようかと思っていたのだが、もっと驚かせてみたくなったからだ。


「シエル。これも見て欲しいんだ」

「ん?どうしたんだ?まだ何かあるというのか?」


時計を眺めていたままのキラキラした顔をこちらに向ける彼女。
そんな彼女に、自分は両手に抱える大きめなものを見せる。










「これは、試作品第一号。いずれは君を空へ帰すものになる」


それは、自分が同時進行で進めていた『仮物ノ翼』だった。

13/08/20 23:56更新 / 群青さん
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■作者メッセージ
ここまでお読みいただきありがとうございます。

今回この4話が上手くまとまらず、四苦八苦しておりました。
どうしても制作作業まで持って行けず、話の展開も中途半端になってしまい・・・
どうすればいいか悩みぬいた結果、1話増やすという形に落ち着きました。
・・・ちなみに今回で、現在予定している話数のまだ半分となっております。
こんな未熟者では御座いますが、最後までお付き合い願えると大変嬉しく思います。

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