第二十話〜海神の神罰代行者〜
〜サンライズハーバー 波止場〜
恰幅のいい男が、細身の男と対峙している。
辺りは積荷の揚げ降ろしで忙しく動き回っているようだ。
「依頼の品は用意できたかね？」
「はいはいこちらに。活きの良い最上級品ですよ。」
細身の男は大樽を運ばせ、男の側まで持ってくる。
「中身を開けるのは、くれぐれも人の目のつかないところで……いいですね？」
「うむ、わかっておるわ。代金は所定の口座に振り込んでおくからな。」
「毎度有難うございます。旦那。」
男は樽を運ばせ、自分の船に積み込ませる。
「それでは、これからもご贔屓に。」
「うむ、気に入ったらまた発注する。楽しみにしていろ。」
男は自分の船に戻ると、錨を上げさせ、船を出した。
「……もういいかね？」
細身の男は物陰に潜む人魚達に話しかける。
「うん、おっけーおっけー。演技ごくろうさん。」
「本当の奴隷商人みたいでした……。」
実はこの男、サンライズハーバーの役人だ。
奴隷取引の通報を受け、アルテアと共に一芝居打ったのだ。
「それにしても彼一人で大丈夫かい？いくら商人とはいえ護衛に武装ぐらいはさせているだろうに。」
心配そうに船の行く先を見遣る役人の男。
「あっくんがそう簡単にくたばるとは思えないね〜。あの子妙な武器で滅茶苦茶やるし。」
「滅茶苦茶？彼が腕利きの冒険者とかそういう事じゃないのかい？」
取り返しのつかない事をしてしまったという風に青ざめる役人の男。
「一応腕は確かみたいだよ。結構いろいろ訓練受けているみたいだし。でもねぇ……」
「えぇ、彼は……。」
暫く無言で船を見送るピスケスとサフィア。
その表情には信頼というよりむしろ哀れみが強く出ていた。
「あの武器は強いとかそういう次元を色々ブチ壊しちゃっているんじゃないかなぁ。」
〜商人の船 商人の部屋〜
商人の男は大樽を自室に運ばせると、鼻息荒く樽の蓋を開けに入った。
「高額で転売するのもいいが……まずは味見だな。」
下衆っぽい笑い声をあげながら樽の蓋に付いている取っ手を掴んだ瞬間。
＜ドゴォ！＞
漆黒の砲身が蓋を突き破り、商人の顎を直撃した。
「ぐぼぁ！？」
樽の中から立ち上がったのは、青いジャケットを着た男。
「よう、何を味見するって？」
男は樽の縁を跨ぎ、床に足を下ろす。
「まぁあんた、随分と下衆なことするのな。今時奴隷取引？人身売買？クソかお前は。」
その憤怒を胸に抱き、立ち上がる。
「そのあんたの腐った根性、」
彼女たちに代わり、誅を下すために。
『ビームガトリング展開。』
その漆黒の砲身は義憤の魂。その弾丸は断罪を下す裁きの鉄槌。
「叩き潰してやるよ！」
『Open Combat』
商人が廊下へ飛び出して行った。しかし、本当の目的は奴の殺害ではない。
展開された光学機関砲のトリガーを引く。殺戮の光弾が無数に飛翔し、船室の壁は紙細工のように引き裂かれて辺りに木片の屑を撒き散らす。
と、そこで部屋へ衛兵がなだれ込んできた。
「貴様！こんな所で何をしている！」
今更何を言っているんだコイツらは。
「何って、決まってるだろ？」
鵺を構え直し、今度は衛兵の集団に砲身を向ける。
「この船をブチ壊しているんだよ。」
トリガーを引く。
光弾が盾や鎧で武装した衛兵たちをトランプの兵士か何かのように軽々と吹き飛ばす。
「ぐああああああ！？」
「何だこれは！？何の魔法だ！？」
別の壁に砲身を向け、発砲。壁がズタズタになり、隣の部屋が覗く。隣の部屋に乗り込み、また発砲。次々と壁が、床が、天井が木屑と化していく。
『ジャベリン展開。』
また砲身を構え直し、ランチャー発射体勢へ。ぶち抜いて来た壁の方へ向かって発射。爆発。
『プチアグニチャージ開始。』
通常発射体勢へ。しっかりと足を踏ん張り、よろけないように気をつける。
『チャージ完了。』
「お前ら伏せろ〜。蒸発すんぞ〜。」
まともに警告する気の無い警告の後、展開されたビームキャノンのトリガーを引き、照射しながら自分を軸にして３６０度回転。辺りを薙ぎ払うと、天井が落ちて来る。しかし既に天井には穴が開いており、落ちてきた天井は俺をすり抜けるように落下した。
「こんちは〜♪」
いきなり足場が崩れて腰を抜かす衛兵に向かってにこやかに挨拶。
落ちてきた床の上に飛び上がる。
『リッパー展開。』
鵺を逆手に持ち替え、リッパーを展開する。呆けている衛兵を逆袈裟斬りに切り飛ばす。
切り飛ばした衛兵は海へと落ちて行った。
「ずいぶんと暴れてくれたものだな。」
他の衛兵とは少し容貌の違う男が現れる。
「これでは今回の護衛料が支払われないかもしれないな。船もこれ以上は動きそうもないし、どうしてくれる？」
そう言うと男は剣を抜き放つ。
「こんな下衆野郎からもらう金なんていらねぇだろ。ドブにでも捨てておけ。」
俺は鵺を逆手に構える。あまり油断のできる相手ではないようだ。
「そうは言うが、俺としてもこれが仕事なのでな。片道だけでも働いた以上、きっちりと最後まで勤めねばなるまい？」
「ッハ！ずいぶんと職務熱心な事で。その熱心さをもうちょい人の世の役に立つ方に使ってみたらどうだ？」
威嚇と挑発の応酬。皮肉と嫌味のぶつかり合い。どうもこの男とはソリが合いそうにない。
「そういうお前もどうしてわざわざ敵のど真ん中、それも逃げ道のない船の上に忍び込んでまで襲撃をした？お前がこの船を沈めても一銭の得にもなるまい。」
「悪いな。俺は別に損得勘定で動いているわけじゃないんだ。ただ、俺がこの船をぶっ潰そうと思った理由は一つ。」
「……何だ？」
俺は、ただ一つのシンプルな答えを返す。
「この船に乗っているクソ野郎が気に入らなかっただけだ。それ以上でもそれ以下でもねぇ。」
男は何も言わない。いや、俯いて肩を揺らしている。
「……ックックックック。いいな、それ。悪くない。俺もあいつは好きじゃない。正直俺もあの男に辟易していた所だ。」
「へぇ、そいつは奇遇だね。で、それでも捨てない理由は……さしずめ金蔓になるってところか？」
「そういう事だ。もうこれ以上は何も語るまい。後は……こいつで、だ。」
男が剣を構え、姿勢を低くする。
「……参る！」
奴が低い姿勢のままこちらへ駆けてくる。
「（っ！速い！？）」
紙一重で打ち合わせて距離を取る、しかしまた詰められる。
「っとうしい！」
リーチ内に入ったところで横薙ぎに振り抜く。
しかし、屈んで回避され、懐に入られる。
「やべっ！？」
咄嗟に頭を引き、突き出される刃を躱す。反撃にミドルキックをお見舞いするが、受け流されて距離を取られる。
「ミドルレンジ！取った！」
『オクスタンライフル展開。モードB・フルオート。』
展開した熱物可変ライフルで掃射。しかし全て躱される。
ジグザグに走って肉薄される。その構えは、刺突。
「（一か八かだ……！）」
刺突を受ける位置を調整。致命傷にならない位置に剣を誘導する。
「ぐぅ！」
脇腹を貫通する剣。しかし、内蔵は傷ついていない。
腹に思い切り力を込め、相手の手首を掴み固定してやる。
「ぐ、何！？抜け……！」
「悪いな。面倒くさいから固定させてもらった……！」
展開したままのオクスタンライフルを相手の腹に押し付ける。
奴がもがくが、その手は緩まない。
「さっさとくたばれ！」
トリガープル。殺戮の雨が相手の肉を穿ち、腸を噛み千切り、骨を打ち砕く。
腹部に風穴を開けた用心棒は膝を付き、絶命した。
「っぐ……手間ぁ……かけさせやがって……！」
刺さっていた剣を引きぬく。
幸い大きな血管は通っていない部位だったので出血はさほどではない。
パラケルススで痛み止めを打ち、ダーマを貼って応急処置。
傷口を縫う暇は、無い。
俺は船の舳先に立ち、鵺を逆に持ち替える。
『E-Weapon＜クラスターランチャー＞展開。モードS』
鵺の外観が膨らむように変わっていく。後部が展開され、Pモードには無かったアタッチメントが取り付けられる。
アタッチメントには無数の穴が開いていた。
「E-エネルギー充填開始…完了。発射準備完了。』
まだ生き残りがいたのだろう。船倉からわらわらと衛兵が出てくる。
「お前ら、花火大会って知っているか？」
無数のレティクルが甲板を、柱をロックオンしていく。
「無数の火薬の玉を打ち上げて見物する祭りらしいんだが……。」
俺が何かを構えるのを見て、慌てて海へと飛び込んでいく。君たち、正解だ。
「少し見ていくか？」
『IGNITION』
無数の中型エネルギー弾が射出。光の軌跡を残しそこかしこに着弾し、食い込んでいく。
着弾と同時に小エネルギー塊がばら蒔かれ、辺りに散らばる。
爆風を避けるため、そこら辺に置いてあった木箱の陰へ。
＜ドドドドドドドドドォォォオオオオオン！＞
「ッハ！綺麗なもんだなぁ、オイ。」
繋がるような爆音、閃光、衝撃。船の甲板が吹き飛び、船倉が丸見えになる。
その船倉の隅でガクガク震えているのは……
「よう、楽しんでいるか？おっさん。あんまり楽しすぎてションベンチビってないだろうな？」
「ヒッ！？」
先程の商人の男だった。
「頼む！命だけは助けてくれ！金ならいくらでも払う！」
「典型的な小物的命乞いだな。今時流行らないぜ？そんなの。」
俺は砲身を商人の男へ向ける。傷口が痛むが、その照準は揺るがない。
「お前はその金を使って誰かを買おうとしていたんだ。本人の意思も無視してな。わかってんのか？」
商人の男は強く唇を噛み締めている。
「まぁ、あんたの常識だと人の命は金でどうこう出来る物らしい。それは俺も否定しない。現にお前の金でお前を守っていた奴もいたしな。」
「そ、それじゃあ！見逃して……」
俺は商人から少し砲身を逸らす。
「という訳で、金の力でなんとかしてみろよ。」
『オクスタンライフル展開。モードE。』
砲身が分かれ、中から熱物可変ライフルが展開される。
そして、男の隣の船底を撃ち抜いた。
撃ちぬかれた船底から大量の海水が漏れ出してくる。
「じゃあな。生きていたらまた……いや、あんたはブタ箱入りか。」
『E-Weapon＜ブリッツランス＞展開。』
ブースター付きの突撃槍を構えると、その先端をサンライズハーバーへと向けた。
『エネルギー充填８０％。突撃準備完了。』
俺はアフターバーナーを吹かしながら、その場を離脱した。
＜ィィィィイイイイイイン！＞
「っ……キツいな。海水が入ってこないのがせめてもの救いか。」
高速で海上を飛行しながら俺はラプラスに投げかける。
『１０秒後、海中に突入し減速を開始します。計算通りならばサンライズハーバーに着く頃には自力停止可能なレベルまで減速予定です。』
「精度は？」
『……海中突入を開始します。』
「話せないぐらい悪いってか？クソッ……。」
『この周囲の海底のデータはインプットされていません。その影響で不確定要素が多く介入し、計算を不安定にしています。』
えぇ、毎度のことですよ。急いでいたり何かから脱出したり何かから逃げるときはいつもこうですよ。
ブリッツランスの防護フィールドが海底を根こそぎ削りながら減速を開始する。
これ上空から見たら砂煙を上げながらなにか危険なものが街へ向かって爆走しているように見えるんだろうか。
『目的地まで残り1400…1200…1000…900…750…500…』
残りの距離がラプラスによってカウントダウンされる。
しかし、減速幅が不安定だ……。
『450…400…380…260…200...130…80…』
残り１００メートルを切った。もう泳いで行けるぐらいの距離なのだが、それでも突進が止まらない。
『70…60…50…40…30…20…10…』
その時、ランスの先端が砂浜に引っかかり、ブリッツランスが強制解除。体が前方宙返りを始め……。
＜ドスッ＞
『０。目的地に到着しました。』
石垣に俺の体が打ち付けられる。
「っぐ……ガハッ！」
肺から空気が漏れる。
痛み止めで緩和されていてもやはり痛いものは痛い。
「アルテアさん！大丈夫ですか！？」
「うわぁ……こりゃ酷い怪我ね。」
ピスケスとサフィアがこちらへ跳ねてくる。
「おぅ……怪我ぁしているが、なんとか生きてるよ……。」
サフィアが俺の傷口に手を当て、詠唱を始める。
詠唱が完成し、淡い光が傷口を覆うと、元通りに戻っていた。
「俺が思うに科学より魔術のほうがデタラメだと思うんだがな……。仕組みも何もあったもんじゃない……。」
俺が愚痴を零すと、サフィアが抱きついてきた。
「もう……もうこんな危ない事しないでください！貴方が行かなくても陸で捕まえればよかったじゃないですか！そうすれば貴方が怪我をする事だって……！」
涙ながらに訴えるサフィア。しかし……
「関係ない。俺は単にあいつらに対してムカついてただけだ。だからただ捕まえるだけじゃなく少しお仕置きでも、と思っただけだ。」
俺は彼女をそっと引き離す。
「俺は俺の道を行く。その責任は俺自身が取る。だから、お前が気に病む事はない。」
「でも、貴方が死んだら……私は、私たちは……！」
「待て、何故腹を撫でながら言う。」
焦る俺。彼女は頬を染めて付け加える。
「も、もしかしたらって事です。まだ、わかりませんけど。」
勘弁してくれ。
「いい雰囲気になっているところ悪いけどさ〜……あたしも混ぜてよ〜」
背後から抱きついてくるピスケス。
「無茶な事するけど嫌いじゃないよ、そういうの。本当にお疲れ様♪」
そう言うと彼女が頬にキスをしてきた。
妙に照れくさい。
「これにて一件落着かな。僕は役所の方へ行って事の顛末を報告するけど、君はどうする？」
「そうだな……。」
俺はそう言うと、ピスケスから背嚢を受け取る。中には例の取引先の目録が入っている。
「俺はギルドに戻ってこの目録を本部へ送るかな。時間を置くと責任逃れをしだす連中が増えそうだ。」
「あらら、帰っちゃうの？」
ピスケスが俺の手を取る。
「もうちょっとゆっくりしていかない？あれだけ派手に暴れた後にもう次の仕事って体が持たないでしょ？」
「あの、アルテアさんにも仕事がありますから引き止めてしまっては……。」
ピスケスをたしなめるサフィア。でもそう言う彼女も帰って欲しくはなさそうだ。
しかし、俺の返す言葉は決まっている。
「放置したら、また囚われた彼女達のような奴隷を求める奴らが居座り続けることになる。俺としては、そっちの方が重要だ。」
そう言うと、ピスケスは渋々手を離してくれた。
「ねぇ、もしまたこの街から依頼が出されたら……受けてくれるかな？」
彼女は、また来て欲しいと暗にそう言っているのだろう。
「そうだな……ま、そこは報酬次第だな。」
しかし、俺はあくまで冒険者であり、報酬で動く傭兵だ。
「あ、報酬といえば私たちの血は……」
「そんなもの要らねぇよ。人生ってのは短いからこそ輝くんだ。」
少し、キザ過ぎたかな？
「……っぷ！あははははは！」
キザ過ぎたらしい。
「ほんと……あっくんって人間らしいよ……人間っぽくないのに人間らしい……」
「それは矛盾していないか？」
言いたい事は分からないでもないが。
「うん、わかった。それじゃあ、いつかまたね。」
「私はこの街に留まる訳ではありませんが……広い海で、またいつか会いましょうね。」
「あぁ、それじゃあいつか、また。」
後ろ手に手を振ってその場を後にしようとする。
「あっくん！」
「ん？なんｄ……」
振り向いた瞬間、唇に何か柔らかい物が当たった。目の前には、ピスケスの顔。
「さ〜て……僕は役所に戻って手紙書かなくちゃ……」
視界の隅に手を口に当てて真っ赤になるサフィアとそそくさと立ち去る役人の男が映る。
彼女は唇を離すと、そっと後ろに下がった。その頬は朱に染まっている。
「人魚の血の、代わりの報酬だよ？ダメだった？」
はにかんで、こちらを上目遣いで見てくる。
全く、最初から最後まで主導権を握られっぱなしだったな。こいつには。
「いいや、お釣りが来るくらいだ。ありがとうな。」
今度こそ、俺はその場を後にする。
「また！またいつか絶対に帰ってきてよねー！」
その声に俺は、振り返らずに手を振った。
『マスターは一体何人手を出せば気が済むのですか。』
あの船の生き残り達は、口をそろえて悪魔を見たと証言している。その爪は鎧を安々と引き裂き、壁を粉微塵にし、その吐息は船を爆砕し、燃やし尽くしたと。
後にこの商船沈没事件は、海神の神罰代行者による断罪だと言い伝えられる事になる。
〜モイライ冒険者ギルド支部〜
「ほい、この写しをギルドの本部まで送ってくれ。受け取り先はそこのギルドマスターだ」
俺は書き写してもらった羊皮紙の巻紙をシアに渡した。中身はもちろん、あの取引目録だ。
「りょうか〜い！それじゃあいってきまーす！」
シアがバタンと宝箱の蓋を閉めると、宝箱から一切音がしなくなった。
今頃向こうのギルドでは上を下への大騒ぎになっているのだろう。
何しろ、目録に名を書かれていた連中はどれも大商人達や有力な貴族たちばかりだったのだから。
「本部も大変ねぇ……こんなもの送られたら休む暇が無くなるわよ？」
ミリアさんがヒラヒラと目録の原本を振っている。
「下手したらちょっとした戦争になるわね……これを公開したのは失敗だったかしら。」
そいつは困るな。
「でもまぁ、そいつらがいると世の中が悪い方向へ傾いていくって事が判ったんだ。悪い血を吐き出すにはいい機会だろ。」
「それもそうね。」
クスクスと笑うミリアさん。そして俺の格好を一瞥すると、
「とりあえず水浴びでもしていらっしゃいな。貴方血まみれよ？」
裏庭の方を指さすのであった。
〜どこかの海域 byサフィア〜
私は今日も海で儀式を執り行なうため、泳ぎ続ける。
頭をよぎるのは、少し前に出会った不思議な冒険者の事だ。
「今、あの人は何をしているのかな……」
自分のお腹を撫でながら、想いを馳せる。
あの時に出来た、かどうか今はわからない。
でも、
「できていたら……いいな。」
そんな事を思ってしまう。
これが恋なのか、それとも一時の気の迷いなのかは判らないけど、
「嫌じゃ、ない。」
それだけはきっぱりと言い切れる。
私は今日も泳ぎ続ける。
〜サンライズハーバー近海 byピスケス〜
「凄い経験したのね〜。まるで演劇みたいじゃない♪」
友人のメロウに、先日の事件のことを話す。
夜の宿屋であったことは……一応伏せて。
「本当にステキだったな……また逢いたいわ。」
「あらら、完全に恋する乙女の目になっちゃった。」
何を言われても気にならない。
もしもう一度逢えたら、今度こそ結び岩の上で……
「あーもう待ち遠しくてたまわないわよ今からでも予行演習しておこうかしらあたし貴方のことがすきなんですあぁ俺も好きだぜとかいわれちゃったりしてそのまま儀式であたしたちは一つになっちゃったりああもう辛 抱 た ま り ま せ ん」
「その暴走癖はどうにかしたほうがいいと思うわ……」
また友人を一人引かせてしまった……。
〜冒険者ギルド裏庭〜
『マスター。サフィア様が言っていた事はあながち間違いではありません。』
こびり付いた血を洗い流していると、唐突にラプラスが話しかけてくる。
「何だ？……まさか、本当に出来ていたとか言うんじゃないよな？」
『いえ、しかしマスターは一人ではありません。貴方が死亡したら現世界の全人類が窮地に立たされる事になります。これからは軽率な行動は謹んでください。』
その言葉に、俺はニヤリと笑う。
「大丈夫だ。俺と、お前がいれば乗り越えられない困難なんて何も無い。信じているぜ？相棒。」
『……マスターは自信過剰過ぎます。その自信過剰が身を滅ぼさないかと私は危惧します。』
「ははっ……ま、それでもどうにかなるとは思っているよ。」
俺は引き続き体を洗う。
『信頼には答えてみせますよ……。マスター。』
恰幅のいい男が、細身の男と対峙している。
辺りは積荷の揚げ降ろしで忙しく動き回っているようだ。
「依頼の品は用意できたかね？」
「はいはいこちらに。活きの良い最上級品ですよ。」
細身の男は大樽を運ばせ、男の側まで持ってくる。
「中身を開けるのは、くれぐれも人の目のつかないところで……いいですね？」
「うむ、わかっておるわ。代金は所定の口座に振り込んでおくからな。」
「毎度有難うございます。旦那。」
男は樽を運ばせ、自分の船に積み込ませる。
「それでは、これからもご贔屓に。」
「うむ、気に入ったらまた発注する。楽しみにしていろ。」
男は自分の船に戻ると、錨を上げさせ、船を出した。
「……もういいかね？」
細身の男は物陰に潜む人魚達に話しかける。
「うん、おっけーおっけー。演技ごくろうさん。」
「本当の奴隷商人みたいでした……。」
実はこの男、サンライズハーバーの役人だ。
奴隷取引の通報を受け、アルテアと共に一芝居打ったのだ。
「それにしても彼一人で大丈夫かい？いくら商人とはいえ護衛に武装ぐらいはさせているだろうに。」
心配そうに船の行く先を見遣る役人の男。
「あっくんがそう簡単にくたばるとは思えないね〜。あの子妙な武器で滅茶苦茶やるし。」
「滅茶苦茶？彼が腕利きの冒険者とかそういう事じゃないのかい？」
取り返しのつかない事をしてしまったという風に青ざめる役人の男。
「一応腕は確かみたいだよ。結構いろいろ訓練受けているみたいだし。でもねぇ……」
「えぇ、彼は……。」
暫く無言で船を見送るピスケスとサフィア。
その表情には信頼というよりむしろ哀れみが強く出ていた。
「あの武器は強いとかそういう次元を色々ブチ壊しちゃっているんじゃないかなぁ。」
〜商人の船 商人の部屋〜
商人の男は大樽を自室に運ばせると、鼻息荒く樽の蓋を開けに入った。
「高額で転売するのもいいが……まずは味見だな。」
下衆っぽい笑い声をあげながら樽の蓋に付いている取っ手を掴んだ瞬間。
＜ドゴォ！＞
漆黒の砲身が蓋を突き破り、商人の顎を直撃した。
「ぐぼぁ！？」
樽の中から立ち上がったのは、青いジャケットを着た男。
「よう、何を味見するって？」
男は樽の縁を跨ぎ、床に足を下ろす。
「まぁあんた、随分と下衆なことするのな。今時奴隷取引？人身売買？クソかお前は。」
その憤怒を胸に抱き、立ち上がる。
「そのあんたの腐った根性、」
彼女たちに代わり、誅を下すために。
『ビームガトリング展開。』
その漆黒の砲身は義憤の魂。その弾丸は断罪を下す裁きの鉄槌。
「叩き潰してやるよ！」
『Open Combat』
商人が廊下へ飛び出して行った。しかし、本当の目的は奴の殺害ではない。
展開された光学機関砲のトリガーを引く。殺戮の光弾が無数に飛翔し、船室の壁は紙細工のように引き裂かれて辺りに木片の屑を撒き散らす。
と、そこで部屋へ衛兵がなだれ込んできた。
「貴様！こんな所で何をしている！」
今更何を言っているんだコイツらは。
「何って、決まってるだろ？」
鵺を構え直し、今度は衛兵の集団に砲身を向ける。
「この船をブチ壊しているんだよ。」
トリガーを引く。
光弾が盾や鎧で武装した衛兵たちをトランプの兵士か何かのように軽々と吹き飛ばす。
「ぐああああああ！？」
「何だこれは！？何の魔法だ！？」
別の壁に砲身を向け、発砲。壁がズタズタになり、隣の部屋が覗く。隣の部屋に乗り込み、また発砲。次々と壁が、床が、天井が木屑と化していく。
『ジャベリン展開。』
また砲身を構え直し、ランチャー発射体勢へ。ぶち抜いて来た壁の方へ向かって発射。爆発。
『プチアグニチャージ開始。』
通常発射体勢へ。しっかりと足を踏ん張り、よろけないように気をつける。
『チャージ完了。』
「お前ら伏せろ〜。蒸発すんぞ〜。」
まともに警告する気の無い警告の後、展開されたビームキャノンのトリガーを引き、照射しながら自分を軸にして３６０度回転。辺りを薙ぎ払うと、天井が落ちて来る。しかし既に天井には穴が開いており、落ちてきた天井は俺をすり抜けるように落下した。
「こんちは〜♪」
いきなり足場が崩れて腰を抜かす衛兵に向かってにこやかに挨拶。
落ちてきた床の上に飛び上がる。
『リッパー展開。』
鵺を逆手に持ち替え、リッパーを展開する。呆けている衛兵を逆袈裟斬りに切り飛ばす。
切り飛ばした衛兵は海へと落ちて行った。
「ずいぶんと暴れてくれたものだな。」
他の衛兵とは少し容貌の違う男が現れる。
「これでは今回の護衛料が支払われないかもしれないな。船もこれ以上は動きそうもないし、どうしてくれる？」
そう言うと男は剣を抜き放つ。
「こんな下衆野郎からもらう金なんていらねぇだろ。ドブにでも捨てておけ。」
俺は鵺を逆手に構える。あまり油断のできる相手ではないようだ。
「そうは言うが、俺としてもこれが仕事なのでな。片道だけでも働いた以上、きっちりと最後まで勤めねばなるまい？」
「ッハ！ずいぶんと職務熱心な事で。その熱心さをもうちょい人の世の役に立つ方に使ってみたらどうだ？」
威嚇と挑発の応酬。皮肉と嫌味のぶつかり合い。どうもこの男とはソリが合いそうにない。
「そういうお前もどうしてわざわざ敵のど真ん中、それも逃げ道のない船の上に忍び込んでまで襲撃をした？お前がこの船を沈めても一銭の得にもなるまい。」
「悪いな。俺は別に損得勘定で動いているわけじゃないんだ。ただ、俺がこの船をぶっ潰そうと思った理由は一つ。」
「……何だ？」
俺は、ただ一つのシンプルな答えを返す。
「この船に乗っているクソ野郎が気に入らなかっただけだ。それ以上でもそれ以下でもねぇ。」
男は何も言わない。いや、俯いて肩を揺らしている。
「……ックックックック。いいな、それ。悪くない。俺もあいつは好きじゃない。正直俺もあの男に辟易していた所だ。」
「へぇ、そいつは奇遇だね。で、それでも捨てない理由は……さしずめ金蔓になるってところか？」
「そういう事だ。もうこれ以上は何も語るまい。後は……こいつで、だ。」
男が剣を構え、姿勢を低くする。
「……参る！」
奴が低い姿勢のままこちらへ駆けてくる。
「（っ！速い！？）」
紙一重で打ち合わせて距離を取る、しかしまた詰められる。
「っとうしい！」
リーチ内に入ったところで横薙ぎに振り抜く。
しかし、屈んで回避され、懐に入られる。
「やべっ！？」
咄嗟に頭を引き、突き出される刃を躱す。反撃にミドルキックをお見舞いするが、受け流されて距離を取られる。
「ミドルレンジ！取った！」
『オクスタンライフル展開。モードB・フルオート。』
展開した熱物可変ライフルで掃射。しかし全て躱される。
ジグザグに走って肉薄される。その構えは、刺突。
「（一か八かだ……！）」
刺突を受ける位置を調整。致命傷にならない位置に剣を誘導する。
「ぐぅ！」
脇腹を貫通する剣。しかし、内蔵は傷ついていない。
腹に思い切り力を込め、相手の手首を掴み固定してやる。
「ぐ、何！？抜け……！」
「悪いな。面倒くさいから固定させてもらった……！」
展開したままのオクスタンライフルを相手の腹に押し付ける。
奴がもがくが、その手は緩まない。
「さっさとくたばれ！」
トリガープル。殺戮の雨が相手の肉を穿ち、腸を噛み千切り、骨を打ち砕く。
腹部に風穴を開けた用心棒は膝を付き、絶命した。
「っぐ……手間ぁ……かけさせやがって……！」
刺さっていた剣を引きぬく。
幸い大きな血管は通っていない部位だったので出血はさほどではない。
パラケルススで痛み止めを打ち、ダーマを貼って応急処置。
傷口を縫う暇は、無い。
俺は船の舳先に立ち、鵺を逆に持ち替える。
『E-Weapon＜クラスターランチャー＞展開。モードS』
鵺の外観が膨らむように変わっていく。後部が展開され、Pモードには無かったアタッチメントが取り付けられる。
アタッチメントには無数の穴が開いていた。
「E-エネルギー充填開始…完了。発射準備完了。』
まだ生き残りがいたのだろう。船倉からわらわらと衛兵が出てくる。
「お前ら、花火大会って知っているか？」
無数のレティクルが甲板を、柱をロックオンしていく。
「無数の火薬の玉を打ち上げて見物する祭りらしいんだが……。」
俺が何かを構えるのを見て、慌てて海へと飛び込んでいく。君たち、正解だ。
「少し見ていくか？」
『IGNITION』
無数の中型エネルギー弾が射出。光の軌跡を残しそこかしこに着弾し、食い込んでいく。
着弾と同時に小エネルギー塊がばら蒔かれ、辺りに散らばる。
爆風を避けるため、そこら辺に置いてあった木箱の陰へ。
＜ドドドドドドドドドォォォオオオオオン！＞
「ッハ！綺麗なもんだなぁ、オイ。」
繋がるような爆音、閃光、衝撃。船の甲板が吹き飛び、船倉が丸見えになる。
その船倉の隅でガクガク震えているのは……
「よう、楽しんでいるか？おっさん。あんまり楽しすぎてションベンチビってないだろうな？」
「ヒッ！？」
先程の商人の男だった。
「頼む！命だけは助けてくれ！金ならいくらでも払う！」
「典型的な小物的命乞いだな。今時流行らないぜ？そんなの。」
俺は砲身を商人の男へ向ける。傷口が痛むが、その照準は揺るがない。
「お前はその金を使って誰かを買おうとしていたんだ。本人の意思も無視してな。わかってんのか？」
商人の男は強く唇を噛み締めている。
「まぁ、あんたの常識だと人の命は金でどうこう出来る物らしい。それは俺も否定しない。現にお前の金でお前を守っていた奴もいたしな。」
「そ、それじゃあ！見逃して……」
俺は商人から少し砲身を逸らす。
「という訳で、金の力でなんとかしてみろよ。」
『オクスタンライフル展開。モードE。』
砲身が分かれ、中から熱物可変ライフルが展開される。
そして、男の隣の船底を撃ち抜いた。
撃ちぬかれた船底から大量の海水が漏れ出してくる。
「じゃあな。生きていたらまた……いや、あんたはブタ箱入りか。」
『E-Weapon＜ブリッツランス＞展開。』
ブースター付きの突撃槍を構えると、その先端をサンライズハーバーへと向けた。
『エネルギー充填８０％。突撃準備完了。』
俺はアフターバーナーを吹かしながら、その場を離脱した。
＜ィィィィイイイイイイン！＞
「っ……キツいな。海水が入ってこないのがせめてもの救いか。」
高速で海上を飛行しながら俺はラプラスに投げかける。
『１０秒後、海中に突入し減速を開始します。計算通りならばサンライズハーバーに着く頃には自力停止可能なレベルまで減速予定です。』
「精度は？」
『……海中突入を開始します。』
「話せないぐらい悪いってか？クソッ……。」
『この周囲の海底のデータはインプットされていません。その影響で不確定要素が多く介入し、計算を不安定にしています。』
えぇ、毎度のことですよ。急いでいたり何かから脱出したり何かから逃げるときはいつもこうですよ。
ブリッツランスの防護フィールドが海底を根こそぎ削りながら減速を開始する。
これ上空から見たら砂煙を上げながらなにか危険なものが街へ向かって爆走しているように見えるんだろうか。
『目的地まで残り1400…1200…1000…900…750…500…』
残りの距離がラプラスによってカウントダウンされる。
しかし、減速幅が不安定だ……。
『450…400…380…260…200...130…80…』
残り１００メートルを切った。もう泳いで行けるぐらいの距離なのだが、それでも突進が止まらない。
『70…60…50…40…30…20…10…』
その時、ランスの先端が砂浜に引っかかり、ブリッツランスが強制解除。体が前方宙返りを始め……。
＜ドスッ＞
『０。目的地に到着しました。』
石垣に俺の体が打ち付けられる。
「っぐ……ガハッ！」
肺から空気が漏れる。
痛み止めで緩和されていてもやはり痛いものは痛い。
「アルテアさん！大丈夫ですか！？」
「うわぁ……こりゃ酷い怪我ね。」
ピスケスとサフィアがこちらへ跳ねてくる。
「おぅ……怪我ぁしているが、なんとか生きてるよ……。」
サフィアが俺の傷口に手を当て、詠唱を始める。
詠唱が完成し、淡い光が傷口を覆うと、元通りに戻っていた。
「俺が思うに科学より魔術のほうがデタラメだと思うんだがな……。仕組みも何もあったもんじゃない……。」
俺が愚痴を零すと、サフィアが抱きついてきた。
「もう……もうこんな危ない事しないでください！貴方が行かなくても陸で捕まえればよかったじゃないですか！そうすれば貴方が怪我をする事だって……！」
涙ながらに訴えるサフィア。しかし……
「関係ない。俺は単にあいつらに対してムカついてただけだ。だからただ捕まえるだけじゃなく少しお仕置きでも、と思っただけだ。」
俺は彼女をそっと引き離す。
「俺は俺の道を行く。その責任は俺自身が取る。だから、お前が気に病む事はない。」
「でも、貴方が死んだら……私は、私たちは……！」
「待て、何故腹を撫でながら言う。」
焦る俺。彼女は頬を染めて付け加える。
「も、もしかしたらって事です。まだ、わかりませんけど。」
勘弁してくれ。
「いい雰囲気になっているところ悪いけどさ〜……あたしも混ぜてよ〜」
背後から抱きついてくるピスケス。
「無茶な事するけど嫌いじゃないよ、そういうの。本当にお疲れ様♪」
そう言うと彼女が頬にキスをしてきた。
妙に照れくさい。
「これにて一件落着かな。僕は役所の方へ行って事の顛末を報告するけど、君はどうする？」
「そうだな……。」
俺はそう言うと、ピスケスから背嚢を受け取る。中には例の取引先の目録が入っている。
「俺はギルドに戻ってこの目録を本部へ送るかな。時間を置くと責任逃れをしだす連中が増えそうだ。」
「あらら、帰っちゃうの？」
ピスケスが俺の手を取る。
「もうちょっとゆっくりしていかない？あれだけ派手に暴れた後にもう次の仕事って体が持たないでしょ？」
「あの、アルテアさんにも仕事がありますから引き止めてしまっては……。」
ピスケスをたしなめるサフィア。でもそう言う彼女も帰って欲しくはなさそうだ。
しかし、俺の返す言葉は決まっている。
「放置したら、また囚われた彼女達のような奴隷を求める奴らが居座り続けることになる。俺としては、そっちの方が重要だ。」
そう言うと、ピスケスは渋々手を離してくれた。
「ねぇ、もしまたこの街から依頼が出されたら……受けてくれるかな？」
彼女は、また来て欲しいと暗にそう言っているのだろう。
「そうだな……ま、そこは報酬次第だな。」
しかし、俺はあくまで冒険者であり、報酬で動く傭兵だ。
「あ、報酬といえば私たちの血は……」
「そんなもの要らねぇよ。人生ってのは短いからこそ輝くんだ。」
少し、キザ過ぎたかな？
「……っぷ！あははははは！」
キザ過ぎたらしい。
「ほんと……あっくんって人間らしいよ……人間っぽくないのに人間らしい……」
「それは矛盾していないか？」
言いたい事は分からないでもないが。
「うん、わかった。それじゃあ、いつかまたね。」
「私はこの街に留まる訳ではありませんが……広い海で、またいつか会いましょうね。」
「あぁ、それじゃあいつか、また。」
後ろ手に手を振ってその場を後にしようとする。
「あっくん！」
「ん？なんｄ……」
振り向いた瞬間、唇に何か柔らかい物が当たった。目の前には、ピスケスの顔。
「さ〜て……僕は役所に戻って手紙書かなくちゃ……」
視界の隅に手を口に当てて真っ赤になるサフィアとそそくさと立ち去る役人の男が映る。
彼女は唇を離すと、そっと後ろに下がった。その頬は朱に染まっている。
「人魚の血の、代わりの報酬だよ？ダメだった？」
はにかんで、こちらを上目遣いで見てくる。
全く、最初から最後まで主導権を握られっぱなしだったな。こいつには。
「いいや、お釣りが来るくらいだ。ありがとうな。」
今度こそ、俺はその場を後にする。
「また！またいつか絶対に帰ってきてよねー！」
その声に俺は、振り返らずに手を振った。
『マスターは一体何人手を出せば気が済むのですか。』
あの船の生き残り達は、口をそろえて悪魔を見たと証言している。その爪は鎧を安々と引き裂き、壁を粉微塵にし、その吐息は船を爆砕し、燃やし尽くしたと。
後にこの商船沈没事件は、海神の神罰代行者による断罪だと言い伝えられる事になる。
〜モイライ冒険者ギルド支部〜
「ほい、この写しをギルドの本部まで送ってくれ。受け取り先はそこのギルドマスターだ」
俺は書き写してもらった羊皮紙の巻紙をシアに渡した。中身はもちろん、あの取引目録だ。
「りょうか〜い！それじゃあいってきまーす！」
シアがバタンと宝箱の蓋を閉めると、宝箱から一切音がしなくなった。
今頃向こうのギルドでは上を下への大騒ぎになっているのだろう。
何しろ、目録に名を書かれていた連中はどれも大商人達や有力な貴族たちばかりだったのだから。
「本部も大変ねぇ……こんなもの送られたら休む暇が無くなるわよ？」
ミリアさんがヒラヒラと目録の原本を振っている。
「下手したらちょっとした戦争になるわね……これを公開したのは失敗だったかしら。」
そいつは困るな。
「でもまぁ、そいつらがいると世の中が悪い方向へ傾いていくって事が判ったんだ。悪い血を吐き出すにはいい機会だろ。」
「それもそうね。」
クスクスと笑うミリアさん。そして俺の格好を一瞥すると、
「とりあえず水浴びでもしていらっしゃいな。貴方血まみれよ？」
裏庭の方を指さすのであった。
〜どこかの海域 byサフィア〜
私は今日も海で儀式を執り行なうため、泳ぎ続ける。
頭をよぎるのは、少し前に出会った不思議な冒険者の事だ。
「今、あの人は何をしているのかな……」
自分のお腹を撫でながら、想いを馳せる。
あの時に出来た、かどうか今はわからない。
でも、
「できていたら……いいな。」
そんな事を思ってしまう。
これが恋なのか、それとも一時の気の迷いなのかは判らないけど、
「嫌じゃ、ない。」
それだけはきっぱりと言い切れる。
私は今日も泳ぎ続ける。
〜サンライズハーバー近海 byピスケス〜
「凄い経験したのね〜。まるで演劇みたいじゃない♪」
友人のメロウに、先日の事件のことを話す。
夜の宿屋であったことは……一応伏せて。
「本当にステキだったな……また逢いたいわ。」
「あらら、完全に恋する乙女の目になっちゃった。」
何を言われても気にならない。
もしもう一度逢えたら、今度こそ結び岩の上で……
「あーもう待ち遠しくてたまわないわよ今からでも予行演習しておこうかしらあたし貴方のことがすきなんですあぁ俺も好きだぜとかいわれちゃったりしてそのまま儀式であたしたちは一つになっちゃったりああもう辛 抱 た ま り ま せ ん」
「その暴走癖はどうにかしたほうがいいと思うわ……」
また友人を一人引かせてしまった……。
〜冒険者ギルド裏庭〜
『マスター。サフィア様が言っていた事はあながち間違いではありません。』
こびり付いた血を洗い流していると、唐突にラプラスが話しかけてくる。
「何だ？……まさか、本当に出来ていたとか言うんじゃないよな？」
『いえ、しかしマスターは一人ではありません。貴方が死亡したら現世界の全人類が窮地に立たされる事になります。これからは軽率な行動は謹んでください。』
その言葉に、俺はニヤリと笑う。
「大丈夫だ。俺と、お前がいれば乗り越えられない困難なんて何も無い。信じているぜ？相棒。」
『……マスターは自信過剰過ぎます。その自信過剰が身を滅ぼさないかと私は危惧します。』
「ははっ……ま、それでもどうにかなるとは思っているよ。」
俺は引き続き体を洗う。
『信頼には答えてみせますよ……。マスター。』
11/05/14 10:13更新 / テラー
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