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最終訓練1:出発
凱の手中となった武具の情報はデオノーラの耳にも否応なく入って来ていた。
太古の呪具に選ばれてしまった者がどうなるのかは、今の魔物娘の時代となってからは分からない。
カースドソードやリビングアーマーとなる例は近年になって多く報告されているが、かの大魔界勇者ウィルマリナの持つ魔剣オルフィーユのように強大な力を持ちながらも武具としての姿を保っている例もあり、リンドヴルムと魔竜王の鎧衣という存在は謎を深めるばかりだった。

そこへもって第一空挺部隊や第五陸上部隊の主だった団員達から、凱の竜騎士叙任を反対する動きが高まっていた。殆どが凱の処遇を妬んだ訓練生達による署名運動だったが、中には凱の事を気に入らない竜騎士団員も出る始末で、ドラゴニア竜騎士団は不協和音に包まれつつあった。

デオノーラは全ての部隊長及び訓練教官を緊急招集して事態の収束を図るよう念を押したが、逆に反発して「女王の贔屓に驕った者を断じて竜騎士にはさせない」と鼻息を荒くする者達が多く、そうでない者は中立あるいは不干渉の立場を表明した。
しかも凱の竜騎士叙任を認めたのがアルトイーリスを含めた三人だけという事態は流石のデオノーラも頭を抱える破目になり、「凱と瑞姫だけで一週間の野外訓練を行い、これを遂行する」と苦肉の策と言う名の出まかせな案を出し、不服を唱えた大半の部隊長も「女王の命令ならば」と前置きした上で追加条件をデオノーラに飲ませる事で了承し、ようやく解散となった。

「不味い事になったな……」
「……あの二人の事ですか」

デオノーラがぼやくとアルトイーリスがそう返す。

「うむ。本来ならば来週に叙任式を行う事で決まっていた。内々の事ではあるがな」

部隊長・教官達の余りの剣幕に、流石のデオノーラもぐったりしながら溜息を漏らす。

「部隊長の大半が、ああも強硬に反対するとは思ってもみなかった……。夫や夫候補の者共の意見は何よりも優先するものなのかのう……?」

女王と言う立場故に夫を得る機会に恵まれないデオノーラはそれを羨ましく思う一方で、「夫の意見だから」と一人の竜騎士候補の叙任を阻んで良いものなのかと疑問に感じていた。「出る杭は打つ」という雄達の見苦しい嫉妬が今回の騒動の原因であるのを、彼女は十分理解していた。
署名運動を実際にしていたからと言ってそれを一々罰していては、唯でさえ人手不足な竜騎士が更に人手不足となる一方であるし、凱を贔屓にしていると自ら示してしまう事にもなる。
そうして出まかせな案を出すに至ってしまったのだ。

だが、後悔をしている暇など無い。
凱と瑞姫に言い渡さなければならないのだから。

使者を介してデオノーラに呼び出された凱と瑞姫は、デオノーラから最終訓練の実施を言い渡された。
その内容は一週間の間、外部の助けを一切借りずにサバイバル生活をしつつ、差し向ける竜騎士との戦闘に勝てと言うものだった。
その間にトラブルがあっても自力で解決して行く事も前提条件であった。

無茶としか言いようのない難題だが、これはデオノーラが二人の叙任に猛反対する部隊長・教官達が追加条件として提示したものの一つだった。
二人も女王直々の通達とあれば受ける以外に選択肢は無く、「時間がかかっても良いので準備が出来次第、出発せよ」との言葉に従うしかなかったのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

ドラゴニアの空と民の安全を守るドラゴニア竜騎士団――

勇壮でありながら仲睦まじい人と竜の集団には、慢性的な人手不足という深刻な問題が常に付きまとう。
けれど常に人員を募集している一方で、ドラゴン属がその希望者全てに宛がわれる事はない。
何故ならドラゴン属もまた魔物娘であり、騎竜、すなわち伴侶となるかどうかの決定権は彼女達にあるのであって、候補生には決定権どころか選択の権利すら無い。

伴侶たる騎竜がいればそれで十分幸運なのだが、騎竜を宛がわれる事の無い不運な者は候補生見習いに格下げされた上で一部屋に最低10人の男が共同生活する寄宿舎に入れられてしまう。
候補生見習いが入れられる寄宿舎に正式な名称は無い。
近年、候補生として入団を希望する男が急激に増えてしまい、それに伴って需要と供給が追い付かなくなっている事態を受けて急造されたこの寄宿舎は、一部の訓練生による揶揄がそのまま名前になった事から「ドラゴニア独身寮」(以後、独身寮)と呼ばれていた。
独身寮に入ると言う事はまさしく、「竜に見向きもされない落ちこぼれ」とその身で証明する事となる。
この独身寮に居住出来る期間は一年だけで、その間に騎竜を得る事が出来れば訓練生となって騎士団への道が開かれる。

それでも騎竜を得られない者は男だらけの生活を強いられる。
そうなった者達は夢と希望が失望と絶望へと変わってドラゴニアを去るか、希望を捨てずに自らを研鑽するか、他の魔物娘に見初められるかのどれかに分かれて行く。
とは言え、候補生見習いとしての生活が半年も経過してしまえば余程の者でない限りは自ら除隊を申し出て、ドラゴニアを去ってゆく。
ドラゴンゾンビに出会ったり、「闇深き部隊」と揶揄される第零特殊部隊にスカウトされれば「竜騎士として」まだ幸運であり、ドラゴン属以外の魔物娘と伴侶になった者は別部隊の訓練生として再スタートする場合もある。
だが、竜騎士にこだわった末に一年経っても騎竜を得られなかった者は「竜騎士の適性無し」とされ、竜騎士団長自らの手で徽章を付けられた後、不適格である証明として「除隊証書」を渡され、除隊となる。
この徽章はドラゴニア竜騎士団のとある幹部が作った物であり、これを受ける事は「竜に嫌われた者」という非常に不名誉な称号を得る事を意味していた。
本来の意味は竜騎士を詐称しないよう戒める為であると同時に「竜でなくとも見てくれている魔物娘はいる」との思いを込めたものであった。
だが、この徽章と証書を受け取る当事者にとっては、夢を否定され砕かれた屈辱の事実に変わりは無い。
実際、竜騎士に固執するが故に他の魔物娘のアプローチを嫌悪する者も多い。

更に厄介な事に、訓練生見習いの中には愚連隊のドラゴン属に見出されて感化・脱退する者達がおり、年に最大20人程の除隊・脱退者を出してしまっている。
ドラゴニア首脳陣はこの点で毎年頭を痛めていた。
また、無事に訓練生となった者の中には猶予期限の超過による除隊処分を受けた者と親友だった者もおり、その者達が凱に対して筋違いも甚だしい嫌悪を抱き、叙任を阻止しようとする動きが出るのは、ある意味無理からぬ事だったかもしれない。

一方、宮仕えを嫌がるドラゴン属の者は、第零特殊部隊にスカウトされる力を持った一部の者を除けば、徒党を組んで愚連隊を作り上げる。簡単に言えばレディース(女のみで構成された暴走族)のようなものだろうか。野生のドラゴン属より性質が悪いのは明らかだが。
彼女らは己の力で男漁りを行い、気に入った者を力ずくで伴侶とする。
つまり、やってる事は結局、暴走族やチンピラ、カラーギャングらと何ら変わりない。
そうした者達は近年、特殊工作部隊の隊員として裏の仕事に従事しているが、大半が未だに愚連隊として好き勝手に暴れ回っているのが現状だ。
彼女らの立場としては、始めから恵まれた環境で竜騎士の訓練を受けている凱と瑞姫が腹立たしいのだ。

正規の竜騎士団員にしても、始めから女王のお墨付きによる特待生として竜騎士団に入って来た凱と瑞姫に反感を抱く者が少なくなかった。自分達が必死に願って竜を得たのを尻目に、凱には始めから瑞姫という竜の伴侶がいて、あまつさえデオノーラの覚えめでたいとなれば、その妬みはより激しいものとなる。
加えて竜騎士団自体、部隊は多岐に渡っている上に第零特殊部隊を始めとした特殊部隊も多く、ドラゴニア領内には訓練所が至る所に設けられている為、候補生の特性や性格を精査して所属する訓練所に振り分けるのだが、当然の事ながらその訓練所でやっていけない訓練生は必ず出てしまう為、やはり凱と瑞姫に対する不満を口にする。
そうしたとばっちりを受けるのが部隊長であり、凱と瑞姫を部隊の和を乱す存在として糾弾する以外に隊員達をまとめる方法が無かったのが現実だ。

だが、当の凱にしてみれば逆怨みも甚だしいし、生きる為に力を得るのが目的である以上、竜騎士の地位など実際はどうでも良かった。けれど、自分達にドラゴニア行きを取り計らってくれたエルノールを失望させるわけにいかないという思いがあるのもまた事実だったのだ。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

出発の二日前、フロゥは一冊の古書を凱に授けていた。

【竜翼双伝(りゅうよくそうでん)】――旧ドラゲイの初期に活躍した心ある竜騎士が編纂した武術書で、槍術と乗竜の真髄を記した書物である。
遥か昔、【竜槍術】、【騎竜術】と名付けられた二つの武術を極め、竜と共に戦った騎士自らが編纂した物だとフロゥが朱鷺子を介して伝える。
誰にも負けない力を持たなければならない凱と瑞姫にとって、それがどんなにありがたいものだったのかは推して知るべしだろう。

そうして凱と瑞姫は朱鷺子を伴いつつ野外生活の為の物品調達に勤しんだ。
出来得る限りの備えをして咎める者がいるなら、場外乱闘も覚悟の上だと凱は思っていた。
保存食を始めとして布、ナイフ、手斧、水筒と水、火口箱、魔石を加工して作った照明用の魔道具・【照明石】七個、紙、ペンとインク、大きめの毛布二枚、雨避けのマント二枚、トラップ用の魔石・【爆裂石】10個を揃え、一旦邸宅に戻る。
凱はマントをギリースーツとして使えるよう簡易的な改造を施し、最終訓練の行程を再確認までした。
武具の件でドラゴニアに再来訪したエルノールらが置いていった物の中には双眼鏡や飯盒セットまであった。機会を見てキャンプをしようとでも思っていたのだろう。

彼女達の人間界帰還前、凱はエルノールから個別で手渡されていた物があった。
「試作品だから」との前置きをした上で託された、【遠声晶(えんせいしょう)】と名付けられた一組の杭のような水晶。
かつて朱鷺子が警察に拉致された際に使った連絡用水晶を改良した物だとエルノールは語った。

――万が一にも引き離された時は迷わず使え。その為にも二人の魔力を双方に込めておけ――

エルノールの伝言を凱は瑞姫にも伝え、互いの魔力を一組の水晶に込める。
この水晶が二人の窮地を救う鍵になると夢にも思わず……。

今回通達された最終訓練は普段行われているような、スキンシップや飛行訓練をするだけのものとは全く違い、一週間のサバイバル生活の中で、飛行訓練や派兵されてくる竜騎士との戦闘までこなさなければならない。当然、攻めてくる規模も時期も分からない。
要するに普段のイチャイチャしながら遊んでるかのような甘っちょろいものではないのだ。

しかも、最終訓練に指定された場所はドラゴニア皇国最北の国境に位置する、【嘆きの渓谷】。
反対勢力から追加の絶対条件として提示された場所である。
野生の魔界生物もなかなか姿を現さず、流れの激しい川が流れる渓谷を常に吹き抜ける強風がまるで哭いているかのように聞こえる事から名づけられた場所だ。
陸海の交通の難所の一つであり、強風の影響で飛行する魔物娘や竜騎士にとっても難所である。
加えて教団勢力圏内にも近く、教団兵も不定期に近くを巡回にやって来る為、迂闊に踏み入って出くわしてしまえば教団兵との戦闘は避けられない。
ドラゴニアで通常行われている野外訓練とはかけ離れた、とんでもない場所での野外生活を行わなければならないのだから、反対勢力が如何に二人の叙任を認めていないかが良く分かるというものだ。

「ホントに……大丈夫……?」

声をかける朱鷺子の心配も無理からぬものだった。
悪意を一身に受けた上での無茶振りを実行しなければならない二人を見送り、待たなければならない身である彼女にしてみれば、「力ずくでも引き止めるだけの権限や力があれば、こんな気持ちをせずに済んだのに」と思わずにいられなかったのだ。
それでも凱は「やるしかない」としか答えず、ひたすらに竜翼双伝を読み漁る。
瑞姫も「学園長の思いを無駄にしたくない」と言うだけ。

朱鷺子は胸騒ぎが収まらず、内心では苛立っていた。
ドラゴニアの竜騎士達に、部隊長達に、アルトイーリスに、デオノーラに、上の命令に唯々諾々と従う凱と瑞姫に、そして何よりも黙って見送るしか出来ない自分に。

彼女の不安が現実となって的中するのは二人が出発して四日後の事である――
19/01/02 08:39更新 / rakshasa
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■作者メッセージ
誕生日など来て欲しくない、歳は取りたくないと改めて思った昨日でした……。

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