連載小説
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咎の十字架
『魔物だっ、魔物が出たっ!』

 処刑場に急に現れたデルエラを見て、群集がざわめく。この謝神祭の舞台に魔物が、それもレスカティエを陥落させたリリムが来る。神聖な儀式を邪魔された形になった群集だが、彼らには魔物に対抗する手段は無い。ただ、慌てふためくのみである。

 役人たちがなす術も無くあっけなく倒されたのを見て、動揺する群集。そんな彼らを見るデルエラの目は、異様に冷めていた。

(なんて醜い祭りなのかしら……)

 デルエラは周囲の様子を見て呟く。神の名の下に異端者を排除するという名目で、同じ人間を処刑する。しかも、それを祭りの一環として人々に見せ、余興にする。デルエラにとって、マリスの人々は醜い禽獣でしかなかった。とても感情のある生き物のする行為とは思えない。もはや慣習化したこの祭り、これまで一体何人の人が命を奪われたのだろうか。

「……助けてあげられなくて、ごめんなさい」

 既に処刑され、首を晒された死体に向かい、謝罪の言葉を口にするデルエラ。彼女は無念の表情のまま殺されて晒されていた首の一つを手に取り、胸に抱える。

 まさか、これほど大々的に処刑が行われているとは、予想の外であった。シグレが処刑される事を知って急いで来たのだが、まさか外の人間も惨たらしく殺されていようとは思わなかった。

 代替わり前の魔物でさえ、公開処刑のような惨い行いはしないであろう。一体生命を何だと思っているのか、とデルエラは憤りすら感じていた。

 あまりの光景にショックを受けるデルエラ。そして、そんな彼女の元にに向かって突っ込んでくる、別の一団。

『――デルエラ様っ、ご無事でっ!』

 彼女らは、デルエラの親衛隊であるデュラハンの一団であった。彼女らは先に一人で飛び込んでいったデルエラの後を追い、急いで駆けて来たのだ。その彼女らの乱入により、さらに群集に動揺が走った。

「うわぁぁっ! 魔物だっ、魔物が攻めてきたぁぁぁーーーっ!」
「誰か、誰か助けてくれぇぇぇぇっ!」
「聖騎士様っ! 早く、早くっ!」

 混乱し、泣き喚く人々。そんな彼らをよそに、デュラハンの一団はデルエラの元に駆け寄ってくる。

「デルエラ様っ、例の人間はどうなされましたっ!?」

 デュラハンたちに問われ、デルエラは少し曇った表情を見せる。

「何とか生きては居るんだけど……」

 そう言いながら、デルエラは傍らで崩れている男を見る。その姿はあまりにボロボロで、目を見開いたまま地面に転がっており、意識があるのかどうかも分からないような状態で、いかにも惨たらしい有様であった。デルエラにつられてそのシグレの姿を見たデュラハンたちも、予想以上の惨状に声を詰まらせる。

 そして、その姿に一番衝撃を受けていたのが、デュラハンらと共に処刑場に乗り込んできたルカであった。シグレと再び逢いたくて此処までやって来た彼女は、再会したシグレの姿を見て悲痛な叫び声をあげる。

「シグレさんっ!」

 ルカはあまりのシグレの変わり様に衝撃を受ける。そして、そのぐったりとしたシグレの身体を抱えて泣き出してしまった。

「酷いっ! こんなの、酷いよぉ……」

 あとは声にならず、すすり泣くルカ。それでも、シグレは無反応であった。虚ろな目はぼんやりとしており、見ているようで見ていない、そんな様子を表している。生きているのだが、死んでいる。そんな状態であった。

「貴方達、覚悟は出来てるんでしょうね」

 もう我慢出来なかった。デルエラは、群集に向けて怒りを露にする。彼らの主神は、さすがにこのような蛮行を認めはしない筈である。もし仮に、これが彼らの言う神の教えならば、彼らの信仰する主神は確実に邪神である。これ以上は見過ごせない。この行き過ぎた宗教行事、今すぐ潰すべきであろう。

 デルエラは、何やら呪文を唱え始める。その彼女の周囲に、膨大な魔力が集まってくる。それらの魔力は物凄い勢いで渦巻いており、まるで彼女の怒りを表しているかのようであった。

「……貴方達の罪深さ、思い知るがいいわ」

 そして、一気に周囲に放たれる魔力の渦。それは処刑場に集まっていた群衆を取り巻きいていく。デルエラの魔力に浸された彼らは、自分たちの身体に異変を感じた。額の部分が異常に熱くなり、それはまるで焼きごてを押し付けられたかのようであった。だが、その痛みは一瞬である。その一瞬が、まるで夢であったかのような錯覚さえ人々は感じた。

 だが、その痛みは決して夢ではなかった。彼らの額には、十字架のような模様が浮かんでいたのだ。まるで刺青で刺繍されたかのごとく。

「貴方達の好きな十字架とやらを、一生背負いなさい」

 そして、デルエラからの冷めた言葉。実は彼女、魔力でこの場に居た人々に一生消えない傷を付けたのである。それは、歪んだ都市で狂気に染まった証であり、罪人としての証。

 今後、彼らは決して魔物娘に相手にされないであろう。また、魔物娘どころか他の都市の人々にも見向きされないだろう。少なくとも、親魔物都市は額に十字架を付けられた人々と友好を結ぶことは無い。この重刑とも言える罰に、デルエラの怒りが表れていた。

「いい気味だ。これでもまだ軽いぐらいだ」
「醜い獣同士は、獣同士で仲良くするんだな」

 デュラハン達も、人々へ辛らつな言葉を浴びせる。いくら魔物娘が人間の男が好きだといっても、限度がある。このような歪んだ醜い祭を喜ぶような者など、さすがにお断りである。

 この事件以降、反魔物都市マリスは罪悪の地として世界中に認定される事となるのである。


*****


 ところで、シグレの処刑を見に来た群衆は、一生消えない罪の証を額に刻まれた事は上に述べた。だが、一人だけ例外が居たのである。

 それは、例のシグレを絶望に突き落としたフィーナという女であった。シグレの処刑を見物に行った群衆の中で、何故彼女はデルエラの魔力を受け付けなかったのか。それは、デルエラが魔力を使った時には、既に彼女は人間ではなくなっていたからである。

 シグレがルカに抱きかかえられていた時、当然フィーナもルカの姿を見ている。自分と同じ姿をした、ドッペルゲンガーを。その瞬間、フィーナとルカは魔力で繋がってしまい、デルエラの魔力を偶然にも跳ね返したという結果になったのである。

 フィーナはルカの姿を見て、ひどく驚いた。自分と同じ格好をした女が、甲斐甲斐しくシグレの世話を焼いている。正直、羨ましいと思った。自分はシグレに近づけなかったのに、あの女は堂々とシグレと接している。自分の心の中に妬ましい気持ちが沸き起こってくるのを、フィーナは感じていた。

 もし、自分がシグレを裏切らなければ、自分も今頃はあんな風にシグレの隣に居られたのであろう。今、女が行っている事そのものが、フィーナがかつて夢見た風景である。あの女は、フィーナがなりたかった自分そのものである。

 だが、この結果は自業自得である。まさに因果応報としか言いようが無かった。自分には、隣に居る資格は無い。無いと分かっているが――。

(ヤダヤダっ、私もシグレの傍に居たいよぉ……)

 恋人を他の奴に取られるという感情を、初めて彼女は知った。確かに、これほど胸糞の悪い物は無いだろう。自業自得と分かっていても、これほど苦しいのである。フィーナがシグレに与えた苦痛は、いかなるものであったのか。

 改めて、フィーナは自分が行った事の罪深さを再認識する。それでも、彼女はシグレの傍に居たいと思っていた。自分の罪を償い、出来ればやり直したいと思っていた。

(もう二度と、あんな事はしないから……せめて、傍に居させて)

 なんとも都合の良い話かもしれない。だが、他の女と一緒になるシグレを見たくなかった。彼女はもう一度シグレとの仲を再構築する事を、本気で願っていた。
15/02/08 11:37更新 / 香炉 夢幻
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■作者メッセージ
 久々の投稿。少し短かったかもしれませんが、今回は一旦区切りの良い所で止めました。次回はもう少し長く出来ればと思います。

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