連載小説
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断頭台にて露と消ゆる刻
 そして処刑当日。処刑場では朝早くから人だかりが出来ていた。人々は、シグレの処刑を一目見ようと街中から集まってきたのだ。

 反魔物都市の象徴である聖騎士たちを十数人も斬り殺したシグレは、今や民衆の格好の標的となっている。まだシグレが引き立てられていないにも関わらず、既に神の意思にそむく異端者として憎悪の感情を向ける者さえ居た。

 それに、この日は謝神祭という一大イベントが行われる日であった。この謝神祭は、反魔物都市マリスの代表的な祭りであり、主神や教団に関する様々なイベントが催される。行われているのは合唱や演劇などであり、華やかなパレードもある。

 その中でも、メインになるイベントが、異端者の処刑である。街を統治する主神の教えに感謝の意を表し、同時に教団に反する者を処刑する。そうやって教団の統治を確立し、異端者の末路を世に知らしめる。

 その異端者の処刑の中でも、シグレの処刑はメインイベントとなっている。彼は祭りの最後に、大々的に処刑される事となっていた。

 シグレは、自分以外の死刑囚を見る。シグレたちの間には、異様な空気が漂っていた。シグレも含めて、死刑囚は全部で十名。虚ろな目でぼうっと虚空を見つめている奴もあれば、ケラケラと笑い声を発する奴もいる。項垂れたように頭を垂れる奴も居れば、メソメソと陰気に泣く奴も居る。彼らも、異端者として処刑される者たちである。魔物娘と関わったという事で処刑される者や、異教徒に鞍替えして教団を否定した者など、様々な理由で教団に反した者が、ここに集っている。

 そんな中でもシグレは堂々としており、自分を見失っていなかった。シグレが考えていたのは唯一つ、いかにして堂々と死ぬかという事であった。

 この残酷な世界では居場所など何処にもなく、失う物など何も無い。死ぬにはうってつけの状況である。むしろ、死ぬ事を肯定している節さえあった。これでやっと、人生に終止符を打てる。そんな心境である。

 刻一刻と時間が進み、運命の時までゆっくりと、だが確実に近づいていく。異様な緊張感の中、胸の高鳴りさえ感じる。

「時間だ、早く来い!」

 ついにやって来た、処刑の時。死刑囚たちは番人たちに引きずられるようにして処刑場へと歩かされる。そしてシグレも、首に付けられた鎖を看守に引っ張られ、無理やり連れられる。

 処刑場には、大勢の群集が押し寄せている。彼らは皆、連れてこられた死刑囚に罵声を浴びせている。

 特に、シグレへの罵声は物凄かった。ここまで人間扱いされない死刑囚など、初めてではないだろうか。

 処刑を見物するのは、処刑場がある広場だけではない。広場に面した建物の窓からも、人々が顔を出して見物しているのも見えた。まさに四方八方を囲まれ、空に飛ぶか地面に潜るかしないと逃げられそうに無い。

 だが、シグレには翼も無く、片足は釘などを打ち込まれた影響で不自由となり、引きずっている状態である。とても空に飛び上がるような状態ではない。そして、地面は大理石が敷き詰められ、潜るどころか石を削るのも困難である。つまり、彼には逃げ場は無かった。

 元々逃げるつもりもなかったシグレは、他の死刑囚と違って逆らう様子も無くゆっくりと処刑場へと向かっていく。その様子が、さらに人々を苛立たせる。彼らの目には、多くの人命を奪っておきながら悠然としているシグレが、まるで極悪人のように映っているのだ。

 死刑囚一人ひとりの罪状が読み上げられ、一人ずつ処刑されていく。時には抵抗し、泣き叫びながら逃げ出そうとする者も居た。だが、当然逃げる事は出来ない。

「俺はただ、魔物娘と仲良くしただけじゃねえか! あんな良い娘を、何故殺さなきゃいけねえんだっ!」
「魔物娘が人を殺すなど、嘘っぱちだっ! お前らの方がよほど悪じゃねえか!」

 そのような主張をするも、罪人の戯言として片付けられる。見も心も教団の教えに染まっている人々には、彼らの主張は通じない。

「嫌だっ! 俺はこんなところで死にたくないっ!」

 必死に逃げようと、処刑場を覆う柵にとりついて乗り越えようとする死刑囚もいる。だが、そんな彼に、群集は容赦しない。

『この異端者っ、地獄に堕ちろっ!』

 石を投げ込まれ、散々に打たれ、逃げようとした死刑囚が引きずられていく。そして無理やり断頭台に上げられ、首を落とされる。

 次々と斬首されて首を晒され、身体を断頭台の脇に掘られた穴に放り込まれていく死刑囚。観客が楽しむように、ゆっくりと時間をかけて一人ずつ死刑を執行する処刑役人。目の当たりにした血の臭いと暴力に興奮し、ますます熱狂する群集。野蛮というには、あまりにも常軌を逸した光景が、広がっていた。

 そしてメインイベントであるシグレの処刑が、遂にやってくる。今まででは時に死刑囚に哀れみの視線を投げる人も居たが、シグレの番になると罵声を浴びせる者しか居ない。罪状がはっきりしている以上、彼らにとってシグレには情状酌量の余地は無いのだ。

「さあ、早く行けっ!」

 鎖をぐいっと引っ張られ、シグレは断頭台へと足を踏み出す。だが片足を引きずっているので、足取りは遅い。そのシグレの身体を、役人たちが掴んで早く上らせようとする。

「やめろっ!」

 そんな役人たちの手を、シグレは身体をよじって振り払う。

「貴様っ、抵抗する気かっ!」
「わざわざお前らにやってもらわなくとも、俺一人で行ける。俺に触るな!」

 シグレは自らの力で進み出て、断頭台に上った。潔い行動だが、それが役人たちの癪に障るらしい。彼らはシグレの態度に歯軋りし、舌打ちをする。

「良い度胸じゃねえか、その態度、どこまで持つか見させてもらうぞっ!」

 抵抗することなく座り込んで頭を垂れたシグレの首枷を外し、役人が鋸の刃をあてがった。他の死刑囚は斧の一振りで首を落とされたが、シグレには鋸でじわじわと生きたまま首を落とす事が決定していた。それだけ人々のシグレへの怒りは強いのであろう。

 そして役人が最初の一引きをしようと力を込めようとした時、不意に辺りの様子が変わった。

「――な、何事っ!」

 死刑を執行しようとしていた役人は、自身の身体が全く動かせなくなっている事に驚く。原因など分からない。視線だけを動かせば、他の役人たちは地に崩れ落ち、群集が処刑場を見て騒いでいる。自分たちに何が起きたか分からないが、明らかに異変が起こっていた。

『……危ないところだったわ。野蛮すぎて、胸糞が悪くなるわね』

 艶かしい女の声が聞こえたような気がした処刑役人は、自身に何が起こったのかを理解する間も無く、他の役人と同じように地面に崩れ落ちて意識を失った。
15/01/23 15:59更新 / 香炉 夢幻
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