連載小説
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勇者と試合うは測る為
俺は城の中を散策していた。内装は応接間や客間、俺たちが貰った部屋以外はさほど華美ではないようだった。ここは質実剛健な要塞、と言ったような城だ。
俺は昨晩の一件で意地になり、昼飯をあまり食べなかったのを紛らわすように廊下を歩く。やはり3口というのはまずかった。

ああ、馬鹿らしい。俺はもう贅沢が出来るんだぞ。何が勇者らしく振る舞う、だ。くそっくらえ!清貧なんてフリをしようったって俺にはやっぱり無理だ。

俺は昨日やけになって呟いた事を反故にして歩く。今日の晩飯は少し量を増やして食べよう。段々と量を増やしていけばいずれ満足に食べられるようになるはず。
そう思った。

そして、この町、城へ向かう道の通りは綺麗だったが、他はどうだろう。
これほどの大きさの国だ。貧民街の1つや2つ、あるだろう。
気になるな。一度町を散策するのも悪くない。
そう思いながら適当な窓を見つけ、外を眺めていた。
そして1時間と経たないうちにアルに見つかったのだ。

そしてこのざまだ。

俺は黒光りする棒を構えながらさっと思い返していた。人の気持ちをいざ知らず、天使サマはにこやかだ。
簡単に現状を説明すると、どういう因果か俺とラルムハルトが試合をするという流れになっていた。
持てる全てを駆使して戦え、と頭が痛くなるような天使の言葉にため息を吐く。
ラルムハルトは生来の貴族で後天的な勇者。そんな恵まれた生まれだから俺は良く思ってはいない。
向こうも似たような事を考えているらしく、俺への視線には時折鋭く冷たいものが混ざっていた。
どちらの思考もアルには気づかれていないようで、あの戦乙女は満足げな顔をしている。
この期にどちらが『勇者』として有用か見極める気だろうか。
まあ、行動理念としてはありうる。ヴァルキリーとして導くならばより強い方が良いだろう。
俺はなおさら負けるわけにはいかない、と武器を握る手に力を込めた。
どうせだ、俺の実力がどれくらいか、試してやろうじゃないか!
俺の構えに合わせるようにラルムハルトは細剣を構えた。じりじりと動きながら互いに距離を測る。緊張で空気が張り詰めていく。

間違いなく向こうの方が剣術や魔術の経験を積んでいるが、簡単に負けるつもりはない。
俺は足元を確かめ、しっかりと大地に立つ。この訓練場の地面は俺たちがもらう前にとっくに踏み固められているようで安定する。
ほら、さっさと始めろ。俺は視線でアルに促した。

「始めぇぇっ!」

俺の視線を受けて頷いたアルの合図により試合が始まった。
ものすごい声量の号令だった。
さすがは戦乙女、勝鬨や号令はお手のものか。
感心しているとラルムハルトが鋭く飛び出してくる。アルほど理不尽な速さの一閃ではないため、なんとか視認できる。これは、突きか。

ぎらりと光る刀身が俺の体に迫る。激しい踏み込みにも関わらず、音が全くしない。むしろ自分の回避行動により地面が擦れる音の方が集中で感覚が鋭敏になっている俺の耳に鋭く刺さる。
あいつの武器の形状から刺突が主な攻撃手段だろうと予想はできていた。それと、あいつが予想通りに動いたので、ある程度かわすのは易かった。
半歩後ろに下がり、半身になって一撃をかわす。常日頃からアルにずたぼろにされているせいか間一髪でかわす事にあまり緊張しなくなってきた気がした。
ちっ、順調に神のために命を惜しまず戦う使徒に仕立て上げられているのか、俺は。
避けながらも一瞬、そう考えた。が、今は深く考えず簡単に答えを出して止める。あれは考え事をしながら勝てる相手ではない。

そして、ラルムハルトは一撃で仕留めると思っていたのだろう。
先の一撃で深く踏み込み、体も伸びきっている。
これでは反撃してくれといわんばかりの状態じゃないか、俺を下に見すぎだ。
俺は間髪入れずにがら空きの腹に金属の棒を突き出す。軽く踏み込み、手に捻りを加えながら一撃を加えようと力を加えた。
向こうは剣を持っていない手でひらひらと空を切るだけで防御の姿勢はとっていない。
なめているのか、そのままではこれを受けてしまうだろう。あっけない。
当たることは確信できた。
次に俺はラルムハルトを貫くつもりで腕を全力で突ききった。

「ぐっ!?」

十分過ぎる手応えが棒を握る利き腕に返ってくる。
あまりの衝撃に声が漏れた。

……主に俺の声がだ。

俺は痺れる右腕をかばいながら後ろに跳ぶ。
対するラルムハルトは涼しい顔をしていた。その視線は見下すような成分を含んだようなものでもあった。

「簡単な物理障壁ですよ、なにを驚いているのですか」

結果を言うと、俺の一撃は半透明の青い壁に阻まれたのだった。ラルムハルトの体に伝わるはずの衝撃は全て、鋼のごときそれによって俺の右腕に跳ね返ってきたのだ。

これを見てアルがなにも言わない――使えるものは全て使え、ということか。く、そうだったな。
それにしても全力に近い一撃をもってしてもびくともしない障壁を使われるのか、厄介だ。

俺の舌打ちと同時にラルムハルトは不敵な笑みを浮かべ、下がる俺に追撃をする。信じられないが初撃よりさらに鋭い。
突きにて肩の間接、鳩尾、利き腕の手首。
突いた後に剣を引きながら切るような形で首を狙った斬撃。そしてまた突き。
当たれば致命的になる場所を的確に狙ってくる。アルの魔法により切れなくなっているとはいえ、当たれば動きが鈍るのは目に見えていた。
当たってはいけない、そう思えば体がなんとか避ける。どうやら俺は理不尽な戦乙女のスパルタをただ受けてきたわけじゃないみたいだ。
それともこれも勇者の力か?

俺はギリギリではあったが、攻撃をかわし続けていた。まったく、自分でも驚くべきことだった。
スラムで盗みをしながら生きていた頃の自分では間違いなく地に伏せていただろう。

しかしだ、考えれば考えるほど深みにはまる。
結局、勇者の力で戦闘適正が生まれ、今こうしていられるのか、それとも今までゴキブリみたいに生きてきたからこういう状況にまで適応してしまったのか。

「ちっ!」

俺は棒を痺れて使い物にならない右手から左手に持ちかえる。
そして、その次のラルムハルトの突きから空を切る音ではなく、金属音が奏でられ始めた。

正直、目が慣れてきた。

この手にある棒で攻撃を弾く、逸らす、防ぐ。
大きく動いて避ける必要が感じられなくなってきた。
アルは滅多に突きなんてしてこなかったため、なかなか大変だったが、見えてきた。

こいつの攻撃はなんというか、綺麗すぎる。
狙いが正確過ぎるし、攻撃リズムが整っていて分かりやすい。
そのリズムにこちらが合わせれば、楽だ。

ラルムハルトの突きに合わせてこちらも棒で突く。
お互いの武器が交差する。
俺は突きをかわし、向こうは青い壁で俺の突きを阻んだ。

――問題はこれか。

迫る刺突を払い退け、後ろに下がる。
あの障壁が邪魔だ。なにぶんあれは硬い。

俺は未だに魔法が使えない。それがあいつとの大きい差なのは分かる。
俺も勇者だ、使えない道理はないはずだがな。

とん、と下がったところで地面に棒を突き立てた。

まあ、魔法が使えないならば他の手段で補うしかない。

下がった俺に向かってくるラルムハルトに対して地面に立てた棒を逆袈裟に払う。
地面がほんの少し抉れ、少なくない土と砂がラルムハルトを襲った。

俺が土を飛ばしてから、あいつはすぐには止まれなかったようだ。あいつの顔面や高価そうな服にまんべんなくかかる。
いや、顔はとっさに壁で防がれた。そこだけは青い壁に当たり、ゆっくりと土が落ちていく。
しかし、これで多少視界は潰せたはず、と俺は棒を奴目掛けて振った。それに、少なくとも守りに徹している今ならば、反撃をされないだろうし、いけるか!
俺は先程振り上げた棒を振り下ろす。途中から横薙ぎに切り替え、相手の武器を持つ腕を狙う。

「……やっぱり君はその程度か」

俺は左手に鋭い痛みを感じ、武器を手放した。

そして、武器が落ちる音を聞くより先に肩、胸、腹と続けざまに衝撃がくる。痛みに俺は1歩2歩と後ろによろめいた。俺が突かれた、と把握すると同時にラルムハルトが間合いをさらに詰める。

「遅い」

体勢を立て直す前にまたいくらか突かれた。痛みに視界がチカチカと明滅する。
こいつの剣は今まで散々やられたアルのそれと同じかそれ以上の速度だった。
温室育ちの貴族だと甘く見ていた。いや、勇者というもの自体を甘く見ていたのかもしれない。俺は腕を前面で交差させ、なんとか腕で受けようとするが、ラルムハルトの刺突は防御をすり抜け、俺の体に当たる。

「何をやっているのですか?実戦では刃物なんですよ。そんな防ぎ方をしてどうなるというのですか」

そう言われたが、無理だ。つい最近アルの速さを目で追えるようになったばかりなのだ。かわせ、または被害の少なくなる受け方をしろ、はと言うのは難しい。
だんだんと痛みが体を重くしていき、意識も朦朧としてきたところでアルが動いた。

「やめっ!」

凛とした音が響く。しかし、俺の意識はそれを声ととらえてはくれなかった。
ラルムハルトは武器を下ろし、俺は膝を地面に付け、息も絶え絶えに崩れ落ちた。体力の限界が近い。いつの間にか止まらなくなっている汗を拭うだけの気力も無く、荒い息を吐いていた。
そんな俺をラルムハルトは冷たく睨み、それからアルの方を向いた。

「僕は貴女を守ってあげられます。彼とはここで手を切って、僕と組みませんか?」

俺は、この言葉だけははっきりと聞こえた。ラルムハルトはアルの方に手を伸ばす。だが、アルはその手を取らなかかった。青い瞳をラルムハルトに向け、居住まいを正し、頭を下げた。

「その申し出はありがたい。だが、勇者である貴方が守るべきものは他にあるはずだ。盾を守るための盾は必要ない」

「……そうですか」

アルはばっさりと断るが、疲労困憊な状態であった俺の耳はそれを聞き取らなかった。
ただ、俺は、アルが俺を見捨て、より強いラルムハルトをパートナーに選ぶのでは、そう思っていた。
俺がアルに見捨てられたらどうなる?俺みたいな力の無い勇者が単独で厚待遇を受けられるか?

嫌だ。俺は、嫌だ。あの頃には戻りたくない!

「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!」

まだ試合が終わったと理解していなかった、する余地がなかった俺は立ち上がる。
地面を拳で殴り付けるようにして勢いをつけ、立ったので、拳から血が滴り落ちていた。そして、そのまま渾身の力を込めて突き出した。

「むっ!」

手応えはあった。何かを砕いた感触はある。
はは、やった。
俺は一矢報いた思いで笑った。
だが、もう、意識が保てなかった。体も、無理に動かし過ぎたようだ。どう力を込めようとしても動かず、眠くないのに目が霞む。
バランスを失い、地面が近づき、視界が揺れ、目の前が真っ暗になった。

◇◆◇◆◇◆

私は正直驚いていた。前後不覚になるまで打ちのめされたにも関わらず、ナイは凄まじい執念の元、ラルムハルトに拳打を放ったのだ。
普段の彼ならば難無くかわせるはずだったが、どうも急に調子が悪くなったみたいで、私が庇った。するとどうだ、常に身に付けている籠手に亀裂が入り、一部が砕けたではないか。ここまでのダメージを私の防具に負わせたのは間違いなくナイの一撃だと再確認すると、私はにやりと笑った。
我らが主の造ったこの籠手に傷を入れるなんてそうそう出来ることではない。さらに、無意識だろうが、彼は簡易な衝撃魔法を使っていた。嬉しくないはずはない。導くべきパートナーが育つ様を見るのがここまで心踊るとは思わなかった。
私は気絶したナイを担ぐ。とりあえず大した怪我はない。与えられた自室に移動しよう。

私はそう決めて訓練場から城に向かうことにした。

「待ってください。どうしてそこまでその彼に拘るのですか」

ラルムハルトが私の背中に向けて言った。それに対しては、答えは決まっている。立ち止まり、振り返らず返答した。

「効率がいいからだ」

これにさらに聞かれることは無かった。
ラルムハルトの反応は分からないが異論が無いということは納得したのだろう。私はそう理解して歩みを再開した。
私は勇者を育てなければならないのだ。次第点の勇者より落第点の勇者の方にいた方が育てる効率がいいのは明らかだ。足手まといが減り、全体的な戦力が底上げされる。
それに、ナイは先程の一撃のように時折光るものを見せる。この勇者は将来性がある。まずはナイを育つ所まで育てようというのが私の腹積もりだ。
そう考えていたら、ふとよぎるものがあった。

……育ってしまったらどうする?

私は他の新米勇者を育てるためにナイと別れるのだろうか。
浮かんだものはなかなか霧消してはくれなかった。ナイと別れるとすると、どうなる。ナイが戦い、負傷したらどうする。と、膨らむばかりだ。
そして、どうも、ナイ以外と肩を並べて戦う姿のイメージが浮かばない。想像できなかった。

私は頭を振った。少し、ナイが成長した喜びに酔っているのだろう。それか、とうとう今までの疲れが出たか。休みはとっていたつもりだが。私は思い当たる節があるか探して、やめた。
受肉した体というものはつくづく不便なものだ。疲労で一定のパフォーマンスを発揮できなくなる。今のような不可解で少し苦しくなる思考もそのせいだろうか。この度し難さ、堕ちる者がいるのも頷ける。
ナイの手当てをして私も早く休むべきだな。
私は自室へと進む足を速めた。

明日からは魔法の訓練をもっと増やしてもよさそうだ。
これほど順調だと恐ろしいな。ふふっ。



◇◆◇◆◇◆



アルトラウテはナイという名の未熟な勇者を担ぎ、去っていく。そんな中、ラルムハルトは1人でしばらくその場に立っていた。
あっけなくふられたことが原因ではない。まあ少なからずショックを受けている。だが、彼がこの場で固まっているのはそれとは少し違った理由だ。
ラルムハルトは彼女の姿に見惚れていたのだ。アルトラウテは鎧を身に着け、ナイという男から勇者、と紹介されていた。そのためある程度戦えるものだと彼は了解していた。だが、実際はある程度の騒ぎではなかった。先程の自分を庇った時の立ち回りはありえなかった。瞬間で前に回りこみ、的確に攻撃を防いだのだ。凄まじかった。
そして、歯噛みする。自分は歯牙にもかけられていない、と。絶望的なまでに関心の外だと。
今までラルムハルトは異性に惹かれたことは無い。そんな彼は、今始めて、アルトラウテという女性に惹かれていた。ラルムハルトは視界から彼女が消えるまでその場に立ち尽くしていた。

「……羽根?」

ふとラルムハルトは気づき、足元に落ちていた白いものを拾った。白く、穢れを知らないような純白の羽根だった。今日は晴れているが、この辺りには鳥はいなかったはずだ。ラルムハルトはいぶかしみながらも、羽根を観察した。顔に近づけ、陽に透かすようにすると、どうしようもないくらい綺麗だった。
微量に魔力が感じられ、怪しかったがラルムハルトはそれをどうしても捨てられず、ポケットに仕舞った。
15/04/25 22:32更新 / 夜想剣
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■作者メッセージ
夜想剣です。ここまで読んでいただきありがとうございます!
今回はほとんどバトル回でした。最近戦闘描写を書いていなかったので楽しかったです!書いている私だけでなく皆さんにも楽しんでいただけていたらとても嬉しいですね。そのためにもっと練習しなければ。
さて、次回から少しずつ動かしていこうかなぁと思います。
今回はいつもと比べて文章が短めだったので次はたっぷり目に書きますね!
それでは!

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