連載小説
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第12回「空の向こう」
 黒々と横たわる緑の魔境を抜け、魔界の薄明るい太陽の下へと彼女は飛び出した。
少女の背後で彼女を餌食にせんと伸ばされた触手が空しく宙を掴み。
やがて力尽きたようにゆっくりと地面へと落ちていった。

 彼女、リーリャは遮るものが消えた行く手を視野に収め、心の中で安堵を息を漏らす。
そうして、緊張で堅くなっていた四肢を空一杯に拡げた。

 風が気持ちいい。全身を大気に委ねながら、少女は草原の上を飛ぶ。
つい先刻まで植物達と神経が磨り減るような鬼ごっこを演じていた身としては今のように空と一体になって、只飛んでいるだけの状況は非常にありがたいものだ。
 けれど、今の状況がこの後に彼女を待ち受ける苦難へのインターバルに過ぎない事は分かっていた。

 ここは嵐ヶ原。
荒涼とした大地が広がる平原。
ゆるやかに起伏した荒地を丈の短い草が覆い、所々にポツリと灌木が生えている。
遮る物の無い空は地平線の先まで見通せる程だ。
 しかし、何も障害が無い事が、このコースの障害となっていた。
この地で年中吹き荒ぶ強い風は透明な大気を強固な壁へと変化させる。

 ゴォと荒野を這うように近づいてきた風が黒髪の少女の華奢な身体を揺さぶった。
彼女を包む浮力の力場がビリビリと震動し、風が吹きぬけていく。
何とか風をやり過ごしたと思ったのも束の間、再び突風に晒され、ついにリーリャの身体がグラリと揺れた。

 少女は慌てて進路を修正しつつ、大きく喘いだ。
 全身が鉛のように重い。
彼女の肢体をじわじわと疲労と渇きが蝕んでいる。
 リーリャは自分の魔力の低下を―そして精の欠乏を感じ取っていた。
ここまでの過酷なレースは彼女から確実に体力と魔力を奪っていた。
彼女は残り少ない魔力を気力で絞り出すようにして飛ぶ。

 この先にはゴールがある。
そこには彼女の勝利を信じて待ってくれている男性(ひと)がいる。
 一番にゴールして、彼の胸に飛び込む。今は只、それだけを考えて。

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「そこをどいてっ!」
 叫びと共にヘザーはボードを身体の後ろへと跳ね上げ、そのまま宙返り。
少女の纏う赤い浮力の力場に風が巻き込まれ、彼女は旋風と化す。
そのままヘザーは行く手を塞ぐ触手の壁へと激突した。

 赤い旋風の直撃を受け、緑の壁が大きく揺れ。次の瞬間、バラバラに吹き飛んだ!
風は壁を突き破ると回転を緩める。そうすると赤い風の中から少女が姿を現した。
 彼女はその勢いのまま、森の外へと一気に駆け抜ける。
ヘザーの巻き起こした風にパッと木の葉が舞い散った。

「見えたっ!」
 瘴気を含み、藍色がかった深い空の先にポツリと浮かんだ黒い点。
その影はリーリャに間違いない。
ヘザーは森を潜り抜けるのに手間取った為、リーリャにリードを許してしまった。

(だけど、まだ追いつける!)
 風に含まれる魔力を吸収し、ヘザーの操るボードから炎のように光が溢れる。
彼女は己に残された魔力を燃え上がらせ、追撃を開始した。

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 触手の森の出口付近には一抱えもある箱状の魔具を肩に担いだ大会スタッフが待機していた。
その魔具はレースの様子を記録し、中継する為のものである。

 スタッフたちの前を森から飛び出してきた選手達が次々と通過していく。
城下町では建物の壁面に設けられた映像投射幕(スクリーン)にその様子が映し出されていた。

「ぞくぞくと選手たちが魔の森を脱出してきたぁっ!」
 翼で器用に拡声用魔具を握り、実況のアニーが叫んだ。
「現在のトップはリーリャ=バランニコフ選手!
圧倒的な実力を見せつけ、単独首位を独走中!
 しかし、後続も負けてはいない!
2位のヘザー=タウンゼント選手もじりじりと追い上げて来ている!
その後ろにはメルダース選手を始めとした後続集団も迫っている!
 いよいよレースも終盤っ!
果たして、どのような結末が待っているのかっ!?」


「ダイナミックエントリイィィィッ!!」
 生い茂る木々を突き破って、裸の青年が飛び出す。
「お兄ちゃん、森から外に出たんだから、エントリー(入るの意味)じゃないよ」
 彼の上に(性的な意味で)騎乗している少女がにこやかに突っ込んだ。
「オー! ニホンゴ、ムズカシイネ!」
 青年は大げさに肩を竦めて、妙なイントネーションでそうボケ返す。

「…さて、冗談はさておき。大分、遅れてしまったようだな…」
 彼は仰け反るようにして行く手に視線を向け、眉間に皺を寄せた。
「お兄ちゃん、必殺技出しちゃう?」
 マイはワクワクした表情で再びそう訊ねた。
「うむ、マイたん。ウェイトを外すのだ! 今こそ、伝家の宝刀を抜く時ッ!」
 青年は自分に跨った少女へと向き直り、不敵な笑みで応じる。
「うん、りょーかいっ!」
 彼女は嬉しそうにそう言うと青年の胸板に両手をつき、ゆっくりと腰を浮かせた。
それに合わせて、マイの秘所を貫いていた逸物がヌプリと抜ける。
露になった逸物は薄い膜状の避妊具で覆われていた。
「マイ、渇いて死んじゃうかと思ったんだからぁ…」
 少女は前屈みになり、避妊具の先端を咥える。
くちゅりと彼女の口の中で避妊具の中に溜まっていた精が音を立てた。
膜越しに甘い蜜のような精の匂いがマイの鼻腔をくすぐる。
 彼女は期待に身体を疼かせながら、身を起こして逸物から避妊具を抜き去った。
「これで邪魔物は無くなったよ?」
 妖しい光を湛えた瞳でマイが青年を見下ろす。
「確かに邪魔物かもしれん…。だが、これも焦らしプレイと言えるのではないでしょうか? どうでしょうか?」
 彼は何故かカメラ目線でそう呟いた。

「それじゃ、いただきま〜すっ…」
 マイはそそり立つ逸物を自らの秘所へとあてがうと腰をストンと落とした。
「ぐおっ!?」
 待ってましたとばかりにキュウキュウと締め付けられ、青年の逸物は挿入した途端に暴発する。
勿論、彼は一発で萎えるようなヤワな使い魔(インキュバス)でも無いが。
予想外の出来事に流石の青年も驚く。
「んんっぅ…! 生一丁入りましたぁっ…!」
 マイは青年の腰に細い脚を絡ませ、注ぎ込まれた精を一滴も零すまいと、より深く結合した。

「んふふ…っ! 漲ってきたあああぁぁぁっ!!」
 少女が吠えるとその小さな身体から緑色の魔力が溢れ出す。
「全力で行くよ! お兄ちゃん!!」
「応ッ!!」

 マイの指先が翡翠色の光跡を宙に描き、"秘紋(ルーン)"を形作る。
「Wunjo Sowulo Eihwaz!」
 少女はそれに合わせて"力ある言葉(マントラ)"を解き放った。
「"空跳ねる馬(リバウンドブースト)"ッ!!」
 マイの叫びに応じて、彼女の背後に新たな浮力の力場が生じる。
それは勢い良く、少女達の真後ろから激突した!
刹那触れ合った2つの力場が干渉し、弾ける!
「ひゃっほぉーーーっ!」
 マイと青年は木の棒で叩かれたボールの如く跳ね飛び、猛烈に加速した。

 "空跳ねる馬(リバウンドブースト)"。
 これこそが彼女達の切り札だった。
2つの浮力の力場を接触させた時に生じる反発を利用して爆発的な加速力を得る。
直進しか出来ない技だが、障害物の無いこのエリアでは何の問題もない。

「それそれっ! 連続ブーストぉっ!!」
 少女は楽しげに笑いながら、次々に力場を生み出し、どんどんスピードを上げていく。
先を行く選手たちをゴボウ抜きにして一直線に突き進む。
「…くくく。残念ながらマイたんには序盤からトップ争いに絡める程の実力は無い。
だが! 爆発力においては他の選手の比ではない!」
 頬をこけさせ、目にクマを作り、青年がほくそ笑む。

 力場の生成。加速による生じる衝撃からの保護。
この必殺技は大量の魔力を消費する。
 失った魔力を補う為、少女の身体は物凄い勢いで使い魔から精を搾り取る。
「た、例え…カラカラになろうとも…勝利は…」
 急速に干からびながらも彼は不敵に笑おうとする。

 ぎゅ。

「あ…あふんっ…」

##########

「あらあら〜? 後ろから何か近づいてきますよ〜?」
 最初にその異変に気がついたのは妖狐の選手フオ=リューだった。
彼女は黄金色の獣毛に覆われた耳をピクピクと動かし、のんびりとした声を上げる。
 フオとともに集団を形成していた他の選手達も何事かと後ろを振り返った。
「今度は何ですの?」
 その集団の中にいたゾフィーアも後方へと視線を走らせる。

 ドォンッ!

 振り返った矢先に爆発音が響いたかと思えば。

「きゃあああああぁぁぁぁぁっ!!?」

 後方を飛んでいた選手の集団が四散した。
一拍遅れて、真後ろから強烈な風が選手たちに襲い掛かった。

「っ!? 一体何なんだ!?」
 予想外の突風に崩れた体勢を立て直しながら、大鎌に跨った魔女グレニス=ハンタースが声を荒げた。

「オレ、惨状ーッ!」
 風の中から現れたのは緑色のツインテールをなびかせた1人の少女だった。
彼女、マイはツヤツヤと血色の良い顔に満面の笑みを浮かべて、親指を立てる(サムズアップ)。
突然の闖入者に周囲の選手たちは一瞬呆気に取られた。
「そして、いきなり! ブーストッ!!」
 マイの指先が煌き、ワンテンポ遅れて彼女の背後に力場が生み出される。
「!? 皆さん、逃げ――」
 危険を察したゾフィーアが警告を発するよりも早く、2つの力場を中心に突風が巻き起こった!

「斬ッ!!」「疾(チィ)ッ!!」
 咄嗟に反応できたのはグレニスとフオの2人だけだった。
 グレニスは脚を跳ね上げ、大鎌で突風を切り裂き。
 フオの纏った着物の袖が一瞬にして、幕のように広がり、風をいなす。
彼女たちの防御で数人の選手は難を逃れたものの。
 防御の外側にいた選手たちは突風に晒され、ある者は吹き飛ばされ。
また、ある者は体勢を崩して、墜落していった。

「……確かに惨状ですわね」
 グレニスの隣にいた為、無事だったゾフィーアは苦々しげに周囲を見回した。
「ああ…やってくれたよ…!」
 そう応じたグレニスの高度がガクンと下がった。

「!? 大丈夫ですの!?」
「…どうやら、ここまでらしい」
 慌てて近づいてくるゾフィーアにグレニスは力なく笑った。
彼女が跨る大鎌の刃には大きな亀裂が入っていた。
「そういう事で〜、後はお任せしますから〜」
 いつの間にか2人に近づいてきていたフオもあっさりとリタイアを宣言する。
「ちょ!? 貴女はまだ飛べるでしょうに…!?」
 驚くゾフィーアを尻目に妖弧はゆっくりと地上へと降りていく。
「九年分(とっておき)の宝貝(パオペイ)も使いましたし〜。何より殺劫も解消できましたから〜」
 フオは晴れ晴れとした顔でそう答えた。
「アタシたちの事は気にせず、アンタは先に行きな」
「…わかりました」
 ゾフィーアの返事にグレニスはもう一度笑顔を浮かべると手を振り、フオの後を追うように降下していった。

 ゾフィーアは一瞬だけグレニス達の背を見送った後、視線を前方へと向けた。
そこには3つの人影が浮かんでいる。

「ここまで来たら、ペース配分がどうとか…言ってられませんわね」
 少女は独り言を呟いた後、意を決し、行く手を見据えた。

「Runa Purisaz!」
 ゾフィーアが指で秘紋を描くと彼女を包んでいる浮力の力場が形を変えていく。
それはまるで鳥が折りたたんでいた羽を広げるように光り輝く翼を形成した。

 "光輝のヴェール(シャイン・シュライア)"。
 彼女がそう名づけた力場はその名の通り純白の翼を大空に羽ばたかせる。
ゾフィーアは残った魔力を箒へと注ぎ込み、スピードを上げた。
11/09/29 13:41更新 / 蔭ル。
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■作者メッセージ
"光輝のヴェール(シャイン・シュライア)"
 浮力の力場を翼状に展開する事で空に浮く為の魔力を補助し、
余った分の魔力を推進力に当てる事で高速飛行を可能する。
…そんな厨設定の必殺技。

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