連載小説
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第11回「Welcome to Jungle」
「レースもいよいよ中盤! 次に選手たちが挑むは様々な魔界植物が繁茂する森林公園!」
 セイレーンのアニーの実況に合わせて、映像投射幕(スクリーン)に不気味な森の様子が映し出された。
 そこは植物たちの天国にして魔境。
 鬱蒼と茂る木々により、太陽の光が遮られた暗い森。
その中を粘液を滴らせた異形の植物がズルズルと這い回り。
森の奥からは絶えずぬちゃぬちゃという水音と微かな喘ぎ声が響いてきていた。

「ネマさん、この公園は魔界のデートスポットとしても人気の場所ですが。
コースとしてはどういった特色があるのでしょうか?」
「うむ、この公園は自然好きの魔物たちの為に設けられた半人工の森林じゃ」
 ネマの解説に合わせ、映像投射幕の映像が切り替わった。
そこには先程までとは打って変わって、爽やかな森の様子が映し出される。
捻(ねじ)くれた枝に人面模様の葉をつけた魔界の樹木の隙間から穏やかな木漏れ日が差し込む風景。
「普段は魔物たちが森林浴や青姦を行なっておる和やかな場所じゃ。じゃが…」
 バフォメットの少女のタメに合わせて、映像が元の不気味な光景へと変化した。
「森の一部の区画には上級者向けとして吸魔植物群が植えられておる」
「きゅーま? 何ですかそれ?」
 アニーが聞き慣れない単語に小首を傾げる。
「魔物の魔力を吸収する能力を持った魔界の植物。蔦状の捕食器官を持つ植物が多い為、一般的には触手植物と呼ばれておるな」
「ああ、触手植物の事ですね!」
「そうじゃ。それらの魔界の各地から集められた様々なタイプの植物が天然のトラップとして作用し、毎年多くの脱落者が出る、最大の難所といえよう」
「難所、多いですねー」
「まあ、直線ばっかりだとレースも盛り上がらんからな」

「そんな危険な場所をコースにして大丈夫なんでしょうか」
「安心するがよい。救護班に加えて、救助隊員も待機しておる。それに救護所には選手の使い魔(おにいちゃん)や伴侶もおるから、少々魔力を吸われても平気じゃ」
 ネマの台詞とともに映像投射幕の幻影が救護所の様子を一瞬だけ映し出す。
チラリと見えたその光景はものスゴイ事になっていた。

「ちなみに普段は自然保護官(レインジャー)が定期的に巡回しておるから、1人で気軽に訪れる事もできるぞ」
「……寂しいんですね、ネマさん」
 ボソリとそう付け加えたバフォメットにアニーが優しい眼差しを向ける。
「ほっとけ!」
 ネマは間髪入れず仏頂面で応じた。

##########

 森の湿った空気の中を赤い風が吹きぬけた。
ここまでトップスピードで駆け抜けてきたヘザーも森に入ってからはスピードを落とす。
 彼女が慎重に進んでいくと不意に風もないのに木々がざわめいた。
木々の間から垂れ下がっていた蔦が次々と蛇のように鎌首をもたげる。
そして、一斉に少女へと襲い掛かってきた。

「うにゃあっ!?」
 ヘザーは慌ててボードを左右に傾ける。
スカイボードは木の葉のように宙を舞い、触手の群れを掻い潜った。
「にゃっ! にゃにゃにゃあっ!」
 右から伸びる触手をボードを左に捻(ひね)ってかわす。
続いて背後から迫る触手を足を跳ね上げ、ボードを盾として防ぐ。
するとボードに弾かれた触手がべちゃりと粘液を飛び散らせた。

 次々と襲い来る触手をかわす度、ヘザーのスピードが落ちていく。
それがさらなる触手の襲撃を招いてしまう。

「キリが無いよぉっ!」
 彼女は悲鳴を上げながらも必死で飛ぶ。

 その背後に黒い影が現れた。

「リーリャちゃん!?」
 思うように飛べないヘザーの隙を逃さず、紺色の飛行服に身を包んだ少女が追いついてきた。
当然、黒髪の少女にも無数の触手が群がっていく。
だが、リーリャは表情一つ変えずに紙一重でかわし続ける。

 風と踊るように。空を舞うように。
群がる触手を翻弄し、森の闇に銀の弧を描いて。

「行かせない…!」
 その光景を目にして、ヘザーは思わずリーリャの進路を強引に塞いだ。
互いの飛行魔法の力場が干渉し、魔力の火花が散る。
「ヘザー…!?」
 一瞬の視線の交錯の後、2人を中心に衝撃波が生じた。
バンと空気が裂ける音が森に木霊する。
その余波で2人の少女を取り巻いていた触手が吹き飛んだ。

 彼女たちといえば、衝撃にややふらつきながらも、互いに絡み合うように飛び続けていた。

「リーリャちゃん、あのね…」
 触手の森に生まれたわずかな空白の中でヘザーが突然そう切り出す。
「あたしは…この大会に参加するのが夢だったんだ…」

 独白のようなその台詞を受け、黒髪の少女は隣を飛ぶ少女をチラリと一瞥した。

「子供の頃見たリーリャちゃんのお母さんに憧れて。空を飛んでみたいって。
いつかあんな、スゴイ魔女になりたいって…」
 そう言った後、ヘザーはリーリャへと視線を向けた。
そこには無表情にきつく唇を閉じて、前だけを見つめている少女の横顔があった。

 ヘザーが、そして飛行魔法大会の参加者の誰もが憧れる伝説の魔女。
彼女が本当に伝説の存在になってしまっている。
その事実をヘザーが知ったのは、つい最近の事だった。
 伝説の魔女はリーリャを産んだ直後にこの世を去った。
それを知った時、ヘザーは彼女がどれ程軽率な発言をリーリャに対してしてしまったのか。
その事を思い知らされた。

 ヘザーが知りたがったリーリャの母親の思い出。
それが元から存在しなかった事を。

「ごめんね…お母さんの事、知らなかったから…あたし、酷い事を言っちゃったよね…」
 そう謝罪するヘザーの視界の中でリーリャが目を伏せるのが見えた。
「…どうして、今更そんな事を言うの?」
 リーリャは灰色の瞳をヘザーに向けて、呟くようにそう尋ねた。
「パーティの時にちゃんと言えなかったから…」
 リーリャの瞳を見つめ返し、ヘザーが答える。
「…それとリーリャちゃんと本当の友達になりたいから」
 続けて、ヘザーが口にした言葉にリーリャは僅かに目を見開いた。
「…友達に…?」

 最初、リーリャにとって、ヘザーもリーリャを《最速の魔女》の娘として接する多くの人々と同じ種類の人間に過ぎなかった。
けれど、ヘザーと接する内に彼女がリーリャを《最速の魔女》の娘としてではなく、只のリーリャとして接してくれている事に気づいてしまった。
それはリーリャの使い魔(兄さん)と同じ。2人目の人間だった。
 だからこそ、ヘザーは無邪気に亡き母親の事を訊ねてきた時は悲しかった。
信じていたものに裏切られた気分だった。
 きっと、ヘザーは知らなかったのだろう。
彼女に悪気が無かったのは頭では分かっていた。けれど、心では割り切れなかった。

 きっと自分はヘザーに好意を抱いている。リーリャはそう思っていた。
しかし、同時にヘザーはリーリャのライバルでもある。
 リーリャが使い魔(兄さん)を求めた時には自分の中に何の躊躇いも無かった。
それは兄さんが彼女を支えてくれる存在であったから。けれど、ヘザーは…。
 相反する2つの思いがヘザーに対して素直に好意を露にする事へブレーキをかけている。
そんな複雑な想いを抱きながら、リーリャは軽くヘザーを睨んだ。
無意識の内に自分がヘザーに甘えてしまっている事にリーリャは気づいてなかった。

「…変な事ばっかり言ってごめんね」
 あたしってダメだな…とヘザーが自嘲気味に呟く。
「あたしはきっと自分に、けじめをつけたかっただけだと思う」
 彼女は視線を前方へと逸らし、小さな声でそう続けた。
「…友達のリーリャちゃんと本気の勝負がしたいから」

「競争相手と友達になりたいだなんて馬鹿げてる…」
 心の中で渦巻くヘザーへの好意を打ち消すようにリーリャはそう吐き捨てた。
彼女にとってヘザーはライバルでなければならない。
そうでないと戦えなくなってしまう。
「そんな甘い考えじゃ、レースには勝てない…」
 感情を押し殺した声でそう言ったリーリャを。
ヘザーは今度は真っ直ぐ見つめてきた。

「それでも、あたしは《最速の魔女》になるよ」

「…それなら証明してみせて…!」
 束の間の会話は再び訪れた触手の襲撃によって打ち切られた。
リーリャは軽やかに宙を舞い、触手たちをかわしながら、そう叫んだ。
そうして、ぐんぐんとスピードを上げていく。

「証明してみせるから!!」
 ヘザーはそう答え、リーリャへと追いすがった。

 2人の間に、これ以上の言葉は必要なかった。
後は只、お互いに全力でぶつかるのみ。

##########

「何かウネウネしてるよ、お兄ちゃん」
「うむ、実にヌトヌトしているなマイたん」
 のんびりとそう会話していたマイたちに触手の群れが襲いかかる。
「くっ!? 突っ切るのだ、マイたん!」
「ブ、ラジャー!」
 青年が顔を顰めて叫ぶとマイは上下左右に触手をかわしながら加速した。
だが、その激しい動きに2人の結合部がシェイクされる。
「ひゃ…ぁっ! …お兄ちゃんのがっ…マイのナカで暴れてるぅ…!」
 快楽で集中が途切れ、動きが2人の動きが鈍った。
「しまっ…!」
 その一瞬の隙を突き、触手が裸の青年の脚に絡みつき這い回る。
「ええい! 離せ! 吾輩に触手属性は無い! 無論、マイたんが絡まれても勃ちはしない!」
 彼はそんなカミングアウトをしながら脚をバタつかせるが、一度絡んだ触手は簡単には外れなかった。
 触手は青年の脚を粘液塗れにしながら突き進み、彼の股間に辿り着き、その先端を彼の肛門に押し当てる。
「な…何を…!?」
 ズブリ。
「アッー!!?」
 容赦なく突き立てられた触手に彼は悲鳴を上げた。

「…だが! 吾輩の肛門括約筋を舐めるなっ!!」
 先端部分は肛門内に挿れられたものの、それ以上はガッチリと咥え込んで進ませない。
「このまま、食い千切ってくれるわ!」
 青筋を立てて力む青年に触手も負けじとナカで暴れ始める。
「…あぁ…! んっ…! …お兄ちゃんの…マイのナカで大きくなってるよぉ…!」
「か、感じて何か無いもん! 入ったのは先っちょだけだもん!」
 彼は目の端に涙を浮かべながら、気持ち悪いぶりっ子口調でそう答えた。
「ぐぬぬ…貴様にアナル処女は…あ、あげないんだからねっ!」

##########

「さあ、選手たちが次々と森林公園へと突入していくっ!
果たして無事に緑の魔境をくぐり抜ける事ができるのか!?」
 アニーの実況と共に選手たちが森の中へと入っていく様子が映し出された。


 新たな獲物の侵入を準備万端に待ち構えていた触手たちが出迎える。
だが、選手たちもさる者。
 触手の群れをかわし、あるいは切り開き。
はたまた、ライバルを身代わりとして、森の中を突き進んでいく。

「キシシ! この位大した事ないぜっ!」
 その魔女も縦横無尽な箒捌きで触手をかわし、時には植物達が他の選手を捕食した隙をついて前へと進んでいた。
「あらよっとっ!」
 彼女は襲い来る触手を稲妻のように飛んでかわし、さらには余裕の宙返りを決めて見せた。
だが、それは大いなる油断だった。
彼女が触手の群れを避け、白い綿の花を咲かせた樹の傍を飛び過ぎようとした時に異変は起きた。
突如、その樹が枝を無数の腕のようにざわめかせ、少女へと襲い掛かる。
「ギャアァッ!? は、離しやがれっ!」
 完全に油断していた魔女は枝によって完全に絡め取られてしまう。
その樹木型の吸魔植物は枝先の細い枝を指のように蠢かせ、彼女の服を剥ぎ取ろうとする。
「ヒャッ!? ヤ…ヤメ…っ!」
 元々、黒いビキニ状の飛行服だった事もあり、少女は瞬く間に衣服を脱がされてしまった。
そして、露になった両胸の乳首と股間の割れ目の頂点にあるクリトリスへと白い綿花が押し当てられた。
それ以外にも首筋や脇腹などに柔らかい感触が次々と這わされる。
「な、何しやがる…っ!」
 驚きに目を見開いた彼女の視界の中で白い花が高速で回転を始めた。
「!?? あひゃひゃひゃっ!? なにほへっ!!?」
 全身をくすぐられ、しかし逃げ出すこともできず、少女は悶える。
傍から見ている分には何とも間の抜けた光景だが、やられている本人としてはたまったものではない。
「…やめ…っ! …やめへぇ…!! は…はめぇ…っ!!」
 喚き、身を捩っても樹木のくすぐり責めは止まる事はない。
使い魔(お兄ちゃん)以外には触れられた事の無い敏感な場所を刺激され、彼女の上下の口からダラダラと涎が溢れ出る。
その涎を白い花が吸い取っていった。

「ソレは獲物の体液カラ魔力を吸収スル、"悪魔の綿花"デス」
 捕らわれた魔女の傍をすり抜け様、硬質の肌を持った選手がそう呟いた。
「て…テメ…ぇっ…!」
 無表情に、そして無情に飛び去っていくライバルの背を魔女の視線が追う。
「貴女ハ、予めどのような植物が存在スルカ。情報収集するべきデシタ」
 身体の各所に装着された飛行装置から魔力を噴射しながら、そのゴーレムの少女は淡々と告げる。
「…ま…まへ…っ!? …たふへてぇ…!!」
「油断大敵、自業自得デス」
 恥を忍んで、助けを求める魔女をゴーレムはあっさりと見捨てて飛び去った。

「木の枝が繁茂スル高度ヲ飛行するのハ危険レベル大」
 "悪魔の綿花"のように枝を触肢とする吸魔植物も多い。
そして、木の枝に巻きついている蔓のフリをしているタイプも。
 ゴーレムの少女は高度を下げ、植物の密度の薄い部分を縫うように進んでいく。

 やがて、彼女の目の前に森の中を流れる川が見えてきた。
魔界に生える植物も流石に水際は避けるのか、川の上空に沿って、森の切れ間が続いている。
「ルート確認。……川沿いのルートヲ選択」
 彼女は頭脳内のデータにアクセスし、川を遡るルートを選んだ。
ゴーレムの少女は安全を確保するため、水面スレスレの高度を飛ぶ。
彼女の身体を包む浮力の力場が水面に触れ、大きな水しぶきを上げた。

 その水しぶきの中から水面を割って、黒い影が少女へと襲い掛かった。
「コ、これは!? データにありマセン!?」
 袋状の器官に飲み込まれ、彼女は一瞬の内に水中へと引きずり込まれる。
彼女のデータには無かった事だが、水棲の吸魔植物も公園に自生していた。
 ゴーレムの少女が捕らわれたのは袋状の捕食器官を有する魔界藻の仲間。
柔らかく伸縮性のある袋が獲物を飲み込み、その抵抗を封じこめる。
「くッ…!?」
 完全に飲み込まれてしまえば、ゴーレムの怪力も役には立たない。
「…ッ!? 何デスか…これハ…っ!?」
 その内に袋の内壁から粘液が染み出してきた。
「…カ、身体ガ…熱くなッテ……ふわ…ぁっ…!?」
 粘液にまみれ、発情しきった肢体(からだ)をくねらせ、少女が喘ぐ。
そんな彼女をさらに昂ぶらせようと内壁が波打ち、濡れた肢体に粘液を塗りたくっていった。


「これはまさにデンジャラス!! 次々と選手たち触手たちの餌食になっていく!!」
「救助隊員も大忙しじゃて」
 拡声用魔具を掴んで絶叫するセイレーンの隣でバフォメットが手元の中継映像に視線を落とす。
そこには見事な剣捌きで枝や袋を切り裂く精鋭揃いの救助隊員の姿があった。
助け出された選手たちは失った魔力を補給させるべく伴侶たちの待つ救護所へと移送されていった。

##########

 幾多の犠牲者を出しながら、レースは進んでいた。
2位集団とともにゾフィーアも危険な森の中を飛行していた。

 ガサガサと木の枝が揺れ、覆い茂る木の葉の間から、雨あられとぬめる触手が降り注いでくる。
パッと弾かれたように選手たちは散開して、それをかわした。
「あ〜れぇ〜! 離してくださぁ〜い!」
 しかし、運悪く逃げ遅れた選手の悲鳴が後方から響いてくる。
ゾフィーアは頭で思うより早く一瞬の内に進路を反転させた。
「おいっ! お前、正気か!?」
 後ろを飛んでいた選手がすれ違い様、驚いた顔を向けてきた。
「…わたくしは十分に正気ですわ」
 彼女は独り言のようにそう答え、前方に視線を走らせる。
見れば、1人の選手が長い着物の裾を触手に絡め取られ、必死に逃れようともがいていた。
「行きますわよ…!」
 掛け声とともに箒を加速。そして、そのまま、触手をかすめる様に駆け抜けるッ!
ゾフィーアが纏った風に触手はブツリと引き千切られ、ビチビチと痙攣しながら地面へと落ちていった。
「あら、まあ…?」
 触手から解放され、宙に投げ出された選手の腕を掴み、金髪の少女は素早く旋回。
だが触手も諦めない。残った触手を目一杯に伸ばして追いかけて来た。
「重いっ…!」
「あら〜。ダイエットはしてますのよ〜?」
 吹流しのように揺れながら助けた少女は暢気にそう答える。
「ちょっと黙っててくださる…!?」
 2人分の重みの所為で思うようにスピードが上がらない。
その隙に触手は先回りして、少女たちの行く手を塞いだ。
「っ…!?」
 四方に視線を飛ばすが、周囲はすっかり触手に覆われていた。
焦るゾフィーアへ恐怖を与えるように触手がゆっくりと伸び…。
「そのまま、前へ飛べっ!」
 突然、そう言われ、だが迷わずゾフィーアは声に従った。

 銀光一閃ッ!

 前方を覆っていた触手の壁の一部が断ち切られ、僅かに空いたその隙間に彼女は飛び込んだ。
壁をすり抜けて見れば、大鎌に乗った少女が待ち構えていた。
どうやら先程の一撃は彼女の仕業らしい。
「逃げるぞっ!」
 彼女は吹流しの少女を反対側から掴んで叫ぶ。
振り返れば、触手が津波のように押し寄せてきていた。
「助かりましたわっ…!」
「…見捨てるのは寝覚めが悪かっただけだっ!」
 2人の少女は不敵に笑い合うと、全速力で逃げ出した。

##########

 場所は変わって、森の入り口付近。
どさりと音を立てて、裸の青年と触手が地面に転がった。

「中々やるじゃねえか…」
 彼は仰向けに寝転がり、木々の間から覗く空をヤりとげた男の顔で見上げた。
(お前もな…)
 そう答えるようにヨロヨロと触手も自らの先端を持ち上げる。
「触手の中にもお前のような奴がいるなんてな……気に入ったぜ!」
 青年が突き出した拳に触手が先端を丸めて作った拳を当てて応える。

(フ……)
 視線を交わし、不敵な笑みを浮かべて互いの健闘を称え合う。
「お兄ちゃん、漢ドウシのユウジョーってヤツだねっ!」
 全力でヤりあった者同士だけが得られる漢の絆。
「ああ…。拳を交えれば、分かり合えるモンさ。例え、種族が違っても。人と触手であろうとも…!」
 マイの言葉に彼は極上のドヤ顔で答えた。

「さてと…」
(行くのか…?)
 しばらくして、青年はゆっくりと上体を起こした。
そんな彼に触手が揺ら揺らと問いかける。
「ああ……戦いの空が吾輩を待っている」
(寂しくなるな……)
 表面にうっすらと涙(粘液)をにじませる触手に彼は力強く笑う。
「へっ……漢同士の別れに涙は不要だぜ」
(せいぜい死なないように気をつける事だな)
 触手は涙を振り払い、憎まれ口を叩くように全身を小刻みに振った。
「あばよ……強敵(とも)よ!」
「またねっ!」
 空に舞い上がり、木々の向こうに友の姿が消えるまで。
触手はその身を左右に振り、名残りを惜しむかのように何時までも手を振り続けた。

 ああ…強敵よ、お前の行く手に待ち受けるのは如何なる敵か。
その身に武運あれと我は言葉も無く祈るのみ。
11/09/03 16:02更新 / 蔭ル。
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■作者メッセージ
現在の順位
1位:リーリャ  進行値65
2位:ヘザー   進行値51
3位:ゾフィーア 進行値43
4位:マイ    進行値30

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