読切小説
[TOP]
猫せんせーと覗き見カメラ
 

「ヒロさん、その目どうしたんすか?」

 後輩くんに訊かれ、隣のデスクで作業していた彼の方に顔を向けた。

「うっわ、細くなってる! 片眼だけ!」

 まるで心霊現象か何かでも見たかのようにヒかれてしまい、少しヘコんだものの、自分のデスクの鏡を見てからなるほどと納得。

 鏡に映るのは、うだつの上がらない顔つきの見慣れた男の姿。つまりは自分。
 だがしかし、いつも通りの死んだ魚のような目の片側だけがなにやらおかしな事になっていた。
 自分の右側の目だけ、瞳の部分が縦長にシュッと細くなっていたのである。

 目のところを意識を傾けてみると、くわっと開くようにして左眼と同じぐらいの幅に広がり、丸くなった。

「あ、戻った。ヒロさん、なんなんすかそれ?」

 教えるのはやぶさかではないけれど、作業の手は止めないほうがいいんじゃあないかな?

 小声でそう伝えると、彼は「うっ」と一声あげたかと思えば、何かに気付いた様子で自分のデスクに向き直った。

 そう、後輩くんも声はかなりひそめていたのだが、遠くの部長が既にこちらを睨み、苦言を浴びせる相手としてターゲッティングしているのだ。
 いやはや、なんと耳ざといことか。

 この距離ならば声はほぼ確実に聞こえないだろうし、気付くにはこちらのデスク側をずっと見張っていなければならない気がするのだけれど…………。

 まあ、自分の仕事ぶりよりも部署の他の人の仕事ぶりが気になるご様子の、他人に厳しく自分に甘くを地でゆく部長だから仕方ない。

 仕方ないが、それでいつも夕方になってから(おそらく彼の受け持ちであったはずの)ノルマをしれっと渡してくるのはいかがなものかと。

 嵐が過ぎ去るのを待つように、死んだ目をした他の同僚達と気配を同化させながら会社の一風景に徹しようとする後輩くんと自分。

 しかし結局こちらにふらりと歩いてきた部長にイスの後ろであーだこーだとねちねち扱き下ろされたあげく、マッタク余裕があるなキミタチは、などという皮肉とともに新たな書類を積まれてしまった。

 残念ながら、デスマーチはまだまだ長引きそうだ。










 さて、作業をしつつ自分の右眼について考える。

 こうなった理由は今朝の一幕に由来しているのだ。







『――ジリリリリリッ!』

 頭上の目覚まし時計がけたたましく鳴り響く。

「……………………むにゃっ!」

 と、バシッと音を立ててすぐに鳴りやんだ。

 声から察するに、あの方が騒音に対して反射的に止めてしまったのだろう。

 掛け布団がごそごそと動き、横向きに寝ていた自分の腕の中にモフッとした暖かいものが潜りこんできた。

 次いで腕がプニプニの何かでぎゅぎゅっと存在を確かめるかのようにふにふに押されたかと思うと、そこにポフッと重みがやってくる。

 うっすら目を開けてそちらを見れば、自分の頭よりもずっと小さくて愛らしい頭が、掛け布団の中でこちらの腕をまくらにしているではないか。
 そして寝間着のシャツに押し付けられたジャギーショートの髪の間からは、すぴすぴという寝息と連動するようにネコ耳がわずかに動いていた。

 どうやら、また寝てしまったようだ。
 その耳の先を指で軽くつまんでみる。

「………………ふにゅ……」

 小さな手が布団の中からニュッとやってきて、プニプニ肉球でこちらの指を反射行動じみた動作でぺちりと払いのける。

 かわいい。

 ネコ耳をもう一度つまむ。

「………………にゃっ……」

 ぺちりと払われる。

 全然痛くないどころか、むしろプニッとして心地いいくらいだ。

 ただ、寝ている人に対してこれ以上のイタズラをするのはちょっと意地が悪いかもしれない。

 お詫びもかねて、まくらになっていない方の腕でその寝ている御仁をこちらへと抱きよせ、背中を上から下へとなでりなでりとさする。

 背中の毛並みが梳かされ、徐々に流れをもって整えられていくと、最初はサワサワとしていた感触がしゅるんとした滑らかなものへと変化してゆくのだ。
 一撫ですれば二度楽しめる、このお得感といったらもう。

 しばらくお背中を撫でていると、腕の中で身じろぎする感じがあった。

 少ししてから、鈴を転がすような声。

「……にゃ、んふ…………ヒロ、くすぐったいよ?」

 くしくしとこちらのシャツにご尊顔を擦りつけてから、その人が顔を上げてこちらを見た。

 黒白の毛並みに、金色の目は中央に縦長の黒眼。
 彼女のおデコの辺りにある黒い毛のハテナマークっぽい感じの模様も、この距離であればよく見ることができる。

「おはよう、ヒロ。よい朝だね…………いや、よい朝にしてくれたね、とお礼を述べるほうが正しいのかな?」

 彼女の上側から背中に回していたこちらの腕を、そのふかふかな頬で微笑みとともにスリスリと沿わせてきた。

 ケット・シーの魔物娘、猫せんせーのご起床だ。

 猫せんせー、おはようございます。

「んむ。今は何時だろうね? ……あ、もしかして吾輩が目覚ましくんを止めてしまったのかな?」

 大丈夫ですよ、まだ6時前なので。
 7時ぐらいに出れば会社の出勤1時間前には充分間に合いますからね。

「じゃあいつもどおり、しばらくの間ゴロゴロしていられるね。ヒロ、さっきのナデナデを続けてくれたまえよ」

 あれが吾輩のお気に入りなのだよ、と少し甘えた感じでせがんでくる猫せんせー。
 もちろん全力で継続させていただく。
 猫せんせーからの要請があった以上、そこに自分の是非が介入する余地はないのである。

 むしろこれまでより積極的に、猫せんせーがごろごろとノドを鳴らすまで続けなければなるまい。

 なでなですりすり。

「ん、ふふっ……。こんな勤勉な生徒を持てて、吾輩はじつに果報者だなぁ…………ふにゃ」

 まくらになったこちらの片腕に身体を預け、この世の平和を凝縮したかのごとく穏やかな表情でまどろむ猫せんせー。

 目覚まし時計も早めに設定して時間を作ったこの朝の数十分こそ、自分にとっと何にも代えがたい至福の時なのであった。

 しばしその幸せすぎる二度寝のような時間を過ごしてから、猫せんせーを抱えてベッドから起き上がる。

 そして、玉子焼きとハムと食パン、加えて牛乳を加えた朝食を摂るのがいつもの流れ。

 いつも通りとはいかなかったのは、その後のこと。

「ヒロ、今日はなんだか荷物が多いようだね?」

 大きめの黒い革バッグに服まで詰めていた自分に、牛乳のコップを両手で抱え持っていた猫せんせーからの質問が来る。

 …………実はですね、猫せんせー。

 時期的にそろそろ隣市のお祭りが近づいてきているので、ここしばらくは色々とウチの社への発注やら在庫の管理委託やらで多忙になりそうです。

「なるほど、毎年のあのお祭りだね。ヒロ、今年の祭りのテーマはなんだろうね? 毎回異なるけれど、今年もまた『海産物』とかだったら、とてもとても嬉しいなあ」

 自分も今はまだ分からないので、それは祭りが始まってからのお楽しみですね。

 ただ、その…………ちょっと。

「んむ? 何を口にこもらせているのかな?」

 大変心苦しいのですが、ここ2、3日ほどは自分は家に戻ってこられないかもしれません。
 片付ける仕事の量が山積み……いわゆるデスマーチという状況になりそうなのです。
 しかも、例年よりもさらに忙しくなるかと。

「そっかぁ…………」

 バッグに必要品を詰めこむ作業を終え、出勤前にもう少しだけ猫せんせー成分を補充するべく、彼女の近くへと戻る。

 カーペットに座った自分に猫せんせーは歩み寄ると、膝をよじ登ってから背をもたれかからせて自らスキンシップをとってきた。

「……ヒロ、吾輩は『哲学する猫』だからね。思索に啓蒙活動、そしてお昼寝と、君がおらずとも行うことはたくさんあるとも」

 そのわりには、背中やネコ耳をくりくりと自分のスーツへ積極的に押し付けてきている猫せんせー。

 発せられる言葉の内容も、なんとなくこちらに向けたものではないような、自身に言い聞かせるような雰囲気が含まれている。

 そして、ぽつりと言った。

「……だから、吾輩はがまんできるよ。ヒロはヒロのお仕事があるのだからね、さびしくなんかないよ」

 シュンとした猫せんせーのそんな言葉が、自分の耳から頭へと突き刺さった。

 それはもう思わず、そう話している猫せんせーの背中を衝動的にぎゅむっと抱きしめてしまうほどに。

「にゃっ!? ど、どうしたのかな!?」

 こ、こんなせんせーを数日も放置しようとしていたのか、自分は!!

 よし! ちょっと会社辞めてきます!

 猫せんせー以上に優先すべきものなど、今の自分には存在しませんからね!

「そ、それはダメだ、ヒロ!」

 しかし、こちらの決意を諌めたのも当の猫せんせーご本人であった。

「吾輩が一番というのは大変に嬉しいけど、でもそのためにヒロのアイデンティティを捨てる必要はないんだよ?」

 猫せんせーがこちらを向き、自分のような不肖な生徒の頭を抱きながら撫でてくれる。

 そして、ゆっくりと言い含めるように話す。

「別にね、吾輩は“会社”なるものに思い入れはないし、ヒロがそこで働くのをやめても特段構わないと考えてもいる」

 けれど、もし……と彼女は続けた。

「その労働する姿が君の一部なのであれば、吾輩のためにその一部を捨て去るのはもったいないとも思うのだよ。君が吾輩を大切にしてくれるように、吾輩も君の全てを大切にしたいんだ」

 ………………。

 あ、まずい。
 ちょっと涙が出そうになった。

 猫せんせーと出会う前から勤めている会社。
 時おり困ることもあるが、それでもこれまで働き続けてこれたということには、それなりの自負と思い入れが我知らずあるかもしれない。
 自分を構成する要素の一つ、確かにそうだ。

 自分を自分たらしめているというのも、なるほどそうかもしれない…………と、猫せんせーの話に納得できた。

「んふ、君は聞き分けの良い子だね。せんせーとして誇らしく思うよ」

 気丈にも自分のせんせーとしての立場を優先し、こちらを案じることに終始する猫せんせー。
 なんという器の大きさだろうか。

 ですが、しかし…………。

 3日ほども会えないとなると、猫せんせーよりも先に自分がダメになってしまいそうです。
 せんせーのお知恵でどうにかならないものでしょうか?

「んむ、そうだね。……一つ、あるにはあるかな?」







 ――――回想が長くなったが、そうした経緯で自分の目はこんな事になっているのであった。

 鏡を見ながら調整し、また片眼だけに意識を集中させる。すると、スゥッと再び黒い瞳が縦長になっていき、やがてスリットのように細くなった。

 うん、なんか自分の顔が片側だけネコっぽくなった気がして、ちょこっとばかり楽しい。

 たぶん頑張れば両目ともこの状態に変化させられるのだろうけど、猫せんせーいわく片眼だけの方が便利かもしれないとのこと。

 そしてこれこそが、自分の朝の問いかけに対する猫せんせーの解答であった。

 もちろん、ただ眼のカタチを変えただけではない。
 本当の効果はもっと違うところにあるのだ。

 片眼だけ猫目にしたまま自分のデスクで作業を続けていると、やがて視界に劇的な変化があった。

 あたかもTVの画面が切り替わるかのように、右目の方の風景が移り変わる。

 そして目に映ったのは、見慣れた自宅の光景。

『ヒロ、ヒロ、見えてるかな?』

 自分の頭に響くのは、今は家にいるはずの愛しき猫せんせーの声だった。
 さらに視界の端から、柔らかな毛並みに覆われたプニプニ肉球の手が映り込む。

『にゃ、朝に一度実験して効果は確かめたけれど…………どうかな? 今から目をぱちぱちさせてみるよ』

 聞こえた言葉がきちんと行われたことを示すかのように、自分の視界が家の光景の側だけパッパッと明滅。
 会社のデスクではない家の景色が映ったり消えたりを繰り返していた。

『こんな感じでどうだろう、ヒロ? あ、そっかぁ……にひひ、君からは声が届かないんだったね』

 ちょっとだけ寂しそうな声になるものの、すぐにまた手で拍手してみせたり、近くにあったペットボトルを転がしてみせたりと試した後に、姿見を使って猫せんせー自身の姿を映してくれる。

 まるっとした至極ネコっぽい小さな身体でちょっと気取った感じのポーズを決めている姿が、すこぶる愛らしい。

『吾輩と同じものをきっとヒロも見ている……と考えると、やっぱり少しばかり不思議な気分になるね』

 つまり、そういうことだった。

 今自分が片目で見ているのは、猫せんせーの視界。
 なんでも猫せんせーの魔法を使うことで、せんせーとこちらとの視界を同調させたのだそうだ。

 猫せんせー側でチャネルを開き、その時にこちらも同様にチャネルを開いていれば、送信された彼女の感覚情報が遠くの自分にも伝わるという効力を持つ魔法。

 朝試した時も思ったが、どことなく監視カメラのような映像機器に使用感が近い気がする。
 録画はできないし送受信は一方通行ではあるが、こちらはなんと向こう側の音声まで伝えてくれるのだ。

『にゃ……じゃあヒロ、いちいち使い直すのは面倒だから、ずっと付けっぱなしにしておくからね? お昼寝の時は映らなくて申し訳ないけど、他の時分であれば君の好きに見てくれたまえよ』

 これでずっと君と一緒だね、と心が震えるほどに嬉しいことをおっしゃってくれる猫せんせー。

 完璧です、猫せんせー。
 これならばもはや、こちらには後顧の憂いもありませんね!

 そうして自分は、猫せんせーの見るものを遠くの会社から一緒に眺めつつ、百万の兵を得たような心強さでもってデスク作業を片っ端から処理してゆくのであった。










 そして迎えた、昼休みの時間。

 ただし悠長に外出などしていては間に合うものも間に合わなくなるため、インスタントな麺を傍らに置きつつのキータイプというダブルタスクをこなしている。

 皆が無言で弁当を食べつつパソコンにかじりつく姿は、さながらムショでの刑務作業のような光景だろうか。
 しかしその場合、監督官は部長ということになるのだろうが、彼は現在、他の部署との仕事の融通があるとかなんとか大きな独り言を呟きながら外出してしまっている。
 確実に仕事抜けて外に食べに行ったな、あれは。

 …………こんな時こそ、猫せんせーに癒やしを求めるべきではなかろうか。

 即席麺というあのお方の表現するところの『理性のない食べもの』を摂ってしまっている自分を棚にあげることになってしまうのだが、はたして猫せんせー、きちんとお昼を食べてらっしゃるのだろうか?

 視界を猫せんせーのものに同調させてみると、すぐさま家の景色が目に入ってきた。
 よかった、ひとまず起きてはおられたようだ。

『ふんふーん…………にゃんにゃーん』

 なんだかご機嫌な様子で、猫せんせーは彼女のマイお皿を運んでおられる最中のよう。
 すでにちゃぶ台の上にはシリアルの袋と牛乳が置いてあるところを見るに、あれが昼食なのだろう。

 …………と思ったら、猫せんせーの聴覚がチーンと鳴る音を拾い上げた。

 なんだかにゃんにゃんとしたフレーズの歌を口ずさみながら、てててっとせんせーが電子レンジの方へと走っていく。

 そして開けられた電子レンジからは、湯気立つ白皿が現れ、猫せんせーが中を見るとホカホカしたカット野菜達が収まっていた。
 さらにそれにこの前購入しておいた胡麻ドレッシングを少々垂らしてから、器用にネコの手でスプーンを使ってぐるぐると和えていく。
 あっという間に副菜ができてしまっていた。

『んふ、せんせーだってこれくらいならば簡単なのだ。……なんてね、ヒロのマネだけれどね』

 独り言なのか、こちらが観ている可能性を考慮しているのか、そう呟いてからスプーンでもしゃもしゃと並べた昼食を食し始める猫せんせー。

 ……なんだかこれ、離れているのに猫せんせーと一緒に食事を摂っているようで面白いぞ。

 そんな感じで猫せんせーの視界を覗いていると、今度は窓側からコンコンとノックの音があった。
 もちろん、自宅の窓のことである。

『…………にゅ?』

 ぐるっと視界が動くと、窓の外のベランダに1匹の白いネコがたたずんでいるのが目に入った。
 ノックの音は、そのネコがしっぽで窓を叩いたことによるものなのだろう。

『おや、今日はどんなご用事かな、シラユキくん?』
『にゃーん』

 どうやら訪問客の名はシラユキというらしい。

 食事を中断してそちらに向かい、器用に肉球ハンドで窓を開けた猫せんせーは、網戸ごしにその白ネコと会話を始めていた。

 シラユキ氏が鳴くのに合わせてふんふんと頷いたり、なるほどと相槌を打ったり。
 その後、猫せんせーが講釈を行うようにシラユキ氏に語ったのは次のようなことだった。

『そうかぁ、まだ君はノラのままということなのか。それで吾輩に助言がほしいということかな?』
『にゃ』
『探すときの理想が高いのは向上心があって何よりだが……。しかし、吾輩としては早めに住む家を決めるべきだと思うね。人の世には、住めば都という言葉もあるのだから』
『にゃ、にゃ』
『ふうむ。ならば家ではなく、家に住まう者が自分と相性が合うかどうかを確かめてみるのはどうだろう?』
『………………にゃ?』
『君たちネコは家で住みかを選ぶが、吾輩などはむしろ家人の方を重視すべきだと思うのだよ。突き詰めて言うなら、吾輩はヒロと一緒であればきっとどこにでも住めるだろうね』
『にゃ、にゃっ!』
『……みゅ? ならば自分も……? って、それはダメだ! ヒロはぜんぶ吾輩のものなのだから、他の誰にも渡すつもりも分け合うつもりもないぞ!』

 思わず自分のタイピングの手が止まる。

 聞いているこちらが赤面しそうになるようなことを、堂々と宣言している猫せんせー。
 もしかして、自分が傍聴している可能性をもうお忘れになっているのではあるまいか。

『にゃ』
『んむ、分かってくれれば構わないよ』
『にゃ?』
『そのわりには今はヒロが家にいないと? …………む、彼には仕事があるのだ。それを邪魔するわけには……いかないさ』

 それから猫せんせーとシラユキ氏はまた少し話を続けたのち、やがてシラユキ氏が一礼するような動作をしてベランダから去っていった。

 猫せんせーも網戸から離れ、食べかけの昼食が置かれたちゃぶ台へと戻る。

『…………お野菜、ちょっと冷めてしまったかな』

 それだけ呟くと、猫せんせーはその後は無言のままスプーンを口に運び続けていた。










 猫せんせーの様子が少しおかしくなってしまった。

 いや、より正しくは…………。

 気落ちしてしまった、とでも言うべきだろうか。

 原因はなんとなく分かっている。
 シラユキ氏との邂逅の前後で猫せんせーがこうなった以上、原因はその時の会話にあると考えるべきだろう。

 あの後の猫せんせーは家の中を少しばかりうろうろとしたのち、ベッドで男物のまくら、つまり自分の普段使いのまくらを抱えたまま丸くなっていた。
 やがて共有された視界が閉じてしまったから、猫せんせーはお昼寝モードに入ってしまったのだろう。

 家に電話でも掛けてみようかと思ったが、あまり時間は取れないうえ、猫せんせーの睡眠を妨げるのも少々しのびない部分がある。
 そして都合の悪いことに、今から部署内での夕方のミーティングが始まってしまった。

 ミーティングという名の、部長が各メンバーの進捗度合いを確認する詰問のための時間。
 現在、後輩くんが卸売との連絡が一件だけ終わっていなかったことを執拗に責められている最中だ。

 自分の番は一番最初に済んでいるので、できるならもう仕事の方へ戻りたいのだけれど……。

 周りの話を聞いて互いに進捗を知っておくのは当たり前だ、というのが部長の言い分ではあるが、それなら1人あたりの報告の時間上限を決めないとダラダラした時間になってしまうだけではなかろうか。

 酷いのは、これがあと6人ほど報告者がまだ控えているという事実だった。
 いったい何時になったら終わるのか。

 これなら猫せんせーの様子を見てたほうが数百段は有意義だろうと思い、寝ているのを承知で再び片眼を彼女の視界とリンクさせてみる。

『………………みゅ』

 おお、ちょうど起きたようだ。
 眼前いっぱいに見えるのは、自分のまくらだろう。

『…………ヒロ? ヒロ?』

 まくらから顔を離して辺りを見回す猫せんせー。
 窓には、こちらの会社と同様に夕方の赤らんだ空が広がっている。

『………………にゃぅ……』

 寝起きのままこちらの名前を呼んでいた猫せんせーは、やがて寂しげに一声鳴いてから再度まくらに顔を押しつけていて。

『………………すん』

 慌てて視界の共有を切った。

 見てはいけないものを見てしまったような気分。

 今のシーンを見て決意が揺らいでしまいそうになったが、それでも朝送り出してくれた時の猫せんせーの意思を忘れてはならないと思い直す。

 だが、そう自分を奮い立たせていられたのも、たったの数十分ほどのことだった。

 終わる気配の一向に見えない会議。
 先ほどに見てしまった猫せんせーの様子。
 しかし、かと言ってこちらから向こうに話しかけることはできないという自分に掛けられた魔法のもどかしさ。

 それらの要素がないまぜになり、自分に猫せんせーの様子を再び覗けと囁いてくる。

 やがて、それ以外にできる事はないという言い訳を自分で自分にしてから、視界をまた猫せんせーと共有させた。

 …………そこで、とんでもないものを見た。

『にゃっ❤ あぁ、うぅぅっ❤』

 いきなり右目に映り込んでくる、黒白の毛並みのお腹とその先でがに股になっている両脚。
 そしてベッドに横たわった両脚の間、付け根の部分には片手が添えられ、エンピツがそこから顔を出している。
 片手は激しく上下し、その細長い棒は短いスパンで出し入れを繰り返していた。

 猫せんせーは、自慰行為にふけっていたのだ。

『あふっ、にゃぁぁっ❤』

 ぐりぐりとエンピツが円を描くように激しくかき混ぜられると、リンクした視界がガクガクと揺さぶられたかのように揺れる。

 直後、はぁぁ……と猫せんせーが長く息を吐いた。
 どうやら今の瞬間に達してしまったらしい。

『んぅ…………ふっ、う❤』

 ゆっくりエンピツが股間から引き抜かれると、その間にはトロッとした透明な愛液の橋がかかっている。
 手に持ったエンピツが顔の方に近づけられれば、削っていない側の先が猫せんせーのお腹にぽたりと糸を垂らす。

 視界を覗かれている可能性など一切考慮していない、全てをさらけ出すような行為が行われていた。

『あう、びしょびしょだ……。でも、でもぉ……』

 不明瞭ではあるが、やめなきゃ、やめないと、といったような言葉をうわ言のように繰り返している猫せんせーだが、それでも手はエンピツを放さないまま。
 居間の電話の横に置いてあるメモ用のエンピツは、結局また彼女の股間へと埋め込まれてしまった。

 くちゅ、ちゅっと水音を立てて猫せんせーの中心を刺激しているエンピツを片手に、反対側の手は大きな白い布切れを掴む。

『ん、ふっ❤ すぅ…………んん、はぁっ❤』

 シーツか何かかと思ったそれらは、実際には自分がいつもビジネススーツの下に着ているワイシャツ。
 猫せんせーはワイシャツをぎゅっと顔に押しつけると、目を細めて息を荒げていた。

『これぇ、すっごくあの人のにおいがするぅ……❤ んにゃ、嗅いでるとおへその下の辺りがきゅうっとするよぉ……❤』

 そのうちにさらにエンピツを動かす手は速くなり、木のエンピツは粘つく体液を幾筋もまとわりつかせていた。

 ふっふっ、と猫せんせーの短い呼気がこちらの耳に届く。
 彼女の意識が、性器と口元のワイシャツからもたらされる感覚にのみ没頭していくのがありありと分かった。

 そして唐突に猫せんせーは股の棒から手を離したかと思うと、自身をかき抱くように腕で身体を抑えた。

『ん、うっ❤ んうぅぅぅぅっ❤』

 ワイシャツに皺が残るほど強く抱きしめ、ベッドに顔を押しつけた猫せんせー。
 少しの間視界は真っ暗になっていたが、はぁはぁとした荒い息は生々しい実感をともなってこちらに伝わってきた。

 ゆっくり目が開くと顔を手でこする動作をし、そして仰向けの姿勢でエンピツを掲げて眺めている。

『きもち、よかったけ、ど…………』

 ぼんやりと呟かれた言葉には、どこか不満のような色合いが滲んでいた。

『にゃ、ふっ! うっ、うっ、うぅっ❤』

 また猫せんせーは自慰を再開した。

 同じペースどころか、先ほどよりもさらに激しく、いっそ乱暴なほどに性器へエンピツを突き立てる動作を繰り返す。

『うっ、うぁっ、あーっ❤』

 視界がぐるんと動き、シャツの上にまたがって寝転ぶような姿勢に変わる。
 力がこもりすぎたのか、ワイシャツは部位が分からなくなるほどに丸めて抱えられていた。

 揺れる視界に加えて聞こえてきたのは、猫せんせーの切なげな声だった。

『うぅ〜っ! 足りない、全然足りないよぉっ! エンピツじゃあ全然ダメだっ、あの人のがほしいよぉっ!』

 白いシャツに口元を埋め、うーうーと獣じみたうなり声を上げながら、合間にそんな内容の叫びが混じり始める。

『わ、わがはいは、せんせーだからっ……がまんしなくちゃ、いけないのにっ! 止められないよぉ! こんなの、やだよぉっ!』

 声はつっかえ、そして震え、一度暗くなった視界は再び開いた時にはピントがぼやけていた。

 シャツでぐしぐしと顔を押しつけてから離れると、その部分にだけ水たまりのようなシミが付いている。

『やだぁ、やだぁっ…………! さびしいんだっ、こんなのじゃ満たされないんだぁっ! 早くもどってきてぇ、もどってきてよぉ!』

 覗き見をしているこちらの名をうわ言のように連呼しながら、彼女は悲痛に喘いでいた。
 喘ぎ、水音もさらにはっきりとしたものになる。
 そして、そこでようやく自分も全てを察する。

 魔物娘は本能的な行動パターンを取るタイプが多いと聞くが、その中で猫せんせーはかなり例外の位置にある…………と、勘違いしていた。
 勘違いのうえで、その考えや、猫せんせー自身の優しさに甘えていたのだ。

 猫せんせーは朝に自分を送り出した時も、どこか内心を押し隠していたのか。
 ほんの少しのきっかけで爆発してしまうほどの強い思いを、ひた隠しにしていたのか。

 その結果が、今共有してしまっているこの視界に映された、あられもない彼女の姿だった。
 きっと、相当に衝動的な行動なようだから、もはや見られていることにすら気づいていない可能性もあるだろう。

 やはりこの魔法、送受信が片方しかできないのは失敗だったのかもしれない。
 こちらは向こうの様子が見えるから良いものの、向こうからすればそれを確認するすべがなく、1人で過ごしているようにしか感じられないのか。

 そう考えている間にも、彼女は手を止めることなく、一心不乱にシャツの上で自慰を行なっていた。

『う〜っ! う〜っ!! やだぁ、1人でイクなんてやだぁっ! おなかがきゅうってしてるよぉ、あの人と一緒が、一緒がいいのにぃっ! こんなのっ、あ、あっ、ああぁぁぁぁっ!!』

 再びオーガズムに至ったことにより視界が揺れ、涙でいっそう滲み、そして猫せんせーの一際大きな嬌声が頭に響いた。

 僅かの間無言であった彼女は、荒い息もロクに抑えないまま…………。

 はっ、はっ、と声がまた規則的になったかと思えば、水音はいやにも増してぴちゃぴちゃと聞こえてきた。

『…………たりない、たりないっ……! おなかの下が、まだキュゥってするよぉ…………もっと、もっと、もっとぉ――――』

 ――自分はそこで、視界の共有を終わらせた。

 見ているのも辛かったし、見せられた分だけさらにこちらも耐えられなくなってしまいそうだった。

 両目の風景が、元の会社の会議室へと戻ってくる。
 幸い、こちらの様子は誰にも見咎められることはなかったようだけれど……。

 しかし、あの光景が目から離れてくれない。

 その後は、痛いほどに誇張した自分の性器を持て余しつつ、砂を噛むような会議の時間を焦燥と苦悩に追われながら過ごすことになってしまった。










 たぶん、今の自分は色々な意味で自己の限界を軽々と超えてしまっている気がする。

 そんなことを、処理済みの書類を重ねて分厚くなったファイルを閉じながら頭の端で考えていた。

 現時刻、夜の10時ほど。
 腰を上げると、隣の後輩くんが疲弊しきった目でこちらを見てくる…………と、目を見開いた。

「ひ、ヒロさん、もうそれ全部終わったんすか!?」

 ただ頷いて、カバンの荷物をまとめる。

 奥から部長がそれを目ざとく見つけ、これ見よがしにこちらへと近づいてきた。

「キミ、作業も途中で放り出して帰宅する気かね」

 とか、うんたらかんたら。
 社会人としてその態度はどうなのかとか、周りの士気に関わるだとか。
 同じような内容がループするように、こちらへと浴びせかけられる。

 しかし自分の業務自体は終わっているうえ、なんなら明日の分まで進められるところは全て完了している。
 会議後にいつの間にか振り当てられていた、元は他の誰かさんが担当していたはずの仕事まで含めて。

 なので部長、そちらにメールを送っておきましたので、明日の分のクロスチェックお願いします。

 本日〆切の方は4時間ほど前に送りましたし、そっちの修正は今はどのような状態でしょうか? そちらからのご返信、しばらく待っていたのですが。

「そ、それは……。私がカントクセキニンを負うのはキミばかりではない。部署の皆を見る必要がある、当たり前の話だ。チェックについては、今日とはいえ明日にも間に合う内容が多く……」

 おかしいな、ノルマが回ってきた時は今日中に仕上げろとしつこく言われたはずなのだけれど。

 まあ、分かりました。それでは、もし何かあればご連絡いただければと思います。
 部長もお荷物まとめていたようですし、そろそろ今日はお帰りですか?

「いや、しかし、社というものは皆が一丸になり、ココロを一つにしなければ務まらん。そもそも、1人で先に帰宅しようとするその心構えがなっておらんと言ってるんだ私は。私がキミのような下っ端の頃はだな……」

 ――――――あ゛?

「………………」

 連帯感だとかをしきりに話していた部長は、目が合うと何やら顔を引きつらせて黙りこくってしまった。
 なので、そのまま仕事場を退出する。

 後輩くんに後日聞いたところによると、自分の目つきが人間のものではなくなっていたとのこと。
 まるで獲物を狩る肉食動物の眼であったそうだ。

 次の日から部長のこちらへの対応がやけに大人しいものに変化していたけれど…………さて、なんのことやら。











 自分が家に着いたのは、社を出てから30分きっかり後のこと。

 会社でもわりと既にいっぱいいっぱいの状態だったのだが、家に帰ってくるとその焦燥感はよりいっそう耐えがたいものへと膨れ上がった。

 すでに取り出していた鍵でもってドアを乱暴に開け、靴を脱ぎ捨てて奥のリビングへと飛び込む。

 猫せんせーは、果たしてそこで寝ていた。

「………………ん、んみゅ…………」

 ベッドの中央で仰向けになって寝ており、シワシワになったワイシャツに顔のところまでギュッとくるまっている。
 シャギーショートの髪を指でかき上げて上から覗きこむと、目の端には涙の跡がつたっていた。

 そのたまらなくいじましい様子に今からしようとしていることに迷いを覚えたものの、しかし数時間前に見た猫せんせーの痴態を思い出す。
 自分の名を呼び、欲しい欲しいと喘ぐ彼女の痴態。
 考えるだけで激しく勃ってしまうあの卑猥な光景。

 巻きついていたワイシャツをめくり、猫せんせーの腰から下だけを外気に露出させる。
 すると現れたのは、しなやかな両脚とその間で濡れてテラテラと光る陰部。

 元から体温が高めの猫せんせーだからか、あるいは自慰にふけっていたからなのかどうか、そのワイシャツの内側は湯気が立っていそうだと錯覚するほどに熱く、雌の体臭で満ちていた。

「…………ん、ふ……」

 指をその中心に挿れ、指の両側に開くようにして陰部を広げると、まだ温かい愛液の奥にヒクヒクと動く肉の穴が見えた。

 そこに、取り出したペニスをずるりと挿入する。

「………………ふぅっ……!」

 寝ている猫せんせーは僅かにうめくものの、大きなリアクションはなかった。

 入り口に当たったペニスは濡れたヴァギナにたやすく飲み込まれ、亀頭の太くなった部分を生き物のようにぐぷりと咥えてしまう。

 そのわりには膣内はぎゅうっと締めつけを強くし、奥へ奥へと侵入しようとする男性器を外に出そうとするような動きで膣ヒダがうごめいていた。
 ずりずりとヒダに擦られるたび、繋がった陰部から腰のあたりに向かって悶えそうになるような快感が伝わってくる。

 そしてゆっくり挿入されたペニスは、やがて彼女の一番奥の部分に触れた。

 トン、と固い感触が先端に当たる。

「…………んっ、くふ」

 息を漏らす猫せんせーを尻目に、抽送を始める。

 いや、始めるといった言い方は正しくない。
 気づけば自分は我慢の限界を超えていたようで、押し倒すような形になっていた下の彼女に対し、いっそ強引なほどの勢いでペニスを突き立てていた。

 パンパンと大きな音が互いに触れる腰のあたりから鳴り、陰茎はうねるように動く膣内の快感を伝えてくる。

 何度も何度も続けられる抽送に合わせて、猫せんせーの身体がベッドの上でゆさゆさと揺れて前後する。

「………………あぎゅっ!」

 力加減もうまく調整できなくなってズチュッと狭い膣内を陰茎が深くえぐると、猫せんせーが押しつぶされたような声を出した。

 それでも目は覚まさず、表立った反応はない。

 やがて、ずっと動いていた側のこちらに限界がやってきた。

 うっ、と一声漏れ、寝ている猫せんせーの一番奥で精を解き放つ。
 どぱっという感覚が幾度も続き、収縮する膣内の一番奥に覗きをしていた時から溜まっていた精液を容赦なく注ぎ込む。

 ワイシャツ越しに小さな身体を抱きしめて至上の快感を享受していると、中の彼女がびくりびくりと小刻みに震えているのが分かった。

 猫せんせー、寝ながらイってしまったのか。

「………………ふぅっ、ふぅっ……」

 いや、これは…………。

 ある可能性に思い至り、ワイシャツの上側をめくろうとする。
 すると、内側から予想以上の抵抗を受けた。
 猫せんせーがシャツを抱きしめているだけ…………ではないだろう、これは。

 起きてますよね、猫せんせー?
 
「………………」

 返事がなかったため、あっという間に硬さを取り戻していた肉棒を再び彼女のどろどろねばねばした膣内で前後させる。

 ぐちぐちとした淫靡な音に混じって、微かではあるが確実に猫せんせーの喘ぎ声が聞こえてきた。
 あくっ、はぁっ、などと息を漏らすようにうめくたび、シャツの中で身を縮めてこらえている。

 彼女が抽送に意識を取られているうちに、バッとワイシャツをめくり上げてしまう。

「………………にゃっ!?」

 一瞬遅れて、ネコそのものの声で一声叫ぶ彼女。
 予想通り猫せんせーは既に起きていたようだ。

 何も言わず、ぐちゅぐちゅとペニスで膣内の柔らかな肉をかき混ぜる。

「あっ、あぁぁぁぁぁ❤ あぁぁぁっ❤」

 覆いを取り払われた猫せんせーの顔は涙とヨダレでぐしゃぐしゃに蕩け、半開きになった口の奥では舌がピーンと突っ張っているのが見えた。

 ピストンはやめないまま、いつから起きていたのかを尋ねる。

「にゃ、にゃぅぅぅ❤ お、おきたらっ、君が、わがはいのことをじゅぷじゅぷしててぇっ❤」

 はっはっ、と猫せんせーの息が過呼吸ぎみに乱れているのを、こちらの口で塞ぎ、猫せんせーの鼻を何回も指でなぞる。
 混乱しているなりに意図を理解したのか、彼女は鼻からすーっと大きく息を吸いこんだ。

 唇を離すと、猫せんせーが口を開く。

「んちゅ、ぷぁっ❤ ……あっ、あっ……おきてビックリしたけど、すぐに君だってわかってっ、あっ、うれしくってっ❤」

 蕩けた顔の猫せんせーは、また新たな涙をぽたぽたと流し、しかし口元は緩く笑みの形を浮かべてみせた。

「あぅ、あっ、あっ…………だって今日はわがはい、1人だと思ってたから、ぁ❤ 帰ってきてくれてっ、なんだか涙がっ、とまらなくてぇ❤」

 覆いかぶさるように上からぎゅうっと強く抱きしめると、猫せんせーの熱い息が胸元に当たり、猫せんせーの甘い匂いが鼻腔を満たした。

 繋がったままさらにベッドに押しつけるように強く抱くと、彼女も柔らかな手足をこちらの胴にぐるりと回し、下からホールドするように抱き返してくれる。

「ごめんね、ごめんねっ❤ わがはい、がまんしようとしたっ、んだけどっ……あっ、あぅっ…………やっぱり、君と一緒にいたいみたいだぁっ❤」

 謝ってしまう猫せんせーの頭に顔を近づけ、ぐりぐりと鼻と言わず頬と言わず全てを押しつける。
 猫せんせーの涙やヨダレといったものの全てを愛おしく感じてしまった。

「んへ……❤ あっ、あっ……ねえ君、最後は一緒がいいなぁ、君もわがはいと一緒が良いよねぇっ❤ 君の子種っ、わがはいのおなかの……キュウッとしたところにっ、またどぴゅどぴゅしてほしいよぉっ❤」

 喘ぎながらも話し、懇願する猫せんせーに、こちらは余裕のないままひたすら頷き、身体を叩きつけるようにペニスで膣内のヒダを擦り続ける。

 猫せんせーの身体がぐぐっとこわばり、こちらを抱きしめる小さな手に似つかわしくないほど強く力が込められた。

 下半身はぶるぶると震え、最後の瞬間を必死に先延ばしにして耐えている猫せんせーの姿が自分の目に映った。

「イって、イってっ❤ 一緒にイこっ❤ わがはいが君のでいっぱい気持ちよくなってるのっ、見てぇっ❤」

 その叫びに引きずり出されるように、こちらのペニスが彼女の最奥で爆ぜた。

 どっ、どっ、と一回の脈拍も大きく、尋常ではない量の射精が猫せんせーの子宮口と繋がったまま始まってしまう。

「あ、あっ、あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁっ❤」

 こちらに顔を押しつけ、猫せんせーがイキ声を上げながら身を震わせる。

 擦りあわされたお腹は、彼女の下腹部が射精を受けて収縮するのを感じられるほどに密着していた。

「お゛っ、お゛ぉ゛っ❤ これぇぇっ、イぐっ、イぐっ、まらイぐぅっ❤ あ゛ぁぁぁぁっ❤ お゛あ゛ぁぁぁぁぁぁっ❤」

 開いた口からは普段からは想像もつかないようなケモノじみた喘ぎ声が漏れ、快感のためか目がぐるんと上向きになった状態で身体を痙攣させている猫せんせー。

 そんな彼女の無防備になった子宮に注ぎ込む射精の勢いは長い間衰えることなく、猫せんせーのお腹がぽっこりと膨らんでからようやく終わりのきざしを見せた。

「…………あぁ、あふぁ…………んっ❤」

 ベッドの上で惚けていた猫せんせーからペニスを抜くと、どぽりと音を立ててナカから大量の精液がこぼれた。

 ピクリと猫せんせーが身を震わせ、陰部がヒクつくたびに井戸を汲むように白濁がどろどろと溢れてくる。

 その様子を妙な感慨とともに眺めていると、猫せんせーがこちらに気づいて手招きをしてきた。

 顔を近づけると、きゅっと腕を回して抱き寄せられる。

「……にゃ、もうしばらく一緒にいてくれたまえよ」

 満たされたような、どこか穏やかな声でそう言われ、自分もベッドの上で彼女を包むように抱きしめた。











「まったく……ヒロ、せんせーはちゃんと君のお仕事をしておいでって言っただろう?」

 こちらの頭を抱いたまま、言い聞かせるように話す猫せんせー。
 プニプニの小さな手は髪の流れに沿うようにスリスリと動かされ、頭が柔らかく撫でられている。
 なんだか、いつもとは役割が逆になっていた。

「んふ、まあ、君が吾輩のことを大事に思ってくれているのはとてもよく理解できたけれどね」

 微妙に嬉しさを言葉の端に滲ませた忠言を受けつつ、ふと思うことがあった。
 猫せんせー、やっぱり視界を共有する魔法の存在を忘れおられるのではあるまいか、と。

 弟子としては、自分が『1日と離れてられず、辛抱たまらず帰宅してせんせーに睡眠姦をかました変態』という汚名をかぶるのは構わないのだけれど……。

 でも、結局尋ねることにした。

 実は猫せんせー、見てしまったんです。
 猫せんせーがエンピツをその、使う姿をですね……。

「……………………に゛ゃっ!?」

 反応はめざましく、途端にぎゅうぅぅっと猫せんせーの腕に力が込められた。

 あの、ちょっと顔が苦しいのですが、離していただけないかなぁ、と……。

「だ、ダメだダメだ! いっ、今はこの状態から吾輩は動けないのだ、ヒロ! 君も少しばかりがまんしてくれたまえ!」

 心なしか、猫せんせーの体温が上がり、多少の発汗がうかがえる。
 どうやらひどく赤面しているらしい。

「その、何がとは言わないが、吾輩だけが様子を見れないなんて不公平だと思わないかな?」

 ならばこちらが僅かばかり魔法について失念してしまっても、責める者はいにゃいだろう……などなど。
 最後の方は焦りからかネコ言葉が混じってしまっていた。

 なるほど、やっぱり…………。

 まあ、猫せんせーのまた魅力的な一面が見れたのだから、これ以上は追求するまい。

 彼女の一の生徒としては、猫せんせーは結構なさびしがりであるということだけを頭の記憶装置にしっかり焼き付け、あとはただ顔に触れるモフモフしたお腹の感触を堪能するのみである。

 そして後日、猫せんせーは今度はお互いに視界を共有できるように魔法を改良してくれたのだった。

 はたして、覗き見たあの光景は猫せんせーの過失によるものだったのか、はたまた実は故意によるものだったのか。

 まあ自分としては、どちらでも構わないのだよ。

 ……と、猫せんせーっぽく締めさせて戴こう。

 
17/06/05 10:56更新 / しっぽ屋

■作者メッセージ
 
発想の元はペット用カメラです。
なかなか高性能なものも多いようで。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33