連載小説
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TAKE17 熱唱! カラオケボックスで過去暴露!
「降り出す雪の冷たさに 凍えるこの身 誰か抱きしめて……」
「助けを乞う 声さえも 闇夜に消えていく……」
「でも "逃げたい" なんて 思いたくはない」
「"やめたい" なんて 思わない」
「「この命が 尽き果てる その日まで」」
「私に 向けられた 敵意」
「艱難辛苦 その 凡てを」
「「喰らい 尽くし 生き残る……」」


 カラオケボックスの一室にてやけにネガティブでおぞましい歌詞の楽曲をノリノリで歌い上げる、二人の男女。
 緑玉髄(クリソプレーズ)色の長髪に中性的で凛々しい顔立ちをした、ラフな身なりの褐色美人と、長身で線の細い――いかにも女装の似合いそうな、というか女性と見紛う程に美しい――優男……最早読者の皆様方はお察しであろう、この二人は術で人に化けた砂川克己と魔術で変装した志賀雄喜である。
 克己にとって初回、雄喜にとっては三度目となる此度のデートで二人が訪れたのは、都心部の外れに位置する繁華街『椰子ノ木町商店街』であった。
 嘗て全国的な不況の煽りを受け絶体絶命の危機に陥った所をキラメキングダム株式会社に救われ県内有数の繁華街として盛り返した過去を持つこの町には、昔ながらの商店と共にキラメキングダム傘下の事業所や商業施設などが数多く立ち並ぶ。嘗て救われて以来椰子ノ木町の自治体とキラメキングダムは互いに支え合う共生関係を築いており、宛ら街そのものが同社の管轄下にある一つの観光地といった様相を呈している。


「いやはや全く、凄いな本当に……まさか克己さんの歌唱力がこれほどとは」
「ゆーちゃんだって上手じゃないのよ。まあカラオケ、っていうか音楽は子供の頃から結構好きだったから」
「という、ことは……もしや歌手志望だった時期が?」
「そこまでじゃないけど、中学から高校の時仲間集めてバンドやってたのよ。和風ファンタジー路線のビジュアル系なキャラ付けでね」
「……それも大概凄くありませんか。具体的にはどんなバンドだったんです?」
「さっきも言ったように和風ファンタジー……陰陽師とか妖怪とかそういう設定で、バンド名は『罪業妖魔団チダマリ』っていうんだけど」
「おぉぅ、いかにもって感じですね……」
「中二の時、深夜テンションで勢い任せに考えたのよ。今思えばセンスないしダサいネーミングだと思うわ、本当に。ついてきてくれた他の四人には感謝してもしきれないぐらいよ」
「四人、てことは克己さん含め四人組ですか。パートとかはどうなってたんです?」
「そうね……折角だからバンドの設定も含め一気に説明しちゃいましょうか。
『チダマリ』は、旧魔王時代のジパングで悪事の限りを尽くして討伐され、死後に八大地獄の責め苦を乗り越えて現代に転生した妖怪四匹が贖罪の為に結成したバンドっていう設定なんだけど」
「設定の段階でかなり濃いですね……というかその設定は諸方から色々問題視されなかったんですか?」
「そりゃあ問題視されたし文句も言われたわ。当時うちの学校はジパング系の魔物が結構な比率で居たから『配慮がなってない』とか『不謹慎だ』とか『罰当たりだ』とか非難されまくったわ、ジパング系魔物以外から」
「……ジパング系の方々からの反応はどうだったんです?」
「ほぼ無反応……どころか逆に応援してくれたりもしたわねー。なんか面白いとか、設定はともかく歌や演奏は上手いんだから頑張れとか。まあ結局、"こういうことで騒ぐのは当事者でもない癖に意識高いフリしたいだけの無知な外野なんだな"って感じよね。と言っても、世の中色々いるから一概にそうとも言えないんだろうし、その辺の問題はデリケートだから丁寧に扱わなきゃいけないのは承知の上だったけどねー」
 騒ぎ立て、批判してきた者たちを小馬鹿にしつつも自嘲気味かつ自虐的に、克己はバンド活動の過去を語っていく。
「『チダマリ』のメンバーは全員妖怪だから、それぞれ自分の種族や性格に準えて妖怪としての設定を作ったの。
 例えば後輩の中川ってのはギター担当だったんだけど、種族がサンダーバードだったからまあ鳥の妖怪って設定にしとこうってなって。でも烏天狗はジパング系のハーピーでいるじゃない? だからその辺配慮しなきゃいけないから色々話し合ったのよ」
「あー……となると、姑獲鳥とかですか?」
「惜しい。以津真天(いつまで)よ」
「い、以津真天……それはまた尖ったチョイスを……」
 以津真天とは江戸の妖怪画集『今昔画図続百鬼』に記載のある鳥型妖怪である。記録によれば翼開長約5メートルの巨体に鋭い牙や蛇のような胴体を持つ異形の風貌で、主に放置された死体の傍に現れては『いつまで死体を放置するのか』の意味で『いつまで』と鳴くとされる。
「そりゃ元罪人って設定だったし、不気味なの選んどかなきゃでしょ。あともう一人後輩でベースの中山ってのも居て、その子は種族がワーウルフだったの」
「ワーウルフ……てことは、犬神とかですか?」
「違うわねー。犬神も確かに案として挙がったんだけど、オオカミとイヌを同一視するとまたうるさく言われるし、犬神ってそもそも不謹慎でエグい側面ある妖怪だってんでそこも問題視されそうだったから、月日をかけて合体して一つの存在になったニホンオオカミの群れの幽霊って設定にしたのよ」
「またそのまんまというか、犬神よりかえって複雑になってません?」
「中学生で文句言われないように設定練ろうと思ったらそれが限界だったのよねー。
 で、あとは同級生で小四からの腐れ縁だった黒田って男子がいてね? バンド始めたきっかけもそいつがドラム滅茶苦茶上手かったからなんだけど、そいつのキャラ付けが難航しちゃったのよね」
「難航、というと」
「話すと長くなっちゃうんだけど……そもそも黒田は動物の中だとダチョウとかヒクイドリとか所謂"大型の飛べない鳥"が好きでね? だからバンドのキャラ設定も飛べない鳥の妖怪がいいって言い出したのよ。でも古今東西妖怪の鳥なんて大体飛ぶじゃない? 鳥系魔物にしたって基本飛ぶのばっかだし」
「確かに、現状学術的に認定されている種に限れば飛べないのは精々コカトリスくらいですね」
「でしょ? しかも日本妖怪って括りだとほんと大体飛ぶやつばっかりなのよ。だからもうそれは悪いけど無理じゃないのって言ったら、そう言われると思ってちゃんと調べてあるんだって言い出して……何出してきたと思う?」
「はて、飛べない鳥……妖怪で、日本……妖怪じゃないかもしれませんが、地獄草子の奈良国立博物館本とかですか?」
「正解。まさか当てちゃうとは思わなかったわ」
「元々そういう分野も好きでしたし、諸方で鍛えて頂きましたから」

『地獄草子』とは、仏教世界の地獄を描いた絵巻物である。
 12世紀に描かれたとされるこの国宝の中には責め苦に苦しむ亡者たちや、亡者を苦しめる個性的な鬼や怪物たちの姿が描かれており、中でも"鶏地獄"の責め苦を担う"炎を吐く巨大な鶏"はそれらの代表格として名高い。

「黒田は鶏地獄の鶏に"地獄軍鶏(じごくしゃも)"って名前をつけて、それを自分のキャラ設定に使ってくれって頼み込んできたのよ。でまあ、私も中川も中山も、黒田の真摯な態度に心打たれて、じゃあそれでやろうって事で話進んでたんだけど……」
「まだ何か問題があったんですね」
「そうなのよー……。さっきバンドは四人って言ったじゃない? けどそれは舞台に立つ面子の話で、裏方担当にもう二人居たのよ。松村って後輩の男子と、これまた後輩の鶴嶋ってオートマトン。
 松村はドラム中心に大体の楽器ができて歌も上手いから『チダマリ』の誰かが欠けた時代わりに入ったり、なんなら五人目として舞台に立つこともあったわ。鶴嶋の方は完全な裏方で、私達の活動を支える所謂マネージャー。どっちも優秀で『チダマリ』の活動は二人の存在あってこそだった、んだけど……松村はともかく鶴嶋は性格に難があるっていうか、まあそこそこにクズだったのね?」
「そこそこにクズ? オートマトンがですか? 冗談でしょう?」
 雄喜は耳を疑った。件の鶴嶋なるマネージャー、その種族はオートマトンだという。
 そしてオートマトンと言えば、かの異界の未知なる古代文明が生み出した謎多きゴーレム……有り体に言えばガイノイドの魔物であり、機械だけあって感情表現には乏しいものの概ね理性的で献身的な人格者が多いことは読者諸兄姉も知っての通りであろう。
「……ま、普通そう思うわよね。けど鶴嶋は例外っていうか……直に迷惑かけてくるわけじゃないんだけど、結構な頻度で無駄に余計なことして状況をややこしくしたりするのよ。双子のお姉さんは生徒会役員でまともなのに……。
 でまあ、そんな鶴嶋妹がね? 黒田のキャラ設定を地獄軍鶏にしようかって流れに口挟んできたのよ。
『黒田先輩を地獄軍鶏にしたら鳥の妖怪だから中川先輩と被りますよね? それに中川先輩の以津真天が空で中山先輩の幽霊狼が陸なら黒田先輩は海や水の中に関わる妖怪の方がバランス取れるんじゃないですか?』って……」
「……。一概に否定し辛いというか発言そのものはわりと正論なのが腹立つなぁ!?」
「でしょう? ゆーちゃんならそう言ってくれると信じてたわ。流石私たちが選んだ男っ! 正直空気読みなさいよこのポンコツがーって感じなんだけど、まあそれが鶴嶋妹だから……。
 でまあ、私と中川と、あと普段感情を表に出さない中山や普段は大人しい松村までそりゃあもう鶴嶋妹にブチ切れて、そうなったら普通黒田もキレると思うじゃない? あいつ元々わりと優等生の癖にガワはヤンキーだし」
「まあ、普通は怒りますよね」
「そう、普通は怒るのよ。けどその時の黒田は普通じゃなかったの。神妙な面持ちで『自分が悪かった。鶴嶋の言う通りだ』なんて言い出しちゃって。私達必死で宥めたんだけど『バランス取らなきゃいけないから地獄軍鶏は諦める』って……それで話し合いの結果、磯撫(いそなで)になったのよ」
「磯撫……確かに海の妖怪ですね」

 磯撫とは、西日本近海に伝わる鮫の妖怪である。尾に生えた無数の針で人間を引っ掛けて水中に引きずり込み捕食するという。

「なんだかんだ気に入ってたしキャラ設定も本人に馴染んでたからまあ結果オーライなんだけど……鶴嶋妹を制御しきれなかったのは筆頭任されてた私の責任だと思ってるわ」
「まあそう気負わずに……因みに克己さんは何の妖怪だったんです? 虫の妖怪はそれほど多くないイメージですが」
「恙虫(つつがむし)よ」
「……つ、恙虫? 恙虫ってあの恙虫ですか?」

 恙虫。凶悪な細菌リッケチアを媒介することで知られるダニの一種・ツツガムシの由来にもなった、島根に伝わる虫妖怪である。

「そう、あの島根妖怪のヤツね。絵本百物語の挿絵だと辛うじてサソリと解釈できなくもないビジュアルだったし」
「……あの挿絵はサソリというよりハサミムシやムカデじゃないですか? というかもっと他に候補居たでしょう、女郎蜘蛛は実在するから無理にしても神虫(しんちゅう)とか」

 神虫。『地獄草子』と同時期の絵巻物『辟邪絵』に登場する巨大な虫妖怪であり、異形の風貌乍ら鬼を食い人畜を護る善の存在とされている。

「神虫はあくまで正義の妖怪でしょ? 『チダマリ』は悪党くずれのバンドって設定だからしっくり来ないのよね。あとあれって一説には蛾の妖怪だって説もあるからモスマンとかのパピヨン属がどうのとか文句言ってくる奴いそうだなって思ったのと、私アラクネ属だから翅ないしなぁって」
「だとしてもリーダーが恙虫って、失礼ですけどカッコつかないのでは……」
「カッコつかなくていいのよ。寧ろそれが狙いなの」
「と言うと」
「カッコつけて二枚目に、綺麗に仕上げるのは勿論重要よ。けどそれだけじゃハードル上上がり過ぎるし、いつか限界がくる。何より二枚目成分十割って意外と客ウケ悪いでしょう? 完全に美しい、完璧にカッコイイんじゃなくて、ある程度三枚目っていうか、何かしらのマイナスを背負ってる方が親近感あってウケもいい……じゃあ恙虫じゃない? ってなったのよ」
(中学や高校でそこまで考えてる時点で只者じゃないんだよなぁ……)

 その後も克己は雄喜に自らのバンド時代について語って聞かせた。

 ビジュアル系を意識してそれぞれにキャッチコピーがあることや、悪党だった頃の過去にしてもそれぞれの妖怪を意識しつつ諸方に配慮したような設定にしたこと。多忙にもかかわらず力の限りバンドの活動を支えてくれた速水教頭の存在に、学園祭での大盛況。当時生徒会長だったサキュバスに目をつけられ何かと苦労させられるも鶴嶋姉妹――それも特に、妹の方――の活躍により難を逃れたこと。
 その他にも様々なことを語らいつつも、カラオケボックスらしく二人は様々な楽曲を熱唱するのだった。



「"略奪する背徳こそ真に素晴らしい"!?」
「"まともな恋愛なんて馬鹿のすること"!?」
「"奪い取り手籠め」「にが最適解"!?」
「「"それが オタクの 真理 です"!?」」

「「はぁぁぁぁああああああああ!?」」
「五ッ月蠅(うっせ)ェ!」
「五ッ月蠅ェ!」
「「五ッ月蠅ェわァっ!」」
「ブチ殺されてえか 限界です!」
「絶対 絶対 絶対に 正気なのは私ィ――「「やろがいッッ!」」

「ああ 耐え難いィ……」「浅ましい 欲望 剥き出しの価値観ッ」

「五ッ月蠅ェ!」
「五ッ月蠅ェ!」
「「五ッ月蠅ェわァっ!」」

「腐った 劣等」「感 てめーの」「「脳天を BASH!!」」




「いやー、歌った歌った……」
「本気で歌ったの久しぶり過ぎて内臓が疲れた……」
「後の事考えて比較的短めのにしといて正解だったわね……」
「少し休憩しますか……それで次はどこか座ってゆっくりできる店にでも……」
「そ、そうしたほうが良さそうね……」

 かくしてカラオケボックスを出た後、少しばかりの休憩を経て二人は次なる店へ向かった。




「――結局のところ、ゲームそのものをアニメで描くのがもう限界に近いんじゃないかなとも思うわけですよ。多様化に伴ってルールは年々複雑化の一途を辿り、見ごたえのある試合を描こうとすれば30分番組の枠に収まるわけもない……」
「ま、ホビー系のアニメであれだけ長続きしたのって正直奇跡みたいな所あるもんねぇ」

 椰子ノ木町商店街にある大型カードショップ『デュエルラボ』の対局スペース。向かい合って腰掛けた雄喜と克己は、各々お目当てのカードを求めてストレージボックスの中身を漁りつつ昨今のTCG界隈について語らっていた。

「……然し驚きましたよ。克己さんがまさか『遊侠王』のコアファンだったとは」

 遊侠王。20世紀末の日本で連載されていた同名少年漫画を発端とする世界的なメディアミックス企画である。昨今では特にその中でもトップクラスの知名度と売り上げを誇るトレーディングカードゲーム『遊侠王OCS』を指す場合が多く、人魔共存社会に突入して以後は異界でも販売がなされたり、有名企業や魔王軍の幹部などといった大物とのコラボが実施されるなど話題に事欠かぬ大規模コンテンツと化していた。

「八期から入った新参だけどね。学生時代は『チダマリ』の面々と死ぬほどやったし、マッキーとも結構やったりするのよ。っていうか私があの子に教えたんだけど」
「つまり彼女がエドテレの『精鋭部隊Jソルジャーズ』で遊侠王コーナーのMCを務めて人気を博したのも、元をただせば克己さんのお陰……?」
「ま、ある意味ではそうと言えるかもしれないわね。けどレギュラーMCの仕事をあそこまで続けられたのは純粋にあの子の実力と人柄のお陰よ、私はただあの子を手伝っただけ」
「だとしても導いたのは克己さんじゃないですか。ところで」
 束から目当てのカードを抜きつつ、雄喜はTCGプレイヤーなら誰もが気になるあの質問を投げかける。
「克己さんはどんなデッキをお使いで?」
「デッキ? まあ新参とは言っても結構長くやってるから色々やってきたけど、まあでも正統派よりは変な戦い方に拘るタイプでね。大体はバーンデッキとか組んでたわ。あと一時期はデッキ破壊なんかもやってたけどお気に入りはバーン、もしくはビートバーンね」

 遊侠王OCSに於ける主な戦術は"ビートダウン"、"バーン"、"デッキデス"、"特殊勝利"の四つである。"ビートダウン"はユニットを使役しての戦闘で、"バーン"はカードの効果によるダメージでそれぞれ相手のライフを0にすることを目的とし、これら二つの戦術またはその折衷型である"ビートバーン"が遊侠王に於ける先述の約八割以上を占めている。
 残る二割の殆どを占める"デッキデス"は相手のデッキのカードを削ることでデッキ切れによる敗北に追い込む戦術で、安定性に欠ける為あまり一般的ではない。"特殊勝利"はそんなデッキデスより更にマイナーな戦術で、何らかの特殊な条件を満たすことで有無を言わさず対戦に勝利できる効果を持つ"特殊勝利カード"を用いて戦う。
 特殊勝利は他の三つより特化した構築と慎重な運用が求められるのみならず、大抵は特殊勝利カードが使用不能になるとその時点で負けが確定する為さして強くもないと見做されることが多く、話題になりやすい反面利用人口は必然的に少ない。

「なるほど……僕は専らビートダウンばかりやってますね。しかも主役よりは悪役が使うようなのばっかりで、ボスからも『構築にロマンがない』ってよく怒られてましてね。僕は大体いつも僕自身なりのロマンを追求した構築を心がけてるつもりなんですが」
「あたしも『チダマリ』のみんなからよく言われてたわー。特に鶴嶋妹なんて性格ねじ曲がってて狡っからい癖にデッキは典型的なロマン構築のビートダウンだから軽く妨害するだけで面白いくらいやられちゃって。逆に一瞬であいつにやられることもあるんだけどねー」
「あのマネージャーさんがですか? それはまた意外ですね、てっきり彼女みたいなタイプこそ妨害を多用するものとばかり――「お客様がた、少々よろしいでしょうか」
「はい、何でしょう?」
 二人に声をかけたのは『デュエルラボ』店員のキキーモラであった。
「お取込み中すみません。須賀川雄一郎様と神代克己様とお見受け致しますが……」
「はい、確かに僕が須賀川ですが」
「そして私は神代だけど……どうかしたの、店員さん?」
「実は、キラメキングダムの古坂社長よりお二方宛てに伝言を預かっておりまして」
「社長が僕らに?」
「はい。会社のPV撮影の為、椰子ノ木町商店街の魅力をアピールする為にも是非、当店で開催予定の遊侠王の大会に出て貰えないかとの事」
「大会……か。正直経験ないから自信ないんだが……」
「いいじゃない、出ましょうよゆーちゃん。自分の実力がどれくらいのものか確かめてみたいし、お互い上手く勝ち残ればどこかで私達やり合えるかもしれないでしょ?」
「あー……そうですね。ちょうど克己さんと対局したいなって思ってましたし丁度いいか……分かりました。行きましょう」
「畏まりました。担当の者が説明に参りますので少々お待ち下さい」

 程なくして大会担当のアヌビスが現れ、エントリー手続きや大会の大まかなルールなどの説明をし始める。彼女曰く、大会の概要は大まかに以下の通りであった。

 一つ、大会には最大五人のチームで参加する。試合はチームの人数に関わらず五回の対局で行われ、一人が複数回の対局に参加することも可能。全てのチームメンバーは可能な限り一試合につき最低一回は対局に参加しなければならない。
 二つ、各チームは事前に使用するデッキとデッキレシピの登録を行う。対局中以外のタイミングでのデッキの変更及び調整は可能だが、調整に際してレシピに変更があった場合運営側に申請し再登録を行う。各チームが登録可能なデッキは五つまで(五人チームならば各メンバーが一つのデッキを用いる。ソロで参加する場合は五つまでデッキを持つことができる)。
 三つ、対局は原則として一対一で行う。ただ希望があれば二人一組でのタッグも可能(例えば過去にはリリラウネの姉妹やアトラク=ナクアの夫婦がタッグ戦を希望したことがある)。タッグの場合デッキと手札以外の領域を共有しなければならず、相手が一人の場合ハンデとして対局開始時通常の二倍の手札を持つ。
 四つ、対局に際してゲームのルールや法、マナー、倫理等に反する不正行為は禁止。相手に対し魔術や特殊能力を行使し対局を有利に進める行為なども不正に含まれる。これらの制御ができない者は、魔術や能力の発動を抑制する器具などを装着した状態でなければ試合に出場できない。
 五つ、原則として五回の対局をより多く制したチームが勝者。ただし、五回中既に三回以上負けている場合でも『逆転制度』での勝利が可能。逆転制度は本大会独自の制度である。全ての大会参加者は大会中の何時如何なるタイミングであっても運営側に『逆転申請』が可能。申請を行った参加者は運営側に『逆転条件』を提示する(例として宣言したターンまでに特定のカードを使用、ライフを一定値以下まで減らした状態で勝利など)。
 提示した条件を運営側が適切と見做せば申請が通り、この後条件を達成しつつ勝利することで問答無用に勝利が可能となる(傾向として、達成が困難な行為ほど適切な条件として見なされやすく、また『逆転制度』抜きには勝利不能な危機的状況でなければそもそも申請する権利は与えられない)。
 六つ、引き分け等特殊な状況下で試合が強制終了された場合、終了時点でのチームの優劣や盤面の状態、試合内容などから両チームのスコアを算出し、より高得点を取ったチームを勝者とする。
 七つ、参加者は原則として運営の判断に従う。そして運営と参加者は原則として法に従う。
 八つ、優勝賞金として最低でも20万円、最大3000万円が贈呈される。賞金の額は優勝したチームに対する運営側の評価で決定する。


「まあよくあるカードゲームの大会って感じね、やけにバカ高い賞金が出るって事以外は……」
「ええ、そうですね。強いて変わっている点を挙げるとすれば逆転制度と賞金ぐらいですね……」
「当店としても賞金の絡むような大会をする予定はなかったのですが、古坂社長のご意向により最大3000万円の賞金を出すことになりまして……。因みにここだけの話ですが、賞金含め大会費用の大半は古坂社長のポケットマネーです……」
「えぇー……」
(……あの人もボスやチーフと似たような人種ってわけか)

 かくして雄喜と克己は『デュエルラボ』でのTCG大会に挑む。
21/07/29 21:43更新 / 蠱毒成長中
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