連載小説
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TAKE16.75 この回が二万字を超えるほどに長引いたのはだれの所為か
《ウギョェェーイ……》
《……ヴェイヨェーウ?》
《ゴゥワガガガガッ!》
《ジェギギギ、ギギゲゥ》

 海宝館博物館エリアの一角にある薄暗い通路。
 職員や研究者等の施設関係者以外立ち入り禁止であるその場所に、複数の異様な音が鳴り響く。
 明らかに機械的としか言いようのないそれらの発生源は、通路にて対面する機動兵器四機。
 見た目は金属製の節足動物といった風貌であり、あたかもSF作品から飛び出してきたかのような異形ぶりである。端々の特徴からして、一部に魔力が用いられた代物だということが見て取れる。

《ギュッポバー》
《ピギギュール》
《ヒューラパビッ?》
《ズィゴゴゴッガ!》

 四機の発する異様な電子音は兵器らの言語であり、即ち四機は"会話"していた。

《ヒョルポワーゥ》
《ヴォィウンァ》
《キュルリッピィ》
《ファゥバビー》

 暫く"会話"した後、四機は方々へ散らばっていった。


「っはー……危なかったー……何なのよあいつら。あんなの居るって聞いてないんだけど」

 ふと、通気口の蓋が開く。中からぬるりと顔を出したのは、ご存じ鰻女郎の渡部満……否、"鰻女郎の"との表記は不適切であろう。
 何せ彼女の肌は血色の悪そうな淡い空色で、黒い筈の頭髪は青みがかった白、耳は鰭でなく、頭から生えた触角など、到底鰻女郎とは言い違い風貌であるからだ。
「とりあえずこの辺りはもう安全そうね……社長さんから送って貰った見取り図だとこの辺からは通路に下りた方がいいんだったかしら」
 言いつつずるりと通路に降り立ち露わになった満は、どういうわけかトリトニアの姿をしていた
 何故マーメイド属である満がトリトニアに姿を変えているのか。それは当然、彼女が自らの意思で変身したからに他ならない。
「ダクト通るなら人化解除しとけば何とかなると思ってたけど……結局身体の柔らかい種族に化ける必要があったわねぇ。それにしたってスライムとかの方が絶対良かった筈なのになんでトリトニア選んじゃうんだか……」
 呆れ気味に自嘲しつつ、満は懐から掌サイズの透明な管複数本を取り出す。その中に詰まっている液体こそ、彼女をトリトニアに変えたカラクリの正体に他ならず。
「……本当は海宝館出た後に近場のラブホで使う予定だったんだけど、この状況じゃ仕方ないわよねー」
 満の手にした液体の名は『ガイアドープ・ハイエンド』。エチオピアを拠点に活動するサバトが開発した魔法薬であり、血管に注射することで時間制限付き乍らあらゆる魔物への変身が可能になるという代物である。
「さって、そろそろ時間かしらね……」
 呟きと前後して満の皮膚が脈打ち、全身が変異し始める。皮膚は淡い空色から人肌の色に、白かった頭髪は艶のある黒になり、耳は鰭となり、触角は引っ込み、腹足類の胴であった下半身も長魚の尻尾へ……ガイアドープ・ハイエンドの効果が切れ、満の姿はトリトニアから鰻女郎に戻る。
「最高級品(ハイエンド)の名に恥じぬ高性能っぷり。これだけの技術があるのに掲げてるスタンスの所為で窓際族の問題児扱いなんてちょっと可哀想に思えるけど……まあユワンの馬鹿を拾って三日で要職に就かせるような所なら自業自得でしょうね」
 次は何に変身しようかと考えつつ、満はろくでなしの妹――もとい、薬の送り主――を思い浮かべる。
「ユワン……思い返せば昔から手間ばっかりかかるふざけた子だったわ。いつも変な思い付きで騒ぎ起こしてばっかりで……ほんと、今はどこで何やってんだか。次会った時は姉としてガツンと言ってやんなきゃ……」
 気持ちを切り替えた満はガイアドープ・ハイエンドを注射し姿を変える。変身したのは一反木綿。身軽に動きつつ身を隠しやすい種族と言えば何かと考えた末の選択であった。
「うーん……なんというか凄く不思議な感覚っ。まあいいでしょう、とにかく先を急がなきゃ」
 薄布の身体でふわりと浮き上がった満は、通路内を巡回するロボットらの追跡を掻い潜りつつ海宝館博物館エリアの中枢部――調査結果によれば認識阻害と結界の発生源が存在するであろう場所――を目指すのだった。




「……来いよ人工物ども。爪も牙も角も全部持ってかかってこい!」
――ヴァアアアアアアアッ!――
――ゴォォォォォオオ!――
――シャゲェェェエエエエッ!――

 満が一反木綿に化けてバックヤードの通路を進んでいるのと同じ頃、展示場では雄喜が暴走した恐竜ロボットを相手に大立ち回りを演じていた。

――ギャギェーッ!――
「ふン!」
――ギィーッ!――
「そイっ!」
――ホァッギャー!――
「どリアあっ!」

 迫り来る小型肉食恐竜ディノニクスのロボットを、雄喜は手足の一振りで吹き飛ばす。強烈な打撃は生身の生物相手ならば撃退か再起不能にさえしうるほどだが……

――フィギーッ――
――クワッギィー!――
――ギョワィー!――
(あくまでも向かってくるかっ)
 所詮相手は機械。AIは搭載されていても恐怖心や痛覚などはなく、動力部が動く限り止まることはない。
(なんというか、骨の折れる作業になりそうだな。長期戦は必至か……)
 予めロボットの破壊許可は取ってある。古坂も『騒動を鎮圧し観客を守る為なら如何な犠牲も厭わない』と言っていた。雄喜自身、許可を得た以上ロボットの破壊を躊躇う理由はない。のだが……頭を抱えずにいられない難点があった。

(何せこいつら、硬い!)

 ロボットの耐久性である。キラメキングダム傘下企業製の製品は建造物から文房具に至るまで耐久性に優れたものが多く、恐竜ロボットD-Soulも例外ではない。どころか同機種は長期間の展示と激しい動きを想定してか取り分け頑丈に作られており、プロの格闘家さえ凌駕し得る雄喜の打撃でも傷一つつかない。
(今の状態ではほぼこれが限界……本気を出せばなんとかなるだろうがこの状況下では逆にやばいか。というか、打撃で骨格をへし折ろうが恐らくは向かってくるだろうし、ともすれば……)
 恐竜ロボットらの猛攻を掻い潜りつつ、雄喜は思案する。
(力をかけずロボットを内部まで破壊……なら、やっはりこれだな)
 雄喜は手足に力を籠めつつ、標的を見据える。
(11時にディノニクス三機。1時にスティギモロク二機。3時の上空にタペジャラ四機。9時にディプロドクス一機、尾の位置は5から7時の間……)
 敵機との位置関係を把握した雄喜は、状況を整理しつつ身構え……

――ムォォォオオオオンッ――
「遅いっ!」
 迫り来る竜脚類ディプロドクスの尾を跳躍して回避しつつ素早い手刀で立ち向かう。
――クエェェッ!――
――クワァァァァァァァァ!――
――クァオオオオッ!――
――フオォアッシャー!――
「甘いわ!」
 立て続けに迫り来る四機の翼竜ロボットを空中に居つつ回し蹴りで一気に薙ぎ払う。
――マ゛アアアアアア!――
――フゴオ゛オオオオ!――
「掴んだ――ぞっ! だラぁっ!」
 降り立った所で突進してきた二頭のスティギモロク。その石頭を素手で受け止めつつ押し返して怯んだ隙にアッパーでノックアウト。
――ギャギャギー!――
――フシャアアッ!――
――クォアワーッ!――
「しつこいわ!」
 直後に飛び掛かってきたディノニクス三頭を素早い正拳突きで難なく撃退。

「さて、こんなものか……」

 雄喜は確認がてら始末したロボットの残骸を一瞥する。ディプロドクスの尻尾は切断され、タペジャラ、スティギモロク、ディノニクスは打撃を当てた部位が不自然に抉られており、内部機関が剥き出しの状態で機能停止していた。

「なんとか上手く行ったか……あとは的確に中枢部を狙ってなるべく一撃での機能停止に追い込むことだな」

 九機を撃破できたのは雄喜にとって奇跡に等しかった。何せ相手は暴走した機械である。当たり所が悪ければしぶとく襲い掛かってくる可能性すらあった。
 公式の動画や資料でロボットの内部構造についてしっかり確認しておきたいのが彼の本音ではあったが、そんな余裕などないとも理解している。

「目と耳で探るか……或いは動きが止まるまで殴るしかない、か」

 それはそれで骨の折れる作業だが、ただ力任せに殴り続けるよりはずっと楽である筈。
 騒動鎮圧に向けて確かに前進できたことを認識しつつ、雄喜は恐竜ロボットらを見据え身構える。

「待ってろ傀儡ども、すぐ絶滅させてやる」




《ヴィギギギギ!》
《ヴィオッガガガガ!》
《ギューピラギー!》
《フィーヨゥプリッパラッバー!》
《オンドゥルラギッタンディスカー!》

 雄喜が展示場で孤軍奮闘し、暴走した恐竜ロボットの二割程度を撃破したのと同じ頃……海宝館博物館エリアのバックヤードでは異形の機動兵器らが大慌てでそこらじゅうを駆け巡っていた。

(やー、エライことになっちゃったわねぇ……)
 そんな大騒ぎの最中、ダクトの中から様子を伺うのは"ラタトスクの"渡部満。
 魔法薬ガイアドープ・ハイエンドで一反木綿に化けて博物館エリア中枢部を目指していた彼女だったが、些細なミスが原因で機動兵器らに見付かってしまう。そこで彼女は『隠れるより戦った方が効率的』と判断し、薬でとりあえず武闘派と思しき種族に変身して立ち向かうも次第に追い詰められてしまう。結果、仕方なく逃げ足の速いラタトスクに変身してダクトに逃げ込み今に至る、というわけであった。
(見取り図が確かなら管制室は目と鼻の先なんだけど、ダクト通るのは諸事情からして現実的じゃないし、そうなると通路を通るしかないけどあいつらがこの辺を離れる気配もなし……パワーのある重量級の種族に変身して強行突破するのが得策なわけだけど……)
 薄暗いダクトの中、満は手元の薬に目を遣る。機動兵器との戦いでかなり消費してしまったため残数は僅かな上……
(残りは精霊用と天使用が二本、虫用と魔法生物用が一本の合計六本……か。なんとも難儀、って感じだわ)
 変身できる種族も限られていた。ガイアドープ・ハイエンドは手軽で高性能な代物だが欠陥も少なくない。その内の一つが『薬によって変身できる種族が限られている』という点。例えばドラゴンに変身するならば爬虫類魔物用の薬、ヴァンパイアに変身するならばアンデッド用の薬をそれぞれ用いねばならない。そして満が現在所持している薬は先程独白で彼女が述べた四種六本のみ。機動兵器を蹴散らし壁を突き破る武闘派魔物といって真っ先に思いつくミノタウロスやワーム、オーガに変身するための薬は既に手元にない。
 だが、ここで諦める彼女ではなかった。
(……ま、なんとかするしかないわ。どっちみち今使ってる獣人用が切れれば変身してる余裕もないままやられちゃうんだし、あるものだけでなんとかしないと)
 満は思考を巡らせる。そもそも今までは曖昧な記憶とノリだけで変身していたせいでしくじっていたのだ。適切な変身さえできれば幾らでも攻略の糸口は見つかる筈……そう考え改めて記憶をたどる。自らの経験と知識から、変身すべき種族を見極める算段だった。
 熟考の結果、満は天使と精霊に関しては適切な種族なしと判断。続く虫系魔物にも最適解と断言できる種族は無かった。これは最早八方塞がりか……満は藁にも縋る思いで魔法生物系魔物に関する記憶を必死で辿った。そして……

「そうよ! これよ! この種族なら何とかなる! 間違いない!」

 思わず声が出た。通路に居た機動兵器たちには気付かれただろうが、最早関係ない。満は意気揚々と腕に薬を打ち、選び取った種族に変身する。

 栗鼠の耳と尾が消え、幼体は背が伸び肉が増し、皮膚の色と質感が変わっていく。
 体重急増に伴いダクトが軋み亀裂が入るも当人はそれを気にも留めず、寧ろ自らぶち破り半ば落下する形で通路に降り立つ。

《ヴィー!?》
《ヴィヴャー!》
《ヴィギリュリー!》
《ピョゴゴガガ―!?》

 その姿は、有機的にして無機的であった。
 鉄分を含む岩石のような色の皮膚。
 頭髪は長く、流紋岩のような灰色で剛毛。
 頭の両側には、何かしらの感覚器であろう岩石片のような器官。
 虹彩は溶岩の如く。漆黒の結膜はその輝きをより際立たせる。
 四肢と胴は岩石そのものと呼ぶべき外皮に覆われつつつも、手首より先は溶岩の塊の如く。
 満が元より持つ豊満な乳房と人化により実現した肉付きのよい太腿は、あたかも溶岩をそのまま硝子細工か宝玉にしたかのようで、微かに揺れてその柔らかさを見せつける。
 即ち満の変身した種族とは……

「いかにも、ラーヴァゴーレムよ……」

 魔力を帯びた溶岩より生まれし魔法生物、ラーヴァゴーレムに他ならず。

《ヴォギャガギィーッ!?》
《ヴィギャ、ギュギギギョーッ!》
《ピリポバブリビー!?》
《パギャッツバラビンッ!》

 予期せぬ存在の出現に、ただでさえ混乱状態にあった機動兵器たちはいっそ滑稽なほどに取り乱す。

「さぁ坊やたち……ネンネの時間よっ!」

 大混乱の機動兵器ら目掛けて、満は両掌から溶岩を噴射する。熱を帯びたスライムの如きそれらは機動兵器らに纏わりつき、ある機体は熱気に中枢部を焼かれ、またある機体は冷え固まった体組織に動きを封じられ、悉く機能停止に陥っていく。
「これで大体止まっただろうけど、まあ念のために……」
 増援がないとも言い切れないと考えた満は、更に溶岩を用いて通路を塞ぐ防護壁を作り出す。冷え固まったラーヴァゴーレムの溶岩がどれほどの強度を誇るかは知らないが、ないよりはマシだろうとの考えからであった。
「とりあえずこれで邪魔は入らない……と、思いたいわね」
 不安を感じつつも、満はあくまで目的を見据え壁に手を添える。
「いかにも分厚そうだけど、まあ何とか……ふんっ!」
 満の手から溢れ出した溶岩は通路の分厚い壁を瞬く間に焼き溶かし、向こう側へ続く大穴を穿つまでになる。
「よしよし、いい感じの燃え具合ね。これならなんとかなりそう」
 その後も満は通路の壁を焼いて穴を穿ち続け、博物館エリアの中枢部である管制室に辿り着く。
 標的である魔法の発生源とやらはここに存在する筈だ。なければ探せばいい。そう思いつつ壁の穴を潜って中に足を踏み入れた満が目にしたのは、信じ難い光景であった。

(な……何なのよ、これっっ!?)



「なんてことだ……」
 キラメキングダム株式会社代表取締役社長、古坂彦太郎は頭を抱える。その原因はスマートフォンの画面に表示された文章――内部に潜入した渡部満からの報告メッセージ――にあった。
「まさかロボットのみならずスタッフまで暴走させられているとは……しかも謎のロボット兵器? 一体何が起こってるんだ……」

 満から送られてきたメッセージの内容は、以下の通りである。
 一つ、エリア中枢部に続くバックヤードには謎の機動兵器が闊歩しており、幾らかは機能停止させたものの総数は不明であり、今後も襲撃の恐れがある。
 二つ、管制室の職員は全員生存しており無傷である。ただ彼らは例外なく狂った様に性行為へ興じており、声をかけても反応がない。
 三つ、管制室に備わるモニターの画面を見た際、突如異常なほどの性衝動に襲われた。すぐに距離を取った為短時間で収まったが、画面から離れるのがあと十数秒でも遅ければどうなっていたかわからない。職員たちが暴走した原因も画面と思われる。
 四つ、管制室内に魔術の発生源と思しき存在は見受けられなかった。管制室から感じ取られた異常な魔力の流れは大勢の人魔による性行為が源と思われる。引き続き探索を続行、進展があれば追って報告する。

「運営者としてどうにかしなきゃな……然しどうすればいい? 博物館エリアに対して外から介入することはほぼ不可能……どんな些細なことでもいいから状況を進展させるようなアクションを起こせればなぁ〜! ……そうだっ!」
 悩みに悩んだ末、古坂は思い立つ。
「犯人像を特定しよう!直接事態が進展するわけじゃないが、正直できることと言えばそれくらいしか思い浮かばない」
 かくして古坂は一人、恐竜ロボット暴走騒ぎを引き起こしたのが何者かの特定作業を開始する。



――ゴアアアアアアアア!――
「ぅおっラァっ!」
――ヌォオオオオオオン!――
「遅いっ!」
――クエエエエエエエエ!――
「鳥のつもりかっ!」

 満が魔法の発生源探し、古坂が犯人特定にそれぞれ奔走している最中、雄喜もまた暴走した恐竜ロボットたちを相手に相変わらずの大立ち回りを演じていた。
 ある機体は首を落とされ、またある機体は輪切りにされ、更にまたある機体は三枚に下ろされ……如何にしてかロボットらに対抗し得る絶大な破壊力を得た雄喜は、破竹の勢いで次々と暴走する恐竜ロボットを黙らせていく。

(粗方片付いたか……一時はどうなるかと思ったが、何とかなるもんだな)

 そうこうしている内に雄喜はほぼ全ての暴走ロボットを機能停止に追い遣っていた。残る敵はただ一機……

――グォルルルルルル……――

 言わずと知れたティラノサウルス"スー"を模したロボットであった。

「よりにもよってお前か」

 破壊された残骸を踏みつけ佇むスーに、雄喜は静かに歩み寄る。
 嘗て"史上最大のティラノサウルス"と称された――現在ではより大柄な"スコッティ"に次ぐ二番手とされる――その巨体はまさに暴君、王者の風格。しばしば古生物界隈で叫ばれる『ティラノサウルス最強説』に対し懐疑的・否定的なスタンスの雄喜だったが、改めて目にすれば思わず圧倒されずにいられない。
(単純武力に限れば、白亜紀後期の北米で最強の陸生捕食動物であろうことは間違いなし……)
 無論ティラノサウルスとて完璧な捕食者ではなく、明確な弱点はある。だがそれを理解して尚、本能的に『こいつには勝てない』との思い込みに囚われそうになる。
(想像図に基づく人工物でありながら、あたかも生きた本物を相手にしたような……容赦のない、暴虐じみた説得力……! 理論も理屈も関係ない……引き下がるのが得策だと、賢い奴なら誰もが言うだろう。僕自身そう思ってる)
 無論、引き下がるつもりはない。なんやかんやでこの場で奴を止められるのは自分のみ。例え本能が無謀だと訴えても進むしかない。
(何より一応、あいつも助けなきゃいけないし……)
 雄喜が見据えるは、スーの尻尾の先端部に引っ掛かったまま気絶している幼いドラゴン……スーに喧嘩を売り、返り討ちに遭ったあの少女であった。彼女はあれから誰にも助けて貰えず、数多の恐竜ロボットによって痛めつけられた結果、気絶。紆余曲折を経て偶然スーの尻尾に引っ掛かり、そのまま今に至っていた。
(正直、今まで忘れてた……だがまあ多分、なんとかなるだろう)
 肩の力を抜きつつ、雄喜は跳躍する。時を同じくしてスーも動き出し、今ここに海宝館博物館エリアの存亡を賭けた(?)最終決戦の火蓋は切って落とされた。

「四紀を生きる命の力、そのAIに刻み込め……!」




「そろそろ話す気になってくれたかしら、お嬢ちゃん?」
「く、口は割らないのですっ……お前如きに話すことなんて何もないのですっ!」

 展示場で雄喜とスーが激闘を繰り広げていたのと同じ頃、博物館エリアのバックヤードにある一室ではアラクネに変身した満が小柄な魔女を糸で縛って逆さ吊りにしていた。
 恐らく倉庫と思しきその部屋には菓子の袋やゲーム機などが散乱している。何れも少女が持ち込んだものであり、彼女がこの場所へ不法に居座っていたことの何よりの証拠であった。

「話すことがないわけないと思うんだけど? ここで何やってたんだか知らないけどこんなに散らかして……当然施設の許可なんて取ってないでしょうし、これって不法侵入よね? 口割らないようなら今すぐ警察に突き出してもいいんだけど?」
「……! つ、突き出したければそうすればいいのですっ! でもそんなことできっこないのです!」
「あら、どうして?」
「それはこの博物館が魔法で外側と切り離された状態にあるからなのです! 私の『堕落した神の左心室』は特定の建物や空間を異次元に隔離してパンディモニウムを再現できる禁断のマジックアイテム! 発動したが最後、持ち主である私以外は外に出られなくなるのです! そこに私の妨害電波魔法が合わされば電話もネットも使えないのです! つまり警察に通報することは不可能!」
 口は割らないと言っていた割に、魔女の口はヘリウムより軽かった。
「へぇ〜、それは凄いわね……それじゃ確かに警察に突き出すなんて無理な話ね……」
「己の無力さを思い知ったですか? 思い知ったのならばこの糸をほどくのです!」
「わかったわ。じゃあ解かない」
「はぁ!? 何を言ってるですか!? 私は糸をほどけと言ったですよ!? 虫ケラとは言え言葉も分からないほどにバカとはどういうことです!?」
「言葉なら理解できるわよ。『己の無力さを思い知ったのなら糸を解け』でしょう? だからその通りにしてるじゃない」
「……どういうことです?」
私はまだ自分が無力だなんて思ってない。だから糸も解かない……ただそれだけよ」
「そんな屁理屈を……!」
「その程度も理解できないなんて、バカはそっちじゃないの?」
「んなっ!? む、虫ケラの癖にぃぃ〜っ!」
「虫ケラ、ねぇ……まあいいわ。で、あんたの妨害電波魔法はともかくとしてその『堕落した神の左心室』ってのはどこにあるの?」
「聞かれて教えるわけねーです! 絶対教えてやらんです! そんな、お前がいきなり部屋に入って来た時にびっくりして落としたなんて言えるわけが……はうっ!?」
「……そう、あんた自身は持ってなくて、この部屋のどこかに落ちてるのね。なら探すわ」
「や、やめるです! 探すなですっ!」
「リアクション芸人みたいなフリね。なら余計探さないと」
「フリじゃないですー! そ、そもそもこんな散らかった中でそう簡単に見つけられるわけがないのです! 禍々しいデザインをした平べったいダイヤルみたいな地味で目立たないデザインですし――
「禍々しいデザインの平らなダイヤルって、これのこと?」
「ア゛ア゛ァ゛ー!?」

 うっかりと口を滑らせたせいで、落としてしまっていた『堕落した神の左心室』を満に奪われてしまったその事実に、魔女は喉が潰れそうな勢いで絶叫する。

「か、返せです! 返せなのですー!」
「うーん、左心室かどうかはともかく確かに万魔殿を仕切ってる堕落神様っぽいデザインね。私あそこ行ったことないから完全なイメージだけど」
「話を聞くですー!」
「ねぇ、これどうやって使うの? 解除方法は?」
「お、教えるわけねーです! っていうかそもそも解除には私が設定した23桁の暗証番号が必要だから私じゃなきゃ解除は不可能なのです! どうしても解除して欲しかったら糸をほどくですよ!」
「えぇ〜? でも私まだ自分の無力さを思い知ってないし……」
「己の無力さを思い知ってないと糸もほどけないですか!? 自分の糸なのに!?」
「いやぁ、糸はそりゃ解けるんだけど、あなたの言葉には可能な限り従わなきゃいけないと思って」
「別にどうでもいいですよ! っていうか私の言葉に従うなら早く糸をほどいてそれを返すです!」
「ところでこれあなたの私物? どこで手に入れたの? 万魔殿のドン●とか?
ひとの話を聞けこの不快害虫がーっ! それは横浜にあるシロクトー・サバト系列のマジックアイテム研究所から盗み出したものなのですー! っていうかパンディモニウムにド●・キ●ーテなんてないで――って、何やってるですかぁ!?」
「何って、暗証番号の解析だけど。これ早く解除したいし」
「それは見ればわかるのです! そうじゃなくて、お前は自分が何をしようとしてるかわかってるのかと聞いてるのです!」
「え、何かやばいことでもあるの?」
「やばいなんてものではないのです! 『堕落した神の左心室』は持ち主以外に解除されると何かしらそれなりにとんでもないことが起こるとされているです! どうしても解除して欲しいなら糸をほどいて私にそれを渡すですよ! どうせお前に暗証番号の解析なんてできるわけが――」
「あ、なんか上手く行ったっぽいんだけど」
「あったですううううううううう!?」

 満の言葉を嘘だと信じたい魔女であったが『堕落した神の左心室』から解除準備完了の合図であるカチリ、という音が聞こえたことで彼女の発言を真実だと認めざるを得なくなってしまった。

「そ、そんな、バカな……です……」
「ねぇ、この後どうすればいいの?」
「はあ……中央のボタンを押せば効果は解除されるです……」
「えらく潔いじゃないの」
「もう諦めたです……疲れたですよ……因みにどうやって暗証番号を特定できたですか? 暗証番号は数字とアルファベットの組み合わせで23桁もあるですよ?」
「まぁ〜、あんなの普通わかんないわよねぇ。正直、暗証番号の設定方法は皮肉抜きに見事なものだったわ。けどこの部屋の中に散らかっていたあなたの私物がヒントをくれたの」
「私物……って、まさか!?」
「そう、ツ●ステのグッズよ。見ればわかる通りこの部屋にはいたるところにツイ●テのグッズが散乱してたわ。しかも同じキャラクターのものばかり……所謂"推し"って奴ね。そこで私は暗証番号にもこの眼鏡をかけた彼……えっと、確か寮長の……」
ア●ールです」
「そう、そのアズ●ル寮長が絡んでいると踏んだわけ。とは言え私は●イステなんて知らないから調べようと思ったわ。けどあなたの妨害電波魔法でネットは殆ど使えない……そこで唯一魔法の影響を受けていなかったヒッパリオンのDMで知り合いに連絡して調べて貰ったの。
 彼は2年C組の3番、2月24日生まれの17歳で右利き、身長は176cm……ここまでに出て来た数字やアルファベットを並べると2C322417R176で12桁……2月を02としても13桁だから残る10か11桁に入る数字や文字を探したわ。
結果、その内暗証番号の残りに繋がるのは彼と彼の所属する寮の元ネタである『リト●・マ●メ●ド』が本国で公開された年と、彼の正体がタコの化け物であることの二点って結果に辿り着いたわけ。前者は魔物の存在がまだ公にされていなかった1989年、そして後者はタコの英名オクトパスの語呂合わせで091083……年号4桁と語呂合わせ6桁で丁度10桁。
 つまり導き出された暗証番号は2C,3224,17R1,7619,8909,1083……と」

 暗証番号の特定理由を語りつつ、満は『堕落した神の左心室』中央のボタンを押した。これで博物館は元の場所に戻り事態は収束に向かう筈……満はそう思っていた。然し実際、彼女のこの行動が原因で事態は予想外の展開を迎えることとなる。



……――ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――……


「っっっ!? い、一体何事っ!?」
 突然の、激しい揺れ。海宝館全域を巻き込む程に大規模なそれは、単なる地震ではないような、得体の知れない不自然さを感じさせた。
「ああー……ついにやっちまったです……多分もう終わりなのですー……」
「どういうこと?」
「言った筈ですよー、『堕落した神の左心室』が持ち主以外によって解除された時、何かしらそれなりにとんでもないことが起こると……解除したのは持ち主じゃないお前なのです……よって何かしらそれなりにとんでもないこと……この場合は地震が起きてしまったのですよー」
「そんなっ!? あれって本当だったの!?」
「あたりめーです! お前この私があの流れでウソつくとでも思ったですか!? 馬鹿ですか!?」
「普通思うでしょうよ! っていうか『何かしらそれなりにとんでもないことが起こる』って言われて信じると思ってたの!? あんたこそ馬鹿なんじゃないの!?」
説明書にそう書いてあったんだから仕方ねーのです! 私のせいじゃないのです! というか今は言い争ってる場合じゃないですよ!」
「まあそりゃそうよね……じゃ、私はこれで失礼するわね」
 そう言って満は『堕落した神の左心室』を持ったままその場を立ち去ろうとする。当然、未だ宙吊りの魔女にとってはたまったものではない。
「ちょ、おまっ! 待て待て待て! 待てつってんのですよー!」
「何よ、今急いでるんだけど?」
「急いでるのはわかるです! けど何か忘れてねーですか!?」
「何か……ああ、そういえば!」
「おっ、思い出したですね! なら早く――」
 "この糸をほどくのです!"と言おうとした魔女だったが……

あんた、名前は? そういえば聞くの忘れてたの思い出したわ」
「ポゲェェェェ!? そ、そっちなのです!? ま、まあいいのです……教えてやるです!
 私はバイリスカリス! 魔女のバイリスカリスってもんです! さあ、名前は教えてやったです! やったからにはさっさと――」
「バイリスカリス……どこかで聞いたことのある名前ね。可愛らしい見た目の割にはゴツい響きだけど、それだけに大物になりそうな感じがしそうっていうか……」
「そ、そうなのです……? 個人的には可愛くないしコンプレックスもあったですが、そう言われるとなんだか――
「まあいいわ、じゃあねバイリスカリス
「――え?」
「多分もう会うこともないだろうけど、これを機に足を洗って魔女として真っ当に生きてくれることを願ってるわ」
「あ、いやその、まあそこは善処するですが、それはともかくとして――」
「あとその糸……約束通り私はまだ自分の無力さを思い知ってないから解かないけど……まあ、何とかして頂戴ね?」
 そう言い残し、満は足早にその場から去っていった。
「ちょ、待っ! 待って!? 待ってー!? 置いてくなーっ! 置いてくにしてもせめてこの糸はほどいてけですー!」
 糸に縛られ、逆さ吊りのまま叫ぶバイリスカリス。然しその声が満に届くことはなく……
「んぎゃあああああああああ! く、崩れるーっ! 誰か、誰かー! 誰か助けろですー! 嫌あああああああああああ! 死にたくなーい! アンデッドになんて死んでもなりたくねーですぅ! 誰かあああああ!」






――ヴォギアアアアアアアアアッ!――
「うおらぁあああああああっ!」

 時は遡り、満が『堕落した神の左心室』の暗証番号を特定し終えた頃……展示場内では雄喜とスーの戦いが佳境に入っていた。戦況は疲弊・負傷こそすれ雄喜が優勢。スーは既にあちこちを抉られ尾も切り落とされていたが、尚も機能停止する様子を見せず、あくまでも戦う姿勢を崩さない。

(……あと一撃か二撃で終わる……中枢部を破壊しさえすれば……)

 雄喜は状況を冷静に見定め、攻め入る隙を伺う。体力には余裕こそあれ、楽観視すべき状況ではないだろう。最低限の動きで仕留めなければ……
 対するスーも、追い詰められている自覚があるかのように動かず、逆転の可能性に縋らんと必死なように見えた。
 まさに膠着状態……一瞬の判断が勝敗を分けかねない緊迫した状況下。
 然し、思いがけないタイミングで"それ"は起こった。


……――ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――……


――ゴァゥ!?――
「な、なんだ!? 地震か!?」

 突如起こる巨大な揺れ。展示場の床には亀裂が入り、驚いた二者――雄喜のみならず、ロボット故に恐怖心を持たない筈のスーまでも――は慌ててその場から後退する。

「一体なんなんだよ……揺れはどうにも地震じゃなさそうだったが、とすると何が――」

 地響きが止んだ辺りでふと何気なく前方を見た雄喜は、信じ難い光景に一瞬絶句する。


「……なんだ、ありゃあ」


 彼が目にしたもの……それは、展示場中央の床を突き破って顔を出す、丸っこい形をした白い何かであった。

「本当に、何がどうなってるんだよ……」


――《コォー―――――ン!》――

 妙に甲高い咆哮を上げるそれは、直立するゆで卵とも異常に膨れ上がったマシュマロとも言い難いフォルムをしていた。
 全体は白い長毛に覆われており、一部分が黒い。頭頂部には三角形の耳、下半身からは紡錘形をした尾のようなものが備わり、それらの形状からしてイヌ科の肉食獣――例えばコヨーテやキツネなど――を彷彿とさせなくもない。
 肉食獣といっても手足は爪や肉球すらない貧相な突起物に過ぎず、顔にしても黒豆をくっつけたような両目と細長い台形の口があるだけで、展示場の天井を突き破らんばかりの巨体を誇る割にはいかにも無害そう……というか、いっそギャグとしか思えないような風貌をしていた。

「全く意味不明……なんなんだあいつは。有害なのか無害なのか、そもそもどういう存在なのか全く――」
――《コォォォォォォォォォォン!》――


 雄喜の台詞を遮るように、謎の存在は真上に向けて口から橙色の光線を放つ。
 己の力を誇示するが如く放たれた光線は展示場の天井に大穴を穿つ――のみならず、如何なる原理でか展示場の上半分を跡形もなく焼き払ってしまった。

「……なるほど」
 雄喜は全てを察した。奴が何者かは知らないが、有害なのは間違いない。ならば選択肢は一つ。
「滅びろ……毛玉饅頭っ!」
 雄喜は地を蹴り、謎の存在目掛けて殴りかかる。挙動や質感からして体組織は柔らかく、恐竜ロボットらと同じ要領で撃破可能だろう……というのが、雄喜の考えだった。
 然し……
「ぅおっらあ――んぬぐうっ!?」
 雄喜の拳が謎の存在こと仮称・毛玉饅頭の外皮を貫くことはなく、ただ圧倒的な弾力に阻まれるばかり。
「なんだこれは!? まるでクッションかトランポリンを殴ったかのような――ぬうおっ!?」
 その弾力たるや凄まじく、拳を阻んで無力化するのみならず、あたかもトランポリンかのように雄喜を跳ね返し吹き飛ばしてしまう程であった。
――《コッホォォォォン!》――
「ぐおあっ!?」
 勢いよく吹き飛ばされた雄喜はそのまま展示場の壁にめり込みそうな勢いで激突する。常人ならば即死か、一命は取り留めても重傷は避けられない程の衝撃……然し彼は持ち前の生命力で持ちこたえており、軽い打撲程度で済んでいた。
(打撃が、通らんっ……ギャグなのは見た目だけにしとけや!)
 正攻法が通用しないとなるといよいよ八方塞がりか。ともすればどうやって戦えばいい? 雄喜が頭を抱えた、その時……

――ヴォギアアアアアアアアアッ!――

(まさか……!)
 遠方より響く、最早聞き慣れた咆哮。思わず目を遣れば、ボロボロになりながらも毛玉饅頭目掛けて突進するスーの姿がそこにはあった。


――ゴガアアアアアアアッ!――
――《コッ!? ココーン! コココッホーン!》――
――ガアア! ガウラアアッ!――
――《コォーン!?》――


 毛玉饅頭の尾の付け根に噛み付いたスーは、そのまま尾を食い千切らんと暴れ回る。その様子たるやまるで『あたしらの勝負を邪魔しようってんなら容赦しないよ! 覚悟しな!』とでも言っているかのようであった。
(自我を持たない機械の筈が、どうしてあんなにも人間臭く見えるんだ……)
 雄喜は困惑していた。どちらかに加勢すべきかとも思ったが、結局どちらに加勢しても面倒な事にしかならないだろうと考えあくまで静観する。

――《コッ! ココ! コォーン!》――
――ガアッ! ゴガ……ガッギ、ギガガ……――


 スーは自慢の大顎で毛玉饅頭の尻に食らいつき、決して離そうとしなかった。然しその強靭な顎を以てしても毛玉饅頭に傷をつけることは叶わず、軽々と振り払われてしまう。勢いよく投げ飛ばされたスーはそのまま展示場の柱に激突、損傷が限界に達し遂に機能停止へと追い込まれる。

「スーっ!」

 無意識の内に声が出ていた。そこで雄喜は、自分が無意識の内にスーを応援していたことに……"彼女"の勝利を願っていた事実に気付かされる。

(……あんなただの、不具合を起こして暴走しただけの機械風情に熱くなるなんて、我乍ら滑稽だな)
 内心自嘲する雄喜だが、彼の毛玉饅頭に対する敵意は確実に倍増していた。
(さて、とにかくあいつもさっさと始末しなきゃな……だがどうやって? 奴の防御力はあらゆる攻撃を跳ね返す最強の盾……光線も明らかに火力があり過ぎる。喰らったらどうなるかわかったもんじゃない……)
 果たして如何に立ち向かうかと、雄喜が策を練ろうとした……その時。


――《この私に力で勝とうなどと、愚かな奴よ……所詮は人工物といった所か》――


 何と毛玉饅頭が人間の言葉で喋ったのである。てっきり鳴き声を発するばかりと思っていた雄喜にとってこれほどの驚きはそうなかったが、とは言え言葉が通じるとなればそれはそれで好都合と言えた。

「……毛玉饅頭の癖に喋れるとはな」
――《なめてくれるな小動物。高次元の存在たる私にしてみれば、貴様らの言語を操るなど造作もないわ》――
「そうか。そりゃ悪かったな、毛玉饅頭」
――《……その毛玉饅頭なる呼び名もやめて頂こうか、小動物》――
「それ以外に呼び名が思いつかなくてな。もしそう呼ばれたくないのなら、せめて名乗るのが礼儀じゃないのか?」
――《低次元の存在に説教をされるのは癪だが……まあよい。我が名はナゾライ・ブリザード! あらゆる世界を旅しては破壊となぞなぞをもたらす高次元存在……なぞなぞの探究者、なぞなぞ魔獣である!》――
「なぞなぞ魔獣、ねぇ……その割にはなぞなぞ要素皆無のビジュアルだな。魔獣ってのも、まあ百歩譲って獣だとして魔獣ってほどかと言われると……」
――《言うなっ! 私は高次元の存在ではあるが強大な力のせいで不安定故、各世界で己を安定化させるには姿を変えねばならぬのだ! なりたくてこのような姿になったのではないっ!》――
「なるほど降り立つ世界が違えば姿も違い、その中にはなぞなぞ魔獣の名に相応しいビジュアルもあるってか……それにしてもなぞなぞは兎も角破壊をもたらすのは余計じゃないか?」
――《甘いぞ小動物! 私はなぞなぞの探究者、至高のなぞなぞに飢える者! そして至高のなぞなぞとは平穏と安寧によって生み出されるものに非ず! 危機の中で追い詰められ、研ぎ澄まされた頭脳と本能によって編み出されれるものであるべきだ! なれば私自ら破壊をもたらし適度に追い詰めねばなるまい?》――
果てしなく迷惑な奴だな……まさかこの世界もその至高のなぞなぞとやらの為に破壊するつもりか?」
――《無論だ! とは言え安心しろ、そこまで徹底して破壊し尽くすことはないし原則死者も出すつもりはない! 私の目的はあくまで至高のなぞなぞ……というより正直、なぞなぞ絡みで何かしら満足することだからな!》――
「それは至高のなぞなぞ関係ないよな……? まあいい。
 なら例えば……お前と僕でなぞなぞ勝負をするってのはどうだ? 僕が負けたらお前の好きにすればいいし、お前が負けたら潔くこの世界から立ち去って貰う……悪い話じゃないと思うが」
――《ほう、この私になぞなぞ勝負を挑むか! 良かろう、その勝負乗った! 序でだからお前が勝ったら私の壊した建物も直してやるとしよう!》――
「ああ、そりゃ助かる。っていうか直すつもりなら最初から壊すなよ……」
――《それは正直すまんかった。
 では私から行くぞっ、問題ッ!
 高校生が学校の部室で何かをねだっている! さて、何をねだっている!?》――
「……いの一番にクソ難しいヤツ出してくるとか容赦ないな」
――《最初なのでヒントをやろう! "ねだる"を別の形に言い換えつつキーワードを組み合わせてみるがいい!》――
「ヒントを出す優しさで問題の難易度を下げるわけにはいかんか?
 まあいい……"ねだる"の言い換え……キーワード……高校生、部室……よしわかった。
 "ねだる"の同義語の一つは"乞う"。"コウコウセイ"と"ブシツ"の連結から転じて"コウ・コウセイブシツ"と分ければ"抗生物質を乞う"の意味合いに聞こえるだろう。
 よって答えは抗生物質だ。正直、抗生物質が欲しいなら医者か薬局に行くべきだろうが……」
――《ほう、単に答えを出すのみならず正解に至るまでの経緯を説明し、かつアドリブで補足までしてくるとは……やるな小動物ゥ!》――
「お褒めに預かり光栄だが……その小動物ってのはやめないか? 僕にも一応、ユウって名前があるもんでね」
――《ほう、ユウとは! まさに優れた返えを出すお前にぴったりの名だな! よかろう……ならば次はお前が出題してみるがいい、ユウッ!》――
「交互に出すスタイルか。よしわかった、じゃあ出題しよう……。
 二十年生き続けた狸は何になり果てる?」
――《狸が二十年、か!》――
「そうだ。最初に言っておくが"老衰死して死体"とか"神通力を得て化け狸"とかじゃないからな?」
――《わかっているとも! これはあくまでなぞなぞだ! 獣の寿命や妖怪の伝承などは関係ない……。
 答えは既に出たも同然! 二十年を生きた狸は即ちハタチ! "ハタチ"の"タヌキ"! よって"ハタチ"から"タ"の一字を抜き"ハチ"! 即ち答えはハチだ! 数字か羽虫か、或いは器か……それが何かは定かでないがなっ!》――
「お見事、正解だ。……お前こそいいアドリブじゃないか、流石魔獣を名乗るだけあるな」
――《この程度、なぞなぞ魔獣の嗜みよ!
 ならば次は私からだ、問題ッ!
 ある絵描きが臓器の絵を描いた! さて、絵描きが最後に描いた臓器とは何か!?》――
「臓器……何かしらの末端部を描くのが普通だろうが、この場合の正解ではない。
 肝は恐らく言い換えだ……"最後"に"描く"……"最後"……"最終"、"ファイナル"、"ラスト"……よしわかった。
 "絵"は言い換えれば"イラスト"。即ち"イ・ラスト"で答えはだろう。どんな描き方をすれば胃を最後に描くことになるのかは今一よくわからんが」
――《正解ッ! いいぞ、いい調子だ! さあ、お前の番だぞユウッ!》――
「わかった……正直もう一万六千字超えてるし読者も魔物娘関係ないなぞなぞ対決とかいつまでも読みたかないだろうからここから本気で終わらせに行くぞ」
――《ふむ、名残惜しいが即ちお前の本気が見られるならば願ってもないこと! このなぞなぞ魔獣ナゾライ・ブリザードに敗北を味わわせてみるがいいっ! 具体的には三十秒以内に答えられなかったらその時点で私の負けが確定するぞ!》――
「そこは具体的に言わなくても良かったんじゃないか? まあいい……出題しよう」

 雄喜にはずっと温めていた"とっておきの切り札"があった。
 無論、通用しない可能性もある。然しそれでもやるしかない。覚悟を決めた青年は、淡々と言葉を紡ぐ。

「海の中にも海の上にも決してその姿を見ることはない。
 鰓を持たずに鰓で息をし、肺を持たずに肺で息をする」
――《ほう……》――
「貝より硬く、クラゲより柔らかい。
 ウミウシより遅く、トビウオより早い」
――《ふむ……》――
「クジラより大きく、オキアミより小さい。
 ヘリウムより軽く、鉄より重い。
 金より高く、銅より安い」
――《なんと……》――
「他の何者にも恐れられるほどに強く、他の何者にも侮られるほどに弱い。
 世界にその名を轟かせつつも、その知名度は極めて低い。
 その全ては世の全てに似て、世の何とも似ても似つかない」
――《なにぃ……?》――
「炎より熱く、氷より冷たい。
 その顎は己の外皮を含む全てを噛み砕き、その外皮は己の顎を含む何によっても傷付かない」
――《ぬぅっ……!》――
「真実にして、虚構なり。その実在を誰もが確信しつつ、それを幻想だと断定する。
……以上の条件を全て満たしつつ、如何なる点でも当て嵌まらない存在とは、何か?」
――《……うお、おおおお……一体、どういうことだっ……!?》――

 ナゾライ・ブリザードは頭を抱えた。この饅頭だか狐だかよくわからない毛深い生物は、その実
なぞなぞ魔獣を名乗るだけあって様々な世界で数多くのなぞなぞを出し、また答えて来た百戦錬磨の傑物であった。然しそんなナゾライをもってしても、雄喜の出した問題は複雑怪奇にして難解極まりなく、どうあがいても最適な答えを導き出すことができなかった。

――《海の中にも上にもその姿はない……硬くも柔らかく、大きいようで小さい……?
 高価で安価、強くも弱く熱く冷たく有名にして無名……いや待て、そんなものが……然しそうだとすれば……ええい、どう考えても"矛盾"しかないではないかっ!》――

 例えばナゾライは、捻くれた性悪が相手を嘲る為に考えるような所謂"意地悪クイズ"の類にも対抗する術を持っていた。それは無意識に発動する術か異能の類であり、問題として成立し得ない"正しからざるなぞなぞ"を出さんとする者を自動的に退けてしまうのである。
 もし仮に雄喜が"正しからざるなぞなぞ"を出すような相手ならそもそも二者が出会うこと自体あり得ない。即ち雄喜の問いかけには確かな"正答"がある筈なのだが、それがどうにもわからない。

――《"ありえん"……条件全てを満たし、それでいて如何なる点も当てはまらぬなどと……そんなものが"存在しよう筈もない"っっ……! だがだとすればッ――コオ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ン゛ッ!?》――
 その刹那、虚空から生じた稲妻がナゾライに直撃する。稲妻を受けたナゾライは一瞬硬直したかと思うと、直後力なく首を垂れる。
「ナゾライっ!?」
――《……案ずるな、ユウ……なんということはない、ただ勝負が決しただけのことだ……》――
「勝負……?」
――《忘れたか? 三十秒以内に答えられねば私の負けだと……私はお前の出したなぞなぞに答えられず、お前に負けたのだ……》――
「そういうことか……然し、大丈夫なのか?」
――《無論だ……言った筈だぞ、私は高次元の存在……永遠にも近い悠久の中、あらゆる世界を渡り歩き破壊となぞなぞを齎す者……この程度で死ぬと思うか?》――
「いや死ぬと思うかと言われても……お前今にも消滅しそうじゃん、そら心配もするよ」
――《心配無用……この世界から消えこそすれ、私そのものが消えるわけではない……ただ役目を終え、在るべき場所に戻るだけのことだ……》――
「ああ、まあ、ならいいんだけどさ……」
――《……どうした?》――
「や、その……なんていうか、折角出会ったってのにこれでお別れってのも、少し寂しいかなってな。
 確かにお前はわけわかんないし正直迷惑な奴だけど、でもそれだけじゃないわけで、何なら仲良くなれそうな気もしてたからさ」
――《……ふ、そうか……寂しい、か。仲良くなれそう、か。
 嬉しいことを言ってくれるじゃないか……実を言うと、私も同感だよ。
 往く先々でお前のような者と出会っては、惜しみつつも別れてきた……。
 訪れた世界への永住を考えたのも、一度や二度ではない……だが悲しいかな、それが私の在り方故……ここでお別れとさせてくれ……》――
「ああ、無理に引き留めるつもりはないさ。誰にでもそれぞれなりの信念があり、それぞれなりの生き方がある。それに外野が私情で口挟むなんて、あっちゃいけないことだろう? さあ行けよナゾライ。お前の在り方を貫徹し、至高のなぞなぞを求める為に」
――《言われずとも、そうするさ……》――
 日の光が透ける程に消滅しかかったナゾライは、満足げな笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。
――《それはそうとして、ユウよ……》――
「どうした、ナゾライ」
――《完全に消えてしまう前に、お前に言っておかねばならぬことがある……》――
「言っておかなきゃならないこと、だと?」
――《そうだ……しつこいようだが私は高次元の存在故、様々な技を持つ》――
「光線とかか」
――《そうだ……そして私の持つ技のの中には"出会った相手の未来を見る"というのもあってな……》――
「未来、だと?」
――《そうだ……無意識かつ無作為に発動する不安定な技故断言はできんが、お前の、恐らくはそう遠くない未来が見えた……》――
「……どんな未来だ? 正直、あんまいいもんじゃない気しかしないんだが……」
 何を隠そう彼は避けられぬ死の運命を背負っている。未来について悲観するのは必然であった。
――《……そうか。お前は未来について悲観しているのか……なればこそ、伝えねばなるまい……》――
「どういうことだ?」
――《ふふん……聞いて驚くなよ、ユウ……お前の未来は明るいぞ。
 希望に満ち、愛に溢れ……様々な困難や苦悩、厄災、戦乱もあり、決して楽ではないが……然し最高の、素晴らしい未来がお前を待つだろう……》――
「何だと……?」
――《"愛"だ……"愛する者たち"がお前を救うだろう……お前を満(み)たし、絶望に克(か)たせる真(まこと)の愛……"雄々しき喜び"を与える愛だ……》――
「愛が、救う……? どういうことだ? 何が起こる? 僕を愛する者たちとは一体っ!?」
――《……すまない……詳しく教えてやりたいところだが、そろそろ限界のようだ……》――
「何っ!? おい、待て、消えるなナゾライっ! どういうことなのか教えてくれっ! 僕は一体何をすればいい!?」
――《……恐れるな……躊躇うな……信じて、委ねよ……お前の本能……大いなる君の……定めし、理――――
「ナゾライ……? ナゾライっっ!」
 雄喜の呼びかけも空しく、白い巨体は光の粒となって消えていく。



   ――――さらばだ、ユウ。

  叶うのならば、またいずれ――――



 消え入るような声で言い残し、ナゾライ・ブリザードは消滅した。



「ナゾラァァァァァァァイ!」



 どこか悲し気な雄喜の叫びは、無人の展示場に空しく木霊するばかりであった……。



――それから後の話。

 "なぞなぞ魔獣"ナゾライ・ブリザード消滅と時を同じくして、激しい揺れによって崩壊した筈の博物館エリアはどういうわけか瞬く間に修復された。
 それにより海宝館側は止む無く破壊せざるを得なかった百機を超える恐竜ロボットに加え、それらの暴走騒ぎに際して幾らか展示場内の内装が荒らされるという損害を被りこそすれそれ以外に目立った被害はなく、破壊されたロボットについても適切な修理や代替機の確保など迅速かつ適切な対処がなされた。結果、博物館エリアは約半月の閉鎖を経て営業再開となった。

 何者かによって引き起こされた恐竜ロボットの暴走、及び身元不明の魔女バイリスカリスによって引き起こされた博物館エリア閉鎖事件はメディアで報道され、施設のセキュリティの脆弱さ等に対する批判が相次いだものの古坂や吉野をはじめとするキラメキングダム及び海宝館の関係者が謝罪会見を開いたことと、運営側からの被害者に対する適切な対応もあり沈静化にそう時間はかからなかった。

 海宝館運営側は改めてセキュリティや安全面の強化を行い、警察は今回の事件が組織だった集団によって引き起こされたものと仮定し捜査を敢行。満の証言を参考に博物館エリアの管制室にハッキングを仕掛け、職員と恐竜ロボットを暴走させた犯人の特定を急いだ。その結果、満や古坂の証言もあり幾人かの容疑者を特定するに至ったものの確たる証拠は得られず、また容疑者の殆どが未だ法的扱いの面倒な魔物ということもあり迂闊に手が出せないまま捜査は打ち切られてしまった。

 閉鎖事件を起こした魔女バイリスカリスについても同様で、警察は奇跡的に現場から生還した彼女の足取りを掴むことにこそ成功したものの、彼女が在籍する魔物学校の運営元であるカジョール・サバト側は面倒を避けようとしてか一貫してバイリスカリスの無罪を主張。警察が尚も追求する姿勢を見せるや否や『当サバトはモモニカ・サバトの直系団体であり、当該生徒に対する追求は同サバトへの宣戦布告と同義である』と主張。虎の威を借る狐の如き振る舞いで警察を牽制し、報道機関はモモニカの名を恐れ警察側を批判し始める……が、是久駿(これひさはやお)や鯖木鳴海(さばきなるみ)といったネット配信者らがこの騒動に目をつけたことで事態は急展開を迎える。

 是久と鯖木は、主にネット界隈や芸能関係の不祥事に関するリーク情報を動画や記事に纏めてインターネット上で発信するといった活動で広告収入を稼ぐ配信者である。此度の騒動に目を付けた彼らはすぐさま情報を収集・編纂し動画として発信。二者の暴露によりカジョール・サバトは一気に追い詰められていく。

 まず同サバトはモモニカ・サバトとは無関係であり、警察に対する主張はただの妄言であるということ。カジョール・サバトは元来有していた情報操作能力によりメディアを攪乱し事態を有利な方向へ操ろうと企んでいたが、是久や鯖木による暴露により企みは瓦解。『保身の為不正に走るという魔物にあるまじき悪行に及んだ罪は重い』として行政や企業からの支援を打ち切られ、資金難からおやつのグレードを下げざるを得なくなるなど組織として致命傷を負うこととなる。

 続いてバイリスカリスが昨今度々ニュースで騒がれる不良グループ、FFC団の主要構成員であることや、同団体の結成経緯、バイリスカリスを含む結成当初のメンバーがオーマガトキプロダクション社長、柳沼朱角の教師時代の教え子であることなども暴露され、バイリスカリス個人も窮地に立たされる。ただ筆頭であるファミリアのプロシオンは『柳沼朱角を貶められる絶好の機会』として状況を楽観視していた……が、その事実を知った民衆は朱角を非難するどころか擁護し始め、反比例するようにFFC団を糾弾し扱き下ろす流れが強まっていった。

 そしてこの件に痺れを切らし、更なる零落を恐れたカジョール・サバトはプロシオンやバイリスカリスを含むFFC団の全員を退学処分とした。かくしてFFC団の面々は路頭に迷う……かと思いきや、サバト側は彼女らを完全には見捨てず――或いは、野放しにするのは危険と判断したのかもしれないが――魔物学校の清掃員として雇い入れる判断を下した。

 幾度となく悪事を重ねた末期の不良グループを退学にしつつも清掃員として雇う……とは、人類にしてみれば絵空事の如き寛大な措置であるが、今までぬるま湯の中で育ってきたFFC団の面々にしてみれば不本意な事この上ないようで、彼女らは今も密かに反逆の機会を伺っているとかいないとか……。


 ところで中断されてしまった雄喜と満のデート及び海宝館のPV撮影については後日仕切り直されたそうで、礼によって二人はマニアックな会話が繰り広げながら海宝館を堪能したそうだが……それはまた別の話。
21/08/15 21:49更新 / 蠱毒成長中
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