連載小説
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TAKE16.5 惨劇はなぜ起こったのか
博物館エリア VR海中散歩古代編

「これは、なんとも……」
「全く、予想外……」

 男優の志賀雄喜と鰻女郎の渡部満。
 "海宝館"博物館エリアへ足を踏み入れた二人は現在、海中にいた。
 と言ってもスキューバダイビングをしているわけではなく……

VR海中散歩古代編……キラメキングダム株式会社製の最先端仮想現実テクノロジーに、海宝館と協力関係にある各機関の最新研究成果……」
「そこに異界……魔物由来の叡智と技術を少し加えて完成した、海宝館随一の名物スポット……とは言え、ここって基本的に名物ばっかりだから正直甲乙とか優劣つけるのも馬鹿馬鹿しくなってくるのよねぇ」
「基本的に展示物のクオリティがインフレしかしてませんからね……」

 二人の発言は聊か大袈裟にも聞こえたが、事実そう言わざるを得ない程に海宝館の展示は総じて豪華かつ徹底的に作り込まれていた。

「まず何と言ってもこの臨場感っ。古代地球の海なんて誰も実物見た事ない筈なのに、その前提を丸ごと覆すような、感覚に訴えかけてくる説得力……」
「……『当時の環境についての最新学説に基づいて緻密な設計がなされている』と言ったって、それにも限度があるわけで、然しその限度をも超えたそれっぽさの演出は最早神域……」

 話し込む二人の眼前を、小魚のような小動物が泳ぎ去っていく。
 普通の客ならば『あれは何だ』『よくわからないが美しく不思議な奴だった』程度の感想が精々であろう。然し雄喜と満は違った。

ピカイア……にしては大きすぎる。全長と目の存在から察するに原始魚類……」
メタスプリッギナミロクンミンギア辺りかしらね。このカンブリア紀区画がバージェス系を再現したエリアなら前者って断言していいと思うんだけど……」
「僕もさっきサンクタカリスマルレラ、オレノイデスだかエルラシアっぽい三葉虫も見かけたんでバージェスかなって思ったんですが……パラペトイアとかパンブデルリオンみたいなのも居たからなぁ」
「えぇ〜? 澄江とシリウスパセットの奴までいるの? まあカンブリア紀って面白い動物多いから集めたくなる気持ちはわかるけど……」

 恐らく殆どの読者諸氏はさっきから何話してんだこいつらと思われようが、正直ここで解説に長文を割くとまた感想欄に設定資料集読んでるみたいでつまんないとかそんなことを書かれそうなので詳細は割愛させて頂く(なんかマニアック過ぎる古生物トークなんやなぐらいに思って頂いて大丈夫である)。
 その後も海中を泳ぐ古代生物らの姿を楽しみつつ、嘗て謎だった種の正体発覚がどうのとか2000年代初期の某古生物擬人化ギャルゲは世辞にも名作とは言えないが、当時の時代背景を考慮すると仕方ないとかお前ら図鑑SS主役としての自覚あんのかと突っ込まれそうなマニアック過ぎる与太話に花を咲かせつつ、二人は仮想空間の海中を進んでいく。
 そしてカンブリア紀区画も終盤に差し掛かった所で、トリを飾るように姿を現したのは……

「おお、これはまた贅沢な……」
「見世物感強めだけどこれはこれで……」

 カンブリア紀を代表する古生物として名高きアノマロカリスの群れであった。
 ただその全長は3メートル越えと平均的なアノマロカリスの五倍以上あり、数多の鰭で泳ぎつつも腹部には鋭い節足が幾つも備わる等、新旧の復元図に於ける特徴を踏まえつつも怪物的なアレンジがされている。
 更にその巨体の全域には深海生物を思わせる発光器が備わっており、優雅に泳ぐ度それらは不規則かつ幻想的な光を放ち、幻想的かつ神秘的な雰囲気を演出する。

「いいわねぇ……バカみたいな感想だけどめっちゃ綺麗じゃないの……」
コートアルフ周辺の海域にこういう魔界獣居そうですよね。僕あそこ行ったことありませんけど」
「確かになんかいかにもあんな感じの居そうよね。私も行ったことないから完全にイメージだけど……多分クイン・ディアナ島の深海とかに生息してて、現歌姫のアスラ・ミスラ様が飼い慣らしてるんじゃない?」
「……結構違和感ないなぁ。といって、彼女なら自分の身体に発光器生やして自ら光りそうな気もしますが」
「まあ彼女がどうかは知らないけどそういうスキュラとかクラーケンは居そうよね」

 その後二人は次々に時代を経て古生代区画を抜け、海棲爬虫類の跋扈する中生代区画にクジラや巨大鮫が目玉の新生代区画と、VRの海中散歩を存分に堪能したのだった。



博物館区画 恐竜ロボット展示会場

 ――ゴォォォォォ!――
  ――グアアアアッ!――
――ブモォォォォォ……――
   ――ポギャアアアアア!――

「まさに圧巻……」
「もう余りの迫力に語彙が吹っ飛ぶわ……」

 ジャングルや山岳地、砂漠等を模した広大な展示室に、何れの現生動物ともつかない咆哮が響き渡る。
 原始的な力強さや獰猛さをありありと感じさせるそれら雄叫びは、その実人為的に生み出されたものに過ぎず……

「展示用恐竜ロボットの最新型……D-Soulだっけ。これもキラメキングダム製なのよね?」
「ええ。鱗や羽毛などの外側から内部のバネ一つ電線一本に至るまでキラメキングダム株式会社傘下の製品で統一されており、外見のデザインは勿論のこと、搭載されているAIも最新の学説に基づいて設計された高性能な代物のため、極限までのリアルさを再現した動きが可能……って書いてありますね。
 聞けばこのD-Soulシリーズは日本製の恐竜型ロボットとしては第四世代だそうで……元祖の第一世代は当時国内最大手だった天界重工の主導で昭和後期から製造が行われたD-Guardian。その改良型で平成初期から暫く第一線で活躍したのが第二世代のD-Guts。
 平成中期になって天界重工からプロジェクトを引き継いだキラメキングダム株式会社による進化系D-Braveが第三世代。更にそこから研究に研究を重ねて設計されたのが……」
「第四世代のD-Soulってわけね」
「いかにも。D-Braveの時点で発声や自走が可能だったんですが、D-Soulはそれを更に改良したお蔭でより自然に近い形で身軽に動いたり、飛行や水中での活動さえ可能になっているそうで」
「飛行が可能ってことは……あそこで飛んでるプテラノドン、ロボットだったの!? てっきり立体映像か何かかと……」
「プテラノドンだけじゃなく、ランフォリンクスやアヌログナトゥスもロボットみたいですね。複雑な動力部が入ってるとは到底思えないような見た目ですが、今調べたら海宝館公式の動画配信チャンネルで分解して内部構造説明してる動画あって驚いてます」
「そんなことしたら自社技術の流出が……って思ったけど、動画で見ただけで簡単に真似できるような技術でもなさそうね」

 そんなこんなで二人は広大な展示室を見て回った。
 恐竜や、それらと同時期に生息していた翼竜等の動物を模して作られたロボットはあたかも生身かのように精巧で、極限までのリアルさを追求した最新型の名に恥じぬ完成度を誇る代物ばかり。


「密林のアロサウルス……足元の残骸はカンプトサウルス? 血の滴り具合までよく再現されている……」
「若葉色をベースに深緑の不規則な縞模様、いかにも密林に擬態してますって感じのカラーリングが尚いいわよねぇ」


「桜の木の下の、コリトサウルス……じゃないわ、あの頭ならランベオサウルスね。ただ木の下に配置したってだけじゃなく、全体を通して和風に仕上げてるのは流石ね」
「古生物学者だけじゃなく歴史学者や芸術家にも協力を仰いでそうですね……ほんと、あそこから何の違和感もなく動くのは実際度肝抜かれますよ……」


「古竜脚類プラテオサウルスに原始獣脚類コエロフィシスの争い……本来なら大して目立たないような地味な恐竜をロボット化するとは……」
「三畳紀の恐竜ってどうしても地味だから適当にスルーされがちだものねぇ。それをこうして重点的に描くっていう姿勢がまず尊敬に値するわ」


「古代の海ワニ、メトリオリンクスが魚追い回してるわね……まさかこの魚も……」
「ええ、公式サイトによると逃げ回ってるアスピドリンクスもロボットらしいですね。序でに言うと何食わぬ顔で泳いでるアンモナイトも……生きてるようにしか見えないんだけどなあ」


「砂浜のコンプソグナトゥスに……エウストレプトスポンディルスか? 食べてるのはムラエノサウルスの死骸っぽいな……」
「普通ならエウストレプトスポンディルスがコンプソグナトゥス追い払っててもおかしくないのに、二頭で仲良く食事中ってのがなんかほっこりするわー。リアルな死体がエグいけど」



 かくして二人は古生物ロボットの展示を堪能しつつ館内を進んでいく。
 そして展示も後半に差し掛かった、その時。

「この意気地なしめ!」

 展示場の一角から、咆哮に負けないほどの怒声が聞こえてくる。
 声のした方へ目をやれば、そこには子供が二人ほど。
 片方は気の弱そうな人間の少年、もう片方はドラゴンの少女……身なりから察して遠足中の未就学児であろうか。
(子供の人魔カップル……いや、カップル呼ばわりするのは安直か。ワンダーパラダイスで豚どもに襲われてた二人を思い出すな。あちらより幼そうだが……まあ年長組って所か)

「あの程度のものに怯えるなど情けないぞ! 貴様それでも男か!?」
「だ、だってしょうがないじゃんっ……怖いもんは怖いんだよっ!」
 怒鳴りつけるドラゴンに、少年も震えながら反論する。然しドラゴンは聞く耳を持たず『弱い男に価値はない』『そんな泣き言が社会で通用するか』『世が世ならお前は死んでいた』と一方的に捲(まく)し立てる。
 会話内容から察するに、少年はリアルで迫力のある恐竜ロボットに怯えており、ドラゴンはそんな彼にご立腹といった所か。

(……ま、子供なんてそんなもんだろうな)

 幼稚な価値観やくだらない切っ掛けに起因する子供同士の馬鹿げた言い争いなど日常茶飯事。寧ろそれが彼らの社会たる以上、無関係の大人が介入するなど無粋。そう考えてその場から立ち去ろうとする雄喜であったが……

「ええい、全く仕方ない奴! ならば我が手本を見せてくれるわ!
 言うや否や力一杯駆け出したドラゴンは、道行く客を押し退け突き進む。
 途中馳せ参じた係員の制止も強引に振り切った少女は、展示されている内で最大級、かつ最も恐ろしげな風貌のロボット――かの言わずと知れたティラノサウルスの"スー"を模した機体――と対峙する。
「独活の大木、木偶の坊めが……でかい図体と馬鹿力だけで最強の王を騙るなど片腹痛いわ、恥を知れ!
 どこからか取り出した木刀を突きつけながら、ドラゴンの少女はロボットのスーを挑発する。とは言え当然相手は無生物であるからして、少女の言葉など意に介そう筈もない……かと思いきや

――ガアアアアアアアアアアアアッ!――

 何たる偶然か、ロボットはドラゴンの方へ顔を向け、少女を吹き飛ばさんばかりの強烈な咆哮を至近距離で浴びせる。
「……!」
 凄まじい咆哮に、少女は押し黙るも怯む様子は見せない。
「ふん、安っぽい機械の分際でドラゴンに盾突くか! 力任せに声を張り上げるだけの愚かしいやり口など社会では通用せんと知――
――グルオオオオオオオオオッ!――
「……っっっ! ドラゴンの話を遮って咆える奴があるかーっ!
 幼いドラゴンは木刀を振り回しながら喚き散らすものの、所詮相手は機械である。言葉が通じよう筈もなく……挙句、唸り声一つ上げずドラゴンに尻を向ける始末。
 無論、そこに他意はない。搭載されたAIはあくまで展示物としての最適行動を選び取ったに過ぎなかった……が、この挙動こそ幼いドラゴンにとっては、まさに逆鱗に触れる暴挙に他ならず。
「きっさまぁ〜! ドラゴンに向かってその態度はなんだぁっ!? こんな囲いに隠れた程度でいい気になりおってぇ!」
 至極勝手な理由で怒り狂った未就学児はロボットを囲む樹脂製の柵を力任せに破壊し、木刀を振り回しながらティラノサウルスのロボットに向かっていく。
「ぬうああああああああああ! ドラゴンは最強だっばらっ!?」
 全力の突進も空しく、幼竜はロボット恐竜の尻尾に呆気なく薙ぎ払われてしまう……が、彼女は尚も諦めない。背の翼で軽く舞い上がり、そのままロボットの頭部に飛び掛かりしがみつく。

「おー、あのガキ中々やるじゃねぇの」
「関心してる場合じゃないでしょ、早く止めないと」
「止めるったってどうすんのよ」
「博物館の係員は何やってんだよ」
「ママ―、ドラゴンの女の子が恐竜さんと戦ってるー」
「本当、無駄に善戦してるわねー。でもマー君はあんな馬鹿な真似しないで頂戴ねー?」
「わかってるよママー。僕、勉強は正直それほどできる方でもないけどその辺は理解できてるから。あんなSNSで自慢気に迷惑行為動画投稿して調子こいてるクズみたいなことしないよー」

 他の観客たちはそんなドラゴンの様子を見世物か何かのように楽しんでおり、面倒に巻き込まれるのを恐れて少女を止めないどころか、より調子付かせようと囃し立てる者まで居る始末。

「……付き合いきれんな。満さん、どうします? あのバカ止めときますか?」
「やめときなさいよ。無理に助けて怪我でもしたらコトだし、本人や親がなんて言ってくるかわからないじゃない。それよりほら、この辺は粗方見終わったし次の展示に――
――ヴォギアアアアアアアアアッッ!――
「ああああぁぁぁぁあああ――」

 満の言葉を遮るように響く、咆哮と悲鳴。何事かと振り向けば、件のドラゴンが飛ばされていた。
 自らの翼で飛んでいたのではない。
 恐竜ロボットに投げ飛ばされていたのである。

「――ぁあぁぁぁあああぁああああっ!」

 咄嗟の出来事に混乱したドラゴンは、身動きが取れないまま放物線を描いて飛んでいく。
 その先にあるのは、とある水棲生物型ロボットが泳ぎ回るプール型の展示スペース。

「のわっ! あっ! ああああああ!?」

 このままではプールに落ちると知ったドラゴンは恐怖に震え上がる。というのも彼女は生来の水恐怖症であり、自宅の風呂程度ならば平気なものの、一般的なプール程度の水嵩になると途端に正気を欠いて溺れてしまうのである。
(な、なんとか! なんとかせねばっ!)
 ドラゴンはどうにか背の翼を動かそうと躍起になるも、混乱と恐怖からか上手く力が入らない。
 最早これまで、万事休すか……諦めかけたその時、彼女の身体は水面すれすれの位置でぴたりと動きを止めた
(た、助かっ……た?)
 果たして彼女を救ったのは一体何者か? その正体は実に意外な人物……否、人造物であった。
 というのも……


「嘘でしょ……」
「なんでそんな……」


「「エラスモサウルスが助けたなんてっっ!」」


 信じ難い光景に、雄喜と満は思わず叫ぶ。
 プールへ投げ込まれそうになったドラゴンを助けたのは、他ならぬそのプールの主……海棲爬虫類エラスモサウルスを模したロボットであった。
 水中から首を伸ばしたエラスモサウルス型ロボットはすんでの所でドラゴンの上着へ食らいつき、水面スレスレで彼女の落下を止めていたのである。
 思いがけない出来事に、群集は当惑しつつも歓声を上げる。一方、当のドラゴン自身はとにかくこの状況から如何に抜け出すかを必死に考えていたが……
(……かくなる上は我が秘剣ドラグーンスラッシャーこやつの首を切り落としつつ飛んで逃げる……否、それよりもいっそ必殺の破壊剣ブレイクソードで水を吹き飛ばして……)
 如何に複雑な言葉や言い回しを知っていて身体能力が高いとは言え、所詮はものを知らない未就学児。脳内に浮かぶのは『木刀でロボットを破壊する』『木刀でプールの水を吹き飛ばし干上がらせる』『尻尾からビームを放つ』『オーラでプールの水を蒸発させロボットをも焼き払う』等、少なくとも今の彼女では到底実行できなさそうな、打開策とは名ばかりの誇大妄想ばかり。
(いや待てよ? ともすれば我が超絶波動真剣ブレイジングセイバーならば――)
 やがてドラゴンは自らが必殺技で危機を脱し大成する妄想へのめり込み、ものの三分足らずで己が危機的状況にある事実を失念してしまっていた。
 そして……
(そこから後はトントン拍子にコトが進む筈っ。あとはドラゴニアの闘技場で――うおうっ!?」
 ぐぅん、と上昇する感覚により、ドラゴンの意識は妄想世界から引き摺り出され……そして違和感を覚える。
(tっ……高ぁぁぁぁあああ!? なんだこれはっ!? 高い! 高いぞぉーっ!?)
 先程まで目と鼻の先にあった筈の水面が随分と遠くなったのは、エラスモサウルスのロボットが彼女を咥えたまま高々と鎌首を擡(もた)げたからに他ならず。予想外の展開に群衆はどよめき、警察や消防への通報を試みる者が現れ始め、当のドラゴン自身も必死に抵抗を試みる……が、事態は誰もが予想し得ない方向へと動き出すこととなる。

「くっ! このっ! 離せ! はなsっどわっ――だああああっ!?」

 抗い藻掻くドラゴンを、エラスモサウルスのロボットは容赦なくプールへ投げ落とす
 大きな水しぶきが上がり、水中へ叩き込まれたドラゴンは狂った様に取り乱し、溺れて泣き喚く。

「お、おいっ! 救急車ぁ! つか消防だ! 119番っ!」
「溺れてるぞ! 早く助けないと!」
「糞っ、救助待ってたんじゃ間に合わねえ! 俺が行くっ!」
「ちょっとやめなさいよ! なんかあのロボット様子が変じゃないの! 下手に近付いたらどうなるかわかんないわよ!?」
「うるせぇだからって黙って見てられっか!」
「ていうか施設側は何やってるのよ!? ロボットの暴走事故ならあいつらが出張ってこなきゃおかしいでしょ!」

 パニックに陥る観客たち。然し一連の騒動はまだ、これより幕開ける惨劇の序章に過ぎなかった。

「がばっ! ごぼぼっ! たば、たすっ! やだ、おぼ、おぼばばっ――」
――ホワッシャァァァァァ!――
「だばぁぁぁあああ!?」

 溺れて絶体絶命のドラゴンを、追い打ちとばかりにエラスモサウルスのロボットがプールの外へと弾き出す。恐怖と混乱、更に冷水による体温定価も相俟って翼が動かせないドラゴンは、無抵抗のまま放物線を描いて宙を舞う。
 如何に頑丈な魔物とは言えど、幼児がこの高さから落下したのでは流石に負傷しかねず、最悪の事態も十分に在り得る。最早絶体絶命か。誰もがそう思った、その刹那――

――クェェェーッ!――
「んのわっ!?」

 宙を舞うドラゴンを、颯爽と現れた翼竜ニクトサウルスのロボットがさっと掴み取る。翼竜ロボットはそのまま曲芸のように展示場内を不規則に飛び回ったかと思うと、中央の開けたスペースへドラゴンを降ろしてそのまま飛び去って行った。

(た、助かった、のか……?)

 困惑しつつも安堵するドラゴンを、観客たちは急いで助けに向かう。これでもう大丈夫だ、あの子を助けたらあとはこっちのもんだと、きっと観客たちは思っていたことだろう。


 然し乍ら、惨劇はここからであった。


――ヴォギアアアアアアアアアッ!――


 突如館内に響く、恐ろし気な咆哮
 それを合図に暴れだす、数多の恐竜ロボットたち
 ある機体は爪で、またある機体は爪で、或いは力任せに、更には他の機体の助けを借りて等、各々様々な方法で自身を囲う柵や壁を破壊したそれらは、狂ったように咆え猛り乍ら観客たちに襲い掛かる。

「うわああああああ!」
「たっ、たたたっ、助けてくれぇぇぇ!」
「殺されるー! 図鑑SSでもこれは流石に殺されるー!」
「いやああああああああああ!」
「っぎゃあああああああああああ!」

 ある者は踏みつけられ、ある者は噛み付かれ、またある者は引っ掛かれ……観客たちは暴走した恐竜ロボットに襲われ、それはもう散々な目に遭わされた。幸いなことに死者はなく、怪我といっても擦り傷切り傷に打撲や軽い骨折程度、あとは精々衣類を引き裂かれた者が何人か居た程度の被害ではあったが、とは言え施設の規模が大きく観客も膨大な為被害は甚大と言えた。



「いやぁ、とんでもないことになっちゃったわねぇ」
「……全くです。上手いこと逃げ出すタイミングを見計らっていたつもりが出遅れてしまうとは」
「騒動に巻き込まれないように安全な位置取りばっかりしてたらこんな隅の方に隠れなきゃいけなくなっちゃうし、ほんともう散々だわ……」
 広大な展示場の片隅、辛うじてロボットらの被害から逃れられる一角に隠れつつ、雄喜と満は状況を打開すべく策を練る。
「暴走する恐竜ロボット、逃げ惑う観客、係員や警備員が動き出す気配はなく施設内放送もなし……」
「博物館エリアの出入口は自動ドアから窓に至るまで例外なく開け閉めどころか壊せもしない。挙句助けを呼ぼうにもスマホは通信障害……その他諸々、できること皆無で八方塞がりって所かしらね」
「冗談じゃないですよ。せめて古坂社長と話し合いでもできれば……ん」
「どうしたの?」
「いえ、スマホの通知音が聞こえたような……」
「そんなバカな。そこらじゅう通信障害なのよ? 気のせいじゃない?」
「まあ僕自身、新人の頃は電話の着信音の幻聴が聞こえたりなんてこともありましたが……一応確認してみます」
 この騒音では通知音を聞き逃していても何らおかしくはない。とは言え十中八九幻聴か、或いは然して重要でない通知だろう。そんな風に思っていた雄喜であったが……
「……ヒッパリオンにDM?」
 それは雄喜がプライベート用に使っているマイナーSNS、ヒッパリオンからの通知であった。
 雄喜は早速スマートフォンのロックを解除し、ヒッパリオンへのアクセスを試みる。
(……繋がった! タイムラインや通常の通知欄は表示されないが……何故かダイレクトメッセージ機能だけは生きてやがる)
 メッセージを送って来たのは、KKkin9なる見知らぬアカウントであった。アイコンはデフォルトの地味なものであり、プロフィール画面には最低限の記入しかなく書き込みもない。一見どこにでもある、何の変哲もない、存在理由の見えないアカウント……だが問題は、そのアカウントが雄喜に対し送って来たメッセージにあった。
(……『志賀くんへ。このメッセージが君に届き、読まれ、事態が好転することを祈りながらこの文章を書いている。怪しむ気持ちはわかるがどうか信じて欲しい。これしか方法がないんだ。これを読んだら返信をくれ。古坂彦太郎より』……)

 そのメッセージはキラメキングダム株式会社代表取締役社長、古坂彦太郎を名乗る何者かから送信されてきたものだった。確かに怪しい。どこからどう見ても怪しい。凄まじく怪しい。質の悪いイタズラやスパムを疑って当然のレベルである。
 然しそれを想定してか、メッセージには古坂の顔写真――名刺と、日付まで表示されるタイプのデジタル時計を手にしたもの――が添付されていた。こうなるともう、信じて返信するしかない。

(『志賀です。あなたを古坂社長と信じて返信させて頂きます』……っと。それから……)

 それから後、雄喜と古坂はヒッパリオンのダイレクトメッセージを通してお互いの状況を伝え合う。
 古坂曰く、海宝館内で二人のデートを撮影していた屋内用小型ドローンの反応が博物館エリアの恐竜ロボット展示場付近で途絶えたという。故障の可能性を考え係員へ回収を命じるも連絡がつかず、ならばと外部から社員を送り込んだものの道路は軒並み渋滞、鉄道も遅延や事故が相次ぎ使い物にならず施設に辿り着けない。いよいよ心配になった古坂が飛行できる種族の社員を向かわせたところ、博物館エリアは地上から忽然と姿を消しており、到達はおろか認識すらできないという驚愕の事実が明らかになり今に至るという。

「――で、その後キラメキングダムの技師や学者を呼んで調べさせたら、どうやら博物館エリアは認識阻害系と結界系の魔法が内側から発動していて?」
「しかもそれと同時に電波やネット回線に作用する何かしらの力も作動しているので連絡も取れず、調査の結果ヒッパリオンのDMなら辛うじて博物館エリア内の相手とコンタクトを取れることを突き止めた、と。現在は認識阻害と結界を解除できないものかと鋭意調査中のようですが、やはり術の性質上内部の発生源を叩くのが最適解らしいですね」
「……不謹慎承知で言うけど、折角のデートが台無しだわ。どうしてこうなったのよ……」
「全く同感です。無論、古坂社長や吉野館長、海宝館やキラメキングダムの皆様を悪く言うつもりはありませんがね。彼らとて被害者ですから。その代わりってのも妙だが、この惨状を引き起こしたヤツら……十中八九救済の摂理とかエセ過激派とかそんなくだらない連中でしょうが、そいつらを今すぐにでもとっ捕まえてガイドラインギリギリの地獄を味わわせてやりたい
「……気持ちはわかるけどねユウくん、そんなこと絶対にしちゃダメよ? あなたのその手は取るに足らない奴らを苦しめ傷付ける為のものじゃなく、大切な誰かを守り愛する為のものでしょう?」
「……そう、ですね。すみません……」
「許せない気持ちはわかるわ。けど奴らを裁くのはきっと今この時じゃないし、恐らくあなたでもない。裁きは然るべき時、然るべき者によって、然るべき形で下されねばならないの。もし万一、あなたが裁きを下しうる然るべき者だったとしても、今はもっと<v>他にやるべきことがあるんじゃない?」
「と言うと?」
この騒動を私達で内側から終わらせるのよ。社長の言ってた魔法の発生源、っていうか魔術師? を探し出してやっつけたりとか」
「なるほどその手がありましたか。……実は僕もそれを考えてましてね、社長に確認取ってたんですよ」
「確認……あぁ、『こっちで動いて大丈夫ですか』とか?」
「いえ『暴走したロボット壊していいですか』ですね」
「」
 雄喜の口から出たまさかの言葉に満は絶句する。
 この男、人間離れした身体能力の持ち主とは承知の上だがそれにしても平然とそんなことを抜かすとは正気か? まだインキュバス化もしていないのに?
 などと思いもしたが、然し同時に彼の言葉からは、本能に訴えかけてくる説得力のようなものを感じずにはいられないのだった。

「では満さん、お気を付けて」
「ええ。ユウくんこそ死なないでね?」

 かくして作戦を立てた雄喜と満は、二手に分かれて恐竜ロボット暴走騒ぎの収束に乗り出した。
21/07/29 21:49更新 / 蠱毒成長中
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