連載小説
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TAKE16 男優と回遊魚はデート先でなにを語らうのか
「ぃやっはぁ〜いよいよ到着したわねぇ〜」
「ええ。期待感と解放感、感動が心の中で濃縮されるような……実に清々しい爽やかな気分ですね」

 関西某所沿岸部の一角。広大な駐車場に囲まれた巨大建造物の前に立つ、二人の男女。
 共に寒色中心の涼し気で大人びた服装に身を包むその二人こそは、魔術で変装した男優の志賀雄喜と人化術で人間に化けた鰻女郎の渡部満に他ならず。

「遂に来たわよ『海宝館』! いやぁ、一度来てみたかったのよねぇ……」
「僕もですよ。水族館と博物館の性質を併せ持つ、まさにを集めし……日本に産まれた動物好きならば一度は行っておくべき聖地とも言われる人気観光スポットですからね」

 今回、雄喜にとって二度目、かつ満にとっては初回となるデートの行先として選ばれた『海宝館』は、キラメキングダム株式会社が国内外の専門家や研究機関と共同で運営する展示施設である。
 先程雄喜が述べた通りその実態は水族館と博物館の複合型と呼べるもので、水棲生物に限らず陸棲動物や鳥類、植物など各国の多種多様な生物たちの生体・標本・写真が展示されている。博物館としての展示も凄まじく、化石標本や全身骨格のレプリカ、生きた姿を再現した模型やロボット等国内有数の所蔵数を誇る。
 この他にも小動物との触れ合いコーナーや化石クリーニング体験などのアクティビティ、オリジナルグッズを取り扱う物販や展示に関連付けたメニューが楽しめる館内レストラン等の施設も豊富であり、観光ガイドに『本気で施設を楽しもうと思うなら一度来ただけでは時間が足りないだろう』と書かれるほどと言えばその規模と内容の多様性がお分かり頂けるかと思う。

「しかもこの海宝館は単なる観光用の娯楽施設ってだけじゃなくて、研究所としての側面も持ってるってのが凄いのよね」
「ですね。他の施設では中々お目にかかれないような希少種の飼育、のみならず人工繁殖にまで成功した実績がありますし、環境保護や外来種問題への取り組みでも注目されてますし」
「レッドデータブック入りしてるようなのでも繁殖させたりしちゃうし、何なら絶滅種をクローニングで再生させる計画を発表して燃えたこともあったわよね」
「ああ、ありましたね。古坂社長を某蘇生恐竜パーク運営者の老人呼ばわりするなんかよくわからん自称活動家とかテレビに出てましたし」
「ねー。しかも原作の方ならまだしも世間一般だとあのお爺ちゃんっていうと映画の方しか知らない奴ばっかりだから『あれくらいなら別にいいじゃん何言ってんの』って反応が相次いで盛大にスベってたし」
「呼ぶ方も大概ですけど、『別にいい』とか言い出す民衆もどうなんだって話ですよ」
「まあ映画の方だと根は悪人じゃないんだけどねぇ」
『ノミのサーカスよりもっと凄いことがしたかった』という思いもクリエイティブな界隈にいるクチだと理解できなくもないんですが、黒幕の謀反も結局なんだかんだあの人のせいですからねー」
「全くよ。なのに反対派の奴らときたら『なんかよくわからないけど危なそうだから』『とりあえず倫理的にやばそうだから』ってだけで批判してくるじゃない? 明確な対案も出せず、自分たちの主張もフワっとしてる癖にカッコつけんなって話でしょうよ、どこの界隈にしてもそうだけど」
「全くです。古坂社長や海宝館の方々の思いは断じて単なる売名や金儲けが目的の浅ましいものじゃない、彼らは彼らなりの信念があって動いているんだ。にもかかわらずそれを理解しようともせず何を抜かすかと」
「本当よ。そもそもそれ言い出したら一部のエセ過激派のがよっぽど悪質じゃない。あいつら別に魔物化願望があるわけでもない人間を無理矢理魔物に変えて『よりよい身体にしてやったんだからありがたく思え』とか言ってるわけでしょ? 人間に近い姿の種族ならまだしもそうじゃない種族にされちゃった子からしたらはっきり言って地獄だし、姿が人間に近くたって身体がいきなり別のものに変異してたら普通困難多すぎて精神病むわよ」
「アルプやスケルトンといった種族が存在する以上、男も無関係じゃいられない」
「それよ。世の中いきなり性別変わって平気でいられるぐらい肝据わった子ばっかりじゃないし、寧ろそんなの多分少数派でしょ? それでそういう指摘をするとあいつらとかあいつら擁護してる奴らは『最終的に気持ち良ければそれでいいじゃないか』とかバカ丸出しなこと言い出すんだから全く」
「近頃はドイツを拠点に活動しているサバトが現地の大学と手を組んで『不本意な形で変異してしまった後天性の魔物を人間に戻す、もしくは別の種族に変異させる技術』の研究に取り組んでいるそうですが、異界の主神教団や救済の摂理に代表される反魔物勢力と裏でつながってるんじゃないかと言いがかりをつけられて大変だそうですね……」
「全体的に風当たり強いらしいわね。魔王様ご一家の反応は知らないけど、魔王軍の関係者の間では魔王様の計画の妨げになるとかその技術が主神教団に流出する危険性があるから研究やめろとか色々言われてるって……」
「……どちらの主張も正しいだけにややこしい問題というか……気分が沈む……満さん、立ち話もなんですしそろそろ」
「ええ、荒んだ心を癒されに行きましょうか」


 かくして門前での長話を経て二人は海宝館へ足を踏み入れた。


水族館エリア 【珊瑚礁トンネル水槽】

「トンネル水槽で客を出迎えるとは洒落た演出ね……」
「デバスズメダイにキンギョハナダイ、シロガネアジ……観賞魚需要のある、群れで泳ぐようなのが多めですね。こりゃあいい、月並みな安い例えだが海の中を歩いているような……」
「ほんと、魚の群れがそのまま風に舞う花弁や夜空の星みたいになってて綺麗よねぇ。水槽っていうより生きた芸術みたいだわ……あら」
 トンネルを暫く進んだ辺りで、満は立ち止まる。どうやら気になる生き物を見つけたらしいが、果たして……
「ユウくん見て見てっ、ウズマキよ」
「おっ、本当だ。淡過ぎず暗すぎずの程よい色合い……こりゃ手配するのに手間かかっただろうなぁ……」
 満の指差す先を泳ぐは、暗い藍色の身体に白金色の渦巻き模様という独特な風貌の小魚。満がウズマキと呼ぶそれは、タテジマキンチャクダイなる魚――ちょうど別の区画に泳ぐ大ぶりな縞模様の魚――の幼体であった。
「タテジマキンチャクダイ……英名をエンペラーエンゼルフィッシュ。平均40センチの巨体はまさに皇帝の風格か……」
「よくあるツッコミは『名前の割に横縞じゃん』
「といって、魚の縞は頭を上に向けた際の……つまりは釣り上げた時点での向きを基準に縦横が区別されるため実際は正しいわけですが」
「そして幼魚は独特な模様からウズマキと呼ばれるのよね。ほんと、親と子でギャップが激しいなんて魚の世界じゃ珍しくないけど、それでもあのウズマキからタテキンになるのは驚きよね」
「一説によればウミウシへの擬態説が有力なんでしたっけ?」
「ええ、確か『青色は不味く毒というのが魚の共通認識で、ウミウシも青色のものが多い。だからウズマキもウミウシを意識して青い』だったかしら。目玉に見せて敵を攪乱する為なんて説もあるけど」
「枝サンゴへの擬態って説もありましたね。そしてタテキンといえば……」
ベガスの水槽職人、でしょ?」
「如何にも。彼が最も好きな魚として頻繁に挙げるのがタテキン、というのはあのシリーズのファンならもはや常識」
「姓が姓だし自分自身会社のトップ、つまり皇帝だからシンパシーを感じるってよく言ってるものね」
「近頃では魔王様ご夫婦に贈る十三の水槽の内の一つに、対を為すとも言えるクイーンエンゼルフィッシュと一緒に入れたことで話題になりましたね」
「ああ、大手アクアリウム誌で特集記事組もうとしたらネタが多すぎて辞書くらい分厚いムック本を幾つも出す羽目になったわよね。確かタテキンを旦那様、クイーンエンゼルを魔王様、群れで泳ぐ白い魚をリリムの皆様に準えた、寝室の壁に埋め込むハート型のヤツでしょ? 意味不明な炎上騒ぎも起きたせいでよく覚えてるわ」
「確か『魔王様ご夫妻に贈る水槽に天使の名を冠する魚を入れるとは何事か』『ご息女の皆様をその他大勢のように扱うな』とかそんなのでしたっけ?」
「ええ。あとは『魔王様ご夫婦の寝室の壁を水槽なんかの為に壊すな』『地球の庶民が魔王城に上がり込むなどけしからん』『魔王様ご夫妻から金を取るな』『魔王様ご夫妻の寝室に飾る水槽ならばもっと大型で豪華絢爛であるべきだ』とかね……まあ当然、どの発言も魔王軍からの声明発表で全否定・完全論破されたらしいけど」
「あの声明文滅茶苦茶長かったですよね。記号・改行・空白込みで二十万字でしたっけ?」
五十万字よ。記号や改行、空白を除いてね……」
「なんてこった……」



水族館エリア【アマゾン熱帯雨林の動物たち】

「水族館というと必然、海洋生物ばかり注目されがちですが……針にかかったり水槽に入るような魚の異形感、面白さは淡水に軍配が上がると思います」
「同感だわ。海水魚は正統派って感じでそれはそれでいいけど、淡水魚の尖った個性も味わい深くて素敵なのよねぇ。魚以外の動物ってなると流石に海水に軍配が上がるけど」
 色とりどりの植物や風変わりな流木のレイアウトが印象的な大型水槽を泳ぐのは、アマゾン川に生息する大柄で個性的な魚たちであった。
 漆黒の身体と鋭い牙を持つ、獰猛な肉食淡水魚の代名詞たるピラニア――元来その獰猛精は虚構とされてきたが、昨今は実際狂暴化したとの報告例もある――の中でも最大級の種と名高きピラニア・ブラック
 観賞魚としての需要も高く、細長くも逞しい体躯や樹上の小動物を跳び上がって捕える様が龍にも例えられる古代魚のシルバーアロワナ
 同じくアロワナ科に属する巨大魚で、口から浮袋へ空気を取り込む呼吸法、水ごと吸い込んだ獲物を棘の生えた舌で圧し潰す捕食法、爪ヤスリや靴ベラにもなる大きな鱗等様々な個性を持ち、最大全長4.5m、世界最大の淡水魚と名高きピラルクー
 その他様々な魚が泳ぎ、陸地部分にはリスザルやショウジョウトキ、グリーンイグアナなども展示され、水槽暮らし乍ら客の目など一切気にも留めていなさそうな、ありのままの姿を見せていた。
 そして、それら動物たちの中でも取り分け二人、特に満の目を引いたのが……

「あら、レッドテールキャットじゃない。やっぱりどこでも定番なのねぇ」
「これまた他の魚に引けを取らない見事なサイズですね。尾鰭の赤色は勿論、身体の白黒もはっきりしている……見るからに健康そうって感じですよ」
 レッドテールキャットフィッシュ。現地アマゾンではピララーラの名で呼ばれる全長一メートルほどのナマズである。名前にもある赤色を帯びる尾鰭とどこか憎めない顔立ち、また生命力の強さから観賞魚として人気があり、満の言う通り水族館での展示も多い魚であった。
「結構可愛い顔してるけど実は案外荒っぽい性格なのよねー」
「ああ、よく言われますね。動くものは後先考えず何でも襲うから食った魚が喉に詰まって窒息したとか、事故で沈んだ船の乗客を群れで襲ったなんて報告もあるそうで」
「人まで襲うのね……そういえば前に何かの記事にあったんだけど、向こうの熱帯地域には尾鰭の赤いナマズのサハギンがいるらしくてね?」
「やはり狂暴だと?」
「ええ。なんでも見た目はティターニアみたいだけど性格はオーガかってぐらい荒っぽくて強気らしいわ」
「……イメージし辛いなあ」
「あとレッドテールキャットって言ったら……あぁ、あの話があったわね」
「とは?」
「高校の時だったかしらね、友達の家に行ってテレビ見てたのよ。民放のクイズ番組だったかしら。それでCMに入って……確かどこかの専門学校のCMだったかしら、それが水槽で泳ぐレッドテールキャットの映像を使ってたのね。そしたら友達の妹が何を思ったか『あれが欲しい。あれを飼いたい』って言いだして、友達は当然『ダメだ』って言うんだけど妹は一歩も退かなくて」
「よくある光景ですね……そのご友人は余程しっかり者と見える」
「ええ、実際同い年の私から見ても本当に頼れる子だったわ。……でまあ、そこで私が助け船を出したのよ、友達に。ちょうど当時から仲間内では生き物好きとしてそこそこ名が通ってたから」
「至極妥当な判断かと。して、具体的には何と?」
「あの時の発言は今でも忘れない……
 『妹ちゃん、あのお魚はレッドテールキャットって言ってね?
  さっき泳いでたのはそんなに大きくないように見えたかもしれないけど、
  成長が早くてすぐにあなたの身長くらいにまで大きくなってしまうから、本当に大きな、この部屋ぐらいの水槽が必要になるの。
  それにあの子は肉食で、生きた小さい魚やエビなんかを食べるからそれらも飼わなきゃいけなくてとても大変なの。だからやめておいた方がいいわ』

 ってね……」
「それで納得したんですか?」
「しなかったわ。寧ろ『何とかしてみせる』って言うのよ……すると友達も妹の我が儘に本気でキレたのか『お前以外の誰も面倒を見ないぞ。お前一人で管理できるのか? そんな大きな水槽なんてうちにはないしどこに置くつもりだ?』ってね……。
 すると彼女、何て言ったと思う?」
「さて……『どこにだって置けばいい』とかでしょうか」
「……『風呂で飼えばいい』よ」
「ああー……」
 ものを知らない子供ならではのぶっ飛んだ発言に頭を抱えつつ『レッドテールキャットじゃ風呂桶でも狭いんだよなぁ』と思わずにいられない雄喜であった。


水族館エリア【期間限定特別展示『ゲテモノ集結! 我らが地球のヤバい奴ら展〜そこそこ軽めの地獄絵図〜』】

「なかなかぶっ飛んだタイトルの展示をやってるのね。ポスターを見る限りはオオツチグモとかヤドクガエルとか、世間一般に怖がられがち、気持ち悪がられがちな生き物を集めた、まあよくあるコンセプトの展示っぽいけれど」
「確かにありがちなコンセプトの展示ではありますが、然しこういったものを『ああ、またこれか』と冷めた目で見るよりは『なにか新しい発見があるかもしれない』と、形だけでもそういう姿勢でいた方が楽しいと思いますよ、僕は」
「勿論私もそのつもりよ。誤解を招くような言い方だったけど、別にありがちな展示が悪いとは言ってないし、寧ろそういう解釈や描写なんかの違いを探すのが醍醐味ぐらいあると思ってるし」
「同じ動物でも紹介文がまるで違ったりしてて面白かったりしますよね」
 生き物マニアでもそうそう共感できなさそうな会話を繰り広げつつつ、二人は展示会場を進んでいく。


『世界三大奇虫』か。随分と大層な名前をつけられたもんだな……」
 最初に訪れたのは主に虫などの節足動物が展示されているスペース。中でも一際目立つ位置で派手に展示されているのが、ウデムシ、サソリモドキ、ヒヨケムシ――『世界三大奇虫』と呼ばれる蜘蛛に近い三種の虫たち――であった。
「平成後期頃からネットを中心に浸透し始めた単語よね。まあ実際変な姿してるしそういう呼び方されるのもわかるけど、そんな大騒ぎするほど大して異形でもないし、結局は知識のない俗人が騒いでるだけって感じだわ」
「聊か容赦のない言い方とは思いますが、僕もわりと同意見ですね。魅力的で面白い連中であることに間違いはないんですが、異形ぶりでいえばもっと上を行くであろう奴らは幾らでもいますから……」
「ねー。虫としては普通にカッコイイ路線だし、カブトムシやクワガタだけじゃなくてこういう奴らを戦わせるゲームとかあればいいのにって昔からずっと思ってるわ。
 因みに強いて好きなのを挙げるなら私はウデムシかしら。サソリモドキはあくまでサソリっぽいし、ヒヨケムシもまあまあ蜘蛛っぽく、要するに異形とは言っても結局既存の何かに似てしまってるわけじゃない?」
「ウデムシは違うと?」
「あくまで個人的な意見だけどね。ウデムシも結局は平たい蜘蛛だとか、カニムシモドキなんて呼ばれもするからカニムシに似てるだろとか反対意見は色々とあるでしょうけど、私に言わせればウデムシはウデムシであってウデムシでしかないのよ。……この意味、ユウくんならわかるでしょ?」
「ええ、わかりますとも。ウデムシは他の何とも言い難く、独自の個性が強い……そういうことでしょう?」
「その通りよ。勿論サソリモドキやヒヨケムシも好きなんだけどねぇ」
「なんだかんだどれも個性派ですからねぇ」

 その他ヤスデやゴキブリなどの展示を経て二人が次に訪れたのは、魚類や水棲生物を展示するコーナー。そこでまず出くわした動物は……
「なるほど、ヤツメウナギにヌタウナギ……ちょっと遠いけど、まあ大体私のいとこみたいなもんね」
「こう言っちゃ何ですがそれはヴァンパイアとヴァンプモスキートやらワームとグリーンワーム辺りを近縁種扱いするのと同レベルだと思いますが」
 実際、ヤツメウナギとヌタウナギは円口類なる独自の分類群に属す動物であり、脊椎動物でこそあれウナギでないばかりか魚類ですらない。
「そうかしら?」
「そうでしょうよ。何なら債務者を一つの種族扱いする方がまだ自然なくらいです」
「ユウくんてば何言ってるの? 債務者は立派な魔物の種族じゃないの。確か、借金や著作権絡みの問題を抱えた人間の男が魔物と身を重ねて魔力を得ることで変異した種族だったかしら?」
「それは単なるそういう問題を抱えたインキュバスでしょうがっ。
 仮にインキュバスを魔物と定義したとして個人の抱える私的な事情がどうして種族の差になるんですかっ。
 仮に債務者なんて種族があったとしてもウナギとヤツメウナギやヌタウナギが全くの別物という事実に変わりはなく、そもそも貴女は厳密に言うと鰻女郎であってウナギじゃありませんよね?」
「う〜ん……69点っ
「何を採点してるんですか!? 何の採点ですか!? 何を基準にその点数がついたんですか!?」
「そりゃ勿論ユウくんのツッコミよ。勢いはあったしキレもよかったけど肝心の内容が今一っていうか、仮にも喋りに慣れてる業種ならもうちょっと頑張って欲しかったわね。……とは言えあんまり厳しい点数つけるのも可哀想だし? 別なツッコミに期待する意味も込めてまあこのくらいが妥当でしょ、と」
「意味がよくわかりませんけども、白昼堂々さらっと下ネタぶちかますのは聊か反応に困るんでやめて頂いてよろしいですか……」
「いやガッツリ意味わかってんじゃないのよ」


水族館エリア 軟骨魚区画

「珊瑚礁水槽や外洋巨大水槽にもサメやエイがいたのにその上更にこんな大規模なサメ解説の展示があるとは……」
「現館長の吉野さんがマーシャークだからですかねぇ。然しサメ特化の展示というと、宮城県は気仙沼市の『気仙沼 海の市 シャークミュージアム』を思い出す……」
「あら、ユウくんあそこ行ったことあるの?」
「ええ、前に旅番組のロケで石動浩二さんと一緒に」
「い、石動浩二!? 石動浩二って、あの声優の?」
「ええ。『時空特急Tフォース』のスケイルロッド役はじめ、主に二枚目役で有名な彼です。僕自身話を聞いた時は正直ドッキリを疑いました。直後にボスとチーフの方針でうちはドッキリ請けない方針なのを思い出して疑心暗鬼を生じたのは今でも覚えてる」
「わかるわその気持ち。インキュバス化で老化止まってて見た目は若いけどあれでもう還暦越えの大御所だものね……」
「ですです。正直僕も不安しかなかったんですが、実際接してみると気さくで優しい方だったので拍子抜けというか、なんだか安心できましたね」
「まあ、大御所って大体そういうものよね」

 その後もあれこれ語らいながら、二人は展示会場を進んでいく。

カルカロドン・メガロドン……地球史上最大の鮫、ねぇ……」
「よく『現代に蘇ったらとんでもないことになる』とか『史上最強の海洋生物』って言われますよね」
「特番で専門家の先生方に『世間で言うほど大したことはない』って言われてて妙に納得した思い出があるわ」
「実際そこまで大したことはないですからね。さかんに食われる食われる言うてるヤツよく居ますけどあんなデカいのが人間食うわけねぇだろと」
イタチザメとかの方がよっぽど怖いわよね。イタチザメ型マーシャークはマニアの間じゃ狂暴過ぎるせいで『海のヘルハウンド』と呼ばれ、ある中堅のマニア団体はその悪食ぶりから『泳ぐグリーンワーム』として紹介したこともあるの」
「前者はともかく後者はグリーンワームに失礼だと思いますが……というかマーシャークマニアの団体って何ですか……」
 何せ口に入れば流木やゴミさえ無差別に飲み込んでしまうせいで『ヒレのついたゴミ箱』などと呼ばれもするのがイタチザメである。現魔王家三女の城に忍び込み食料を食い尽くした等古くから大食いの魔物と名高きグリーンワームではあるが、流石に実質ゴミ箱呼ばわりされる謂われはない筈だと、雄喜は思った。
「まあ、普通そう思うわよね。実際この表記があった記事は方々で物議を醸した挙句、身内のマーシャークマニアからも否定的な意見が相次いで文面はすぐに修正されたの。しかもそれで事態は収束せず、この騒動を聞きつけたウォーム属愛好会の最大手『芋虫ちゃんの夫になって一緒に羽化し隊』が抗議したんだけど……」
「まだ何か問題が?」
「ええ、残念なことにね。『羽化し隊』が公式サイトで発表した抗議文、それそのものは至極まともな内容だったんだけど、愛故なのかグリーンワームを讃える為にマーシャーク含め他の種族を貶めているとも取られかねないような部分が無駄に多くて……」
「燃えてしまったと」
「そういうこと。しかも結構色々な種族の愛好家を敵に回しちゃったみたいで、終いには抗議文のみならず団体名も差別的だとか色々言われて結構長く燃え続けたりしてたのよ」
「……『ウォーム属には羽化しない種もいる』とかですか?」
「せいか〜い。ま、その辺はもう終わったことだしほっといて……見てほら、こんなのもあるみたいよ?」

 そう言って満が指した先にあったのは、風変わりな鮫の標本であった。
 全体は白く目は虚ろ、鼻先は伸びていて扁平で、トラバサミのような口が張り出している。
 雄喜はその鮫に見覚えがあった。

ミツクリザメ……東大三崎臨海実験所初代所長箕作佳吉博士に因む深海鮫……」
「その異形ぶりからまたの名をゴブリンシャーク、ね。それまでは魚類図鑑の片隅に名前のあるよくわからない魚だったけど、平成後期の深海生物ブームで一気に知名度を上げたのは記憶に新しいわよね」
「ですです。コウモリダコデメニギスダイオウグソクムシといった有名所の陰に隠れてしまった印象はありますが、地味とも思える細身の容姿に飛び出す顎のインパクトは強烈……」
「語感の良さもあってかゴブリンシャークって名前の方が有名になっちゃったわよねー。個人的には箕作先生の名前入ってる標準和名の方が独特な感じで好きなんだけど」
「僕もですよ。動植物の名前なんてのは結構、時代と共に変えられてしまうことも多々ありますが、独自の名前はそれそのもの含めて種の個性や魅力でもあるわけで、そう思うと『分かりやすく』『適切であるように』とかばかり気にしてやたらめったら名前を変えるのはどうかと思うわけですよ」
「わかるわー。ユウくんの気持ち、すごくよくわかるわー。最たる例はカエルアンコウヌタウナギかしら」
イザリウオメクラウナギですね。イザリは足に障害を持つ方、メクラは盲人を指す差別的な単語だから不適切だとして改名されたんでしたっけ」
「そうなのよ。……ま、私も公人だから<>倫理やコンプライアンスの遵守が大切ってのはわかるし、諸方への配慮が必要なのも理解してるのよ。理解してるんだけどね? でもイザリウオのイザリってなんかこう、それがあたかも独自の姿、珍しい生態の面白い生き物であることの記号みたいになってるようなところもあったじゃない?」
「言われてみれば……イザリウオに限らず、動植物の名前には一見意味のわからない単語も多く含まれますが、意味がわからないにしても……寧ろわからないからこそ、存在を知った時の『なんだこいつは!』って驚きや興奮があるんだと思います」
「でしょう? そもそもイザリは漁と書いての漁りとか、座るって意味の方言に由来する説もあるんだから、結構こじつけ臭い理由な気がするのよねー。それ言ったらチンアナゴの方がよっぽど不適切な名前じゃない。だってチンアナよ? マーチヘアじゃなくても下ネタ思い浮かべるでしょ」
「チンアナゴのチンは犬の狆に顔が似ているから、というのが理由らしいですが」
それは知ってんのよ。ネットでもそのマジレスは何度も受けたわ。けど考えてもみて頂戴? 狆なんて犬種今日日殆ど誰も知らないでしょう。プテラノドンどころかケナガマンモスやスミロドンさえ恐竜だと思ってる奴がゴロゴロいる世の中でチンって聞いて犬種を思い浮かべる奴がどれだけいると思う? っていうか、顔が似てるって言うけど正直そこまで似てもなくない?
「まあ、似てる似てないは個人の主観ですからね……と言って僕も実際それほど似てるとは思わないわけですが。
 というか……改名が必要な動物って言ったらもっと最たる例があるじゃないですか」
「……もう王道過ぎて言及するのも馬鹿馬鹿しいと思って」
「もう長いこと主張され続けてるのに未だ改名に至ってませんからね……保護活動は進んでるんだけどなぁ」

 雄喜の言う『改名が必要な動物の最たる例』が何なのかは最早言うまでもあるまい。そう、アホウドリである。元来飛行可能な現存鳥類の最大種たる同種はその巨体故に陸上での動作が緩慢、かつ生息地が無人島なため人間への警戒心がなく捕殺が容易との点から侮辱的とも取れる名がついてしまった経緯がある。
 よってこの和名を不適切と考える派閥は一定数存在しており、中でもその第一人者とされるのが東邦大学は理学部動物生態学研究室の名誉教授にして海鳥研究者の長谷川博氏である。
 アホウドリを絶滅の危機から救った男として名高き彼は同種をこよなく愛しており、平成の時代さるテレビ番組の取材に対し『大型の海鳥たるもの陸上での動作が緩慢なことは必然。それを簡単に捕殺できるなどという安直な理由で阿呆扱いした者こそ阿呆である』と怒りを露わにし『オキノタユウに改名すべき』と主張した。

オキノタユウ……無駄に羽ばたかず風に乗って優雅に海上を舞う姿はまさに貴族の優雅さ、か……」
鶴より長寿オシドリより夫婦の絆が強い、縁起のいい鳥……ほんと改名されて欲しいんだけどねぇ。魔界の方にそういうハーピー系の魔物でも居て、図鑑に掲載されて地球での社会進出が進めば或いは変わるかもしれないんだけど」
「……幾らなんでもそこまで徹底しなきゃいけないほどではないと思いますが」

 その後も二人は方々で生物マニアならではの会話を繰り広げつつ水族館エリアを堪能した。
 そして水族館エリアを制覇した所で、続く博物館エリアへと足を踏み入れるのである。
21/07/29 21:50更新 / 蠱毒成長中
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