場所:『A』 BACK NEXT

『A』の枠に振り分けられた男――マブカの武器は、神聖魔法である。それも回復よりも攻撃が得意であり、特に悪意を持つ相手(と彼自身が考えている)魔物相手に対する攻撃は、今日この場にいるメンバーの中でも五本の指に入る威力だ。
「……」
だが、彼には誰にも話さない思い出がある。魔物と化した幼なじみを手に掛けた類のものでこそあるが、人のそれとは違っている。
彼の幼なじみ、それは……。

「……」
何の冗談だ、と彼は思っていた。ドアの先は一本道。敵が出てくる気配もなく、ただただ長い一本道を歩かされていた。
突如として壁が迫ってくるのではないか?この床すらも罠ではないか?警戒しながら進むマブカ。確かに全ての石及び床には魔力は通っている。恐らく破壊防止のための物だろう。だが……それ以上の魔力を感じられることはなかった。先程の声から、もっと大胆かつ派手に襲撃をかけるものと考えていたが……。
拍子抜けしそうな心を何とか奮い立たせ、マブカは先に足を進めていく。何故かちぐはぐな灯りの間隔が、彼に確実に前に進ませている事を伝えている。……普通であれば、等間隔にすることで催眠状態を誘発させようとするものだが。
……訳が分からない。全力で潰しにかかるつもりではなかったのか。館の仕掛けが杜撰ではないのか……。いや、そもそもここは館のどの位置なんだ、いや、それ以前にここは館なのか……?
「……『位置探知(ルグビューグ)』……無理か」
念のため、現在地を探る神聖魔法を用いたが、壁を回る魔力に邪魔されたのか、位置の欠片も明らかにならなかった。流石にその辺りの防衛は明らからしい。
「……そして壁の破壊は御法度……か」
そもそも最初の進入の際に壁を崩壊させなければここに飛ばされなかったのだろう。……いやいや、恐らく真正面から戸を開いて入ろうとしてもこうなっただろう。何故なら俺達は――招かれざる客でしかないから。
やや自嘲気味にそう考えつつ……神にこの試練からの無事を祈りつつ、彼は慎重に足を進めていった……。
「……?」
やがて、正面に広間らしき空間が目視できるようになった。どれだけ歩いたのか分からないが、これでようやく『アトラクション』とやらが始まるわけか……心を引き締めつつ、マブカは周りに気配を配りながら、やや小走りで広間へと進んでいく。

広間に有ったものは、無数の扉と、そこに描かれた動物――全て暦に描かれた動物だ。そして部屋の中央には何やら文字が書いてある石板が置かれている。
『ひとまわりひとめぐり。あなたはどこのほしのひと?』

「……簡易な謎掛けだな」
一文で意味を理解したマブカは、まず手始めに最も小柄な動物が描かれた扉に手をかけた……。

「……次は何だ」
思わず呆れ混じりに呟いてしまったマブカ。暦の巡り通りに扉を潜り、最後に自らの生まれ年の動物の扉を潜ったマブカの前には、ワーラビット・ワーウルフ・ワーキャットの石像が、中央の石板に向き合うように置かれている。円形の広間に、まるで時計のように十二の扉が置かれているが、彼が取っ手を持ったところで、どれ一つとしてぴくりとも動く気配はなかった。
石像は下の台座がその場で回転できるようになっており、それに合わせて石像の目線も360度
動くようになっていた。試しに回した結果だが、この像が魔物の姿を精巧に表している事くらいしか分からなかった。
恐らく、石板に書かれていることがヒントなのだろうと眺めてみると……。

『せっかちうさぎはいつだって
きまぐれねこにこうはなす
ひかるとびらはたいようの
ねぐらのなかにひそんでる
ほらでろもうでろたいようが
でてきたねぐらにとびらがみえた

さみしがりやのおおかみは
おひさまねぐらをみつめていった
やみのとびらでたいようが
ねぐらをさってひとねむり
けれどもなぜかはしらないが
ねぐらにいつしかもどってた

きまぐれねこはたいようが
ねむるのをみてこういった
あさはろくじにおきましょう
よるはよじにはねむるのならば
ところでひるまにたいようが
てっぺんおさんぽいったいなんじ?』

「……」
まずはこの文章を、何とか認識しやすいように脳内変換する事を優先するマブカであった……。

『彼は何処にも属さない。
彼は誰とも慣れ合わない。
ただ全てを受け入れる相手とのみ対話する。
彼とは誰か』
1〜10の数字が書かれた扉のうち7を開き、
『青は4、赤は3、黄色は7。ならば茶色は?』
迷わず5の扉を選び、
『エゾゲマツ!』
謎の擬音がするスイッチを順番通りに踏んでいき、
『屏風の中の虎を退治せよ』
沢山の屏風の中から、屏風に似せた異次元空間へと魔法を放ち、凶暴な虎をこんがり焼き上げた。
「……何だこの児戯は……」
児戯……言い得て妙かもしれない。実際ここまで出された問題は、初級も良いところであったのだから。
マブカが飛ばされた『A』は、、次々出される問題や謎掛けに答えていくという知恵の部屋である。実は密かに制限時間があり、それが過ぎたら魔法陣によって転送させられる仕様であったりはする。
流石にクイズを難しくし過ぎて即転送、と言う風にはしたくないので、初級から中級程度の謎掛けに終始はしているらしい。それでも一部の相手は間違えて転送させられたりするが……。
「……しかも魔物や警備の気配がない……」
部屋の構造がおかしかったりするのは、恐らく魔術的な力で空間をねじ曲げているのかもしれない。
『天使は真実のみ告げ
悪魔は虚偽のみ告げ
道化はあらゆるものを告げる

では、鳴き声をあげるのは誰か』
道化のみの絵が描かれた扉を開く。幽かに難しくなったのかもしれないが、彼にしてみれば簡単なパズルでしかなかった。
――恐らくのところ、間違えれば即落ちるのだろうが、今のところその気配はない。寧ろこれで落ちる方がおかしいとすら思っていた。実際、落ちる人間は落ちるものだが。
「……さて、次は何が出るのか……」
若干うんざりしてはいたが、先に進まなければ神の名の下に異端者の誅罰に当たれない。迂闊に壁を壊せば……恐らくその時点で終わるだろう事は直感で理解していた。
故に彼は、また扉を開く――。


「―――――っ」


……何の冗談なのだろうか、マブカはこの屋敷の中心人物の妙な意地の悪さを呪いたくなった。

「ようこそ〜♪」
「ようこそっ!」

今、目の前に二つの扉がある。そしてそれぞれの扉の前には妖精――フェアリーとピクシーがいた。純朴な笑顔を見せるはずの彼女らだが、妖精達の惨状を耳に……いや、目にしている彼は、どうしても爛れたそれにしか見えなかった。それ以上に……彼は妖精達に対して苦い思い出を持っていた。
彼の幼なじみ――それは近所の花畑に住んでいた『ナノコ』という、チューリップに似た服を着た妖精の子供だった。チューリップの花によく座っていた彼女は、花壇に集まる子供達の周りで踊ったり、水をあげていない花を教えてくれたりと、子供達の、秘密の小さなお友達として親しまれていた。
だが年を経たある日のこと、ナノコが周りの子供達を呼び出すと、ナノコの友達が大量に現れて、フェアリーサークルを発生させて友人等を連れ去ってしまったのだ。
驚愕する彼に近付く妖精達。恐怖を覚えた彼はそのまま覚えたての火の魔法を放って逃げた。結果としてそれが花壇を燃やし、何人かの子供が正気に戻って逃げ出し、妖精をほぼ全滅させてしまったのは皮肉だろうか。
以来、彼は妖精を苦手にしている。いつ態度が変わるのかが分からない、異端として。
「……」
そんな彼の心情を、彼自身は一旦消すことにした。目の前に石板がある。説明を確認すると……。

『誠の入り口は一つ。二人の守り手の言葉の真偽を見極めよ。ただし守り手への問いかけは守り手一人につき一回とする。

守り手は正直者か、あるいは嘘吐きである。どちらがどちらかは不明だ。

守り手は、剣を用いる者には剣を用いるが、言を用いる者には言を用いる。

どのような事態であっても、剣は鞘に納めるべし』

「……」
やや下品な懸詞も混ざっている気がしたが、気のせいだと思うことにして、彼はフェアリーとピクシーに向き合うことにした。待ってましたとばかりに、二人は期待に目を大きくする。
「……さて、と」
マブカは考える。一体、何を質問したものやら……と。文意によれば、彼女らは正直者か、あるいは嘘吐きかのどちらかである。しかし、どちらが正直者で、どちらが嘘吐きかは分からない。しかも、確かめる術は一人一回。はっきり言って情報的に不利だ。その中で如何に情報を集め、推理を働かせるか。それが今マブカに求められていることであった。
「……」
マブカは考え……まずは眼前のピクシーに問いかけた。
「……お前はピクシーだな?」
「違うよっ♪この可憐な羽が見えない?私はフェアリー。明るく可愛i」
最後まで聞く必要など無かった。つまりこのピクシーは嘘つきである、その事実だけで十分だ。
つまり、このフェアリーは正直者と仮定できる。ともすれば彼女にどう聞けば、このふざけた道化のアトラクションを超えられるか……一考し、言葉にした。

「……誠の入り口への、先達をお願いする」

「わかった〜♪」
心底楽しそうに、左の扉に案内するフェアリー。扉にかかっていたであろう呪文を解き、鍵を開く。
マブカはそれを見届けると……ドアノブに手を掛け、開く。




――瞬間、扉から飛び出した物は、大量の白い綿毛のようなもの――!




「――!」
驚いて思わず目を瞑るマブカ。だが、目を瞑ったところで白い綿毛が消えるわけでもない。ぽふぽふとした特徴的な感触を伝えながら、鼻から、口から、彼の中へと綿毛は入っていく……。
「――」
彼の思考が、段々と薄れ、ふやけていく……。
誠の入り口と言う表記……。
間違いの扉だったのか……。
正解とは何だったのか……。
その疑問が浮かぶ前に、彼の頭の回転が止まり、心の動きも止まり――。

――彼は意識を失い、ドアは光を放ち、彼の体を包み込んだ。


ENEMY:13?
10/03/03 18:59 up
真実か偽りか。その基準とは何か。
そして彼はいずこに……。
初ヶ瀬マキナ
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