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第七話:クエスト〜ニンジャ討伐会議〜
 階段を上り朱塗りの門を抜ける。
 左右には年始に参拝する者達の為の破魔矢や熊手、安産祈願、交通安全、恋愛成就、学業成就、縁結び等のお守りを販売する窓口やまるで恋人のように腕を組み、手を握り参拝客と共に境内を案内する巫女の姿があった。
 正面には更に重厚な造りの門があり、その奥には本殿への参拝を行う者達が犇いている。

 本来は御手洗から参拝までと人の流れがあるのだが、どういう訳かその歩みは止まってしまっており代わりに携帯電話やカメラを頭上に上げている者が多数居る。
 その方向はどれも境内中央に向いており、そこに人々の関心を引く何かがあるのだと俊哉達は把握した。

 「……よぉ、俊哉……さっき振りだな……」

 体力を消耗したような声で俊哉に呼び掛ける人物。
 先程別れたばかりの斑鳩 豪(いかるが ごう)である。
 心なしか若干汚れや衣類の解れがあるように見えるが、ここに居るという事は上手く逃げおおせたのだろうか。

 「……大丈夫か、豪。凄い疲れてるように見えるんだが……」

 「応よ、何とかな……結局お子様達に見つかっちまってな。後で埋め合わせする事で何とか自由を得たってところだ……」

 何日も山を遭難したような消耗っぷりには流石に俊哉も罪悪感が芽生えたのか、素直に頭を下げる。

 「スマン、豪。僕は結局役に立てなかったようだな」

 「なぁに、気にすんな……さっきの電話でもお嬢ちゃん達が『他の所を探す』って言ってたって話してくれたろ?時間稼ぎしてくれたんだから、見つかったのはこっちのミスだ」

 乾いた笑いで空元気を主張する豪に沙耶が肩を貸してその身を支える。

 「おい、沙耶……」

 「ここでは休めませんよ。豪さん、この神社には休憩出来るところも用意されてありますし、空きがないか確認して横になりましょう?」

 「いや、そうじゃなくて。お前の首の留め具ってそんなすぐ外れそうだったか……?」

 身を労わる台詞とは裏腹に艶が滲む声。
 豪は思わず身の危険を感じ俊哉へと振り向く。
 この疲労している状態で仮に性交にでも持ち込まれたら、新年気絶コース間違い無しである。
 俊哉としても恐らく起こっているであろう惨状を収集する為に豪の力を借りたく思っていたところである。
 野暮である事は重々承知だが、短時間でも沙耶には我慢して貰わねばならない。

 「日藤さん、すまないんだけどもう少しだけ豪を借して欲しい。彼の力が必要なんだ」

 「……どういう事です?こんなに疲労している豪さんが、まだ何かしないといけないんですか?」

 「本当にすまない。豪の馬力や体力が必要なんだ……豪、父さん達はあの人垣の中心に居るので間違いないか?」

 「父さん?お前の親父さんって今日来てたのか?」

 その発言に俊哉は内心舌打ちした。
 経緯の説明が面倒だった為、あの白ニンジャが自分の父親であると言っていなかったのだ。
 加えて、心理的にあの状態の父を肉親と認識したくなかったのも話題を避けていた一因だろう。
 
 「今日僕達と来てた、紅白ニンジャの白い方だよ……」

 苦々しい表情で呻く様に声を絞り出す。
 下手をすると始業式からコスプレニンジャの息子として質問攻めに遭うかもしれない。
 学校での自分の評価など気にした事は無いが、それでもイロモノの関係者として扱われるのは抵抗があった。
 

 ――――――酒でも飲んでた事にするか。


 その甘い誘惑は俊哉を誘った。 
 コスプレニンジャである事実は避けられない。
 ならばその印象を変えてしまえばいい。
 どうせ正常な判断が出来ていないのは変わりないのだ。
 “年末年始に酒が入っていて正常な状態ではなかった”とでも言えば多少は自分に向けられる好奇の視線を弱められるのではないか。

 そう判断し、不本意ながら説明をしようを口を開き掛けた瞬間、俊哉は口を噤む事になる。

 「凄ぇ……師匠ってお前の親父さんだったのか……っ!」

 「は?」

 突然感嘆した台詞を吐かれ思考が追いつかなくなると俊哉の事など視界に入っていないのか。
 豪は構わず尚も続ける。

 「小さい頃に子供が憧れるもんだろ?勇者!サンタ!ニンジャ!お前の親父さん、子供の憧れを叶えたんじゃねぇか!凄ぇだろ!!」

 「その憧れランキング自体今知ったよ」

 心底どうでもいい情報を得ながらも、ある意味で豪は陥落されていてもおかしくなかった事を思い出した。

 (そういえば豪って、サンタクロースになるって毎年張り切ってような)

 だとすれば先程の憧れランキングとやらも納得がいく。
 俊哉にとっては不幸な事に、頭痛の種がしっかりとランクインしているのだ。
 それだけでは釈然としないのだが、それよりも気になる事がある。

 「豪……ところで『師匠』って何だ?父さんが何かしたのか?」

 「ああそれ。ちょっと身のこなし方とか手裏剣の投げ方とか教えて貰ったんだよ。才能あるって言われちまったぜ」

 徐々に回復してきたのか、照れた顔をしながら豪は沙耶の肩を借りずに自力で立ち上がると胸を張って答えた。

 「それに俺がちびっ子達にとっ捕まりそうになった時、間に入って助けてくれたんだよ。問答無用で連行されそうだったからガチで助かった」

 その発言は意外であった。
 ネタキャラとしてしか立場がないように思えた中年達でも若すぎる男女の強引な交際は止めるらしい。
 意外と良識ある大黒柱達の行動に幾分見直した俊哉であったが、引っ掛かる部分もある。

 「じゃあ何で豪はそんなにボロボロだったんだ?助かったんだろ」

 「いや、割り込んでくれた時に偶然煙玉が炸裂前に当たったみたいで。そこに師匠達がドスン、と降ってきた。ちびっ子達がそれにビックリして魔力弾乱射してきてな。大体俺に当たったんだが、師匠達は怪我どころか汚れ一つなかったわ。でも師匠達でも失敗ってあるんだなぁ」

 にこやかに声を発する豪から視線を外し、無言で母の方を向く俊哉。
 春海は視線だけで俊哉の言いたい事を察した。
 誰よりも父を理解していると思われる母は、仕様がないといわんばかりに呆れ顔で溜息をつく。
 その行動で、十中八九わざとであると俊哉は理解した。

 普段から変態的な動きをする父・利秋を相手にしている俊哉は、威力が殆ど無いとは言え炸裂する弾の管理や自身の着地点をミスするなど有り得ないと断言出来る。
 その証拠に白い衣装を着ているのに全く汚れが無かったという申告が今俊哉の耳に届いたのだ。
 幼いながらも複数の少女達に追われる青少年に嫉妬した行為で相違ないと思われる。
 つまり、今にこやかに事の顛末は話した豪は紛れもない被害者であるが当人は特に気にしていない様子だった。

 「それで俊哉。これからどうしたいの?」

 春海は事も無げに声を上げると未だ歓声の上がる人垣の向こうを腕を組んだまま指差した。
 まるで、放置して帰ろうと言わんばかりの口調だがその声の奥に隠れる感情を付き合いの長い者は見逃さなかった。
 

 怒っている。

 
 傍目には笑顔を崩さない、やんちゃな夫を温かい目で見守る妻である。
 だが、被害者がどう好意的に解釈しようが利秋達が私怨で無関係の人物を負傷させた事は事実。
 それに対して紛れもない怒りを発散させているのが、俊哉やすぐ傍に居るエリスティアには刺すように感じられた。

 (それにしても、『どうしたいか』か……)

 答えなど決まっているのに、この母は何時だって自分の意見を求めるのだ。
 だが、これがこの母―――春海の自分との向き合い方なのだと俊哉は知っている。
 仮に自分が彼女の意向の背く発言をしても、きっと春海はきっと攻めないだろう。
 逃げても、放置しても恨まないだろう。

 だからこそ、自分の選択でこの親と向き合いたかった。

 「決まっているでしょう?帰りますよ。但し、あのオメデタニンジャ共の首に縄を掛けて、です」

 俊哉も友人に手を上げられたのでは黙っている気はなかった。
 それに、ただでさえ彼等が騒ぐ以上騒々しい迷惑を被るのにあの格好である。
 普段の行いから少々タガが外れている感もあるが、これ以上放置しては要らぬ被害を拡大させるかもしれない。
 
 「でも俊哉、どうするの?お父さん達に会うにはあの人垣を越えないといけないじゃない」

 現実問題としてまず突破するべき難題を有麗夜は突きつける。
 
 遠回りしようにも人垣は厚く、呼ぼうにも上げた声が届くとは考え辛い。
 流石に人垣や建物を飛び越えられる訳もなく、真逆目の前の参拝客達を殴り倒す訳にもいかない。
 スタートラインにすら立てない状態にも拘らず、俊哉はには考えがあるのか余裕の態度を崩さなかった。

 「そっちは豪に協力して貰えば大丈夫だ。……豪、会って即日で悪いんだけど、アレ頼めるか?上手くいけばアレだけで片付く」

 「アレって……アレか!?ここで使うのか!?」

 「どうせ薬は持ってるだろ?埋め合わせはするから頼む」

 「でもなぁ……流石にちょっと……」

 ちらりと、豪は固まっている女性陣を流し見た。
 とはいえ物色している様子は無く、どちらかというと罪悪感のようなものが見え隠れしている。
 煮え切らない豪に俊哉は再度頭を下げる。

 「豪の考えている事には絶対しない。これは豪にしか頼めないし、お前がこの囲いを突破する鍵なんだ。だから、頼む」

 「―――分かった。でもこれだけは約束してくれ。何があっても恨むなよ?」

 「大丈夫だ。そんな事は絶対に起こさない」

 事情を知らない余人を蚊帳の外に置き食い下がる俊哉に、豪は根負けした様子で協力を約束した。
 
 「俊哉ー、私達はどうするの?」

 声を上げたのはまたしても有麗夜である。
 俊哉を手伝う事で負担を減らしたいと考えているのか、彼女の瞳はやる気に満ちていた。

 「有麗夜は母さん、日藤さんと一緒にエリスティアさんに付いていて欲しい。それと……悠亜さんは耐魔力は高いですか?高ければ一緒に来て下さい。エリスティアさんは可能な限り範囲の広い、強力な耐誘惑の結界をお願いします」

 「えー!何で!?悠姉は良くて何で私じゃ駄目なのよー!」

 「非戦闘員だから」

 「バッサリ切り捨てた!?……でも、悠姉は行くんじゃないっ!やっぱりズルイー!!」

 駄々を捏ねる幼児のような理屈で有麗夜は同行を尚もせがむ。
 その様子に、どう説得したものかと考えあぐねる俊哉を擁護する形で割り込む者が居た。

 「仕方ないよ、有麗夜。日中は君の能力が極端に落ちるんだ。飛べはするけど筋力なんかは普通の女の子じゃないか。それに、こういう荒事に発展しかねない事に君を巻き込むのは俊哉だって本意じゃない。……そうだろう?俊哉」

 「えぇまあ。大体は悠亜さんの言うとおりですね。なるべく制圧力の高い面々で挑まないと各個撃破される恐れがあります。現在機動力と火力の両方を揃えているのは、僕の知る限りこの中では悠亜さんと豪だけです」

 少数精鋭で臨む事で最終的な被害を最小限に留めたい俊哉だったが、それだけでは納得出来ない様子の有麗夜に更に悠亜は畳み掛けた。

 「私達に任せて、有麗夜はお母様達と一緒に大人しく待ってるんだ。今のお父様はセクハラ魔人だからね。最悪、汚れ役は私だけでいいのさ」

 優しく頭を撫でながら説得する悠亜に、有麗夜は不満げな表情で反論する。
 
 「……でも、悠姉は俊哉の近くに居るんだよね?」

 その一言に固まる悠亜。
 今度は有麗夜が更に畳み掛けた。

 「まさか俊哉の目の前で格好いいところ見せて点数稼ごうなんて考えてないよね?仮にやられても傷心ヒロインみたいに慰めて貰おうって考えてないよね?もっと直接的に危なくなったら押し倒そうとか二人で逃げようとか考えてないよね?」

 撫でていた手は若干宙に浮き、プルプルと震えている。
 妙に察しの良い有麗夜に困惑しているのか。
 それともかなりの動揺があるのか、悠亜の頬には冷や汗が伝う。

 「……悠姉、なんで『のvの;』みたいな顔してるの?」

 「……か……」

 「か?」

 震えながら小さく漏らす悠亜の声に、有麗夜は思わず聞き返す。
 その瞬間、悠亜はその小ささを発条にしたように捲くし立てた。

 「勝てば良かろうっ!なのさーーーーーーっ!!!」

 「言いたい事だけ言って俊哉の陰に隠れるなっ!駄ンピールっ!!!」
 
 「まぁまぁ、二人とも。ちょっといいかしら?」

 一方的に温度を上げつつあった有麗夜と俊哉の遣り取りに不毛さを感じたのか、春海が口を挟む。
 唐突な年長者の闖入に不穏になりつつあった空気がたちどころに霧散する。

 「有麗夜ちゃん。有麗夜ちゃんは俊哉と一緒に行きたいのよね?」

 「はい!私、除け者なんて絶対嫌ですっ!」

 春海の問いに迷う事無く有麗夜は即答した。
 春海は次に自身の息子に問いを重ねた。

 「そういえば俊哉。貴方が仮に何らかの方法でこの人垣を除けられるとして、その後はどうするのかしら?」

 「それは……僕で注意を引き付けて悠亜さんと豪の二人で取り押さえて貰います。最悪どちらか片方は無力化―――「甘いわね」」

 最後まで言わせる事無く息子の立案した作戦を一蹴する春海。
 
 「呆れたわ。一番お父さんを舐めて掛かってるのは貴方じゃない。断言するけど失敗するわよ、それ」

 「……確かに作戦としてはシンプル過ぎる感は否めません。ですが、まだ実行してもいないのに否定されるのはどうかと思いますよ。母さん。それにこれは僕の身勝手です。巻き込む人間には悪いですが、被害は最小限にさせて下さい」

 それを聞くと春海はわざとらしく溜息を吐き、芝居がかった仕草で更に言を繋げる。

 「その『被害』には自分も入れているようね……もう一度言うわよ?そんな考えなら間違いなく失敗するわ」

 息子の甘い目算に対し、腕を組んで半身の状態で半眼を向ける春海。
 その視線は『ド阿呆』と窘めているように俊哉には感じられた。

 「大体勝つ事を前提に動かないでどうするのよ。負ける要素なんてこの際全部無視しちゃいなさい」
 「今の利秋さんと久さんは手を焼くかもしれない。けれど、そこまで考えてるならやる事だけ集中して余計な事を全部横に置きなさい。でないと、言いようにあしらわれて終わりになるわ」
 「それと。『僕の身勝手』って何様かしら?母親である私は蚊帳の外?久さんも居るんだから、有麗夜ちゃんの言うとおり家族全員で解決しないといけない事なのよ」

 思い上がりはいい加減にしろ、と言わんばかりに厳しい口調で春海は諭した。
 しかし、それを承服するようであれば最初から俊哉は全員に協力を仰いでいる。
 被害を最小限に留めるという前提を崩す気はないのか、俊哉にしては珍しく苛立った声で食って掛かった。

 「……ならどうしろと言うんです?全員でバンザイアタックでもすればいいんですか?それこそ失敗するに決まってます」

 「つくづく馬鹿ねぇ、貴方。大人がここに二人も居るんだから少しは頼りなさい。何とかしてあげるわよ」

 不適に笑いながら片目を瞑り口元に人差し指を立てる春海。
 何かを企んでいるのか、その表情は自信に満ちていた。

 「ねーエリス、知ってた?ここね、あの子が居るのよ」

 「あの子?誰?春海さん」

 心当たりがないのか訝しげにするエリスティアに、記憶を掘り起こすよう春海は促した。

 「ほら、私達と一緒に居たあの子よ。最近知ったんだけど、ここの神社に居るらしいの。今日はエリスや久さんに会わせたくてこの神社を選んだんだから、思い出してよ」
 
 言われたとおり数秒黙考すると、心当たりがあったのかエリスティアは春海に問い掛ける。

 「……もしかして、あの子?え、居るの?ここに?」

 徐々に驚きが広がってきた表情に満足したのか、にんまりと笑いながら親指を立てて応える春海。
 その二人の遣り取りに今度は自分達が蚊帳の外に立たされてしまい、俊哉達は声を出す事が出来なかった。

 「俊哉、いい?今から貴方の穴だらけの作戦の具体的な内容を教えなさい。大人のやり方で修正してあげる」

 不意に母親から話を振られ、思わず反応が遅れる俊哉だが大きな胸を張る親の自信に気圧されたのか囲いの突破方法から説明した。
 その内容に、春海は面白い悪戯を思いついた子供のような表情を浮かべる。

 「へぇ……そんな面白い子が友達に居たのね。いいわぁ、豪君だっけ?本当に面白いわね、貴方」

 新しい玩具でも見つけたようなその表情に内心悪寒を感じながら、豪は引き攣った笑いしか出来ずにいる。
 春海は軽く手を鳴らし、その場の全員の意識を自分に向けさせた。

 「じゃあ皆、よく聞いて頂戴。私に良い考えがあるわ♪」

 駄目な未来しか見えない筈のその台詞は、不安を感じさせぬ力を秘めて全員の意識を纏め上げた。
14/01/29 23:40更新 / 十目一八
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■作者メッセージ
大変長らく留守にしておりました。本日より復活の十目です。
ちょっとしたPCトラブルが再発しましてネットに繋げなかった次第です。
HDDを初期化してOS入れ直しから始めたのですが、何故かネットに繋げず。
取っていたSSのバックアップを修正しつつ原因を探っていたのですが、単純にLANケーブルが断線していた事に漸く気づきました。orz

恥知らずにも戻ってきた次第ですが、今後ともどうぞ宜しくお願い致します。
m(_ _)m

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