連載小説
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ーゾンビな恋人 リオと一緒ー


「痒かったり、痛いところはない?」

「だいじょーぶ。きもちいよー」

「はははっ、良かった。じゃあ次、腕洗うね」

「おー」



 僕は優しく、決して傷つけないように注意しながら、リオの腕にボディーソープを広げていく。世の中探してみれば、『ゾンビ用ボディソープ』なんてものがあったりする。なんでも、腐敗臭を除き、人一倍ダメージを受けやすい肌をしっかり保湿して守ってくれるそうだ。もともとニオイなんて気にならなかったけど……普通のソープを使っていたとき、時折彼女が「クンクン」と自分のニオイを気にする様子が見られたので……今ではこれが手放せない。



「……んふふー♪」

「ごきげんだね、どうしたの?」

「イーくん、あらうのじょうずー。むかしから、かわらないねー」

「そうだね。リオとお風呂はいると、いつも僕に『体洗ってー』ってねだってくるから……自然とうまくなっちゃったよ」

「ふふー、ありがとー♪」



 そう言ってリオは、頭を僕の胸にグリグリとしながら甘えてくる。
 ……多少舌っ足らずだったり、ゆったりとした調子になったけど、リオは生前と変わってない。甘えん坊なところも、ちょっとめんどくさがりなところも、リオのままだ。



「よし、お湯かけるよ。熱かったら言ってね」

「はーい」


 
 多少暑さや痛さに鈍感になったゾンビの彼女にも、感覚はある。いつものようにゆっくりと泡を落としていく。
 目に入るのは泡に隠されていた黒ずんだ肌。……リオがリオのままなのはわかっているけど、こうやって、常人の色ではないそれを目にすると……あの悲しみにくれていたときの感情が湧き上がってくる。彼女は『一度死んでしまっている』ということを再認識させられるのだった。
 僕は少し目を背けつつ、リオの体の泡を落としていった。



――――



 あれは、僕が彼女の死を受け入れられず、ただただ墓前で泣いていた時。通りすがりのリッチさんの気まぐれで彼女はゾンビとして蘇った。はじめは驚きすぎて腰を抜かしながら、リッチさんに何度も何度も「ありがとう」泣きじゃくりながら言った記憶がある。



「……イー、くん…?」

「リオ……?」



 彼女が名前を読んだ。彼女しか使わない僕の愛称だ。
 驚くべきことに彼女には『記憶』があったのだ。ゾンビは生前の記憶や理性を失ってしまっている――風のうわさでそんな話を聞いていたから、本当に嬉しかった。
 リッチさんが「机上の空論だったけど、まさか成功するとは」とか言ってた気がするけどそんなことはどうでも良かった。これからも彼女と生きていられる、一緒にいられる、その喜びしか頭になかったから。


 ……後日聞いた話によると、あのリッチさんは通りすがりなんかじゃなく、あの墓地の管理人の奥さんだったらしいんだけど……その話はまた今度。


 家に戻ってからは、彼女に襲われるように愛を確かめあった。記憶が戻っているとはいえ、リオはゾンビ。はじめの頃はうまく言葉も発せなかったし、歩くのでさえおぼつかなかった。でも今は……。



「おー、きれいになったー」

「……うん、泡も残ってないね。よし、おいで」

「うー」



 僕が先に、湯船に体を鎮める。その体に重なるようにリオが湯船に入ってくる。お決まりの体勢。湯船が狭いということもあるが、僕に体重を預けるようにするこの形がお気に入りのようだ。僕は向かい合うほうが好きなんだけどね。……まだ体がうまく動かなかった頃は僕が抱えあげてこの体勢まで持っていってたから正直大変だったけど。



「きもちーねー」

「うん。そうだね」



 リオが無邪気にパタパタと足を動かす。そのたびに彼女の柔らかい肌が僕の体に触れる。彼女の豊かな胸もぽよんぽよんと揺れる。……お湯で浮いているから尚更。正直、目に毒だ。
 いや、別にリオとは恋人同士だし、何度も褥をともにしている。だから変な話、いまここで彼女を襲ってしまってもなんの問題もない。リオの性格からして嬉々として受け入れてくれるだろう。
 だが、風呂場というのがまずい。以前風呂場でシテしまった事があった。あとに入ったルクス(愛犬のクー・シーの名前である)に、



「仲睦まじいのは結構ですし、洗い流してごまかそうとした努力も認めますが……ニオイは残りますので、今後は控えていただけると助かります」



 とジトッとした目で言われてしまったのだ。あれ以来自重している。自重……できてるよね? うん。だから今はリオの柔らかさを堪能するだけにとどめておく。



「……」

「……? イーくん、どうしたの?」

「えっ、……ううん。なんでもないよ」



 苦笑いをしつつ答える。彼女は不思議そうに首を傾げた。
 ……彼女の柔らかな感触と同時に、目に入るのは「肌の色」。どうしてもその黒ずんだ肌に目が行ってしまうのだ。リオに気取られないように、なるべく彼女を見ないように努める……のだが。



「……イーくん、さっきから、へん」

「……そうかな?」

「そう。こころ、ここにあらず?」

「難しい言葉を知ってるね」

「ぶー。ばかに、しすぎ」

「あはは、ごめんごめん」



 リオが後頭部をグリグリ、ちょっと恨めしそうに僕の胸にこすりつけてくる。……相変わらず彼女は、ゆったりしているようで人との感情の機微には敏い。
 どうやってごまかそうか。そう考えていたら、リオがポツリと、



「ごめんね」



 と呟いた。僕は思わず聞き返してしまう。



「どうして、謝るの?」

「わたし、ぞんびだから」

「……?」

「わたし、ぞんびだから。ふつうのひとと、ちがうから」

「違わないよ。確かにただの人間ではなくなっちゃったけど、君は大切な――」

「でも、わたしのはだ、きもちわるいでしょ?」

「っ」

「くろくって、がさがさしてて。……わたしわかってる。イーくんはやさしいから、なにもいわないでくれてるけど……わたし、きもちわるいでしょ?」

「そんな! そんなことない!」



 僕は思わず彼女の顔を覗き込む。表情筋が固まってまだうまく動かせない顔でも、彼女がひどく悲しそうな表情をしているのはわかった。



「気持ち悪いなんて思ってないよ!」

「ほんとう?」

「ほんとだよ!」

「……でも、それなら、どうしてめをそらすの?」

「っ。……それは」



 思わず、答えにつまる。
 確かに、彼女の事を、彼女の肌を見るたび、『彼女はゾンビになった』ということを思い起こさせる。でも、違う。僕が目を背ける理由はそんなことじゃない。彼女は勘違いしているんだ。
 でも、それを説明するのは――



「もう、いいよ。イーくん」

「……え?」

「だいじょうぶ。わたしわかってるから」



 そう言うとリオは、ゆっくり湯船から出る。



「いいよ、むり、しなくても」

「違う」

「わたしをだいてくれたときも、むり、してたんでしょ?」

「違う……違うよリオ」

「……ごめんね。あしたからは、いっしょにおふろ、はいらなくていいから」



 リオは戸に手をかける。そのまま出ていくつもりだ。彼女を止めないと、取り返しがつかないことになる。でもどうやって? 勘違いが解けないと彼女は理解してくれない。
じゃあもう――。


 もう、正直に言うしかない。



「リオ!」

「はなして。もうがまんしなくて、いいから」



 僕は彼女の手を掴む。でも彼女は弱々しく、でもその手を振りほどこうとしてくる。
 ――絶対に離すもんか。



「リオ、勘違いなんだ」

「かんちがい……?」

「そう! 僕が目を背けるのは、リオの肌が気持ち悪いとかそんなんじゃなくて……その、えと……」



 リオの瞳がみるみる寂しそうになってくる。
 恥ずかしがってる場合じゃない! 言え! 言うんだイーサン!



「こっ……こ…」

「こ?」



「興奮しちゃうんだ!!! リオの肌を見てると!!」



「……ふぇ?」

「君のこの青黒い肌を見てると、なぜだかどうしようもなくムラムラしてきちゃうんだ。リオがゾンビになって初めて肌を重ねたあの時から、君の肌をじっと見てると、つい襲いかかってしまいそうになる!なんだろう。常人のものじゃないからこその妖艶さを感じちゃんだよ!  頬ずりして、ペロペロしたくなる! 僕のどす黒い欲望を抑えられなくなっちゃうんだ!」

「……えーと」



 ぽかーんとしたリオの顔。まるで状況を理解していない顔だ。大丈夫、僕もなんでこんな盛大にカミングアウトをしているのかわからない。ここまで言わなくても良くなかったかな?
 でももう言ってしまったものはしょうがない。僕は改めて、彼女の手をしっかり握る。



「でも、そんな所構わず興奮してたら……その、変態っぽいし、嫌がられるかなって思って……」

「だから、めをそらしてた?」

「う……そう、だね。ごめん、リオを不安にさせちゃった」

「ほんとだよー。でも……それより、うれしい♪ わたしのはだ、きらいじゃない?」

「うん。むしろ大好きだよ」

「えへへー、そっかー。だいすきかー」



 リオが満面の笑みを見せてくれたかと思うと、ぎゅっと抱きついてきた。彼女の頭を優しく撫でる。
 まったく……こんな理由で恋人を不安にさせてしまうなんて、彼氏失格だ。嫌われると思ってずっと我慢してたけど……もっと早く正直になればよかった。
 なんだか肩の荷が下りたような気がして、気持ちが楽になった。



「ごめんね。でもありがとう、リオ」

「……」

「リオ?」

「……♡」

「ちょ、え?」


 
 不意に彼女が自分の胸を、僕の体にわざと押し付けるように動き出した。



「……♡♡」

「リオ、やめっ!」


 
 リオを引き剥がそうとするが……全然動かない。え、リオってこんな力強かったっけ?
 彼女のツンと尖った乳首が、自分のお腹で擦れるのを感じる。腰の動きも、情欲を誘うかのようにフリフリと動かされる。
 そんなことされたら……っ!



「……あはっ、たっちゃったねぇ♡」

「うぅ……」

「むねをおしつけて、こしをふりふりしてただけなのに、こんなにかたくなっちゃうんだぁ」

「し、仕方ないじゃないか」

「そうだよね、しかたないよね。イーくんはぞんびのはだにこうふんしちゃう、へんたいさんだもんねぇ?」

「うっ」



 あんな変態チックなカミングアウトした僕がいけなかったんだろうか? どうして僕が責められているんだろう? 彼女を不安にさせた罰なのか?
 リオの指が僕のものに触れる。その快楽に僕は体を震わせた。



「こんなへんたいさんには、おしおきがひつようだよねぇ?」

「ちょ、ここじゃだめだよ。またルクスにっ」

「だーめ、もう……とまんないから」



 いつもより何故か饒舌なリオに押し倒される僕。背中に感じる冷たいタイルとは真逆に、僕の固くなったソレはどんどん熱を帯びていく。ふと視線を下げると、とろとろの液を垂れ流す彼女のソレが見えた。……もう準備万端の様だ。



「くすくす……それじゃあ、イーくんを、いただきまぁす♡」

「うっ、あぁぁぁ!」



 その妖艶な笑みに魅了された僕は、なすすべなく、彼女が満足するまで搾られるのでした。






「私、注意しましたよね。お風呂場でいたすのは控えろと」

『ごめんなさい』



 数時間後、愛犬に別の意味でこってり絞られたのは言うまでもない。

20/03/06 22:02更新 / トーレ石油
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■作者メッセージ
この主人公、変態につき。


ゾンビ系ヒロインってこんな感じが理想です。
完全に理性がない感じではなくて……でもどこか舌足らずなしゃべり方だと、
胸がときめきます。


さて次は、愛犬、クー・シ―のルクスのエピソードです。
次も見ていただけると嬉しいです。

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