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なにこれ、べたべたするー

○種族:マーメイド(人魚)
○特徴:人間の上半身と魚の下半身を持つ魔物。
    魔力を持つ歌で人を呼び寄せ、海に沈める。
    この魔物の血は強い毒性があり多くの場合は命に関わる。
    誤って飲んでしまった場合は教会で洗礼を受けなければならない。








「マーメイドの血?」
 俺たちは海が近い村に向かう途中にある酒場で食事を取っている。
 酒場は基本的に酒を飲む場所だが、他にもギルドの依頼や情報交換の場所として使われるので、簡単な宿も兼任している。
 宿屋は村には少ないけど、酒場はどこに行ってもある。
 街道沿いにぽつんと建っていたのが酒場だった、なんてこともある。
「ああ。俺も聞いたことがある。理由は知らないがマーメイドの血を探している連中がいるってな。」
 酒場で飯を食うだけでこの辺一帯のことを知る事が出来る。
 そういう意味では冒険者や傭兵は金が無くても酒場に来ることがある。
 教会の連中は滅多に来ないのでかなり好き勝手に振舞える場所でもある。
「マーメイドか。コリンは何か知ってるか?」
「あたしは森しか知らないなー。」
「まーそりゃそうか。」
 見た目はいけないおじさん感涙の小さい女の子だが、コリンはれっきとした大人だ。いや、大人未満かな、まだ。
 愛くるしい表情でサラダを頬張るコリンは、実は人間じゃない。
 魔物だ。
 ゴブリンという大人になっても体も(頭の中身も?)子供っぽい種族だから、コリンは見た目よりも大人なのだ。
 今は土茶色の探検者帽子で隠しているが、頭には2本の角が生えている。
 椅子に立てかけている得物は丈夫そうな木と大人の頭ほどはある石で作られたストンハンマー。
 筋肉ムキムキのおっさんじゃないと持ち上げるのがやっとのコレを、コリンは軽々と振り回すのだ。
 はっきり言って反則でしょ。
「けど、何でマーメイドの血なんか探すんだ?」
 教会の話のよれば、飲むと死ぬとか死なないとかって言う猛毒だ。
 誰か毒殺でもするつもりなのか。
「あっはっは。お前、マーメイドの血の事を全然しらねぇな?」
 ど太い笑い声に振り向くと、いつの間にかすぐ傍にガタイのしっかりしたおっさんがいた。
 傭兵か冒険者か知らないけど、タイプで言えば戦士系だなこの人。
「猛毒なんだろ。確か。」
「いやはや、教会の言うことを真に受けるようじゃまだ半人前だな、小僧。」
「教会が本当の事を全然言ってないことくらい、知ってるぞ。」
 小僧扱いされてムッと来る。
「あっはっは。そう怒るなって。」
「いたい。頭痛い。」
 俺がコリンにするよりもさらに乱暴に頭を叩かれる。
 ただ悪い気がしないのは、この人に悪気が全く無いからだろう。
 いやコリン、あたしにもやってーって顔するな。
 角がばれたらどうするんだこの馬鹿!
「マーメイドの事はどれくらい知ってんだ。」
「別に。教会の言ったまんましか知らない。海辺には来た事が無かったし。」
「いよっし。それじゃあ俺様が特別にマーメイドのことを教えてやろうじゃないか。」
 ドスンと自分の胸を叩いてみせるおっさん。
 この辺りじゃちょっとした有名人みたいで、酒場にいる他の男たちはやれやれという顔をしている。

「俺様の名前はガイツ。熊も逃げ出す最強の樵だ。」
 樵? きこり? 森の木を切って生計を立ててるって言うアレか?
「木を切り倒すより熊を切り倒す方が似合ってるぞ。」
「だから熊も逃げ出す、何だよ。」
 ニカリと暑苦しい笑みを浮かべて分厚い斧を持ち上げてみせる。
 それ、樵のまさかりと言うよりウォーアクスって言うんじゃないですか?
「樵なのになんで海辺に来てるんだ?」
「熊が全然見かけなくなっちまったんでな。出稼ぎだ。」
「なぁ。あんた本当に樵か?」
「どっちかってゆーと熊殺しー。」
「あっはっは。ちげぇねぇ。」
 コリンと波長があるのだろうな。
 二人して大笑いしている。
「お前さんらはなんて言うんだ?」
「あたしはコリンー。ごb」
「俺はただの冒険者。こいつは相棒のコリンだ。」
 慌てて相棒の口を塞ぐ。
 こいつ、なんて迂闊なヤツなんだ。
「ん? おまえさんの名前は何だ。」
「小僧でいい。」
「あっはっは。悪い悪い、からかってすまん。で、名前は何だ?」
「小僧でいい。それよりマーメイドってどんな魔物なんだ?」
 ベーコンをフォークで突き刺したまま、先端をおっさんに向ける。
「んー。マーメイドが唄を歌うってのは本当だ。けどな、大事な部分が抜けてるんだよ。」
「何だ、その大事な部分ってのは。」
 声音を低くしたガイツに軽く身を乗り出す。
「美人なんだよ。とびっきりのな、っておいあぶねぇだろ!」
 置いていたナイフを投げつけたが、避けられた。
 ガイツ、意外とすばしっこいな。
「魔物は全部人間の女に酷似した特徴を持っているんだろ。知ってる、ソレぐらい。」
「わかってねぇな。結構前の魔物はえげつない姿だったりおっかない姿だったりしたんだがな、マーメイドってのは昔から美人だったんだよ。」
「元から人間に近い姿をしていたのか?」
「そういうこった。しかも魔王の代替わりでより一層愛らしくなってなぁ。ああ、もうたまらん、ってあぶねぇ!」
 今度はフォークを投げた。

 おっさんの話を纏めると、マーメイドはあまり危険な魔物じゃないんだとか。
 人を襲ったりするのは確かだが、魔王の代替わり以来は「うれしい」襲われ方なんだと。
 そして最近の魔物に共通しているのは、伴侶と認めた男は巣につれて帰ると言う事。
 魔物関連の行方不明者は死んでいないが人の世界にはもう戻ってこないだろうと。
 曰く、えろえろウハウハな所からどうして逃げようだなんて思うんだ?
 だが血の話になるとさすがに呆れた。
「マーメイドの血が長寿の薬?」
「ああ。教会の言うことにゃ嘘わねぇがな。」
 毒と薬は用量次第だ。
 長寿の薬が「命に関わる猛毒」ってのはかなり穿った言い方だよな。
「教会に行かなきゃならねぇってのはなんだ。」
「さぁ。血を飲んだ事がねぇからわからねーよ。」
 まさか魔物扱いにされた挙句ぶっころされるとかねーよな。
「それにしても長寿の薬か。血を求めてる奴らはそれが目的か。」
「マーメイドに会うってのならまだしも、血を求めてるんだ。当然だろう。」
 憮然とした顔をするおっさん。
 もしかしたら魔物に対して悪い感情は抱いていないのかもしれない。
「折角の美人が逃げちまう。」
 前言撤回。このおっさん、早く何とかしないと。
「美人美人ってな。色ボケするには年取りすぎてるだろ。」
「馬鹿いうな。マーメイドは年上のおねぇさまばかりだぞ!」
「年上のって。」
「あたしも年上にょうぼー。」
「お前は黙れ。黙って肉を食べてろ。」
「ああ、いいなぁ。姐さん女房。そしておっちょこちょいで、ちょっぴりえっちで。」
「あんたも黙れ。」


 潮風香る街道をひたすら歩く。
 いや潮風なんて始めてだから珍しい。
 なんていうか空気がべたべたする。
「あははー、なんか変な風ー。」
 コリンも珍しそうに跳ね回っている。
 お前はワーラビットか。
「あっはっは。子供は良いなぁ。俺様はお姉様の方が好みだがな!」
 そして2本足の熊が豪快に笑う。
 ガイツのおっさんだ。
 あれからコリンとすっかり意気投合して、行く道も同じだから一緒に行こうかって話になったのだ。
 俺の意見は無視された。
「暑苦しいぞ。」
「気にするな。海辺は涼しくてひんやりと、ああ、お姉様ぁ!」
 悲しい。俺はとても悲しい。
 何でこんなにもむさくるしいおっさんと旅しなきゃならないんだ。
 それも村に辿り着くまでの間だ。我慢しろ、俺。
「お前さんはあのちっこいお嬢ちゃんとの二人旅が良かったか?」
 びくりと肩を震わせる。
 いや、何も後ろめたい事はないぞ、俺。
「あっはっは。若い内は正直に生きろ! 俺様を見てみろ、この若々しさを!」
「でかいなー、ガイツー。」
 乱暴に叩かれて俺は悪態もつけない。
 マジこのおっさんドウシテヤロウカ。
「この道であってんのか。」
「当たり前だ。俺様が嘘をつくはずが無いだろう。」
「この先にあるのは小さな村なんだろう。村全員合わせて20人かそこらの漁村。」
 おうよ、と威勢のいい返事が二つ。
 待て。なぜコリンも返事をしてるんだ。
「じゃあ何でまた馬車が行きかうんだ?」
「は? 馬車?」
「下を見てみろ。」
 俺に言われて二人が道を見下ろす。
「地面に太い二本の溝があるだろう。馬車が何度も往復してる道ってのは、こういう溝が出来上がるもんなんだよ。」
「ほー。小僧、中々観察力がある。」
「こんなにくっきりとした馬車跡は中規模の街レベルだ。1台や2台の馬車が通ったぐらいじゃこの跡は出来ない。」
「じゃー、馬車がいっぱい通ったー?」
「1日に合計50回は馬車が通るペースで1週間あればこれくらいにはなるかな。」
 聞いた話じゃ、いい儲け話を見つけた時の商人ラッシュは3日で馬車跡を刻み込むと言う。
 土煙が絶えないその様は、勇猛な傭兵でさえ道を譲るほどだとか。
「酒場で聞いた血を探す連中が殺到したって事も考えられるけど。だとしたらかなりの大規模だぞ。これじゃあまるで、」
「軍隊でも出てきたかってレベルか。」
 顎に手を当てたガイツが表情を変える。
「或いは神殿騎士か。どちらにせよ、マーメイドの血程度で軍隊や神殿騎士が動く訳無いだろう。」
「いや。長寿欲しさに領民を皆殺しにする馬鹿だっているんだ。十分ありえる話だ。」
「皆殺しって。」
 とんでもない発言をする。茶化しているんだろうと思いたいが、ガイツは渋面を浮かべたままだ。
「急ぐか?」
「ああ。愛しのお姉様が危ねぇ。」
「やれやれ。コリン?」
「おうー。急ぐよー。」
 心なしかコリンの表情も真剣だ。
 俺たち三人は小さく頷くと、馬車跡が刻まれた街道を走り出す。


「休憩挟むか?」
「お嬢ちゃんはどうする。」
「まだ走れるー。」
「小僧は?」
「眠いが問題ない。」
 日は既に沈んでいる。
 ガイツの話だとこの調子で走れば朝には到着すると言う。
 正直休憩を挟みたいが、そうも行かなさそうだ。
 ガイツの変わり様には本当に驚いている。
 昔、一緒に旅をしていたじーさんが言ってたっけ。
 人を理解する事は難しい。
 確かにエロ馬鹿かと思えば歴戦の戦士みたいになるガイツはよくわからない。
 単純っぽいコリンの事も実は全然理解してないんじゃないかって思う。
 じーさんはこうも言っていた。
 理解できない時は考えろ。そして機を待て。
 つまりわからないから質問するってのは良いが、質問していいときにしろってこと。
 今はまだガイツに何かを聞く時じゃない。
 だから代わりに別のことを聞く。
「マーメイドが襲われていたらどうするんだ?」
「助けるに決まっているだろう。」
 迷いの無い一言。
 魔物は悪だ、滅ぼすべきだ。
 真っ白で綺麗な教会の教えを吹き飛ばすような、簡単な答えだった。
「小僧はどうなんだ?」
 振り向きもせずに逆に質問が投げかけられる。
 それはマーメイドの事か? それとも。
「決まってる。可愛いなら助ける。」
「は、言うじゃねぇか。」
 やっぱり振り向きもしなかったが、何となく笑っているんだろうと思った。

 旅をするには体力が要る。
 俺みたいに森で狩りをしたりと旅慣れている人間でも、日が沈んでから日が昇るまで走り続けるのは辛い。
 はっきり言って目の前の光景が見えているのに、ぼやけている。
 頭がふらふら、息はぜーはーを通り越してケヒューケヒューだ。
 べったりと服がへばりついてるのは潮風と汗のせいだ。
 もう最悪だが、不満は言えない。
 他二人は俺より重い荷物を背負いながらずっと走ってきたんだ。
「で。馬車は見えるか?」
「見えるよー。5個以上ー。」
 コリンは指を5本とも曲げて握りこぶしを作っている。
 5以上の数字は数えられないんだとか。
「おっさん。」
「ああ。あの意匠、間違いない。センハイムの紋章だ。」
 紋章ってのは貴族や王族なんかが使う絵柄で、誰の部下なのか、誰が命じて作った剣なのかとかが一目でわかると言う代物だ。
「セントハイム?」
「あの馬鹿領主め。ついに人魚の血にまで手を出すか。」
 マーメイドは人の姿をした魚なので、人魚とも呼ぶ。
 っていうか、領主を馬鹿扱いってこのおっさんは。
「どーすんだ。領主の兵士相手に大立ち回りしても勝てないぞ。」
「勝てないから帰りますってのは、ねぇ話だ。」
「無駄死にするよりか、どうやって逃がすかを考えた方が良いだろ。兵士達も海の中までは追ってこれないし。」
 でも考えようにも頭がボーっとしてたら意味が無い。
 おまけに夜明けだ。そろそろ兵士達も起きる頃だ。
「ねー。おっちゃん行っちゃったよ?」
「ああもう。時間が無いのはわかるけど……仕方ない。俺らはフォローに徹するぞ!」
「りょうかいー。」




---------その頃、臨時兵舎では


「おい聞いたか? この村にはコレがご馳走なんだってよ。」
「わははは、そう愚痴を零すなって。あいつらに悪いだろー?」
 酒を飲み談笑する兵士達、とは少し上品な言い方。
 村の人たちが「好意」で差し出してきたご馳走の数々を食い散らかし、飲み尽くす。
 兵士の大多数は村長の「好意」で村長の家に上がりこんでいる。
 この兵舎は村人達の「好意」で建てられた即席の兵舎なので、今いる5人しか中にはいない。
「早く交代しねーかな。俺もご接待して貰いてえよ。」
「今頃は接待も終わって寝てる頃だろ。」
「いやー、ザクーはまだ起きてるんじゃないのか? ほら、あいつしつこいだろう。」
「そういやそうだっけ。ああ、いいなー。俺らも早く接待して欲しいなー。」
 ちなみに接待は村の娘達が「好意」で行っているという。
 村から凶悪な魔物を追い払うと言うと、こちらとしては何もして欲しい事はないのに、向こうから「好意」で何もかもしてくれているのだ。
 兵士達が上機嫌なのは無理も無い。
 センハイム公の兵士と言うだけで行く先々の村人が「なぜか」親切にしてくれるのだ。
「第一、見張りなんて要らないだろ? こんな辺鄙な所に誰が来るって言うんだ。」
「魚くらいだろ。」
「ああ、いたっけ。どでかい魚が。」
 どっと兵舎内に笑いが満ちる。
「ああ、ああ、いたなぁ、でっかい魚。」
「魔物は退治しなきゃいけない。でもおっかない。」
「だから俺ら兵士の出番が来るってわけだ。」
「働き者だよなぁ。」
「そうそう。国一番の働きもんだ。」
 また兵舎内に笑いが沸き起こる。
「で。そのでっかい魚ってのはどこにいるんだ。」
「んー? ほら、あのしょぼくれたじーさんとこだよ。……って、誰だあんた。」
 瓶から直接酒を飲んでいた兵士は、熊の様に大きな6人目に問いかけた。 








--------------視点は戻って、俺視点



「敵襲だ、てきしゅ……。」
「詰めが甘いぞ、あのおっさん。」
 覚束ない足取りで兵舎から出てきた兵士が倒れる。
 俺は手ごろな大きさの石を手の中に収める。
 また兵士が出てきたので、石を投げる。
「ぎゃっ!!」
「顔面命中っと。お、おっさんが出てきた。」
「げふ!!」
「蹴飛ばして踏みつけって。痛そうだな。」
「あいつ動かないー。」
「他の連中は向こうか。まったく、元気なおっさんだ。」
 声一つ上げずに走り出したおっさんの後を追う。
 行く先には一際大きな家。
「コリン。」
「任せときなー。」
 1年の付き合いは短いようで長い。
 早速穴を掘り始めたコリン。落とし穴を作る気か。
 俺は音を立てない様に家に近付く。
「荒れてるな、おっさん。」
 野生の熊もかくあらんとばかりの声と騒音。
 どうやらこの家にも見張りはいたらしい。
 そっと窓に近付いて中の様子を伺う。
「うわぁ、どんどん目を覚ましていくじゃないか。あのおっさん、考えなしにも程があるぞ。」
 他にも色々と感想はあるが、あえて割愛。
 つーかあのデブ、緊急事態だってのにまだやるか。
「あれがマーメイドか。」
 散らかりきった床に横たわる巨大な魚っぽい姿。
 確かに上半身は人間の姿で、美人だ。
 窓をこっそりと開けて、中に入って。
「え、貴方は……?」
「んー? 何だお前は。」
 こっそり忍び込んでも気づかれる時は気づかれる。
 デブの頭目掛けて思い切り石を投げつける。
「ぎゃっ!!」
「さてと。どうするかなー。」
「きゃああああ!!」
「いや悲鳴を上げると兵士が、」
「何だキサマは! どこから、な、ザクー!」
「てめぇ、どうなるかわかってんだろうな、ぎゃっ!!」
 手持ちの石が尽きたので、窓から退場。
「待ちやがれくそガキ!」
「おいこっちに人を回せ! やつの仲間がいるぞ!」
「無茶苦茶だな。窓から追いかけてくるつもりか。」
 馬車は7台。兵士の数は大体40名。
 普通にやったら負けるよな。
「そこ動くな、このガキ!」
「馬鹿正直に窓から来るなよな。」
 窓から降りた兵士1の顔面を蹴り飛ばす。
「てめぇ、やりやがったな!」
「危ないな。室内で槍を使うなよ。」
「そこ動くな、このガキ!」
「だから馬鹿正直に来るなって。」
 兵士2の顔面を蹴り飛ばす。
「てめぇ、(略)」
 兵士3の顔面を蹴り飛ばす。
「こいつら、兵士って言うより街のチンピラだな。」
 3人連続でやられたので、室内の兵士はどうしたらいいのか迷っているみたいだ。
 いや、どちらかというと待っている?
「小僧、その罪は万死に値するぞ。」
「ああそうか。裏口から別働隊か。」
 8人かばかりやってきた。先頭に立っているのは隊長みたいで、しっかりと鎧を身につけている。
「万死に値するって、随分とまた大仰だな。」
「逃げすか!」
 回れ右で走り出す。
 幾らずっと走り通しでも、寝起きの連中よりは走れる。
「おーい、こっちこっちー。」
 おまけにちっこい相棒が手招きしてるんだ。
 走る足にも力が入るってもんだ。
「ち、他にもいたのか。」
「俺らがたった3人だけで襲い掛かると思ったのか?」
 コリンの元へ行く途中の地面に、一箇所だけ色の違う部分がある。
 走った勢いをつけて思い切りジャンプして、その部分を飛び越える。
「む、落とし穴か!?」
 後ろで警戒する声が聞こえた。
 俺は再び走り出す。
 後ろでは迂回したり飛び越えたりと慌しい音が聞こえる。
「わー、やられるー。」
「コリン。どうでもいいけど、ノリノリだな。」
 そういってコリンと合流すると手を繋いで走り出す。
 後ろからは罵声と走る足音が聞こえる。
 ぎゅっと、強く手を握られる。
 それと同時に俺とコリンは大きくジャンプする。
「なんだ、まさか……。」
「うわぁああ!!」
「落とし穴だ!!」
 走る足を止めて振り向く。
 隊長を含んだ兵士全員が落とし穴に落ちていた。
「10人入っても、だいじょーぶー。」
 二本指を立てて満足げなコリンの頭を撫でる。
「よくやった。相変わらず、悪戯にかけては見事なもんだ。」
「えへへー。」
「く、なんだこれは。」
「変な臭いだ。」
「あと変な気持ちが。」
「……コリン?」
「んー、なにー?」
 何の薬を使ったのかと聞こうとしたけど、よく考えれば魔物が使う薬なんていつも同じだ。
「た、たいちょう。」
「まて、お前達何をする気だ!」
 穴の深さはそれほどでもないけど、なんとも奥が深い。
 他にも色々と深いなぁ、この穴は。

 俺は出来る限りその穴の事を視界に入れないようにして人魚が捕まっている家に急いだ。




「あ、ああっ、ああ!」
「……。」
「……いいなー。」
 おっさん。アンタ何してやがる。
 すごくツッコミを入れたかったけど、何かもうどうでもよくなってきた。
「センハイム公の兵士たちにこんな事をして。貴方達、タダじゃすまないよ。」
「じゃあ何もしない方がよかったのか?」
「村がつぶれるよりはマシよ。」
「なるほど。それは困るよな。」
 他の村娘達はどうやらもう逃げたらしい。
 一人残っている女性は村長の孫娘。
 その人に俺は怒られているというか非難されている。
「ああ、ガイツぅ。」
「別に良いんじゃないか。責任は全部このおっさんにおっかぶせりゃいいし。」
「けど、貴方達異常よ。どうして魔物なんかに手を貸したりするの。」
「俺としては、こんな事をしている横で平然と会話してるあんたも十分おかしいと思うぞ。」
 俺の指差す先には、それはもう激しいコミュニケーションが繰り広げられている。
 大昔の先祖から受けづいて、子々孫々と受け継がれていくだろうコミュニケーション。
 ああもうこいつら完全に俺らを無視してやがる。
 石でも投げてやろうかな。
 あと、コリン。
 物欲しそうな顔をするな、袖を抓むな、上目遣いをするな、まじ勘弁してください。いまシリアスなんです。
 だからもじもじするんじゃないー!!
「あいつらが来たのは、そいつのせいでしょ。」
「だったら追い出せば良い。安心しろ。あんたらが居て欲しいといっても、この二人はここから出て行くさ。」
「……あんたは何で魔物を助けたんだい。」
 村長の孫娘といっても、俺よりも幾つか年上の女性。
 だからなのか、なんとも複雑な表情をする。
「さぁ。」
「さぁ、って、あんた。」
「逆に聞くけどさ。あんたこそ、何でずっと魔物をかばっていたんだ。」
 あ、驚いた。こういう表情なら俺でもわかる。
「どうしてそう思うんだい。」
「ここに続く馬車道。1日2日でつくもんじゃないから。多分何度もあいつらが来て、手ぶらで帰ったってことだろうなーって。」
「単にあの魔物が姿を現さなかっただけかもしれないだろう。」
「かもしれない。けどさ、さっき驚いていただろ。」
「……カマかけたのかい。」
「いや。人の優しさってのを信じてる若造なもんで」
「あぁぁあああああ!!」
「……。」
「……。」
「……(もじもじ、じ〜)。」
「まだ終わらないぜ。」
「あぁっ!!」
「……(もじもじ、じ〜)。」
 次のラウンドは、俺も激しいコミュニケーションをする事になった。

 もちろん、コリン相手にだ。



「いやぁ。助かった。」
「そう思うんならとどめを刺そうとするな。俺はもう疲れてるんだ。」
 遠慮なく叩かれて、地面にぶっ倒れた。
 このおっさんは本当に人間なのか?
「もう、ガイツったら。乱暴は駄目よ?」
「男同士の熱い挨拶だ。」
 おっさん相手なのにまるで手のかかる弟みたいな扱いだな。
「そういえば最初に会った頃は、貴方もこんなに小さかったわね。」
「なにぃ!? そんな頃からの付き合いかよ、ってちょっとまった。」
「ん、なんだ?」
「何で漁師とかじゃなくて樵になったんだ。」
「ガイツってきこりだったの?」
「あー、まー、色々とだなぁ。」
「ガイツ。あなたまさか、私に嘘をついていたの?」
「いやいやいやいやいやいや、ちがう、ちぐっ、……、違うぞ!」
「あー、ガイツ舌噛んだー。」
「嘘をつかないって言っていたのに、あの時。」
「ちょ、ちょっとしたいきちがいというか、いや、あだな、そう、あだ名なんだ! きこりっていうあだ名でな!」
「あー、マリン泣きそうー。ガイツ悪い子だー。」
「ちがうちがうちがうぞ!」
 ガイツが子供の頃から世話になっていたってのは本当みたいだな。
 ついでに尻に敷かれているってやつか。
 熊みたいなおっさんが小熊みたいに縮こまっているのは見物だなぁ。
「こら、小僧! なんとかフォローしろ! お前が言い出したんだろう!」
「あらあらガイツったら。もうすっかり大人みたいね。」
「ガイツは大きいよー。」
「巨人じゃなくて、大人だ。間違えるなよコリン。」
 賑やかだなー。
 のんびりだなー。
 いや、考えるべき事は山ほどあるんだけどな。
 今は考えたくないというか、現実逃避をしたいというか。

 センハイム公って何だろう。
 今の俺たちってさ。もしかしてお尋ね者?


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「えっちえっちー。」
「この子、ゴブリンなのね。」
「なにぃ!? いや、まぁ、そうとは思っていたんだ。」
「俺を何だと思っていたんだガイツ。」
「ろr、あぶ、ちょ、まてまてまて!」
「あらあら。二人とも仲がいいのね。」
「二人とも頑張れー。」
「おま、俺を殺す気か!」
「安心しろ。毒は塗ってない。」


10/03/27 19:29 るーじ

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